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人生の最終段階における医療における意向の変化 [終末期医療]

 2015年3月に改訂された「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」について、「一度方針を決定した後も、繰り返し話し合って方針を見直していくことが重要である」「在宅でのガイドライン利用を促進する」という観点で見直す―といった方針が、2017年12月22日に開催された「人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会」で了承されましたが、そうしたことの重要性については、私が2011年に報告した論文『事前指示書と終末期医療─療養病床転棟時における終末期意向の変化調査』(2011年2月19日号日本医事新報No.4530 107-110)において指摘したことです。
 参考になる部分もあるかと思いますので論文をお読みくださいね。

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事前指示書と終末期医療─療養病床転棟時における終末期意向の変化調査
 
目的
 日本尊厳死協会が1976年1月発足して、既に30年以上の月日が流れているが、現在の会員数は全国で 12.5万人という状況で、普及しているとは言い難い。
 日本尊厳死協会の尊厳死の宣言書(リビング・ウイル Living Will)の提示があれば、本人の意向に沿った終末期を実現することは概ね可能であるが、現実には、ほとんどの入院患者さんは、リビング・ウイルを所有していない。
 本人の意向を尊重するため、独自の事前指示書を作成し、本人・家族の意向を調べている医療機関もある。
 榊原白鳳病院は、一般病床50床と療養病床151床からなる201床の病院である。新入院患者は、基本的には一般病床に入院し、病状が安定した時点で療養病床に転棟する。
 一般病床入院時に、家族の意向を聞き取り調査しており、療養病床に転棟してからも、基本的には入院時の事前指示書に記載された意向に沿って終末期の対応をしてきた。
 しかし入院後、時間の経過とともに、家族も冷静な判断ができる時間的・精神的余裕が出てくるためか、入院時とは意向が変わってくることが多々ある
 そこで今回、転棟時に改めて事前指示書を配布し、家族の意向変化の実態を調べることを目的として調査を行った。

方法
 榊原白鳳病院4階西一般病床から3階療養病床に転棟した際に、可及的速やかに終末期の事前指示書を配布し、終末期に対する意向の変化を調査した。
 3階療養病床転棟後に配布した事前指示書は、国立長寿医療センターで使用されている事前指示書1)を一部改変したもの(図)を使用した。
 気管内挿管に関しては、急変時に救命・蘇生目的で挿管する場合と、徐々に終末期を迎え延命目的で挿管する場合では、目的・意義が違うことを説明したうえで、「救命目的の挿管であれば望むが、延命目的の挿管であれば希望しない」という意向の場合には、自由記載欄にその旨の記載をするよう記した。
 今回のアンケート調査に際しては、心臓マッサージ、気管内挿管、抗生物質などの医学用語の理解が不十分で、アンケート内容が持つ意味を回答者が正確に判断できないという問題点を解消するため、アンケートに関連した医学用語の解説書も添えて調査を実施した。

結果
 アンケート調査は2010年4月~9月まで6カ月間実施した。37例に調査票を配布し、回答が得られたのは18例であった(18例の一般病床平均在院日数:81日)。回答者は全例、家族である。18例の患者の年齢は、64~99歳(平均76.7歳)で、男性が7例、女性が11例である。患者の基礎疾患は、脳卒中後遺症による準終末期11例、認知症による準終末期2例、肺炎などの全身疾患による準終末期4例、癌による準終末期1例である。
 終末期に対する意向の変化に関しては、意向の変化はなかったケースが半数の9例であった。入院当初希望していたCPR(心肺蘇生)を希望しなくなったケースが5例あった。また入院当初は、「気管内挿管は希望しない」と回答していたケースで、「延命目的の挿管であれば希望しないが、救命目的の気管内挿管であれば希望する」と正確な意向が確認できたケースが3例あった。
 また、入院当初は「全てのCPRを望まない」と回答していたにも関わらず、療養病床転棟時の調査では「全てのCPRを希望する」と回答が正反対に変化したケースが1例あった
 また、経管栄養に関する意向調査も実施した。経管栄養を既に実施中にも関わらず、「して欲しくない」と回答されたケースが3例あった。

