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高次脳機能障害 [高次脳機能障害]

高次脳機能障害

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第72回『シリーズ・高次脳機能障害を学ぶ その1』
 高次脳機能障害(こうじのうきのうしょうがい)という言葉を聞いてイメージが湧きますか?
 あまり聞き慣れない言葉ですよね。

 2011年4月15日付朝日新聞・生活に、『失語症の被災者 ケアを』というタイトルの記事が紹介されました。
 実は、この「失語症」は、高次脳機能障害の代表的な症状の一つなのです。

 高次脳機能障害に関しては、なかなか平易に説明するのが難しい分野ですので、専門的な用語がどうしても多くなってしまいますが、認知症の症候学を勉強するうえでも大切な基礎知識となりますので、断片的で結構ですので頭の片隅に残して頂ければ幸いです。

 高次脳機能障害とは、脳損傷に起因する認知障害全般を示すものであり、脳の損傷部位によって症状は異なります。具体的な症状としては、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、失語症などがあります。
 発症原因としては、脳血管障害(主として脳出血と脳梗塞)と脳外傷が主な疾患で、脳外傷としては交通事故によるものが最多です。脳腫瘍によって起きる場合もあります。

 症状の中でいくつかのものは既に説明しておりますが覚えておられますか?
 シリーズ第5回の「萎縮がないのにアルツハイマー病?」においてアルツハイマー病(AD)の診断基準を説明した際にお話しております。良い機会ですから復習しておきましょうね。
 ADの診断基準では、記憶障害以外に、4つの認知障害(失語、失行、失認、実行機能の障害)のうち少なくとも1つが存在することが診断の基準になっています。記憶障害だけでは、アルツハイマー病とは診断されないわけです。
 失語とは言語障害、失行とは運動機能は正常でも運動を遂行できないこと、失認とは感覚機能は正常でも対象の認識等ができないこと、実行機能障害(遂行機能障害)とは、作業を順序立てて効率よく行うことができなくなることでしたね。
 アルツハイマー病においては、「健忘失語」という、物の名前が出てこないというタイプの失語が多いです。
 実行機能(遂行機能)とは、「目標設定」、「計画立案」、「目標に向けての計画の実行」、「効果的行動」からなり、これらの機能が障害される遂行機能障害においては、目的をもった行動や動作の遂行が困難な状態となります。平たく言えば、料理・掃除・仕事・後片付けなどの「段取り」が悪くなります。テレビのリモコンやタイマーのスイッチが取り扱えなくなるなどの道具使用障害も遂行機能に関連した障害です。
 『バナナ・レディ(前頭側頭型認知症をめぐる19のエピソード)』(Andrew Kertesz著 河村満・監訳 医学書院発行, 東京, 2010)という著書のエピソード16では、遂行機能(エグゼクティブ・ファンクション)に関して言及されております。
 「行動を『遂行』するのに必須の脳内の要素は『ワーキングメモリ』であり、言い換えれば、適切な行動を決定するために、直前に起こったことを頭にとどめつつ過去の経験と照らし合わせる過程である。遂行機能はアルツハイマー病や脳卒中など、前頭側頭型認知症(FTD)以外にも多くの神経疾患や精神疾患で障害される。また、健常者でも加齢に伴い遂行機能は低下する。遂行機能の障害は特異性は低くても、FTDの初期にも感度が高く、最初に現れる症状となりうる。」
 『バナナ・レディ』に関しては、後日詳しくご紹介致します。

 遂行機能の障害って簡単に分かるの?

