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REBT(論理療法、論理情動行動療法、人生哲学感情心理療法) [日々想々]

 水谷明弘先生による職場講演会(2016.7.27)の最後は、REBTによる評価であった。
 興味のある方は表(https://www.facebook.com/photo.php?fbid=615735725262777&set=a.530169687152715.1073741826.100004790640447&type=3&theater)にて、自己評価をしてみて下さい。

結果の解析
 REBT解析.jpg

 上記は私の結果です。
 「依存」性が乏しいのは良いことかも知れないが、「限界まで行って潰れるタイプ」とズバリ当てられてしまいました。 

詳しく知りたい方は以下など。
 アルバート・エリス(A.Ellis)イラショナル・ビリーフ(irrational belief)
 http://digitalword.seesaa.net/article/17884995.html

展望記憶 [認知症]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第7回『認知症の中核症状に関する理解を深めましょう─遂行機能障害(1)』(2012年12月18日公開)
 2番目は遂行機能障害(実行機能障害)です。
 実行機能(遂行機能)とは、「目標設定」、「計画立案」、「目標に向けての計画の実行」、「効果的行動」からなり、これらの機能が障害される遂行機能障害においては、目的をもった行動や動作の遂行が困難な状態となります。
 作業を順序立てて効率よく行うことができなくなるため、料理・掃除・仕事・後片付けなどの「段取り」が悪くなります。
 精神科医の小澤勲さん(故人)が料理を例に挙げて遂行機能障害(実行機能障害)について分かりやすく説明しておりますので以下にご紹介しましょう(一部改変)。
 「料理の完成、つまりは最終目標を目指して作業を始めるのだが、そのためには、そこに至るための計画を大まかであっても前もって立てておかねばならない。その計画を覚えておいて(展望記憶とよばれる メモ1参照)、作業を続け、節目節目でフィードバックをかけながら、つまり、現在の作業は確かに最終目標に向かって成功裏に進んでいることを見定めながら、ずれているようなら調整して、手順を進めていくことが必要なのである。
 これが彼らには難しい。一つひとつの作業なら見事にやってのける。お好み焼きをつくろう、ということになってキャベツを刻んでいただいたら、かなり重度の認知症の方でさえ見事な包丁さばきだった。しかし、はじめから料理を任せると、うまくいかないのである。ときには、まったく食することができないものになってしまうこともある。
 クリスティーンさん(メモ2参照)は食材や調味料などを使用する順番に並べておき、使用すると元に戻すようにしていると言われていたが、このような準備作業を思いつかない人の方が多い。だから、個々の行為の『つなぎ役』を買って出る人が必要になる。」(小澤 勲:認知症とは何か 岩波新書出版, 東京, 2005, pp134-135)

メモ1:展望記憶
 慶應義塾大学文学部心理学研究室の梅田聡准教授が展望記憶について分かりやすく説明しておりますので以下にご紹介します(一部改変)。
 「展望記憶(prospective memory)とは、未来に実行すべきことの記憶、すなわち『意図』の記憶を意味する。展望記憶では、日常生活において、ある行為を『タイミングよく』思い出すことが必要とされる。それに対して一般に臨床場面で広く用いられている記憶検査では、記憶障害の程度を調べるために、たとえば、単語や絵を覚えてもらい、その再生や再認の能力を調べる。こうした、いわば過去に起きた出来事の記憶は、回想記憶(retrospective memory)と呼ばれ、展望記憶と対立する概念として捉えられており、そのような一般的な記憶検査で展望記憶のパフォーマンスを測ることはできない。
 このような視点から日常生活を振り返ると、たとえば、お湯を沸かそうとしてつけた火をあとで止める、スーパーに行って複数の買い物をする、家族が帰ってきたら○○さんから電話があったことを伝える、食事が終わったら薬を飲むなど、単純な回想記憶ばかりでなく、展望記憶の能力が求められる場面が多いことがわかる。展望記憶の機能が低下すると、日常生活において『し忘れ』が増大し、結果として、家族や友人とのコミュニケーションを円滑に保つことが困難になる。展望記憶をうまく機能させることができてはじめて、安定した日常生活や他者とのコミュニケーションを確保することができる。
 Functional MRIを用いた脳機能画像研究などから、展望記憶の遂行に前頭前野の複数の部位が関与していることが明らかになった。
 Huppertらは健常者と認知症患者に対し、Rivermead Behavioral Memory Test(RBMT)に含まれる展望記憶と回想記憶を調べる課題を実施した(Huppert FA, Beardsall L:Prospective memory impairment as an early indicator of dementia. J Clin Exp Neuropsychol Vol.15 805-821 1993)。そして、軽度認知症患者と健常者の成績の差が回想記憶よりも展望記憶で顕著であることから、展望記憶課題の成績は認知症の初期段階の進行程度を検出する上で優れた指標になりうるとした。」(梅田 聡:忘れてはならない高次脳機能障害─展望記憶障害. 神経内科 Vol.76 345-349 2012)

認知症と自動車運転 [認知症と自動車運転]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第229回『注目される自動車運転の問題─事故率高い認知症患者の自動車運転』(2013年8月16日公開)
 認知症の運転者は、健常者に比べて2.5~4.7倍の高い事故率を有することが報告されています(http://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/sinkei_degl_2010_04.pdf)。詳細は、pdfファイルの77頁をご参照下さい。
 これまでにも認知症患者における自動車運転の問題は、『ひょっとして認知症? Part1』の第23回『高齢の親の運転免許証、どうする?』、第182回『認知症を生きるということ(その6)』、第371回『過疎地における認知症高齢者と車(その1)車を擦ったら要注意!』など(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/hyottoshite23-182-371-374.pdf)において取り上げてきた問題ですね。
 わが国の運転免許保有者数に占める高齢者の割合は一貫して上昇しています。中でも70歳以上の免許保有者が占める割合は、1982年までは1%にも満たなかったのですが、現在は約9%にまで増加しております。認知症の最大の危険因子が「加齢」であることを考えると、今後益々「認知症と自動車運転」の問題は重要なテーマとなってきます。
 『Geriatric Medicine(老年医学)』が2012年2月号(Vol.50 No.2)において、「高齢者の運転をめぐって」という特集を組みました。また、『Dementia Japan(日本認知症学会誌)』が2013年(Vol.27 No.2)において「認知症と自動車運転」という特集を組みました。今回はその中から私が注目した論文をいくつかご紹介しつつ認知症と自動車運転の問題について検討してみたいと思います。

 さて、認知症の人は、なぜ運転に支障が出てくるのでしょうか。
 筑波大学大学院人間総合科学研究科・生涯発達科学の飯島節教授は、「認知症患者においては、視空間認知、判断力、記憶障害、運動機能、情緒の不安定性などが自動車の運転が困難になる要因として挙げられる」(飯島 節:認知症患者に自動車運転リハビリテーションは有効でしょうか? Geriatric Medicine Vol.50 183-185 2012)と指摘しています。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第230回『注目される自動車運転の問題─認知症では見え方も変わってくる』(2013年8月17日公開)
 視空間認知障害があるといったいどのような状況になるのでしょうか。その様子を具体的に綴り、しかも対策にまで言及した素晴らしい本があります。その本のタイトルは、『アルツハイマーのための新しいケア─語られなかった言葉を探して』(阿保順子監訳 誠信書房 2007)です。この本は翻訳書であり、原題は、『LEARNING TO SPEAK ALZHEIMER'S』というタイトルです。著者はジョアン・コーニグ・コステさんというアメリカ人の女性です。
 長野県看護大学の阿保順子学長は、この著書の中には目から鱗が落ちるほどに納得した環境改善に関する記載があったと述べています(編著/阿保順子、編著/池田光穂、西川 勝、西村ユミ:認知症ケアの創造─その人らしさの看護へ 雲母書房, 東京, 2010, pp175-196)。以下にその部分を一部改変してご紹介しましょう。
 「著書の冒頭では、著者であるジョアンが夫のおかしな行動に気づき、若年性アルツハイマーという診断名が付され、それを夫婦で受け入れていくまでの悪戦苦闘が述べられる。夫の状態や行動に対する具体策と、それを導き出すまでのジョアン自身の心や感情の構えが、日常的な情景を通して語られている。
 ジョアンはそのプロセスを経て、リ・ハビリテーションではなく、『ハビリテーション』という考え方に行き着く。ハビリテートという言葉は元来『服を着せる』という意味であるが、ジョアンはもっと古い語源である『できるようにする』という意味でこの言葉を使っている。認知症でハビリテーションしている人たちは、精神的、感情的、知能的にも最大限の力を駆使して生活しているということなのである。
 そのハビリテーションの五つの鍵とは、『環境改善』、『コミュニケーションは可能だということを肝に銘じる』、『残された能力に目を向ける』、『患者の世界に生きる』、『患者の人生を豊かにする』というものである。
 一つ目の環境改善以外のことについては、解釈の多少の違いはあっても私自身が見てきたことと一致することが多いのだが、環境改善に関しては、在宅でのケアに焦点を当てた本というせいもあって、目から鱗が落ちるほどに納得のいくものであった。
 ジョアンは、次のようなことを想像してみてくださいと言う。『階段を見下ろしても、一枚の壁のようにしか見えない』、『鏡を前にして、その中に誰か他人が立っている』、『椅子がないのに、人に座りなさいと言われる』。
 患者の世界に生きるというと抽象的に捉えられがちであるが、患者さんに生物学的な変化が起こっているのは事実である。その変化によって、周囲の世界がどのように見えてくるのかを冷静に理解できなくては、患者の世界に生きることを実践することは不可能である。
 ジョアンは、今記述したような変化に対して次のような事例を挙げて、その工夫を紹介している。暖かな日差しに包まれて上機嫌であったスティーブが、階段を下りようとして転落してしまったという事例である。スティーブはアルツハイマーの初期段階であることから、奥行きとコントラストの感覚が鈍くなっており、階段の空間がうまく認識できなくなっていたのが原因であった。認知症の初期から中期にかけて、視覚認知に変化が起こってくる。スティーブのように、物の奥行きがうまくつかめなくなるのである。私たちが片目を覆って、もう片方の目だけで風景を見るときと同じである。遠近感がでてこない。それと同じようなことが実際に起こってくる。
 彼の息子は、階段の片側の壁伝いにクリスマス用の小さな白い電球を一段ずつ取り付け、階段の上には大きな電灯も取り付ける。さらに、彼は、階段を黄色に塗り、階段の白い壁と対照的になるようにもした。彼は父親のスティーブが慣れ親しんだ二階の寝室を一階に移すとか、あるいは子どものために作られてある安全柵を階段に取り付けるようなまねをせずに、父親を危険から守ったというのである。
 こういった工夫がいくつも具体的に挙げられている。浴室は、壁・湯船・床の区別がつくように明るい色で、かつ対比できるような色に塗り替えることトイレはふたと便座自体の区別がつくようにすること、洋服の着替えは着る順番に並べておくこと、食卓では必要のない調味料は片づけておくことといった、生活行動の一つ一つにまでその留意点が挙げられている。」

Facebookコメント
梨木さんへ
 今朝出勤しまして、梨木さんからの郵便物を受け取りました。
 興味深い本(『シルバー川柳2 「アーンして」 むかしラブラブ いま介護』【ポプラ社発行】)をお贈り頂きましてありがとうございます。
 『ひょっとして認知症─Part1』からの繋がりが今も梨木さんとまるタンさんとは続いており、とっても幸福な気持ちになれます。
 梨木さん、確かに身に沁みる川柳が多いですね。
 この中から、「私が選んだ優秀作品」をピックアップしてみますね。
 定年で 田舎戻れば まだ若手(安松文次さん) p17
 妬ましや 妻の犬への 言葉がけ(西岡 博さん) p20
 アイドルの 還暦を見て 老を知る(二瓶博美さん) p32
 老人会 ハイカイ王子が また一人(原峻一郎さん) p34
 ひたすらに 歩く日課に 犬もバテ(清水雅之さん) p55
 ばあちゃんの 勝負肌着の 診察日(鈴木りえこさん) p90
 オーイお茶 ハーイと缶が 転がされ(山本隆荘さん) p109

 「ひたすらに 歩く日課に 犬もバテ」を読んで思い出したのは、かつて私が診察していた患者さんで、「散歩したことを忘れてまた犬を連れて散歩にいくため犬がへとへとです」と介護者の方がこぼしていたことです。
 「徘徊」の問題については、近日、『ひょっとして認知症?─Part2』でも取り上げたいと思います。

 そして以上の中から「私が選んだ最優秀作品」は、以下です。
 妬ましや 妻の犬への 言葉がけ
 何だかとっても身につまされましたので最優秀作とさせて頂きました。

 せっかくの機会ですので私も一句。
 消費税 医療機関は 負担増
 PEG嫌い 増え続けてる 経鼻管
 アイドルが 娘たちより 若くなり

 まあ、解説するまでもないのですが、医療機関は消費税で大きな損をしており、まさに青色吐息ですね。医療機関が購入する薬品・診療材料は非課税にして欲しいですよね。
 胃瘻造設(PEG)を忌み嫌い拒否した結果、経鼻カテーテルを選択してしまうという笑えない事態が生じてきております。
 AKB、モモクロといったアイドル世代が、自分の娘たちよりも年下になってきたことに、自分の「老い」を感じる今日この頃です。年老いた愛犬を介護しながら、行く夏をほんわか過ごしております。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第231回『注目される自動車運転の問題─視野が次第に狭くなる』(2013年8月18日公開)
 『アルツハイマーのための新しいケア─語られなかった言葉を探して』(阿保順子監訳 誠信書房 2007)を読みますと、著者のジョアン・コーニグ・コステさんと夫(40歳代で発症し、1976年死去)の「認知症の世界への旅立ちは、サポートグループもなければマニュアルや指標一つなかった1971年に始まった」(同書p4)と書かれています。全米アルツハイマー病協会が設立(1980年)される約10年も前のことです。
 指南書の類が全くなかった時代に、細やかな観察力から「ハビリテーションの五つの鍵」を独自に考案し実践した行動力は本当に驚きです。
 「五つの鍵」の4番目である「患者の世界に生きる」とはどういうことでしょうか。「言い返したり叱咤せず、患者の視点で物事をみる。患者の今いる『場所』と『時』を共有し、そのなかでお互いに喜びを見いだす」(同書p9)ことです。多くの介護本が広く出回っている今日でさえ、介護者が「叱らない介護」に到達するまでには長い年月を要する現状を思えば、ジョアンさんの感性の鋭さは容易に窺い知ることができますね。

 シリーズ第138回『認知症のケア どうしたらもっとうまく意思疎通できるのか』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013050200010.html)においてご紹介しましたように、人間の視野は上下150度、左右200度の範囲に及びますが、私たちは物を注視するとき、網膜の黄斑部のなかにある直径1.85mmの中心窩でほとんどの情報を得ています。この視神経が集中している中心窩を用いて、多くの情報が得られるのは、視野の中心から5度の視野の範囲だといわれています。視野の中心から10度になると情報量は5分の1に、20度に広がると情報量は10分の1にまで低下します。進行した認知症の方では、なおさら視野の真ん中に必要な情報がないと感知することができない(平原佐斗司編著:認知症ステージアプローチ入門─早期診断、BPSDの対応から緩和ケアまで 中央法規, 東京, 2013, p28)のでしたね。
 運転能力に特に大きく関与するのが「有効視野」とされています。「自動車運転の場合に限らず、視覚認知は周辺視によって次の注視すべき対象を検出した後、それを中心視で詳しく確認し、また次の対象物を検出するという作業の繰り返しである。この周辺視のうち、認知に寄与する部分が有効視野に該当する。有効視野という概念はMackworthにより、『ある視覚課題の遂行中に、注視点の周りで情報が瞬間的に蓄えられ、読み出される部分』と定義されている。視力、視野、コントラスト感度、有効視野、認知機能などと事故との関連を検討した結果、交通事故を予測する上で最も予測力が高いものは有効視野であった。」(一部改変)と報告されています(藤田佳男:有効視野を用いた運転能力評価法について教えてください. Geriatric Medicine Vol.50 179-181 2012)。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第232回『注目される自動車運転の問題─競馬馬の目隠しをつけてトンネルをのぞく感じ』(2013年8月19日公開)
 「有効視野」と聞きますと、私は、眼球運動異常とアルツハイマー病との関係を研究した報告(http://lib.nagaokaut.ac.jp/kiyou/data/study/k24/K24_8.pdf)を思い出します。
 特定のターゲットの探索に関与しているのは、前頭眼野という部位です(ダーリア・W・ザイデル:芸術的才能と脳の不思議─神経心理学からの考察 河内十郎監訳,河内薫訳 医学書院, 2010, p189)。
 若年性認知症を患ったクリスティーンさんは、視野の制限について以下のように語っています。
 「競馬馬の目隠しをつけてトンネルをのぞいているような感じだ。周辺視野は狭くなり、まわりではっきりとした動きがあると、私はすぐにビクッと驚いてしまい、それまでの行動をじゃまされてしまう。まるでウインカーが点滅し続けているみたいだ。」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p132)
 また、クリスティーンさんは、車を運転することの難しさについても言及しております(一部改変)。
 「あなたに認知症があって、まだ車の運転をしているならば、いつまでそんなふうに人に頼らずにやっていけるのかと考えるだろう。ちょっと車が接触しただけでも、みんなから認知症のせいにされないだろうかと心配になる。車の運転をあきらめることは、認知症の人とその家族にとって、深い心の傷になる。現在、私は緊急時だけ運転することにしているが、我が家のある静かな田舎でも、家から二つ三つ通りを行くだけで私はとても不安になる。不測の事態に対して絶対に素早く反応できないと思うし、目先の道路に焦点を定めて集中するのはとても難しい。さらには、すべてのペダル、レバー、文字盤、ライトを覚えて、それらがどう動くのか、何のためのものか、そして自分が次にすべきことは何なのか、覚えておかなくてはならないのは大変なことなのだ。」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, pp133-134)
 では、有効視野が低下してくるとどのような交通事故を起こしやすくなってくるのでしょうか。
 「通常、我々は運転中、視線を向けて網膜の中心で事物を捉える中心視とその周辺の情報にも注意を配る周辺視との両者を同時並行している。有効視野(Useful Field of View;UFOV)検査では、中心視と同時に意識でき、すばやい課題反応に活かされる周辺視野の範囲(有効視野)を評価する。Clayらによるメタ分析では、UFOV検査と否定的な運転行動の生起との関連が十分な効果量をもって(Cohen's d=0.95)示されている。高齢者では若齢者に比べて、放射方向へ周辺距離が増すにつれてUFOV課題の成績が低下する有効視野の狭隘が生じる。こうした有効視野の狭隘を本質とした視空的注意の障害は、交差点で出会い頭に衝突する事故が多いとされる高齢運転者一般の危険運転をよく説明するものであり、エビデンスも蓄積されている。」(河野直子:認知機能低下と運転適性:一般及び軽度認知障害の高齢運転者を対象とした研究動向. Dementia Japan Vol.27 191-198 2013)

