SSブログ

トム・キットウッド教授 [認知症ケア]

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第62回『パーソンセンタードケア センター方式(その1)』(2011年公開)
 認知症になるとなぜ「不可解な行動」を取るのでしょうか? 確かに傍目から見れば奇妙な行動を取っているように思われます。しかしその背景には、本人なりの理由があることが多いのです。患者さんの生活歴などを詳しく知ることで、その行動の背景にある心理状態を理解できることがあります。

 イギリスの臨床心理学者である故トム・キットウッド教授は、従来より行われてきた医学的な対応を中心としたケアから脱却し、パーソンフッド(personhood=その人らしさ)を大切にするケアという新しい概念すなわちパーソンセンタードケア(person-centered care)を提唱しました。
 パーソンセンタードケアは直訳すれば、「人中心のケア」ということになります。すなわち、認知症高齢者としっかり向き合い、認知症となっても「その人らしさ」を尊重するケアなのです。
 
 しかし、言うは易く行うは難しでパーソンセンタードケアを実践に移すことは、決して簡単なことではないというのが現実です。
 キットウッドは、パーソンセンタードケアをケアの現場で実践するために、認知症ケアマッピング(dementia care mapping;DCM)というツールを開発しました。専門の研修を受けた「マッパー」と呼ばれる観察者が、施設で過ごす認知症患者さんと介護者の行動を5分ごとに6時間観察して、患者さんが種々の行動をどのような状態で行っているかを記録します。一人のマッパーが観察できる人数は数名程度です。
 例えば、「急がせる」「できることをさせない」「無視する」といった行為は認知症の人を傷つける行為として捉えられ、良くないこととして記録されます。
 認知症ケアマッピングにより、その人の状態を示す地図が作成されるとともに、介護の質が客観的に評価できるようになります。そして、ケアのリフレクション(内省)によりマッピングを繰り返すことで、認知症ケアの質が高まる効果が期待できます。
 認知症ケアマッピングの具体例は、NHKの福祉ネットワーク(http://www.nhk.or.jp/heart-net/fnet/arch/tue/60124.html)で放送されたものをご参照下さい。なお、日本でのパーソンセンタードケア導入の窓口になっているのは、認知症介護研究・研修大府センター(愛知県大府市)です。
 認知症ケアマッピングの講習会には、基礎コースと上級コース(それぞれ3日間)があります。詳細は、「認知症ケアマッピング(DCM)法研修」(http://www.dcnet.gr.jp/sougou/sougou_02a.html)をご覧下さい。

