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認知症と安楽死 かつては私もアルツハイマー病の告知慎重派でした! [安楽死]

認知症と安楽死

 オランダ政府は昨年12月、安楽死のガイドラインを改め、重い認知症の人でも安楽死を選べる道を開いた。
 2002年に施行された安楽死法は、本人の明確な意思表示がある▽耐え難い苦痛がある▽治療法がない──などの条件を満たした場合、安楽死の対象になるとしている。塩化カリウムなどを注射しで患者を死に至らせる積極的安楽死と、医師が致死薬を出す自殺幇助(ほうじょ)の二つの方法が認められている。日本ではいずれも、認められていない。
 各国の安楽死制度に詳しい横浜市立大准教授の有馬斉によると、認知症は「耐え難い苦痛があるかどうか」が明確でなく、意思の疎通が難しくなった患者の安楽死はほとんど行われてこなかった。
 現地の報道などによると、ガイドラインは「重い認知症の人であっても、深刻な不安や苦痛を経験しうる」と説明。明確な意思表示ができるうちに、文書で「安楽死を希望する」と残していた場合は、医師が合法的に実行できるとした。「事前によく医師と話し合うことが大切」とも指摘している。
 統計によると、オランダで14年に安楽死した人は5306人。うち認知症の人は81人に上り、希望者は増える傾向にある。今回のガイドライン改定について、反対する市民団体からは「患者を安楽死させるよう、医師をそそのかしている」など批判の声が上がっでいる。また事前に意思を示していたとしでも、誰が実行する時期を決めるのかという問題も残る。(下司佳代子)
 【「認知症」という海, 朝日新聞・GLOBE 2016年5月1日号No.181 p6】

私の感想
 この問題へのコメントは難題です。
 コメントの代わりに、私が朝日新聞の「アピタル」を連載しているときに寄せました寄稿文をご紹介いたします。
 朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第286回『難しい早期診断と告知─告知はやはり慎重に』として2013年10月17日公開に公開されたものです。
 私がかつては、アルツハイマー病の“告知”慎重派であったことがこの文章からよく分かりますよね。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第286回『難しい早期診断と告知─告知はやはり慎重に』(2013年10月17日公開)
 松本診療所ものわすれクリニックの松本一生院長(元大阪人間科学大学教授)は著書の中で若年性アルツハイマー病の患者さんが告知を受けたときの状況について記述しております(松本一生:喜怒哀楽でわかる認知症の人のこころ 中央法規, 東京, 2010, p82)。一部改変してご紹介します。
 「浅井豊さん(仮名 58歳・男性)は、大した病気ではないだろうという期待を胸に受診しましたが、検査結果はあっけないほど簡単に伝えられました。MRlの画像診断、知能検査と面接がすべて終了した後、担当医は言いました。
 『浅井さんは若年性アルツハイマー型認知症です。定期的に受診してください。日々のケアや診療は地域の“かかりつけ医”にお願いしましょう』
 彼も妻も、その後の対応をどのようにすればよいか聞きたかったのですが、大病院の外来では話をする時間が限られていました。受診の帰り道、浅井さんは妻に言いました。『病名を聞いただけだから、余計に不安になった』。
 二人は2か月ほど心の内を相談できる相手が見つからず、つらい日々を送りました。」
 この記述のような告知方法は、告知慎重派の私にとってはちょっと信じがたい光景です。
 私の場合には、先ずはご家族に病状説明をし、ご本人に対する告知のメリット・デメリットを説明します。そして家族内で、本人に対する告知に関して協議してもらいます。デメリットとしては、「自死」というリスクに関しても考慮する必要があります(メモ4参照)。
 また自殺幇助との絡みからよく報道されたジャネット・アドキンズさん(メモ5参照)の事例は有名ですね。
 そしてご家族の理解・協力態勢が確認され、本人に病状を受けとめるだけの判断能力があると考えられた事例においては、ご本人に病状説明をするようにしております。告知に対してこれだけ慎重に取り組むことがベストの方法であるのかどうかは、意見が分かれるところだと思います。
 ADNI研究(ADNI研究については、シリーズ第72回『軽度認知障害 物忘れがひどくなったら』参照)においては、アミロイドPET検査で異常集積が確認された場合(preclinical AD=発症前段階のアルツハイマー病を示唆)の受診者への結果説明指針において、結果を開示する条件として以下の3条件を求めており、この態勢をとることができない施設はアミロイドPETに関する検査結果の開示を実施すべきではないとしています。その3条件を以下に示します。
1)検査結果の開示については「J-ADNI研究アミロイドPET検査結果の開示に関する指針」に従って行うこと
2)各施設における倫理委員会で結果を開示する方針が承認されていること
3)結果の開示に対して被験者が抱く不安に対処する態勢が整っていること
 具体的には、A)被験者のカウンセリングに対応する担当者を置く。原則として各施設の臨床責任者がこれを担当する。B)被験者の希望があった場合、長期的にフォローできる態勢をとる。
 東京大学大学院医学系研究科神経病理学の井原涼子医師は、アミロイドPETによるプレクリニカルADの診断が発症前診断にあたるという倫理的問題に絡んで、「現在ではプレクリニカルADが必ず全例ADに移行するのか分かっておらず、被験者への結果説明には万全を期す必要があり、必要に応じてカウンセラーによるケアが受けられる環境を作る必要がある。」(井原涼子:J-ADNIの現況と未来像. 2013年6月号メディカル朝日 29-31)として注意喚起しております。

