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認知症患者の胃瘻『入院高齢者診療マニュアル』 告知 SinryouHousyuuH26enquete.pdf [終末期医療]

「胃ろうはすべて悪である」と思うな.jpg

『入院高齢者診療マニュアル』【編者:神﨑恒一 著:笠間 睦:認知症患者の胃瘻. pp278-280, 文光堂, 東京, 2015】

認知症患者の胃瘻
 榊原白鳳病院 診療情報部長  笠間 睦(カサマアツシ)
 日本認知症学会指導医  日本脳神経外科学会専門医

はじめに
 日本老年医学会では、高齢者の終末期の定義に関して、2001年に発表した立場表明の中で、「病状が不可逆的かつ進行性で、その時代に可能な最善の治療により病状の好転や進行の阻止が期待できなくなり、近い将来の死が不可避となった状態」(http://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/old_v_jgs-tachiba2001.pdf)と報告している。
 2012年、日本老年医学会は立場表明を11年ぶりに改定し、高齢者の終末期医療とケアについて、胃に管で栄養を送る胃瘻などの人工栄養や人工呼吸器の装着は慎重に検討し、差し控えや中止も選択肢として考慮するとの立場表明をまとめた。「立場表明2012」の全文は、日本老年医学会のホームページ(http://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs-tachiba2012.pdf)を参照されたい。
 立場表明の改定に伴い、「何らかの治療が、患者本人の尊厳を損なったり苦痛を増大させたりする可能性があるときには、治療の差し控えや治療からの撤退も選択肢として考慮する必要がある」と考えられるようになった(文献1)。

終末期の定義について
 さて、治療の差し控えや中止を検討するにあたっては、終末期であることを確認することが大前提となる。
 終末期の定義に関して、立場表明2012の作成に深く関わった会田は、「終末期医療の調査研究にあたる者にとって、終末期をどう定義するかは仕事の第一歩である。しかし、悪性疾患と異なり、慢性疾患の終末期の定義化は困難であり、数値で表現することは不可能かつ不適切との指摘もある。そこで、数値を使わずに疾患の進行段階で示すこともある。例えば、認知症の終末期の定義は、それがアルツハイマー型であればFASTの7dの『座位維持能力の喪失』以降というのが海外学術誌上では標準的とみられる。一方、脳血管疾患型認知症の進行は様々なので、終末期の定義は非常に難しく、頭を悩ませる。」と述べている(文献2)。
 FAST(Functional Assessment Staging of Alzheimer's Disease)は、アルツハイマー病(AD)の病期を日常生活動作(activities of daily living;ADL)の障害程度によって分類したものである(文献3)。
 認知症患者の胃瘻の適否について考える際には、終末期の定義を満たしているのかどうかを検討する必要があり、そのためには、認知症を進行性の有無によって分類することも求められる。すなわち、AD、Lewy小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)、前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia;FTD)などの変性性認知症と血管性認知症(Vascular dementia;VaD)を代表とする非変性性認知症に鑑別診断し、予後を評価する必要がある。
 認知症は、多様な原因で引き起こされる。認知症を引き起こす3大原因疾患は、AD、VaD、DLBである。中でもADは認知症全体の5~6割をしめ、認知症の最も代表的な疾患である。65歳以上の認知症の原因疾患は、福岡県久山町での疫学調査(828名、1985~2002年)によれば、ADが66%、VaDが17%、DLBが11%である(文献4)。
 それでは、終末期医療における治療方針は、いったいどのような手順で決められるのか整理していこう。患者本人に意思能力(competence)がない場合の代理判断の手順は、「患者意思・事前指示の尊重」→「患者意思の推定(代行判断)」→「最善の利益判断」の順序である。そして、代行判断については家族による自己決定の代行は、認められないと解するのが普通である。詳細については、筆者が地元紙に寄稿したエッセイ(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/SyumatukiCVC-MieTimes.pdf)を参照いただきたい。

