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「バナナは黄色い」というのは、元の記憶から抜きだされた記憶 [記憶]

「バナナは黄色い」というのは、元の記憶から抜きだされた記憶

(冒頭省略)
 患者H.M.氏は、海馬が切除されたことによって、記憶のすべてを失ったわけではなかった。たとえば自分の家族のこと、物の名前などは覚えていた。また、いわれた7個程度の数をその場で復唱するといった脳の機能(即時記憶)には問題がなかった。
 …(中略)…

私たちは、いつ「バナナは黄色い」と覚えたのか?
 「海馬が非常に重要な役割を果たす『出来事の記憶』に対して、海馬がほとんど関与しない『意味の記憶(semantic memory)』というものがあります。たとえば『バナナは黄色い』といった例です」(利根川博士)。H.M.氏の脳から失われなかった記憶も、意味記憶である。意味記憶は、脳の表側にある大脳皮質のうち、とくに側頭部から頭頂部にかけての領域(側頭葉)に保持されているという。
 「意味記憶は、実は元は出来事の記憶からできています」と利根川博士は解説する。「たとえば、ずっと昔、親が子供にバナナをはじめて食べさせたとしましょう。子供はそれが何かわからないけれど、食べてみるとおいしくて、そして黄色い。こういうエピソードを何回もくりかえした中から、『バナナは黄色い』というところだけが、共通事項として抜きだされたのです。意味の記憶というのは皆、そういうものなのです」(利根川博士)。ちなみに、記憶をさかのぼれるのは、3歳ころの記憶までだといわれている。
海馬.jpg
 では、出来事の記憶から、意味の記憶はどうやってつくられるのだろうか。利根川博士によれば、海馬ではまかなえなくなって、脳の表側にある大脳皮質に記憶が転送されるのだという(イラスト)。ただし、転送方法の詳細はわかっていない。
(以下省略)
 【Newton Vol.36 2016/5月号 シリーズ.脳とニューロン第2回─記憶のしくみ研究最前線(なぜ覚えて、思いだせるのか?) 68-77】


私の感想
 朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第18回 『認知症の代表的疾患─アルツハイマー病 アルツハイマー病の症状』(2013年1月1日公開)におきまして記憶のメカニズムに関する諸情報をお届けしました。
 以下に再掲いたします。
 
朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第18回 『認知症の代表的疾患─アルツハイマー病 アルツハイマー病の症状』(2013年1月1日公開)
 アルツハイマー病の症状としては、初期から記憶障害がほぼ必発であり、多くの場合には初発症状となります。特にエピソード記憶(メモ1参照)の障害が中心になります。
 病識は欠如し、「取り繕い反応(場合わせ反応)」(メモ2参照)が目立ちます。初期からの人格変化(メモ3参照)は稀で、礼節は保たれます(下濱 俊:認知症の概念・病態. 医薬ジャーナル Vol.48 1955-1965 2012)。

メモ1:エピソード記憶
 記憶には、短期記憶と長期記憶があります。
 長期記憶は、陳述記憶と非陳述記憶に分けられます。
 陳述記憶には、エピソード記憶と意味記憶があります。エピソード記憶とは、個人的な経験たとえば皆でピクニックへ行ったとか、夕食の内容などの記憶です。意味記憶とは、社会的に誰もが知っているような事実や地名などの記憶です。
 非陳述記憶の代表は、手続き記憶です。手続き記憶とは、自転車の乗り方のように体で覚えている記憶です。

メモ2:取り繕い反応
 アルツハイマー病患者さんの特徴として、取り繕いが上手いことがあげられます。特に、初期のアルツハイマー病患者さんは、返事に困っても上手くその場を切り抜けるため、日常会話だけでは、変化に気付くことが難しいのです。
 「今日は何日ですか?」と質問すると、「うーん、この歳になったら日にちは関係ないから」「今日は新聞見てこなかったから」と取り繕って、その場をうまく切り抜けますので、ご近所の方が患者さんと世間話をしているだけでは、認知症の存在に気づきません。
 このようにアルツハイマー病の患者さんは、残された能力をフル活動してその場を取り繕う努力をしているのです。身近でない人に対して普通に挨拶が交わせますし、介護保険の認定調査などの際にてきぱきと答えるため、認知症の程度が軽く判定されてしまうといった事態がしばしば起きてしまいます。

