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感情と結びついた記憶は、認知症患者さんにおいても残りやすい [認知症]

感情と結びついた記憶は、認知症患者さんにおいても残りやすい!


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第220回 『認知症と長寿社会(笑顔のままで)─感情を伴った記憶は残っている』(2013年8月7日公開)

 NHK・Eテレの福祉ネットワークにて、2011年9月5日から9月8日まで、「シリーズ認知症と向き合う」が報道されました。
 9月8日のシリーズ最終回では(http://www.nhk.or.jp/heart-net/fnet/info/1109/110908.html)、「本人交流会」の様子が紹介されました。
 9月8日の放送には、大阪市社会福祉研修・情報センターの沖田裕子スーパーバイザーがコメンテーターとして出演し、「本人交流会」に関して詳しくご紹介して下さいました。
 本人交流会は全国で10か所以上で実施されており注目される取り組みになってきているそうです。具体例として、認知症の人と家族の会広島支部の「陽溜まりの会」と、福岡県大牟田市の「ぼやき、つぶやき、元気になる会」が紹介されました。
 沖田裕子さんは番組の最後に、「本人交流会を特別養護老人ホームとかグループホームでやってみたことがあるが、施設の方も『こんなにしゃべれるとは思わなかった』とびっくりしていました。聞かれないからいつも喋っていないだけで聞き続けているとお話して下さるんですよね。高齢の認知症患者さんにおいても本人の思いを聞き出すことが大切!」と思いを熱く語っていました。

 ナンスタディの詳細を記載した『100歳の美しい脳』(デヴィッド・スノウドン著, 藤井留美訳, DHC, 2004)のp250に以下のような記載があります。
 「デボラ・ダナー(感情を専門とする心理学者)は、アルツハイマー病患者を対象とした自分の研究で、ひとつの発見をしていた。強烈な感情を伴った記憶は、すでに外界とのつながりを失ったように見える状態でも、保持されていることが多いのである。だから彼女は患者との面談に臨むとき、その人の人生最良のとき、つまり最高の幸福に包まれたできごとを調べるようにしている。そして面談をビデオ収録しながら、そのときの思い出を話題にするのである。すると、家族も驚くような変化が現われることがある。話すことを一切やめてしまい、自分の世界に引きこもった患者が、ダナーの問いかけに活気を取りもどし、言葉を発することさえあるのだ。
 ダナーは、夫が重度のアルツハイマー病になっているある夫婦の話をしてくれた。
 彼女は妻に電話をかけ、夫がどんな感情を持っているか直接聞いてみてもよいかとたずねた。結婚55年になる妻は、即座に答えた。『いいわ、いらっしゃい。だけどあの人は、もう感じるってこともわからないのよ』
 夫は数年前から寝たきりで、言葉を口にすることもめったになかった。患者と二人きりになったダナーは、夫婦が40回目の結婚記念日をお祝いしたときの話をした。すると夫の顔に笑みが浮かんだ。気をよくしたダナーは話を続けて、言葉にはならなくても、理解の徴候が顔に出るのではないかとじっと観察した。隣室にいた妻は、夫の声を聞いてどれほど驚いたことか。彼はダナーにこんなことを言ったのだ。『誰も話を聞いてくれんから、話をせんのだ』」



朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第791回 『感情に配慮したケアを─感情はむしろ過敏』(2015年3月13日公開)
 