事前指示について
 事前指示(アドバンス・ディレクティブ)とは、「意思能力の正常な人が、将来、判断能力を失った場合に備えて、治療に関する指示(治療内容、代理判断者の指名など)を事前に与えておくことである。事前指示は、認知機能が正常であった以前のその人の自己決定の権利を延長するものであり、また、医療関係者や家族などは、認知症の人が意思能力のある時点でした決定をできるだけ尊重する義務がある。」と箕岡は指摘している(文献5)。この点は非常に重要な部分であり、正しく理解を深めておく必要がある。詳細は、朝日新聞の医療ブログ『ひょっとして認知症』の連載第127回「終末期への対応 家族の意思だけで決めることはできない」(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013042600008.html)を参照されたい。
 事前指示書の記載が非常に重要な鍵を握るものの、日本においてはあまり普及していないのが現状である。
 厚生労働省が2013年に実施した調査によると、「医療職などを除く一般の国民では、終末期医療について、家族で全く話し合ったことがない人が55.9%と過半数。一応話し合ったことがあるが39.4%、詳しく話し合っているのは2.8%だった。医師、看護師では、全く話し合っていない人はそれぞれ42.8%、32.6%と、一般の人に比べて少なかった。事前指示書への賛否について、一般の人は『分からない』の27.0%を除くと、ほとんど賛成だった。ただ、実際に作成しているのは3.2%にとどまり、91.4%が作成していなかった。」(2013年12月25日付中日新聞・生活)ことが報道されている。
 また、終末期に対する意向は変化しうるものであることを念頭に置き、病状が変化した際には意向を再確認するきめ細やかな対応が必要となる(文献6)。
 私は亡父から事前指示書を手渡された経験がある。しかしながら現実問題としては、事前指示書が存在しているにも関わらず、父の終末期に際して治療方針の選択において非常に悩み葛藤した。その時の様子は、朝日新聞・患者を生きる「命のともしび・事前指示書」(2011年1月18日~23日掲載)において連載され、現在はウェブ新書(http://astand.asahi.com/webshinsho/asahi/apital/product/2013020700004.html)として閲覧可能である。本当に「終末期」と納得できたのならば、事前指示書に従うべきだ。しかし、終末期医療を希望しない旨を記した事前指示書の存在が故に安易に可能性を放棄することがないよう留意すべきである。
 筆者が強く主張したいことの一つとして「胃瘻はすべて悪であると思うな」ということが挙げられる。筆者の胃瘻に対する私見に関しては、朝日新聞の医療ブログ『ひょっとして認知症』の連載第429回「胃瘻について―平成26年度診療報酬改定」(http://apital.asahi.com/article/kasama/2014031000001.html)を参照されたい。

おわりに
 最後に、認知症の告知問題について言及する。ADにおいては病名告知に積極的に取り組む医師は少ないのが現状であり、まして予後と終末期の治療方針について初期の段階で説明している医療機関は極めて例外的な存在である。繁田は、告知の折に終末期(看取り)に関して説明を受けたのは11.5%(「少し説明があった」を含めても19.8%)に過ぎないと報告している(文献7)。
 現在筆者は榊原白鳳病院の物忘れ外来において、全例告知を前提としたAD患者の終末期医療に対する意向調査を実施している。事前に詳細な説明をすると、経腸栄養を希望する患者は6.9%(2/29)と少ないことを第33回日本認知症学会学術集会において報告している。概要はウェブサイト(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/SinryouHousyuuH26enquete.pdf)において閲覧可能であるので是非ともご参照いただきたい。
 今後は、意向調査の結果を治療方針に反映させ、本人が望む終末期医療の実現に向けて取り組みを進めたいと考えている。

■ 文献
1)三浦久幸:終末期医療と事前指示書. 日本医事新報, 4609号:1, 2012.
2)会田薫子:終末期医療を考えるということ. 日本医事新報, 4534号:1, 2011.
3)Reisberg B, et al.:Functional staging of dementia of the Alzheimer type. Ann NY Acad Sci 435:481-483, 1984.
4)葛原茂樹:認知症の診かた. medicina, 48:1385-1388, 2011.
5)箕岡真子:認知症の終末期ケアにおける倫理的視点. 日本認知症ケア学会誌, 11:448-454, 2012.
6)笠間 睦:認知症介護者に対する終末期の意向調査. 日本医事新報, 4566号:26-29, 2011.
7)繁田雅弘編著:実践・認知症診療─認知症の人と家族・介護者を支える説明 pp39-48, 医薬ジャーナル, 2013.