メモ:Cohen's d
 2グループの平均値の差を比較するt検定という手法があります。この手法では、効果量(Effect Size)として、dという指標を使います。dが0.2より大きいとき効果量は小さい(small)と言い、dが0.5より大きいとき効果量は中くらい(medium)と言い、dが0.8より大きいとき効果量は大きい(large)と言います(http://www.mizumot.com/method/mizumoto-takeuchi.pdf)。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第233回『注目される自動車運転の問題─「注意障害」が運転に与える影響』(2013年8月20日公開)
 なお、「注意障害」が運転能力に及ぼす影響も大きいと思われます。
 筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学の朝田隆教授は、著書の中で認知症の人の運転特性について次のように述べています(朝田 隆編集:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか 医学書院, 東京, 2011, p173)。
 「当初は注意不足や道を忘れたことに起因するトラブルである。あまり知られてないが、運転中にセンターラインに寄っていくという運転パターンは認知症の人では結構あるようである。注意すればしばらくの間は訂正できる。また1車線の道路では本人にとっての仮想センターラインがあるらしい。そこで次第に道路の左に寄っていくため側溝に落ちそうになるという話も家族介護者からよく聞く。」
 センターラインに寄っていく場合も、道路外側に寄っていく場合もあるようですね。私がよく見かけるのは、片側2車線の道路で左車線を走っている車が、右車線にはみ出してくるケースです。そのような時に運転者の方を確認しますと、ほとんどの場合、かなりご高齢の方です。おそらく何らかの認知機能障害と関連しているのではないかと思っております。
 余談ですが、私の運転特性は、片側2車線の道路で右車線を走っていて、左車線に寄り気味になることが多いですね。私の利き目(http://www.cladsetim.com/kikime/)は右眼ですので、それと何か関連があるのかも知れません。また私は、左側の障害物に車をこすってしまうことが多いです。ひょっとすると、無意識のうちに「利き目偏重運転」(http://www.think-sp.com/2012/11/08/tw-kikime/)になっているのかも知れませんね。

 ちょうど良い機会ですので、注意障害についてもう少し詳しくお話しておきましょう。
 注意障害っていったい何でしょうか。主な注意機能には、「持続性注意」「選択的注意」「注意の配分」の3つがあり(藤田郁代、関啓子/編集 大槻美佳/著 標準言語聴覚障害学・高次脳機能障害学 医学書院, 東京, 2009, p134)、いずれも前頭葉が関与する機能とされています。
1 持続性注意
 継時的に注意を持続させる能力。
 関与する部位としては、右前頭葉という報告が多いです。
2 選択的注意
 複数の刺激の中から、目標とする刺激を選択して注意を向ける機能。
 この機能も右前頭葉が関与するとされています。
3 注意の配分
 複数の作業を同時に行う場合に、うまく進めるのに最適な注意の配分を采配する能力。
 言語性の課題では左前頭葉が、非言語性の課題では右前頭葉が関与するとされています。

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 「Sustained attention(持続性注意)とは、注意を一定時間維持することである。この障害によって同じ作業量の処理時間が長くなり、単位時間でこなせる業務量が減る。
 Selective attention(選択性注意)は本来の標的と無関係の外的ノイズ(周囲の会話、聞こえてくるテレビ・ラジオの音声など)や内的ノイズ(自分の心に浮かぶ心配事や関心事など)に気をとられず、本来の標的に注意を向けることを指す。この機能に障害があると不要な刺激にすぐ注意が逸れてしまう。
 Alternating attention(転換性注意)は2つの作業を交互に行うことで、一方の作業中は他方を中断する(例:文書作成中に電話がかかってきたら、ワープロ業務をいったん中断して電話対応のみ行う)。処理プロセスの切り替えが必要となる。
 Divided attention(分配性注意、分割的注意など、ここでは前者)は複数課題を同時進行で行う(先の例では書類作成を続けながら電話対応する)機能である。」(豊倉 穣:注意とその障害. 精神科 Vol.23 152-162 2013)
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注意障害を疑う症状・所見(豊倉 穣:注意とその障害. 精神科 Vol.23 152-162 2013)
・物事に注意を集中できない、落ち着きがない
・物事を継続するのに促しが必要
・経過とともに作業の効率が低下する、ミスが目立つようになる
・同じことを何度も聞き返す
・作業が長く続けられない
・騒々しく気が散る場面では作業がはかどらない
・グループでの討論についてゆけない
・反応や応答が遅く、行動や動作がゆっくり
・「すぐ疲れる、眠い、だるい」などの訴え
・活気がなくボーとしている
・すぐ注意が他のものに逸れてしまう
・2つの事柄を同時に処理、実行できない
・不注意によるミスがある
・物事の重要な部分を見落とす

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作業記憶と並列処理能力は老化の影響を受けやすい
 「並列処理能力とは、1度に2つのことを同時に行う能力のことです。これは、注意をうまく配分することや分割することと同じことを指していると思われます。例えば、電話で話しながらメールを読んだり、会議中に買い物のリストをつくったりすることです。どの年齢であっても、1度に2つのことを行うことは、1度に1つのことを行うよりも難しく感じると思います。並列処理をすることは危険が伴う場合もあるでしょう。例えば、運転中に携帯電話を使うことを想像してみてください。ハンズフリーであろうとなかろうと、携帯電話で話しながら運転した場合、そうでない場合に比べ、事故の確率は4倍になります。これは、飲酒運転と同じくらいリスクがあることを示しています。
 並列処理能力は、年齢を重ねるにつれて顕著に衰えていきます。60歳以上になると、2つの課題を同時にこなすのに、若い人の2倍の時間がかかるようになります。さらに、2人に1人は、2つの課題を同時にはうまくこなすことができなくなります。」(監訳/山中克夫 著/ダグラス・パウエル:脳の老化を防ぐ生活習慣─認知症予防と豊かに老いるヒント 中央法規, 東京, 2014, pp42-45)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第234回『注目される自動車運転の問題─多人数の会話で「誰が何を言ったか」検査』(2013年8月21日公開)
 以上述べました3つの注意機能について、昭和大学横浜市北部病院の福井俊哉教授(神経内科)が詳しく解説しておりますのでご紹介しましょう(一部改変)。
 「持続的注意は、ある一定の間、課題に対して持続的に注意を払い続ける能力を言う。評価には、ターゲットではない多くの刺激の中から、希少なターゲット刺激を見出す際のスピードと正確さをみる課題を用いる。外界からの刺激を受容する感度を保つという点で、alertness(覚醒度)と同様な意味を共有する
 選択的注意とその切り替えとは、視覚性注意の場合、(1)それまで注意を払っていた空間から注意を外す過程(後部頭頂葉の機能)、(2)新しい空間に注意を転ずる過程(上丘)、(3)新たな指標に注意を固定する過程(視床)から成り立っている。早期のアルツハイマー病(AD)では、注意を指標から離脱させて、新たな指標へ転ずることが障害されている。
 分割注意は二つの意味を有する。一つは単一刺激に関する複数の付帯情報に対して注意を払うこと、他方は複数刺激に対して注意を払うことである。二重課題(dual task)は分割注意を良好に反映する。AD症例が多人数の会話の中で話についていけない現象も、分割注意障害に基づく。多人数の会話を収録したビデオを見て、『誰が何を言ったか』課題も、分割注意障害を検出するために有効な検査法である。分割注意課題において、軽度ADは正常コントロールと同様な反応を示すことから、分割注意障害が明らかになる時期は中等度AD以降と考えられる。」(福井俊哉:アリセプトRの臨床的特徴を再考する─Attentionの観点から. CLINICIAN Vol.60 No.618 381-390 2013)
 なお、ドネペジル(商品名:アリセプトR)は注意機能を改善させることから、ドネペジルの自動車運転能力に及ぼす効果についても検討されておりますが、健常高齢者においてはその有用性は確認されておりません。
 「健常高齢者の自動車運転能力に対するドネペジルの効果を検討する目的で、平均72歳の高齢者をランダムに2群に割り付け、ドネペジル5mgまたはプラセボを2週間投与した。投与前後で注意・実行機能、全般的知能、模擬運転能力が検討された。模擬運転能力には、スピード変動、進路のふらつき、突風に対する反応時間、および衝突回数が含まれる。両群間で注意・実行機能と衝突回数には差がなかった。予想に反して、プラセボ群はドネペジル群よりも突風に対して0.5秒早く反応し、進路のふらつきも少ない傾向にあった。この結果から、高齢者の運転を補助する目的でドネペジルを投与する妥当性は支持されなかった。ドネペジル群が低成績を示した理由として、アセチルコリン(Ach)低下のない健常高齢者において、ドネペジルがAch系を亢進させた結果、ドパミン系との均衡を崩して運動機能を低下させた可能性が推測されている(Rapoport MJ, Weaver B, Kiss A et al:The effects of donepezil on computer-simulated driving ability among healthy older adults : a pilot study. J Clin Psychopharmacol Vol.31 587-592 2011)」(福井俊哉:アリセプトRの臨床的特徴を再考する─Attentionの観点から. CLINICIAN Vol.60 No.618 381-390 2013)。
 CLINICIANの上記論文はウェブサイト(http://www.aricept.jp/alzheimer/e-clinician/vol60/no618/pdf/clinician618.pdf)においても閲覧可能です。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第235回『注目される自動車運転の問題─数字の逆唱できますか?』(2013年8月22日公開)
 アルツハイマー病の患者さんでは、注意障害(特にdual taskにおける注意分配能の低下が顕著)を背景とした課題遂行能力の低下が認められます(認知症患者にみられる失語・失認・失行. MEDICAL REHABILITATION No.127 39-44 2011)。
 これらの注意障害は、臨床の現場では、「抹消課題」などの検査で評価されます。抹消課題とは、たくさんの文字や記号の中から、特定の文字や記号のみを選択抹消する検査です(リハビリナース、PT、OT、STのための患者さんの行動から理解する高次脳機能障害 メディカ出版, 大阪, 2010, pp154-163)。
 大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室の武田雅俊教授は、臨床場面で注意機能を簡便に評価する方法について言及しております。
 「注意機能はすべての高次脳機能の基礎となり、記憶や言語機能、視空間認知機能などさまざま高次脳機能に影響を与える。このため、注意障害の有無をみることは重要である。臨床場面で注意機能を評価するには、数唱課題が簡便でよい。数唱には順唱と逆唱とがあり、ともにいくつかの数字を1秒に1数字ずつのスピードで単調に聴覚的に提示して、同じ順序で繰り返させる(順唱)、あるいは逆の順序で繰り返させる(逆唱:例えば2-8-3と教示すれば3-8-2と答えさせる)。少ない桁数から初め、徐々に桁数を増やしていく。順唱が5桁あるいは逆唱3桁ができなければ注意障害があると考えてよいが、逆唱のほうが障害に鋭敏である。」(武田雅俊:Treatable dementia. 綜合臨牀 Vol.60 1869-1874 2011)
 この数字の順唱5桁あるいは逆唱3桁は、最近注目されているモントリオール認知評価検査(Montreal Cognitive Assessment;MoCA)においても、注意機能の課題として採り入れられております(http://www.mocatest.org/pdf_files/test/MoCA-Test-Japanese_2010.pdf)。
 MoCAは、HDS-R(改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト)やMMSE(ミニメンタルテスト)と同様に30点満点で10分以内に実施可能です。実行系の課題も入っており、記憶よりも遂行機能の低下が問題となる血管性認知症(VaD)のみならず、各種原因による軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)の検出に有用とされております。30点満点で、正常値は26点以上です。MoCAは、軽度アルツハイマー型認知症のスクリーニング検査として感度が高く、MoCA25点をカットオフ値とした場合の感度は100%と報告(Nasreddine ZS et al:The Montreal Cognitive Assessment, MoCA: a brief screening tool for mild cognitive impairment. J Am Geriatr Soc 2005;53:695-699)されております。
 日本で幅広く使用されているHDS-Rにも数字の逆唱という課題がありましたね。HDS-Rの作成に携わった東北福祉大学総合福祉学部福祉心理学科の加藤伸司教授は、数字の逆唱に関して、「作業記憶の課題でもある」(http://ninchisyoucareplus.com/plus/pdf/070421%E5%8A%A0%E8%97%A4%E6%8A%84%E9%8C%B2.pdf)と述べています。
 また、Trail Making Test Bが運転成績を予測する(河野直子:認知機能低下と運転適性:一般及び軽度認知障害の高齢運転者を対象とした研究動向. Dementia Japan Vol.27 191-198 2013)ことも指摘されております。トレイルメイキング(Trail Making Test;TMT)に関しては、シリーズ第39回『認知症の代表的疾患─前頭側頭葉変性症 バナナとミルクばかり食べる女性』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013012800007.html)のメモ2をご参照下さいね。
 なお余談ではありますが、メマンチン(商品名:メマリーR)の中核症状に対する効果としては、中等度から高度のアルツハイマー型認知症患者432例の検討(国内第Ⅲ相試験-IE3501)において、注意、実行、視空間能力、言語(名前を書く、曜日、文章理解、会話理解、物品呼称および自由会話などで評価)の4つの領域で有意な改善を認めております(http://www.info.pmda.go.jp/go/interview/1/430574_1190018F1023_1_me5_1F.pdf)。詳細は、pdfファイルの20~23頁を参照下さい。ここでいう注意機能は、桁数範囲、聴力範囲、視覚範囲にて評価されております。
 先にご紹介しましたMoCAは、多領域の認知機能(注意機能、集中力、実行機能、記憶、言語、視空間認知、概念的思考、計算、見当識)について、約10分という短い時間で評価することが可能であり、メマンチンによる中核症状に対する効果の判定などにも幅広く活用できると私は考えています(笠間 睦:メマンチンによるアルツハイマー病の中核症状に対する効果判定の試み─MoCA-Jを用いて─. Geriatric Medicine Vol.51 723-727 2013)。

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 海外では、SIB-Lスコアの変化量を指標(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/MemantineFerrisSIB-L.jpg)として、メマンチンが言語機能の悪化を有意に抑制する報告(Ferris S, Ihl R, Robert P et al:Treatment effects of Memantine on language in moderate to severe Alzheimer's disease patients. Alzheimers Dement Vol.5 369-374 2009)がされております。
 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19751915


