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認知機能・覚醒度の変動のメカニズム 「意識」と「こころの理論」 [脳科学]

Part4 レビー小体型認知症の病理と病態生理
2-4 認知機能・覚醒度の変動のメカニズム

 覚醒や睡眠の調節には脳幹から上行する2つの主要な経路が存在する(図表2-5=https://www.facebook.com/photo.php?fbid=596655130504170&set=a.530169687152715.1073741826.100004790640447&type=3&theater)。第1は脚橋被蓋核・外背側被蓋核から視床へ投射する経路であり、第2は複数の脳幹モノアミン作動性ニューロン(青班核、縫線核、腹側中脳水道周囲灰白質、結節乳頭核)から前脳基底核、視床下部を経て前頭葉など大脳皮質へ投射する経路である。前者では、脚橋被蓋核・外背側被蓋核が、後者では前脳基底核ニューロンがアセチルコリン作動性であるが、DLBではADよりもアセチルコリン作動性ニューロン障害が強いことが知られている。したがって、DLBの覚醒度や注意力の障害には、これらアセチルコリン投射系の機能不全が関与している可能性がある。薬理学的には、コリンエステラーゼ阻害剤による治療によってDLBの認知機能の変動は改善することが示されている。
 しかし、機能解剖学的研究では必ずしも上述した仮説は証明されていない。安静時fMRIによる検討では、右半球における前頭葉─頭頂葉間の機能的結合の低下と認知機能の変動が関連することが示されている。SPECTによる検討では、特定の脳血流パターン(DLB cognitive motor pattern;小脳・基底核・補足運動野の血流高値、頭頂側頭葉の血流低値)と認知機能変動が相関することが示されているう。ただし、後者の研究では同じ脳血流パターンが認知機能障害、運動障害、注意機能障害とも相関しており、認知機能の変動に特異的というよりもDLBの臨床症状全般との関連をみている可能性もある。さらに同研究では、視床や中脳と認知機能の変動の相関はみられていない。したがって、DLBにおける認知機能・覚醒度の変動のメカニズム解明には、さらなる研究成果が待たれるところである。
【編/小阪憲司、著/長濱康弘:レビー小体型認知症の診断と治療─臨床医のためのオールカラー実践ガイド. harunosora, 川崎, 2014, pp199-201】

私の感想
 血圧(https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/596590583843958?pnref=story)と、ドパミン&アセチルコリン(https://www.facebook.com/photo.php?fbid=596564853846531&set=a.530169687152715.1073741826.100004790640447&type=3&theater)が絡みあって、認知機能の変動が起きるのではないかと現状では推察しております。

 「意識」と「心」は別問題です。
 「こころの理論」って興味深い分野ですよ。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第12回『認知症の診断─もの忘れ検診』(2012年12月26日公開)
 認知症の診断はどのようにして行われているのでしょうか。私が勤務する榊原白鳳病院の「もの忘れ検診」を例にとって説明しましょう。
 ところで、認知症の検診は、私が1996年7月9日に国内で初めて開設したものです。当初専門誌に投稿(笠間 睦:痴ほう専門ドックの開設. 脳神経 Vol.49 195 1997)した際には、「痴ほう専門ドック」と名付けていました。
 2004年12月24日、「痴呆」という呼称が「認知症」に改称されたのを契機に、「痴ほう専門ドック」を「もの忘れ検診」に改称しました。 (以下省略)

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社会的認知能力―人や社会との適切なかかわり
 社会において適切な行動をとり、ほかの人がどのように感じているかを読み取る能力を社会的認知能力social cognitionと呼ぶ。人の表情をみてその感情を読み取る(感情の認識recognition of emotions)、人のこころの動きの一般的なルール(こころの理論theory of mind)を理解する能力である。障害されると、社会から受け入れられる範囲を超えた不適切な態度をとることになり、友人や家族の反対を無視する行動や安全を無視した決断など、社会的な基準に適さない行動がみられる。
 認知症(DSM-5)では、社会から受け入れられる範囲を越えた態度をとる。衣服、政治、宗教、性的な会話などで皆に関心がない話題にこだわる、友人や家族の反対を無視する行動、安全を無視した決断(気候や社会的状況に不適切なもの)など、社会的な基準に鈍感な行動がみられる。
 軽度認知障害(DSM-5)では、行動や態度の微妙な変化、しばしばパーソナリティ変化とされるもの、たとえば社会的にしてはいけないことに気づくとか、ひとの表情をみて察するとかということが障害される。また、共感が乏しくなるとか、過度に内向き、外向きとなるとかといったことが、ときどきみられる。あるいは微妙なアパシーや不穏などもみられる。
 社会的認知能力は次のように評価される(DSM-5)。
●情動の認識recognition of emotions:
 強い情動を示している顔の絵をみてそれを理解する。
●心の理論theory of mind:ひとのこころや経験の状況を推し量る能力。写真をみせて、このカバンをなくした女の子はどこを探したらよいか、とか、この男の子はどうして悲しんでいるのか? といった質問をする。
【三好功峰:認知症─正しい理解と診断技法 中山書店, 東京, 2014, pp35-36】

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こころの理論
 この年齢の子どもたちの特徴の一つは、子どもたちだけの間で自由に遊ぶことが可能になることだ。また、他者の気持ちをうかがえることも一つの特徴になっている。こうした特徴は、プレマックとウッドロウにより提唱された「こころの理論」として研究が進んでいる。
 そこで、こころの理論の特徴的なテストである、誤信念課題を実施してもらった。このテストでは、図6-5(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/GoSinnennKadai.jpg)のように、場面に登場する人物の一人が、この場面でどのように思っているのかを、子どもたちに推量してもらうのである。その結果、正答率は、4歳児では約30%、5歳児は約60%であったが、6歳児では80%に上昇した。4歳の頃は他者のこころを推察することが難しいようであるが、6歳になるとそれがほぼ可能になることを示している。
【苧阪満里子:もの忘れの脳科学 講談社, 東京, 2014, pp153-154】

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 通常、脳の老化は前頭前野から始まります。
 前頭前野には、神経細胞の細胞体が集まった「灰白質」という部分と、そこから伸びる神経線維が集まっている「白質」という部分があります。この白質は加齢とともに薄くなっていくことがわかっているのですが、これにはミエリンの減少を伴います。
 神経細胞の間で信号を伝え合う軸索の被膜部分がなくなることで、信号がうまく伝わらなくなり、神経細胞が死んでいってしまうわけです。
 このような白質の変化が起きるのは、加齢によって脳の血流が落ちることが原因だと見られています。
 …(中略)…
 高齢者が「物忘れ」をするようになる理由は、前頭前野に加齢とともに起きる変化によって説明できるのです。
 一方、年を取ると、海馬にも老化が起きます。正確に言うと、海馬の入り口にあたる「嗅内野」から障害が発生し始めて、海馬に広がっていくのです。
 海馬は記憶をつかさどる部位としてよく知られており、数週間から数カ月にわたって記憶を保持し、その後、一生残るような長期記憶をつくる役割を持っています。ちなみに、海馬でつくられた長期記憶を保持するのは、大脳皮質の側頭連合野です。
【髙島明彦:淋しい人はボケる─認知症になる心理と習慣 幻冬舎, 東京, 2014, pp64-65】

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第462回『患者の声が聞こえていますか?─もっと聞いてほしいを受け止めて』(2014年4月12日公開)
 認知症においては、失語が徐々に目立ってきますのでやがて意思疎通に支障を来してきます。
 ところで皆さん、以前ご紹介しました二つのエピソードは強く印象に残っておられるのではないでしょうか。
 一つ目のエピソードは、シリーズ第220回『認知症と長寿社会(笑顔のままで)─感情を伴った記憶は残っている』において紹介しましたデボラ・ダナー(感情を専門とする心理学者)にまつわる話です。
 ダナーが最高の幸福に包まれた思い出話をしたところ、数年前から寝たきりで言葉をめったに口にしなかった重度アルツハイマー病の人が「誰も話を聞いてくれんから、話をせんのだ」とダナーに話したというエピソードですね。
 二つ目は、シリーズ第218回『認知症と長寿社会(笑顔のままで)─問いかけや訴えを傾聴する』において紹介しました一人の認知症女性患者さんの初診日のエピソードです。
 介護者であるご主人が、「何で自分の思っていることをちゃんと伝えてくれないのか?」と指摘した際にその女性の口から出てきた言葉は、「だってあなたが私の話を遮るじゃない! もっと聞いて欲しいのに…。だから喋らなくなるのよ。」でしたね。
 この2つのエピソードに共通することは、介護者が本人の話をきちんと聞かなかったために本人が話すことをやめてしまったという状況です。
 茨城県立医療大学保健医療学部看護学科の北川公子教授は、「繰り返したずねられると、周囲の人は、認知症の人を避ける、あるいは受け流すような応対をしやすい。このような対応は認知症の人の不安や焦燥感、疎外感を助長し、認知症の人はますます繰り返しの問いかけをするようになり、やがて失望して話しかけることそのものをやめてしまう、という悪循環に陥りかねない。短い時間でも、1人ひとりの問いかけや訴えを『傾聴』し、その内容を書き残したり、いっしょに作業をするなどして、認知症の人の記憶力や所在なさを補う必要がある。」(認知症ケア基本テキスト─BPSDの理解と対応 ワールドプランニング, 東京, 2011, p48)と指摘しております。
 大阪市社会福祉研修・情報センターの沖田裕子スーパーバイザーは、「本人交流会を特別養護老人ホームとかグループホームでやってみたことがあるが、施設の方も『こんなにしゃべれるとは思わなかった』とびっくりしていました。聞かれないからいつも喋っていないだけで聞き続けているとお話して下さるんですよね。高齢の認知症患者さんにおいても本人の思いを聞き出すことが大切!」と語っておられます。

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 楽しみな先生(=認知症学会専門医ではないのですが[←資格が多すぎて更新が困難なので]、私よりもずっと奥深く認知症基礎領域に携わっておられます)が榊原白鳳病院に常勤として赴任されてきました。
 お昼休みに(=食事をたべながら)、認知症&BPSD関連の話題についてお話しておりましたら、扁桃体(Amygdala:アミグダラ)の話題から波及して「『物盗られ妄想』と『心の理論』との関わり」という話題にまで話が展開(飛躍)してしまいました。
 あまりにも話が面白すぎて、食事が喉を通りませんでした(笑)。

P.S.
 今から職場での上映会『ジストニア』に出席します。

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 「感情を伴う出来事の記憶は覚えやすいことはわれわれでもよく経験することで、情動による記憶の増強効果と呼ばれている。この情動喚起によるエピソード記憶の増強効果には扁桃体が関与することが知られているが、エピソード記憶が著明に障害されるADにおいてもこの増強効果が残っていることが複数の研究で明らかになっている。ただし、この増強効果の程度は患者によって異なり、扁桃体の萎縮が軽度のAD患者ほど、この増強効果がより維持されている可能性が示唆されている。
 …(中略)…
 Nakatsukaら(Nakatsuka M, Meguro K, Tsuboi H et al. Content of delusional thoughts in Alzheimer's disease and assessment of content-specific brain dysfunctions with BEHAVE-AD-FW and SPECT. Int Psychogeriatr Vol.25 939-948 2013)はADの妄想と扁桃体との関連を検討した。27例の妄想を有するAD患者と、この27例とMMSEで認知機能障害の程度をマッチさせた、妄想を有しない27例のADとの間で脳血流を比較し、さらに妄想の内容と局所脳血流との関連を調べた。その結果、右扁桃体の脳血流低下と『(自分の家にいるにもかかわらず)自分の家ではない』と感じる妄想との間に有意な関連を認めた。右扁桃体の機能低下により不安や恐怖が高まり、自分の今いる家が安心できる場所でないと感じる。患者の言う家とは『安心できる場所』の表象であると著者らは解釈している。」(數井裕光、吉山顕次、武田雅俊:アルツハイマー病における扁桃体萎縮と症候. Clinical Neuroscience Vo.32 662-664 2014)

超記憶症候群 サヴァン [脳科学]

 ソニー・コンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーの茂木健一郎博士が書かれた著書には、「超記憶症候群」のリック・バロンさんの詳細が紹介されています(奇跡の脳の物語-キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳. 廣済堂新書, 東京, 2011, pp99-117)。

 リック・バロンさんは、世界でたった四人しかいないとされる超記憶症候群の一人だそうです。
 著書によれば、超記憶症候群とは、「通常、時間ととともに薄れてゆく幼い頃に体験した出来事などを、細部に至るまですべて正確に覚えている能力」と言われています。
 リックは、「十三歳から現在にいたるまで、およそ四十年以上にわたって、自分に起きた出来事を正確に記憶している」そうです。


 皆さん、リックの家にないものって分かりますか?

 「リックの家には、カレンダーも、電話帳も本もメモ用紙もない」そうです。一度見たものはすべて覚えてしまうため、そのような類のものは必要ないようです。

 メモ魔の私にとっては、羨ましい限りの才能です。毎晩意識が遠のくまで深酒をして、おそらく海馬が萎縮して記憶力が低下している私にとっては・・。


恋とドーパミン [脳科学]

恋とドーパミン
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/593602774142739
ヒトを対象にした扁桃体とドーパミン作用の脳イメージンク
 1990年代の後半から2000年代初頭にかけて,動物実験で扁桃体局所へのドーパミン受容体アゴニスト/アンタゴニストが恐怖・不安反応に影響を及ぼすことが確認された.また,同時期にヒトを対象にした脳イメージングで,ドーパミンが病態に関与しているパーキンソン病や統合失調症などの精神・神経疾患で扁桃体の活動に異常があることがわれわれの研究も含めて相次いで報告された.パーキンソン病患者では,ドーパミン補充療法をoffにした条件では恐怖刺激に対する扁桃体の賦活が低下していたが,onにした条件では低下していた賦活が回復したという報告がある.統合失調症を対象にした研究でも扁桃体の低賦活を報告したものが多く,症状との関係からみると,統合失調症の陰性症状である感情の平板化を有する患者群と感情の平板化を伴わない患者群に不快と感じる写真を提示したfMRI研究では,感情の平板化を伴う患者の方が扁桃体の賦活が弱かったと報告している.また,Taylorらは左の扁桃体の賦活の程度と陽性症状との正の相関を報告している.
 ドーパミンを放出させるアンフェタミンを健常者に全身投与すると情動刺激に対する扁桃体の賦活が高まったとするpharmacological fMRIの研究もある.反対にわれわれの研究では健常者にドーパミンD2受容体アンタゴニストを投与するpharmacological fMRI研究を行い,D2受容体アンタゴニストの経口投与は扁桃体の賦活を弱めることを見出した(図1).Kienastらは健常者を対象に6-[18F]fluoro-L-DOPAを用いたPETで扁桃体におけるドーパミン合成能を測定し,同一被験者の不快刺激による扁桃体賦活をfMRIで測定した.その結果,扁桃体におけるドーパミン合成能が高い人はど,不快刺激による扁桃体賦活の程度も高いという相関関係を報告した.アンフェタミンなどの覚醒剤を投与すると幻覚妄想が生じることから,統合失調症の急性期に認められる幻覚や妄想といった陽性症状はドーパミン神経伝達の過剰によるものと考えられ,慢性期に認められる陰性症状はドーパミン神経伝達の低下と考えられており,統合失調症の扁桃体の賦活異常を報告した研究もこの考えを部分的に示唆するものと考えられる.
 【高橋英彦:扁桃体におけるドーパミンの機能. Clinical Neuroscience Vol.32 623-626 2014】