P.S.
 「http://apital.asahi.com/article/kasama/」は、2015年秋を持ちまして閲覧は不可となりました。

インターネット三重のサイトは近日「閲覧不可」となりますので、以下のファイルを下記に再掲致します。
 ①http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/SyumatukiCVC-MieTimes.pdf
 ②http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/SinryouHousyuuH26enquete.pdf


http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/SyumatukiCVC-MieTimes.pdf
終末期医療─立場表明の改定から1年が経過して
 日本老年医学会は、2012年1月28日に立場表明を11年ぶりに改定し、「高齢者の終末期の医療およびケア」に関する日本老年医学会の「立場表明」2012(http://www.jpn-geriat-soc.or.jp/tachiba/jgs-tachiba2012.pdf)として発表しました。
 立場1においては、「何らかの治療が、患者本人の尊厳を損なったり苦痛を増大させたりする可能性があるときには、治療の差し控えや治療からの撤退も選択肢として考慮する必要がある」と明記されております。
 さて、終末期っていったいどのようにして判断しているのでしょうか。
 終末期の定義に関して、日本老年医学会のガイドライン作成に深く関わってきた東京大学大学院の会田薫子特任准教授は、以下のように言及しております。
 「悪性疾患と異なり、慢性疾患の終末期の定義化は困難であり、数値で表現することは不可能かつ不適切との指摘もある。そこで、数値を使わずに疾患の進行段階で示すこともある。例えば、認知症の終末期の定義は、それがアルツハイマー型であればFAST7dの『座位維持能力の喪失』以降というのが海外学術誌上では標準的とみられる。一方、脳血管疾患型認知症の進行は様々なので、終末期の定義は非常に難しく、頭を悩ませる。」(会田薫子:終末期医療を考えるということ. 日本医事新報4534 1 2011)
 「西洋の医学組織やアルツハイマー病協会は、アルツハイマー病が進行して摂食嚥下困難となった場合は胃ろう栄養法の適応ではなく、胃ろう造設は患者にとって不利益をもたらすだけなので、造設しないように勧告している。」(会田薫子:延命治療と臨床現場─人工呼吸器と胃ろうの医療倫理学 東京大学出版会, 2011, p154)
 会田薫子先生とは、終末期医療の問題に関して時折メールにて意見交換をしてきましたが、第22回日本老年医学会東海地方会のシンポジウム「認知症の終末期、胃瘻をどうする?」においてシンポジストとしてご一緒する機会がありました。その際に私は、榊原白鳳病院において調査した一般病床入院時と療養病床転棟時における終末期に対する意向の変化について報告しました。時間の経過とともに意向が約半数で変化し、経管栄養に関する意向調査では、経管栄養を既に実施中であるにも関わらず、「して欲しくない」と回答されたケースが複数ありました(笠間 睦:事前指示書と終末期医療─療養病床転棟時における終末期意向の変化調査. 日本医事新報4530 107-110 2011)。
 それでは、終末期医療における治療方針は、いったいどのように決められるのでしょうか。患者本人に意思能力がない場合には、家族による代理判断が行われます。代理判断の手順は、①事前指示の尊重→②代行判断→③最善の利益判断となります。日本社会においては、事前指示書の普及は進んでおらず、「代行判断」「最善の利益判断」がされているのが現状です。代行判断とは、現在意思能力がない患者が、もし当該状況において意思能力があるとしたら行ったであろう決定を代理判断者が推定するものです。
 日本人は、自分自身の終末期には「延命措置は望まない」と考えていても、家族には「少しでも長く生きて欲しい」と考え、家族の延命措置を希望することが多い国民です。回復し得ない終末期であることを家族が納得するには、一定の時間が必要不可欠なのです。
 最後に、昨今の医療現場の状況について触れておきましょう。
 多くのメディアを通して、胃瘻(胃ろう)が必ずしもハッピーな結果をもたらさないという啓発が進んだ影響なのか、「胃瘻=悪」というイメージが国民に徐々に浸透しているようです。
 その結果何が起きてきているのか!
 何と、中心静脈栄養法を希望するケースが増加し、胃瘻普及以前の医療現場の状況に戻りつつある様相です。中心静脈栄養法では、太い血管にカテーテルが挿入され、そこから高カロリーの輸液が実施されます。太い血管というのは、末梢の血管(目に見える手や足にある血管)ではありません。
 しかしながら、長期にわたる中心静脈栄養法には種々の問題点があります。代表的なものとして、腸管粘膜の萎縮が挙げられます。腸管は使わなければ萎縮し消化吸収が悪くなるだけではなく、腸管粘膜の免疫防御機構の破綻などにより、消化管の中にとどまるはずの腸内細菌(およびその毒素)が体内に移行し感染症を引き起こすことがあります。2002年のアメリカ静脈経腸栄養学会のガイドラインで積極的な経腸栄養が推奨され、わが国においてもこの流れに沿った栄養管理が近年は行われてきました。
 高齢者終末期における栄養摂取方法と平均余命の関係を調査した西円山病院の報告では、平均余命が経管栄養選択症例では827±576日、中心静脈栄養選択症例では196±231日でした。厳密には終末期とは判断されない状態において、胃瘻への悪評に惑わされ、胃瘻を拒み安易に中心静脈栄養を選択してしまうことの弊害については、きちんと啓発する必要があると考えております。
 患者さんが終末期と判断され、延命治療を望んでいないのなら、胃瘻も中心静脈栄養も導入せずに、末梢からの点滴などを受けながら住み慣れた場所で静かに看取られるのが本人にとって一番幸せなことではないでしょうか。