 遂行機能(前頭葉機能)を特別な道具などは使用せずにベッドサイドで簡単に評価するためのスクリーニング検査として、ファブ(Frontal Assessment Battery at bedside;FAB)という検査があります。
 18点満点で、16点以下で障害が疑われます。
 FABのカットオフ値(疾患の有無を決定するための値)は、報告によって若干異なります。前島らは12/13点としています(前島伸一郎:高齢者におけるFABの臨床的意義について. 脳神経 Vol.58 145-149 2006)。しかし前頭側頭型認知症(FTD)の診断においては、FABのカットオフ値は9/10点と厳しく設定すべきという意見もあります。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第73回『シリーズ・高次脳機能障害を学ぶ その2』
 高次脳機能障害の症状で頻度が高い症状は、記憶障害、人格情動障害(感情障害とも言い、行動障害と情動障害が含まれます)、注意障害、遂行機能障害が挙げられ、失語・失行・失認といった古典的高次脳機能障害の頻度は比較的少ないことが指摘されています(橋本圭司:高次脳機能障害リハビリテーション. J Rehabil Med Vol.47 856-861 2010)。
 橋本圭司先生は、「高次脳機能障害は、時に認知症と診断されることがあります。しかし、認知症は、まずは記憶障害の存在が確認されている必要がありますし、元々の定義が異なります。しかし、左大脳半球が広く損傷された脳卒中患者さんの場合、記憶障害に加え、失語、失行、失認、遂行機能障害のすべてをきたすことがあります。そうなると認知症と診断されてしまう可能性があります。」(高次脳機能障害 PHP新書, 東京, 2010, pp35-40)と述べています。
 住友病院副院長の宇高不可思先生も、「主幹動脈の閉塞により失語・失行・失認などの複数の認知機能が障害されている場合は、広義には認知症の定義を満たすが、脳血管性認知症というよりはむしろ『脳梗塞による後遺障害』とすべきである」(Clinical Neuroscience Vol.29 307-310 2011)と述べています。
 厚生労働省が定義する診断報酬上の高次脳機能障害の診断基準においても、進行性疾患であるアルツハイマー型の認知症や先天性疾患は除外されています(渡邉修:高次脳機能障害のリハビリテーション. 日本医師会雑誌 Vol.140 30 2011)。

 また橋本圭司先生は、患者さん自身が病識の欠如により自分自身の障害を認識していないという問題点を指摘し、高次脳機能障害の問診に際して、「チェックリスト」を患者さんだけではなく家族にも渡して、「本人と周囲の認識のギャップ」を正確に描出することが大切であると述べています。
 使い勝手の良いチェックリストですが著作権の関係がありご紹介できるのはごく一部ですので、全文は原著(橋本圭司:高次脳機能障害がわかる本. 法研,東京,2007)をご参照下さい。
 高次脳機能障害のチェックリスト
1)前頭葉
 相手の気持ちを思いやることができない
 注意・集中力がない
 やる気が起こらない
2)側頭葉
 人の話を聞いても理解できないことがある
 人との約束を忘れることがある
3)頭頂葉
 いま自分がいる場所がわからなくなることがある
 服をうまく着ることができないことがある


 (臨時シリーズのため中断)


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第78回『シリーズ・高次脳機能障害を学ぶ その3』
 4つの認知障害(失語、失行、失認、実行機能の障害)のうち実行機能障害に関しては既に詳しく説明しましたので、残りの認知障害に関してもう少し詳しくお話しておきます。
 失語は大きく分けて2つのタイプがあります。運動性失語と感覚性失語です。
 左前頭葉には運動性言語中枢があり、この部位が障害されると運動性失語(ブローカ失語)が起きます。言葉の表出面が強く障害されるタイプの言語障害で、話し言葉の理解面は比較的保たれています。「めがね」とか「時計」などの単語が出ず(喚語困難)、「あれ」とか「それ」と言います。一般的には、漢字より仮名を書くことが困難となります。
 左側頭葉には感覚性言語中枢があり、この部位が障害されると感覚性失語(ウェルニッケ失語)が起きます。聴覚理解が強く障害されるタイプの言語障害で、流暢に話すことは可能ですが実際の名称と異なった名称を言う(錯語)ことが多く「めがね」のことを「時計」などと言いますので、「言語明瞭・意味不明」と表現されます。理解が強く障害されていますので、例えば「おいくつですか?」と質問しても、「はい、佐藤太郎です。」などと答えます。
 『失語症の被災者 ケアを』(2011年4月15日付朝日新聞・生活)においては、「NPO法人コミュニケーション・アシスト・ネットワーク(CAN)がサイト(http://www.we-can.or.jp/)に支援方法をまとめ、失語症の人には『はい(うなずき)』か『いいえ(首振り)』で答えられる質問をする」といった具体的な方法を紹介しています。
 失語症のリハビリテーションにおいても、このYes/No反応から徐々にコミュニケーションを拡げていくという手法はよく用いられるものなのです。

