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「首下がり症候群」 「Pisa症候群」 [レビー小体型認知症]

「首下がり症候群」 「Pisa症候群」
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 レビー小体型認知症(DLB)では、Pisa症候群を呈する場合が多いのではないかという指摘もされています。
 

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第150回『出そろった4種類の認知症治療薬(4) 珍しい副作用のケースに遭遇』(2011年8月6日公開)
 私が最近経験した極めて稀な副作用の一例をご紹介しましょう(以下、個人情報の特定を防ぐために事実関係に若干の改変を加えています)。
 患者さんは、80代後半の女性です。
【既往歴】
 高血圧症にて月1回、近くの病院で投薬加療中。
【主訴】
 物忘れ
【認知機能検査】
 改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R):26/30
 リバーミード行動記憶検査(日本版/RBMT)
  標準プロフィール点(24点満点):6/24
  スクリーニング点(12点満点):1/12
 ※アルツハイマー病では、標準プロフィール点が5点以下、スクリーニング点が1点以下まで低下することが多いです。

 記憶障害以外に、息子がもう一人家の中にいるような誤認や昨年死んだ犬が今も生きているような言動も確認されましたので、軽度アルツハイマー型認知症と診断し、2010年11月よりドネペジル(商品名:アリセプト)を開始しました。
 2011年6月の診察の際にご家族から、「この2~3か月ほど、首の前屈が目立ってきました」という訴えがあり、「ひょっとして副作用?」と疑い、ドネペジルを中止してみることにしました。
 と言いますのは、非常に稀な副作用ですが、「首下がり」に関する文献をごく最近、医学書店で立ち読みした記憶がかすかにあり、頸部前屈(首下がり症候群)という珍しい副作用をふと思い出したのです。
 私は物忘れがかなり多い方です。特に楽しかった飲み会におけるある時点以降の記憶はほとんど飛んでしまう方です。もし私に「タイムマシンのような記憶力」(メモ参照)があったら記載されていた雑誌を思い起こしてすぐに調べられるのにと残念に思いました。2011年春先の「神経内科」雑誌だったようにおぼろげには記憶していましたので、榊原白鳳病院神経内科医師に相談しました。するとすぐに掲載雑誌を持ってきてくれました。

メモ:タイムマシンのような記憶力
 ソニー・コンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーの茂木健一郎博士が書かれた著書には、「超記憶症候群」のリック・バロンさんの詳細が紹介されています(奇跡の脳の物語-キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳. 廣済堂新書, 東京, 2011, pp99-117)。
 リック・バロンさんは、世界でたった四人しかいないとされる超記憶症候群の一人だそうです。
 著書によれば、超記憶症候群とは、「通常、時間ととともに薄れてゆく幼い頃に体験した出来事などを、細部に至るまですべて正確に覚えている能力」と言われています。
 リックは、「十三歳から現在にいたるまで、およそ四十年以上にわたって、自分に起きた出来事を正確に記憶している」そうです。

 皆さん、リックの家にないものって分かりますか?

 「リックの家には、カレンダーも、電話帳も本もメモ用紙もない」そうです。一度見たものはすべて覚えてしまうため、そのような類のものは必要ないようです。
 メモ魔の私にとっては、羨ましい限りの才能です。毎晩意識が遠のくまで深酒をして、おそらく海馬が萎縮して記憶力が低下している私にとっては・・。


重複記憶錯誤
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/06 12:40
 このケースの診断は、「軽度アルツハイマー型認知症」と記載しておりますが、実は、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)も疑わしい状況です。
 DLBの概略は、シリーズ第20回『幻視が特徴の認知症とは』にて復習して下さいね。
 さて本例のどこが「DLBらしさ」かというと、「息子がもう一人家の中にいるような誤認」という部分です。この症状は、専門的には「重複記憶錯誤」と呼ばれます。

 DLBでは他にも、「幻の同居人」とか「カプグラ症候群(Capgras syndrome)」などの奇異な症状も時折認められます。これらの症状に関しては、後日また別の機会に詳しく説明致します。


超記憶症候群
投稿者:シャトー 投稿日時:11/08/06 18:17
 稗田阿礼もそうだったのでしょうか。


Re:超記憶症候群
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/07 05:13
シャトーさんへ
 かなり古い時代の方ですから、詳細な記録は残っていないのでは・・。
 まともな回答になっていなくて申し訳ないです。


認知症の治療に疎い私に教えて下さい
投稿者:音とリズム 投稿日時:11/08/07 03:46
 この方の認知症治療の目標は何になるのですか? 治療薬によって、正しい記憶をよみがえらせる事? それともそれ以上の進行を阻止する事? 自分にあった治療薬を探すのも大変ですが、治療薬を用いると家族が決断する時も大変ですよね。