 2013年2月22日・三重タイムズ記事は、三重タイムズのサイトでも閲覧可能です。
 http://www.mietimes.co.jp/2013/130222/M2-1.htm
 http://www.mietimes.co.jp/2013/130222/M2-2.htm

http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/SinryouHousyuuH26enquete.pdf
【平成26年度の診療報酬改定を受けまして、緊急アンケート】

【患者様・ご家族の方へ】
 平成26年度の診療報酬改定を受けて、今後の医療に関する意向調査を実施したいと思います。順次3つの質問をしますので、率直なご意見・ご意向を忌憚なくお聞かせください。ご協力よろしくお願いいたします。

 「認知症初期集中支援チーム」に対する評価として、精神科重症患者早期集中支援管理料(1800点、月1回)なる診療報酬が新設されました。高度の認知症患者さんに対して、できる限り地域で支え、必要なときには然るべき医療機関できちんと対応しようという構想が具体化されてきたわけです。きちんと制度を整えようとした努力は評価されます。
 さて、重度の認知症患者さんに対応する医療機関の条件としては、「常勤精神保健指定医、常勤看護師又は常勤保健師、常勤精神保健福祉士及び常勤作業療法士の4名から構成される専任のチームが設置」「24時間往診及び看護師又は保健師による訪問介護が可能な体制を確保」などの基準があり、残念ながら榊原白鳳病院はその条件をクリアすることができませんでした。力及ばす申し訳ございません。
 そこで、患者様の希望に沿う医療を実現するために、今後の意向などを一度きちんと確認しておきたいと思います。
 以下のアンケートにお答えください。

質問1
 今後あなたが受けられる医療において希望事項をお聞かせください。
 □ これまで通り榊原白鳳病院での診療を受けたい。
 □ これからは、「認知症初期集中支援チーム」を担う病院および診療所での診療を受けたい。
 □ 今後はかかりつけの診療所での診療を受けたい。
 □ わからない
 □ その他

質問2
 嚥下障害が出現し口から食べられなくなったときにどのような医療を希望しますか?
 □ 自然な最期を希望する
 □ 末梢からの点滴を希望する
 □ 経鼻経管栄養を希望する
 □ 胃ろうからの経腸栄養を希望する
 □ 高カロリー輸液を希望する
 □ 医師に任せる

質問3
 外来において点滴実施を試みたものの、不穏などにより点滴の実施が困難な状況であった場合にどうされますか?
 □ 入院医療も含めて医療機関の努力で何とか点滴だけは実施してほしい(3-1)
 □ 点滴は諦め、自宅での安らかな最期を希望します(3-2)
 □ PEG(胃瘻造設)を承諾します(3-3)
 □ その他


※設問2および3に対する回答をまとめ、第33回日本認知症学会学術集会のポスターセッションにおいて報告したのでその概要を以下にご紹介します。

【第33回日本認知症学会学術集会・抄録】

【演題番号257】
変性性認知症患者への告知および「人生の最終段階における医療」に関する意識調査
【演者】
 笠間 睦      
 榊原白鳳病院 もの忘れ外来
【目的】
 アルツハイマー病などの変性性認知症に対して、告知に積極的に取り組む医療機関はまだまだ少ないのが現状である。比較的初期段階で予後について説明し、本人の終末期医療に対する意向を確認することは、自己決定に基づく医療の実現に繋がる試みとなる。
【方法】
 本年2月28日より約2か月間、榊原白鳳病院もの忘れ外来において、変性性認知症患者全例を対象として、マイルドな告知に基づく終末期医療に対する意向調査を実施した。
【結果】
 28例が回答しその内訳は、アルツハイマー病22例、レビー小体型認知症5例、前頭側頭型認知症1例であった。患者の年齢層は、50歳代1例、60歳代3例、70歳代11例、80歳代13例である。HDS-R21点以上が14例、20点以下が14例であった。経口摂取が困難となった場合に望む医療は、自然な最期:5例、末梢点滴:12例、経鼻経管栄養:0例、胃瘻:2例、TPN:0例、医師に任せる:2例、その他:7例という結果であった。末梢点滴を希望するものの、自己抜去などで実施困難な場合には胃瘻を承諾するとの回答も2例あった。
【考察】
 事前に種々の選択肢の長所・短所についてきちんと説明すると、経腸栄養を希望する患者は少ないことが分かった。今後も、本人と家族が終末期医療について話し合うためのきっかけづくりに積極的に取り組んでいく所存である。
【倫理的配慮】
 発表にあたり、個人情報保護に配慮した。