私の感想
 「恋」と「ドーパミン」の関係について調べてみました。
キャプチャ.JPG
 ネットでは関連情報(http://piyoko-ko.com/4966)は見つかっても、有益な文献はまだ見つけ出せておりません。

サヴァン症候群 [脳科学]

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第127回 認知症にリハビリの効果は期待できるか?(7) 驚異の才能』(2011年6月13日公開)
 前頭側頭葉変性症の発症後に芸術的能力を開花させたケースが報告されており、獲得性Savant症候群として注目されています。昭和大学医学部内科学講座神経内科学部門の河村満教授は、「獲得性Savant症候群の多くの例では、左大脳半球の障害が能力開花のきっかけとなっている。つまり、左大脳半球の活動抑制によって右頭頂葉の機能が亢進した現象とも考えられる」と述べています(診断と治療 Vol.99 467-474 2011)。
 では、右頭頂葉の機能が低下すると、それまで持っていた芸術的能力が衰えるのでしょうか? 実は私はそう考えていました。しかし、ダーリア・W・ザイデルの著書『芸術的才能と脳の不思議-神経心理学からの考察』(河内十郎監訳,河内薫訳,医学書院,2010,pp38-43)には、右頭頂葉損傷後も芸術的技能に変化を認めなかった複数の画家・芸術家・彫刻家のケースが紹介されております。2次元の絵における空間の奥行きの表現は右頭頂葉の働きによる(同書 ,p47)ことを考えるととっても興味深い事実ですよね。
 Savant(サヴァン)という言葉はあまり聞き慣れない用語だと思います。ソニー・コンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーの茂木健一郎博士は、著書(奇跡の脳の物語-キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳. 廣済堂新書, 東京, 2011, pp14-17)の中で、「サヴァン」という言葉の由来を紹介しています。
 「1887年、ダウン症候群の研究者として知られるJ・ラングドン・ダウンが興味深い報告を残している。自身が院長を務めていた精神病院の患者のなかに、驚異の才能をもった人々がいると。このときのダウン博士のレポートは、精神的な障害とサヴァン症候群との間に、何らかの関連性があることを示した最初の報告だった。またダウン教授が、こうした特異な症状を『サヴァン』という言葉を使って表現した最初の人物でもあった。当初は『イディオ・サヴァン(白痴の賢者)』といわれていたが、今では単に『サヴァン』と呼ぶようになっている。」
 
 茂木健一郎さんの著書の第2章「百年の友情」(奇跡の脳の物語-キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳. 廣済堂新書, 東京, 2011, pp57-97)においては、超未熟児で生まれ、脳の深刻なダメージによって重度の発達障害と学習障害があり、成長しても人とコミュニケーションをとることはまずできないだろうと医師から生後まもなく悲痛な宣告をされたデレクの奇跡の物語が紹介されています。
 デレクは、早産のため肺機能が十分に発達していなかったため、高濃度酸素治療が行われました。1979年当時は、未熟児に高濃度酸素を長時間投与すると網膜剥離を引き起こしてしまう危険性が熟知されておらず、治療により命は救われましたが、その代わりデレクは視力を失ってしまいます。
 重度の自閉症で、ピアノのレッスン以前に、人とコミュニケーションをとることがきわめて難しいデレクがその後、盲目の天才ピアニストと成長していきます。
 デレクの才能の注目される点は、創造性を有するサヴァン症候群であったという部分です。
 この点に関して茂木健一郎さんは次のように述べています。
 「サヴァン症候群の人々には、側頭連合野に膨大なデータを収納して、それをそのまま引き出してくることに長けている人は多い。一方、そのデータの配列を変えてアレンジするには、前頭葉の指令が必要となる。つまり脳に『意欲』のようなものがないかぎり、創造性というものは生まれないのだ。だから、創造的になるためには、まず、この『意欲』をいかに引き出すのかが、いちばん大切になってくる。ここで、ピアノをいつも一緒に弾いていたアダムの存在はとても大きかったのではないだろうか。…(中略)…言葉による会話が苦手なデレクは、アダムとのピアノの連弾ではじめて、自分の感情を表現し、それを誰かに受けとめてもらうという喜びを知ったのではないか。音楽こそが自分と人々を結びつけてくれる。…(中略)…音楽を自由に操って自分の感情をもっと表現して、もっともっと人とつながりたい。そんな欲求が創造性を育んできたのではないだろうか。」


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第150回 出そろった4種類の認知症治療薬(4) 珍しい副作用のケースに遭遇』
 私が最近経験した極めて稀な副作用の一例をご紹介しましょう(以下、個人情報の特定を防ぐために事実関係に若干の改変を加えています)。
 患者さんは、80代後半の女性です。
【既往歴】
 高血圧症にて月1回、近くの病院で投薬加療中。
【主訴】
 物忘れ
【認知機能検査】
 改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R):26/30
 リバーミード行動記憶検査(日本版/RBMT)
  標準プロフィール点(24点満点):6/24
  スクリーニング点(12点満点):1/12
 ※アルツハイマー病では、標準プロフィール点が5点以下、スクリーニング点が1点以下まで低下することが多いです。

 記憶障害以外に、息子がもう一人家の中にいるような誤認や昨年死んだ犬が今も生きているような言動も確認されましたので、軽度アルツハイマー型認知症と診断し、2010年11月よりドネペジル(商品名:アリセプト)を開始しました。
 2011年6月の診察の際にご家族から、「この2~3か月ほど、首の前屈が目立ってきました」という訴えがあり、「ひょっとして副作用?」と疑い、ドネペジルを中止してみることにしました。
 と言いますのは、非常にな副作用ですが、「首下がり」に関する文献をごく最近、医学書店で立ち読みした記憶がかすかにあり、頸部前屈(首下がり症候群)という珍しい副作用をふと思い出したのです。
 私は物忘れがかなり多い方です。特に楽しかった飲み会におけるある時点以降の記憶はほとんど飛んでしまう方です。もし私に「タイムマシンのような記憶力」(メモ参照)があったら記載されていた雑誌を思い起こしてすぐに調べられるのにと残念に思いました。2011年春先の「神経内科」雑誌だったようにおぼろげには記憶していましたので、榊原白鳳病院神経内科医師に相談しました。するとすぐに掲載雑誌を持ってきてくれました。

メモ:タイムマシンのような記憶力
 ソニー・コンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーの茂木健一郎博士が書かれた著書には、「超記憶症候群」のリック・バロンさんの詳細が紹介されています(奇跡の脳の物語-キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳. 廣済堂新書, 東京, 2011, pp99-117)。
 リック・バロンさんは、世界でたった四人しかいないとされる超記憶症候群の一人だそうです。
 著書によれば、超記憶症候群とは、「通常、時間ととともに薄れてゆく幼い頃に体験した出来事などを、細部に至るまですべて正確に覚えている能力」と言われています。
 リックは、「十三歳から現在にいたるまで、およそ四十年以上にわたって、自分に起きた出来事を正確に記憶している」そうです。

 皆さん、リックの家にないものって分かりますか?

 「リックの家には、カレンダーも、電話帳も本もメモ用紙もない」そうです。一度見たものはすべて覚えてしまうため、そのような類のものは必要ないようです。
 メモ魔の私にとっては、羨ましい限りの才能です。毎晩意識が遠のくまで深酒をして、おそらく海馬が萎縮して記憶力が低下している私にとっては・・。


重複記憶錯誤
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/06 12:40
 このケースの診断は、「軽度アルツハイマー型認知症」と記載しておりますが、実は、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)も疑わしい状況です。
 DLBの概略は、シリーズ第20回『幻視が特徴の認知症とは』にて復習して下さいね。
 さて本例のどこが「DLBらしさ」かというと、「息子がもう一人家の中にいるような誤認」という部分です。この症状は、専門的には「重複記憶錯誤」と呼ばれます。

 DLBでは他にも、「幻の同居人」とか「カプグラ症候群(Capgras syndrome)」などの奇異な症状も時折認められます。これらの症状に関しては、後日また別の機会に詳しく説明致します。


超記憶症候群
投稿者:シャトー 投稿日時:11/08/06 18:17
 稗田阿礼もそうだったのでしょうか。

Re:超記憶症候群
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/07 05:13
シャトーさんへ
 かなり古い時代の方ですから、詳細な記録は残っていないのでは・・。
 まともな回答になっていなくて申し訳ないです。


認知症の治療に疎い私に教えて下さい
投稿者:音とリズム 投稿日時:11/08/07 03:46
 この方の認知症治療の目標は何になるのですか? 治療薬によって、正しい記憶をよみがえらせる事? それともそれ以上の進行を阻止する事? 自分にあった治療薬を探すのも大変ですが、治療薬を用いると家族が決断する時も大変ですよね。

 私もメモ魔ですが、メモするの大好き。メモするのは、自分の記憶が頼りにならないからですが、メモする過程に新たな学習の喜びがあります。

認知症治療の目標
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/07 05:14
音とリズムさんへ
 コメント拝見しました。
 とっても重要な質問だと思います。「認知症治療の意義」に関しては、以前から議論されている話題です。
 シリーズ第83回『早期診断・早期治療が重要である理由』において、「認知症診療において早期診断・早期治療が重要であるのは、端的に言えば『認知症の進行を遅らせることができるから』です。」と私は述べております。
 さらにもっと早期の段階(=軽度認知障害;MCI)で受診することの意義に関しても、シリーズ第4回『認知症検診の誕生秘話』のコメント(=『今、受診することの意義』)において、「正確な診断のために」と説明しました。
 幻視に対して不安を感じておられる方でしたら、それに対するケアの指導なども認知症外来では求められます。
 軽度から重度に至るまで共通の治療目標は、「家族が穏やかに介護していけるように」という視点ではないかと私は考えています。

 また、「治療の意義」を論ずるうえでは、「費用対効果」の問題を考える必要が出てきます。
 認知症の進行を遅らせることは、「一時的でわずかな認知機能の改善に過ぎないのなら、認知症による問題行動に振り回されてきた介護者にとっては、その辛いプロセスを長く続けることになってしまう」という指摘もされております。そのような意見に対して、真摯に耳を傾けることも必要だと思います。
 「費用対効果」の問題は、また改めて詳しくお話させて頂きます。


ありがとうございます
投稿者:音とリズム 投稿日時:11/08/07 13:12
 Dr. 笠間、わかりやすく説明していただきありがとうございます。最近ブログを読み始めたので過去に書かれたリポートは拝見していませんでした。失礼しました。
 認知症の進行を遅らせることと、その引き換えに介護が長期化する事のジレンマは重要な問題ですね。また、費用の事も重要な問題です。「費用対効果」のお話し楽しみにしています。また、どんどん進む高齢化社会で、ますます多くなる認知症の患者さんの研究をなさり、我々の医療に貢献くださりありがとうございます。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」─『右脳と左脳、そして脳梁』 [脳科学]

7秒間で顔をいくつ見つけられましたか?
キャプチャ2.JPG
 動画(https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/videos/vb.100004790640447/590368287799521/?type=2&theater)をご覧になる前に、「あなたは男性脳? それとも女性脳? ─ 静止画」(https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/590369877799362?pnref=story)をお読み頂き、自分自身が男性脳なのか女性脳なのか確認してみて下さいね。

P.S.
 私は、7秒間で8つの顔を見つけましたので女性脳のようです。
 右脳人間で女性脳なのか・・。

 男性脳と女性脳の違いに関しては、以前私が連載しておりました朝日新聞社アピタルの医療ブログ「ひょっとして認知症?-PartⅡ『右脳と左脳、そして脳梁』」において要点を解説しておりますので以下にご紹介致します。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第545回『右脳と左脳、そして脳梁-男女の差はどこに?』(2014年7月10日公開)
 「右脳」と「左脳」で持っている機能が少々違うことはいろいろ見聞きする機会が多いと思います。しかし、「脳梁(のうりょう)」という医学用語は、初めて耳にされる方が多いのではないでしょうか。
 簡単に説明しますと、脳梁とは左右の大脳を連結し、右脳と左脳の交信の役割をしているものです。まずはウィキペディアにおいて、脳梁のイメージ(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E6%A2%81)を頭の中に描いてくださいね。

 さて脳梁は、脳における男女の性差が特に顕著な部位です。女性の脳梁は男性よりも太いことが多いのです(メモ1参照)。そのため右脳と左脳の連絡が良く脳全体をバランスよく使えるため、女性は2つのことを同時に行いやすい(例えば料理を作りながらテレビドラマを観る)と考えられています。一方で、右脳と左脳の情報が入り乱れ処理しきれなくなって「ヒステリー」を起こしやすいという意見もあります。
 男性では、情報が入り乱れにくいので、1つのことに集中して仕事する場合には好都合ではないかと言われています。

メモ1:“脳梁”サイズの性差
 本文内では、「女性の脳梁は男性よりも太いことが多い」と記載しましたが、絶対的な断面積は有意に男性の方が大きいです。これに関しては詳しい解説がありますので以下にご紹介します。
順天堂大学医学部生理学第一講座の北澤茂客員教授
 「男性は脳のサイズも大きいので、脳のサイズに比較して大きいか小さいかを比べる必要があり、脳梁の断面積を脳重量の2/3乗で割ると、女性の方が平均5%脳梁が大きく、対応して左右の半球の通信時間は女性の方が5%程度短いものと推定される。」(北澤 茂:脳神経科学と性差. 遺伝 Vol.65 53-58 2011)

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第546回『右脳と左脳、そして脳梁-人間のマルチタスクはできるものなのか?』(2014年7月11日公開)
 一方では、「女性は2つのことを同時に行いやすい」という説に反論する意見もあります。その記述をご紹介する前に、「ひょっとして認知症? Part1」の第253回においてご紹介しましたビデオをもう一度ご覧頂きましょう。
 ビデオでは白いシャツと黒いシャツを着た二つのチームがバスケットの試合をします。皆さんは、白いシャツを着ている選手がパスをする回数を数えて、黒いシャツを着た選手のパス回数は無視して下さいね。空中で受けるパスもバウンドパスも両方数えて下さいね!
 それではビデオ(http://www.theinvisiblegorilla.com/videos.html)をご覧下さい。ウェブサイトの一番上の動画を選択して視聴して下さい。白いシャツの選手が何回パスをしたか分かりましたか?
 答えは「ひょっとして認知症? Part1─第253回」に記載してある通りです。
 それでは、「女性は2つのことを同時に行いやすい」という説に反論する意見を以下にご紹介しましょう。著書『錯覚の科学』の「ゴリラに気づく人、気づかない人」(クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ著:錯覚の科学. 木村博江訳, 文藝春秋, 東京, 2011, pp47-51)に記載されている意見です。
 「マルチタスクに関する実験では、女性の方がマルチタスクが得意で、男性よりゴリラを見落とす割合が低いという結果はえられなかった。実際の話、マルチタスクに関する実験では、性別に関係なく、誰もうまくできないというのが結論である。原則として、マルチタスクよりも一度に一つずつ仕事するほうが、はるかに効率がいいのだ。」