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第236回『注目される自動車運転の問題─「75歳すぎたらハンドルを手離すべき」といったプロ運転手』(2013年8月23日公開)
 高齢者の自動車運転に関する、あるタクシードライバーのコメントをご紹介しましょう。
 「運転することを職業としているタクシードライバーにも聞いてみたところ、高速道路逆走やブレーキとアクセルの判断ミスなどによる高齢者の事故の悲惨さを教えてくれたあと、『ベテランのタクシードライバーでも、75歳をすぎたらハンドルを手離すべきだね。運転技術にどんなに優れていたとしても、どうしても鈍ってくる』と話してくれた。」(岡 瑞紀:認知症の人の運転に関する法律と制度. 認知症ケア事例ジャーナル Vol.4 159-166 2011)
 慶應義塾大学医学部精神神経科の岡瑞紀医師は、「交通事故を予測するうえでもっとも予測力が高いものは有効視野であった。…(中略)…6か月ごとに実車テストを行うと、3年間にわたって認知症ドライバーの事故率を正常高齢者のレベルに引き下げられた」という内容の論文を紹介し、「繰り返して路上テストをすることは現時点ではコストの面でも現実的ではないため、同じ効果が得られるようなプログラムの開発が急がれる」と指摘しています(岡 瑞紀:認知症の人の運転に関する法律と制度. 認知症ケア事例ジャーナル Vol.4 159-166 2011)。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第237回『注目される自動車運転の問題─実車テストの代わりになるパソコン版テスト』(2013年8月24日公開)
 私が「路上テスト(実車テスト)」の代わりに使えるのではないかと考えている前頭葉機能検査として、Wisconsin card sorting testパソコン版(WCST-KFS version)があります。同じ種類に属する図形を選び出していく検査で、パソコン版の方は約10分程度と短時間で検査可能です。この検査では視線を動かすことも求められますので「有効視野」も反映するのではないかと私は考えています。パソコン版を開発されたのは、島根大学医学部第三内科の先代教授である小林祥泰先生です。
 登録は必要ですが医療関係の方でしたらWisconsin card sorting testパソコン版(http://cvddb.med.shimane-u.ac.jp/cvddb/user/wisconsin.htm)をウェブサイトからダウンロードすることができます。検査の要領は、「反応カード」と形・色・数のいずれかのカテゴリーが一致する刺激カードを選び、マウスでその刺激カードをクリックします。正解が、形なのか色なのか数なのかは当初は被験者には分かりません。形が一致するものをクリックしてパソコンに「間違いです」と言われたら、色か数が一致するものを選びなおして正解を探っていくわけです。ただし、正解カテゴリーは何回か同じカテゴリーが続いたあとで変更されます。「間違いです」と言われた時点で新しい正解カテゴリーを探り直すわけです。文字で説明するとややこしい検査のように感じられるかも知れませんが、実際に画面を見ながら説明すると実に簡単に実施できる検査です。
 私も、以前勤務しておりました病院で実施しておりました「もの忘れドック」においては、WCST-KFS versionも採り入れておりました。現在、榊原白鳳病院において実施中の「もの忘れ検診」(http://apital.asahi.com/article/kasama/2012122500013.html)においては、リバーミード行動記憶検査(http://apital.asahi.com/article/kasama/2012122500016.html)など検査に時間を要するものが多いため、WCST-KFS versionは省略しております。
 WCST-KFS versionの検査終了後に表示される「CA(categories achieved;達成カテゴリー数)」が結果判定の一つの目安となります。4点以上なら心配ありませんが3点以下でしたら詳しく調べてもらった方が良いかも知れませんね。ただし、運転の可否の目安となる基準値は設定されておりません。
 筑波大学大学院人間総合科学研究科精神病態医学の水上勝義准教授は、Wisconsin Card Sorting Test(WCST)について、「新しい情報を照合しながら、できるだけ少ない試行錯誤で新しいセットに転換する検査で、ワーキングメモリーが必要である。WCSTは前頭葉背外側部の機能と関連すると考えられている。」と述べています(水上勝義:遂行機能障害. 日本臨牀 Vol.69 Suppl8 359-362 2011)。
 なお、前頭葉背外側部の損傷によって、WCSTにおける保続的誤りが増加することが報告されています。東京大学医学系研究科統合整理学教室の小西清貴准教授は、「WCSTでは、課題施行中に正解のカテゴリが被験者に予告されず変更される。その際、いままで正解であったカテゴリを選択することを抑制しなければならない。」(小西清貴:前頭葉と抑制機能. BRAIN and NERVE Vol.63 1346-1351 2011)と述べており、WCSTで必要とされる抑制機能に関する神経心理学的知見には、前頭葉腹外側部や背外側部が責任病巣とされるなどバラツキがあることが指摘されております。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第238回『注目される自動車運転の問題─運転は認知機能を総動員する複雑な作業』(2013年8月25日公開)
 Regerらのメタ分析が示すように(Reger MA, Welsh RK, Watson GS et al:The relationship between neuropsychological functioning and driving ability in dementia:a meta-analysis. Neuropsychology Vol.18 85-93 2004)、視空間認知機能および注意集中機能の低下が認知症の運転者における危険走行と関連する可能性が高いものの、具体的な課題項目として単独で十分な感度・特異度が得られる方法は知られていない(河野直子:認知機能低下と運転適性:一般及び軽度認知障害の高齢運転者を対象とした研究動向. Dementia Japan Vol.27 191-198 2013)のが現状です。
 すなわち、運転行為は人間のあらゆる認知能力が総動員される複雑な作業なので、運転と認知機能の関係性を証明することは難しいと考えられているのです。具体的に運転行為に用いる認知能力としては、視空間認知などの感覚情報の処理、注意と集中による情報選択、作業記憶による選択された情報の操作、長期記憶からの情報検索、思考による問題解決や推論などがあげられます。このように、運転に係る能力は非常に複雑であるため、認知機能検査等では、自動車の運転能力の適否を判断できないと考えられており、海外では、①実車によるon-roadテスト、②シミュレーションテスト、③事故報告や介護者からの報告などによって運転能力評価が行われています(平原佐斗司編著:認知症ステージアプローチ入門─早期診断、BPSDの対応から緩和ケアまで 中央法規, 東京, 2013, pp170-171)。
 認知症疾患治療ガイドライン2010においても、「認知機能検査から認知症者の運転適性をを予測できるほど、両者の関連は明確なものではない。さらに、検査結果から安全なドライバーか否かを判定するカットオフ得点を示した研究はほとんどなく、今後の研究が待たれる」(認知症疾患治療ガイドライン2010 医学書院発行, 日本神経学会監修, 東京, 2010, pp152-153)と記載されております。詳細(全文)はウェブサイト上のファイル(http://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/sinkei_degl_2010_04.pdf)のpp152-153にて閲覧可能です。
 名古屋大学医学部附属病院老年内科の梅垣宏行助教は、「認知症のどの段階で運転を中止すべきかに関しては、必ずしも一致した見解があるとはいえない状況である」と前置きした上で、「米国精神医学会の治療ガイドラインでは、CDR2以上の場合には運転中止を勧告すべき」としていることを紹介しております(梅垣宏行:もの忘れ外来における運転指導. Geriatric Medicine Vol.50 155-158 2012)。
 では、CDRとはいったいどのようなものでしょうか。
 Clinical Dementia Rating(CDR)は臨床認知症尺度と呼ばれ、記憶、見当識、判断力と問題解決、地域社会活動、家庭生活および趣味・関心、介護状況の6項目から構成され、それぞれの項目について患者およびその家族などから聞き取り調査を行い、5段階で重症度を判定します。
 CDR0(正常)、CDR0.5(軽度認知障害Mild Cognitive Impairment;MCI)、CDR1(軽度認知症)、CDR2(中等度認知症)、CDR3(重度認知症)の5段階に分けられます。詳細は、シリーズ第73回『軽度認知障害 軽度認知障害から認知症への進展』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013030600003.html)のメモ1をご参照ください。
 ですから、CDR2(中等度認知症)以上の場合には運転中止を勧告すべきということですね。
 では、その1つ前の段階のCDR1(軽度認知症)であれば、安全に運転ができるのでしょうか。
 その点に関しても、梅垣宏行助教は論文を引用して以下のように述べております。
 「Duchekらは、運転適性のいわばゴールドスタンダードである実走行試験によって、高齢者の運転技能を前向きに検討しているが、この研究によれば、登録時点においてCDR1であったもののうち、登録時点でその41%が運転不適と判断され、登録時点では運転適性があると判断された者も1年以内におよそ7割以上が不適と判断されるに至った(Duchek JM et al:Longitudinal driving performance in early-stage dementia of the Alzheimer type. J Am Geriatr Soc Vol.51 1342-1347 2003)と報告している。」
 この論文の要旨(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14511152)はウェブサイトにおいても閲覧可能です。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第239回『注目される自動車運転の問題─運転のできるできないは判定が難しい』(2013年8月26日公開)
 MMSE(Mini-Mental State Examination)と運転能力の相関についても報告されています。
 「認知症ガイドラインは、軽度の認知症の場合、運転が可能か否かを明確に判定することはできないとしている。精神測定検査は認知機能障害の客観化には有用であるが、その結果と運転能力との相関は低く、MMSEとの相関係数は0.4~0.6にすぎない。臨床認知症尺度(Clinical Dementia Rating;CDR)の方が信頼性は高いが、検査に30~45分かかるため、診療所での実施には向かない。」(家庭医による運転適性の評価では認知機能の検査が鍵. 2012年3月15日号Medical Tribune Vol.45 No.11 50 2012)。
 ですから、改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)やMMSEといった簡易な認知機能検査では、運転能力の有無を判定することは困難ということになりますね。
 ただ、一方では以下のような指摘もありますので(一部改変)、MMSEの実施も一応の目安にはなりそうです。
 「CDR2以上ではきわめて危険であり、運転中止を強く勧告すべきであるとしている。一方、CDR0.5から1の段階では、他の危険因子の有無によって危険の程度は異なり、その中で最も重要なのは介護者(同乗者)による危険性の指摘であるとしている。その他の危険因子としては、違反歴、事故歴、走行距離の短縮、夜間などの運転回避、攻撃性や衝動性、MMSE24点以下などがあげられている。」(飯島 節:認知症と運転免許. Medical Practice Vol.29 795-798 2012)

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 2014年5月某日の物忘れ外来には、「講習予備検査(認知機能の検査)」で判断力や記憶力が低いと評価され、物忘れ外来を受診するように言われた患者さんが他院よりの紹介にて来院されました。
 シリーズ第239回「注目される自動車運転の問題─運転のできるできないは判定が難しい」(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013081400010.html)において述べましたように、「CDR2以上ではきわめて危険であり、運転中止を強く勧告すべきであるとしている。一方、CDR0.5から1の段階では、他の危険因子の有無によって危険の程度は異なり、その中で最も重要なのは介護者(同乗者)による危険性の指摘であるとしている。その他の危険因子としては、違反歴、事故歴、走行距離の短縮、夜間などの運転回避、攻撃性や衝動性、MMSE24点以下などがあげられている。」(飯島 節:認知症と運転免許. Medical Practice Vol.29 795-798 2012)と報告されておりますので、CDR(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013030600003.html)などを施行致しました。

私がご本人およびご家族に説明した内容は以下です。
 HDS-R(http://apital.asahi.com/article/kasama/2012122500015.html)がカットオフ値以下であり、MRIで脳萎縮を認めます。症状と合わせて総合的に判断しますと、「初期のアルツハイマー型認知症」と思われます。薬を開始して、少しでも進行を遅らせるようにしましょう。
 CDRは、現段階では「1」と評価されます。車の運転は、自分だけの問題ではありませんので、運転免許の自主的な返納をされた方が良いと私は思います。
 以上の説明をした上で、アピタルシリーズ第239回「注目される自動車運転の問題─運転のできるできないは判定が難しい」(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013081400010.html)をコピーしたものも参考資料としてお渡ししました。

P.S.
 ご家族のお話では、運転免許更新手続きの2日後に,運転免許センターからTELが入り、「更新は可能ですが、一度、きちんと検査してもらった方が良いですよ」と言われたものの診断書をもらってくるようにとは言われていないそうです。
 シリーズ第243回「注目される自動車運転の問題─75歳以上に課せられた認知機能検査」(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013081500012.html)にてご紹介しましたように、「講習予備検査」の検査結果によって、受験者は第1分類(認知症のおそれがある者)、第2分類(認知機能が低下しているおそれがある者)、第3分類(以上のおそれがない者)に区分され、その場で書面にて本人に通知されます。
 第1分類に該当する者のうち、免許期間満了日までの1年間に信号無視・一時不停止などの基準行為をしていた場合や、更新後に基準行為をした場合は、臨時適性検査と呼ばれる専門医による診断か主治医の診断書の提出が求められます。臨時適性検査により、認知症と判明すれば、免許の取り消し・停止が行われます。
 この方は追突事故を最近起こしてはいるものの、基準行為は犯しておりませんので、「講習予備検査」の結果が第1分類であったのか第2分類だったのかは不明です。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第240回『注目される自動車運転の問題─ドライブシミュレーターで何がわかるか?』(2013年8月27日公開)
 高齢者講習(http://www.unten-menkyo.com/2008/08/70.html)においては、運転適性診断が実施されております。なお、高齢者講習は、講義・運転適性診断・運転の指導等を行うものであり、試験ではありません(http://www.pref.ibaraki.jp/kenkei/a03_license/lecture/senior.html)。運転適性検査(http://www.police.pref.nagasaki.jp/a44unmen/b01tetuzuki/oldunten.htm)では、ペーパー検査(作業に対する取り組み方を検出することにより、自動車を運転する場面で出やすい安全運転上好ましくないクセや、運転に向いている素質が分かる)、CRT検査(緊急場面反応、注意の集中・配分機能、ハンドル操作に関する検査等から、状況の認知・処理能力・動作の機敏性・正確性等の検査がコンピューターにより、個人ごとの診断結果として作成される)、シミュレーター検査(コンピューター映像に合わせて運転操作を行い、交通の場面に応じた適切な運転行動が取れるかどうかを診断)が行われます。
 ドライビングシミュレーター(Driving Simulator;DS)の現状について報告している論文がありますのでご紹介しましょう。
 「行動レベルの運転適性検査として、反応時間やハンドル操作等を評価するタイプの運転適性検査が開発されてきている。その中で、警察庁が作成した基準にもとづき運転適性検査が開発され、更新時講習や運転免許センターにおいて使用されている。現在はPCベースの運転適性検査器が用いられている。この検査には、アクセル操作による単純反応時間測定、アクセル・ブレーキ操作による選択反応時間測定、ハンドル操作による追従課題、そしてそれらを同時に行う複合検査の4種から構成されている。
 これらの運転シミュレーターによる評価結果は、あくまでもブレーキ反応時間とハンドル操作課題の組み合わせによる運転適性検査の評価であり、直接的に交通事故発生の予測を行うことはできていない。」(堀川悦夫:認知症患者の運転適性評価に関する科学的アプローチ. Dementia Japan Vol.27 173-182 2013)

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 本日(2013.8.27)の讀賣新聞社会面においても、「高齢者講習」の問題が取り上げられておりますね。
 記事によると、2012年に医師の診断を経て、免許取り消しや停止となったのは106人と記載されておりますね。
 警察庁幹部のコメントにもありますように、「講習予備検査(認知機能の検査)」で判断力や記憶力が低いと評価されても、「取得した免許は権利であり、すぐに免許の取り消しや停止にはならない」のが現状なのです。

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 2013年8月27日付讀賣新聞1面トップニュース:『「認知症に優しい街」推進 11省庁、総合政策へ連携』(http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130826-OYT1T01445.htm
 「認知症高齢者の急増を受け、政府は、認知症の人と家族が安心して暮らせる街づくりに乗り出す。
 関係11省庁による連絡会議を設置して、9月に初会合を開く。認知症の対策は、医療や介護だけでなく、消費者保護や交通機関の整備など多岐にわたるため、省庁横断で情報を共有し、総合的に推進するのが狙いだ。
 厚労省では、認知症になっても在宅で暮らせるための医療・介護の新施策を今年度から始めているが、認知症の人にとって優しい街づくりは、1省だけで推進することはできない。
 認知症が疑われる高齢者の自動車運転事故が目立つようになったことから、免許更新時の対応(所管は警察庁)や、運転せずに暮らせる公共交通機関の整備(国土交通省)などが課題になっている。」


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第241回『注目される自動車運転の問題─ドライブ・レコーダーの活用』(2013年8月28日公開)
 以上述べましたように、現在までのDSでは認知症ドライバーの運転能力を適正に評価することができないのが現状です。これは、認知症ドライバーをスクリーニングするための基準が確立されておらず、高齢者講習などで用いられる既存のDSで評価していることが1つの理由となっております。そこで、日常の運転からドライバーの特性を検証する方法として、ドライブレコーダー(Drive Recorder;DR)を活用することも模索されております(http://www.dcnet.gr.jp/cms/contents/data/39/74/DETAIL_PDF_1.pdf)。
 あさひが丘ホスピタル(愛知県春日井市)の柴山漠人名誉院長らは、認知症患者の自動車運転の様子をドライブ・レコーダーによって観察しており、その特徴を以下のように報告しております。
 「認知症の人の自動車運転のチェック法として、2週間自家用車にドライブ・レコーダーをつけてもらい、その間の運転のようすを全部録画し、終了後その結果を詳細に検討するという実用的な研究を実施し、その評価を共同研究の成果としてアメリカ老年医学会雑誌(Watanabe T, Konagaya Y, Yanagi T, Miyao M, Mukai M, Shibayama H:Study of daily driving characteristics of individuals with dementia using video-recording driving recorders. Journal of the American Geriatrics Society Vol.60 1381-1383 2012)で報告した。その概要として、認知症の人(主としてAD)の運転は認知症ではない高齢者と比較して『赤信号で停まらない、信号標識をネグレクトする、注意散漫、など』が有意に多いことを紹介している。
 この報告にはないが、FTD(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013012800010.html)の人では、危険な運転が多く、『前方走向の車をあおる、ウインカーを出さずに車線変更する、高速道路を逆走する、歩道を走る、など』の状況判断なく自己中心的な運転をすることが多い。しかも現在の公安委員会のテストは記憶に焦点がおかれ、ほぼフリーパスである。」(柴山漠人:認知症ケアの体験的今昔. 認知症ケア事例ジャーナル Vol.5 324-332 2012)
 2013年1月26日付朝日新聞生活面は、認知症高齢者の自動車運転について報道しており(http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201301250627.html)、「逆走」については、「警察庁によると、2010年9月から2012年8月までの高速道路での逆走(447件)を調べたところ、約7割の302件が65歳以上の運転者で、このうち、認知症だったり、疑われたりしたケースが半数以上あった。」と記事は伝えております。
 高齢者の逆走のうち、認知症だったり、認知症の疑いがあったりしたのは159件(52.6%)です。しかし一方で、忘れ物や落とし物をした(携帯電話を拾いに戻った)という理由で逆走する若者も一定数いることが分かったそうです。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第242回『注目される自動車運転の問題─運転する認知症患者は6人に1人が事故を起こす』(2013年8月29日公開)
 初期の認知症患者の約半数が運転を継続している実態が報告されています。物忘れ外来における運転行動の分析によれば、都市部よりは郊外で運転率が高く、多くの場合一人でそして殆ど日常的に運転が行われています。なお、運転中止に至った例では、安全性の低下が75%を占め、その決定は家族が36%、医師が33%を占めていることが報告されています(堀川悦夫:認知症患者の運転適性評価に関する科学的アプローチ. Dementia Japan Vol.27 173-182 2013)。
 高知大学医学部神経精神科学教室の上村直人講師は、運転免許を保持する認知症の人83人(男性63人、女性20人)を対象に、認知症の原因疾患別の交通事故内容を調査しております。対象者の平均年齢は70.7±9.7歳で、臨床診断は、アルツハイマー型認知症(AD)41人、血管性認知症(VaD)20人、前頭側頭葉変性症(FTLD)22人です。
 調査結果をお伝えする前に、用語の整理をしておきましょう。前頭側頭葉変性症(Frontotemporal lobar degeneration;FTLD)の代表が前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia;FTD)で、前頭側頭型認知症の代表がピック型です。なおつけ加えておきますと、臨床的にはFTLDという用語の代わりにFTDを用い、FTLDの下位分類であったFTDをbehavioural variant of frontotemporal dementia(bvFTD:前頭側頭型認知症行動バリアント)と記載することが海外では一般的となっております。
 調査の結果、83人中34人(41.0%)が交通事故を起こしていることが分かりました。認知症の原因疾患別では、AD患者は39.0%(41人中16人)が事故を起こし、行き先を忘れてしまう迷子運転や、駐車場で車庫入れを行う際の枠入れがうまくできず接触事故を起こすことが運転行動・事故特徴として認められました。VaD患者においては20.0%(20人中4人)が事故を起こし、ハンドル操作やギアチェンジミス、速度維持困難が要因と考えられました。FTLD患者では63.6%(22人中14人)と最も高率に事故を起こしており、その特徴として信号無視や注意維持困難、わき見運転による追突事故が多くみられたことが報告されています(上村直人:認知症の人の自動車運転の実態. 認知症ケア事例ジャーナル Vol.4 151-158 2011)。
 また、上村直人講師は、1995~2005年に高知大学医学部附属病院を受診し、認知症と診断され、かつ運転免許を保持していた患者101人を対象に運転継続および中止理由について調査をしており、「主治医もしくは家族から運転中止勧告をされていた人は86.1%(101人中87人)であった。101人中運転中止に至った人は8.9%(9人)、勧告や助言をしても運転を継続していた人は70.3%(71人)であった。運転中止の勧告後も運転をやめない理由としては、認知症の人本人の拒否が69.0%(71人中49人)、生活のためやめられないが11.3%(8人)、運転が趣味・生きがいであるが14.0%(10人)であった。」(一部改変)と報告しています。
 なお上村直人講師は別の論文において、認知症の人における自動車運転の問題は、もはや地方だけの稀な問題ではないと指摘しております。
 「我が国で認知症の運転の実態についてはじめて大規模に行われた2008年の老年精神医学会の調査(2008年1~3月に診断された認知症患者7329人分のデータ分析。全国各地の医師368人の参加)でも、運転している認知症患者の6人に1人が交通事故を起こし、事故を起こした患者の約半数は75歳未満であった。また患者の11%が運転を継続しており、そのうち16%に当たる134人が運転中に事故を起こしていた。このように我が国でも認知症患者の自動車運転の問題は地方だけの稀な問題ではなく、すでに認知症診療においてどこでも遭遇する問題となっている。」(上村直人、福島章恵:認知症と自動車運転. Jpn J Rehabil Med Vol.50 87-92 2013)

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第243回『注目される自動車運転の問題─75歳以上に課せられた認知機能検査』(2013年8月30日公開)
 70歳以上の方は、免許更新時に運転適性検査を実施する高齢者講習(http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/menkyo/menkyo/kousin/kousin05.htm)が義務づけられています。また、75歳以上の方が運転免許証を更新する際には、2009年6月から「講習予備検査」と呼ばれる認知機能検査を受けることが義務づけられました。
 「講習予備検査(認知機能の検査)」の内容については、警視庁のサイト(http://www.npa.go.jp/annai/license_renewal/ninti/)に詳しく紹介されています。
 講習予備検査には、以下の3つの検査項目があります。
1 時間の見当識
 検査時における年月日、曜日及び時間を回答します。
2 手がかり再生
 一定のイラストを記憶し、採点には関係しない課題を行った後、記憶しているイラストをヒントなしに回答し、さらにヒントをもとに回答します。
3 時計描画
 時計の文字盤を描き、さらに、その文字盤に指定された時刻を表す針を描きます。