※発表におきましては、症例数が抄録よりも1例増えて29例となっております。


第33回日本認知症学会学術集会
2014年11月30日(ポスター)・パシフィコ横浜会議センター

【演題名】
変性性認知症患者への告知 および
「人生の最終段階における医療」に関する意識調査

【演者】
 笠間 睦   榊原白鳳病院 もの忘れ外来

【はじめに】
 アルツハイマー病などの変性性認知症に対して、病名告知に積極的に取り組む医師は少ないのが現状である。ましてや比較的初期の段階において、予後について説明したうえで終末期医療に対する意向を確認している医療機関は極めて例外的な存在である。繁田は、告知の折に終末期(看取り)に関して説明を受けたのは11.5%(「少し説明があった」を含めても19.8%)に過ぎないと報告している(繁田雅弘編著:実践・認知症診療─認知症の人と家族・介護者を支える説明 pp39-48, 医薬ジャーナル, 2013)。
 2011年7月25日から8月30日にかけて、認知症の介護者に対する終末期の意向調査を実施し、日本医事新報において報告している(笠間 睦:認知症介護者に対する終末期の意向調査. 2011年10月29日発行日本医事新報No.4566 26-29 OPINION)。
 今回は、本人に対してマイルドな告知に基づく意向調査を実施した。

【アンケート方法】
 2014年2月28日~4月22日の約2か月間、榊原白鳳病院もの忘れ外来において、変性性認知症患者全例を対象として(軽度認知障害はアンケート対象外)、マイルドな告知に基づく終末期医療に対する意向調査を実施した。

【アンケート対象】
 回答した患者29例の原因疾患は、アルツハイマー病(AD)23名、レビー小体型認知症(DLB)5名、前頭側頭型認知症(FTD)1名である。
 患者の年齢層は、50歳代1例、60歳代3例、70歳代11例、80歳代14例である。

A)HDS-R:21点以上
 AD (50歳代:1名、60歳代:3名、70歳代:5名、80歳代:5名):14名
 DLB(50歳代: 名、60歳代: 名、70歳代:1名、80歳代: 名):1名
 FTD(50歳代: 名、60歳代: 名、70歳代: 名、80歳代: 名):

B)HDS-R:20点以下
 AD (50歳代: 名、60歳代: 名、 70歳代:3名、80歳代:6名):9名
 DLB(50歳代: 名、60歳代: 名、 70歳代:1名、80歳代:3名):4名
 FTD(50歳代: 名、60歳代: 名、 70歳代:1名、80歳代: 名):1名

【結果―まとめ】
 回答した患者29例のうち、HDS-R21点以上が15例、20点以下が14例であった。
 なお、HDS-R20点以下の14例中6例は言語障害などのため本人の意向を確認することが困難であったため、家族に対して終末期医療に関する意向調査を実施した。
 「嚥下障害が出現し経口摂取が困難となった時にどのような医療を希望しますか?」という設問に対する回答は、自然な最期を希望する6例、末梢点滴12例、経鼻経管栄養0例、胃瘻2例、高カロリー輸液(TPN)0例、医師に任せる2例、その他7例という結果であった。
 末梢点滴を希望するものの、自己抜去などで実施困難な場合には胃瘻を承諾するとの回答が2例あった。

【結果1―HDS-R:21点以上(嚥下障害が切実ではないグループ)】
質問1
 嚥下障害が出現し口から食べられなくなったときにどのような医療を希望しますか?
 □ 自然な最期を希望する(※)                5名
 □ 末梢からの点滴を希望する                 6名
 □ 経鼻経管栄養を希望する(※)                名
 □ 胃ろうからの経腸栄養を希望する(※)            名
 □ 高カロリー輸液(TPN)を希望する               名
 □ 医師に任せる(※)                    1名
 □ その他                          3名
  ①10年後なら点滴だけ、でも今は、PEGは嫌なのでTPNかな…:1名
  ②考えたことがないので分からない(※)。なるべく自然に…と思う。
    実兄がPEGを受ける姿を見ていたので「管」は嫌です。   :1名
  ③本人:「今まで考えたことがない。(※)」 妻:「点滴かな…。」:1名
 