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第253回『見えているのに見えない(その1) ゴリラはどこに行った?』(2011年12月1日公開)
 私は「脳科学」に関する本を読むのが好きです。2011年4月17日の朝日新聞・読書において、『錯覚の科学』(クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ著, 木村博江訳, 文藝春秋, 東京, 2011)を紹介する書評がありました。
 皆さんもテレビ番組で放送されたシーンを覚えておられる方が多いのではないでしょうか。白いシャツと黒いシャツを着た二つのチームがバスケットの試合をします。ビデオを見る人には、白いシャツの選手がパスをする回数を数えてもらい、黒いシャツの選手のパスは無視するように指示します。
 さて何回白いシャツの選手はパスをしましたか? 空中で受けるパスもバウンドパスも両方数えて下さいね! 初めてこのビデオを観られる方は、先ずは動画(http://www.theinvisiblegorilla.com/videos.html)を観てから続きをお読み下さいね。このサイトの一番上の動画を選択して視聴して下さいね。

 ビデオでは、解説付きで正解が述べられていますので、もう皆さん分かりましたね。
 私もこのビデオを初めてテレビ番組で観たときには、ゴリラの着ぐるみを着た女子学生が登場し、選手のあいだに入り込み、カメラの方に向かって胸を叩き、そのまま立ち去っていく姿には全く気づきませんでした。ネット上では短縮版が流れていますが、テレビ番組で放送された映像はもっと長いビデオでした。
 著書の中では、「実験Ⅰ えひめ丸はなぜ沈没したのか?」のなかの小コーナー「見えなかったゴリラ」(クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ著:錯覚の科学. 木村博江訳, 文藝春秋, 東京, 2011, pp16-20)にて詳しく紹介されています。

 「見えているのに気づかない」というフレーズを聞いたときに、脳神経系を専門とする医師が真っ先に思い起こす症状に、「左半側空間無視」というものがあります。
 左半側空間無視は、高次脳機能障害の一つであり、頭部の固定や視線の動きを抑制しないのに、左側の刺激に反応できないことが特徴です。
 具体的な症状としては、食事の際に左側にあるおかずに手をつけない、新聞記事の左側を読み落とす、左側の障害物に気づかずぶつかってしまうなどの非常に特異な症状を呈します。
 珍しい症状と感じられるかも知れませんね。しかし、右側の大脳半球が脳血管障害などで損傷された場合にはしばしば認められる症状であり、右側頭・頭頂・後頭葉接合部付近が責任病巣と考えられています。
 半側空間無視の有無を調べる試験としては、抹消試験、模写試験、線分二等分試験などがあります。
 …(中略)…

 もう一つ、「見えているのに気づかない」ことで有名なものとして、バリント症候群(メモ参照)というものがあります。

メモ:バリント症候群
 両側の頭頂後頭葉障害で起こります。
 精神性注視麻痺、視覚性運動失調、視覚性注意障害の3主徴はよく知られています。
 精神性注視麻痺とは、視線がある方向(またはある対象物)に固着し、他の方向を自発的に注視しない現象です。眼球の動きに障害はありません。
 視覚性運動失調:注視した対象物を手でとらえることができない現象です。
 視覚性注意障害:ある一つの対象物を注視すると、その周囲にある対象物が認知できなくなる症状です。

 『錯覚の科学』に出てくる「見えなかったゴリラ」は、健常者において人為的に誘発される「視覚性注意障害」としても興味深いです。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第547回『右脳と左脳、そして脳梁-言語処理が男女で違うようだ』(2014年7月12日公開)
 よく、右脳は芸術・創造性・音楽に深く関与しているという話を聞くと思います。しかし、近年の考えでは、「右半球は創造的で芸術的半球であるとする考え方は、左半球と右半球の機能分化を研究するにあたっての仮説として提唱されただけの古い理論に過ぎず、その後の研究は、この初期の仮説を支持していない」(ダーリア・W・ザイデル:芸術的才能と脳の不思議-神経心理学からの考察 河内十郎監訳, 河内薫訳, 医学書院, 2010, 前書きxiより)ことに留意する必要があります。
 高田明和先生の著書には、「脳梁を切断された患者さんでの検討から、右脳は、簡単な言語、立体構造、およその構図の理解、言語を使わなくてもよい概念(喜びの顔の理解など)に優れており、左脳は言葉や計算、細かな構図の理解に優れていました。」(高田明和:脳トレ神話にだまされるな 角川書店, 東京, 2009, pp90-98)という記述があります。
 さて、左脳の損傷で失語症になる確率は、女性の方が男性よりも低いことが報告されています。
 いったいこれはどういうことでしょうか。
 東北大学大学院文学研究科の小泉政利准教授は、物語聴取時の脳活動の男女の違いに関する以下のようなデータを紹介しています(村上郁也:イラストレクチャー 認知神経科学 ─心理学と脳科学が解くこころの仕組み─ オーム社, 東京, 2011, p103)。
 「健聴者が物語を聴取しているときの脳活動を同じ物語を逆向きに再生したものを聞いているときの脳活動と比較した研究では、男性は左脳だけに有意な活動が見られたのに対して女性は左右両側に活動が見られた。このことから、男性は主に左脳に依存して言語処理を行っているのに対して、女性は両側を活用していることがわかる。」
 さて、「単語の意味判断課題」では、男性でも女性でも左脳だけが活動します。一方「朗読」においては、男性は左、女性は両側の側頭葉を使って聞くことが分かってきました。これに関して順天堂大学医学部生理学第一講座の北澤茂客員教授は、「右側の側頭葉は声の抑揚の解析や連想などの非統語的な言語関連機能に関与しているとは古くから指摘されているところである。相手が口にする字面だけでなく、話をするときの声の調子に気を配るのに役立つのが右の側頭葉である。実際、女性は男性に比べて、話の内容と声の調子の不一致に敏感であるという報告もある。」(北澤 茂:脳神経科学と性差. 遺伝 Vol.65 53-58 2011)と述べています。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第548回『右脳と左脳、そして脳梁-言語中枢はどちらにある?』(2014年7月13日公開)
 右脳と左脳の違いをもう少し勉強しましょう。
 言語野(言語中枢)は、左大脳半球にあることが多いのですが、右利きの人で数%、左利きの人で30~50%程度が右大脳半球に言語中枢があることが知られています。そのせいもあって、左手利きあるいは両手利きの方の失語症は多彩であり、また比較的予後が良好です。左半球に言語中枢がある場合は左半球を優位半球と言い、右半球を劣位半球と呼びます。
 ヒトの右脳と左脳の機能的な相違点に関しては、言語は左脳優位空間認知は右脳優位です。左半側空間無視(メモ2参照)という症状があり、これは右半球損傷によって出現します。
 また言語機能ほど明確ではないものの、右手利き者においては「失行」は左半球損傷によって出現することが多いことが知られています。
 側頭葉は「記憶の貯蔵庫」と考えられていますが、貯蔵している記憶は左右で違いがあります。右利きの人の場合、左側頭葉が障害(萎縮)されると、言葉の意味が失われていきます。

メモ2:左半側空間無視
 非常に特異な症状を呈します。食事の際に左側にあるおかずに手をつけない、新聞記事の左側を読み落とす、左側の障害物に気づかずぶつかってしまうなどの症状がみられます。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第549回『右脳と左脳、そして脳梁-左利きだったということはありませんか?』(2014年7月14日公開)
 かつて私が担当しておりました入院患者さんで「全失語」の方がおられました。少々印象的な経緯がありましたのでご紹介しましょう。
 ウェブサイトにおいて、「全失語」をキーワードとして検索してみましょう。
 「全失語:左脳の広範囲な損傷によって起こります。すべての言語機能に障害があるため、話す・聞く・読む・書く・計算する等の能力はほとんどありません。」(http://しつごしょう.seesaa.net/article/62436733.html)と記載されておりますね。この記述そのものは決して間違いではありません。
 私が担当しておりました患者さんは、右利きで右大脳半球の広範囲脳梗塞により全くコミュニケーションが取れない状態であり、経鼻カテーテルによる経腸栄養を施行しておりました。私は、当初はこの患者さんの病態について、脳梗塞が広範囲であったために、脳幹網様体(http://kotobank.jp/word/%E8%84%B3%E5%B9%B9%E7%B6%B2%E6%A7%98%E4%BD%93)や視床などにも影響が及んでおり意識障害が遷延しているものと考えておりました。
 ある時、この患者さんのご家族より、「食べることにこだわりの強かった人なので、経口摂取訓練を試みて欲しい」との希望がありました。遷延性意識障害の状態での嚥下訓練は誤嚥のリスクが高く「危険だなぁ」と感じながらも、ご家族の熱意に押されて言語聴覚士(Speech-Language-Hearing Therapist;ST)による嚥下訓練を開始してみました。しばらくすると、STより「それなりに嚥下が可能です」と連絡が入りましたので、ご家族に嚥下造影検査(http://www.jsdr.or.jp/wp-content/uploads/file/doc/VF8-1-p71-86.pdf)について説明をするために集まって頂きました。嚥下造影検査(videofluoroscopic examination of swallowing;VF)の結果次第では、嚥下訓練を積極的に進めるため、経鼻カテーテルから胃ろうへの変更も検討されることになります。それは、経鼻カテーテルが挿入されておりますと、嚥下に際して不利益となる(http://www.peg.or.jp/eiyou/doctor/yoshikawa.html)ことも指摘されているからです。
 さてそのVFに関しての説明をするため、そして家族の胃ろう造設に対する意向を再確認するため、多くのご家族に一堂に会して頂きました。その席上において私が「左利きだったということはありませんか?」という質問をしましたら、遠方に在住されているため平素は来られていなかったご家族の方より、「実は、幼少時に左利きを右利きに矯正したと聞いております。」という非常に貴重な情報を入手することができました。
 すなわち、この患者さんは「遷延性意識障害」ではなく、右大脳半球に言語中枢があるため、右大脳の広範囲脳梗塞によって「全失語」となっていたのでした。この例のように、「言語を用いたコミュニケーション能力によって意識レベルを評価することが多いため、意識は回復していても“無反応、意識なし”と評価されてしまいかねない」(http://shirayukihime-project.net/hiroji-yanamoto.html)危険性は常々念頭におく必要があります。
 VF検査の結果は、嚥下機能はかなり低下しているため経腸栄養を続ける必要はあるものの、ごくごく少量の「お楽しみ」程度の経口摂取なら可能かも知れないと期待を抱かせる結果でありました。
 なお余談にはなりますが、言語を用いたコミュニケーションが不可能であるために「遷延性意識障害」と評価されてしまいかねない病態としては、失語症の他にも「閉じ込め症候群(locked-in syndrome)」がありましたね。閉じ込め症候群については、「ひょっとして認知症? Part1─ひょっとして閉じ込め症候群?(第104~106回)」において詳しくお話しております。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第550回『右脳と左脳、そして脳梁-方向音痴と男女差』(2014年7月15日公開)
 さて、方向音痴と男女差もよく取り上げられますね。千葉県立保健医療大学健康科学部リハビリテーション学科の高橋伸佳教授は、男性で空間認知能力が優れていることに関して、「男性は女性と違い、原始時代から狩猟を行ってきたため、広い空間内で動物を追いかけたりしているうちにこの能力が発達した」(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, pp18-21)と指摘しております。
 また、清山会医療福祉グループ(http://www.izuminomori.jp/)代表の山崎英樹医師が著書の中で興味深い記述をしておりますのでご紹介しましょう(山崎英樹:認知症ケアの知好楽 雲母書房, 東京, 2011, p43-44)。
 「左脳の発達は胎生期に男性ホルモンであるアンドロゲンによって抑制されるため、男性は女性ほど左脳が発達せず、これをおぎなってむしろ右脳が発達するとされます。女性は左右をつなぐ脳梁が男性より太く、このため左右の脳の情報伝達は男性より女性の方がスムーズで、脳の仕組みからも女の勘はあなどれず、また女性はおしゃべりであり、左脳を損傷したときの失語の発生率も女性は男性の3分の1程度です。『男は右脳、女は左脳』というわけですが、左脳は言語機能、右脳は空間認知ですから、ベストセラーにもなったアラン・ピーズ&バーバラ・ピーズ『話を聞かない男、地図が読めない女』(主婦の友社)は、実にうまい題名です。これに倣って『形にひかれる男、ことばにひかれる女』とか、『夢みる男、計算する女』とか、(無頓着な左脳と自己点検の右脳ということでいけば)『女の楽観、男の悲観』とか、『おしゃべり女、じくじく男』とか、身につまされるコピーがいくらも出てきます。なお日本人は虫の音や雨の音も左脳でとらえて、言葉のようにさまざまな意味(涼、清、哀、愁など)を連想しますが、西欧人は右脳でとらえるので環境音、雑音としてしか感じることができないといわれます。」


