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徘徊─「深い人」は左へ?  [徘徊]

①道順障害
 地理的障害(地誌的見当識障害)には街並失認(視覚性失認の一型)と道順障害(視空間失認の一型)があります。街並失認とは、街並(建物・風景)の同定障害であり、周囲の風景が道をたどるうえでの目印にならないために道に迷ってしまいます。
 自宅付近で道に迷うアルツハイマー病患者の病態としては、少なくとも初期には「道順障害」的な要素が大きいようです(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, pp152-153)。

②頭の中の地図
 「私たちの不安が増大するひとつの理由は、道がわからない、自分が今いるところがわからないということだ。頭の中の地図をなくしたか、そうでなくとも、地図と自分の周囲の現実とが結びつかなくなってしまったようになる。だから自分の家のまわりの見慣れたところでない限り、誰かに道を案内してもらわなければならない。
 2000年5月、私はカウンセリング学位コースの一環として、バサーストの大学の寮にひとりで行った。それはまさに悪夢だった。寮からわずか50メートルほどしか離れていない学生食堂や講義室へ行く道がわからないのだ。とにかく見覚えのある顔(もちろん「名前」ではない─名前なんてまったくわからなかったのだから)の人のあとについて行くしかなかった。ケアパートナーの案内なしに、ひとりで知らないところへ行こうとしたのは、あの時が最後になった。」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p152)

③朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第690回『転倒防止─「深い人」は左へ?』(2014年12月2日公開)
 理学療法士で「生活とリハビリ研究所」(http://www.mdn.ne.jp/~rihaken/)代表の三好春樹さんが著書の中で「認知症の人の空間意識」について興味深い特徴を紹介しております。
 「デイサービスセンターに利用者が集まってきました。
 恒例の朝のあいさつが始まります。でも、厳しい顔つきのあるおじいさんだけは、丸いテーブルに着こうとせず、リビングルームをぐるぐる歩きまわっています。いつもの風景です。彼は気が向けばみんなといっしょにあいさつに参加しますが、ふだんは一人で“回遊”しているのです。
 『いつも左回りなんですね』
 月に二~三回来てくれるボランティアの女性に言われるまでは気がつきませんでしたが、確かにこの“回遊”、左回りなんです。私はこのおじいさんだけが左回りなのかどうか確かめてみようと思って、他の認知症の老人の行動も観察してみることにしました。
 ときどきデイサービスセンターから出ていってしまうおばあさんは、玄関を出て左へ向かうことが多いのに気がつきました。一度、出ていくおばあさんの後ろからついていったのですが、玄関を出て左、次の角もまた左に曲がったのを思い出しました。どうやら深い認知症の人(私は『認知症が重い』といった表現は使いません。深い、と言うことにしています)が無意識に歩くときには、左回りや角を左へ曲がることが多いようです。」(三好春樹、多賀洋子:認知症介護が楽になる本─介護職と家族が見つけた関わり方のコツ 講談社, 東京, 2014, pp186-187,196)
 私はこの記述を読みまして、徘徊で行方不明になった方を探す際には、自宅ないしは施設を出ましたら、先ずは玄関を出て左、次の角を左、また次の角も左に曲がって歩いていくと、案外早く探し出せるのかも…と思いました。

