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ミトコンドリア脳筋症 [MELAS]

ミトコンドリア脳筋症(mitochondrial encephalomyopathy)
 古賀靖敏 久留米大学教授・小児科

疾患概念
A 病態
 ミトコンドリア脳筋症はヒトのエネルギー代謝の中核として働く細胞内小器官ミトコンドリアの機能不全により,神経,筋,心臓,腎臓など全身臓器に種々の症状を呈する遺伝性進行性変性疾患である.原因は,エネルギー産生に関与する種々の遺伝子の異常であり,ミトコンドリアDNAもしくは核DNAが関与する.

B 経過・予後
 エネルギー産生系の残存活性が低いほど,低齢かつ重症型(多臓器不全)で発症し,軽症であれば成人期に臓器障害で発症すると考えられるが,加齢とともに多臓器症状は進行し,慢性進行性変性疾患の経過をとる.

症候
 2002年の厚生労働科学研究班の疫学調査により明らかにされた疾患頻度による3大病型を示す.
A メラス(mitochondrial myopathy,encephalopathy, lactic acidosis and stroke-like episodes:MELAS)
 40歳以前に,頭痛,嘔吐,痙攣,視野異常,四肢の運動麻痺,意識障害などで発症する脳卒中様発作を特徴とする.急性期の頭部画像では,脳卒中と類似した異常所見を呈するが,主な脳動脈の血管支配領域に一致せず,また,異常領域が経過とともに拡大したり消失したりする.病初期は,脳卒中様発作に伴う上記症状も可逆的であるが,発作を繰り返すうちに,明らかな後遺症として残り,最終的には梗塞様領域の脳は萎縮する.合併症に,片頭痛,易疲労性,筋力低下,るい痩,感音性難聴,外斜視,眼瞼下垂,神経症,肥大型心筋症,WPW症候群などの心伝導異常,デ=トーニ・ドゥブレ・ファンコニ症候群de Toni-Debre-Fanconi syndrome,糖尿病,低身長,甲状腺機能低下症などの多内分泌疾患を伴うことも多い.患者の80%でミトコンドリアDNAのA3243G変異を認める.時間的・空間的にこのような脳卒中様発作を繰り返し,最終的には脳血管性認知症類似の経過で寝たきりもしくは多臓器不全で死亡する.日本のMELASコホート研究では,平均死亡年齢は,小児型で15歳2か月,成人型で40歳である。

B 力ーンズ・セイヤー症候群(Kearns-Sayre syndrome;KSS)/慢性進行性外 眼筋麻痺(chronic progressive external ophthalmoplegia;PEO)
 20歳以前の発症,網膜色素変性症,外眼筋麻痺の3徴に加えて,心伝導ブロックや100mg/dL以上の高蛋白髄液症,小脳失調のうち少なくとも1つが診られればカーンズ・セイヤー症候群と診断できる.
 …(中略)…

C リー脳症(Leigh encephalomyelopathy)
 幼少期(多くは2歳未満)から発症する精神運動発達遅滞,退行,食事摂取障害,痙攣,呼吸の異常,眼運動異常などを特徴とし,心,筋,腎,肝などの多臓器の症状を示す重症型である. (以下省略)
 【編/水澤英洋、鈴木則宏、梶 龍兒、吉良潤一、神田 隆、齊藤延人 著/古賀靖敏:今日の神経疾患治療指針・第2版, 医学書院, 東京, 2013, pp791-797】

ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(MELAS) [MELAS]

ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(MELAS)の高次脳機能障害

要約
 ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群の脳卒中様病変は側頭,頭頂,後頭葉に生じることが多く,この病変分布と関連した高次脳機能障害がしばしばみられ,皮質盲をはじめ,各種の失認や失語症などが報告されている。一方,このような局所性脳病変によるもの以外に,全般性脳障害に起因するミトコンドリア認知症という病態も提唱されており,遂行機能障害をはじめとする高次脳機能障害が報告されている。