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第551回『右脳と左脳、そして脳梁-「地理的障害」と「地誌的記憶障害」』(2014年7月16日公開)
 方向音痴に関連して、この機会に地理的障害についてきちんと勉強しましょう。先ずはその前に、地理的障害に関連する用語の整理をしておきましょうね。高橋伸佳教授は、「地理的障害」と「地誌的記憶障害」の違いに関して次のように言及しております(一部改変)。
 「『熟知している場所で道に迷う症状』を地理的障害と呼ぶ。ただし、意識障害、認知症、健忘症候群、半側空間無視など、他の神経症状や神経心理症状によって説明可能な場合は除外する。地誌的障害、地誌的失見当、地誌的見当識障害、広義の地誌的失認なども地理的障害とほぼ同義である。従来の文献にしばしば登場する『地誌的記憶障害』は、自宅付近の地図や自宅の間取りを想起して口述・描写することの障害(地理的知識の視覚表象能力の障害)であり、地理的障害とは異なる。」(高橋伸佳:街並失認と道順障害. BRAIN and NERVE Vol.63 830-838 2011)
 なお地理的障害(地誌的見当識障害)は、症候・病巣の違いから、街並失認と道順障害の2つに分類されています。
 街並失認とは、熟知した街並(建物・風景)の同定障害で、視覚性失認の一型です。したがって、周囲の風景が道をたどるうえでの目印にならないために道に迷ってしまいます。街並失認の病巣は側頭後頭葉内側部で右側病変の場合がほとんどです。原因としては後大脳動脈領域の脳梗塞が多いです。
 高橋伸佳教授は、「街並失認の病巣は、海馬傍回後部、舌状回前半部とこれらに隣接する紡錘状回にある。新規の場所のみ街並失認を認める症例の病巣は、海馬傍回後部とそれに隣接する紡錘状回に限局している」と報告しています(高橋伸佳:街並失認と道順障害. BRAIN and NERVE Vol.63 830-838 2011)。
 病院、施設に入院・入所した認知症の方でなかなか自分の部屋を覚えられない方をちょくちょく見かけますね。部屋の入り口に大きな字で名前を書いた紙を貼って分かりやすく表示したりしても功を奏しないケースが多いです。また、入院中の認知症患者さんが病室の自分のベッド位置を覚えられず、間違って他人のベッドに寝てしまうというケースも多いと思います。さてこのような時にはどうすればよいのでしょうか。精神科医の小澤勲さん(故人)と認知症ケアアドバイザーの五島シズさんが対処方法についてアドバイスしておりますので以下にご紹介しましょう。
 「施設に入所してきて、自室がなかなか覚えられない人がいる。名前を大きく書いて貼り付けても、その情報を目に留めることができず、自室を示す指標であると把握することもできない。立体の方がまだしも標識になる。バラの造花を大量に自室の入口に飾り、『あなたの部屋はバラの部屋だよ』と繰り返し教えると、かなりうまくいく。」(小澤 勲:認知症とは何か 岩波新書出版, 東京, 2005, p37)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第552回『右脳と左脳、そして脳梁-「馴染みのもの」の効用』(2014年7月17日公開)
 認知症ケアアドバイザーの五島シズさん(全国高齢者ケア協会監事、認知症介護研究・研修東京センター客員上級研究員)は、本人にとって「馴染みのもの」をベッドに置いておくと間違いが起こらなくなる場合があると述べております。
 「Mさんは入院の際、大きなショルダーバッグを肩にかけて来ました。『母はこのバッグを持っていると、とても安心していられます』と付き添ってきた娘さんが言いました。バッグの中には、ドリルや手帳、ハンカチーフ等が入っていました。
 Mさんは重度の認知症でコミュニケーションが全くとれませんが、穏やかな方で、入院した日は何ごともなく過ぎました。ところが翌日の朝、Mさんの隣の部屋の、Mさんと同じ位置のベッドのLさんが『人のもの持って行かないでよ、何回言えばわかるのよ、やめて!』と叫んでいます。Lさんは心身症の方でしたが、腰痛がひどく寝たきりの状態でした。『この人は変な人なのよ、私が目を覚ましたら孫が持ってきたクッキーと折り紙と、時計まで盗んでバッグに入れちゃったのよ。泥棒よ、この人。すぐ退院させてください』。Lさんはベッドサイドに立っているMさんを恐ろしい人を見るような目で見ていました。
 そこで娘さんに、『バッグ以外でお母さんが大切にしていたものがあったら持ってきてほしい』と伝えました。今度は、Mさんが若いころつくったという、小犬のアップリケのあるクッションでした。Mさんは娘さんの手からクッションをもぎ取るようにして頬ずりし、『可愛い子』と言いました。入院以来初めての発語でした。
 Mさんは一日じゅう小犬のクッションを抱えていましたが、1週間程たって新しい環境に慣れてくると、クッションを持ち歩かなくなりました。介護者たちも、どこかでクッションを見かけたら、Mさんのベッドに戻しておくようにしました。その後、Mさんはベッドを間違うこともなく、他人とのトラブルも起きませんでした。」(五島シズ:“なぜ”から始まる認知症ケア 中央法規, 東京, 2007, pp110-111)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第553回『右脳と左脳、そして脳梁-「街並失認」と「道順障害」』(2014年7月18日公開)
 道順障害は、視空間失認の一型であり、熟知しているはずの地域内で自分のいる空間的位置や目的地への方角が分からなくなり道に迷うことになります。入院中であれば、「自分の病室と売店との位置関係が何度行っても分からない」という訴えになります。道順障害の病巣は、脳梁膨大後域から頭頂葉内側部(楔前部など)にかけての領域です。やはり右側病変例の頻度が高いです。
 高橋伸佳教授は、「病変側は右側が多いが、街並失認に比べると左側病変例の割合が高い。左側の同部位は、エピソード記憶の障害を中心とするいわゆる健忘症候群の病巣として知られている。これらの中に、記憶障害の程度に比し『道に迷う』症状が目立つ例があり、地理的障害の合併と考えられる。片側病変では症状の持続は短く、数カ月以内に改善する例が多い。病因の多くは同部の脳出血(皮質下出血)である。」と述べています(高橋伸佳:街並失認と道順障害. BRAIN and NERVE Vol.63 830-838 2011)。なお、道順障害で発症しそれが徐々に悪化していった「緩徐進行性道順障害」と考えられるケースにおいて、その後、記憶障害・認知機能障害が加わり最終的には「アルツハイマー病」と診断された事例も報告されております(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, p94)。急性発症ではない道順障害の場合には、アルツハイマー病も念頭において経過観察することが肝要というわけですね。
 高橋伸佳教授は、「『道に迷う』のにはさまざまな原因がある。健忘症候群による記憶障害があれば、旧知の場所は思い出せず、新規の場所は記銘できないために道に迷う。左半側空間無視の患者は、街を歩いていて左側にある通路に気づかず直進してしまうため目的地にたどり着けなくなる。こうした他の神経症状で説明可能な場合は地理的障害には含まない。」と端的に述べております(「街並失認」と「道順障害」の違い. Modern Physician Vol.30 104-105 2010)。
 すなわち、ある程度進行したアルツハイマー病での徘徊など、認知症の一症状として「道に迷う」症状が発現する場合には、地理的障害からは除外する(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, pp21-22)ことになるのです。ただし、高橋伸佳教授は、アルツハイマー病患者が道に迷う病態として、「少なくとも初期には『道順障害』的な要素が大きいようだ」(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, pp152-153)とも述べております。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第554回『右脳と左脳、そして脳梁-一時的な道順障害の経験』(2014年7月19日公開)
 実は私自身も、一度だけ「道順障害」の体験があります。
 10年程前にフットサルをプレーしていたときの出来事です。その日はゴールキーパーをしており、シュートを阻止するため相手の足下に果敢にセービングを試みました(川島選手のように激しく)。そしてものの見事に頭部を蹴られ脳震盪を起こしてしまいました。すぐに意識は戻りましたが、20歳前後の頃の動きをイメージして激しいプレーなどするものではないと痛感しました。
 その帰り道、車を運転していて、通り慣れた道なのに道に迷ってしまいました。10分程同じような場所でうろうろし、何とか自宅にたどり着きました。私は元々は脳神経外科医ですから、「頭部打撲後6時間は脳出血発症の要注意時間」と熟知しておりましたので、冷や冷やしながら6時間経過するまで酒を飲んで時間をやり過ごし、意識が保たれていることを確認してから床につきました。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第555回『右脳と左脳、そして脳梁-熟知している人の顔を認識できない』(2014年7月20日公開)
 「相貌失認」という不思議な症状があります。熟知している人の顔を視覚的には認識できないのですが、元々知っている人であれば、声を聞いたり、服装・仕草・髪型・ヒゲ・メガネなど顔以外の特徴から、誰であるのかを判断することができます。
 相貌失認の責任病巣は、右ないしは両側の側頭葉・後頭葉原因説が有力です。特に、街並失認の責任病巣の後方に接する右紡錘状回・舌状回が有力視されております。紡錘状回は、側頭葉の下面に位置しています(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%A1%E9%8C%98%E7%8A%B6%E5%9B%9E)。舌状回(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%8C%E7%8A%B6%E5%9B%9E)は、後頭葉の一部です。
 責任病巣が近接していることより、相貌失認は街並失認と合併して生じることが多いです。
 「Mazzucchiらのレビューによると、相貌失認74例のうち約80%が男性であった」(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, p56)ことが報告されており、原因は明らかではありませんが明らかな性差があるようです。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第556回『右脳と左脳、そして脳梁-鏡に映った自分の姿に行動が出る』(2014年7月21日公開)
 「鏡現象」(鏡像認知障害)という珍しい症状もあります。鏡現象とは、鏡に映った自分の姿を自分とわからずに話しかけたり、食べ物をあげようとしたりします。自分の鏡像にだけ話しかけ、鏡に映った他の人に話しかけることはまずないといった奇妙な現象です。
 北海道医療大学看護福祉学部臨床福祉学科の中川賀嗣教授は、文献において(http://www.rouninken.jp/member/pdf/15_pdf/vol.15_08-18-01.pdf)、「自己の鏡像認知が障害された後に、他者の鏡像認知が障害される(熊倉,1982)」ことが多いことを紹介しています。また鏡現象の責任病巣として、頭頂葉ないし前頭葉の機能不全である可能性を指摘しています(中川賀嗣:認知症性疾患の失語・失行・失認症状. 老年期痴呆研究会誌 Vol.15 92-96 2010)。
 若年性認知症を患ったクリスティーンさんは、鏡現象について以下のように語っています。
 「鏡の前を通ると、部屋の中に自分と一緒に知らない人がいると思って、跳び上がってしまうこともあるほどだ!」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p132)
 マルコ・イアコボーニは、自分の顔の認識(自己認識能力)には右半球の縁上回(えんじょうかい)が関与していることを裏づける実験結果を紹介しています(マルコ・イアコボーニ:ミラーニューロンの発見「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 塩原通緒訳, 早川書房発行, 東京, 2011, pp185-188)。
 縁上回(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%81%E4%B8%8A%E5%9B%9E)と角回は、頭頂葉の外側面にある脳回です。

メモ3:ミラーニューロン
 ミラーニューロンという用語が出てきましたね。ミラーニューロンについては、「ひょっとして認知症? Part1─物まねニューロンとアスペルガー症候群(その1)・脳がジェラートをほしがった(第442回)」において概略をお話しましたね。一部改変して以下に再掲しましょう。
 書店を歩いていて私が足を止めるのは、「認知症」、「脳科学」などの文字が目に飛び込んできた時です。
 2011年の秋、書店をぶらぶら歩いていて飛び込んできた文字は、『ミラーニューロンの発見「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学』という本のタイトルでした。著者はマルコ・イアコボーニ(塩原通緒 訳)、発行は早川書房です。本の帯には、「脳科学最大の発見」と書かれています。
 さて、このミラーニューロンとはいったいどのような細胞なのでしょうか。
 愛知医科大学精神科学講座の兼本浩祐教授が書かれた本のcolumnに簡潔にまとめられています(一部改変)。
 「ミラー・ニューロン(物まねニューロン)とは、たとえば自分が果物を手に取る時に駆動されるのと同じ脳部位が、対面している他者(ないしは他の動物)が果物を手に取っても駆動される現象を言う。原始的なものでは、一羽の水鳥が物音に驚いて飛び立つと、一斉に他の水鳥も飛び立つ現象などもこのニューロンの働きなのではないかと言われている。」(兼本浩祐:心はどこまで脳なんだろうか 医学書院, 東京, 2011, pp77-78)

Facebookコメント
 京都大学大学院教育学研究科の明和政子教授が、「BRAIN and NERVE」の2014年6月号(特集:ミラーニューロン)において、「発達とミラーニューロン」について幅広く言及しておりますので抜粋して以下にご紹介しましょう。

 新生児模倣の神経基盤がミラーニューロンであるとする解釈に疑問を投げかける研究者も少なくない。例えば、Rayら(Ray ED, Heyes CM:Imitation in infancy: the wealth of the stimulus. Dev Sci Vol.14 92-105 2011)は次の5点を挙げながら、ヒトの新生児模倣がミラーニューロンシステムによるとする見方を否定する。
(1)模倣はある行為に限定される:37の先行研究をレビューすると、模倣が確認できたのは半分にも満たず、その中でも-貫して模倣が確認できた行為は舌の突き出しだけである。
(2)模倣が起こる文脈:舌出しは、その行為を観察せずとも起こる。乳児を覚醒させ、注意を喚起する刺激(光や音楽の抑揚など)を提示した場合でも、舌出しの頻度は高まる。
(3)発達的連続性:新生児模倣はいったん消える。生後2カ月を過ぎたあたりから減少し、生後6カ月頃、再び模倣が現れる。
(4)意図性:新生児期にみられる模倣が経験により調整、精緻化されることを示した研究はない。
(5)系統分布:ラットや鳥類などヒトと系統的に遠い動物種でも、ある程度の模倣能力が確認されている。これらすべてを相同の神経系メカニズムから解釈することは難しい。
 (3)についていえば、ヒト以外の霊長類の新生児模倣も、ヒトと同様、生後しばらくすると減少する。チンパンジーの新生児模倣は生後9週を過ぎる頃から、サルでは生後7日目あたりでみられなくなった。種の生活年齢を考慮すると、チンパンジーやサルの新生児模倣が消失した時期は、ヒトの新生児模倣が消えるとされる時期とほぼ一致する。また、新生児模倣が消えた後、サルやチンパンジーではヒトのように模倣能力を発達させることはない。
【明和政子:発達とミラーニューロン. BRAIN and NERVE Vol.66 673-680 2014】


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第557回『右脳と左脳、そして脳梁-ミラーニューロンの研究』(2014年7月22日公開)
 このミラーニューロンに関する最新の興味深い研究成果を自然科学研究機構生理学研究所(http://www.nips.ac.jp/)の定藤規弘教授が論文報告しておりますので以下にご紹介しましょう(一部改変)。
 「心の理論の神経基盤は、機能的MRIでよく研究されており、内側前頭前野、後部帯状回、ならびに頭頂側頭連合の関与が報告されている(Frith U, Frith CD:Development and neurophysiology of mentalizing. Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci Vol.358 459-473 2003)。一方、共感の神経基盤として、mirror neuron system、および辺縁系の関与が示されてきた。Mirror neuronとは、他個体の目標志向的な動作の観察、ならびに自らの同様な動作の両方に反応する神経細胞のことで、サルの単一ニューロン計測により前頭葉F5領域に存在することが記載された(Rizzolatti G, Craighero L:The mirror-neuron system. Annu Rev Neurosci Vol.27 169-192 2004)。その後、人間の脳機能イメージング研究により、同様な振る舞いを示す領域が、頭頂葉と前頭前野に存在することが示された。他者の運動の知覚と、自己の運動を同一領域で符号化していると目され、mirror neuron systemと名づけられた。
 ヒトの向社会行動の発達においては、共感が必要であるが、必ずしも十分ではないとされている。社会交換理論によると、利他行動も、社会報酬を最大にするような行動として選択されるのであり、経済行動と同一の枠組みで説明できるとしている。実際、他者からのよい評判という社会報酬と金銭報酬は、ともに得られることによって報酬系として知られる線条体を賦活すること、さらに、他者からのよい評判は、寄付という利他行為の動機を増強し、その際線条体の活動が増加することが機能的MRI実験により明らかとなった。すなわち、19人の成人被験者に金銭報酬と社会報酬を与えた時の神経活動を機能的MRIで観察したところ、金銭報酬と自分へのよい評価は、報酬系として知られる線条体で、同じ活動パターンを示した。これは、他者からのよい評判は報酬としての価値を持ち、脳内において金銭報酬と同じように処理されているということを示している。一方、他人からの評判が、実際に行動決定に影響を及ぼすことを証明するために行った、寄付行為の決定を課題とする機能的MRI実験では、寄付行為の社会的報酬価を、他者の存在・不在によって変動させたところ、他人の目の存在によって寄付行為が増加し、行為選択判断の際に起こる線条体の活動と相関した。この結果は、さまざまな異なる種類の報酬を比較し、意思決定をする際に必要である『脳内の共通の通貨』の存在を強く示唆する。他方、社会的報酬に特有な活動として、内側前頭前野の活動がみられたことから、他者からみた自分の評価は、内側前頭前野により表象され、さらに線条体により社会報酬として『価値』づけられることが想定された。すなわち、社会的報酬には、線条体を含む報酬系と、心の理論の神経基盤の相互作用が関与していることが明らかとなった(Izuma K, Saito DN, Sadato N:Processing of social and monetary rewards in the human striatum. Neuron Vol.58 284-294 2008)。
 以上の知見から、共感にはmirror neuron systemの関与が、社会的報酬においては報酬系の関与が、そして両者に共通して心の理論の関与が想定される。いずれの系も、その神経基盤に関する脳科学的な知見が急速に蓄積しつつある。機能的MRIをはじめとする、人間の脳機能イメージング技術の急速な進展により、向社会行動の発達を、生物学的基盤に立ってモデル化し検証する機は熟してしる。」(定藤規弘:機能的MRIによる社会能力発達における神経基盤の解明. 脳外誌 Vol.23 318-324 2014)
 定藤規弘教授らの研究成果はウェブサイト(http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2008/04/post-36.html)においても閲覧できます。

