佐藤雅彦:認知症になった私が伝えたいこと [アルツハイマー病]
はじめに
二〇〇五年一〇月二七日、私はアルツハイマー型認知症と診断されました。
「あなたはアルツハイマー病です」と医師から言われたとき、私は頭が真っ白になり、質問することもできませんでした。
当時、私はまだ五一歳でした。
医師から十分な説明がなかったので、私は書店や図書館に通い、「アルツハイマー」に関する本を片っ端から読んで、勉強しました。
でも、知識が増えるごとに、私は希望を失っていきました。
何を読んでも、
「認知症になると考えることができなくなる」
「日常生活ができなくなる」
「いずれ自分自身のこともわからなくなる」
「意思も感情もなくなる」
というようなことしか書かれていなかったからです。
認知症は、世間で言われているような怖い病気でしょうか。
私は、自分が認知症になり、できないことは増えましたが、できることもたくさんあることに気がつきました。
認知症の診断を受けて九年になりますが、いまも一人暮らしを続けています。
認知症であっても、いろいろな能力が残されているのです。
社会にある認知症に対する偏った情報、誤った見方は、認知症と診断された人自身にも、それを信じさせてしまいます。
この二重の偏見は、認知症と生きようとする当事者の力を奪い、生きる希望を覆い隠すものです。
私は、そのような誤解、偏見を、なくしていきたいと考えています。
【佐藤雅彦:認知症になった私が伝えたいこと. 大月書店, 東京, 2014, pp9-11】
私の感想:
> 認知症であっても、いろいろな能力が残されているのです。
共感致します。
> 「アルツハイマー型認知症」の診断を受けて九年になりますが、いまも一人暮らしを続けています。
アルツハイマー病の経過と合わない気がします。
典型的なアルツハイマー病の経過は、FASTをご参照下さい。
仮に「境界域」の中頃に早期診断できたとしても、アルツハイマー病であれば発症して7年も経過すれば「やや高度のAD」にさしかかっている頃であり、一人暮らしは困難なはずです。
私は、診断が間違っている可能性も否定できないと感じております。
アルツハイマー病の診断上の問題点は、私がm3の認知症フォーラムに寄せた記述が参考になると思いますので、以下にその記述をご紹介致します。
認知症の診断
> ペーペー精神科医:「認知症の診断について良い教科書や文献などあればご提示いただければ幸いです。DSMやICDではあまりはっきりしていない印象があります…。」
私は、日本認知症学会の専門医(指導医)、日本脳神経外科学会専門医ですが、認知症の診断に苦慮するケースは多々あります。
「後医は名医」と言いますように、前医(=日本認知症学会専門医)がアルツハイマー病ではないのに「アルツハイマー病」と誤診しているケースはしばしば見受けられます。逆もまた真なりで、私が誤診し後医がそれに気づいているケースがあることは指摘を受けていないだけでしばしば存在しているのであろうと推測しております。
とにかく、アルツハイマー病と鑑別が難しい疾患には、「うつ」「アパシー」「低活動型せん妄」といった一般的な疾患以外に、「SD-NFT」「AGD」といったような疾患もありますので、診断は決して容易ではありません。
https://medqa.m3.com/doctor/showForumMessageDetail357644.do
嗜銀顆粒性認知症(argyrophilic grain dementia;AGD):
AGDは、認知症の5~10%を占めるとされており、決して稀な疾患ではありません。そして、高齢になるほど頻度を増すものと考えられております(認知症テキストブック, 中外医学社, 2008, pp326-329)。AGDにおいて脳萎縮が顕著な部分は側頭葉内側ですので、記憶障害が主たる徴候で、進行しても他の認知機能は比較的保たれます。日常生活動作(Activities of Daily Living;ADL)もアルツハイマー病に比べると、比較的良好です。
AGDに特徴的とされるのは、易刺激性・被害妄想・不機嫌・激越などの「認知症に伴う行動障害と精神症状」(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)です。そして、易刺激性が最も頻度の高い症状です。認知機能が比較的保たれていますので、行動異常が症状として目立ちます。
AGDは、臨床的にはADとの鑑別が非常に難しい疾患です。金沢大学大学院医学系研究科脳老化・神経病態学(神経内科)の山田正仁教授は、「嗜銀顆粒性認知症(AGD)や神経原線維変化型老年期認知症(senile dementia of the neurofibrillary tangle type;SD-NFT)は高齢発症タウオパチーと呼ばれているが、それらの診断法は開発途上であり、ほとんどの患者はADと誤診されている。」(山田正仁:認知症疾患の精度の高い早期診断を目指して. 最新医学 Vol.68 741-742 2013)と指摘しております。
また、東京都健康長寿医療センター放射線診断科部長の德丸阿耶医師は、「海馬傍回萎縮をきたし認知症を惹起するAD以外の疾患、前述の嗜銀顆粒性認知症、海馬硬化症などが、ADと安易に誤診される場合も想定され、一般に広く普及してきたVSRADの有用性と問題点を把握することは大切である。」(德丸阿耶:MRIと病理. 老年精神医学雑誌 第24巻増刊号-Ⅰ 39-48 2013)と述べています。すなわち、きちんと臨床症状・経過を評価することなく、MRI画像診断の判定結果を重視してしまうと、AGDであるにも関わらず安易にADと診断されてしまうという問題点を有しているのです。
しかしながら近年においては、PIB-PET(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013032600015.html)などのアミロイドイメージングが可能な時代となっており、アミロイドβが有意に検出されなければ、アルツハイマー病を除外診断できるようになっております。ただし、シリーズ第93回『アルツハイマー病の治療薬 期待される根本治療薬』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013032700006.html)において説明しましたように、PET(ポジトロン断層法)アミロイドイメージングに関する適正使用指針において示された適切な候補者の3条件のうちの1つは、「進行性の認知機能の低下がある65歳未満の人」でしたね。高齢発症の認知症患者さんに対してアミロイドPETが実施されることは基本的にはないのが今の現状です。
国立精神・神経医療研究センター病院臨床検査部医長の齊藤祐子医師は、AGDの臨床的特徴として以下の4点を挙げております(齊藤祐子、村山繁雄:嗜銀顆粒性認知症の鑑別診断. 最新医学 Vol.68 820-826 2013)。
①高齢発症であること。
②初発はもの忘れの症例が多いが、ADと比べ、頑固さ、易怒性など、前頭側頭型認知症と共通点があること。
③進行は緩徐で、MCI に比較的長期間とどまり、ADLも保たれる傾向がある。
④塩酸ドネペジルの効果は限定的で、いわゆるノンレスポンダーのことが多い。
上記のような特徴を持った認知症患者さんを診療した際には、AGDを念頭において診療に臨むことが肝要と言えそうですね。
2016-03-28 16:24
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