結論および考察
 入院時の慌ただしい状況の中で、しかも医学知識が不十分であるにも関わらず、終末期の意向を正確に医療機関側に伝えることは、患者および家族側からすると非常に困難な課題と思われる。また、治療目的でに入院したのに、いきなり終末期の事前指示書を渡されることに対して憤慨する患者・家族もいる。
 一方、療養病床に転棟する時期には、比較的冷静な判断ができるようになってきており、詳細な事前指示書による意向調査も実施しやすい。入院時と転棟時の2段階方式の事前指示書調査により、意向の変化を確認することが可能となった。
 また、挿管、気管切開という医学用語がきちんと理解されておらず、そのために入院当初は「挿管しない」と回答していたが、用語を説明したうえで問い直すと、「救命のための挿管は希望するが、延命のための挿管・人工呼吸器は希望しない」という意向であったことが判明したケースもあった。患者家族から延命利害を侵害されたと提訴されることを未然に防ぐためにも2)、意向をきめ細やかに確認する必要があると思われる。
 どのような終末期を迎えたいのかは、個々の死生観によって左右され、多種多様である。日本では、日本尊厳死協会が発足して既に30年以上の月日が流れているが、尊厳死の宣言書(リビング・ウイル)は普及しているとは言い難いのが現状である。
 そのような状況の中で注目されているものに、「レット・ミー・ディサイド(自分で決める自分の医療:LMD)」が挙げられる。LMDは、カナダのウィリアム・モーロイ博士が考案したもので、アメリカやカナダで、「Advance Directive(事前の指示書)」と呼ばれているものの1つの形態である。1994年頃から日本に取り入れられ普及しつつある。
 LMDの事前指示書では、「回復可能な状態」と「回復不可能な状態」とに分けて、それぞれ治療法を選択肢から選ぶ。選択肢は、「緩和ケア」、「限定治療」、「外科的治療」、「集中治療」の4つである。例えば、「回復可能ならば『集中治療』を、回復不可能ならば『緩和ケア』を望む」というように指定する。事前指示書の作成に当たっては、医師などから説明を受けた後、2人の代理人(家族、友人など)と一緒に作成する。その後、通常はかかりつけ医に預けておくという手法である3)。
 米国で既に百万人以上の人々が利用している「Five Wishes」を参考にして、日本の事情に合わせて作成された「私の四つのお願い」(http://www1.ocn.ne.jp/~mbt/)は、枠内(□)に○をするか、×をするだけ、あるいは数行の文章を書くだけで、非常に使い勝手が良いと思われる4)。
 今回は一般病床から療養病床に転棟した際に、意識調査を実施したが、療養病床に長く入院している方では、病状の変化を繰り返すうちに、終末期に対する意向が変化してくることは十分に想定される。病状の大きな変化に際しては、改めて意向を確認する細やかな配慮が必要である。
 笠間は、医学用語の理解度調査で、「炎症」・「抗生物質」などの身近な医学用語であっても患者の理解率は50%前後と低率であったことを報告している5)。そのため今回の調査に際しては、心臓マッサージ、気管内挿管、抗生物質などの医学用語の理解が不十分なために意向を正確に伝えられないという問題点を解消するため、事前指示書に記載されている医学用語の解説書も添えて調査を実施した。
 死生観を積み上げていく過程は、生きることに対し正面から向き合う状況を生み出し、生きることの尊さを知る良い機会になり得る。石川県では、高齢者の死生観とケアのあり方について理解を深めるため、平成15年度に「死生観とケア」研究会を立ち上げ、月1回程度、公開研究会を実施している。水島らは、「看取りの場をどこにするのか、どういう最期を迎えたいのかということは、症状の変化や関わりの中で変化しうるため、その都度確認が必要。本人・家族の気持ちの変化を敏感に感じ取り、受け止める姿勢が大切である」と述べている6)。
 経管栄養に関する意向調査では、経管栄養を既に実施中にも関わらず、「して欲しくない」と回答されたケースが3例あった。回答の真意は確認していないため理由は不明であるが、経管栄養を導入したことに対しての後悔の念が窺える。
 日本認知症学会では、認知症患者に対する経管栄養導入の是非そのものも議論される問題となってきている(7)(8)(9) 。
 ただ理由はともあれ、胃瘻を導入した以上は、誤嚥防止に最大限の努力が払われる。誤嚥対策においては様々な工夫がされており、代表的なものは半固形栄養材の導入であるが、経腸栄養材投与前のトロミ白湯注入なども有効性が示唆されている(10)。
 脳卒中の急性期医療の現場においては、救命は何よりも優先される課題である。救命のための急性期医療の結果として、「延命のための治療」に連続的に移行していくというケースは多数存在する。
 認知症終末期における胃瘻の是非が議論されているが、認知症および老衰においても、適切な栄養管理により体調が回復し、いったんは元気さを取り戻すケースは散見される。一律に、認知症における胃瘻導入を「無駄な終末期医療」と位置づけることには問題がある。
 高齢者終末期における栄養摂取方法と平均余命に関する調査によれば(西円山病院)、平均余命は、経管栄養選択症例では827±576日、中心静脈栄養選択症例(経管栄養から中心静脈栄養に変更した症例および中心静脈栄養のみの症例)では196±231日、人工栄養非選択症例(末梢静脈栄養)では60±40日であった11)。
 経管栄養の導入により、末梢からの点滴に比べて、平均的には767日(約2年1カ月)程度延命できることをこの数字は示している。
 事前指示書が有用である理由に関しては、以下のように報告されている12)。
①患者にとっては、自己決定の権利を尊重することになる。
②家族にとっては、根拠なく憶測することの心理的苦悩・感情的苦痛の軽減になる。
③医療者にとっては、事前指示の有無によって法的責任の程度が異なる。すなわち(コミュニケーションが不十分であったり、適切な意思決定のプロセスを経ていない場合)事前指示がない場合には法的責任が生ずる場合もありうる。
④事前指示はコミュニケーションツールとなりうる。
 
