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コロナ禍で迫られる「命の選別」への処方せん [新型コロナウイルス]

コロナ禍で迫られる「命の選別」への処方せん ―リポート◎千葉大学医学部附属病院が非常時の対応策―【三和 護=編集委員】

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 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行拡大が続き、限りある医療資源が枯渇するという非常事態も念頭に置かなければならなくなった。「あの患者は助けるがこの患者は助けられない」。こうした命の選別を迫られるとき、医療者はどう対応すべきなのか──。この問いに答えるため、千葉大学医学部附属病院は組織を挙げた対応策を打ち立てた。
 2020年5月。日本医師会COVID-19有識者会議のウェブサイトに、「新型コロナウイルス診療におけるPOLST」と題する論文が掲載された。千葉大学医学部附属病院の医療安全管理学部教授の相馬孝博氏と千葉大学副学長の山本修一氏の連名による意見書だった。
 POLST(Physician Orders for Life Sustaining Treatment)とは、生命維持治療に関する医師の指示書のことだ。相馬氏によると、事前指示の実務経験を積み上げてきた米国で提唱された概念で、指示内容には心肺停止時に心肺蘇生をしないDo Not Attempt Resuscitation(DNAR)を包含している。
 意見書の趣旨は、COVID-19により医療資源がひっ迫すれば、命の選別を迫られる事態になりかねないとし、病院全体で対応するためPOLSTを柱とする検討プロセス案を議論している、というものだ。

命の選別の責任を組織で負う体制に
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 なぜ、新型コロナウイルス診療においてPOLSTが必要なのか──。
 「人工呼吸器などの医療機器や診療に携わる医療者も含め、医療資源が有限であることを大前提とすべきです」。こう話す相馬氏は、COVID-19の患者数がこのまま増え続ければ、医療資源が枯渇しかねないと懸念。「例えば、3月に英国Guardian紙に掲載された記事では、著者のPolly Toynbee氏が『誰を生かして誰を死なすのかという恐ろしい選択を迫られている』と、当時の英国の現状を赤裸々に語っていた。日本でも同じような状況になり得ると想定して、対策を練っておかなければならないと考えた」(相馬氏)。
 医療資源が枯渇した状況となれば、医療者は「どの患者の診療を優先すべきか」という非常に難しい判断を迫られる。「判断の結果は、誰もが納得できるものではないかもしれない。だが、少なくともできるだけの客観性と公平性は確保しなければならない。つまり、一部の医療者による恣意的なあるいは近視眼的な結論に陥らないよう、多角的な視点から議論しその記録を残すことが必須となる」(相馬氏)。
 また、「臨床倫理を検討する際は、医療者の生命、地位、道義的責任を守ることを前提にしなければならない」と語る相馬氏は、治療の最前線にいる医療者が命の選別を判断する責任を全て引き受けることはあってはならない、とも強調する。「病院幹部が承認することによって責任を引き受け、現場の医療者の負担を軽減しなければならない」。
 こうした議論の末にたどり着いたのがPOLSTであり、病院として具体的な運用指針を示すことだった。

