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佐藤雅彦:認知症になった私が伝えたいこと 有効視野 注意障害 [アルツハイマー病]

佐藤雅彦さんの著書.jpg
 そして相談の結果、とりあえず三カ月の病気休暇を取ることになりました。
 休暇に入った私は、アルツハイマー病のこと、これからのことを知りたくて、本を買ったり、図書館で探したりして、読みあさりました。
 本に書かれている内容は、診断を受けた本人のためというよりは、介護する家族や、医療・介護の専門家向けのことばかり。
 「多くの場合、六年から一〇年で全介護状態になる」という記述を見つけ、あらためて愕然とし、さらなるショックを受けました。本を読めば読むほど、
生きる自信がなくなっていきました。
 もう、仕事を続けるのは無理だと、はっきり思いました。「本来であれば、
まだまだ現役で、バリバリ仕事をしている年齢なのに」と無念でしたが、でも、仕事だけで人生を終わりたくありませんでした。
 病気休暇の期間が終わった二〇〇六年二月八日、私は二五年勤めた会社を退職しました。

生きていくことが揺さぶられる
 退職後、しばらくの間は、それまで続けていた教会の礼拝やボランティアに通ったり、本を読んだりして、毎日を過ごしていました。
 しかし、「これからどうしたらいいのか……」と考え始めると、将来が見えず、不安が不安を呼んで、どんどん落ち込みました。
 病気により、記憶に障害が起きることがわかったので、毎日の自分の行動をノートに記録することにしましたが、メモを取ろうとしても、漢字が書けない。
ひどいときには、メモそのものができない。字が乱れて、あとでどう読んでいいのかわからなかったり。だいたい、そのノートをなくしてしまうのです。
 それで、ノートに書く代わりに、私の得意なパソコンで、日記をつけ始めました。
 ある日、銀行に記帳に行くと、引き出した覚えのない金額が記載されている
ので、驚きました。あわてて日記を読み返すと、「財布を忘れた」とか「午前中の記憶がない」といった記録ばかりが目につきました。
 当時の日記の一部を、ここに引用します(原文のまま、一部仮名)。

2006.3.13
 銀行の通帳記入にいくが、3月6日に3万円のひきだしがあるがまったく思い出せない。
 …(中略)…
2006.3.26
 信号が赤なのに目にはいらす横断しようとした。
2006.3.27
 まだ、本を読む気力が残っていることがありがたい。
2006.3.30
 「やさい」とゆう漢字が書けない。
 …(中略)…
2006.5.31
 夕食の弁当を買ったのに、忘れてまた夕食の材料を買いにいく。
2006.6.4
 12年間付き合いのある教会員のAさん、Bさんの名前がすぐにでてこなかった。
 【佐藤雅彦:認知症になった私が伝えたいこと. 大月書店, 東京, 2014, pp26-31】

私の感想
 「信号が赤なのに目に入らず横断しようとした。」という症状、実に怖いですよね。
 この症状は、視野が狭くなっているためなのか、注意障害なのかどちらなんでしょうかね。
 関連事項を以下にご紹介します。

《ひょっとして認知症?―第232回》注目される自動車運転の問題─競馬馬の目隠しをつけてトンネルをのぞく感じ(2013.8.19公開)
 「有効視野」と聞きますと、私は、眼球運動異常とアルツハイマー病との関係を研究した報告(http://lib.nagaokaut.ac.jp/kiyou/data/study/k24/K24_8.pdf)を思い出します。
 特定のターゲットの探索に関与しているのは、前頭眼野という部位です(ダーリア・W・ザイデル:芸術的才能と脳の不思議─神経心理学からの考察 河内十郎監訳,河内薫訳 医学書院, 2010, p189)。
 若年性認知症を患ったクリスティーンさんは、視野の制限について以下のように語っています。
 「競馬馬の目隠しをつけてトンネルをのぞいているような感じだ。周辺視野は狭くなり、まわりではっきりとした動きがあると、私はすぐにビクッと驚いてしまい、それまでの行動をじゃまされてしまう。まるでウインカーが点滅し続けているみたいだ。」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p132)
 また、クリスティーンさんは、車を運転することの難しさについても言及しております(一部改変)。
 「あなたに認知症があって、まだ車の運転をしているならば、いつまでそんなふうに人に頼らずにやっていけるのかと考えるだろう。ちょっと車が接触しただけでも、みんなから認知症のせいにされないだろうかと心配になる。車の運転をあきらめることは、認知症の人とその家族にとって、深い心の傷になる。現在、私は緊急時だけ運転することにしているが、我が家のある静かな田舎でも、家から二つ三つ通りを行くだけで私はとても不安になる。不測の事態に対して絶対に素早く反応できないと思うし、目先の道路に焦点を定めて集中するのはとても難しい。さらには、すべてのペダル、レバー、文字盤、ライトを覚えて、それらがどう動くのか、何のためのものか、そして自分が次にすべきことは何なのか、覚えておかなくてはならないのは大変なことなのだ。」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, pp133-134)
 では、有効視野が低下してくるとどのような交通事故を起こしやすくなってくるのでしょうか。
 「通常、我々は運転中、視線を向けて網膜の中心で事物を捉える中心視とその周辺の情報にも注意を配る周辺視との両者を同時並行している。有効視野(Useful Field of View;UFOV)検査では、中心視と同時に意識でき、すばやい課題反応に活かされる周辺視野の範囲(有効視野)を評価する。Clayらによるメタ分析では、UFOV検査と否定的な運転行動の生起との関連が十分な効果量をもって(Cohen's d=0.95)示されている。高齢者では若齢者に比べて、放射方向へ周辺距離が増すにつれてUFOV課題の成績が低下する有効視野の狭隘が生じる。こうした有効視野の狭隘を本質とした視空的注意の障害は、交差点で出会い頭に衝突する事故が多いとされる高齢運転者一般の危険運転をよく説明するものであり、エビデンスも蓄積されている。」(河野直子:認知機能低下と運転適性:一般及び軽度認知障害の高齢運転者を対象とした研究動向. Dementia Japan Vol.27 191-198 2013)