 次に、失行の代表例をいくつかご紹介しましょう。
 観念運動(性)失行は、例えば手で「キツネ」の形を構成するのが困難となるものです。近年普及しつつある山口式キツネ・ハト模倣テスト(Yamaguchi fox-pigeon imitation test)の第一段階のテストがキツネですね。テスト方法は、「私の手をよく見て同じ形を作って下さい」と一度だけ指示し、キツネ次いでハトで実施します。10秒間提示し、この間にできれば合格です。
 観念(性)失行とは、運動能力には問題がないのに物品を正しく操作できない状態です。例えば、歯ブラシを目の前に置いて「これを使って下さい」と指示しても、使い方が分からず間違った使い方をするものです。
 観念運動(性)失行および観念(性)失行は、左頭頂葉を中心とする病変において観察されることがあります。
 着衣失行は衣服の着脱の障害です。右頭頂葉原因説が有力です。認知症の人は、しばしば衣服を逆様(後前)に着ます。軽度認知症の人は着衣失行にショックを受けますので、前後のない単純な衣服を使い本人のプライドを傷つけないように配慮することも大切です。
 
 最後に、失認の代表的なものをご紹介します。
 相貌失認は、よく知っているはずの人物を顔によって同定できず、時には鏡に映っている自分の顔さえも分からなくなるものです。右ないしは両側の側頭葉・後頭葉原因説が有力です。
 病態失認とは、明確な意識障害がないにも関わらず自分自身の麻痺に気づかず、またその存在をも否定する症状です。右頭頂葉原因説が有力です。しかし、右中大脳動脈領域の広範な脳梗塞あるいは右被殻出血などでしばしば認められることから、右頭頂葉だけではなく基底核病変なども関与している可能性があります。

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第79回『シリーズ・高次脳機能障害を学ぶ その4』
 ADにおける「病識欠如」は有名ですね。お困りの症状は何ですか?と尋ねても、「困っている症状はありません」と病識を欠くことがしばしばです。病識欠如・自発性低下は、前頭葉障害によるものです。
 昭和大学横浜市北部病院内科の福井俊哉准教授は、著書『症例から学ぶ戦略的認知症診断』(南山堂発行, 東京, 2011, p2)の中で以下のように述べています(一部改変)。
 「病識は、『ある』・『ない』と二分できるものではありません。初期段階では、ある程度の病識は残っています。しかし進行して病識が障害された認知症の方に受診理由を聞くと、高齢者のよく遭遇する身体的愁訴(『腰・膝が痛い』・『目が悪い』など)に置き換わり、場合によっては、『自分はどこも悪くないが家族に連れてこられた』といった責任転嫁とも聞こえる病識欠如もある。」
 ADよりもさらに病識欠如が顕著であるのは、シリーズ第22回で紹介したピック病です。前頭側頭型認知症(FTD)の代表がピック病でしたね。ピック病では前頭葉と側頭葉底部が主として障害されます。群馬大学脳神経内科学の岡本幸市教授は、「前頭葉穹隆面の障害では無欲型(自発性低下・無関心など)となり、前頭葉底面と側頭葉の障害では脱抑制型の症状が主体である」と述べています(Clinical Neuroscience Vol.29 332-333 2011)。すなわち、脳前方領域の障害により抑制が解除され、大脳辺縁系(メモ参照)や大脳基底核の機能が解放されたために、「わが道を行く(脱抑制)行動」は引き起こされるのではないかと推察されています。
 認知症における病識の有無を評価する方法としては、數井裕光医師らが邦訳改変した「日本版生活健忘チェックリスト」などがよく用いられます(Dementia Japan Vol.21 205-214 2007)。
 病態失認とADにおける病識欠如は、そもそもの概念が違いますので混同しないで下さいね。病態失認とは、狭義には脳損傷による自分自身の運動麻痺の症状を否定するものです。

