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FAST [終末期医療]

FASTステージ

 アルツハイマー病の自然経過に関しては、FAST(Functional Assessment Staging of Alzheimer's Disease)を参考にされるとよいでしょう。FASTは、日常の行動観察から重症度を評価するスケールです。
FAST.jpg
 FASTは、アルツハイマー型認知症の病期を日常生活動作(Activities of Daily Living;ADL)の障害の程度によって分類したものであり、Reisbergらによって考案されたものです(Reisberg B:Functional staging of dementia of the Alzheimer type. Ann NY Acad Sci Vol.435 481-483 1984)。
 FASTのステージでは、ステージ4が軽度AD(中等度の認知機能低下)、ステージ5が中等度AD(やや高度の認知機能低下)、ステージ6がやや高度AD(高度の認知機能低下)、ステージ7が高度AD(非常に高度の認知機能低下)となっております。



アルツハイマー型認知症FASTスケール
 米国では,認知症患者さんに対して予後予測6カ月未満でホスピスへの入所を考慮しますがその際,FASTスケール(functional assessment staging scale)が用いられています.その基準のなかで,次のいずれかを過去1年間に有する者が対象とされており,「誤嚥性肺炎」「腎孟腎炎」「敗血症」「多発褥瘡」「抗菌薬投与でも発熱が再燃をきたす」という項目があげられています(表2).
アルツハイマー型認知症FAST.jpg
 当院でも,入院中に発生する感染症はほぼ一緒です.加えて,当院では中心静脈栄養管理を必要としている患者さんも多く,血管内カテーテル関連感染症も数多く経験します.稀ではありますが,褥瘡感染を含めた皮膚感染症(真菌感染も含む)や胆道系感染症にも遭遇します.
 【島崎貴治:療養病床で行う感染症診療. Gノート Vol.3 No.2(増刊) 総合診療力をググッと上げる! 感染症診療―実はこんなことに困っていた! 現場の悩みから生まれた納得のコツ 197-203 2016】

私の感想:
 FASTの詳細は、以下でもご紹介しております。
 http://akasama.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_FAST-5fac0.jpg.html
 http://akasama.blog.so-net.ne.jp/2016-02-01-2

 表2のiADL(instrumental ADL)については、以前私が連載しておりました朝日新聞社アピタルの医療ブログ「ひょっとして認知症?」において要点を解説しておりますので以下にご紹介致します。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第770回『軽度認知障害? それとも?─男性では買い物、女性では料理』(2015年2月20日公開)
 筑波大学大学院人間総合科学研究科病態制御医学専攻神経病態医学分野(臨床医学系神経内科)の玉岡晃教授は、「MCIの認知症への移行率は手段的日常生活動作の障害項目が多いほど高く、正常への回帰率は障害項目が少ないほど高かった。…(中略)…MCI例における攻撃性、抑うつ、意欲低下などは健常者に比して高率に認められることが報告されているが、特にアパシー(メモ参照)はADや認知症への移行の危険因子であることが明らかにされている」ことを論文(玉岡 晃:MCIの管理. 最新医学 Vol.66 2156-2165 2011)にて紹介しています。

メモ:アパシー
 アパシー(apathy)とは、無気力・無関心・無感動のため、周りがやるようにと促しても、本人は面倒だから、全然動こうとしないし気にもしない状態です。介護者から見ると、どうしてこれだけ動かないのかと不思議に感じます。
 