メモ3:アルツハイマー病初期における性格変化
 アルツハイマー病初期における性格変化について報告した論文があります。
 80人のアルツハイマー病外来患者さんを対象とした調査では、「41%に思考の柔軟性低下、39%に他人の思いに対する配慮の低下、26%で自己中心的な性向の増大、36%で感情の繊細さが失われる」(斎藤正彦:アルツハイマー病初期にみられる性格変化. 老年精神医学雑誌 Vol.16 310-314 2005)といった性格変化が報告されています。
 認知症においては、「人格変化」が症状の一つとして象徴的に指摘されますね。しかしながら、人格変化が顕著に目立つのは、前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia;FTD)というタイプの認知症です。

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短期記憶と長期記憶:
 「記憶は記憶痕跡の把持時間により短期記憶(把持時間:~数十秒)と長期記憶とに分けられ、長期記憶はさらに近時記憶(把持時間:数分から数日)、遠隔記憶(把持時間:数週間以上)に分けられる。
 短期記憶とは即時記憶ともいわれ、最大60秒程度の秒単位の記憶である。容量に制限があり、把持時間にも制限があることが特徴である。
 一方、長期記憶は数分以上の間隔を経て、再生することが可能な記憶であり、近時記憶においては再生を繰り返すことにより定着が進むといわれる。しっかりと貯蔵され、必要に応じて取り出しが可能な記憶を遠隔記憶という。
 記憶のプロセスとしては、少なくとも体験の登録・符号化、把持・貯蔵、想起の3過程があるが、このいずれが障害されても記憶障害が出現する。入力情報の正確な登録・符号化がなされず、登録が不完全となる場合、いわゆる記憶以前の段階の障害であり、前述の即時記憶が障害されることとなる。また、想起には再生(recall)と再認(recognition)とがあり、再生はさらに自由再生と手がかり再生とに分類される。再認とは複数項目のなかで既知のものを多者択一で選択することである。」(シリーズ総編集/辻 省次 専門編集/河村 満 著/三村 將:アクチュアル脳・神経疾患の臨床─認知症・神経心理学的アプローチ 中山書店, 東京, 2012, pp8-10)【一部改変】

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 「エピソード記憶の障害は、前向性健忘(anterograde amnesia)と逆向性健忘(retrograde amnesia)に分けて検討する。健忘の発症より古いことを想起できないと逆向性健忘、発症後に新しいことを学習できないと前向性健忘である。アルツハイマー型認知症のように徐々に発症して発症時点がはっきりしない疾患においては、どこまでが逆向性健忘でどこからが前向性健忘なのか、明確に区別できないことも多い。
 前向性健忘のスクリーニングとしては、ミニメンタルステート検査(MMSE)と改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)のなかの遅延再生課題が有用である。いずれの課題も、『桜』、『猫』、『電車』などの3語を記憶させ、直後に再生させ(即時再生)、その後、計算課題などをはさんだ後に、覚えた言葉の想起を再度求める構造をとっている(遅延再生)。即時再生は、主に注意力と関連した作業記憶課題であり、遅延再生が前向性健忘と関連した課題である。」(吉益晴夫:記憶. 精神科 Vol.23 147-151 2013)

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記憶の種類とアルツハイマー型認知症の関係:
 「認知症にはいくつかのタイプがあり、すべてのタイプを一括りにして捉えることはできないが、アルツハイマー型認知症について言えば、その初期症状として比較的顕著な低下が認められる記憶機能は、まず、エピソード記憶であり、次に障害されることが多いのが作動記憶である。つまり、短期記憶と長期記憶という分類で言えば、どちらか一方から消失していくのではないということになる。
 なお、臨床的によく使用されている近時記憶という語は、認知心理学でいう長期記憶に相当し、数分から数週、数カ月前の出来事の記憶(エピソード記憶)を指す。
 アルツハイマー型認知症では、近時記憶が障害されやすいというのは間違いではないが、この場合の近時記憶という語は、認知心理学的な意味での短期記憶ではなく、長期記憶に相当する。
 一方、記憶の情報処理過程を考えた時の、時間的な順序に着目すれば、①情報を覚える(符号化)、②覚えておく(保持)、③思い出す(想起)、という段階が考えられる。
 このうち、①と③については脳内メカニズムについても多くの研究報告があり、海馬を含む側頭葉内側部や前頭葉が関与することが知られている。アルツハイマー型認知症では、側頭葉や前頭葉に萎縮が生じるが、その程度は、作動記憶やエピソード記憶における符号化や想起能力の低下とも関連がある。それに対し、②については、後で思い出せたか否かでしか判断ができないという理論的限界も指摘されており、その脳内メカニズムに関する研究もかなり限定的である。」(梅田 聡、加藤元一郎:アルツハイマー型認知症の記憶喪失機序. 2014年1月4日号日本医事新報No.4680 42-43 2014)