 感情と結びついた記憶は、認知症患者さんにおいても残りやすいことが指摘されています。否定されたり叱られたり…ということが繰り返されますと、「この人は嫌いだ」という感情が残ってしまい、その人に会うだけでその感情が蘇ってきてイライラしたりします。
 多くの方が集まるデイサービスで、認知症患者さんが特定の個人を攻撃するケースは多々見受けられます。これは紛れもなく、感情と結びついた記憶が鮮明に残っていることを証明しています。
 実は、認知症患者さんの方がむしろ感情が過敏であるという報告さえされているのです。「NHKためしてガッテン(主婦と生活社発行 Vol.10春号 28 2011)」には、以下のような記載があります。
 「アルツハイマー病の人は健康な人よりも、脳の中の感情をつかさどる扁桃体(Amygdala)の反応性が高く、感情が敏感になっている(Wright CI, Dickerson BC, Feczko E et al:A functional magnetic resonance imaging study of amygdala responses to human faces in aging and mild Alzheimer's disease. Biol Psychiatry Vol.62 1388-1395 2007)。」
 アルツハイマー病患者さんにおいて感性が保たれていることが分かってきたのは、ごく最近のことだと私は思っておりました。
 しかし、精神科医の小澤勲さん(故人)が10年程前に書かれた「認知症とは何か(2005年第1刷発行)」という本では、既に敏感な感性について言及されております。
 「認知症を病むと、認知の障害は進行し、深まっていく。ところが、幸か不幸か、感情領域の障害は、認知障害と並行して同じように低下するわけではない。もし、世間の大方が誤解しているように、『ぼければ、何も分からなくなるから本人は楽なものだ。周囲は困り果てるのだが…』という考えが正しいようなら、つまり知的能力の低下と並行して感情障害も深まり、感情が枯渇していくのならば、彼らはそんなに追いつめられないですむのかも知れない。しかし、実際はまったく違う。
 認知症を病む人たちの多くは徐々に『できないこと』が増えていくのだが、一方でそのことを漠然とではあれ感じとる能力は保持されている。自分が人に迷惑をかけていることも、自分が周囲からどのようにみられ扱われているかということも、彼らはとても敏感に感じとっている。そして、不安に陥り、怯えている。」(小澤 勲:認知症とは何か 岩波新書出版, 東京, 2005, pp94-95)
 アルツハイマー病においては、心の理論の障害が少ないことが論文報告されております。その記述を以下にご紹介しましょう(一部改変)。
 「社会の中で適切に生活するためには、共存する他者の心理状態を適切に推測することが必要である。他者心理の読み取りに関しては、情動の読み取りや心の理論に関するアプローチが存在する。
 心の理論とは、他者の心の状態(信念、感情、意図など)を推測する機能のことである。
 心の理論の働きを評価する方法として、これまでにさまざまな課題が考案されて用いられている。『reading the mind in the eyes test(まなざし課題)【Tsuruya N, Kobayakawa M, Kawamura M:Is “reading mind in the eyes” impaired in Parkinson's disease? Parkinsonism Relat Disord Vol.17 246-248 2011】』と呼ばれる課題では、他者の目とその周辺の領域を表示した画像から、その人物の心理状態を読み取ることを要求される。この課題では基本6情動(喜び、悲しみ、怒り、恐怖、驚き、嫌悪)のような情動でなく、より複雑と考えられる心的プロセス(例:敵意がある、興味がある、など)に関する心理の推測を要する。また『faux pas test(失言課題)』のような言語性の課題も開発されている。失言課題では、物語の中でうっかり口を滑らせたり、場にそぐわない発言をした人物を探すことが要求される。またその発言がなぜ状況にそぐわないのかや、その発言をしてしまった人物の心理状態に関して理解することが要求される。これまでの検討では、前頭側頭型認知症において、失言課題、まなざし課題ともに障害が認められている一方、アルツハイマー病では心の理論の障害を認めなかったことが報告されている【Gregory 2002】【Torralva 2007】。」(シリーズ総編集/辻 省次 専門編集/河村 満 著/小早川睦貴:アクチュアル脳・神経疾患の臨床─認知症・神経心理学的アプローチ 中山書店, 東京, 2012, pp339-342)
 前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia;FTD)においては心の理論の障害を認めるのに、アルツハイマー病においてはなぜ心の理論の障害が認められないのか? 非常に興味深い部分ですね。脳科学的に推論してみましょう。実は、「吻内側前頭葉(Brodmann10/32野)は他人の心を推測する(mentalizing)など、社会的認知(social cognition)に関与する」ことが報告されております(Amodio DM, Frith CD:Meeting of minds: the medial frontal cortex and social cognition. Nat Rev Neurosci Vol.7 268-277 2006)。この論文の抄録は、ウェブサイト(http://www.nature.com/nrn/journal/v7/n4/abs/nrn1884.html)においてもお読み頂けます。ですから、アルツハイマー病の初期段階においては、Brodmann10/32野(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%81%AE%E8%84%B3%E5%9C%B0%E5%9B%B3)が比較的温存されており、そのために心の理論の障害が起こりにくいのかも知れませんね。
 一方、東北大学大学院医学系研究科高齢者高次脳医学寄附講座の目黒謙一教授は、血管性認知症の人にこそ細やかな配慮が必要であると指摘しています。
 「(血管性認知症の人は)感情的には『忘れず』、この介護者はどの程度自分のことを分かっているのか、どの位委ねられる人なのかということを、考える力も保持している。デイサービスにおいて1回嫌なことがあると行かないという拒否は、血管性認知症患者に起こりやすい。アルツハイマー病患者は行くまでが大変でも、1回行くと馴染んでしまうことと対照的である。血管性認知症患者は、特に自分の強い感情を伴ったことは忘れにくい傾向があるため、介護者は注意して接する必要がある。また、患者は他の患者に接する介護者の態度をよく見ている。同じ様に接しているつもりでも、患者に心の余裕がない場合、『私は冷遇されている』と勝手に思い込んでいる場合もある。細かいことであるが、同じテーブルに座っている患者1人に声をかけたら、全員にも声をかけるなどの平等さが必要である。」(目黒謙一:認知症医療学 自治体における認知症対策のために─田尻プロジェクトからの提言 新興医学出版社, 東京, 2011, p20)

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