質問2(質問1で※を選択した方は、質問2には進んでおりません)
 外来において点滴実施を試みたものの、不穏などにより点滴の実施が困難な状況であった場合にどうされますか?
 □ 入院医療も含めて医療機関の努力で何とか点滴だけは実施してほしい                                2名
 □ 点滴は諦め、自宅での安らかな最期を希望します        名
 □ PEG(胃瘻造設)を承諾します                1名
 □ その他                          4名
    「その他」の具体的な内容:その時にならないと分からない 3名
                 医師に委ねます        1名

【結果2―HDS-R:20点以下(嚥下障害が身近な問題であるグループ)】
質問1
 嚥下障害が出現し口から食べられなくなったときにどのような医療を希望しますか?
 □ 自然な最期を希望する(※)                1名
 □ 末梢からの点滴を希望する                 6名
 □ 経鼻経管栄養を希望する(※)                名
 □ 胃ろうからの経腸栄養を希望する(※)           2名
 □ 高カロリー輸液(TPN)を希望する               名
 □ 医師に任せる(※)                    1名
 □ その他                          4名
      ①3名:「分からない」(※)             3名
      ②1名:「家族の意向に委ねる」(※)         1名

質問2(質問1で※を選択した方は、質問2には進んでおりません)
 外来において点滴実施を試みたものの、不穏などにより点滴の実施が困難な状況であった場合にどうされますか?
 □ 入院医療も含めて医療機関の努力で何とか点滴だけは実施してほしい                                 3名
 □ 点滴は諦め、自宅での安らかな最期を希望します        1名
 □ PEG(胃瘻造設)を承諾します                1名
 □ その他                          1名
 「その他」の具体的な内容:
 「胃瘻は考えていないものの、点滴をしないで看ていくかどうかまでは考えておらず返事に迷います。」


【考察】
 事前にきちんと種々の選択肢の長所・短所について説明すると、経腸栄養を希望する患者は少ないことが分かった。
 今後は、意向調査結果を治療方針に反映させ、本人が望む終末期医療の実現に向けて取り組みを進めるとともに、今後も「マイルドな告知」に基づく本人からの意向の聞き取りを実践し、本人と家族が終末期について話し合うためのきっかけづくりに取り組んでいきたいと考えている。

【COI開示】
 演題発表に関連し、開示すべきCOI関係にある企業などはありません。

【倫理的配慮】
 本研究においては、患者の尊厳を守るべく倫理面での配慮を行うとともに、情報管理に注意し個人情報保護に配慮した。



◎なお、学会においては報告しませんでしたが、元々の設問1に対する回答内容も以下にご紹介しておきます。

A)HDS-R:21点以上(嚥下障害が切実ではないグループ)
 2014年4月22日現在の総数:15名
質問1
 今後あなたが受けられる医療において希望事項をお聞かせください。
 □ これまで通り榊原白鳳病院での診療を受けたい。      12名
 □ これからは、「認知症初期集中支援チーム」を担う病院および診療所での診療を受けたい。                       1名
 □ 今後はかかりつけの診療所での診療を受けたい。        名
 □ わからない                         名
 □ その他                          2名
  ①榊原白鳳病院まで通うのは遠いので、「認知症初期集中支援チーム」を担う病院および診療所が居住地の近くにあればそちらに通いたい。
  ②基本はかかりつけ医、何か困ったら榊原白鳳病院に受診します。

B)HDS-R:20点以下(嚥下障害が身近な問題であるグループ)
 2014年4月22日現在の総数:14名
質問1
 今後あなたが受けられる医療において希望事項をお聞かせください。
 □ これまで通り榊原白鳳病院での診療を受けたい。      12名
 □ これからは、「認知症初期集中支援チーム」を担う病院および診療所での診療を受けたい。                        名
 □ 今後はかかりつけの診療所での診療を受けたい。        名
 □ わからない                         名
 □ その他                          2名
   「その他」の具体的な内容:
    平素はかかりつけ医で診察を受け、症状に変化があれば笠間医師に受診し相談したい。
    母の状態による。現状なら笠間先生に診て欲しいが悪くなれば…。