 前述の論文の中に「手段的日常生活動作」というあまり聞き慣れない言葉が出てきましたね。
 日常生活活動は基本的な身の回りADL(排泄、トイレ動作、食事、更衣、整容、入浴など)と、より高度な手段的ADLの2つに大別されます。
 独立行政法人国立長寿医療研究センター病院(愛知県)の鳥羽研二院長が、手段的ADL(Instrumental activities of daily living;IADL)に関して簡潔に説明していますのでご紹介しましょう(一部改変)。
 「手段的ADL(Lawton&Brody)は、独居機能に関連する買い物、金銭管理、交通機関の利用、服薬管理、電話の利用、料理、家事、洗濯の8項目である。男性では料理、家事、洗濯をもともとしない(できない)場合があり注意する。外来で認知症またはMCI患者に行った手段的ADL検査では、買い物、料理、服薬管理が早期に低下しており、認知症の早期発見に役立つことを報告した。男性では買い物、女性では料理ができないことが、初期認知症とMCIとの鑑別に役立つことが判明した。」(鳥羽研二:手段的ADLと基本的ADL. 日本臨牀 Vol.69 Suppl8 313-317 2011)
 生活障害チェックシートは、ウェブサイト上にもアップロードされております。pdfファイルのp8(http://www.seikatsusyogai.jp/files/guidebook.pdf)をご参照下さい。男性では、「料理(食事の支度)」「家事」「洗濯」については評価せず満点が5点であるのに対して、女性は満点が8点です(今井幸充、長田久雄:認知症のADLとBPSD評価測度 ワールドプランニング, 東京, 2012, p42)。
 アルツハイマー病患者のADL評価を目的として開発された評価尺度の一つにDisability Assessment for Dementia(DAD)という指標があります(Gélinas I, Gauthier L, McIntyre M et al:Development of a functional measure for persons with Alzheimer's disease: the disability assessment for dementia. Am J Occup Ther Vol.53 471-481 1999)。DADは、地域で生活するアルツハイマー病患者に対する適切な介入方法を選択する際の指標とすることを目的として開発されました。DADは10領域の40項目から構成されており、40項目のうち17項目は基本的ADL(basic ADL;BADL)、23項目はIADLから構成されています(飯島 節:Disability Assessment for Dementia;DAD、Alzheimer's Disease Cooperative Study-Activities of Daily Living;ADCS-ADL. 日本臨牀 Vol.69 Suppl8 471-474 2011)。

詳細は↓
 http://akasama.blog.so-net.ne.jp/2016-05-11-2



朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第108回『終末期への対応 「愛という名の支配」ではないのか』(2013年4月12日公開)
 最近発行された老年医学雑誌において、「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン─人工的水分・栄養補給の導入を中心として」(2012年6月27日)の起草・推敲を担当した東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センター上廣講座の清水哲郎特任教授が書かれた印象深い文言を見つけました。
 「家族は本人と非常に近い間柄である。だからその関係には、互いに相手のために一所懸命になる、という麗しい面とともに、相手の意思を軽視して、家族が本人にとってよいと思ったことを押しつけるといったこと─『愛という名の支配』─もあるのだということに留意して、時には、本人の最善のために、家族に対して本人を擁護する役割が医療・介護従事者に期待されることもある。」(清水哲郎:意思決定プロセスの共同性と人生優位の視点─日本老年医学会「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン」の立場─. Geriatric Medicine Vol.50 1387-1393 2012)
 父に対して、胃瘻造設も検討した私の姿は、まさしく、「愛という名の支配」であったのかも知れませんね。
 なお、「死に目に会う」ことを重んじる慣習について、東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センター 上廣死生学・応用倫理講座の清水哲郎特任教授と会田薫子特任准教授は、週刊医学界新聞の座談会「終末期の“物語り”を充実させる─『情報共有・合意モデル』に基づく意思決定とは」(2013年2月4日付週刊医学界新聞・第3013号 1-3)において興味深い話を紹介されております(http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03013_01)。
会田:
 「以前、ある訪問看護師から聞いた『患者さんの“死に目に会う”ことより、亡くなるまでのプロセスにしっかりかかわれたことが大事』という言葉が印象的でした。日本では『死に目に会う』、つまり最期の瞬間に立ち会うことを重んじる慣習があるので、普段訪問している看護師であるからこそ、患者さんの亡くなる瞬間には立ち会いたいものかと思っていたのですが、そうではないというのです。」
清水:
 「本人に寄り添ってケアのプロセスをたどってきた方は、『死に目に会う』かどうかにあまりこだわらない傾向があるように思います。本人とのつながりが安定しているからではないかと思うのですが。」