はじめに
 ミトコンドリアはエネルギーを産生する細胞内小器官であり,骨格筋や中枢神経組織はミトコンドリアエネルギーに最も依存しているため,ミトコンドリア病では骨格筋や中枢神経の障害をきたしやすい。
 ミトコンドリア病の代表的な病型としては,本稿で扱うミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(mitochondrial encephalo-myopathy,lactic acidosis and stroke-like episodes:MELAS)のほか, …(中略)…
 この中でも最も多い病型は,頭痛,てんかん,および脳卒中様発作を臨床的特徴とするMELASである。
 MELASにおける脳卒中様発作は一般の脳血管障害とは異なる特徴を有するが,大脳皮質を中心とした局所性脳病変が出現することにより,種々の高次脳機能障害を呈し得る。一方,脳卒中様発作とは異なる病態に基づく変性過程によるものとして,より全般性の脳障害に起因する高次脳機能障害についても報告されており,ミトコンドリア認知症という概念として捉える立場もある。ここでは,MELASの脳卒中様発作による局所性脳病変に起因する高次脳機能障害と,全般性脳障害に起因する高次脳機能障害とに分けて論じることにする。

Ⅰ. 脳卒中様発作による局所性脳病変に起因する高次脳機能障害
1. 脳卒中様発作の特徴
 MELASに特徴的な神経症候は,片頭痛発作類似の悪心,嘔吐を伴う頭痛発作,繰り返すてんかん発作,および脳卒中様発作である。
 …(中略)…
 中核症状である脳卒中様発作の病態はいまだ不明な点も多いが,その出現頻度は84~99%とされる。MELASによる脳卒中様発作における脳病変の特徴は,血管支配領域とは一致しない大脳皮質を中心とする浮腫性病変であり,出現する局所性脳病変によりさまざまな高次脳機能障害が起こり得る。しかし,一般の脳血管障害とは異なり,MELASの脳卒中様発作における初期病変は,しばしば数週間かけて周辺皮質に連続的に進展するほか,てんかん発作を伴うことも多い。また,病巣の消退を伴う神経症候の改善をみることが多い点も一般の脳血管障害の臨床経過とは異なっている。さらには,しばしば脳卒中様発作を繰り返しながら,高次脳機能障害は段階的に増悪する。
 …(中略)…
 このような背景のためか,MELASの脳卒中様発作における高次脳機能障害に関する系統的な研究報告は見当たらない。一方,MELASの脳卒中様発作における病巣分布パターンとしては,側頭,頭頂,後頭葉に生じることが多いことが知られている。
 …(中略)…

2.視覚性の高次脳機能障害
 高次脳機能障害としてしばしばみられるのは,後頭葉の病変に起因する視覚に関連した症候であり,両側の後頭葉から視放線の病変による皮質盲の頻度が高いことが総説や症例集積研究において記されている。

3. 言語障害

4. その他の症候
 …(中略)…
 「視線を動かしても一度みた映像が持続してみえる」という視覚性保続や,「みえないはずの位置に実際の映像がみえる」といった視覚性知覚転位などの特異な症候が経過中の一時点において観察され,症候出現の背景としてはてんかん性の病態の関与も想定された。
 …(中略)…

Ⅱ. 全般性脳障害に起因する高次脳機能障害(ミトコンドリア認知症)
 MELASでは認知症と呼べる状態に陥る頻度は40~90%と高いとされているが,脳卒中様発作による局所性脳病変の蓄積が少なからず関与しているものと推測される。
 (以下省略)
 【市川博雄:ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(MELAS)の高次脳機能障害. BRAIN and NERVE vol.68 151-157 2016】

私の感想
 ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(MELAS)って聞き慣れない病名です(少なくとも私は経験がありません)が、見方によっては、レビー小体型認知症とよく似た状態を起こしますよね。
 ですから、レビー小体型認知症(DLB)の鑑別診断として念頭に置くべきかも知れません。ただし、DLBは高齢発症であるのに対して、MELASの報告例は比較的若年発症のケースが多いようですから、鑑別診断として考える必要はなさそうですね。
 市川博雄先生の所属は、昭和大学藤が丘病院(横浜市)の脳神経内科となっております。

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