 「講習予備検査」の一つとして採用されている時計描画テスト(Clock Drawing Test:CDT)に関して、名古屋大学医学部附属病院老年内科の梅垣宏行助教は、「わが国の講習予備検査でもCDTが採用されている。しかしながら、運転の不適格性を見分けるための検査成績の明確なカットオフ値は明らかにされておらず、運転能力の評価のためには、患者の運転の状況などについて、家族などから詳細な情報収集を行うことが欠かせない。」(梅垣宏行:もの忘れ外来における運転指導. Geriatric Medicine Vol.50 155-158 2012)と述べており、検査結果の評価基準がきちんと定められていない現状を報告しております。
 さて、「講習予備検査」の検査結果によって、受験者は第1分類(認知症のおそれがある者)、第2分類(認知機能が低下しているおそれがある者)、第3分類(以上のおそれがない者)に区分され、その場で書面にて本人に通知されます。
 第1分類に該当する者のうち、免許期間満了日までの1年間に信号無視・一時不停止などの基準行為をしていた場合や、更新後に基準行為をした場合は、臨時適性検査と呼ばれる専門医による診断か主治医の診断書の提出が求められます。臨時適性検査により、認知症と判明すれば、免許の取り消し・停止が行われます。
 講習予備検査・臨時適性検査に関して、筑波大学大学院人間総合科学研究科・生涯発達科学の飯島節教授が重要な視点を述べておりますのでご紹介しましょう(一部改変)。
 「第1分類、第2分類、第3分類、いずれの分類でも免許更新は可能であり、ただちに免許が取り消されることはない。…(中略)…専門医に求められいることは認知症の診断であって、運転適性の判断ではないことにも留意する必要がある。…(中略)…ある地方では、高齢者が集まって講習予備検査受検に備えた練習を行っていると聞く。彼らにとって運転免許の更新には文字通り生活がかかっているのである。」(飯島 節:認知症と運転免許. Medical Practice Vol.29 795-798 2012)

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 2013年12月20日付朝日新聞「認知症とわたしたち─車の運転・下」においては、運転免許証の更新制度の現状・問題点・今後の展望が伝えられました。一部改変して以下にご紹介しましょう。
 「2012年に講習予備検査を受けたのは、約133万2千人で最も結果がよくない『第1分類』と判定された人は約1万7千人。その後、違反を起こしたのは、506件あったが、最終的な取り消し件数は106件にとどまる。
 警察庁は『講習予備検査は認知症の診断をするものではないので、検査の結果のみをもって免許を取り消すことはできない』(広報室)と説明する。
 6月に公布された改正道路交通法では、運転免許を持つ認知症などの患者について、医師が任意で診察結果を都道府県の公安委員会に届け出られる仕組みが盛り込まれた。医師の守秘義務違反の例外とされ、公安委は本人に臨時適性検査を受けるよう通知できる。来年に施行予定だ。
 認知症の人の運転に詳しい、高知大の上村直人講師(精神医学)は、違反があってから取り消す現在の制度では事故のリスク回避が不十分だ、と指摘する。『高齢者の運転能力を客観的に測る検査や制度を新たに導入して、免許の更新の可否を判断すべきだ。新たに始まる医師の情報提供制度を含め、チェック機能や法整備を考えていかないといけない』と話している。」【畑山敦子、立松真文】

記事を読んでの私の感想:
 「2012年に講習予備検査を受けたのは、約133万2千人で最も結果がよくない第1分類と判定された人は約1万7千人。その後、違反を起こしたのは、506件あったが、最終的な取り消し件数は106件にとどまる」
 詳しい最新情報を知ることができました。
 第1分類でなおかつ違反を起こしても、免許取り消しとなるのは106/506=20.9%と少ない現状を知ることができました。
 「医師が任意で診察結果を都道府県の公安委員会に届け出られる仕組みが盛り込まれた。医師の守秘義務違反の例外とされ、公安委は本人に臨時適性検査を受けるよう通知できる」制度が来年から施行予定となると、診察室でご本人に、「診察結果を都道府県の公安委員会に届けますがよろしいですか?(よろしいですね!)」と意思確認する場面が出てきそうですね。
 「そんなことするならもう診察に来ません」と言い出す患者さんも出てきそうな気がします。本人にとっては医師が自分の味方から「車を奪う敵」になるわけですからね。

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 2013年8月27日付の讀賣新聞社会面において、「高齢者講習」の問題が取り上げられております。
 記事によりますと、2012年に医師の診断を経て、免許取り消しや停止となったのは106人と記載されております。
 警察庁幹部のコメントにもありますように、「講習予備検査(認知機能の検査)」で判断力や記憶力が低いと評価されても、「取得した免許は権利であり、すぐに免許の取り消しや停止にはならない」のが現状なのです。

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 「約8149万人の運転免許保有者のうち、65歳以上は12年末で約1421万人。前年から102万人増えた。ただ、検査で判断力や記憶力が低いと評価されても、『取得した免許は権利であり、すぐに免許の取り消しや停止にはならない』(警察庁幹部)。
 75歳以上で判断力が低いと評価された人は、更新前の1年間か更新後に一時停止などの違反があると医師の診察を受ける必要があり、認知症と診断されれば免許取り消しや停止となる。
 だが診断を経て取り消しや停止となったのは12年で106人。家族らからの相談も含め認知症を理由に取り消しなどになった人は計501人だった。
 各地の警察では今、運転に不安を感じる高齢者らに免許証の自主返納を促すことに力を入れる。返納後に受け取ることができる『運転経歴証明書』が身分証明書として幅広く使えるようになり、全国の自主返納件数は12年、11万7613件と前年の1.6倍に増えた。
 だが、特に地方では、買い物や病院通いなど、車は生活に欠かせない面がある。当事者には深刻な問題だ。免許を失うのを恐れ、かかりつけ医に認知症と診断しないよう懇願するようなケースもあるという。
 『バス運賃を無料にする』(愛知県知立市)など、自主返納者の自立した暮らしを支援する自治体は増えているが、公共バスが自宅に迎えに釆てくれるわけではない。サービスはまだ限定的だ。」(読売新聞「認知症」取材班:認知症 明日へのヒント─800万人時代を共に生きる 中央公論新社, 東京, 2014, pp70-71)

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平成26年6月1日改正道路交通法施行
 http://www.pref.nagano.lg.jp/police/menkyo/etc/kaisei140601.html

一定の病気等に関する質問制度、虚偽記載の場合の罰則を新設
 公安委員会は運転免許を取得しようとする方や免許を更新される方などに対して、病気の症状に関する必要な質問ができるようになります。

一定の病気等に係る質問について
 回答は、申請時に交付する「質問票」で、以下の質問にあてはまるかどうかを「はい」か「いいえ」を選択していただきます。

医師による任意の届出制度の新設
 一定の病気等に該当する免許保有者を診断した医師は、任意で診断結果を公安委員会に届け出ることができるようになります。

免許の効力暫定停止制度の新設
 交通事故を起こし、又は医師の判断で一定の病気等に該当すると疑われる方について、免許の効力を3ヵ月を超えない範囲で停止することができるようになります。一定の病気等に該当しないことが明らかになった場合は処分が解除されます。

一定の病気を理由に免許を取り消された後、3年以内に再取得する際の試験の一部免除制度の新設
 一定の病気に該当することを理由に免許を取り消された場合、免許を取り消された日から3年以内に病状が回復し、免許を再取得することができる状態になった場合には、技能試験及び学科試験が免除されます。

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わが国における運転免許証に係る認知症等の診断の届出ガイドライン

認知症の運転、公安委員会届出の指針を発表
 関連5学会が方針を示す
 http://www.m3.com/clinical/news/article/228203/?portalId=mailmag&mmp=EZ140627&mc.l=48685636

 日本神経学会は2014年6月24日、「わが国における運転免許証に係る認知症等の診断の届出ガイドライン」とそのQ&A集を発表した。6月14日に公布された改正道路交通法で、運転免許を持つ認知症患者について、医師が公安委員会に任意で届け出られる制度が新設されたことを受け、対応を示したもの。日本神経治療学会、日本認知症学会、日本老年医学会、日本老年精神医学会と合同で作成した。
 指針では、認知症と診断した患者が自動車運転をしていると分かった場合、まず患者や家族、介護者に自動車運転の中止と免許証の返納を説明し、診療録に記載する。公安委員会への届け出をする際には、事前に患者や家族の同意を得て、写しを渡す。また、家族や介護者から患者の運転を止めさせる相談を受けたら、本人の同意を得るのが難しい場合でも、医師が状況を総合的に勘案し、届け出るかどうかを判断すると定めている。
 Q&A集では、「届け出前の本人や家族の同意は必須か」という質問に対し、「必須ではないが、できるだけ同意を得る」と回答。患者の多くは病識がなく同意を得るのが難しいが、家族や介護者の同意はなるべく得るようにと説明している。

資料
1)わが国における運転免許証に係る認知症等の診断の届出ガイドライン
 http://www.neurology-jp.org/news/pdf/news_20140624_01_01.pdf

2)届出を行う場合に使用する特定の様式
 http://www.npa.go.jp/pdc/notification/koutuu/menkyo/menkyo20140410.pdf
 様式第1(届出用)=pdfファイルp33

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【運転免許証に係る認知症の診断の届出ガイドライン】
 http://dementia.umin.jp/GL_2014.pdf
【運転免許証に係る認知症の診断の届出ガイドライン Q&A, 2014.6.1】
 http://dementia.umin.jp/GL_QA_140601.pdf


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第244回『注目される自動車運転の問題─悩ましい一人暮らしの運転する患者』(2013年8月31日公開)
 さ~て、ここで悩ましい問題となってくるのは、一人暮らしの認知症患者さんの自動車運転に関わる問題です。例えば、介護に携わるスタッフから以下のような相談を受けたことがあります。
 「80歳代後半の認知症患者さん(要介護認定を受けている)が自損事故を起こし、車は大破し廃車となった。ちょくちょく自損事故を繰り返していたのでこの機会に運転をやめてもらおうと運転免許の自主返納を勧めた。しかし、本人には自主返納をする気はなく、また、自損事故であり『基準行為』に該当するわけでもなく、結局、すぐに新しく車を購入してしまった。家族はおらず、成年後見制度も申請していない。本人に車の運転を断念させるにはどうすればよいでしょうか?」
 おそらく、こうした認知症ドライバーの自損事故は表に数字となって出てこないだけで、実際には随分と多いのだろうと私は思っております。しかもご家族がいない方の場合には、自動車運転の危険性について早い段階で気づくことが困難ですので、自損事故を何度も繰り返して初めて周囲が心配する状況になりますね。
 こういったケースにおいては、医療機関において認知症と診断され治療を受けているのであれば、担当医師からきちんと運転不可であることをご本人に説明してもらうことが肝要となります。
 あるいは、本人の同意が得られれば(「後見」においては同意は不要)、成年後見制度の申し立てをすることも可能です。詳しくはウェブサイト(http://www.seinen-kouken.cc/pages/faq.htm)の質問18をご参照下さいね。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第245回『注目される自動車運転の問題─「運転は生きがい」の高齢者に与えるべきもの』(2013年9月1日公開)
 「認知症高齢者の自動車運転を考える家族介護者のための支援マニュアル(荒井由美子医師監修)」(http://www.ncgg.go.jp/department/dgp/index-dgp-j.htmよりダウンロード可能)において紹介されているBさんの事例紹介では、医師からの運転中止勧告に対して、「運転は生きがい。運転できないなら死んだ方がいい」と頑なに運転中止を拒否するシーンがあります。
 荒井由美子医師は、「自動車の運転は、単なる移動手段ではなく、『生きがい』であると回答した割合が、高齢者層において、有意に高いことが示された」と述べています(水野洋子、荒井由美子:認知症高齢者の自動車運転を考える家族介護者のための「介護者支援マニュアル」の概要及び社会支援の現況. Geriatric Medicine Vol.50 159-163 2012)。
 どうしても自動車の運転がやめられない認知症の人では、いったん施設に入所することによりうまく解決した事例もあるようです(本間 昭、六角僚子:認知症介護─介護困難症状別ベストケア50 小学館, 東京, 2007, pp60-61)。
 「運転は生きがい」と感じている高齢者の方に対しては、自動車の代わりとなるような移動手段を検討することが重要な課題となりますね。
 国立障害者リハビリテーション研究所福祉機器開発部(http://www.rehab.go.jp/ri/kaihatsu/papero_html/index.html)の井上剛伸氏は、ハンドル形電動三輪車の安定性の問題(転倒事故)に言及し、おそらく、これからの高齢者の自動車に替わる移動手段の第一候補は「パーソナルモビリティー」になるのではないかと述べています(井上剛伸:自動車に替わる移動手段の現状と展望. Geriatric Medicine Vol.50 171-174 2012)。そして、「パーソナルモビリティー」は、自動車の替わりに乗るもので、特に障害のあるなしにかかわらず利用される乗り物であり、その実例としてはトヨタ自動車株式会社が開発を進めているi-REAL(http://www.toyota.co.jp/jpn/tech/personal_mobility/i-real.html)があると述べています。i-REALはホイールベースが変化し、狭い場所での移動と屋外などでの高速移動に対応可能であり実用化が期待されている状況です。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第246回『注目される自動車運転の問題─買い物弱者対策も重要です』(2013年9月2日公開)
 「運転能力を向上させるようなトレーニング方法は今のところ存在しない」(飯島 節:認知症患者に自動車運転リハビリテーションは有効でしょうか? Geriatric Medicine Vol.50 183-185 2012)のが現状ですので、やはり、自動車運転中止後に移動・外出を支援する体制作りが最も重要な課題となります。
 その支援する体制作りの根底をなす考え方は、「支え合う」ということではないでしょうか。「支え合い」を実践している自治体の取り組みをご紹介し、本稿を閉じたいと思います。
 経済産業省によれば、「買い物弱者(買い物難民)」は約600万人程度と推計されております。
 「買い物弱者(買い物難民)応援マニュアル(第2版) 」(http://www.meti.go.jp/press/2011/05/20110530002/20110530002.pdf)には、買い物弱者問題を解決する4つの新事例が紹介されております。
① 身近な場所に「店を作ろう」
 やまとフレンドリーショップ(山梨県甲府市)
② 家まで「商品を届けよう」
1)まごころ宅急便(岩手県:西和賀町社会福祉協議会)
 社会福祉協議会、地元スーパー、宅配業者の協力により生まれたサービス。
 利用者からの電話注文を社会福祉協議会が受注、地元スーパーに発注し、ヤマト運輸が配達・代引きを行う。
2)宅配スーパー事業(エブリデイ・ドット・コム)
 九州の過疎地で21年に渡り宅配スーパーを直営。プッシュフォンを使って低コストでの注文受付を可能にしている。
③ 家から「出かけやすくしよう」
 デマンドバス(北杜市:東京大学):行政と大学の支援により誕生したバスサービス。バスが乗客の希望する時間・場所に合わせて運行。柔軟なルート設定が可能。

 奈良県の葛城市においては、タブレット端末を利用してネットスーパーに注文する買い物支援の試みも始められていることが報道されましたね(http://apital.asahi.com/article/news/2013062600006.html)。
 私の住む三重県でも幾つかの取り組みが始まっております。
 その代表は、いがまち地区の「お買物無料送迎バス」(http://www.pref.mie.lg.jp/TOPICS/2011120198.htm)です。マックスバリュの経費および三重県の地域支え合い体制づくり事業の補助金もあって実現しているようです。
 「財源」の問題は、極めて大きな課題であると思います。しかし、少子高齢化により今後も買い物弱者(買い物難民)は増加の一途を辿ると思われます。迅速に買い物支援対策に取り組まなければ、認知症高齢者による自動車運転の問題解決は望めないと思われます。

薬剤で誘発される認知症 [せん妄]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第54回『その他の認知症 薬剤で誘発される認知症(その1)』(2013年2月15日公開)
 薬剤誘発性認知症という用語を聞いて、驚かれるかも知れませんね。実は、投薬された薬によって、認知障害が引き起こされることは結構多くあります。ベンゾジアゼピン系の抗不安薬・睡眠薬、パーキンソン病の治療に用いられる抗コリン薬、抗ヒスタミン薬(=かぜ薬など)、抗潰瘍薬の一部(シメチジンなど)、ステロイド、抗うつ薬などは、薬剤誘発性の認知障害(薬剤性せん妄)の原因となり得ますので、これらの薬剤の投薬後には注意して経過を観察する必要があります。
 薬剤誘発性認知症の有病率に関して、金沢大学大学院医学系研究科脳老化・神経病態学(神経内科)の山田正仁教授らは次のように報告しております。
 「薬剤性の認知症の有病率はあまり報告がない。Larsonら(Larson EB et al:Adverse drug reactions associated with global cognitive impairment in elderly persons. Ann Intern Med Vol.107 169-173 1987)は、60歳以上の認知症と診断された外来患者308名のうち35名で薬剤性の認知症を認め、薬剤の中止で全員の認知機能の改善を確認したと報告した。しかし、薬剤が認知機能低下の単一の原因であったのはそのうちの29%で、それ以外はアルツハイマー病など他の原因の合併がみられた。」(篠原もえ子、山田正仁:薬剤による認知機能障害. BRAIN and NERVE Vol.64 1405-1410 2012)
 ベンゾジアゼピン系薬剤の服用が認知機能障害を引き起こす原因は以下のように説明されております。
 「ベンゾジアゼピン系薬剤は、辺縁系および大脳皮質のベンゾジアゼピン受容体と関連し、GABA受容体機能(メモ2参照)を亢進させて、これらの部位の神経過剰活動を抑制し、抗不安作用、催眠作用を発揮する。このGABA-ベンゾジアゼピン受容体は海馬を中心に分布しているが、ベンゾジアゼピン系薬により海馬の記憶機能が抑制されるために記憶障害が生じると考えられている。また、ベンゾジアゼピン系薬は抗コリン作用を有すると同時に、脂溶性薬剤であるため、高齢者では蓄積されやすく、作用が延長しやすい。ベンゾジアゼピン系薬の長期服用による認知機能障害として、空間視力障害、IQの低下、協同運動障害、言語性記憶および注意力の障害が報告されている。」(篠原もえ子、山田正仁:薬剤による認知機能障害. BRAIN and NERVE Vol.64 1405-1410 2012)

メモ2:GABA
 γ-アミノ酪酸(Gamma Amino Butyric Acid)を略して、GABA(ギャバ)と呼んでいます。GABAは主に脳や脊髄で「抑制性の神経伝達物質」として働いており、興奮を鎮めたり、リラックスをもたらしたりする役割を果たしています。

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 「GABAはアミノ酸の一種で、『γ-アミノ酪酸』の略称です。脳や脊髄に多く存在し、神経伝達物質として働いています。
 GABAはグルタミン酸から合成されますが、その作用は正反対です。グルタミン酸が神経細胞を興奮させるのに対し、GABAは神経の興奮を抑えます。両者がバランスよく働くことによって、精神が安定するのです。
 ストレスを感じたり、興奮すると、アドレナリンが盛んに分泌されますが、GABAはその分泌を抑え、心身をリラックスさせます。イライラや不安を軽減し、筋肉の緊張をゆるめ、睡眠の質をよくします。
 このような、精神安定、ストレス緩和作用が認められ、最近はGABA含有の食品が多く出回るようになりました。血圧を下げる働きもあるため、高血圧に有効として、トクホ(特定保健用食品)の認定も受けています。
 このほか、内臓の働きを活発にして基礎代謝を高める、コレステロールと中性脂肪を抑制するなどの作用もあり、肥満や糖尿病を防ぐ効果もあると期待されています。
 GABAは睡眠中、特に深い眠りに入ったときに生成されるので、不眠症の人はGABAが不足ぎみになります。そのため、ますます緊張がとれず眠れないという悪循環に陥りがちです。不眠ぎみの人は積極的にGABAをとるように心がけましょう。
 かつては、食品からGABAを摂取しても効果はないと考えられていましたが、最近の研究によって、口からとったGABAは血液脳関門を通過して、直接脳に作用することがわかりました。
 GABAは、発芽玄米、みそ、しょうゆ、キムチ、漬物、茶葉、ワインなどに多く含まれています。タンパク質の代謝を促進するビタミンB6とともにとると効果的です。」(安田和人:認知症 治った! 助かった! この方法 主婦の友インフォス情報社, 東京, 2013, pp156-157)