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 「近年、ミラーニューロンは模倣、共感、他者の感情や意図を類推する能力『心の理論』などコミュニケーションの発達の基盤となる神経機構と考えられ、自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorder:ASD)においてこのシステムの活動低下を示唆する研究が報告されつつある。DaprettoらはASD児を対象に表情を模倣させる課題を行い、その間の脳活動を機能的MRIを用い計測した。健常児ではミラーニューロンが位置する下前頭回の賦活が認められた一方、ASD児では同部位および扁桃体周辺の賦活は乏しかった。さらに、下前頭回の賦活低下はASD児の社会性の障害の重症度と関連していた。
 大脳辺縁系の中核をなす扁桃体は、あらゆる外的刺激の価値評価および意味認知に重要であり、それに基づく情動の発現に中心的な役割を果たしている。扁桃体障害により外的刺激の価値評価が障害され、接近─回避判断がうまくいかない場合、回避傾向が優位になると、人への関心の障害の領域としては『愛着の不全』といったことがおきてくると考えられる。ASDの方々は人よりも物に興味関心を示すことがよくみられるが、これは人よりも物のほうが分かりやすく安心しやすい存在であるためで、ASDにみられるこだわりは安心感を得るための適応的行動と考えることもできる。Daltonらは、ASDでは他者の目を見る時間が長くなるほど扁桃体がより強く活性化されることを報告した。すなわちASDは視線に対し恐怖を感じやすく視線を避けやすいと考えられるが、これにより他者の表情や意図が理解しにくくなり社会性の障害の増悪がもたらされるのであろう。」(森 健治、伊藤弘道、東田好広:自閉症スペクトラムにおける扁桃体. Clinical Neuroscience Vo.32 690-692 2014)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第558回『右脳と左脳、そして脳梁-音としての認知から言語への転換』(2014年7月23日公開)
 『英単語 難しいと右脳、簡単なら左脳』というたいへん興味深い研究結果があります(2011年2月24日付読売新聞)。
 難しい英単語を聞くと、右脳の活動が高まり、易しい単語の時には左脳が活発に働くことが、首都大学東京の萩原裕子教授らが小学生約500人の脳活動を計測した研究で分かったそうです。
 記事によれば、「右脳は音のリズムや強弱の分析にかかわっているとされ、研究結果は、英語を覚えるにつれ、右脳から左脳に活動の中心が移る可能性を示している。外国語の習い始めには音を聞かせる方法が良いのかなど、効果的な学習法の開発につながるかもしれない。萩原教授らは、国内の小学1~5年生が、難度の異なる英単語を復唱している時の脳活動を測定した。abash、nadirなど難しい英単語を復唱する時は、右脳の『縁上回』と呼ばれる場所の活動が活発になり、brother、pictureなど易しい英単語では左脳にある『角回(かくかい)』の活動が高まった。萩原教授によれば、新しい外国語を学ぶ時には、まず右脳で『音』の一種として聞くが、慣れるにつれ、日本語を聞く時のように意味を持つ『言語』として処理するようになるとみられるという。」
 外国語の習得能力の違いなどに関して、東京大学大学院総合文化研究科の酒井邦嘉教授は対談(岩田 誠、酒井邦嘉 他:Leborgne報告から150年─人間の本質をみつめたBroca(後編). BRAIN and NERVE Vol.63 1361-1368 2011)の中で以下のように語っています(一部改変)。
 「第2言語としての英語の文法性をどのくらいうまく、自然に学べたかということを100人ほどの人たちを対象に調べてみると、脳の45野の左右差がはっきりしている人ほど文法が自然に習得できるという非常に強い相関が得られました。すなわち、解剖学的にアンバランスで、右脳が左脳に対してあまり干渉をしないほど、外国語の文法の習得が自然にいくらしいのです。」
 「女性は言語以外で非常に高い能力があり、黙っていても相手が何を言おうとしているのかが分かる、といった『共感化』の能力が長けているそうです。」
 「口数の少ない人のほうが、はるかに言葉の『あや』や、行間を読む能力に長けていて、実際にペンを持ったときにはるかに深いものが書けたりすることでしょう。雄弁に書いたり話したりするよりも、語らないことの中にこそ非常に深いものが表現され得るわけです。そういったところに作家の能力が現れて来るのではないかと思います。」


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第559回『右脳と左脳、そして脳梁-右脳と左脳がつながらないと』(2014年7月24日公開)
 最後に脳梁離断術という「てんかん治療」の話をします。専門的な内容ですがちょっとお付き合い下さいね。
 難治性てんかんの治療法の一つとして、脳梁を切断する脳梁離断術という手術があります。この手術の対象になるのは、主として小児です。
 部分てんかんの二次性全般化発作という種類のてんかん発作は、一側大脳半球のニューロンが過剰に活動して、その神経興奮が脳梁などを経由して対側の大脳に伝播します。Wilson(脳神経外科医)らは、脳梁離断術がこのようなタイプのてんかん発作の軽減に有効であることを発見しました。
 さて、脳梁を切断すると極めて特異な神経症状が起きることが知られています。一例をご紹介します(岩白訓周、笠井清登 他:脳梁の解剖と機能. Clinical Neuroscience Vol.28 1177-1180 2010)。
 「左の鼻孔から花の香りをかぐと、左脳が匂いの情報を受け取る。脳梁離断術後の患者が左の鼻孔だけで匂いをかぐと、患者は何の匂いであるか言葉で答えることができる。しかし、右の鼻孔で匂いをかぐと患者は何の匂いか呼称できない。実際には右脳は匂いを感じ、識別することができるが、言語中枢が存在する優位半球と情報連絡が行えないため言語化できないのである。」

 ソニー・コンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーの茂木健一郎博士は、著書(奇跡の脳の物語─キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳. 廣済堂新書, 東京, 2011, pp13-55)の中で、一世紀に一人出るかどうかわからない「キング・オブ・サヴァン」としてキム・ピークを紹介しています。
 キムは、生まれながらの脳梁欠損により「半球離断症候群」となっており、右脳と左脳が独立して機能しています。例えば、本を読むときには、右目と左目がバラバラに動いており、右目で右ページ、左目で左ページを別々に読むことができると紹介されています。

 「脳科学研究は医療や情報、電機など多くの産業分野に波及し、国内の関連市場は2025年に3兆265億円に達するとの見通しをNTTデータ経営研究所がまとめ」(2014年4月1日付日本経済新聞・科学技術)ており、現在の半導体市場に匹敵する見込みです。
 少々難しい話をしましたが、脳の神秘性・奥深さに触れ、脳科学にさらなる関心を持って頂けましたら幸いです。

右脳と左脳、そして脳梁 [脳科学]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第545~559回『右脳と左脳、そして脳梁』(2014年7月10日~24日公開)
 「右脳」と「左脳」で持っている機能が少々違うことはいろいろ見聞きする機会が多いと思います。しかし、「脳梁(のうりょう)」という医学用語は、初めて耳にされる方が多いのではないでしょうか。
 簡単に説明しますと、脳梁とは左右の大脳を連結し、右脳と左脳の交信の役割をしているものです。まずはウィキペディアにおいて、脳梁のイメージ(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E6%A2%81)を頭の中に描いてくださいね。

 さて脳梁は、脳における男女の性差が特に顕著な部位です。女性の脳梁は男性よりも太いことが多いのです(メモ1参照)。そのため右脳と左脳の連絡が良く脳全体をバランスよく使えるため、女性は2つのことを同時に行いやすい(例えば料理を作りながらテレビドラマを観る)と考えられています。一方で、右脳と左脳の情報が入り乱れ処理しきれなくなって「ヒステリー」を起こしやすいという意見もあります。
 男性では、情報が入り乱れにくいので、1つのことに集中して仕事する場合には好都合ではないかと言われています。

メモ1:“脳梁”サイズの性差
 本文内では、「女性の脳梁は男性よりも太いことが多い」と記載しましたが、絶対的な断面積は有意に男性の方が大きいです。これに関しては詳しい解説がありますので以下にご紹介します。
順天堂大学医学部生理学第一講座の北澤茂客員教授
 「男性は脳のサイズも大きいので、脳のサイズに比較して大きいか小さいかを比べる必要があり、脳梁の断面積を脳重量の2/3乗で割ると、女性の方が平均5%脳梁が大きく、対応して左右の半球の通信時間は女性の方が5%程度短いものと推定される。」(北澤 茂:脳神経科学と性差. 遺伝 Vol.65 53-58 2011)

 一方では、「女性は2つのことを同時に行いやすい」という説に反論する意見もあります。その記述をご紹介する前に、「ひょっとして認知症? Part1」の第253回においてご紹介しましたビデオをもう一度ご覧頂きましょう。
 ビデオでは白いシャツと黒いシャツを着た二つのチームがバスケットの試合をします。皆さんは、白いシャツを着ている選手がパスをする回数を数えて、黒いシャツを着た選手のパス回数は無視して下さいね。空中で受けるパスもバウンドパスも両方数えて下さいね!
 それではビデオ(http://www.theinvisiblegorilla.com/videos.html)をご覧下さい。ウェブサイトの一番上の動画を選択して視聴して下さい。白いシャツの選手が何回パスをしたか分かりましたか?
 答えは「ひょっとして認知症? Part1─第253回」に記載してある通りです。
 それでは、「女性は2つのことを同時に行いやすい」という説に反論する意見を以下にご紹介しましょう。著書『錯覚の科学』の「ゴリラに気づく人、気づかない人」(クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ著:錯覚の科学. 木村博江訳, 文藝春秋, 東京, 2011, pp47-51)に記載されている意見です。
 「マルチタスクに関する実験では、女性の方がマルチタスクが得意で、男性よりゴリラを見落とす割合が低いという結果はえられなかった。実際の話、マルチタスクに関する実験では、性別に関係なく、誰もうまくできないというのが結論である。原則として、マルチタスクよりも一度に一つずつ仕事するほうが、はるかに効率がいいのだ。」

 よく、右脳は芸術・創造性・音楽に深く関与しているという話を聞くと思います。しかし、近年の考えでは、「右半球は創造的で芸術的半球であるとする考え方は、左半球と右半球の機能分化を研究するにあたっての仮説として提唱されただけの古い理論に過ぎず、その後の研究は、この初期の仮説を支持していない」(ダーリア・W・ザイデル:芸術的才能と脳の不思議-神経心理学からの考察 河内十郎監訳, 河内薫訳, 医学書院, 2010, 前書きxiより)ことに留意する必要があります。
 高田明和先生の著書には、「脳梁を切断された患者さんでの検討から、右脳は、簡単な言語、立体構造、およその構図の理解、言語を使わなくてもよい概念(喜びの顔の理解など)に優れており、左脳は言葉や計算、細かな構図の理解に優れていました。」(高田明和:脳トレ神話にだまされるな 角川書店, 東京, 2009, pp90-98)という記述があります。
 さて、左脳の損傷で失語症になる確率は、女性の方が男性よりも低いことが報告されています。
 いったいこれはどういうことでしょうか。
 東北大学大学院文学研究科の小泉政利准教授は、物語聴取時の脳活動の男女の違いに関する以下のようなデータを紹介しています(村上郁也:イラストレクチャー 認知神経科学 ─心理学と脳科学が解くこころの仕組み─ オーム社, 東京, 2011, p103)。
 「健聴者が物語を聴取しているときの脳活動を同じ物語を逆向きに再生したものを聞いているときの脳活動と比較した研究では、男性は左脳だけに有意な活動が見られたのに対して女性は左右両側に活動が見られた。このことから、男性は主に左脳に依存して言語処理を行っているのに対して、女性は両側を活用していることがわかる。」
 さて、「単語の意味判断課題」では、男性でも女性でも左脳だけが活動します。一方「朗読」においては、男性は左、女性は両側の側頭葉を使って聞くことが分かってきました。これに関して順天堂大学医学部生理学第一講座の北澤茂客員教授は、「右側の側頭葉は声の抑揚の解析や連想などの非統語的な言語関連機能に関与しているとは古くから指摘されているところである。相手が口にする字面だけでなく、話をするときの声の調子に気を配るのに役立つのが右の側頭葉である。実際、女性は男性に比べて、話の内容と声の調子の不一致に敏感であるという報告もある。」(北澤 茂:脳神経科学と性差. 遺伝 Vol.65 53-58 2011)と述べています。

 右脳と左脳の違いをもう少し勉強しましょう。
 言語野(言語中枢)は、左大脳半球にあることが多いのですが、右利きの人で数%、左利きの人で30~50%程度が右大脳半球に言語中枢があることが知られています。そのせいもあって、左手利きあるいは両手利きの方の失語症は多彩であり、また比較的予後が良好です。左半球に言語中枢がある場合は左半球を優位半球と言い、右半球を劣位半球と呼びます。
 ヒトの右脳と左脳の機能的な相違点に関しては、言語は左脳優位、空間認知は右脳優位です。左半側空間無視(メモ2参照)という症状があり、これは右半球損傷によって出現します。
 また言語機能ほど明確ではないものの、右手利き者においては「失行」は左半球損傷によって出現することが多いことが知られています。
 側頭葉は「記憶の貯蔵庫」と考えられていますが、貯蔵している記憶は左右で違いがあります。右利きの人の場合、左側頭葉が障害(萎縮)されると、言葉の意味が失われていきます。