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2014年1月14日付毎日新聞・社会
 ─世界から名詞が剥がれていく
 ─忘却 もがく日々
 ─若年性認知症の56歳
 ─スマホにメモ 記憶再現

 世界から名詞がどんどん剥がれていく─。関西地方に住む若年性認知症の会社員の男性(56)が、記憶を失い始めた自身の姿を克明につづった手記を毎日新聞に寄せた。症状が進む自らの感覚を冷静に見つめ、忘れることの痛みや苦しみを率直に描いている。男性は「認知症になるとつらい気持ちも分からなくなると思われがちだが、記憶を失いもがき苦しんでいることを理解してほしい」と訴えている。【山崎友記子】

 <世の中は名詞で埋まります。「認知症」と突然、医師から告げられて、後から私は認知症になりました。(中略)ただの記憶の忘却がその瞬間に「認知症」という重い病の雨になって降り注いできました>
 認知症と診断されたのは昨年5月。物忘れがひどくなったのを機に脳神経外科を受診すると、いくつかのテストの後に、医師から認知症と告げられた。
 <「薬を出します」と雷鳴が鳴り響き、踏切が突然、閉まり特急電車が走る。なのに私は何も動けない、不安ばかりが洪水となって流れこむ、それは認知症だから>
 認知症は高齢者がなるものと思っていた。すぐに徘徊や妄想が始まる、というイメージしか持てなかった。ショックで三日三晩泣き続けた。妻(47)は「治らない認知症はがんよりひどい」と嘆き、人には認知症のことを言わないよう男性に口止めした。
 言葉を失ったら、何も書けなくなるのではないか。今のうちに体験や思いを書き残したい。若い時から読書家だった男性はパソコンに向かい、告知から2、3カ月の間に、いくつも文章をつづった。

男性が毎日新聞に寄せた文章の抜粋
 忘れるということは、ただ単に忘れるということではなく、大きく穴を開けた傷に塩をすりつけるほどの痛みがあります。
 いつも会っている人の名前がしゆうう驟雨(しゅうう)の如く流れ消え去る。それは大事な世界を落としたことになり、自分自身が崖に滑落したような大きな痛みと悔しさにあふれる。

 <名前をよく忘れるので何とか思い出すと、その度に(スマートフォンの)アイフォーンにメモをしては覚えます。この効果は抜群で、一回忘れた十数名の名前や場所名が今は再現されます。それはうれしいです。
 でもそれ以上に、世界から名詞がどんどん剥がれていく。コーヒーカップが消えたりする魔法にもよく感染します。何でもない日常生活が、いつも冷や冷やしてかなり疲れます> 
 男性はその後、若年性認知症に理解のある専門医らに出会い、精神的に落ち着いた。文章が書けたことも自信につながり、現在も短時間ながら仕事を続けている。

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海馬は記憶、前頭前野は知性
 目や耳など感覚器官から入ってきた情報は、必ず最初に海馬に流れ込むことがわかっています。海馬は、入ってきた情報を一時期保管し、評価や整理を行ったうえで、残すに値する情報だけを脳の各所にある「長期記憶の貯蔵庫」に送り出します。
 つまり海馬は「記憶を貯めておく倉庫」ではなく、「記憶の整理を行う管理塔」なのです。
 一方、前頭前野の役割はより大きなものです。ここは、人を人たらしめる最重要の脳部位と言えます。思考・判断・創造性といった高次の機能、さらに意欲・注意力・行動や情動の抑制といった機能を、この前頭前野が担っています。
 ですから、ここが冒されると、社会生活はきわめて困難になります。
 たとえば、意欲が衰え、周囲に対し無関心・無感動になり、その一方で感情や行動の抑制が利かなくなり、「人格が変わった」と言われるようになります。
【サミュエル・ライダー:ボケないための、五・七・五 筑摩書房, 東京, 2014, pp32-33】
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