 私もメモ魔ですが、メモするの大好き。メモするのは、自分の記憶が頼りにならないからですが、メモする過程に新たな学習の喜びがあります。


認知症治療の目標
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/07 05:14
音とリズムさんへ
 コメント拝見しました。
 とっても重要な質問だと思います。「認知症治療の意義」に関しては、以前から議論されている話題です。
 シリーズ第83回『早期診断・早期治療が重要である理由』において、「認知症診療において早期診断・早期治療が重要であるのは、端的に言えば『認知症の進行を遅らせることができるから』です。」と私は述べております。
 さらにもっと早期の段階(=軽度認知障害;MCI)で受診することの意義に関しても、シリーズ第4回『認知症検診の誕生秘話』のコメント(=『今、受診することの意義』)において、「正確な診断のために」と説明しました。
 幻視に対して不安を感じておられる方でしたら、それに対するケアの指導なども認知症外来では求められます。
 軽度から重度に至るまで共通の治療目標は、「家族が穏やかに介護していけるように」という視点ではないかと私は考えています。

 また、「治療の意義」を論ずるうえでは、「費用対効果」の問題を考える必要が出てきます。
 認知症の進行を遅らせることは、「一時的でわずかな認知機能の改善に過ぎないのなら、認知症による問題行動に振り回されてきた介護者にとっては、その辛いプロセスを長く続けることになってしまう」という指摘もされております。そのような意見に対して、真摯に耳を傾けることも必要だと思います。
 「費用対効果」の問題は、また改めて詳しくお話させて頂きます。


ありがとうございます
投稿者:音とリズム 投稿日時:11/08/07 13:12
 Dr. 笠間、わかりやすく説明していただきありがとうございます。最近ブログを読み始めたので過去に書かれたリポートは拝見していませんでした。失礼しました。
 認知症の進行を遅らせることと、その引き換えに介護が長期化する事のジレンマは重要な問題ですね。また、費用の事も重要な問題です。「費用対効果」のお話し楽しみにしています。また、どんどん進む高齢化社会で、ますます多くなる認知症の患者さんの研究をなさり、我々の医療に貢献くださりありがとうございます。



朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第151回『出そろった4種類の認知症治療薬(5)―首が下がる』
 論文には、「ドネペジルによる首下がりの報告は見当たらない。しかし、ドネペジル中止後数日で首下がりは改善し始め、2週間後にはほぼ消失、歩行も正常になった。」(根来清:神経内科 Vol.74 319-320 2011)と記載されています(一部改変)。
 相談した神経内科医師がジストニアの権威で論文(『ジストニア:内科的治療』 BRAIN MEDICAL Vol.20 265-270 2008 など)も多数書かれている医師でしたので、「首下がり」と「頸部ジストニア(痙性斜頸)」に関する専門的な意見もお伺いすることができました。
 著作権の関係で、「神経内科」雑誌に載っている印象的な図(写真)を提示できないのが残念です。しかし、ネット上でもこれに関する1件の論文(http://neurology-jp.org/Journal/public_pdf/050030147.pdf)を閲覧することができます。論文のFig.1を一度見ておいていただくと、印象深く記憶に残すことができると思います。
 論文中に、「Pisa症候群」という文字が出てきますね。Pisa症候群(体幹ジストニア)とは、抗精神病薬によって引き起こされる副作用(錐体外路系副作用)の一つとされており、1972年にはじめて報告されました。患者さんの体幹は、一側に強直的・持続的に屈曲し、あたかも「ピサの斜塔」を連想させることが命名の由来となっています。
 レビー小体型認知症(DLB)では、Pisa症候群を呈する場合が多いのではないかという指摘もされています
 今回経験した80代後半の女性は、DLBの特徴的な症状は認めておりません。また、服薬している薬剤はドネペジルだけでした。ただ、シリーズ第35回『嫁が盗った! どなたさんでしたっけねえ?(その1)』で述べましたように、家族の誤認は、DLBで最も多いことが指摘されていますので、「息子がもう一人家の中にいるような誤認」は、ひょっとするとDLBに関連した症状かも知れません。
 中止して2週間後の再診時には頸部前屈はやや改善傾向となっており、1カ月後の再診時には頸部前屈はさらにもう少し改善を認めており、本人が首が下がることに留意していると首が下がらない状態にはなりました。ただ症状の消失には至っておりませんので、ドネペジルの副作用としての「首下がり症候群」であったと決定づける根拠には欠ける状況です。しばらく経過をみて治療方針を再考していく予定です。
 首が極度に前屈していくことは、患者さんにとってはかなり辛い症状ですので、早期に気づき対処することは重要ですね。
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