メモ:Cohen's d
 2グループの平均値の差を比較するt検定という手法があります。この手法では、効果量(Effect Size)として、dという指標を使います。dが0.2より大きいとき効果量は小さい(small)と言い、dが0.5より大きいとき効果量は中くらい(medium)と言い、dが0.8より大きいとき効果量は大きい(large)と言います(http://www.mizumot.com/method/mizumoto-takeuchi.pdf)。

《ひょっとして認知症?―第233回》注目される自動車運転の問題─「注意障害」が運転に与える影響(2013.8.20公開)
 なお、「注意障害」が運転能力に及ぼす影響も大きいと思われます。
 筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学の朝田隆教授は、著書の中で認知症の人の運転特性について次のように述べています(朝田 隆編集:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか 医学書院, 東京, 2011, p173)。
 「当初は注意不足や道を忘れたことに起因するトラブルである。あまり知られてないが、運転中にセンターラインに寄っていくという運転パターンは認知症の人では結構あるようである。注意すればしばらくの間は訂正できる。また1車線の道路では本人にとっての仮想センターラインがあるらしい。そこで次第に道路の左に寄っていくため側溝に落ちそうになるという話も家族介護者からよく聞く。」
 センターラインに寄っていく場合も、道路外側に寄っていく場合もあるようですね。私がよく見かけるのは、片側2車線の道路で左車線を走っている車が、右車線にはみ出してくるケースです。そのような時に運転者の方を確認しますと、ほとんどの場合、かなりご高齢の方です。おそらく何らかの認知機能障害と関連しているのではないかと思っております。

 ちょうど良い機会ですので、注意障害についてもう少し詳しくお話しておきましょう。
 注意障害っていったい何でしょうか。主な注意機能には、「持続性注意」「選択的注意」「注意の配分」の3つがあり(藤田郁代、関啓子/編集 大槻美佳/著 標準言語聴覚障害学・高次脳機能障害学 医学書院, 東京, 2009, p134)、いずれも前頭葉が関与する機能とされています。
1 持続性注意
 継時的に注意を持続させる能力。
 関与する部位としては、右前頭葉という報告が多いです。
2 選択的注意
 複数の刺激の中から、目標とする刺激を選択して注意を向ける機能。
 この機能も右前頭葉が関与するとされています。
3 注意の配分
 複数の作業を同時に行う場合に、うまく進めるのに最適な注意の配分を采配する能力。
 言語性の課題では左前頭葉が、非言語性の課題では右前頭葉が関与するとされています。

Facebookコメント
 「Sustained attention(持続性注意)とは、注意を一定時間維持することである。この障害によって同じ作業量の処理時間が長くなり、単位時間でこなせる業務量が減る。
 Selective attention(選択性注意)は本来の標的と無関係の外的ノイズ(周囲の会話、聞こえてくるテレビ・ラジオの音声など)や内的ノイズ(自分の心に浮かぶ心配事や関心事など)に気をとられず、本来の標的に注意を向けることを指す。この機能に障害があると不要な刺激にすぐ注意が逸れてしまう。
 Alternating attention(転換性注意)は2つの作業を交互に行うことで、一方の作業中は他方を中断する(例:文書作成中に電話がかかってきたら、ワープロ業務をいったん中断して電話対応のみ行う)。処理プロセスの切り替えが必要となる。
 Divided attention(分配性注意、分割的注意など、ここでは前者)は複数課題を同時進行で行う(先の例では書類作成を続けながら電話対応する)機能である。」(豊倉 穣:注意とその障害. 精神科 Vol.23 152-162 2013)

Facebookコメント
注意障害を疑う症状・所見(豊倉 穣:注意とその障害. 精神科 Vol.23 152-162 2013)
・物事に注意を集中できない、落ち着きがない
・物事を継続するのに促しが必要
・経過とともに作業の効率が低下する、ミスが目立つようになる
・同じことを何度も聞き返す
・作業が長く続けられない
・騒々しく気が散る場面では作業がはかどらない
・グループでの討論についてゆけない
・反応や応答が遅く、行動や動作がゆっくり
・「すぐ疲れる、眠い、だるい」などの訴え
・活気がなくボーとしている
・すぐ注意が他のものに逸れてしまう
・2つの事柄を同時に処理、実行できない
・不注意によるミスがある
・物事の重要な部分を見落とす
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