【結果を振り返って】
 以上の結果をもとに、事前に詳細な説明をすると、経腸栄養を希望する患者は6.9%(2/29)と少ないことを第33回日本認知症学会学術集会(2014年11月30日・パシフィコ横浜会議センター)において報告しております。
 経腸栄養を希望された2名は、2名ともにHDS-R20点以下のグループです。
 HDS-R20点以下の14例中6例は言語障害などのため本人の意向を確認することが困難であったため、家族に対して終末期医療に関する意向調査を実施した状況ですが、経腸栄養を希望した2名は2名ともにご家族の意向によるものです。すなわち、ご本人が経腸栄養を希望された事例は皆無という結果でした。

 上記2例について少しだけご紹介しておきましょう。
※ケース5(82歳女性 HDS-R:0点)
 家族(息子):「胃瘻造設を希望します」
※ケース17(78歳女性 HDS-R:7点)
 家族(嫁):「可哀想なのできちんと栄養管理してやりたいです。」


 ケース17の方の事例に関しては、朝日新聞社の医療ブログ「ひょっとして認知症?」の中で私は以下のように言及しております。

2014.5.9公開
 http://apital.asahi.com/article/kasama/2014050800012.html
第489回 否定してはいけない「物盗られ妄想」-想像を超える人間の情
 若年性認知症を患ったクリスティーンさんは、物盗られ妄想が起きてしまうことについて以下のように語っています。
「私は間違った場所に物を置く。手に物を持って歩きながら、どこかへ置こうとした時にほかのことがひょいと頭に浮かび、それを下ろしてしまう。そして当然、後になってどこに置いたか思い出せないことになるのだ。
 わざと隠したのではない。どこに置いたのかが思い出せないのだ。時には、自分の手で持っていたことさえ覚えていないこともある。だから、あなたがそれを取って隠したのだろうと責めてしまいがちになる。」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p137)
 このようにもの盗られ妄想の出現には健忘が必要条件ではあるものの、それは決して十分条件ではなく、アルツハイマー病のごく初期の記憶障害がきわめて軽い段階においても強固なもの盗られ妄想が出現する場合もあることが指摘されています。
 もの盗られ妄想の好発時期については、軽度から中等度認知症の時期にみられることが多く、重度になると格段に減少する(シリーズ総編集/辻 省次 専門編集/河村 満 著/橋本 衛:アクチュアル脳・神経疾患の臨床─認知症・神経心理学的アプローチ 中山書店, 東京, 2012, pp313-316)ことが報告されているのです。

 さて、物盗られ妄想を近所の人に語ってしまいますと、それを聞いたご近所の方は、ご本人が認知症であることを聞いていなければ信じ込んでしまいます。しかし後になって事実ではないことを知りますと、あの人は「作り話をする人」と感じてしまうのではないでしょうか。
 物盗られ妄想については、「ひょっとして認知症? Part1─認知症を生きるということ(第177~178回)」などにおいて詳しくお話しました(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/hyottoshite177-178.pdf)。作話については、「ひょっとして認知症? Part1─認知症患者の作り話・作話(第282~283回)」においてお話しました(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/hyottoshite282-283.pdf)。
 「平成26年度の診療報酬改定を受けまして、緊急アンケート」(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/SinryouHousyuuH26enquete.pdf)の「アンケート後感想」におきましては、私は以下のようなコメントをしております。
 2014年3月15日に回答(調査No.17)されました78歳女性(HDS-R:7/30)は、現実に軽い「嚥下障害」が出現しつつある状況下でのアンケート調査となりました。
 ご本人は「分からない」と回答されました。ご本人に代わってアンケートに回答されましたお嫁さんは、「点滴だけでは可哀想に思います。長く生きられるのなら胃瘻を考えたい。」とお話されました。
 この患者さんは、ひょっとして認知症Part1のシリーズ第178回「認知症を生きるということ(2) 物盗られ妄想の治療例」(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/hyottoshite178.pdf)にてご紹介した方ですよ。
 「物盗られ妄想」への対応で苦慮した“歴史”が介護者であるお嫁さんには大きくのしかかっていると私は思っておりましたので、「可哀想なので長生きできるなら胃瘻を…」というお話を聞くとは想像だにしておりませんでした。人間の“情”って想像を超えるものなんですね。