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第109回『終末期への対応 最期の半年~2年は寝たきりに』(2013年4月13日公開)
 さて、アルツハイマー病の経過について復習しておきましょう。
 アルツハイマー病の重症度による疾患の進行段階分類(Functional Assessment Staging;FAST)のステージ(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/FAST.pdf)では、ステージ4が軽度AD(中等度の認知機能低下)、ステージ5が中等度AD(やや高度の認知機能低下)、ステージ6がやや高度AD(高度の認知機能低下)、ステージ7が高度AD(非常に高度の認知機能低下)となっております。
 シリーズ第16回『認知症の代表的疾患─アルツハイマー病 アルツハイマー病の経過を知っていますか?』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2012122500021.html)にてご紹介しましたアルツハイマー病の平均的な自然経過が分かりやすいかも知れませんね。なお、東京ふれあい医療生協梶原診療所在宅サポートセンター長の平原佐斗司医師は、「最期の半年~2年は歩行障害が出現し、寝たきりですごします。寝たきりになると、尿路感染症が3.4倍に、下気道感染6.6倍となるといわれており、合併症の管理がより重要になります」と指摘しています(平原佐斗司編著:認知症ステージアプローチ入門─早期診断、BPSDの対応から緩和ケアまで 中央法規, 東京, 2013, p15)。
 ステージ7は以下のように細分されています。
FAST7:非常に高度の認知機能低下(高度のアルツハイマー病)
 7a:最大限約6語に限定された言語
 7b:理解し得る語彙はただ1つの単語となる
 7c:歩行能力の喪失
 7d:着座能力の喪失
 7e:笑う能力の喪失
 7f:昏迷および昏睡

 通常の経過であれば、FAST7c(歩行能力が失われる)の後で7dに至り、やがて「嚥下」が困難な状態となっていきます。
 一般的には、FASTステージ7f がアルツハイマー病(AD)末期の定義とされています(Reisberg B, Ferris SH, Anand R et al:Functional staging of dementia of the Alzheimer's type. Ann N Y Acad Sci Vol.435 481-483 1984)。
 東京ふれあい医療生協梶原診療所在宅サポートセンター長の平原佐斗司医師は、アルツハイマー型認知症「末期の診断」に関して以下のように述べております。
 「嚥下反射は重度に入ると少しずつ低下しはじめますが、最終的には嚥下反射が消失します。この嚥下反射の消失を客観的方法で確認することで、末期の診断がなされます。末期と診断され、まったく経口摂取ができなくなってから、何もしなければ1~2週間、末梢輸液や皮下輸液だけを行うと2~3か月、胃瘻などの経管栄養を行っても約1年で死に至ることが多いと考えられています。」(平原佐斗司編著:認知症ステージアプローチ入門─早期診断、BPSDの対応から緩和ケアまで 中央法規, 東京, 2013, pp15-16)



朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第110回『終末期への対応 アルツハイマー型「末期」は、どこからか』(2013年4月14日公開)
 それでは平原佐斗司医師が実施している嚥下反射の客観的評価方法についてご紹介しましょう。
 「われわれは、簡易嚥下誘発試験(Simple Swallowing Provocation Test:S-SPT)や3cc水のみテスト、頸部聴診法などを組み合わせて用いることで、嚥下反射の有無を判断しています。これらの方法は簡便で、ほとんどの患者に苦痛なく実施することができます。
 S-SPTは口腔内清拭後、臥位にて施行します。細径のエキステンションチューブを中央で切り5ccシリンジと接続し、内部に水道水を充填します。チューブ先端を中咽頭に挿入し、0.4cc、1cc、2ccの順に水を注入し、注入から嚥下反射誘発までの時間を測定します。健常者では0.4ccの少量の水の注入で嚥下反射が誘発されます。一方、2ccの水の注入で、潜時(注入から嚥下反射誘発までの時間)が3秒以上あるいは嚥下反射がみられない場合、嚥下反射の極度の低下あるいは消失と考えられ、経口摂取は困難であると考えられます。」(平原佐斗司編著:認知症ステージアプローチ入門─早期診断、BPSDの対応から緩和ケアまで 中央法規, 東京, 2013, pp297-298)
 一方で、FAST7d,e,fを「末期」とする考え方もあります。この辺りがきちんと統一されておりません。
 東京大学大学院医学系研究科医療倫理学分野の箕岡真子医師は、「アルツハイマー病単独の場合には、FAST分類7(d)(e)(f)であれば終末期と判断してもよいと思われる。またアルツハイマー病そのものが終末期でない場合でも、何らかの身体的衰弱や摂食不良をきたす他の疾患の合併がある場合には終末期と判断される可能性もあり、個別のケースごとに担当医師の適切な診断が必要となる。とくに、延命治療を差し控えたり中止したりする場合には、倫理的には2人以上の医師による適切な判断が求められる。」(箕岡真子:認知症の終末期ケアにおける倫理的視点. 日本認知症ケア学会誌 Vol.11 448-454 2012)と指摘しています。



朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第111回『終末期への対応 「胃ろう」の末期は苦痛が多いのでは』(2013年4月15日公開)
 2012年2月2日に催された座談会(出席者:北川泰久、中島健二、池田 学、三上裕司、羽生春夫)において、司会を務めた東海大学医学部神経内科の北川泰久教授は、認知症のターミナルケアとしての胃瘻(胃ろう)に関して以下のように語っています。
 「胃瘻の患者さんは全国に20万人とか25万人いるといわれていますが、認知症が進行して食事ができなくなったとき、胃瘻を設置するかどうかということが非常に大きな問題になってきています。欧米と日本では考え方に違いがあるかと思うのですが、アメリカでは胃瘻は一切行わないということになっていますね。」(座談会─認知症診断・治療の進歩と医療連携. 日本医師会雑誌 第141巻・第3号 501-513 2012)
 東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センター 上廣死生学・応用倫理講座の会田薫子特任准教授は、アルツハイマー病終末期における胃瘻造設は患者にとって不利益をもたらすだけという結論が導かれた経緯に関して以下のように言及しております(一部改変)。
 「AD(アルツハイマー病)と経皮内視鏡的胃瘻造設術(Percutaneous Endoscopic Gastrostomy;PEG)に関する研究が日本に先行して行われ、知見の蓄積が厚い欧米では、アルツハイマー病終末期の患者群に対してPEGを施行して胃瘻栄養法を導入すると苦痛の多い最期となることが多いので行うべきでないと結論されている。ここでいう苦痛の原因は、誤嚥性肺炎、その他の感染症、下痢、消化管機能障害、過剰な水分補給による肺水腫、腹水などである。とくに誤嚥性肺炎については、その予防を目的のひとつとして胃瘻栄養法が導入されることが多いが、実際には予防にならないことが多いと報告されている
 そうしたことから、英米豪などのアルツハイマー協会のガイドラインは、認知症が進行した段階での摂食困難に対しては、胃瘻や経鼻胃管による経管栄養法は患者の利益にならないので行うべきでないとしている。」(会田薫子:認知症高齢者のターミナルケアをどう考えるか─AD終末期における人工的水分・栄養補給法. 老年精神医学雑誌 第23巻増刊号-Ⅰ 119-125 2012)
 そして、会田薫子特任准教授は著書において、「西洋の医学組織やアルツハイマー病協会は、アルツハイマー病が進行して摂食嚥下困難となった場合は胃ろう栄養法の適応ではなく、胃ろう造設は患者にとって不利益をもたらすだけなので、造設しないように勧告している。海外学術誌において、一般的に、胃ろう栄養法や経鼻経管栄養法の導入は本人の益にならないのでこれらの経管栄養法を実施しないこととされているのは、アルツハイマー病の終末期と判断されている、FASTの7(d)以降の段階、つまり、介助により着座できても、座位を保持することが困難となった段階以降である。」(会田薫子:延命治療と臨床現場─人工呼吸器と胃ろうの医療倫理学, 東京大学出版会, 2011, p154)と述べています。
 ただしこの「本人の益」については、「無益性(futility)の概念は医学的factだけでなく、患者本人が望む治療のゴールやQOLのような倫理的valueによっても変わってくる」(箕岡真子:認知症高齢者の終末期医療における倫理的課題. Geriatric Medicine Vol.50 1407-1410 2012)ことにも留意しておく必要があります。
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