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 認知症とせん妄は異なる疾患ですが、症状が似ているため、病院では混同されることが多いようです。しかし原因が異なるので、区別が必要です。認知症高齢者が睡眠薬などを内服した場合、夜間にせん妄が合併することもあり、認知症によるBPSDとの鑑別が困難となることも多くみられます。認知症では主に記憶が障害され,せん妄では主に注意力が障害されます。
【編集/鈴木みずえ 著/鈴木みずえ:パーソン・センタードな視点から進める急性期病院で治療を受ける認知症高齢者のケア─入院時から退院後の地域連携まで 日本看護協会出版社, 東京, 2013, pp12-26】

 せん妄には、過活動型と低活動型があります。一般に、せん妄として臨床現場において問題視されるのは過活動型です。過活動型せん妄は軽い意識障害で、Japan Coma Scaleで1桁の場合をいいます。周囲の刺激に対して過度に敏感になるほか、前兆としては、そわそわしていつになく落ち着かない様子として見受けられます。看護師が「何となく変」と直感を働かせ、早期に発見されることもよくあります。ただし、意識レベルが少し深い水準に移行したJCSレベルで2桁の低活動型のせん妄は、「落ち着いた」と誤解され、見逃される危険性があります。
 せん妄の病態生理については、「過活動型せん妄では、脳幹網様体賦活系の機能低下による意識障害に加えて、大脳辺縁系などの機能亢進が起こっていると推測されている。低活動型せん妄では、脳幹網様体賦活系の機能低下による意識障害に加えて、より広範な大脳機能の低下が想定される」(和田 健:せん妄の臨床─リアルワールド・プラクティス 新興医学出版社, 東京, 2012, p32)といわれています。つまり、2種類のせん妄をJCSのレベルで考えると、過活動型せん妄はJCSレベル1~3で、低活動型せん妄はJCSレベル3~20と考えることができます。
 死亡率も、過活動型に比べて低活動型のほうが高く、予後も悪いとする報告も多いようです(加藤雅志:低活動型せん妄. 臨床精神医学 Vol.42 337-341 2013)。
【編集/鈴木みずえ 著/赤井信太郎:パーソン・センタードな視点から進める急性期病院で治療を受ける認知症高齢者のケア─入院時から退院後の地域連携まで 日本看護協会出版社, 東京, 2013, pp35-43】

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日本語版ニーチャム混乱/錯乱状態スケール(The Japanese version of the NEECHAM Confusion Scale;J-NCS)[図3]
 「混乱・錯乱状態の初期症状や低活動型のせん妄を把握するためのスケールであり、わが国で最も使用されている。観察とバイタルサイン測定時の10分程度で評価することができる。認知・情報処理3項目(注意力、指示反応性、見当識)、行動3項目(外観、動作、話し方)、生理学的コントロール4項目(生理学的測定値、生命機能の安定性、酸素飽和度の安定性、排尿機能のコントロール)から評価する。得点は最高30点から最低0点で、点数が低いほど重度であることを示す。」(編集/鈴木みずえ:パーソン・センタードな視点から進める急性期病院で治療を受ける認知症高齢者のケア─入院時から退院後の地域連携まで 日本看護協会出版社, 東京, 2013, pp71-82)

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 長浜赤十字病院の赤井信太郎看護師(認知症看護認定看護師)がゾルピデムによってせん妄が悪化したと考えられるケースについて詳しく報告しておりますので一部改変して以下にご紹介しましょう(編集/鈴木みずえ 著/赤井信太郎:パーソン・センタードな視点から進める急性期病院で治療を受ける認知症高齢者のケア─入院時から退院後の地域連携まで 日本看護協会出版社, 東京, 2013, pp101-112)。

 Cさんは80歳代の女性で、長男夫婦と同居しています。畑へ行った後に気分が悪くなった様子で、自宅でぐったりとしているところを仕事から帰ってきた家族に発見され、救急搬送で入院となりました。入院時に低ナトリウム血症(115mEq/L)と診断され、塩化カリウム(KCL)入りの持続点滴が開始されました。
 Cさんは、入院後に持続点滴を受けて徐々に意識レベルは改善しました。しかし、そわそわと落ち着かない様子で、壁に向かって言語不明瞭な独り言を話し、周囲の人の声に対して「え?」と過剰に反応していました。また、手に挿入されている点滴を見ると、首をかしげて触り、抜いてしまうなどの行動が見られるようになりました。
 さらに、夜間不眠で混乱し、家族の名前を大声で呼び始めたため、超短時間作用型睡眠導入剤のゾルピデム酒石酸塩錠(マイスリー[レジスタードトレードマーク])5mgを服用してもらいました。しかし、Cさんを落ち着かせる効果はなく、不穏となり、リスペリドン内服液0.5mgを追加で投与しました。
 翌日、日中の覚醒状況が悪くなり、昼夜逆転となって対応が困難となったため、認知症看護認定看護師に介入の依頼がありました。Cさんは、入院前より口内炎があり食事量も減っていたようで、入院後も食事はほとんど摂れず、介入依頼時、口腔内は乾燥し、舌全体に舌苔ができていました。また、点滴を何回も抜こうとするため、手には介護用抑制手袋が装着されていました。両手を何度も挙上し、何とか手袋を取ろうと興奮していました。
 家族はCさんの状況を見て、「前から少しずつぼけてきたと思ったのですが、こんなにぼけてしまうと、家では……。帰ってきてもらっても、とても……」と話されました。

メモ:睡眠薬服用によるせん妄の出現
 特にCさんの場合、普段は服用したことのない睡眠薬がせん妄を悪化させたと考えられます。ゾルピデム酒石酸塩は、GABAレセプター(受容体)に影響を及ぼすことでGABA系の抑制機構を増強する作用があります。つまり、ゾルピデム酒石酸塩の作用の1つには、興奮を抑え、穏やかに休む作用があるのです。
 しかし、警告として、服用後にもうろう状態、睡眠随伴症状(夢遊症状など)が現れることがあるとも記載されています。さらに高齢者の薬物動態では、図に示すように、血中濃度は健常人に比べて2.1倍、最高血中濃度到達時間は1.8倍延長、薬物血中濃度時間曲線下面積は5.1倍、半減期は2.2倍となり、肝機能障害の患者とほぼ同様という報告があります。Cさんのような高齢者は薬剤の効果発現が遅くなり、薬物血中濃度が上昇しやすいと記載されています。

 高齢者がせん妄状態になると、注意機能の低下を来します。Cさんが周囲の人の声に過剰に反応した状況は、覚醒度が下がったことで注意機能の持続性と集中性が低下し、転導性が亢進したためといえます。つまり、自分にとって意味のある情報を選択し、後は無視する機能が障害されるため、周囲に響く他者の声や雑踏の中で混乱や興奮を起こしやすい状態にあったということです。さらに、リスペリドン内服液の追加服用によって日中の覚醒度が下がり、夜間に不穏となる昼夜逆転の状況になったのではないかと考えられました。
 上記のせん妄発症の理由が、Cさんの状態が、一見、認知症症状が悪化したかのようにみえる原因と考えられました。このことは、第1章「せん妄と認知症」の項に掲載した図2-9(p39参照)に当てはめて考えることができます。
このような状況が長く続いてしまうと、過鎮静によるふらつきからの転倒や、身体状況の悪化の原因にもつながるため、避けなければなりません。

【結果1】
 Cさんは入院前より口内炎があり、食事摂取量が減っている状況でした。睡眠薬や向精神薬の服用によって過鎮静となり、さらに口腔内の乾燥は悪化していました。口腔内環境の改善をはかり、まず合併症予防を行いました(口腔ケア開始後3日で口腔内の乾燥はなくなり、舌苔と口臭もなくなりました。また、口腔ケア実施後のCさんの覚醒度は改善し、食事が少しずつ摂れるようになりました。
 脳地図における感覚野では、口腔や舌が占める割合は手指の次に大きくなっています。口腔ケアを行うことは、不顕性肺炎の予防や改善、意識レベルの改善、摂食嚥下における口腔内感覚の改善や唾液分泌の促進など、さまざまな効果が期待できます。Cさんの口腔内環境の改善は、脳の覚醒にも影響していくため、向精神薬の減量にもつながる重要なケアであると考えます。

【結果2】
 Cさんは、不眠の改善のために睡眠薬と向精神薬を服用していましたが、かえって昼夜逆転と過鎮静を招いてしまいました。そのため、薬剤以外の方法で日内リズムを整える工夫を行いました。徐々に日中の覚醒状況はよくなり、会話も成立するようになりましたが、夜間の不眠は続いたため、日中のベッドからの離床のほかに、せん妄対策ラウンドに相談をかけました。
 当院のせん妄対策ラウンドは、2011年より行っています。精神科医、薬剤師、認知症看護認定看護師、作業療法士が毎週金曜日の午後1時間を使って、病棟スタッフより依頼のあった患者をラウンドし、対策をいっしょに考え、アドバイスを行います。
 主治医が、ラウンド担当の精神科医がアドバイスしたラメルテオン錠と抑肝散に処方を変更した結果、Cさんは夜間もよく休めるようになりました。J-NCSは28点で、せん妄状態は改善しました。せん妄改善後に改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)を行ったところ、19点(日にち:-2点、場所:-1点、引き算:-1点、逆唱:-1点、遅延再生:-3点、5つの品:-2点、流暢性:-1点)でした。

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せん妄の(正しい)薬物療法:下記pdfファイルのp39-44
 http://www.okayama-kanwa.jp/study/pdf/pdf42.pdf
 コンパクトによくまとまっていますね。

<内服可能で興奮を伴う場合>ベッド柵を乗り越え徘徊・易怒的で暴力行為出現
◎ リスペリドン(リスパダール)(錠剤・液剤0.5mg~3mg)
・パーキンソニズムは比較的少なく、抗幻覚妄想効果>鎮静効果。
・液剤は嚥下困難な患者でもOK。また、拒否傾向強い患者には水に混入して勧められるという利点もあり、また即効性も期待できる(立ち上がりが早い)。
・腎機能障害患者には使用に注意。

◎ クエチアピン(セロクエル)(25mg~150mg)
・パーキンソニズムが非常に少なく、適度な鎮静効果あり。また用量に幅があるため使いやすい。ただし糖尿病には禁忌。

○ ハロペリドール(セレネース)(0.5mg~3mg)
・パーキンソニズムは比較的出やすく、抗幻覚妄想効果>鎮静効果。
・エビデンス充分あるが、現在の臨床場面ではfirst choice(第一選択薬)ではない。

△ レボメプロマジン(ヒルナミン)/クロルプロマジン(コントミン)(5mg~75mg)
・血圧低下・過鎮静に注意が必要だが、確実にsedation(鎮静)はかかる。

チアプリド(グラマリール) (25mg~50mg)
 ・唯一せん妄に対し保険適応のある薬剤。現在の臨床場面ではあまり使われない

オーダーメイドの認知症ケア―NIRSの活用 [光トポグラフィー(near-infrared s]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第800回『感情に配慮したケアを─光で脳血流を測定』(2015年3月22日公開)
 日本のうつ病診療においては、診断面で大きな進歩が出始めております。
 それはNHKスペシャル「ここまで来た! うつ病治療」(http://www.nhk.or.jp/special/detail/2012/0212/)のウェブサイトにも記載されております光トポグラフィー(near-infrared spectroscopy;NIRS)という検査方法です。
 頭皮上から近赤外光を当てて、背外側前頭前野(dorsolateral prefrontal cortex;DLPFC)やその周辺の血液量の変化を測定し、うつ病かどうかを調べるのです。
 NIRSを用いることにより、「うつ病」と症状が似ている「双極性障害(そううつ病)」や「統合失調症」とを客観的に見分けられるようになってきており、誤診を防ぎ適切な治療につなげられると期待されています。うつ病と診断された患者の中に双極性障害の患者が41.4%も含まれていたという報告も紹介されました(Zimmermann P, Brückl T, Nocon A et al:Heterogeneity of DSM-IV major depressive disorder as a consequence of subthreshold bipolarity. Arch Gen Psychiatry Vol.66 1341-1352 2009)。この論文の抄録はウェブサイトにおいても閲覧可能です(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19996039)。番組においては、双極性障害の患者さんが抗うつ薬を服薬すると、気分の波が押し上げられ、危険な衝動に駆られることがあるという危険性も指摘されました。
 NIRSは、近赤外線の散乱光を用いて脳表面の血管の酸化・還元ヘモグロビン濃度を非侵襲的に計測することができ、空間分解能は2~3cmと低いものの、時間分解能は100msと他の脳血流評価法に比べて高く、神経活動による局所的な脳血流の変化を反映しているとされています(森田喜一郎、井上雅之、藤木 僚 他:認知症の早期発見と治療─精神生理学的検討. 臨牀と研究 Vol.89 1579-1583 2012)。
 NIRS検査は、精神科において2009年4月に「光トポグラフィー検査を用いたうつ症状の鑑別診断補助」として先進医療に承認され、2012年12月時点で全国19施設において実施されています(野田隆政:光トポグラフィによるうつ病診断. 医学のあゆみ Vol.244 425-431 2013)。
 NHKスペシャルにおいては、以下のような事例紹介もされました。
 吉岡明子さん(仮名)はある医療機関を受診した際に、「軽い認知症の疑いがある」と告げられ、さらに「治療法はないよ。認知症だから。」と説明を受け絶望的な気持ちになりました。しかしその後、NIRS検査を受けて「うつ病」という診断が下されます。正確な診断名がついたことで、吉岡さんはようやく自分自身の病気と正面から向き合えるようになっていきます。
 国立長寿医療研究センター内科総合診療部長の遠藤英俊先生は、近赤外光脳計測装置(http://www.an.shimadzu.co.jp/bio/nirs/nirs2.htm)を用いると頭皮から20mm程度の深さの大脳皮質の活動状態がリアルタイムにカラーマッピング表示されることを利用して、認知症患者が昔話をしたときの脳の活動状態を調べました。その結果、昔話をしているときは大脳皮質の活動状態が顕著に亢進したそうです。このような研究を通して遠藤英俊先生らは、オーダーメイドの認知症ケアの確立を目指しているそうです。

メモ5:うつ病におけるNIRSの臨床応用(http://www.h.u-tokyo.ac.jp/vcms_lf/kokoro2.jpg
 「うつ病では、①言語流暢性課題開始直後からoxy-Hb賦活反応が速やかであるが、②賦活反応量は小さく、③賦活反応の重心値は言語流暢性課題の前半にある。
 双極性障害では、①言語流暢性課題開始後oxy-Hb賦活反応は緩やかで、②oxy-Hb賦活反応量はうつ病より大きく、③賦活反応の重心値は言語流暢性課題の後半にある。
 統合失調症では、①言語流暢性課題中の賦活反応量は少なく、②言語流暢性課題終了後に非効率的な賦活反応(再上昇)を示す。
 これまで研究としてしか行えなかった精神疾患についてのNIRS検査が、先進医療という形で、診療として行えるようになった。厚生労働省によると、先進医療の実施施設は2013年3月1日時点では21施設、2010年7月から2011年6月の1年間に実施された件数は703件であった。」(朴 盛弘、石田寿人、兼子幸一:Depressionの光トポグラフィー. 神経内科 Vol.79 42-49 2013)
 なお、2009年度に「光トポグラフィー検査を用いたうつ症状の鑑別診断補助」として先進医療に承認されました近赤外線スペクトロスコピー(near-infrared spectroscopy;NIRS)は、2014年度から「抑うつ症状の鑑別診断補助」のための光トポグラフィー検査として保険適用になっております。「精神疾患の補助診断のための光トポグラフィー検査」では、測定のためのプローブを頭に装着し、指定した頭文字で始まる単語を1分間でなるべく多く言うことを求める課題(言語流暢性課題)を用いて前側頭部を測定することで、うつ病、双極性障害、統合失調症それぞれの前頭葉機能の特徴を捉えることができます。検査に要する時間や手間は脳波検査より少なく、説明や準備の時間を含めて20分程度で実施することができる(福田正人:光トポグラフィー検査を用いた精神疾患診断. 日本医師会雑誌 第143巻 1020-1021 2014)そうです。

 2012年2月12日に放送されましたNHKスペシャル「ここまで来た! うつ病治療」(http://www.nhk.or.jp/special/detail/2012/0212/)の番組冒頭で流れた「うつ病は心の病気ではない。れっきとした脳の病気だ!」というナレーションと類似した意味のフレーズが認知症に関する論文でも記載されております。それは、熊本大学医学部附属病院神経精神科の橋本衛先生が述べている「これまでは『妄想』や『異常行動』として漠然と解釈されてきた症状が、認知神経科学の範疇で説明できる可能性が示された。」という言葉です。
 橋本衛講師は、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)におけるカプグラ症候群(メモ6参照)について、脳科学的観点から以下のように言及しております(橋本 衛:認知症における精神症状と認知機能障害の関連. 老年精神医学雑誌 Vol.22 1269-1276 2011)。
 「EllisとYoungの提唱した『相貌失認の鏡像』仮説を裏づける症例として、HirsteinとRamachandran(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1688258/)が症例を報告しており、カプグラ症候群が生じる機序について、側頭葉下面から扁桃体への情動的な視覚入力の離断を指摘した。すなわち、側頭葉が保たれているため両親の顔の認知できるが、その視覚的な情報が情動の中枢である扁桃体および辺縁系に伝わらないため、目の前にいる両親に対するなじみの感情が湧いてこず、『別人だ』という判断に至ると説明した。…(中略)…DLBでは、扁桃体の機能不全だけではなく、視覚認知障害やそれに伴う錯覚もあわさって情動喚起の異常を引き起こし、その結果、熟知相貌に対するなじみの感情が失われ、カプグラ症候群が引き起こされると説明される。」(一部改変)

老化抑制物質、人で臨床研究─慶大 [サーチュイン]

老化抑制物質、人で臨床研究─慶大

 慶応大は11日、高齢化によって増えるさまざまな病気の予防に役立てようと、老化に伴う症状を抑える効果がマウスでみられた物質を人間に投与する臨床研究を始めたと発表した。
 健康な人を対象に、まず安全性を確認するのが狙い。伊藤裕教授(内分泌代謝学)は「安全性が確認できれば将来、具体的な効果を調べたい」と話している。
 投与するのは「ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)」。人間や動物の体内にもともとあり、長寿遺伝子として知られる「サーチュイン」の働きを強める化合物の材料となる。マウスに投与した実験では、さまざまな臓器で化合物の量が増え、血糖値の上昇が抑えられるなど、老化により臓器の働きが衰えるのを抑える効果が期待できるという。
 【2016年7月12日付日本経済新聞・社会】