命の選別を迫られた時に検討すべきプロセスを具体化
 「命の選別を迫られた際の検討プロセス」を具体化するため、千葉大学医学部附属病院では医療安全委員会の中にタスクチームを立ち上げた。医療安全はもとより、倫理的あるいは法律的な面からも議論を重ね、12月には「新型コロナウイルス感染症診療における非常事態時のPOLST運用手順書」をまとめ上げた。
 タスクチームを率いた同病院医療安全管理部副部長の宮内秀行氏は、「以下の大前提のもとにPOLST運用手順が実行される」と話す。
 「当院並びに地域の医療機関も含め、医療資源の確保に最大限務める。また、いかなる場合も、苦痛の緩和のためのケアは最大限行われるべきである」
 その上で、POLST運用手順を「通常COVID-19診療時」と「非常事態時におけるPOLSTを用いた診療体制の発動時」の2つのフェーズに分けたのが特徴と説明する。「非常事態時に備えるためには、通常時の対応も明示する必要があった」(宮内氏)からだ。
 通常時の対応では、「COVID-19重症患者の治療では、患者とその時の状況により、人工呼吸器やECMOによる治療が選択されないことがある」ことを、入院時に患者本人や重要他者(注1)に説明し、同意取得を行う。説明・同意には、入院時説明同意文書(表1)を用い、診療文書として取り込んだ後に原本を患者または重要他者に手渡しする、という段取りとした。
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 「非常事態時におけるPOLSTを用いた診療体制の発動時」のプロセスを示したのが表2だ。院内の医療資源の不足・枯渇状況に基づいて、非常事態時の診療体制に入ることを判断するのは、同病院の新型コロナウイルス感染症対策本部。その後、病院長が承認した上で、非常事態時の診療体制が発動となる。
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 非常時診療体制が発動されると、以下の5段階で進むことになる。
 まず、COVID-19診療チームカンファレンスの場で、POLST対象患者、つまり命の選別の対象となり得る患者を決定する。
 次に、主治医チームが非常事態時のPOLSTに沿って検討を進めることを患者、重要他者に説明し、症例シートを作成する。シートの作成は、臨床倫理で使われるJonsenの4分割表に沿いながら、医学的適応、患者の意向、QOL、周囲の状況の4つの領域から検討を進める。その結果、人工呼吸器やECMOによる治療が選択されない(あるいは継続しない)と判断された場合は、次の3段階目のステップへ進むことになる。
 3段階目では、主治医、入院病棟師長、感染症内科長または呼吸器内科長、新型コロナウイルス感染症対策本部の医師1人、支援チーム事務担当の4人以上からなるPOLST検討チームが症例検討シートの内容を評価し、検討結果文書を作成する。
 症例検討シートと検討結果文書が沿った段階で、4段階目に入る。この段階で、POLST検討チームは、症例検討シートと検討結果文書の内容を医療倫理委員会の委員長または副委員長に連絡し、内容の確認と承認を得ることになる。医療現場だけに、命の選別の判断を負わせないためのステップだ。
 そして5段階目として、患者または重要他者に対して、以上の検討内容および結果をもとに十分な説明を行い確認書にサインをもらう。確認書は診療文書として取り込み、原本は患者または重症他者に渡す。同時に診療録本文には「新型コロナウイルス感染症診療における非常事態時のPOLST運用の手順書に基づき人工呼吸管理またはECMOによる治療を行わない(継続しない)ことを検討・決定し、患者または重要他者に説明・署名を得た」などという記述も行う。
 命の選別が迫られた際、相馬氏は「多角的な視点から議論しその記録を残すことが必須」と語っていたが、できあがった運用手順書はこの考えを十分に反映している。

実際の運用には相談体制も必須
 今後の課題として宮内氏は、「この運用手順書は、医療資源が不足かあるいは枯渇する状況下において、COVID-19患者に限定して適用されるもの。今後は、COVID-19患者ではない患者、つまり入院患者全体に対する運用も検討しなければならない」と語る。COVID-19により医療体制がひっ迫すると当然、通常の医療にも影響が及んでしまうからだ。
 また、患者だけでなく、地域の住民からの相談にも十分に応えられる体制を整える必要もある。相談業務を担当する同病院地域医療推進部の竹内公一氏は、「治療の制限につながるという事態になると、相談が増えるのは目に見えている。不安や誤解などからクレームにつながる可能性も高く、十分な体制の整備は必須」と話す。具体的な対応については、現在も検討を重ねている最中だ。
 日本集中治療医学会は11月、委員会報告である「新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019、COVID-19)流行に際しての医療資源配分の観点からの治療の差し控え・中止についての提言」を発表した。コロナ禍であっても、治療の指し控えや中止を行う場合は、臨床倫理の原則を守りながら、医療資源を公正に配分するために適切な議論を経て行わなければならない、と訴えている。千葉大学医学部付属病院の取り組みは、この提言の趣旨に沿うものとなっている。命の選別という厳しい状況に陥った場合に備え、組織を挙げて対策に乗り出した千葉大学医学部附属病院が示した処方せんには、学ぶべき点が多いに違いない。
 なお、12月24日時点で、同病院は非常事態時の診療体制の発動には至っていない。


 詳細は、原文をご参照下さい。
 https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/report/t344/202012/568526.html
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