 日本人初のパーソンセンタードケア認定トレーナーである水野裕医師が書かれた著書(実践パーソン・センタード・ケア ワールドプランニング, 東京, 2010)の「はじめに」(pp3-5)には非常に印象深い記述があります。
 「パーソンセンタードケアの考えによりケアが楽になるわけではありません。…(中略)…逆に、負担を覚え、大変になるかもしれません。認知症ケアは、やさしい仕事ではありません。…(中略)…自分たちの想像力と創造性が頼りなのです。1人ひとりがみんな違うため、マニュアル化もできません。
 また水野裕医師は、「パーソンフッドという言葉には、日本でいうところの『その人らしさ』だけでは表現できない深い意味がある」と指摘しています。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第71回『幼老統合ケア 認知症の元教育ママが大活躍』(2013年3月4日公開)
 三重県桑名市において取り組まれている託老所と隣接する保育園が共有のスペースを作り、高齢者と子どもが触れ合う活動の様子は、「認知症フォーラム.com」(http://www.ninchisho-forum.com/index.html)の動画サイト(http://www.ninchisho-forum.com/movie/00000073/)において閲覧できます。サイトにアクセスし、「動画を見る」を押して下さいね。
 三重県桑名市にあるウエルネス医療クリニック(http://www.kuwana.ne.jp/wellness/index.html)の多湖光宗院長は、認知症高齢者の役割づくりの具体例として、認知症高齢者の行動障害を逆に活用する試みを紹介しています(苛原 実・編著:認知症の方の在宅医療 南山堂発行, 東京, 2010, pp165-171)。
 「『しつけ』の語源は『しつづける』である。認知症高齢者の行動障害の『繰り返し』が役立つ。普通の大人なら1回か2回でイヤになったりあきらめたりすることを何回もしつこくする。『何回も教える。何回もしかる。何回もほめる』、それも本気でする。この能力を生かすべきだ。以前学童保育『パンの木』の子どもたちを『宿題は無理。学習障害児の集まり』と元教員の指導員らは見放していた。また、『宿題しないのも個性のうち』と親や子どもたちには体裁を繕っていた。認知症の元教育ママたちは、宿題するのは子どもの義務で当たり前と思っており、①騒いでいる子を『本気でしかり』机に座らせる、②机に座って落ち着くまで見守る、③できているかチェックして、できていればほめる、このことを繰り返し行い、子どもたちの宿題習慣をつけるのに大きな貢献をした。なお、子どもはこの繰り返しを通常平気で楽しめる。また十分な時間もお互いにある。」
 ウエルネス医療クリニックの試みは、幼老統合ケアの実践例として「高齢者住宅新聞」(http://www.koureisha-jutaku.com/news2011/news_110805002.html)でも紹介されています。
 多湖光宗院長らは2001年より学童保育を併設するグループホームを設立しており、「認知障害の『トンチンカンさ』が癒しとなり、引きこもりのケア、非行少年の更生などに役立つこともわかってきた。『ひかりの里』でも荒れた子どもが素直になっていくことが体験された。」と報告しています(多湖光宗:能力活用セラピー. 日本臨牀 Vol.69 Suppl10 126-130 2011)。
 また多湖光宗院長は、更正だけではなく「青少年の育成」にも有用であると指摘しています。
 「見て見ぬふりをし、あとで陰口を言う大人の中では子どもたちはうまく育たない。喜怒哀楽が素直で、本気で怒り、心から喜んだり悲しんだりする認知症高齢者たちこそ、子どもたちが表情を読みとる訓練に必要な存在だ。全員から悲しまれるとこれはいけないことと思うし、1人のおばあちゃんからしかられて、ほかは『まあいい』という場合には、あのおばあちゃんに気を付けようと判断するようになり、社会性が身につく。」(多湖光宗:認知症の人の底力を地域に活かす. Dementia Japan Vol.26 28-35 2012)

 パーソンセンタードケアを唱えたトム・キットウッドは、「認知症という病気は、神経障害、全身の健康、生活史、性格や個性、その人を取り巻く家族や地域社会という5つの因子によって形作られる」(水野 裕:DCMをめぐって. 老年精神医学雑誌 Vol.15 1384-1391 2004)と指摘しています。住み慣れた地域・住み慣れた家で少しでも長く過ごせるように、認知症の人を地域から支えていくシステムの構築が喫緊の課題となっております。
 グループホーム「ふぁみりえ」ホーム長の大谷るみ子さんは、子ども目線から見た徘徊について紹介するなかで、認知症の人を地域で支えていくことの大切さについて語っています(大谷るみ子:人生の舞台は今、グループホームから地域へ─豊かな人生を支援する. 現代のエスプリ通巻507号 ぎょうせい発行, 東京, 2009, pp132-145)。そのご意見を紹介し本稿を閉じたいと思います(一部改変)。
 「入居者のひとり、岩花さんは、もと小学校の校長先生。その仕事ぶりが表彰を受けられ、世界一周旅行をした方である。未だに世界一周旅行の話は輝きを放っている。定年退職後は民生委員の会長のお役目を務められ、自分でも放浪癖があったと言われるくらい校長の割には遊び心豊かな方だったようだ。奥さんを亡くされた後、徐々に認知症が目立ち始め、幾度となく放浪癖まがいの徘徊を繰り返され、次第に行方不明のために捜索願を出されることが増え、在宅生活の限界となり、平成十五年九月から入居されている。岩花さんのところには、毎日のように孫のさあやちゃんが通ってきた。ランドセル背負ってまずふぁみりえに『ただいま~』と帰って来る。…(中略)…この岩花さんの物語は、平成十五年度に大牟田市認知症ケア研究会が作成した絵本『いつだって心は生きている~大切なものを見つけよう~』の第三話のモデルとなっている。孫のさあやちゃんが、徘徊で行方不明になったおじいちゃんが、三日目にひょっこり家に帰ってきて『楽しかったあ』と言うのを聞いて、おじいちゃんの徘徊を冒険ととらえるという子どもの目線で描かれている。この絵本を通して、子どもたちに認知症の人の豊かな感情や力、子や孫を思う愛情、認知症でも大切な人ということを伝え、その子どもたちがまた大人や地域を変えてくれることを願っている。」
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。