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今さら聞けないPLUS―記憶 全生活史健忘 解離性健忘 [記憶]

今さら聞けないPLUS―記憶
 脳のいろいろな所に保管

(冒頭省略)
 人の脳は、大脳、小脳、脳幹などからなり、脳幹は生命維持、小脳は運動能力、大脳は思考や言語など脳の高度な働きに関係しています。大脳の側頭葉の内側に海馬などがあります。海馬は記憶づくりの始めにかかわりますが、繰り返し覚えたり、思い出したりするうちに、記憶は大脳のいろいろな所に保管されると考えられています。手続き記憶は小脳や大脳の一部が受け持ちます。
 認知症は、新しい出来事が記憶できなくなるか、思い出せなくなるかで、エピソード記憶の障害で気づかれることが多いです。
 記憶が障害される病気は他にもいろいろあります。健康な人が突然、記憶できなくなる「一過性全健忘」で、脳の血管障害によると考えられています。海馬の働きが空回りするような状態で、たいてい1日以内におさまるそうです。
 何か強烈なショック(心因)などで、それまでの生活をすべて思い出せなくなるのが「全生活史健忘」です。ある時点までは覚えているが、その後の出来事は覚えていないなど部分的な場合もあります。自然に思い出していく人もいますが、なかなか思い出せない人もいます。催眠下、または半催眠下で、質問をすると思い出すこともあります。
 しかし慶応大の三村将教授(精神・神経科学)は、「治寮方針は慎重に検討しなければならない。強烈な心因があり、無意識に記憶を失って生まれ変わっているような状況の人に、簡単に思い出させてよいのかという問題がある」と話します。記憶を失い別人として暮らす人もいるそうです。

記者のひとこと
 同窓会で昔話に花が咲き、忘れかけていたエピソードが次々と出てくると、記憶がよみがえります。記憶に残った部分が違うためか、自分に都合よく記憶したためか、人によって微妙に記憶が違っています。盛り上がるうちに、ここでまた新たな記憶が作られていくのだなあと思います。(瀬川茂子)

私の感想
 奥様に秘めた過去をお持ちの方は、酔って“半覚醒”状態でされる質問にはご注意を!
 まあ冗談はさておき、この「全生活史健忘」って興味深くないですか?
 以前私が連載しておりました朝日新聞社アピタルの医療ブログ「ひょっとして認知症?」においても「全生活史健忘」について言及したことがありますので以下にご紹介致します。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第408回『さまざまな「急速に起きる健忘」―特殊だけど「全生活史健忘」がある』(2014年2月17日公開)
 非常に特殊な健忘症に、「全生活史健忘」という病態があります。社会的な出来事に関する記憶が保たれているのに自己の生活史の記憶を失っている状態です。精神科疾患としての全生活史健忘は、非適応的性格や心理的葛藤、抑うつ状態を背景に出現し、全生活史健忘が防衛機制として機能するようです。一方、全生活史健忘が器質的脳疾患によっても出現することが稀にあり、軽微な頭部外傷後に発症するケースがあるようです(吉村菜穂子、大槻美佳:頭部外傷後の全生活史健忘. 脳神経 Vol.51 55-57 1999)。
 いずみの杜診療所(http://www.izuminomori.jp/area/izumi/izumi_cl.html)の山崎英樹医師は著書において、「さっきのことは思いだせても、昔のことが一定期間をさかのぼって思いだせないという純粋逆向健忘が、2~3年から10年以上にわたることがあり、全生活史をおおうときは全生活史健忘といいます。数年の純粋逆向健忘は単純ヘルペス脳炎や外傷後の内側側頭葉病変から生じることがあり、全生活史健忘には心因性と思われるものもあります。」と述べています(山崎英樹:認知症ケアの知好楽 雲母書房, 東京, 2011, p88)。
 全生活史健忘は、一定の期間を経てある程度は自然に回復する傾向が認められます。
 京都大学大学院人間・環境学研究科の大東祥孝教授は、全生活史健忘の発症・回復の過程に関して、実例(25歳・男性)も提示して詳しく報告しております(大東祥孝:記憶と意識─全生活史健忘. こころの科学 通巻138号 64-70 2008)。
 「全生活史健忘の典型例では、発症は、倒れて意識を失い、まもなく意識を回復した時点で、はたと自分が誰であるかわからない、ということに気づくことで始まる。時にこうした状態が長期に続く場合もあるが、多くは、数カ月以内にもとに戻る。…(中略)…回復時の過程は、短時間(数時間以内)のうちに急激に戻る場合もあれば、眠って覚醒するごとに徐々に回復してゆくこともある。急激に回復する場合でも、何か想い出しそうな予感が続いて、深く眠ったあとに、大きな変化に気づくことが多く、また、夢のなかで、いわば先取りして『想起できない過去』のシーンが現れることもある。」


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第409回『さまざまな「急速に起きる健忘」―ピアノマンは「全生活史健忘」だったのか?』(2014年2月18日公開)
 全生活史健忘においては、自己アイデンティティの喪失(メモ8参照)を来します。自伝的記憶(自身の体験に関するエピソード記憶)の取り出しには、右半球側頭葉前部から前頭葉眼窩部におよぶ領域が深く関わっていることが示唆されています。
 皆さん、「ピアノマン」の報道は記憶に新しいのではないでしょうか。2005年4月にイギリスの海岸で、びしょ濡れの黒いスーツとネクタイ姿の若い男性が彷徨っており保護されましたね。ひと言も話さないため、病院職員が紙と鉛筆を渡すと、グランドピアノの絵を描き、ピアノの前に連れて行くと「白鳥の湖」などを巧みに演奏したという報道です。診断名は明らかにされていませんが、「ピアノマン」は全生活史健忘だったのではなかろうかと私は推測しております。

メモ8:自己アイデンティティの喪失
 「心理的要因の大きな健忘は解離性健忘(dissociative amnesia)である。解離性障害とは、記憶、意識、人格の連続性に障害が生じ、記憶や意識の欠損、人格の交代などの症状を呈する疾患である。健忘が主症状の場合には解離性健忘と診断される。解離性健忘は、全般型解離性健忘と局在型解離性健忘に大きく分けることができる。
 全般型では、過去の記憶を広範囲にわたって想起できなくなる。健忘が人生のすべての記憶に及んだ場合は、全生活史健忘と呼ばれる。全生活史健忘では、自分がだれであるか、出身地、家族構成、学歴や職歴など、履歴書に記入するような情報を想起できない。この症状を自己アイデンティティの喪失という。全生活史健忘で場所の移動を伴う場合には、とん走(fugue)を伴うと診断される。とん走を伴う患者は、何の関係もない遠方の土地をぼんやりと徘徊して挙動不審のために、ときには、自殺企図や自殺未遂のために、警察に保護されることがある。名前が言えないために、医療機関に搬送され、脳器質的疾患を否定された上で精神科診察室に登場する。自己アイデンティティの喪失を伴う解離性健忘患者が、別の土地で別の名前で、自分がだれであるのかわからないまま、別の人生を歩んでいたという症例報告もなされている
 全生活史健忘では、器質性の健忘症候群のように、記憶の欠損を作話で補うことはせず、『わからない』を連発する。前向性健忘の検査では、成績低下を認めたとしても軽度である。」(吉益晴夫:記憶. 精神科 Vol.23 147-151 2013)
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