メモ2:左半側空間無視
 非常に特異な症状を呈します。食事の際に左側にあるおかずに手をつけない、新聞記事の左側を読み落とす、左側の障害物に気づかずぶつかってしまうなどの症状がみられます。

 かつて私が担当しておりました入院患者さんで「全失語」の方がおられました。少々印象的な経緯がありましたのでご紹介しましょう。
 ウェブサイトにおいて、「全失語」をキーワードとして検索してみましょう。
 「全失語:左脳の広範囲な損傷によって起こります。すべての言語機能に障害があるため、話す・聞く・読む・書く・計算する等の能力はほとんどありません。」(http://しつごしょう.seesaa.net/article/62436733.html)と記載されておりますね。この記述そのものは決して間違いではありません。
 私が担当しておりました患者さんは、右利きで右大脳半球の広範囲脳梗塞により全くコミュニケーションが取れない状態であり、経鼻カテーテルによる経腸栄養を施行しておりました。私は、当初はこの患者さんの病態について、脳梗塞が広範囲であったために、脳幹網様体(http://kotobank.jp/word/%E8%84%B3%E5%B9%B9%E7%B6%B2%E6%A7%98%E4%BD%93)や視床などにも影響が及んでおり意識障害が遷延しているものと考えておりました。
 ある時、この患者さんのご家族より、「食べることにこだわりの強かった人なので、経口摂取訓練を試みて欲しい」との希望がありました。遷延性意識障害の状態での嚥下訓練は誤嚥のリスクが高く「危険だなぁ」と感じながらも、ご家族の熱意に押されて言語聴覚士(Speech-Language-Hearing Therapist;ST)による嚥下訓練を開始してみました。しばらくすると、STより「それなりに嚥下が可能です」と連絡が入りましたので、ご家族に嚥下造影検査(http://www.jsdr.or.jp/wp-content/uploads/file/doc/VF8-1-p71-86.pdf)について説明をするために集まって頂きました。嚥下造影検査(videofluoroscopic examination of swallowing;VF)の結果次第では、嚥下訓練を積極的に進めるため、経鼻カテーテルから胃ろうへの変更も検討されることになります。それは、経鼻カテーテルが挿入されておりますと、嚥下に際して不利益となる(http://www.peg.or.jp/eiyou/doctor/yoshikawa.html)ことも指摘されているからです。
 さてそのVFに関しての説明をするため、そして家族の胃ろう造設に対する意向を再確認するため、多くのご家族に一堂に会して頂きました。その席上において私が「左利きだったということはありませんか?」という質問をしましたら、遠方に在住されているため平素は来られていなかったご家族の方より、「実は、幼少時に左利きを右利きに矯正したと聞いております。」という非常に貴重な情報を入手することができました。
 すなわち、この患者さんは「遷延性意識障害」ではなく、右大脳半球に言語中枢があるため、右大脳の広範囲脳梗塞によって「全失語」となっていたのでした。この例のように、「言語を用いたコミュニケーション能力によって意識レベルを評価することが多いため、意識は回復していても“無反応、意識なし”と評価されてしまいかねない」(http://shirayukihime-project.net/hiroji-yanamoto.html)危険性は常々念頭におく必要があります。
 VF検査の結果は、嚥下機能はかなり低下しているため経腸栄養を続ける必要はあるものの、ごくごく少量の「お楽しみ」程度の経口摂取なら可能かも知れないと期待を抱かせる結果でありました。
 なお余談にはなりますが、言語を用いたコミュニケーションが不可能であるために「遷延性意識障害」と評価されてしまいかねない病態としては、失語症の他にも「閉じ込め症候群(locked-in syndrome)」がありましたね。閉じ込め症候群については、「ひょっとして認知症? Part1─ひょっとして閉じ込め症候群?(第104~106回)」において詳しくお話しております。

 さて、方向音痴と男女差もよく取り上げられますね。千葉県立保健医療大学健康科学部リハビリテーション学科の高橋伸佳教授は、男性で空間認知能力が優れていることに関して、「男性は女性と違い、原始時代から狩猟を行ってきたため、広い空間内で動物を追いかけたりしているうちにこの能力が発達した」(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, pp18-21)と指摘しております。
 また、清山会医療福祉グループ(http://www.izuminomori.jp/)代表の山崎英樹医師が著書の中で興味深い記述をしておりますのでご紹介しましょう(山崎英樹:認知症ケアの知好楽 雲母書房, 東京, 2011, p43-44)。
 「左脳の発達は胎生期に男性ホルモンであるアンドロゲンによって抑制されるため、男性は女性ほど左脳が発達せず、これをおぎなってむしろ右脳が発達するとされます。女性は左右をつなぐ脳梁が男性より太く、このため左右の脳の情報伝達は男性より女性の方がスムーズで、脳の仕組みからも女の勘はあなどれず、また女性はおしゃべりであり、左脳を損傷したときの失語の発生率も女性は男性の3分の1程度です。『男は右脳、女は左脳』というわけですが、左脳は言語機能、右脳は空間認知ですから、ベストセラーにもなったアラン・ピーズ&バーバラ・ピーズ『話を聞かない男、地図が読めない女』(主婦の友社)は、実にうまい題名です。これに倣って『形にひかれる男、ことばにひかれる女』とか、『夢みる男、計算する女』とか、(無頓着な左脳と自己点検の右脳ということでいけば)『女の楽観、男の悲観』とか、『おしゃべり女、じくじく男』とか、身につまされるコピーがいくらも出てきます。なお日本人は虫の音や雨の音も左脳でとらえて、言葉のようにさまざまな意味(涼、清、哀、愁など)を連想しますが、西欧人は右脳でとらえるので環境音、雑音としてしか感じることができないといわれます。」

 方向音痴に関連して、この機会に地理的障害についてきちんと勉強しましょう。先ずはその前に、地理的障害に関連する用語の整理をしておきましょうね。高橋伸佳教授は、「地理的障害」と「地誌的記憶障害」の違いに関して次のように言及しております(一部改変)。
 「『熟知している場所で道に迷う症状』を地理的障害と呼ぶ。ただし、意識障害、認知症、健忘症候群、半側空間無視など、他の神経症状や神経心理症状によって説明可能な場合は除外する。地誌的障害、地誌的失見当、地誌的見当識障害、広義の地誌的失認なども地理的障害とほぼ同義である。従来の文献にしばしば登場する『地誌的記憶障害』は、自宅付近の地図や自宅の間取りを想起して口述・描写することの障害(地理的知識の視覚表象能力の障害)であり、地理的障害とは異なる。」(高橋伸佳:街並失認と道順障害. BRAIN and NERVE Vol.63 830-838 2011)
 なお地理的障害(地誌的見当識障害)は、症候・病巣の違いから、街並失認と道順障害の2つに分類されています。
 街並失認とは、熟知した街並(建物・風景)の同定障害で、視覚性失認の一型です。したがって、周囲の風景が道をたどるうえでの目印にならないために道に迷ってしまいます。街並失認の病巣は側頭後頭葉内側部で右側病変の場合がほとんどです。原因としては後大脳動脈領域の脳梗塞が多いです。
 高橋伸佳教授は、「街並失認の病巣は、海馬傍回後部、舌状回前半部とこれらに隣接する紡錘状回にある。新規の場所のみ街並失認を認める症例の病巣は、海馬傍回後部とそれに隣接する紡錘状回に限局している」と報告しています(高橋伸佳:街並失認と道順障害. BRAIN and NERVE Vol.63 830-838 2011)。
 病院、施設に入院・入所した認知症の方でなかなか自分の部屋を覚えられない方をちょくちょく見かけますね。部屋の入り口に大きな字で名前を書いた紙を貼って分かりやすく表示したりしても功を奏しないケースが多いです。また、入院中の認知症患者さんが病室の自分のベッド位置を覚えられず、間違って他人のベッドに寝てしまうというケースも多いと思います。さてこのような時にはどうすればよいのでしょうか。精神科医の小澤勲さん(故人)と認知症ケアアドバイザーの五島シズさんが対処方法についてアドバイスしておりますので以下にご紹介しましょう。
 「施設に入所してきて、自室がなかなか覚えられない人がいる。名前を大きく書いて貼り付けても、その情報を目に留めることができず、自室を示す指標であると把握することもできない。立体の方がまだしも標識になる。バラの造花を大量に自室の入口に飾り、『あなたの部屋はバラの部屋だよ』と繰り返し教えると、かなりうまくいく。」(小澤 勲:認知症とは何か 岩波新書出版, 東京, 2005, p37)
 認知症ケアアドバイザーの五島シズさん(全国高齢者ケア協会監事、認知症介護研究・研修東京センター客員上級研究員)は、本人にとって「馴染みのもの」をベッドに置いておくと間違いが起こらなくなる場合があると述べております。
 「Mさんは入院の際、大きなショルダーバッグを肩にかけて来ました。『母はこのバッグを持っていると、とても安心していられます』と付き添ってきた娘さんが言いました。バッグの中には、ドリルや手帳、ハンカチーフ等が入っていました。
 Mさんは重度の認知症でコミュニケーションが全くとれませんが、穏やかな方で、入院した日は何ごともなく過ぎました。ところが翌日の朝、Mさんの隣の部屋の、Mさんと同じ位置のベッドのLさんが『人のもの持って行かないでよ、何回言えばわかるのよ、やめて!』と叫んでいます。Lさんは心身症の方でしたが、腰痛がひどく寝たきりの状態でした。『この人は変な人なのよ、私が目を覚ましたら孫が持ってきたクッキーと折り紙と、時計まで盗んでバッグに入れちゃったのよ。泥棒よ、この人。すぐ退院させてください』。Lさんはベッドサイドに立っているMさんを恐ろしい人を見るような目で見ていました。
 そこで娘さんに、『バッグ以外でお母さんが大切にしていたものがあったら持ってきてほしい』と伝えました。今度は、Mさんが若いころつくったという、小犬のアップリケのあるクッションでした。Mさんは娘さんの手からクッションをもぎ取るようにして頬ずりし、『可愛い子』と言いました。入院以来初めての発語でした。
 Mさんは一日じゅう小犬のクッションを抱えていましたが、1週間程たって新しい環境に慣れてくると、クッションを持ち歩かなくなりました。介護者たちも、どこかでクッションを見かけたら、Mさんのベッドに戻しておくようにしました。その後、Mさんはベッドを間違うこともなく、他人とのトラブルも起きませんでした。」(五島シズ:“なぜ”から始まる認知症ケア 中央法規, 東京, 2007, pp110-111)

 道順障害は、視空間失認の一型であり、熟知しているはずの地域内で自分のいる空間的位置や目的地への方角が分からなくなり道に迷うことになります。入院中であれば、「自分の病室と売店との位置関係が何度行っても分からない」という訴えになります。道順障害の病巣は、脳梁膨大後域から頭頂葉内側部(楔前部など)にかけての領域です。やはり右側病変例の頻度が高いです。
 高橋伸佳教授は、「病変側は右側が多いが、街並失認に比べると左側病変例の割合が高い。左側の同部位は、エピソード記憶の障害を中心とするいわゆる健忘症候群の病巣として知られている。これらの中に、記憶障害の程度に比し『道に迷う』症状が目立つ例があり、地理的障害の合併と考えられる。片側病変では症状の持続は短く、数カ月以内に改善する例が多い。病因の多くは同部の脳出血(皮質下出血)である。」と述べています(高橋伸佳:街並失認と道順障害. BRAIN and NERVE Vol.63 830-838 2011)。なお、道順障害で発症しそれが徐々に悪化していった「緩徐進行性道順障害」と考えられるケースにおいて、その後、記憶障害・認知機能障害が加わり最終的には「アルツハイマー病」と診断された事例も報告されております(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, p94)。急性発症ではない道順障害の場合には、アルツハイマー病も念頭において経過観察することが肝要というわけですね。
 高橋伸佳教授は、「『道に迷う』のにはさまざまな原因がある。健忘症候群による記憶障害があれば、旧知の場所は思い出せず、新規の場所は記銘できないために道に迷う。左半側空間無視の患者は、街を歩いていて左側にある通路に気づかず直進してしまうため目的地にたどり着けなくなる。こうした他の神経症状で説明可能な場合は地理的障害には含まない。」と端的に述べております(「街並失認」と「道順障害」の違い. Modern Physician Vol.30 104-105 2010)。
 すなわち、ある程度進行したアルツハイマー病での徘徊など、認知症の一症状として「道に迷う」症状が発現する場合には、地理的障害からは除外する(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, pp21-22)ことになるのです。ただし、高橋伸佳教授は、アルツハイマー病患者が道に迷う病態として、「少なくとも初期には『道順障害』的な要素が大きいようだ」(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, pp152-153)とも述べております。

 実は私自身も、一度だけ「道順障害」の体験があります。
 10年程前にフットサルをプレーしていたときの出来事です。その日はゴールキーパーをしており、シュートを阻止するため相手の足下に果敢にセービングを試みました(川島選手のように激しく)。そしてものの見事に頭部を蹴られ脳震盪を起こしてしまいました。すぐに意識は戻りましたが、20歳前後の頃の動きをイメージして激しいプレーなどするものではないと痛感しました。
 その帰り道、車を運転していて、通り慣れた道なのに道に迷ってしまいました。10分程同じような場所でうろうろし、何とか自宅にたどり着きました。私は元々は脳神経外科医ですから、「頭部打撲後6時間は脳出血発症の要注意時間」と熟知しておりましたので、冷や冷やしながら6時間経過するまで酒を飲んで時間をやり過ごし、意識が保たれていることを確認してから床につきました。

 「相貌失認」という不思議な症状があります。熟知している人の顔を視覚的には認識できないのですが、元々知っている人であれば、声を聞いたり、服装・仕草・髪型・ヒゲ・メガネなど顔以外の特徴から、誰であるのかを判断することができます。
 相貌失認の責任病巣は、右ないしは両側の側頭葉・後頭葉原因説が有力です。特に、街並失認の責任病巣の後方に接する右紡錘状回・舌状回が有力視されております。紡錘状回は、側頭葉の下面に位置しています(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%A1%E9%8C%98%E7%8A%B6%E5%9B%9E)。舌状回(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%8C%E7%8A%B6%E5%9B%9E)は、後頭葉の一部です。
 責任病巣が近接していることより、相貌失認は街並失認と合併して生じることが多いです。
 「Mazzucchiらのレビューによると、相貌失認74例のうち約80%が男性であった」(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, p56)ことが報告されており、原因は明らかではありませんが明らかな性差があるようです。