私の感想
 「サーチュイン」のことを報じたNHKの番組は衝撃的な内容でした。
 “老化”なんて、人間というか全ての生き物の宿命なんだから受け入れるしかないと誰しも思っていたのに、そうじゃない場合もあるんだよ・・ということを報じていたからです。
 そして、時を経て、“臨床研究”が開始されるとのニュース。
 別に期待しているわけじゃないけど、関心が高い領域のニュースであることは間違いない。追跡していきたいニュースの一つですね。

 アピタルの前身であるアスパラクラブ時代に「サーチュイン」のことは紹介しております。以下に書き出してみます。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第109回『不老長寿は夢じゃない(1)』(2011年6月13日公開)
 皆さん昨晩9時はどのTV番組を観るかすごく悩まれたのではないでしょうか。
 元脳神経外科医の私としては「JIN」、子どもたちが観たいのは「マルモ」、元々の私のお気に入りは「行列」。しかし、昨晩だけはそんな迷いを捨てて、NHKスペシャルに見入ってしまいました。TV番組欄で「認知症」という文字を見かけると、ほとんど観てしまいますね。
 2011年6月12日放送のNHKスペシャル「寿命は延ばせる!」(http://www.nhk.or.jp/special/onair/110612.html)においては、話題の長寿遺伝子「サーチュイン遺伝子」に関して報道され、認知症予防との関連についても言及されました。

 「このサーチュイン遺伝子、万人が持っていますが、普段は眠っていて働きません。しかし、働かせる簡単な方法も分かってきました。」とホームページにて紹介されていましたので、放送を観る前に事前に予習してみました。
 「サーチュイン遺伝子のスイッチをオンにするには、2つの方法がある。」と2010年11月20日放送の「世界一受けたい授業」の「授業復習」(http://www.ntv.co.jp/sekaju/onair/101120/03.html)に記載してありました。
 「1つは、カロリーを減らすこと、2つ目は定期的に運動することです。日本人の男性が一日にとる食事のカロリーの平均は、2100kcal、女性は平均1700kcalです。これを約800kcalに抑えると、効果が出るだろうと言われています。これを続けなければならないわけではなくて、1週間に1回、10日に1回、1カ月に1回でも効果があるという研究者もいます。」
 この情報がどこまで正しいのか? どこまで解明が進んだのかを勉強すべく、楽しみに夜の21時を待ちました。

 ただ、NHKスペシャルを観る前の私は、1735年にイギリスの風刺作家ジョナサン・スウィフトが著した『ガリヴァー旅行記』において紹介されている寓話の一節を思い出し、長寿遺伝子が同定されても・・と懐疑的な見方をしていました。
 その寓話は、東京女子医科大学東医療センターの大塚邦明教授が書かれた著書(100歳を可能にする時間医学 NTT出版, 東京, 2010)の「はじめに」において紹介されています。

 「ガリヴァーは、イギリスに戻る途中、ラグナグ王国に立ち寄りました。そこに少数の不死の人間(ストラルドブラグ人)がいることを聞き、是非会ってみたいと願いました。ガリヴァーは、『自分がストラルドブラグ人のように不死であったなら、いかにも輝かしい人生を送ることができるであろう』と、心をときめかしました。しかし、ガリヴァーがそこに見たものは、思いもかけないのストラルドブラグ人の実態でした。『不老』ではないため、老齢につきまとう悲惨な姿ばかりが目についた。人間としての尊厳を保つことができず、老いさらばえたままの悲惨な生涯を送っていた。200歳を超えた一人の老人は、死ぬことができないという前途を悲観し、不機嫌で愚痴っぽく、頑固で気むずかしく、歯も欠け頭髪も抜け、忘れっぽく、味わうこともできず、ただ飲み食いをしているというばかりであった。そして、国中の人々から、疎まれ軽蔑されていた。」


長寿の悲喜こもごも
投稿者:あぽろ 投稿日時:11/06/13 15:32
 私の親類には100歳を越した老人が数人います。
元気で100歳ならいいですがベッドで寝たままの百歳です。子ども達は次々親より先に亡くなったようです。
 親より先に亡くなるのは親不孝と言いますが、仕方ありません。孫やひ孫の世話になっているようです。
 お婆ちゃんは孫やひ孫のお嫁さんに時々体を拭いてもらっています。
 もう一人のお婆ちゃんは特老に入所して居られます。
 誰も尋ねて行きません。子どもも次々身体を壊して、外孫はなじみが無いので田舎へ帰っても来ません。
 親類周りでは「年金が入ることが唯一の貢献」などとやっかみを言われて居たりします。
 そんな方ばかりでもなく100歳を過ぎても家族の中で草みしりをしたり、花の世話をして過ごしてらっしゃる方も居ます。
 長生きも人それぞれです。


Re:長寿の悲喜こもごも
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/06/13 16:04
あぽろさんへ
 コメント拝見しました。
 私も、昨晩のNHKスペシャルを観るまでは、「ストラルドブラグ人のような悲惨な超高齢社会」をイメージしておりましたので、あぽろさんの抱く感覚と同じように感じていました。
 しかし、昨日の放送は、長寿だけではなく老化の防止にも貢献するという話でありました。
 昨年から今年にかけて、健康な百寿者を多く拝見してきました。代表的な方は、シリーズ第45回『日野原先生の講演を聴いてきた』でご紹介しましたね。

P.S:
 今日の続きの原稿をまだ書いておりません。
 今ようやく病棟業務が終了しましたので、今から明日の原稿を書きます。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第110回『不老長寿は夢じゃない(2)』(2011年6月14日公開)
 春日武彦先生のアピタルブログ『精神科医の頭の中』の2011年5月28日の『神童』のコメント欄において、私は以下の発言をしました。
 「私は、脳科学に関するTV番組を観るのが好きです。2011年5月25日放送の『ホンマでっか!?TV』において、人間性脳科学研究所所長である澤口俊之先生が『長寿と知能』に関して以下のような発言しました。
 『長生きに関する遺伝子の多くは知能に関係しており、特に一般知能が関係している。IQの遺伝性は80%なので、子どものIQが高い場合、自分の両親(子どもの祖父母)は長寿の遺伝子を持つ可能性が高い。』
 一般知能が高い人というのは、勉強ができるできないではなく、勘が利くとか反応が良い人のことを意味するのだそうです。
 澤口俊之先生は、著書(『幼児教育と脳』 文春新書, 東京, 2004, P44)においては以下のように述べています。
 『知能指数IQの60%くらいは遺伝に依存する。…(中略)…IQが遺伝することからも明らかなように、多重知性のそれぞれに関しても40~60%は遺伝する。たとえば言語性知性や空間的知性は60%くらい遺伝に依存している。作家の子どもが作家になるのは決して環境のせいだけではないのだ。』
P.S:
 寿命に関連が深い遺伝子の代表は、『時計遺伝子』です。」

 そう! 2011年6月12日放送のNHKスペシャル「寿命は延ばせる!」を観るまでは、私の頭の中にある「長寿遺伝子」と言えば、「サーチュイン遺伝子」ではなく「時計遺伝子」でした。
 本題に入る前に、先ずは時計遺伝子に関して興味深いお話をご紹介します。

 諏訪東京理科大共通教育センターの篠原菊紀教授は、自身のブログ「『はげひげ』の脳的メモ」(http://higeoyaji.at.webry.info/)において、2011年4月25日に次のような数字を紹介しています(http://higeoyaji.at.webry.info/201104/article_9.html)。
 「一般的知能(IQg)が55%(成人では70%)、言語的推論能力が50%、空間的推論能力が40%程度遺伝しますが、学業成績は38%ぐらいですから頑張りは重要です。ちょっと驚くのは記憶力。遺伝率はわずか30%ですから、記憶力というのが学業成績以上に後天的な工夫や努力で変わるわけです。
 国語、数学、社会、理科などの成績の遺伝率はおおむね40%、30%が共有環境、30%が非共有環境です。遺伝率は、一緒に暮らす一卵性双生児と二卵性双生児の比較から出します。一緒に暮らす一卵性双生児のたとえば成績の相関が70%なら、100%-70%=30%は非共有環境の影響と考えます。友達とか、気づきとか、自分だけ通ったクラブとか。
 一卵性双生児と二卵性双生児は遺伝的には半分一緒ですから、遺伝率=(一卵性双生児の相関-二卵性双生児の相関)×2、共有環境(多くは家庭環境)の影響は、一卵性双生児の相関-遺伝率、になります。」

 最後の部分がちょっと分かりにくいですね。具体的な数字を交えて分かりやすく解説します。
 例えば、学業成績の相関係数を調査したところ、一卵性双生児が0.632、二卵性双生児が0.403であったとしましょう(http://www.eps4.comlink.ne.jp/~aasaka/twin3.htm)。
 一卵性双生児では、遺伝子(gene;G)と共有(家庭)環境(environment;E)が同じです。一方、二卵性双生児では、遺伝子が半分同じ(G×1/2)であり共有(家庭)環境(E)は同じです。
 そこで、一卵性双生児の相関係数(G+E)から二卵性双生児の相関係数(G×1/2+E)を引きますと、(G+E)-(G×1/2+E)=G×1/2となります。これにより、遺伝子の影響部分の半分が求められます。したがって、この値を2倍すれば遺伝子の影響部分を求めることができるわけです。
 0.632-0.403=0.229
 遺伝率=0.229×2=0.458  この0.458(45.8%)が相関係数の中で、遺伝子が占める部分ということになります。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第111回『不老長寿は夢じゃない(3)』(2011年6月15日公開)
 近年、「時計遺伝子」が寿命と深く関連している遺伝子であることが分かってきました。
 生体リズムを発信する時計遺伝子は、「親時計」と「子時計」に存在します。親時計(主時計)は、脳の視交叉上核という部位にあり、ここには時計細胞がぎっしり詰まっています。そして一個一個の時計細胞には六種類の時計遺伝子があります。Period(Per)、Clock(Clk)、Cryptochrome(Cry)などです。
 時計遺伝子は視交叉上核だけではなく、身体の細胞の一つ一つにもあることが分かってきており子時計(末梢時計)と呼ばれています。親時計と子時計が互いに連絡を取り合いながらサーカディアンリズム(概日リズム)を醸し出しています。
 生体リズムの乱れは、メタボリックシンドロームと関連が深いことも分かってきております。2005年5月にサイエンスという超一流雑誌において、「Clockという時計遺伝子に異常のあるマウスが、成長とともにメタボリック症候群になる」(http://www.pref.kagawa.jp/kenkyoui/syogaigakusyu/characteristic/katei/site/seikatusyuukandukuri-foramu/images/ootsuka.pdf)ことが発表されています。
 東京女子医科大学東医療センターの大塚邦明教授は、著書の第6章(100歳を可能にする時間医学 NTT出版, 東京, 2010, pp70-82)で時計遺伝子がもつ様々な働きを紹介しております。
 「記憶も、時計遺伝子と関わりがあるらしい。2004年、首都大学東京の坂井貴臣らは、ショウジョウバエを使った記憶の実験を報告した。ある嫌な匂いを嗅がせ、その匂いをどれくらい長く覚えているかという実験を行った。通常、ハエに何かを記憶させるには、7時間以上の記憶訓練を行うことが必要である。ところが、Per時計遺伝子を過剰に発現させたハエでは、時計遺伝子の発現が多いほど、記憶のための訓練時間が短くなった。ハエの長期記憶にPer時計遺伝子が必要であると結論している。」
 また、大塚邦明教授は、「生体リズムに異常のあるハムスターに、中枢時計の移植をしたところ生体リズムが回復し、その結果、ハムスターの寿命を長くすることができた」という報告(同書, p94)を紹介しています。
 また高知県土佐市における高齢者の調査では、「砂時計型の体内時計の検査(10秒を予測してもらう)において、10秒が正しく予測できる高齢者ほど、3年後の認知機能の改善が期待できた」(同書, p131)と述べて、「生体リズムを回復させることが、もの忘れの予防には有効である」(同書, p112-113)と指摘しています。

 さて、いよいよ2011年6月12日放送のNHKスペシャル「寿命は延ばせる!」において紹介された長寿遺伝子「サーチュイン遺伝子」に関してご紹介していきましょう。
 サーチュイン遺伝子は、実は誰でも持っている遺伝子です。しかし、普段は眠っていて作動しておりません。
 ウィスコンシン大学のリッキー・コールマン博士は、80匹近いアカゲザルを20年以上飼育して老化の発現を観察するというとっても気の長い実験を行っています。
 アカゲザルの平均寿命は26歳程度だそうです。
 映像では、24歳の2匹のアカゲザルが紹介されました。24歳というとヒトに置き換えると75歳程度に該当するそうです。
 サーチュイン遺伝子がOFFとなっているアカゲザルは、禿げて見るからに年老いています。目の輝きも失われています。
 一方、サーチュイン遺伝子がONとなっているアカゲザルは、毛はふさふさで眼光鋭く、怖くて近寄りたくない雰囲気を漂わせています。
 MRI検査を実施してみると、サーチュイン遺伝子がONとなっているアカゲザルにおいては、脳萎縮が乏しいことが証明されました。脳の老化も抑えたようです。
 現在、実験を初めて22年目に入っているそうです。サーチュイン遺伝子がOFFとなっているアカゲザルは、半数が老化によって死亡しているそうです。しかし、サーチュイン遺伝子がONとなっているアカゲザルは、8割が生存しているそうです。


何でも食べる元気
投稿者:あぽろ 投稿日時:11/06/15 12:33
 私は地方に住んでいますので地域にも高齢の方が多く居ます。
 素人の私がそう思うだけかもしれませんが、長寿の方はお友達が多いように感じます。後は夫婦で女性が残った方です。
 それと、何でも好き嫌いなく幅広く食べて、それでも間食は少ない人、手作りで食べ物を作る人。魚の酢の物や漬物、煮物などを近所におすそ分けする。痛いところを抱えながらも畑仕事など体を動かしている人。孫の世話をしている方、家族関係がうまく行ってらっしゃる方のほうが丈夫に感じます。
 反対に一人好きでご近所とふれあいの無い方や肥満症の方や本音であまりお話できない方、自炊せず加工食品が好きな方はやはり何処と無くお体を壊してらっしゃるような気がします。
 あくまで私の私感です。


Re:お友達 肥満症
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/06/15 15:24
あぽろさんへ
 いつもコメントありがとうございます。
 シリーズ第58回『高齢シスターの脳は明せきだった』において触れましたように、「生きがい尺度の高得点者は、低得点者よりもアルツハイマー病を発症せずにすむ可能性がおよそ2.4倍高かった」(Arch Gen Psychiatry 67 304-310 2010)という米国住民データの解析結果が報告されております。
 高齢者の生きがいを高めるために介入を加えることは、認知症予防にもつながります。ですから友人とのコミュニケーションが生きがいの一つであれば、友人の存在が脳機能に好影響を及ぼしていることは十分に想定されます。
 ナンスタディの詳細が記載された、『100歳の美しい脳』(デヴィッド・スノウドン著,藤井留美訳,DHC,2004)に関しては、非常に興味深い記述が並びますので、いずれまた詳しくご紹介する予定です。

 肥満症に関しては、明日の原稿で、サーチュイン遺伝子を作動させるための「食事」に関して言及しておりますのでお読み下さい。
 個人的には、「肥満症の百寿者」のサーチュイン遺伝子がどうなっているのか関心を持っています。

 いずれにしても、サーチュイン遺伝子が作動しているのかどうかを採血で簡単に判断できる時代になったことは、たいへん有意義なことだと思います。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第112回『不老長寿は夢じゃない(4)』(2011年6月16日公開)
 さて、サーチュイン遺伝子を作動させるため、どんなことが行われたのでしょうか。
 実は、以前から実践されてきた「あること」なんです。
 「腹八分目」は、古くから長寿の秘訣と言われてきましたね。
 シリーズ第39回『飽食を見直して認知症予防』(https://aspara.asahi.com/blog/hyottoshite/entry/T6APdVqB6b)で紹介しましたように、日野原重明先生はまさにこれを実践してこられたのですね。
 まさにここに大きな鍵が秘められていたのです。普通の猿よりも30%少ない餌を20年以上食べ続けてきたアカゲザルは、サーチュイン遺伝子がONとなり、老化の発現が遅れ、寿命も延びたのです。

 サーチュイン遺伝子は、2000年に米国で発見されました。全身の細胞の第10染色体上に存在します。
 サーチュイン遺伝子から作られるのがサーチュイン酵素です。そのサーチュイン酵素はどんな働きをするのでしょうか。
 ミトコンドリアの増加、免疫細胞をおとなしくさせる、インスリンの受け渡しをスムーズにする、炎症物質の抑制、テロメアの保護などの役割があるそうです。

 年をとるとミトコンドリア(細胞の中でエネルギーを作り出す機能を果たしている)の働きが弱くなり、活性酸素という有害物質を産生するようになります。
 活性酸素が皮膚の細胞を損傷すると、女性が嫌う「シミ・シワ」の原因となります。
 活性酸素が脳の神経細胞を損傷すると、物忘れや認知症の誘因となります。
 サーチュイン遺伝子がONとなると、ミトコンドリアの中で活性酸素を消す物質が盛んに作られ、ミトコンドリアから活性酸素が漏れ出ることがなくなります

 免疫細胞は、本来は、病原菌から身体を守るという大切な役割を担っています。しかし、年をとると免疫細胞が敵と味方を見分ける能力が低下し、自分自身の身体を攻撃し始めます。それが最も顕著に見られる部位が血管です。免疫細胞が血管壁に入り込んで壁が厚くなり動脈硬化を引き起こします。
 サーチュイン遺伝子がONとなると、免疫細胞がおとなしくなり自身への攻撃が弱まります。また、免疫細胞を血管の壁に引き付ける物質を抑制し、動脈硬化も改善していきます。


そう思います
投稿者:あぽろ 投稿日時:11/06/16 12:40
 この間、私の近親者にも100歳を超える長寿の方が数人居ると書きました。一緒に食事をしたことがあります。食べ物が私達の世代と違います。硬いものに平気です。歯が丈夫です。
 海草・魚(食べた後の骨を鉄器であぶってカリカリにして食べたり、お湯を注いで出汁を飲んだり)肉も食べます。よく焼いた肉を少しだけ食べます。天ぷらだって好きです。酢の物が好きです。
 しかし皆、少量ずつです。私からすれば「これでよくお腹が持つなぁ?」と思ったりしていました。
 それと、皆に共通していたことは病院へすぐ行く事です。高齢者の中には我慢して病院へ行きたがらない人も多いですが、自覚症状が何かしらあったらすぐ、かかりつけの病院へ自ら足を運んでいました。自己管理が出来ていたのだと思います。周囲の人が「こんな事くらいで・・」と思いがちなことでも本人は検査してもらう事をためらいませんでしたね。