2013.10.16公開『ひょっとして認知症? 第285回』
 http://apital.asahi.com/article/kasama/2013101000012.html
《285》難しい早期診断と告知─告知後の問題点
 認知症の終末期医療における諸問題点についてお話した際に、延命治療を行わず自然な死を受け入れるための倫理的・法的4条件についてご紹介しましたね(箕岡真子:認知症ケアの倫理 ワールドプランニング発行, 東京, 2010, p104)。
①医学的に末期であること、治療の無益性が明確であること。
②これ以上の積極的治療を望まないという本人意思があること。
③家族も同意していること。
④合意形成に際して手続き的公正性が確保されていること。
 さて、「本人意思」をきちんと確認するには、本人に対する病名・病状および予後に関する説明が前提となります。
 しかしながらアルツハイマー病の告知に関しては、シリーズ第20回『認知症の代表的疾患─アルツハイマー病 アルツハイマー病の診断には時間がかかる』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2012122600005.html)において触れましたように、「米国でアルツハイマー病と診断された地域在住高齢者の平均余命は、男性4.2年、女性5.7年と記載されています。本邦では、あなたの病気は認知症ですよ。死なない病気だから心配ありませんなどと無責任に本人に告知する医師がいるのが現状です。現時点では根治療法の確立していないアルツハイマー病の告知は、ガンの告知と同様に慎重でなければならない場合が多いと思います。」(山口晴保:認知症の正しい理解と包括的医療・ケアのポイント第2版 協同医書出版社, 東京, 2010, pp240-242)という問題点があることをご紹介しましたね。
 では実際にはどの程度の割合で「告知」・「予後告知」は行われているのでしょうか。アルツハイマー病に特化したアンケート調査ではありませんが、首都大学東京の繁田雅弘教授らが実施した認知症の人の介護経験のある家族1,237人を対象とした大規模な調査報告があります(http://www.repository.lib.tmu.ac.jp/dspace/bitstream/10748/4316/9/10280-011.pdf)。
 このアンケート調査結果によりますと、認知症であることを「本人に告げられた(告知された)」のは43.9%、「本人に告げられなかった(告知を受けなかった)」のは53.9%でした。そして、告知されたケースにおいては、家族の過半数(54.3%)が「告知してもらってよかった」と振り返っており、「告知したことはよくなかった」と回答した家族は9.1%と少数でした(「わからない」:34.9%)。一方、告知されなかったケースにおいても、家族の過半数(53.5%)が「告知しなくてよかった」と振り返っており、「告知した方がよかった」と回答したのは4.2%に過ぎませんでした(「わからない」:34.9%)。それでは家族は、告知してよかったと思う理由、告知してよくなかったと思う理由についてどのように回答しているのでしょうか。「告知をしてよかったと思う理由では、『本人には知る権利があるから』(28.4%)、『本人と家族とが助け合い、協力し合うきっかけになったから』(18.8%)、『運転など危険なことをやめるきっかけになったから』(6.3%)が多くみられました。また告知をしてよくなかったと思う理由では、『本人への精神的影響が強かったから』(50.0%)、『本人が病気のことを理解できなかった』(18.8%)、『本人は告知を受けたくなかった』(6.3%)が多数でした。」(繁田雅弘:アルツハイマー病と病名告知. からだの科学通巻278号 88 2013)
 なお、告知に際して終末期(看取り)に関して説明されたのは11.5%(「少し説明があった」を含めても19.8%)に過ぎませんでした(繁田雅弘編著:実践・認知症診療─認知症の人と家族・介護者を支える説明 医薬ジャーナル, 大阪, 2013, pp39-48)。
 群馬大学大学院保健学研究科の山口晴保教授は、「認知症の告知もしばしば行われるようになってきているが、告知後に抑うつ状態・意欲低減というnegativeな面が強く表れることが多い。そのような状況を支える環境整備や心理的支援などの非薬物療法をできないなら、安易な病名告知はすべきでない。」と述べております(山口晴保:非薬物療法の現状と展望-概論. 日本臨牀 Vol.69 Suppl10 98-103 2011)。すなわち、「診断後のサポートが不在であれば、診断は『告知』ではなく『宣告』になる」(森 俊夫:認知症の地域包括ケア─京都の挑戦. 医学のあゆみ Vol.246 305-309 2013)わけです。
 アルツハイマー病は、早期であればある程、確定診断が難しく、しかも、診断が誤っていた場合の影響が大きい(繁田雅弘編 齋藤正彦著:実践・認知症診療─認知症の人と家族・介護者を支える説明 医薬ジャーナル, 大阪, 2013, pp22-29)ことを考えますと、積極的な予後告知は今後も進まないであろうと私は予測しております。
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