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向精神薬―専門医レベルの知識がないと優良誤認してしまう [向精神薬]

向精神薬に関する製薬企業パンフレットの読み方

ポイント
●新薬の有効性と安全性だけを強調する,実態と合わない精神薬理用語による分類がある.
●うつ病自然寛解率や不眠症治療薬のプラセボ効果を知らないと,薬効を過大評価してしまう.
●治験の心理検査で出た瑣末な結果を,さも重大なことのように見せかけるパンフレットがある.
●専門医レベルの知識がないと優良誤認してしまうため,多くの内科医にとって,向精神薬に関する製薬企業パンフレットは有害無益である.

 …(中略)…

自然経過を示さずに治療前後を比較
 うつ病の,治療なしでの寛解率は2年で80~90%である.主な治療は休息であり,場合によっては抗うつ薬を使う.このように,うつ病はあまりにも自然回復しやすいので,臨床試験において実薬群とプラセボ群の間に有意差が出にくい疾患である.ゆえに製薬会社が医師向けパンフレットを作る際には,自然経過のデータをできるだけ隠すのが定石になる.うつ病の自然寛解率を知らない医師なら,薬物使用後に生じた改善をもっぱら薬によるものと誤認してくれるからである.典型的手口は,抗うつ薬による治療前と治療後をそのまま直接比較する図である.参考までに2011年に発売されたSSRIであるエスシタロプラムの国内治験データを表1に示す.プラセボ群,実薬群ともうつ病の重症度が同じように改善しているのがわかる.
 また,不眠症治療においてプラセボ効果が存在することは広く知られている.ゆえにここでもプラセボ群のデータをできるだけ隠すのが定石になる.例えばメラトニン受容体作動薬であるラメルテオンの国内第Ⅲ相試験において,プラセボ群,実薬群ともに自覚的睡眠潜時の改善がみられ,プラセボ群と実薬群の間に生じた差は2.36分だった.言い換えるとラメルテオンに期待できる効能は寝つきが142秒良くなることである.実薬群だけの成績を示したパンフレットでは,この数字が見えない.

瑣末な結果を重大なことのように表示
 抗認知症薬の国内治験における主要評価項目は,多くの場合ADAS(Alzheimer Disease Assessment Scale)とCIBIC(Clinician's Interview Based Impression of Change)の2つである.前者は認知機能を,後者は全般臨床症状を評価する.治験はこのADASとCIBICの両方でプラセボへの優越性がみられた場合のみ,薬の有効性が証明できるというデザインになっているため,この2つに有意差がなければ,ほかの評価項目で有意差がみられても,それは瑣末な結果に過ぎない.しかし,p値が0.05を下回っている項目があると,それが何であっても重大な結果であるかのように表示するのがパンフレットの典型的手口である.
 例えば,日常生活動作を評価するDAD(Disability Assessment for Dementia)はCIBICの下位尺度の1つである.プラセボ群と実薬群の間でCIBICに差はなかったが,DADでのみp<0.05が出た臨床試験を題材に,DADの成績だけを図表化しCIBICについては一切出さなかったパンフレットがある.何が主要評価項目で何が下位尺度に過ぎないのかは,パンフレットだけでは区別がつかない.

おわりに
 以上で明らかなように,向精神薬に関する製薬企業パンフレットは優良誤認させる表現にあふれている.読者に専門医レベルの精神科の知識がない限り,優良誤認させられるのは必至なので,多くの内科医にとって向精神薬に関する製薬企業パンフレットは有害無益であり,受け取らずにそのまま製薬企業に返すのが唯一の正解である.必要最低限の情報は添付文書に書いてある.不眠症,うつ,認知症の領域では実薬の効果はプラセボと大差なく,無理に薬を使う根拠はどこにもない.
 【小田陽彦:向精神薬に関する製薬企業パンフレットの読み方. medicina Vol.53 1996-1998 2016】
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私の感想
 何とも凄い論文ですね。
 私も認知症は専門領域ですし、うつ病は自分が患った病気ですので薬効などに関してはかなり詳しい方です。ただ、統計学的な専門知識に欠けているところがあるので、正確に認識していない部分もあるように思います。
 ドネペジル(商品名:アリセプト[レジスタードトレードマーク])のプラセボ効果に関しては、アピタルにおいて何度も紹介しましたね。
 そのうちの一つを以下にご紹介します。
 
朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第608回『役割と生きがいの賦与―ドネペジルの効果の特徴』(2014年9月11日公開)
 メマンチンは認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSDにおいては、興奮/攻撃性、妄想、怒りっぽさ(易刺激性)/情緒不安定といった項目(症状)において特に有効性が高く、また、試験開始時には上記の症状を認めなかった患者群においてもメマンチン療法により、後の症状発現率が有意に低下したことが注目されております。一方、ドネペジル(商品名:アリセプト[レジスタードトレードマーク])においては、アパシー、不安、抑うつといったBPSDに対して効果が高い(Gauthier S, Feldman H, Hecker J et al:Efficacy of donepezil on behavioral symptoms in patients with moderate to severe Alzheimer's disease. Int Psychogeriatr Vol.14 389-404 2002)という違いがあります。
 ちょうどよい機会ですので、ドネペジルの中核症状に対する効果についても言及しておきましょう。
 シリーズ第98回『アルツハイマー病の治療薬 医療を支えるわずかな望み――ドネペジル(その3)』におきまして、ドネペジルの有効率は、「最終全般臨床症状評価において5mg群はプラセボ群と比較して有意に優れていた。『改善』以上の割合は5mg群17%、プラセボ群13%、『軽度悪化』以下の割合は5mg群17%、プラセボ群43%であった。」という添付文書のデータをご紹介しました。
 MMSE(Mini-Mental State Examination)が12~24点の軽度および中等度アルツハイマー病を対象として(連続112例の検討)、ドネペジルの効果を評価した報告があります(Shimizu S, Hanyu H, Sakurai H et al:Cognitive profiles and response to donepezil treatment in Alzheimer's disease patients. Geriatr Gerontol Int Vol.6 20-24 2006)。MMSEで4点以上改善した場合をresponder(レスポンダー)、それ以外をnon-responder(ノンレスポンダー)と判定した場合、ドネペジル療法のresponderは34例(30%)、non-responderは78例(70%)であったそうです。なお、MMSEのサブスケール別にみると、「場所見当識」、「注意力・計算力」、「言語機能」の3領域が有意な改善したことがわかったそうです。
 なお、「全般的認知機能検査Mini-Mental State Examination(MMSE)では、通常、MMSEが3点以上増加した場合、『有効』と判定する。」(目黒謙一:心理社会的介入と薬物療法によるアプローチ─問題提起─. 老年精神医学雑誌 第24巻増刊号-Ⅰ 98-102 2013)という意見もあり、MMSEが何点以上の改善をもってして有効と判断するのかは明確には統一されておりません。

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