 わが国には終末期医療倫理に関する法律が少なく、明確な法的基準がない。また、最高裁判所も、未だしっかりとした「安楽死」・「尊厳死」・「治療の中止」が適法と認められる要件を示した歴史がない13)。このような状況においては、ガイドラインなど法的ペナルティーのない社会的規範に行動が拘束される部分が大きいのが現状である。
 最高裁判所の判例はないが、地方裁判所の判例としては1995年3月に横浜地方裁判所で出された「東海大学附属病院事件」があり、我が国における終末期医療に関する考え方の一つの基準となっている14)。
 この判決では、「安楽死4要件」(違法性阻却事由)が示された。本人意思の明示を求めたことが最も重要な部分である。
①耐え難い肉体的苦痛の存在
②死期の切迫
③推定的なものでは足りない、患者の明示の意思表示の存在
④肉体的苦痛の除去、緩和のための他の代替的手段の不存在
 判決では他に、「治療行為の中止」(いわゆる尊厳死)の適法要件の概略に関しても示された。
①回復の見込みのない末期状態
②患者の推定的意思(事前の文書・口頭、家族の意思から本人の意思を推定)の存在

あとがき
 私の父は平成22年10月21日に87歳で亡くなった。亡くなる1年前に私は父から事前指示書を渡された。事前指示書には、「私の病気が不治の状態であり、死期が迫っていると診断された場合、ただ死期を延ばすだけの延命措置は一切お断り致します。」と記載してあった。
 父は自宅での最期を望んでいた。持病の呼吸器疾患に加えて、老衰と軽度の認知障害も来しているものの、治療すればまだ回復の可能性があると私は考え、入院治療を選択し、「在宅療養のために必要であれば胃瘻も検討下さい」と担当医師にお願いした。入院一週間後に父は息を引き取った。詳細な経緯は、平成23年1月18日~1月23日付朝日新聞「患者を生きる」にて報道されている。
 老衰や認知症などの非がん疾患においては、予後予測が困難であり終末期の評価方法が未確立であるのが現状である。
 アルツハイマー病(AD)末期の定義としては、全米ホスピス緩和ケア協会(National Hospice and Palliative Care Organization:NHPCO)の基準があり、以下の報告がされている15)。
 独歩不能・着脱衣介助・入浴介助・尿/便失禁・意思伝達不能(1日に1、2個以下しか意味のある単語を話せない)のすべてを満たす患者で、誤嚥性肺炎・上部尿路感染症(腎盂腎炎)・敗血症・ステージⅢ・Ⅳの深い褥瘡・繰り返す発熱・6カ月で10%以上の体重減少などの認知症に関連した症状の1つ以上を認めた場合に予後6カ月以内と判断し、ホスピスプログラムに導入の時期である。
 しかし、この基準に該当した患者さんの実際の平均生存期間は6.9カ月であり、38%が6カ月を超えて生存していたことから、より正確な基準が求められているのが現状である。
 認知症は今後も増加の一途を辿る。認知症終末期の定義を明確にし、然るべき指針を定めていくことが今求められている急務の課題ではなかろうか。

謝辞
 国立長寿医療センター版事前指示書は、国立長寿医療センター遠藤英俊先生より使用許可を頂きました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

参考文献
(1)遠藤英俊:高齢者医療総合診療ガイド(担当医必携Q&A).株式会社じほう,東京,2008,pp74-75.
(2)大城 孟:外科治療 80:1248-1252,1999.
(3)恩田裕之:安楽死と末期医療. 国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER,472:1-10,2005.
(4)箕岡真子:Dementia Japan 24:169-176,2010.
(5)笠間 睦:日本医事新報No3912:73-77,1999.
(6)水島ゆかり、他:石川看護雑誌 2:7-13,2005.
(7)宮本礼子、他:Dementia Japan 23:64-65,2009.
(8)横田 修、他:Dementia Japan 24:65-66,2010.
(9)宮本礼子、他:Dementia Japan 24:67-68,2010.
(10)笠間 睦、他:日本医事新報No4520:60-64,2010.
(11)宮岸隆司、他:日本老年医学会雑誌 44:219-223,2007.
(12)箕岡真子:日本医事新報No4500:97-99,2010.
(13)竹中郁夫:日本医事新報第No4505:81-82,2010年.
(14)http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/01/dl/s0111-2c.pdf
(15)平原佐斗司:緩和ケア 20:579,599-604,2010.
 【笠間 睦:事前指示書と終末期医療─療養病床転棟時における終末期意向の変化調査. 2011年2月19日号日本医事新報No.4530 107-110】
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