Re:そう思います
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/06/16 14:06
あぽろさんへ
 本日もコメントありがとうございます。
 食事のことって「分かっていてもついつい・・」という世界ですよね。
 私は「カロリー制限」の重要性を説きながらも、相変わらずの「大食漢」を続けております。今朝も「腹八分!」と妻にうるさく言われたにも関わらず、好物のカレーでしたのでついつい「腹十二分」食べてしまいました。
 凡人の私としては、「何とか楽してサーチュイン遺伝子を作動できないか」って考えてしまいますね。

 食生活が守れない分だけ、少しでも身体を動かそうと思います。


運動の効果は?
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/06/16 14:42
 本シリーズ第1回にて、「サーチュイン遺伝子のスイッチをオンにするには、2つの方法がある。1つは、カロリーを減らすこと、2つ目は定期的に運動することです。」と記載しました。
 しかしながら、2011年6月12日放送のNHKスペシャル「寿命は延ばせる!」においては、「運動とサーチュイン遺伝子」の関係に関しては報道されませんでしたので、このことが引っ掛かっておりました。

 毎週木曜日は、「医学書店」か「三重大学医学部図書館」に出掛けることが楽しみの一つです。
 1件だけ、「運動とサーチュイン」に関する論文を見つけましたのでご紹介します。
 長寿遺伝子として知られるサーチュイン(Sirtuins)には、7種類のサブタイプ(Sirt1-7)が存在します。
 新潟医療福祉大学大学院健康栄養学分野の川中健太郎准教授は、「動物実験において運動トレーニングが筋のSirt3タンパク質発現量を増加させる」と報告しています(運動と骨格筋:糖代謝の視点から. アンチ・エイジング医学 Vol.7 25-31 2011)。
 東北工業大学ライフデザイン学部安全安心生活デザイン学科の諏訪雅貴講師は、「ラットに持久的トレーニングを行うと、Sirt1タンパク質発現量が増加する」ことを報告しています(運動と長寿遺伝子:サーチュイン. アンチ・エイジング医学 Vol.7 32-35 2011)。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第113回『不老長寿は夢じゃない(5)』(2011年6月17日公開)
 サーチュイン遺伝子がONとなってサーチュイン酵素が産生されると、インスリンの受け渡しがスムーズとなり糖尿病にも良さそうですね。
 糖尿病患者さんでは、アルツハイマー病の発症率が、約4.6倍も高くなることが知られています(http://medical-today.seesaa.net/article/53739289.html)。私はこのデータを知ってから、糖尿病はアルツハイマー病発症における最大の危険因子ではないかとずっと思ってきました。しかし、サーチュイン遺伝子の働きを知り、アルツハイマー病発症と糖尿病発症に共通する原因としてサーチュイン遺伝子が関わっていると認識を改める必要があるのではないかと思っています。

 それでは実際に、カロリー制限をするとどの程度糖尿病は改善するのでしょうか?
 私の受け持ち入院患者さんは、脳卒中後遺症患者さん、神経難病の患者さんなどが主ですが、その中で糖尿病を有している患者さんは結構多いです。
 2011年6月13日現在、私が担当している病棟患者さん約48名のうち、糖尿病治療中の患者さんが16名おられました。概ね3分の1ですね。
 16名の内訳は以下です。
 食事療法・運動療法のみ :2名
 食事療法・運動療法および内服治療 :8名
 食事療法・運動療法およびインスリン治療 :5名
 食事療法・運動療法および内服治療およびインスリン :1名

 入院後、食事療法・運動療法がきちんと実施されることで、内服治療およびインスリンが減量できた患者さんは5例ありました(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/20110613DM.pdf)。16名5名ですから、30%強の患者さんで糖尿病が改善したことになります。
 もちろん入院前にもきちんと食事療法は実施されていたと思うのですが、なかなか食事量を厳密に継続するのは困難な課題です。
 入院後の厳密な食事療法により、サーチュイン遺伝子がONとなって糖尿病が改善したのでしょうか?

 既に米国では、アメリカ・カロリー制限協会の会員が全国に5,000人おり、会員は30%のカロリー制限に取り組んでいるそうです。

 金沢医科大学糖尿病・内分泌内科学の古家大祐教授らは、サーチュイン遺伝子に関わる研究を行っており、その試みも番組内で紹介されました。
 30歳代・40歳代・50歳代・60歳代の各世代の男性4名が、平素の摂取カロリーより25%制限した食事療法に取り組みました。
 3週間後の中間検査で、50歳代と60歳代の方ではサーチュイン遺伝子の作動が確認されました。食事療法を継続したところ、7週間目には30歳代と40歳代の方においてもサーチュイン遺伝子が作動をしていることが確認されました。わずか7週間のカロリー制限でサーチュイン遺伝子は作動し始めたのです。
 またホームページにおいても研究成果が紹介されております(http://www.kanazawa-med.ac.jp/~endocrin/news/1.html)。
 25%とは厳しいですね。「腹八分目」りももう少し頑張る必要があるわけですね。


運動と糖尿病
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/06/17 11:19
 昨日のコメント欄でご紹介したSirt1&Sirt3に関する続報です。
 新潟医療福祉大学大学院健康栄養学分野の川中健太郎准教授は、「Sirt1&Sirt3は、ミトコンドリアにおける脂肪酸利用関連酵素や活性酸素除去酵素の遺伝子発現を高める働きが知られている。すなわち、これらは骨格筋の脂肪酸利用促進と脂質代謝産物蓄積抑制、さらには活性酸素生成抑制を介してインスリン抵抗性を防止する働きがある。」と述べています(運動と骨格筋:糖代謝の視点から. アンチ・エイジング医学 Vol.7 25-31 2011)。

P.S
 脳内インスリン抵抗性(正常な血糖値を保つのに必要なインスリン量が増加した状態)は、アミロイドβの脳内沈着を促進すると考えられています。
 インスリン抵抗性改善薬であるPioglitazone(商品名:アクトス)を1日15~30mg、2型糖尿病(遺伝的に糖尿病になりやすい体質の人が、糖尿病になりやすいような生活習慣を過ごすことによって発症するもので、日本では糖尿病全体の9割が2型糖尿病です)を有する軽度アルツハイマー病患者さんに6か月間服薬してもらったところ、認知機能が若干改善し脳血流量が増加したという結果も報告されており私も注目しておりました。
 しかしながらPioglitazoneに関しては、2011年6月15日に米国医薬品食品局(FDA)より、「1年以上使用した場合に膀胱癌のリスク上昇が懸念される」との声明が発表されましたので、長期にわたり服薬する場合には留意が必要なようです。


厳格なカロリー制限食により治ることもある糖尿病
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/06/24 05:56
 2型糖尿病は進行性で不可逆的な疾患、すなわちいったん発症したら一生治らないと信じられてきました。しかし、そうした通説に疑義を挟む結果がごく最近発表されました。
 2型糖尿病の疾患経過は必ずしも不可逆的ではなく、部分的には可逆的なのだろうという仮説が考えられていました。英国のニューキャッスル大学のグループがこの仮説を検証するために,厳格な(ある意味、極端な)カロリー制限食により膵β細胞機能や肝インスリン感受性が回復するかどうかを検証しました(Diabetologia 6月9日オンライン版:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=Reversal%20of%20type%202%20diabetes%3A%20normalisation%20of%20beta%20cell%20function%20in%20association%20with%20decreased%20pancreas%20and%20liver%20triacylglycerol)。
 北里研究所病院糖尿病センター長の山田悟医師は、2011年6月23日付MT ProのDOCTOR'S EYEの「最新論文で考える日常診療」のコーナー(http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/doctoreye/dr110605.html)にてこのデータを紹介し、「発症後間もない患者においては、インスリン分泌不全とインスリン抵抗性が、いずれも食事療法のみで回復しうる」可能性を示唆しました。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第114回『不老長寿は夢じゃない(6)』(2011年6月18日公開)
 ここでさらに大きな課題が出てきます。
 カロリー制限をやめると、サーチュイン遺伝子が働きを止めてしまうことです。ですから一生涯カロリー制限を続けなければならないことになります。飽食の時代にあってこれは大変なことです。

 番組の最後には、メアリーウッド大学の新しい試みが紹介されました。カロリー制限をしなくともサーチュイン遺伝子の活動を維持できないか研究が始まっています。
 そして、レスベラトロールという薬がその有力な候補として紹介されました。レスベラトロールは、赤ブドウの皮などに微量に含まれる物質です。
 レスベラトロールを1カ月間服用した患者さんでは、XO Memoryという指標(私はこの指標がどんなものかよく知りません)において「正答率」が5ポイント上昇した(25人での解析結果)ことが報告されました。なんと認知機能が改善したのです。わずか1カ月で認知機能が改善したというデータは私には信じがたいことです。しかし、事実であれば認知症予防にとって新しい展開が開けることになりますね。

 金沢大学大学院医学系研究科脳老化・神経病態学(神経内科)の山田正仁教授は、「赤ワインに含まれるポリフェノールが、アルツハイマー病の原因とされるたんぱく質(アミロイドβ)を分解する」ことを実験で確認し報告しております(2003年9月29日付朝日新聞)。
 赤ワインに含まれているポリフェノール成分であるレスベラトロールには、サーチュインの活性化にも関与することが分かってきたのです。
 そして既に米国では、レスベラトロールのサプリメント(薬剤費は、1カ月分が2,000~3,000円)が発売されており大きな注目を集めているそうです。成分が保証されれば、日本でも大きな話題となりそうですね。

 番組内では、「もともと食が細い人(特に高齢者)では、摂取カロリーの制限は行わないで下さい」と注意喚起もなされました。ご留意下さいね。

 長寿遺伝子の最も有力な候補であるサーチュイン遺伝子に関してご紹介しました。
 長寿遺伝子の解明が進んできて、おとぎ話の世界で語られていた夢物語が、現実のものとして迫ってきたように感じられますね。

始皇帝が夢見た世界
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/06/18 10:55
 秦の始皇帝が切望した秘薬(不老不死)ではありませんが、不老長寿薬に関しては手の届くところまで来たような印象を持ちました。
 今回放送されたNHKスペシャル「寿命は延ばせる!」において強く印象に残ったシーンが2つあります。
 一つ目は、24歳で同い年のアカゲザルの老け具合があまりにも違った点です。強烈な印象を持って脳裏に焼き付きました。
 二つ目は、米国の女性が、レスベラトロールを愛犬にも飲ませていたシーンです。何だかとってもほのぼのしたものを感じました。

 レスベラトロールが実用化されるまでは、腹八分を実践して下さいね。


サーチュイン遺伝子
投稿者:ちょびっこ 投稿日時:11/06/20 02:34
 この研究が進んで医療の中心になっていくといいですね。

長寿社会における課題
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/06/20 06:32
ちょびっこさんへ
 コメント拝見しました。
 医療の中でかなり大きなウェイトを占める可能性は秘めていると思います。

 以前私が朝日新聞・三重版の医療連載「みんなで考える医療」の執筆担当をしていた際に、最終回(2000.9.6)で紹介したテーマは、「不老不死の夢」でした。
 その際に私は、「三大死因である悪性新生物、心疾患、脳血管疾患が克服されると寿命は、男性で9.38年、女性で8.81年延長する(日本医事新報)」という予測を紹介しました。
 悪性新生物、心疾患、脳血管疾患が克服されたうえで、長寿遺伝子の研究が進めば、平均寿命百歳の時代は本当に訪れるかも知れませんね。
 そうなってくるとますます「健康寿命」への取り組みが重要となりますね。認知症への対策もその中心になってくると思われます。長寿に伴い、食糧難への対策も重要になってきますから、環境問題にも更なる取り組みが求められるようになりますね。


「レスベラトロール」のその後 ─ その1
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/02/16 17:59
 今日はお休みでしたので、いつものように午前中は三重大学医学部図書館でのひとときを過ごしました。
 そこで目にしたちょっと意外な内容の重大論文!

 「ひょっとして認知症?」のシリーズ第109~114回で取り上げたテーマは、「不老長寿は夢じゃない(その1~6)」でした。シリーズ第114回においては、「赤ワインに含まれているポリフェノール成分であるレスベラトロールには、サーチュインの活性化にも関与することが分かってきたのです。」と報告しました。
 意外な論文を読んで、改めて「レスベラトロール」で検索してみると、ものすごい数のヒット数! 注目の高さが伺い知れます!
 しかし、ウィキペディアの「レスベラトロール」には、「現在、削除の方針に従って、この項目の一部の版または全体を削除することが審議されています。」との記載が!!


「レスベラトロール」のその後 ─ その2
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/02/16 18:00

重大論文:『長寿遺伝子の活性化とレズベラトロール』
 執筆者(回答者)は、東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座(http://www.h.u-tokyo.ac.jp/geriatrics/)の大田秀隆医師と飯島勝医師です。
 著作権の問題がありますので抜粋にとどめます(大田秀隆,飯島勝:長寿遺伝子の活性化とレズベラトロール. 2012年2月11日付日本医事新報No.4581 質疑応答 55-56 2012)。

質問:
 長寿遺伝子を活性化すると言われるレズベラトロールについて概要を。有効性,1日服用量,副作用などのデータがあれば,併せて。

回答:
 「近年、レズベラトロールによるサーチュイン遺伝子の直接的活性化作用は否定されてきている。サーチュイン遺伝子の活性化測定方法に問題があり、検査によるアーチファクトにすぎないという報告が出てきている。…(中略)…副作用については、2.0gレズベラトロールを1日2回投与で8人中6人に一過性の下痢、また1人に皮疹や頭痛を認めたという報告がある。これらの結果はすべて小規模な臨床研究、もしくは大半が動物実験の結果である。未知の副作用など、サプリメントとして市販されているレズベラトロールを、安易に効果を期待して服用するのは危険であろうと思われる。」

医療事故調査制度―低調な報告数 [医療事故調査制度]

医療事故調査制度―低調な報告数
 「事故」基準あいまい影響
 国が運用見直し「遺族の意向」も伝達

 医療死亡事故の原因究明や再発防止を図る「医療事故調査制度」がスタートして9カ月がたった。医療機関で予期せず患者が死亡した場合、医療機関から第三者機関への報告が義務づけられ、原因を究明する院内調査が実施される。しかし、その報告数は国が予測した水準を大幅に下回っており、6月には国が一部を見直した。中部地方を中心に関係者の意見から、制度導入からこれまでに見えてきた課題を探った。 (室木泰彦)

…(中略)…
■「罰則なし」の義務
 報告は義務付けられたが、しなくても罰則はないことが、件数の少なさを招いているという指摘は多い。約四十年間にわたり医療訴訟で患者側代理人を務めている名古屋市の加藤良夫弁護士(六八)は「医療機関は、報告すると責任追及されると考えがち。しかし、『罰則がないから報告しなくてよい』では、制度が成り立たない」と危惧する
一方、これが実態を表すとの意見も。愛知県の医療機関で予期せぬ死亡事例があったときの相談窓口となる県医師会で、六月まで医療安全担当を務めた細川秀一理事(六〇)は「積極的に医療事故対策に取り組んできた愛知は、冷静に対応できている。病院などが過敏になり、やたらと報告が多い県もあると聞く」と指摘する。
 五月下旬、名古屋市で開かれた制度を考えるシンポジウム。「医療機関は遺族の立場で検討すべきだ」。医療事故の遺族の立場で登壇した「患者の視点で医療安全を考える連絡協議会」(千葉県浦安市)の永井裕之代表が訴えた。
 制度は、事故があった医療機関が報告が必要と判断することが出発点となる。報告に続く院内調査に不服があれば、遺族はセンターによる再調査を求められるが、そもそも医療機関が報告しないと決めた事例について、異議を申し立てる手段はない。厚生労働省は六月、報告するかどうかについて、遺族の意向をセンターが医療機関に伝えられるように見直した。 (以下省略)
 【2016年7月12日付中日新聞・医療】

私の感想
 記事を読み、6月にどのような改正があったのかを知ることができました。
 「患者の視点で医療安全を考える連絡協議会」というのが千葉県浦安市にあるようですね。
 サイト(http://kan-iren.txt-nifty.com/)を読んでみますと、直近のシンポジウムにおきましては、大熊由紀子さん(国際医療福祉大学大学院教授)がコーディネーターを務められたようです。

痴呆から認知症へ

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第423回『■「ぼけ」って何でしょうね(その2) 「認知症」って言葉は不適切では?』
 シリーズ第73回『シリーズ・高次脳機能障害を学ぶ その2』においては、認知症と間違われやすい高次脳機能障害に関しても言及しましたね。一部再掲します。
 「主幹動脈の閉塞により失語・失行・失認などの複数の認知機能が障害されている場合は、広義には認知症の定義を満たすが、脳血管性認知症というよりはむしろ『脳梗塞による後遺障害』とすべきである。」

 シリーズ第197回『認知症の症状を正しく伝える』のコメント欄において、岩田誠先生という高名な神経内科医が「認知症」という漢字の使用法が不適切であると指摘している話をご紹介しましたね。その部分を以下に再掲します。
 「従来使用されてきた『痴呆』という差別的な用語に替えてdementiaを認知症と呼ぶようになってから時間が経ち、一般社会においては認知症という用語が使用されるようになっているが、認知症という語が、日本語における漢字の使用法としては、はなはだ不適切であるということ、および、漢字を生み出した中国語使用者においても、認知症という用語に違和感があることは、すでに筆者が指摘してきた通りである。このような理由から、筆者は、一般の人々を対象とする講演や著作においては、誤解を避けるために認知症という語を使用しているが、医師を含む医療従事者を対象とする著作においては、認知症という語を用いず、デメンチアという用語を使用することにしている。」(岩田誠:デメンチアの脳科学. 綜合臨牀 Vol.60 1792-1796 2011)

 使用法としてどこが不適切であるのかを、仁明会精神衛生研究所(http://www.j-ccp.jp/inst/)の三好功峰所長が分かりやすく解説しておりますのでご紹介しましょう。
 「認知症の中核症状は、認知障害である。その意味で『認知』を含む用語が『痴呆』にかわるものとして提案されたのは適切であったかと思われる。ただ、病名として『XX症』と呼ばれるときには、『感染症』、『高血圧症』、『甲状腺機能亢進症』といったように、語幹に、それ自体、異常・病態を示す言葉が用いられていることが多い。そのため『認知症』という命名に多少の違和感を感じた向きもあったかと思われる。ただ、例外的に『神経症』や『心身症』などのように、それ自体は障害を意味しない言葉の語尾に『症』とつけて、その障害を意味するという病名のつけ方は確かにある。これは語感の問題であり、このような命名の仕方が間違いであるとまでは、いえない。実際、『認知症』という言葉になじむに従って違和感は失われていった。今日では、医学的な用語として定着したように思われる。」(三好功峰:「痴呆」から「認知症」へ. Medical Practice Vol.29 708-712 2012)