メモ4:認知症における自殺企図
 認知症と自殺に関する統計は少ないのが現状です。医療法人愛生会総合上飯田第一病院老年精神科の鵜飼克行部長は、「自殺企図の頻度は、疾患別では、アルツハイマー型認知症5.9%、血管性認知症5.4%と報告されている」(服部英幸編集 鵜飼克行著:BPSD初期対応ガイドライン ライフ・サイエンス, 東京, 2012, pp63-64)と言及しております。
 公徳会佐藤病院精神科における検討結果によれば、409例のアルツハイマー病(男性153例、女性256例)のうち13例(3.7%;男性2例、女性11例 平均年齢75.6歳)に自殺企図を認めたそうです。自殺企図例では、うつ状態は持続的で深刻であるとともに、CDR(Clinical Dementia Rating)による重症度分類では全例が初期認知症であったことが報告されています(伊藤敬雄、佐藤忠宏:アルツハイマー型痴呆の自殺企図例についての検討. 臨床精神医学 Vol.27 1455-1462 1998)。
 初期アルツハイマー病患者さんへの告知には、やはり慎重な姿勢が求められるわけですね。
 また、血管性認知症においては、「血管性認知症の場合は、認知症が段階的に悪化し、安定期が長く続くといった特徴があり、自殺率が高い。」(重度の認知症には緩和ケアを. 2011年1月27日号 Medical Tribune Vol.44 48)ことも報告されています。血管性認知症における告知に関しても細やかな配慮が必要となるわけですね。

メモ5:ジャネット・アドキンズ
 ウィリアム・H・コルビー弁護士の著書『死ぬ権利はだれのものか』においては、54歳の女性、ジャネット・アドキンズさん(初期アルツハイマー病)が、ジャック・ケボーキアン医師によって自殺幇助された際の経緯が綴られています(ウィリアム・H・コルビー:死ぬ権利はだれのものか 大野善三/早野 ZITO 真佐子訳 西村書店, 東京, 2012, pp295-299)。
 「国内のほとんどの医療社会は、ケボーキアン医師の行為に対して強い怒りをあらわにした。アメリカ医師会は、『自分の興味を優先し、自分自身のエゴに駆り立てられ、殉教を強制的に勧めている。自分でも認めるユダヤ教ゼロテ派の狂信的信者が他者を殺害している』とケボーキアンを非難している。しかし、こうした反応は、全米の社会に共通するものではなかった。私は、いろいろな団体に死と死にゆくことについて講演をした1990年代、話の導入としてしばしば聴衆に一連の質問をした。このような問題について人々に別の方向から考えてみることを促したかったからだ。その質問の一つが、ケボーキアンに関するものである。
 『ジャック・ケボーキアン医師は、英雄か狂人か? 他に選択肢はないので、どちらかを選んでください。』
 病院のグランド・ラウンド(病院スタッフのための教育プログラム)に出席している医師や看護師のような専門家の聴衆に質問すると、圧倒的多数が『狂人』の方に手を挙げた。
 だが、年配者に尋ねると、反応はほとんどいつもその反対だった。大きな退職者居住施設の住人約二百五十人を前にしてランチョン講演をした時、狂人の方に手を挙げたのはほんのわずかであったのを今でも覚えている。」(一部改変)
 なお、ケボーキアン医師は、第二級謀殺罪で起訴され有罪判決となっています。
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