メモ:大脳辺縁系
 大脳新皮質の内側にあり、海馬、扁桃体、帯状回などの部位が大脳辺縁系に属します。大脳辺縁系は、側坐核と相互に結合しています。側坐核は「やる気」を担当しています。側坐核に関しては、後日詳しくお話します。
 大脳辺縁系は大脳の古い皮質であり、人間が動物として生きて行くために必要な機能を司っている部位と捉えられています。怒り・悲しみ・恐怖などの情動と密接に関係している領域です。
 帯状回は、意欲・活動性を司っている部位です。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第80回『シリーズ・高次脳機能障害を学ぶ その5』
 さて、高次脳機能障害において頻度が高い症状の一つに「注意障害」が挙げられることを前述しましたね。
 注意障害っていったい何でしょうか。主な注意機能は以下の3つです(標準言語聴覚障害学・高次脳機能障害学 医学書院, 東京, 2009, p134)。
1 持続性注意
 継時的に注意を持続させる能力。
 関与する部位としては、右前頭葉という報告が多いです。
2 選択的注意
 複数の刺激の中から、目標とする刺激を選択して注意を向ける機能。
 この機能も右前頭葉が関与するとされています。
3 注意の配分
 複数の作業を同時に行う場合に、うまく進めるのに最適な注意の配分を采配する能力。
 言語性の課題では左前頭葉が、非言語性の課題では右前頭葉が関与するとされています。

 これらの注意障害は、臨床の現場では、「抹消課題」などの検査で評価されます。抹消課題とは、たくさんの文字や記号の中から、特定の文字や記号のみを選択抹消する検査です(リハビリナース、PT、OT、STのための患者さんの行動から理解する高次脳機能障害 メディカ出版, 大阪, 2010, pp154-163)。

 脳外傷による高次脳機能障害に関しては、益澤秀明先生(脳神経外科医)が詳しく報告しています(脳神経 Vol.55 933-945 2003)。
 臨床症状は、認知障害と情動障害・人格変化(人格情動障害)です。
 認知障害は、物忘れ(今しがた見聞きしたことを記憶できない)や判断力の低下、遂行機能障害、自己洞察力の低下(自分の能力低下に対する自覚が欠如し、周囲との軋轢をきたす)などです。
 人格情動障害としては、感情易変、不機嫌、易怒性、攻撃性(=若年者ほど目立つ)、暴言・暴力、幼稚、羞恥心の低下、自発性の低下、病的嫉妬、被害妄想、人付き合いが悪い、わがまま、すぐキレる、反社会性などであり、外傷前には優しかった人でも人柄が変わったようになります。軽症の場合は、次第に落ち着きを取り戻して元の穏やかな人格に戻っていきます。しかし重症例では、回復が遅れ後遺症として残る場合もあります。
 認知障害は検査で客観的に評価できても、人格・性格変化は検査で測定できないため見逃されやすいという問題点を益澤秀明先生は指摘しています。

 2001年度から2005年度までの5年間、高次脳機能障害支援モデル事業が実施されました。厚生労働省はモデル事業の実施により、高次脳機能障害の診断基準・標準的訓練プログラム・標準的支援プログラムを作成しました。また障害者自立支援法の施行により、高次脳機能障害支援普及事業として各都道府県に支援拠点機関を設けました。
 「高次脳機能障害.net」(http://koujinou.net/)には、診断基準、症状の解説、都道府県別の支援拠点機関などの情報が掲載されておりますので、相談先が分からないときには先ずはこのサイトで情報入手されると良いと思います。
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