 「鏡現象」(鏡像認知障害)という珍しい症状もあります。鏡現象とは、鏡に映った自分の姿を自分とわからずに話しかけたり、食べ物をあげようとしたりします。自分の鏡像にだけ話しかけ、鏡に映った他の人に話しかけることはまずないといった奇妙な現象です。
 北海道医療大学看護福祉学部臨床福祉学科の中川賀嗣教授は、文献において(http://www.rouninken.jp/member/pdf/15_pdf/vol.15_08-18-01.pdf)、「自己の鏡像認知が障害された後に、他者の鏡像認知が障害される(熊倉,1982)」ことが多いことを紹介しています。また鏡現象の責任病巣として、頭頂葉ないし前頭葉の機能不全である可能性を指摘しています(中川賀嗣:認知症性疾患の失語・失行・失認症状. 老年期痴呆研究会誌 Vol.15 92-96 2010)。
 若年性認知症を患ったクリスティーンさんは、鏡現象について以下のように語っています。
 「鏡の前を通ると、部屋の中に自分と一緒に知らない人がいると思って、跳び上がってしまうこともあるほどだ!」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p132)
 マルコ・イアコボーニは、自分の顔の認識(自己認識能力)には右半球の縁上回(えんじょうかい)が関与していることを裏づける実験結果を紹介しています(マルコ・イアコボーニ:ミラーニューロンの発見「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 塩原通緒訳, 早川書房発行, 東京, 2011, pp185-188)。
 縁上回(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%81%E4%B8%8A%E5%9B%9E)と角回は、頭頂葉の外側面にある脳回です。

メモ3:ミラーニューロン
 ミラーニューロンという用語が出てきましたね。ミラーニューロンについては、「ひょっとして認知症? Part1─物まねニューロンとアスペルガー症候群(その1)・脳がジェラートをほしがった(第442回)」において概略をお話しましたね。一部改変して以下に再掲しましょう。
 書店を歩いていて私が足を止めるのは、「認知症」、「脳科学」などの文字が目に飛び込んできた時です。
 2011年の秋、書店をぶらぶら歩いていて飛び込んできた文字は、『ミラーニューロンの発見「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学』という本のタイトルでした。著者はマルコ・イアコボーニ(塩原通緒 訳)、発行は早川書房です。本の帯には、「脳科学最大の発見」と書かれています。
 さて、このミラーニューロンとはいったいどのような細胞なのでしょうか。
 愛知医科大学精神科学講座の兼本浩祐教授が書かれた本のcolumnに簡潔にまとめられています(一部改変)。
 「ミラー・ニューロン(物まねニューロン)とは、たとえば自分が果物を手に取る時に駆動されるのと同じ脳部位が、対面している他者(ないしは他の動物)が果物を手に取っても駆動される現象を言う。原始的なものでは、一羽の水鳥が物音に驚いて飛び立つと、一斉に他の水鳥も飛び立つ現象などもこのニューロンの働きなのではないかと言われている。」(兼本浩祐:心はどこまで脳なんだろうか 医学書院, 東京, 2011, pp77-78)

 このミラーニューロンに関する最新の興味深い研究成果を自然科学研究機構生理学研究所(http://www.nips.ac.jp/)の定藤規弘教授が論文報告しておりますので以下にご紹介しましょう(一部改変)。
 「心の理論の神経基盤は、機能的MRIでよく研究されており、内側前頭前野、後部帯状回、ならびに頭頂側頭連合の関与が報告されている(Frith U, Frith CD:Development and neurophysiology of mentalizing. Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci Vol.358 459-473 2003)。一方、共感の神経基盤として、mirror neuron system、および辺縁系の関与が示されてきた。Mirror neuronとは、他個体の目標志向的な動作の観察、ならびに自らの同様な動作の両方に反応する神経細胞のことで、サルの単一ニューロン計測により前頭葉F5領域に存在することが記載された(Rizzolatti G, Craighero L:The mirror-neuron system. Annu Rev Neurosci Vol.27 169-192 2004)。その後、人間の脳機能イメージング研究により、同様な振る舞いを示す領域が、頭頂葉と前頭前野に存在することが示された。他者の運動の知覚と、自己の運動を同一領域で符号化していると目され、mirror neuron systemと名づけられた。
 ヒトの向社会行動の発達においては、共感が必要であるが、必ずしも十分ではないとされている。社会交換理論によると、利他行動も、社会報酬を最大にするような行動として選択されるのであり、経済行動と同一の枠組みで説明できるとしている。実際、他者からのよい評判という社会報酬と金銭報酬は、ともに得られることによって報酬系として知られる線条体を賦活すること、さらに、他者からのよい評判は、寄付という利他行為の動機を増強し、その際線条体の活動が増加することが機能的MRI実験により明らかとなった。すなわち、19人の成人被験者に金銭報酬と社会報酬を与えた時の神経活動を機能的MRIで観察したところ、金銭報酬と自分へのよい評価は、報酬系として知られる線条体で、同じ活動パターンを示した。これは、他者からのよい評判は報酬としての価値を持ち、脳内において金銭報酬と同じように処理されているということを示している。一方、他人からの評判が、実際に行動決定に影響を及ぼすことを証明するために行った、寄付行為の決定を課題とする機能的MRI実験では、寄付行為の社会的報酬価を、他者の存在・不在によって変動させたところ、他人の目の存在によって寄付行為が増加し、行為選択判断の際に起こる線条体の活動と相関した。この結果は、さまざまな異なる種類の報酬を比較し、意思決定をする際に必要である『脳内の共通の通貨』の存在を強く示唆する。他方、社会的報酬に特有な活動として、内側前頭前野の活動がみられたことから、他者からみた自分の評価は、内側前頭前野により表象され、さらに線条体により社会報酬として『価値』づけられることが想定された。すなわち、社会的報酬には、線条体を含む報酬系と、心の理論の神経基盤の相互作用が関与していることが明らかとなった(Izuma K, Saito DN, Sadato N:Processing of social and monetary rewards in the human striatum. Neuron Vol.58 284-294 2008)。
 以上の知見から、共感にはmirror neuron systemの関与が、社会的報酬においては報酬系の関与が、そして両者に共通して心の理論の関与が想定される。いずれの系も、その神経基盤に関する脳科学的な知見が急速に蓄積しつつある。機能的MRIをはじめとする、人間の脳機能イメージング技術の急速な進展により、向社会行動の発達を、生物学的基盤に立ってモデル化し検証する機は熟してしる。」(定藤規弘:機能的MRIによる社会能力発達における神経基盤の解明. 脳外誌 Vol.23 318-324 2014)
 定藤規弘教授らの研究成果はウェブサイト(http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2008/04/post-36.html)においても閲覧できます。


 『英単語 難しいと右脳、簡単なら左脳』というたいへん興味深い研究結果があります(2011年2月24日付読売新聞)。
 難しい英単語を聞くと、右脳の活動が高まり、易しい単語の時には左脳が活発に働くことが、首都大学東京の萩原裕子教授らが小学生約500人の脳活動を計測した研究で分かったそうです。
 記事によれば、「右脳は音のリズムや強弱の分析にかかわっているとされ、研究結果は、英語を覚えるにつれ、右脳から左脳に活動の中心が移る可能性を示している。外国語の習い始めには音を聞かせる方法が良いのかなど、効果的な学習法の開発につながるかもしれない。萩原教授らは、国内の小学1~5年生が、難度の異なる英単語を復唱している時の脳活動を測定した。abash、nadirなど難しい英単語を復唱する時は、右脳の『縁上回』と呼ばれる場所の活動が活発になり、brother、pictureなど易しい英単語では左脳にある『角回(かくかい)』の活動が高まった。萩原教授によれば、新しい外国語を学ぶ時には、まず右脳で『音』の一種として聞くが、慣れるにつれ、日本語を聞く時のように意味を持つ『言語』として処理するようになるとみられるという。」
 外国語の習得能力の違いなどに関して、東京大学大学院総合文化研究科の酒井邦嘉教授は対談(岩田 誠、酒井邦嘉 他:Leborgne報告から150年─人間の本質をみつめたBroca(後編). BRAIN and NERVE Vol.63 1361-1368 2011)の中で以下のように語っています(一部改変)。
 「第2言語としての英語の文法性をどのくらいうまく、自然に学べたかということを100人ほどの人たちを対象に調べてみると、脳の45野の左右差がはっきりしている人ほど文法が自然に習得できるという非常に強い相関が得られました。すなわち、解剖学的にアンバランスで、右脳が左脳に対してあまり干渉をしないほど、外国語の文法の習得が自然にいくらしいのです。」
 「女性は言語以外で非常に高い能力があり、黙っていても相手が何を言おうとしているのかが分かる、といった『共感化』の能力が長けているそうです。」
 「口数の少ない人のほうが、はるかに言葉の『あや』や、行間を読む能力に長けていて、実際にペンを持ったときにはるかに深いものが書けたりすることでしょう。雄弁に書いたり話したりするよりも、語らないことの中にこそ非常に深いものが表現され得るわけです。そういったところに作家の能力が現れて来るのではないかと思います。」

 最後に脳梁離断術という「てんかん治療」の話をします。専門的な内容ですがちょっとお付き合い下さいね。
 難治性てんかんの治療法の一つとして、脳梁を切断する脳梁離断術という手術があります。この手術の対象になるのは、主として小児です。
 部分てんかんの二次性全般化発作という種類のてんかん発作は、一側大脳半球のニューロンが過剰に活動して、その神経興奮が脳梁などを経由して対側の大脳に伝播します。Wilson(脳神経外科医)らは、脳梁離断術がこのようなタイプのてんかん発作の軽減に有効であることを発見しました。
 さて、脳梁を切断すると極めて特異な神経症状が起きることが知られています。一例をご紹介します(岩白訓周、笠井清登 他:脳梁の解剖と機能. Clinical Neuroscience Vol.28 1177-1180 2010)。
 「左の鼻孔から花の香りをかぐと、左脳が匂いの情報を受け取る。脳梁離断術後の患者が左の鼻孔だけで匂いをかぐと、患者は何の匂いであるか言葉で答えることができる。しかし、右の鼻孔で匂いをかぐと患者は何の匂いか呼称できない。実際には右脳は匂いを感じ、識別することができるが、言語中枢が存在する優位半球と情報連絡が行えないため言語化できないのである。」

 ソニー・コンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーの茂木健一郎博士は、著書(奇跡の脳の物語─キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳. 廣済堂新書, 東京, 2011, pp13-55)の中で、一世紀に一人出るかどうかわからない「キング・オブ・サヴァン」としてキム・ピークを紹介しています。
 キムは、生まれながらの脳梁欠損により「半球離断症候群」となっており、右脳と左脳が独立して機能しています。例えば、本を読むときには、右目と左目がバラバラに動いており、右目で右ページ、左目で左ページを別々に読むことができると紹介されています。

 「脳科学研究は医療や情報、電機など多くの産業分野に波及し、国内の関連市場は2025年に3兆265億円に達するとの見通しをNTTデータ経営研究所がまとめ」(2014年4月1日付日本経済新聞・科学技術)ており、現在の半導体市場に匹敵する見込みです。
 少々難しい話をしましたが、脳の神秘性・奥深さに触れ、脳科学にさらなる関心を持って頂けましたら幸いです。

他者の感情を読み取る力 [脳科学]

他者の感情を読み取る力
 皆さん、「こころの理論」って言葉聞いたことがありますか?
 これに問題がありますと、「自閉症スペクトラム」ではないんだけど、社会生活に馴染めないという状況に陥る方が出てきます。
 たいへん興味深い領域ではないかと思われますので、以下に関連事項をご紹介しますね。

P.S.
自閉症スペクトラム
 http://www.kaien-lab.com/aboutdd/asd/


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第515回『尿と便の困りごと―タクティールケアの根拠』(2014年6月10日公開)
 またオキシトシンの吸入によって、マカクザルが他者への報酬を考慮して意思決定を行う(=他者顧慮的選択)頻度が増加することも報告(Chang SW et al, 2012)されております(磯田昌岐:マカクザルを用いた社会脳研究の最近の進歩. BRAIN and NERVE Vol.65 679-686 2013)。

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コミュニケーション障害治療―愛情ホルモン点鼻(名大など臨床試験)
 愛情ホルモンともいわれる「オキシトシン」を、対人コミュニケーション障害の治療に用いる臨床試験が始まる。
 七週間にわたってオキシトシンを鼻から吸収させ、偽薬を与えた場合と比較する。効果は、他者の感情を読み取る力などを総合的に判定する。
【2014年10月31日付中日新聞・総合3面】


 私は、以上のようなことに関心が高いのでDaiGo(https://ja.wikipedia.org/wiki/DaiGo)のメンタリズムにも関心が高いんですよ。
 「他者の感情を読み取る力」と言いますか「社会的認知能力social cognition」&「こころの理論」に関しては、朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第12回『認知症の診断─もの忘れ検診』(2012年12月26日公開)の関連コメント(Facebookコメント)として言及しておりますので、以下に本文とともにFacebookコメントをご紹介致します。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第12回『認知症の診断─もの忘れ検診』(2012年12月26日公開)
 認知症の診断はどのようにして行われているのでしょうか。私が勤務する榊原白鳳病院の「もの忘れ検診」を例にとって説明しましょう。
 ところで、認知症の検診は、私が1996年7月9日に国内で初めて開設したものです。当初専門誌に投稿(笠間 睦:痴ほう専門ドックの開設. 脳神経 Vol.49 195 1997)した際には、「痴ほう専門ドック」と名付けていました。
 2004年12月24日、「痴呆」という呼称が「認知症」に改称されたのを契機に、「痴ほう専門ドック」を「もの忘れ検診」に改称しました。
 そもそも私が認知症の検診を開設した動機は、いたって単純なものでした。脳ドック受診者のアンケート調査を実施したところ、受診理由の3割が「認知症が心配なので」という動機であったからです。そこで、脳ドックから認知症の検診を分離独立させたのでした。
 榊原白鳳病院では、2010年4月より「もの忘れ検診」を実施しております。
 もの忘れ検診の検査項目は以下の4項目です。
 1)血液検査
 2)MRI検査
 3)認知機能検査:改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)および日本版/RBMT
 4)問診・診察
 以上の項目を約2時間かけて実施し、結果の説明をしております。検診費用は2万円(税別)であり非常に安価です。安価で実施できる理由には、脳血流検査を実施していないという要因もあげられます。

 まずは画像診断(CTないしはMRI)についてお話します。
 アルツハイマー病(AD)においては、内側側頭葉の萎縮に伴い、側脳室下角が拡大してきます。この所見は、比較的初期段階のADにおいても確認できるため、ADの画像診断上のポイントとなる所見です。

 アルツハイマー病研究会という盛大な研究会が毎年4月に東京で開催されています。その第九回学術シンポジウム(2008年4月5日)において、以下の報告がされました。
 認知症における重症度別脳萎縮出現率(MRIにて脳萎縮を認める%)は、軽度認知障害では15%、軽度アルツハイマー病では25%、中等度アルツハイマー病でも40%という報告でした。
 すなわち、初期アルツハイマー病の場合には、萎縮が確認されないケースが結構多いわけです。ですから、MRIだけではなく、認知機能検査の検査なども総合的に判断して、認知症であるかどうかを判定することになります。

