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IT化の“最終ランナー” 保育の現場を変える [保育]

IT化の“最終ランナー” 保育の現場を変える

 IT(情報技術)化が最も遅れている職場の一つが、保育園だという。子どものプライベートな情報は、ネットになじまないからだ。一方で共働き家庭が増え、子どもを保育園に預ける時間が延び、親・子・保育士間のコミュニケーションの断絶が問題になっている。スマートフォン(スマホ)や交流サイト(SNS)を駆使して、相反する問題を解決しようとするサービスが出てきた。

■お昼時間に子どもの写真が届く
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 「みんな、ご飯はおいしいかなー?」。おおたかの森ナーサリースクール(千葉県流山市)の、3歳児クラスのお昼時間。子どもたちが一斉に「いただきます」と挨拶をすると、クラス担任の中嶋春香さんはポケットからスマホを取り出した。子どもたちに話しかけながら、おいしそうに食べる姿をスマホのカメラで撮っていく。
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 同園では、リクルートが提供するアプリ、「kidsly(キッズリー)」を1月から導入した。保育士は毎日、スマホで撮った写真にコメントをつけて、お昼時に保護者に送信する。保護者は「いいね!」ボタンやコメント、スタンプで返信。遠くに住む祖父母など保護者の家族らも登録をして、写真を見ることができる。
 写真以外にも、子どもの体温や機嫌などもアプリをつかって報告する。これまでは紙の連絡帳に手書きで一人ひとり記入していたが、アプリを使えば選択ボタンや予測変換機能が使える。12人分の記録で1時間かかっていたのが、20分でできるようになったという。
 中嶋さんは「子どもの様子をリアルタイムで知ってもらうことで、今まで話す機会が少なかった保護者ともコミュニケーションがとりやすくなった」と話す。保護者も、「お迎え前にその日子どもが何をしたのかがわかるので、子どもと話しやすくなった」と満足げだ。
 「3月にサービスを開始し、4月以降、全国30園程度まで広がる見通しだ」。リクルートマーケティングパートナーズの森脇潤一氏は手応えを感じている。
 森脇氏がキッズリーを開発したきっかけは、2年前に、3歳の子どもを持つ友人の女性が病死したことだ。彼女は、子どもや家族のことをノートに細かく記録していた。だが、夫がそれを知ったのは、亡くなった後だった。「仕事が忙しくて子どもの小さな成長を見逃していた」。そんな夫の悔やむ声を聞いた森脇氏は、「夫婦間でさえ、子どもの情報を十分に共有できない社会になっていることに気づいた」という。

■IT化に最も遅れている?
 保育園は、もっともIT化が遅れている就業現場の一つといってもいいだろう。子どもとの濃密な時間を過ごすために、アナログやヒューマニズムを重視し、テレビさえない保育園が大半だ。ましてや絵本の代わりにタブレットを使ったり、勤務中にスマホを使うことに抵抗感がある保育士も多い。
 保護者とのコミュニケーションはなおさらで、紙の連絡帳やプリント、壁に活動の様子が載った新聞を貼るなど、アナログな情報共有をよしとする風潮が一般的だ。
 だが、そのために子どもの情報共有に欠落や誤解が生じては元も子もない。保育園側もその自覚はあるという。「お迎え時間はあいさつするだけの保護者もいて、なかなか子どもの情報を共有できる時間がつくれない」(保育士の遠藤多佳子氏)。多くの保育園では紙の連絡帳を交換して、子どもの様子を伝えているが、「受け取るだけでちゃんと読んでもらえているのかわからない」と不安の声も大きい。
 保育の現場に詳しい鎌倉女子大学の小泉裕子教授は、「ここ数年でようやく情報共有の課題解決のために、IT化に乗り出す保育園が増えてきた」と話す。
 子どもの情報を共有するのは、保護者と保育士の間だけではない。8時間以上の延長保育を受ける子どもが増えたことで、保育士の間でも、子どもの様子を正確に伝え合うことがより重要になっている。「延長に当たる非常勤の保育士と、担任の保育士との役割や責任の所在が煩雑になることがある」(小泉教授)からだ。

■閉鎖型SNSが交流を深める
 子どもの様子という、きわめてプライベートな情報を扱うために、流出や悪用されることへの不安がIT化を遅らせていた背景もある。グローバルパートナーズ(東京・中野)が昨年6月からサービスを始めた「ストーリーパーク」は、そんな不安を払拭した。保育士や、小学校の担任はクラスごとのアカウントを持ち、子どもたちの写真や動画をアップロードできるが、公開範囲は「保護者」や「クラス全体」など、自由に選ぶことができる。「限られた人だけに公開されるので、保護者も安心して使える」(同社の久保一之社長)
 もともと、ストーリーパークが開発されたのは、ニュージーランドだ。ニュージーランドでは、写真などをつかった「保育の記録(ドキュメンテーション)」が重視され、その方法として教育現場でアプリが活用されている。久保社長が現地の学校を視察した際、リアルタイムで簡単に保護者とやりとりができるメリットを実感し、日本に持ち込んだ。
 もう一つの特徴は、子どもの記録だけではなく保育士や教諭自身の業務記録も残せることだ。「マイポートフォリオ」というページでは今までの投稿履歴が一覧で表示される。自動的に集約された業務記録をSNSで確認できるため、仕事の改善や次のアイデアにつながるという。同アプリをつかう東京コミュニティースクール(東京・中野)の永易江麻教諭は、「後で写真を振り返ることで、子どもの成長に気づくことも多く勉強になる」と話す。
 家族間SNS「ウェルノート」を提供するウェルスタイル(東京・渋谷)も、昨年4月から保育園や学習塾と連携し、子どもの様子を配信する「ウェルノートスクール」を始めた。ウェルノートは夫婦間だけではなく、遠くに住む祖父母や親戚を交えて、子育ての記録を共有できる。谷生芳彦社長は、「子どもが幼稚園に入ったことをきっかけに、子どもと一緒にいないときの思い出も家族で共有したいと思った」と話す。施設からの投稿は一方配信であるため、炎上のリスクはない。先生の負担増にならないように、コメントなどの反応が見られるのはあくまで家族内だけになっている。

■保育士のやる気向上にも
 保育士の声を聞いていると、当初は「保護者と距離が近くなることで、クレームがきたり、業務が増えたりするのでは」と心配する声も多かったようだ。だが、冒頭の中嶋さんは「始めてみたら意外に簡単で、むしろ保育の仕事が楽しくなった」という。「今まで疎遠だった保護者からもコメントをもらえたり、相談されたりする機会ができ、感謝されることが多くなった」(中嶋さん)
 保護者のクレームは、現場がわからないことに起因するケースも多い。1歳の子どもを預ける保護者は「子どもが何のことを話しているのかわからないことが多かったが、保育園から届く写真を見ると『このことだったのか』と気づくようになった」という。教育SNSで現場を「見える化」することで保護者と保育士をつなぎ、子どもを育てる新しいプラットフォームとなることが期待される。(中山美里)
 【2016/4/4 6:40日本経済新聞 電子版】

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