 シリーズ第233回『【復習】認知症とアルツハイマー病の違いは?(下)』においても述べましたように、認知症とは、「後天的な脳の器質的障害により、いったん正常に発達した知能が低下し、知的機能障害のために、日常生活や社会生活に支障を生じてくる状態」と定義されています。
そしてその認知症を引き起こした原因疾患によって、アルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD)、脳血管性認知症(Vascular dementia;VaD)、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)などに分類されます。認知症の3大原因と言えば、このAD、VaD、DLBでしたね。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第424回『■「ぼけ」って何でしょうね(その3) 認知症の原因となる疾患』
 シリーズ第180回『認知症の最大のリスクは?』において、認知症の最新の疫学データについてご紹介しましたね。筑波大学臨床医学系精神医学の朝田隆教授の報告によると、認知症の基礎疾患は、ADが67.4%、VaDが18.9%、DLB/PDDが4.6%となっており(Medical ASAHI 2011 August 19-20)、上位3疾患で認知症全体の約9割を占めることが分かりますね。
 そしてシリーズ第107回『ケーススタディ・認知症と長寿社会(笑顔を取り戻したい)』のメモにて述べましたように、ADとVaDが並存しているような「混合型認知症」はかなり多く認められます。診断名に、「混合型認知症」と記載しても構わないのですが、ADとVaDの並存ではなくVaDとDLBが並存しているようなタイプの「混合型認知症」もありますので、誤解を受けやすい表現となります。因みに、前述の朝田隆教授の報告によると、複数疾患が原因となっている認知症は4.2%とされております。
 ところで先程、さりげなくDLB/PDDという表現を用いましたが、PDDって何のことか分かりますか?
 実は、この「ひょっとして認知症?」において過去に一度だけ登場したことがある略語なのです。もし覚えておられたら、相当なブログ通ということになりますね。その一度とは、私の感性ではこのブログ史上最も印象的なタイトルであるシリーズ第17回『矢吹丈の認知障害』です。PDD(Parkinson disease dementia)とは、「認知症を伴うパーキンソン病」でしたね。
 このPDDについてごく最近、詳細な報告がありましたので、一部抜粋してご紹介します(和田健二、中島健二:神経内科におけるMCI. 認知症の最新医療 Vol.2 76-82 2012)。
 「PDDの正確な頻度は不明であるが、系統的レビューでは横断的におよそ30%のPD患者で認知症を有すると報告されている。これは全認知症の3.6%に相当し、PD(Parkinson disease)患者における認知症発症率は健常者の4~6倍である。期間有病率の検討ではPD診断5年後で28%、15年後で48%、20年後で83%が認知症を発症するという報告がある。」
 パーキンソン病に関する詳細は、難病情報センターのウェブサイト(http://www.nanbyou.or.jp/entry/314)に記載されておりますのでご参照下さい。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第425回『■「ぼけ」って何でしょうね(その4) 「ぼけ」という用語が意味するところ』
 さて話を認知症という用語の問題に戻しましょう。
 神戸学院大学大学院人文学部人間心理学科の博野信次教授(神経内科医)は、「Sachdev(Sachdev P,2000)は、認知症という用語の問題点を指摘し、この語を廃絶し、アルツハイマー病などの疾患名を使用すべきであるとまで極言している。」という指摘もあることを紹介しています(博野信次:臨床認知症学入門─正しい診療・正しいリハビリテーションとケア 金芳堂, 京都, 2009, p17)。
 以前私が勤務していた病院において、私がカルテの診断名の欄に「認知症」と書いたのを見つけた同僚医師から言われたひと言は今も印象深く残っております。
 「笠間先生でも、『認知症』って病名をつけることがあるんですね。」
 典型的なアルツハイマー病ではなかったため診断に迷い、「認知症」としたわけですが、そこを見事に突っ込まれた状況でした。
 お笑い(漫才)の世界では、ボケとツッコミのどちらが重要か?なんてな議論も話題になりますね。余談はさておき、このブログではきちんと「ぼけ(呆け)」に関しても説明したいと思います。
 「ぼけ」と「認知症」(かつての「痴呆」)は同義語とも考えられています。しかし、「ぼけ」という用語はグレーゾーンにある状態を指しているという指摘もあります。
 「1954年に精神医学研究家の新福尚武氏は、老人の生活実態と、知能テストの成績からグループ分けを行い、テストの成績では認知症に属するが、面接所見や日常生活などからは認知症とは判断しにくいグループが存在することを認め、これを『ぼけ』と分類することを提唱した。」(2005年2月号日経メディカル・オピニオン)
 平成3年10月19日付日本医事新報No.3521より引用された少々古い資料ですが、厚生労働省内のサイト(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/09/dl/s0901-3a2.pdf)には、「呆け」という言葉の語源に関して考察した資料もみられます。以下に抜粋致します。
 「『ぼけ』と云う用語はもともと通俗語であるため、人によって多様な意味に使用されている。『ぼけ老人』という場合は痴呆をもつ老人と同義であり、健康な老人の体験する『もの忘れ』と、『痴呆』の中間を指す学者もいる。最近は、むしろ広く高齢者の著明なもの忘れを意味し、『痴呆』を含んだ広い概念として使う人が多いが、厳密な用語とは云えないので、なるべく使用しない方がよい」
 なお、「痴呆」という呼称が「認知症」に変更されたのは、平成16(2004)年12月24日http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/12/s1224-17.html)のことです。


スウェーデン、日本新生
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/06/03 10:36
 今朝の紙面の「ザ・コラム」に書かれていた「上級階級サファリ」を取り上げた記事は興味深い内容でしたね。
 キーワードは、「福祉国家が安心感を生み、経済活動を支えている」「どんどん長生きになれば、いずれ人々は気づく。このままでは、満足できる年金がもらえないということに」という部分ですかね・・。それにしても相続税が廃止とは・・!
 昨日放送のNHKスペシャル「大激論!日本新生」において、コメンテーターの方が、「若い世代の平均年収が、この20年間で平均で約400万円→約300万円と約100万円も低下した。少子化によって、若い世代が良い職業に就ける可能性が高くなるように『錯覚』している人も居るが、実は、少子高齢化の影響で日本経済全体に深刻な影響が出始めている・・」という趣旨の発言をしていました。


おどろきでした。
投稿者:Aga 投稿日時:12/06/03 19:33
 「ザ・コラム」、私も読みました。
 福祉国家と言われるスウェーデンであんなことが起きてるなんて知りませんでした。
 日本においても一昔前の規制緩和が良かったのどうかは疑問です。私たちも75歳になっても働かなくてはならない時代が来るのでしょうか。


Re:おどろきでした。
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/06/04 05:59
Agaさんへ
 コメント拝見致しました。五十肩以来のコメントですね。
 私の五十肩は、今のところ治る気配がありません。毎晩、夜中に痛みで目が覚めます。

 もうかれこれ20年近く前になりますが、「スウェーデン人はいま幸せか」(日本放送出版協会)という本を読んだときにも強い感銘を受けた記憶があります。

> 私たちも75歳になっても働かなくてはならない時代が来るのでしょうか。

 元気ならば、私は75歳になっても働きたいですが、問題は、後期高齢者が雇用される環境があるかどうかなのかな・・って感じています。

ペコロスの母に会いに行く [ペコロスの母に会いに行く]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第143回『認知症のケア 介護しているとき鬼になる自分が辛い』(2013年5月17日公開)
 2012年11月29日放送のEテレ・ハートネットTV(http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/calendar/2012-11/29.html)においては、長崎在住の漫画家・岡野雄一さんの話題作『ペコロスの母に会いに行く』が紹介されました。認知症の母を介護する日々が漫画で綴られております。
 岡野さんは、インタビューに対して、「僕が描いていて一番伝えたいのは、(母の)しぐさの可愛さとか、ちょっとしたズレの面白さみたいなものを伝えられたら良いかなと思う」と答えています。
 岡野さんのお母さんは、数年前に脳梗塞を併発し認知症が悪化したためグループホームに入所しています。
 岡野さんは放送の中で、「やっぱり自分が看るということが基本だとどこかで思っており、何か後ろめたい気持ちもあるというふうに思っていたんですけど、漫画を読んだ方からの感想というのは逆で、『それでいいんですよ』と言う人がとにかく多かったんですよね」と述べ、「真面目な人ほど(自分を)追い込んで、自分でやってあげるんだと言いがちです。しかし、(施設を)上手に利用した方が絶対にいいんですよね。それは別に責められることじゃなくて、上手に利用して自分は自分の生活を持って、そして週に二度ほど会いに行く…。」と自らの想いを語りました。
 また番組の中で岡野雄一さんと対談した作家の田口ランディさんは、「介護が辛いのではない。介護をしているときに鬼になっちゃう自分が辛い。介護の辛さが何かと言えば、自分の闇と向き合うことだよね。やさしくしなきゃいけないの分かっているのにできないというのが一番辛い」と語り、「私たちはいつも昨日のこと、明日のこと、未来のことなど考えているが、認知症の人ほど『いま、ここ』を生きている人はいない。介護する側もいつも『いま、ここ』にいることが必要」と指摘されました。
 因みにペコロスとは、「小たまねぎ」のことであり、岡野雄一さんのペンネームとなっております(岡野雄一:ペコロスの母に会いに行く 西日本新聞社, 福岡, 2012, p13)
 著書『ペコロスの母に会いに行く』の帯にはとっても印象深い言葉が綴られていますのでご紹介しましょう。
 「さっき、父ちゃんが訪ねて来なったばい
 なあユウイチ
 私(うち)がボケたけん父ちゃんが現われたとなら
 ボケるとも悪か事ばかりじゃなかかもしれん」
 この言葉にありますように、雄一さんのお母様には、亡き夫の姿が見えている様子です。そして目の前にいる雄一さんに対して、「あっち(あの世)でよっぽど苦労しよるごたる、すっかりハゲてしもて」と話すシーンはとっても印象的です。雄一さんのお母様は、ふさふさ髪だった頃の雄一さんの時代を生きているようですね。
 そして見えない糸と針で、もくもくと子どもの晴れ着を縫うシーンなど(岡野雄一:ペコロスの母に会いに行く 西日本新聞社, 福岡, 2012, pp29,32-33)、ほんのりと温かい空気が漂っている漫画だと思います。
 私がこの『ペコロスの母に会いに行く』を読んで大笑いしたのは、何と言っても46~47頁! 何が書かれているのかは残念ながら書けません。購入してお読み下さいね。大笑いを保証します。そして私がついつい泣いてしまったのが178~184頁です。8月9日の長崎を日本人は永遠に忘れてはならないんですよね。
 映画版「ペコロスの母に会いに行く」は、2013年夏の公開を目指して撮影中だそうです。映画化に関する最新情報は、ウェブサイト(http://www.facebook.com/Pekorosu)をご参照下さい。
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 2013年10月27日付朝日新聞・生活において、劇場版「ペコロスの母に会いに行く」2013年11月16日に全国公開されることが報道されました。
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 2013年12月21日放送のNHK・ETV特集(http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2013/1221.html)において、映画版「ペコロスの母に会いに行く」の映画監督をされました森崎東さんの姿が報道されました。
 森崎東監督は、「記憶は愛である」と語ります。その言葉の意味がナレーションとして流れました。
 「記憶は人が生きた証、その記憶を呼び覚ます力を森崎は“愛”と呼ぶ」
 映画作成に取り組む中、森崎東監督は、医師より「血管性認知症」と診断され、記憶障害と闘いながら生涯最後の映画という意気込みで自身25本目となる映画「ペコロスの母に会いに行く」を完成させたそうです。
 しかし2013年秋に森崎東監督は、戦争で亡くなった兄を主人公にした26本目の映画作成に向けて歩み始めているそうです。

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 2014年4月16日放送のハートネットTV(http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/calendar/2014-04/16.html)にゲスト出演されました岡野雄一さんは、番組の中で、「母もしっかりしなけりゃいけないってことでやってきたのが、しっかりする必要がたぶんなくなって、解き放たれてボケていくんですけど、子どもからみると何か“可愛く”なったんですよ。
 漫画の中でも書いてますけど、『ボケることは悪か事ばかりじゃなかかもしれん』って気がしますね。
 母がしっかりしている必要がなくなったというのも、何か“良かったね”とどこかで言いたい気がするんですよね。」と語っておられました。

 その岡野雄一さんが番組に寄せて読んだ「介護短歌」を以下にご紹介しましょう。

 逢いみての
 後の想いを
 忘れ果て
 昔の日射しの
 中に住む母

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 今朝の朝日新聞「天声人語」を興味深く拝読いたしました。岡野雄一さんが胃瘻とどう向き合ったのか、『ペコロスの母の玉手箱』を読んでみたくなりましたね。
 
 「半年前に小欄で紹介した漫画『ペコロスの母に会いに行く』の作者岡野雄一さんが、新たに『ペコロスの母の玉手箱』を出した。母の光江さんは、介護する息子との珍妙なやりとりで読者の笑いと涙を誘い、この夏に「車イスから自由になった」。91歳の大往生だった。
 ▼長崎市に住む岡野さんはホームからの電話で死を知らされ、車で駆けつけた。着くまでの15分ほどのもの思いも作品に描いた。トンビの背中に乗った自分がどんどん過去にさかのぼり、若い頃の一家を見下ろし、最後は赤ん坊の光江さんを見下ろしている──
 ▼あの世とこの世の境界が消えたような母をみるうち、岡野さんも想念の中で時空を自由に行き来するようになったのだろう。管から栄養を入れる胃ろうを光江さんに施すかどうか。その決断を迫られた時もトンビで飛んだ。迷いに迷い、60年前の母に「胃ろうばしても良かですか─」と問いかけたのだ。
 ▼1日も長く生きてほしいと延命の選択をしてから死まで1年半。岡野さんは今、「ちょうどいい時間だったと思う。知らず知らず覚悟が固まる時間だった」と話す。豊潤な時間だったに違いない。
 ▼認知症はひとごとではなく、介護はきれいごとではない。それでも、こんなに深々とした癒やしがありうる。」(2014.10.29)

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 「天声人語(2014.10.29)」に続き、2014年11月5日のオピニオンの紙面(インタビュー―認知症の親の贈り物)においても「ペコロスの母の玉手箱(朝日新聞出版)」の関連記事が紹介されております。先日の日曜日に書店に行って本が並んでいるか見てきたのですがまだ置いてなく、私はまだ本は読んでおりません。
 とても印象深いインタビュー記事ですので、抜粋して以下にご紹介しましょう。
 
 「認知症の予防や治療に関心が集まっている。高齢化がすすむ中、ひとごとではないと、切実な思いを抱く人が多いのだろう。でも認知症は本当に悲劇的な病なのか。長崎市の『ペコロス』こと岡野雄一さんは、母親と過ごしたユーモラスで豊潤な日々を漫画に描き続けている。なぜそんなに明るいのか。秘密を聞きに長崎を訪ねた。

…(中略)…
―10年を超える介護の日々を漫画に書いてきた。おかしくも切ないエピソードが反響を呼び、映画やテレビドラマにもなった。―
 これはもう想定外としか言いようがありません。きっかけは編集の仕事をしていたタウン誌の片隅で描いていた8コマ漫画で、もともと飲み屋での失敗談とか、身の回りの面白い話とかをネタにしていた。その漫画も社長の好意で描かせてもらっていたんです。20歳で上京して漫画家を志したけど、時代は劇画ブーム。僕の丸っこい絵はお呼びじゃなかった。小さな出版社で漫画誌の編集者になり、あげく離婚して息子と2人で長崎へ戻り両親宅に転がり込み、ようやく得た仕事でず。日々の業務をこなす褒美に1ページ使っていいと。
 そんな日々のなかで、父が亡くなり、それをきっかけに母も少しずつボケ始めた。みそ汁の味がおかしくなったり、ふらりと出て戻らなくなったり。困ったり心配したり腹が立ったりもするんですが、漫画のネタとしては面白い。そもそも介護という意識もなくてね。認知症という言葉も知らず、『母ちゃんも年取ってボケたなあ』と。時々そんな話も描くようになったんです。
 そうしたら、雑誌を持って行った小料理屋のママが、僕の漫画を読んで『うちも母がね』と泣きだしたり、客の男性が『そう、そうなんだよ』ってしみじみ言ってくれたり。反響があるとうれしいから、またボケた母の話を描く。するとまた反響がある。そんなふうにして、母の話が多くなってきた。そうこうするうち、3年近く前に自費出版した本が地元の書店で2カ月連続売り上げ1位になり、評判が広がったんです。
 時代に遭遇したんでしょう。ハゲた息子が車いすの親に会いに行く、それだけの漫画なんだから。僕はサボっていただけですが、結果的に良い距離感で母と接することにつながり、読んで癒やされると感じる人がたくさんいた。僕と同じ団塊の世代が今、親を介護している。認知症の介護がいかに切実か、切実な中に救いを求める人がいかに多いか。そういうことだと思います

―漫画で描かれる光江さんと岡野さんとのやりとりは、実に明るくて笑いがある。一方で、現実はもっと厳しいと言う人もいる。―
 …(中略)…
 いま考えると、僕は恵まれていたんだと思います。一つは、母のボケが緩やかに穏やかに進行したこと。もう一つは、母のことを漫画のネタにしていたことです。困ったことが起きても『ネタになる』って気持ちがあるから、深刻に腹を立てたり絶望したりってことにならなかった。ギャグ漫画だったのもよかった。オチをつけないといけないから笑いに持って行くことができる。
 『現実はこんなもんじゃない』とお叱りの手紙を頂くこともありました。わかるんですよ。僕は確かに甘いし、いい加減だし、すぐ笑いに逃げる。でも、介護にはそういうことも必要なんじゃないでしょうか。皆さんまじめに真剣に取り組んでおられる。まじめなあまり、絶望して心中しようと思ったという話も聞きます。まじめに取り組みすぎないことも必要かもしれない。しばらく放っておいても死にはせん、時にはゆっくりコーヒーでも飲んで、自分も生きるってことを楽しむ。つかの間のプチ親不孝。それも含めて、地に足をつけて生きるってことが一番大事体なんじゃないでしょうか。

―認知症が切ないのは記憶が失われていくことだ。光江さんも息子の顔すら思い出せなくなった。―
 …(中略)…
 体が衰えるにつれ、むしろ母の世界は自由になっていくようでした。父だけでなく、少女時代の友達もやって来る。記憶の断片を聞いている僕は、両親の若いころや、母が幼かったころのことを想像する。濃密な時間でした。父に殴られる母を見捨てて家を出たことがトラウマになっていたんですが、母のおかげで、泣いたり笑ったりしながら懸命に生きた両親の人生に思いをはせる時間をもらった。あんなに逃げ出したかった家、からみつくような坂道、うっとうしい近所の人間関係が、どんどんいとおしく好きになっていった。
 人間が生きているって、すごいなと思うんです。人に迷惑もかけるし、かけられるし、心配もかけるし、かけられる。死んでしまったらそれは全部なくなるんですよね。僕は今、生きていることがいちばん大事なんだと思っています。」

◎取材を終えて
 「『認知症』って味がないよネ」と岡野さん。確かにそうだ。「ボケた』なら笑い話なのに、認知症となると本人も周囲も『問題』にしてしまい、老いを受け入れて日々を味わうことを忘れる。岡野さんの描く豊かな世界を読むと、そのもったいなさを痛感する。老後はかけがえのない時間だ。いい加減であることの大切さよ。」【編集委員・稲垣えみ子】

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