 初期のアルツハイマー病(AD)では、海馬傍回が最も早く萎縮することが分かってきております。しかし海馬傍回の体積は小さく、CT・MRI などの画像写真では視覚的には評価が困難です。そこで考案されたのがブイエスラド(voxel-based specific regional analysis system for Alzheimer's disease;VSRAD)という早期アルツハイマー病診断支援のためのソフトウェアです(元・埼玉医科大学国際医療センター/核医学科の松田博史教授らが監修されており、エーザイ株式会社が無料提供しています)。
 VSRADではMRI画像を利用し、小さな海馬傍回の体積の萎縮度を正常脳と比較して数値化(Zスコア)します。すなわちZスコアは、被験者画像と健常者平均画像を統計比較した結果、平均値からどれだけの標準偏差分だけ離れているかを示す値です。Zスコア「2」とは、平均値から標準偏差の2倍を超えたものという評価となり、「5%の危険率で統計学的有意差をもってADの疑い有り」と判定されます。
 すなわち、Zスコアが2.0を超えているときには、ADの可能性が高いと判断されるわけですね。Zスコアの数値が境界付近にある場合には、経過を追ってZスコアの変化を見ていくことも必要となるケースがあります。
 Zスコア0~1:海馬傍回の萎縮はほとんど見られない
 Zスコア1~2:海馬傍回の萎縮がやや見られる
 Zスコア2~3:海馬傍回の萎縮がかなり見られる
 Zスコア3~ :海馬傍回の萎縮が強い

 ただし画像検査の結果だけで判断すると誤診に繋がります。画像検査は、あくまでも臨床診断の補助的役割という位置づけなのです。
 八千代病院(愛知県安城市)神経内科部長の川畑信也医師は、物忘れ外来を受診しMRI検査を受けた151名の解析では、VSRADのZスコアが2以上を示していた80名の中に健常者が3名(3.7%)含まれていたと報告しています。逆に、VSRADのZスコアが1未満を示していた29名の中にアルツハイマー型認知症患者が18名(62.1%)も含まれていたことを報告しております。また、VSRADの対象は50~86歳までの患者さんであることにも注意する必要があると述べています(川畑信也:日常臨床からみた認知症診療と脳画像検査─その意義と限界 南山堂, 東京, 2011, pp5-10)。

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社会的認知能力―人や社会との適切なかかわり
 社会において適切な行動をとり、ほかの人がどのように感じているかを読み取る能力を社会的認知能力social cognitionと呼ぶ。人の表情をみてその感情を読み取る(感情の認識recognition of emotions)、人のこころの動きの一般的なルール(こころの理論theory of mind)を理解する能力である。障害されると、社会から受け入れられる範囲を超えた不適切な態度をとることになり、友人や家族の反対を無視する行動や安全を無視した決断など、社会的な基準に適さない行動がみられる。
 認知症(DSM-5)では、社会から受け入れられる範囲を越えた態度をとる。衣服、政治、宗教、性的な会話などで皆に関心がない話題にこだわる、友人や家族の反対を無視する行動、安全を無視した決断(気候や社会的状況に不適切なもの)など、社会的な基準に鈍感な行動がみられる。
 軽度認知障害(DSM-5)では、行動や態度の微妙な変化、しばしばパーソナリティ変化とされるもの、たとえば社会的にしてはいけないことに気づくとか、ひとの表情をみて察するとかということが障害される。また、共感が乏しくなるとか、過度に内向き、外向きとなるとかといったことが、ときどきみられる。あるいは微妙なアパシーや不穏などもみられる。
 社会的認知能力は次のように評価される(DSM-5)。
●情動の認識recognition of emotions:
 強い情動を示している顔の絵をみてそれを理解する。
●心の理論theory of mind:ひとのこころや経験の状況を推し量る能力。写真をみせて、このカバンをなくした女の子はどこを探したらよいか、とか、この男の子はどうして悲しんでいるのか? といった質問をする。
【三好功峰:認知症─正しい理解と診断技法 中山書店, 東京, 2014, pp35-36】
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こころの理論
 この年齢の子どもたちの特徴の一つは、子どもたちだけの間で自由に遊ぶことが可能になることだ。また、他者の気持ちをうかがえることも一つの特徴になっている。こうした特徴は、プレマックとウッドロウにより提唱された「こころの理論」として研究が進んでいる。
ハルちゃん.jpg
 そこで、こころの理論の特徴的なテストである、誤信念課題を実施してもらった。このテストでは、図6-5(誤信念課題)のように、場面に登場する人物の一人が、この場面でどのように思っているのかを、子どもたちに推量してもらうのである。その結果、正答率は、4歳児では約30%、5歳児は約60%であったが、6歳児では80%に上昇した。4歳の頃は他者のこころを推察することが難しいようであるが、6歳になるとそれがほぼ可能になることを示している。
 【苧阪満里子:もの忘れの脳科学 講談社, 東京, 2014, pp153-154】

オキシトシン 対人コミュニケーション障害 タクティールケア 愛着形成  [脳科学]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第515回『尿と便の困りごと―タクティールケアの根拠』(2014年6月10日公開)
 タクティールケアの有効性を裏づける科学的根拠として、体内におけるオキシトシンの関与などが指摘されております。日本スウェーデン福祉研究所(http://www.jsci.jp)の木本明恵看護師は、「タクティールケアを通して肌に触れることにより、皮膚にある触覚の受容体が刺激され、知覚神経を介して脳に伝達され、脳の視床下部から血液中にオキシトシンが分泌される。血流によってオキシトシンが体内に広がることにより、不安感のもととなるコルチゾールのレベルが低下し、安心感がもたらされる。」と作用機序について言及しております(木本明恵:認知症高齢者に寄り添うタクティールケア. 老年精神医学雑誌 Vol.22 62-69 2011)。
 またオキシトシンの吸入によって、マカクザルが他者への報酬を考慮して意思決定を行う(=他者顧慮的選択)頻度が増加することも報告(Chang SW et al, 2012)されております(磯田昌岐:マカクザルを用いた社会脳研究の最近の進歩. BRAIN and NERVE Vol.65 679-686 2013)。
 医療法人社団二山会宗近病院の八木喜代子ゆうなぎ病棟師長は、夕暮れ症候群を呈し帰宅願望の目立っていた患者さんに対して、タータン人形を抱いてもらい、手のタクティールケアを毎日行ったところ、安心感が得られ不眠が解消した事例があったと報告しております(八木喜代子:認知症患者へのダイバージョナルセラピー・園芸療法・タクティールケア. 精神科看護 Vol.39 No.11 24-30 2012)。
 認知症を患った高齢女性にタータン人形などのドールセラピーを行うと、子育てという役割の賦与により認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)が顕著に改善することは確かによく経験されます。
 ちょっと高額ではありますが、近年では、ドールセラピーにおいてアザラシ型介護ロボット「パロ」(http://www.daiwahouse.co.jp/release/20101021153530.html)を活用している施設もあるようです。

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コミュニケーション障害治療―愛情ホルモン点鼻(名大など臨床試験)
 愛情ホルモンともいわれる「オキシトシン」を、対人コミュニケーション障害の治療に用いる臨床試験が始まる。山末英典東京大医学部准教授と岡田俊名古屋大医学部准教授、それに金沢大、福井大のグループが三十日発表した。
 対象は、かつてアスペルガ一障害といわれた病気が主体。現在は自閉スペクトラム症と総称される。他人の気持ちを表情などから読み取ることができず、コミュニケーションが苦手。多くが男性で、百人に一人以上いるが、有効な治療法はない。オキシトシンは脳から分泌されるホルモンで、出産時に陣痛誘発のために使われている。最近、授乳の促進や他者との信頼関係の強化、さらに親子のきずなを強める働きがあることが分かってきた。
 金沢大の棟居俊夫特任教授と福井大の小坂浩隆特命准教授らは、これまで自閉スペクトラム症の人にオキシトシンを投与し、症状の改善を確認した。東大の小規模な試験でも効果があると分かった。男性に対しては目立った副作用は報告されていない。
 今回は四つの大学で計百二十人の成人男性患者を募集する。七週間にわたってオキシトシンを鼻から吸収させ、偽薬を与えた場合と比較する。効果は、他者の感情を読み取る力などを総合的に判定する。
 研究グループでは「薬として認められるための第一段階。将来は女性や子どもにも使えるようにしたい」と話している。
【2014年10月31日付中日新聞・総合3面】

関連事項
母親から子どもへの愛着形成
 子どもの母乳頭吸啜を介して母親の下垂体からのプロラクチンの分泌が促進されます。これで母乳分泌は促進され、同時にオキシトシンが分泌促進され、母乳を乳腺腺胞から放出します(射乳反射)。さらにプロラクチンは母性増強、オキシトシンは精神安定作用を有しています(堺武男:母乳分泌の意義.周産期医学Vol.31 517-520 2001)。このように子どもが母乳を吸啜することは、母親から子どもへの愛着を強める効果があります。出産後7週目頃に生じる母親のうつ症状(産後うつ)が哺乳していないことと関係があるのは、出産後6~8週目の哺乳を維持するためのホルモン分泌機構が「うつ」の発症を予防しているのではないかと考えられています(Miriam HL:Effect of breastfeeding on the mother. Pediatric clinics of north America Vol.48 143-157 2001)。クラウス(Klaus, M.H.)とケネル(Kennell, J.H.)は、出産後2~3日の間に母子が一緒に過ごした時間について研究を行いました(Klaus MH, Kennell JH:母と子のきずな.竹内徹他訳 医学書院,1991)。接触の長いグループの母親は、子どもを頻繁に愛撫し、目と目を見合わせることが多く、子どもがおどろいた時など、すぐに抱きあやし、母乳哺育も順調で長く続きました。このグループの2歳時点の調査では、母親の子どもへのしゃべりかけ方に違いがみられました。長く接触したグループの母親は、表現豊かな語らいを多く使い、問いかけることも多かったが、接触の短かったグループの母親は、子どもに命令口調をとることが多かった。このことは出産直後の母親と子どもの接触を長くすることに母乳哺育は適しており、このことは母親から子どもへの愛着の形成に意味があることを示しています。

髪モテ師 2D:4Dの比率 [脳科学]

髪モテ師

 今、放送中の「激突!! ニッポン仕事人 若き才能vsベテラン技」、けっこう面白い!
 http://www.mbs.jp/nippon-shigotonin/

 何に~! 髪を切ってもらった女性の80%に彼氏ができる
 何と衝撃的な内容!

 髪モテ師・大悟さんのHPは↓
 http://ameblo.jp/motegamishi/

P.S.
 大悟さんが番組内で解説していた「2D:4Dの比率」の話、実は私が2010.9.28~2015.3.29に執筆担当(約4年半で1,337本の原稿を寄稿)しておりました朝日新聞社の医療ブログ「ひょっとして認知症?」(「アスパラクラブ」&「アピタル」)の第432回『加齢とからだ、加齢と知能─薬指の長さと男性ホルモン』においてご紹介したことがあるんですよ。
 以下にご紹介しますね。


2014.3.13公開
 http://apital.asahi.com/article/kasama/2014030400010.html(注:今はリンクされていません!)
《432》加齢とからだ、加齢と知能─薬指の長さと男性ホルモン
 たまには、ちょっと興味深いネタ話もご紹介しましょうね。
 2011年5月18日放送『ホンマでっか!? TV』において、テレビ朝日系『天才をつくる!ガリレオ脳研』などでお馴染みの人間性脳科学研究所所長の澤口俊之先生が「2D4D比」に関して言及しました。
 第4指(薬指あるいは環指)に対する第2指(人差し指あるいは示指)の比率(2D÷4D)である指比率(2D:4Dratio)は、胎児期の男性ホルモン暴露指標としてしばしば使用され、母体の胎内でさらされる男性ホルモンの量が多ければ薬指が長くなり(=2D:4Dの比率が小さくなる)、より男性的になるとの指摘があります。
 指比率(2D:4Dratio)に関する学術的な研究もあり、胎児の間に男性ホルモンの影響を強く受けて育った(2D:4Dの比率が小さい)男性は、「スポーツ選手や投機ビジネスに向いている」(http://www.daito-p.co.jp/blog/2011/04/14/)ことを紹介しております。
 なお、草食系男子(基準:①女性への興味が強くない、②何事にも態度が控えめ、③声が小さく従順な感じ、④色白で筋肉質ではない、⑤消化器系が弱いなど)と思われる平均年齢30.8歳の男性21名のホルモン動態、2D/4Dなどを調査した報告では、若年にもかかわらず加齢男性性腺機能低下(LOH)症候群の診断基準で境界域である遊離テストステロン11.8pg/mL以下を示す例は10名(47.6%)に認められたものの、2D/4Dはテストステロン分泌予測に有用ではなかった(ホルモン低値群もホルモン正常群ともテストステロン分泌が少ないとされる0.96[2D/4D]以上の値を示さなかった)ことも報告されております(池岡清光、小西未来、岡川泰子:草食系男子のホルモン動態. 日本医事新報No.4659 32-36 2013)。
 飲み会のひとときを楽しく過ごす話題の一つにはなるかも知れませんね。

 では、2D:4Dの比率が小さいことはすべてにおいて良いことか?と言えば答えはNo!です。2011年6月23日号Medical Tribune(Vol.44 p46)に、『薬指の長さでALSリスク予測』という記事が掲載されておりました。
 筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis;ALS)は多くの場合、手指の使いにくさや肘から先の力が弱くなり、筋肉がやせることで始まります。話しにくい、食べ物が飲み込みにくいという症状で始まることもあります。いずれの場合でも、やがては呼吸の筋肉を含めて全身の筋肉がやせて力が入らなくなり、歩けなくなり最後は寝たきりとなり、水や食べ物の飲み込みも困難となり、呼吸も十分にできなくなる神経難病です。残念ながらまだ病気の正確な原因は解明されておりません。女性よりやや男性に多く、中年以降に発症します。
 ロンドン大学キングズカレッジ精神医学研究所のAmmar Al-Chalabi教授らは、「出生前にテストステロン値が高いと、成人後に運動ニューロンのアンドロゲン感受性が低下するのではないか」と考え、ALS患者さんにおける2D/4D比を検討し、「ALS患者では、2D/4D比が低い傾向にある」と発表しました(Vivekananda U, Manjalay ZR, Ganesalingam J et al:Low index-to-ring finger length ratio in sporadic ALS supports prenatally defined motor neuronal vulnerability. J Neurol Neurosurg Psychiatry Vol.82 635-637 2011)。
 もし胚発生時という非常に初期の段階で受けた影響が、成人後の運動ニューロン病の発症に関与しているのだとすれば、発症機序の解明に結びつき新しい治療法の開発に繋がる可能性が出てくるかも知れませんね。

ママたちが非常事態!?2─イヤイヤ期の子どもへの対処法 [脳科学]

ママたちが非常事態!?2─イヤイヤ期の子どもへの対処法

 2016年3月27日に放送されましたNHKスペシャル「ママたちが非常事態!?2」(http://www.nhk.or.jp/special/mama/)におきましては、「イヤイヤ期の子どもへの対処法」も紹介されました。
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 ニューヨーク大学のクランシー ブレア教授が「抑制機能を育てる重要なポイント」について科学的に解説します!
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 詳細は、3月30日のFacebook動画としてアップロードしております。

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