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臨床医にとって認知症治療で大切なことは何か(3)―抗認知症薬を処方する際の3つの悩み [認知症]

第85回 臨床医にとって認知症治療で大切なことは何か(3)―抗認知症薬を処方する際の3つの悩み【八千代病院神経内科・川畑信也部長】
 http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/kawabata/201701/549654.html

 認知症の治療を行う際、ガイドラインは必ずしも実臨床では役に立たないこと、臨床試験と現場の治療では異なることが多いことを述べてきました。今回は、実臨床では抗認知症薬の薬効評価が難しいこと、個々の事例によって抗認知症薬の効果は異なること、薬剤の効能・効果に記載された用量に必ずしもこだわる必要はないかもしれないことの3点について考えてみたいと思います。

【1】抗認知症薬の薬効を実臨床で評価できるのか
 いずれの抗認知症薬も認知症症状の進行抑制効果を期待して使用されているのだと思いますが、先生方が実際に処方されて「この患者さんは認知症が改善したな」と感じる事例はどれほどあるでしょうか。
 多くの場合、抗認知症薬を処方しても臨床像が良い方向に変化した事例を経験することは少ないのではありませんか。逆に多くの事例では抗認知症薬を服薬していても認知症症状は進行・悪化していく場合が多いと思います。だからこそ、「抗認知症薬は副作用ばかりで役に立たない」「害ばかりで処方する価値はない」と極論を述べる医師が出てくるのだろうと思います。
 抗認知症薬を評価する方法は、服薬前後での臨床像を観察するか、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)に代表される神経心理検査を施行し得点の推移をみるかの2つです。アルツハイマー型認知症は、診断が正しければ必ず進行・悪化していく性質を持つ疾患であるという視点で見ると、抗認知症薬を服薬していてもある程度の期間を経ると認知症症状は進行・悪化していきます。ですから抗認知症薬の薬効を評価することは、実際には困難な場合が多いのです。
 一方、神経心理検査を使用した場合はどうでしょうか。図1は、ドネペジルを服薬しているアルツハイマー型認知症146人でのADAS-J cog.下位項目について1年後の変化を示したものです。ドネペジル服薬開始前に比して有意に改善していた下位項目は、呼称と構成、単語再認の3つです。しかし、最も改善している単語再認でも変化幅は0.5点にも届きません。実臨床で個々の患者さんにADAS-J cog.を施行した場合、評価は1、2点などであり、小数点以下の点数は出てきません。したがって実臨床では0.5点の改善効果を実感できないことになります。抗認知症薬の肩を持つ立場で述べると、現在の抗認知症薬はいずれも根治的な薬剤ではないことから、これくらいの効力しか発揮できないともいえます。さらに認知機能というある意味であやふやな領域を客観的に評価するためには、数字で結果を出せる神経心理検査あるいは生活機能や介護者負担を評価するしか方法がないのです。
 図1.JPG

 私は、常に述べていますがコリンエステラーゼ阻害薬は患者さんの行動や感情、言動を活発化させる働き、メマンチンはそれらを安定化させるあるいはやや抑制する働きをもつ薬剤と位置づけています。現象面では記憶や見当識に目立った改善を期待できないかもしれませんが、アルツハイマー型認知症に特徴的な自発性の低下や意欲の減退から日常生活で何もしなくなった患者さんがコリンエステラーゼ阻害薬の服薬で元気が出てきた、外出することが増えてきたなど、行動や感情などの変化がみられるだけでも抗認知症薬の役割はあると考えています。

【2】個々の患者さんで抗認知症薬の効果は異なる
 実臨床で目立った薬効を実感しにくい抗認知症薬ですが、患者さんによっては認知症症状が何年経てもあまり進行・悪化していないなと感じる場合があります。一方、規則正しく服薬していても1年前後で認知症症状がかなり進行・悪化してくる患者さんも見られます。認知症診療に長年携わっていますと、個々の患者さんで抗認知症薬の薬効は大きく異なるのではないかとの印象が浮かんできます。
 図2は、ドネペジル5mgあるいは10mgを服薬している患者さん191人について、1年後にMMSEがどのように変化していたかを調べた結果です。1年後に10点以上改善していた患者さんが1人います。逆に10点以上悪化していた患者さん1人います。2点悪化していた患者さんの数が最も多いのですが、20点の変化幅に幅広く患者さんの変化が分布していることがわかります。
 図2.JPG

 図3は、2年から5年後まで処方を継続できた患者さんの得点の変化を見たものです。年数を経るに従って青で示す改善を示す患者さんは減少し、代わって赤で示す悪化を示す患者さんの割合が増えていくことが観察されます。5年後を見ると、多くの患者さんは悪化の領域に分布していますが、29人中6人は開始時と比して不変あるいは1点、2点の改善を維持しています。患者さんによっては、神経心理検査を尺度にするとドネペジル服薬5年後でも改善を示す患者さんもいるのです。抗認知症薬の薬効は、患者さんによって大きく異なる可能性が高いように私は感じています(神経心理検査からの視点ですが)。
 図3.JPG

【3】必ずしも決められた維持量にこだわることはない
 抗認知症薬では、添付文書では維持量がそれぞれ設定されています。ドネペジルは、3mgから開始し5mgが維持量であり、高度に進展した場合には10mgに増量するという選択肢があります。リバスチグミンは18mg、ガランタミンは16mgあるいは24mgとなっています。私は、この維持量に必ずしもこだわる必要はないと考えています。
 図4は、リバスチグミン18mg維持群と13.5mg維持群での臨床効果を検討した結果を示したものです。貼付開始前に比してその後の時点でMMSEが1点以上増加していた場合を改善群、1点以上低下していたときには悪化群、変化が見られないときには不変群と分類し、3年後までの薬効を比較したものです。貼付開始1年後に限ると、18mg維持群と13.5 mg維持群で改善あるいは不変群の割合に大きな違いはないようです。2年後には13.5mg維持群でやや効果が減弱し、3年後には明らかに18mgに比して改善群は減少してきています。
 しかしながら、13.5mg維持群でも十分臨床効果は期待できるとも言えると思います。13.5mgよりも18mgに増量するほうが皮膚症状の発現する危険性が高いことを考えますと、13.5mgの維持でも十分臨床的な意義はあるように感じています。
 図4.JPG

 ドネペジルでも5mgに増量すると易怒性や不穏などの困った状態が出現あるいは増悪する事例を経験します。ドネペジルの副作用と考えるよりもコリンエステラーゼ阻害活性が過剰に発現しているリスポンダーと想定し、3mgへの減量を図ることで適度の活発化を期待できるのではないかと思います。
 実臨床では患者さんの病状に合わせて、決められた維持量にこだわることなく、適量をその患者さんの維持量としていくべきではないかと私は考えています。
 最後に誤解のないように述べておきますが、昨今の抗認知症薬は少量の方がよい、少量にすべきであると提唱している一部の医師とは全く意見が異なることを強調したいと思います。彼らの背景には抗認知症薬は害であるとの前提があるように思われます。したがって、なるべく抗認知症薬は使用しないほうがよいし、仮に処方する場合にはごく少量でよいとの意図があるようです。私は、抗認知症薬は可能ならばいわゆる維持量まで増加したほうがよいと考えていますが、患者さんの個々の状況で減量という選択肢もあるとの立場で診療を行っています。

 次回からしばらくは、今年の3月12日から施行される高齢者運転免許更新に関する改正道路交通法と臨床の現場あるいは臨床医の関わりについて再度考えていきたいと思います。
 川畑先生.JPG
 【日経メディカル・連載『プライマリケア医のための認知症診療講座』 2017/1/6】
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