 「徘徊」の問題に触れましたので、徘徊への対応について復習しておきましょう。
 まず最初に、徘徊に対する薬物療法の効果について再確認しておきましょう。
 砂川市立病院精神神経科の内海久美子部長は、「認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)やせん妄を呈する入院患者の場合、幻覚や抑うつ、不安などの心理症状に対しては薬物療法は比較的有効であるが、暴力や暴言、ルート抜去、大声、徘徊などの行動症状に対しての有効性は低い」(内海久美子、白坂和彦:総合病院におけるBPSDへの対応と課題. 老年精神医学雑誌 Vol.18 1325-1332 2007)と指摘しております。
 この指摘の根拠となる研究報告についてもご紹介しておきましょう(堀 宏治、小西公子、岡田正樹:BPSDの介護. 老年精神医学雑誌 Vol.24 1130-1135 2013)。
 「BPSDのうち、どのBPSDが非薬物療法の対象となるのか。ここでは、平成14年度の長寿医療共同研究として看護師の個別対応および作業療法士の集団療法により2~3か月の集中対応でどのBPSDが軽減ないし増悪するのかを検討した結果を報告する(堀 宏治、冨永 格、小西公子:痴呆患者の異常行動. こころの科学・116号─向精神薬療法の限界 97-101 2004)。結果は、看護師の個別対応で攻撃性、行動障害(徘徊、不適当行動)が軽快し、作業療法士の集団療法で日内リズム障害の軽快が認められた。言い換えれば、薬物療法は軽快が認められなかった幻覚、妄想、抑うつ、不安および恐怖の症状に絞るべきであり、たとえば徘徊などの行動障害を薬物療法で軽快させようとすると、過度の鎮静や錐体外路症状などの副作用をきたすこととなる。このように、BPSDへの対応は看護的個別対応を中心に、集団療法を取り入れながら行い、薬物療法はその焦点を幻覚、妄想、抑うつ、不安および恐怖に絞って行うべきである。」
 ですから、薬物療法に依存しない徘徊対策を講じる必要があるわけですね。
 シリーズ第248回「みまもりキーホルダー─徘徊のタイプ」(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013090300010.html)において述べましたように、徘徊の心理的な要因として「不安」が潜んでいることが多いですので、先ずは本人が感じている不安の原因を分析し対策を立てる必要があります。
 そして、シリーズ第249回「みまもりキーホルダー─プライドを持っていた時に戻りたい」(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013090400008.html)において、「現在(いま)が生き生きと過ごせる時間」になるように検討していくことが徘徊対策として重要であることをご紹介しました。
 シリーズ第254回「みまもりキーホルダー─徘徊で有名なおばあちゃんになる」(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013090400013.html)では、酒井章子さんの母・アサヨさん(85歳)の事例をご紹介しましたね。
 章子さんは、アサヨさんの徘徊への対処として、当初は「閉じ込める」という対応をしました。すると、何時間も騒ぎ続けるなどの「認知症の行動・心理症状」(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)が生じてしまいました。同居して3カ月ほど経った頃、章子さんは思い切って母アサヨさんを外に出し、徘徊につき合うことにしました。そうしているうちに、毎回いろいろな人に助けられ、家に無事に帰ってこられるまでになったそうです。また、「(閉じ込めず)自由にしてから、どんどん穏やかになった」と章子さんは語っており、BPSDの軽減にも繋がったようです。
 番組(NHK・Eテレ、『シリーズ 認知症 “わたし”から始まる』の最終回)において章子さんが「母と同居して5年目。いつの間にか同じマンションの人たち、ご近所のお店の方たち、おまわりさん助けられ、毎日徘徊している有名なおばあちゃんとなりました。認知症をオープンにしたことで、手を差し伸べてくれる方が多いことに気づかされました。」と話されたことがとっても印象深く私の脳裏に刻まれています。
 福岡県大牟田市で「安心して徘徊できるまち」(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013090400015.html)に向けた活動を続けてきた大谷るみ子さんは、2013年11月1日付朝日新聞・オピニオン(インタビュー)において、実行力の高いセーフティーネットワークを作ることが大事だと指摘し、「最も重要なのは地域全体が認知症の方に日頃から『どこに行きよんなさっと?』と声をかけ、見守れるようになることです。」と述べております(http://apital.asahi.com/article/story/2013110100004.html)。


④朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第248回『みまもりキーホルダー─徘徊のタイプ』(2013年9月5日公開)
 さて、徘徊の元々の意味は、「あてもなく、うろうろと歩きまわること」です。精神科医の小澤勲さん(故人)が書かれた著書『痴呆を生きるということ』(岩波新書出版, 東京, 2003, pp126-142)においては、徘徊は五つのタイプに分類され紹介されています。その五つのタイプの徘徊について以下にご紹介しましょう。なお、2004年12月24日、「痴呆」から「認知症」へと呼称は変更されておりますが、2003年当時は「痴呆」が正式名でしたので、原著に従い当時の呼称を用います。
(1)徘徊ではない徘徊(迷子)
 外出すると迷子になったりするため、外に出るだけで徘徊と言われたり、入院中にベッドから離れるだけで徘徊と言われてしまうような場合です。
(2)反応性の徘徊
 入院・施設入所時などに起こります。馴染みのない場所に置かれることによって生じる不安と見当識障害から、不安げな表情で足早に歩き回る徘徊です。新しい環境に慣れて「頭のなかの地図」が出来上がれば消失します。トイレには「便所」と大きく書いて掲示するなどの工夫が有効です。
(3)せん妄による徘徊
 レビー小体型認知症などで出現しやすい徘徊です。夜間の場合は、部屋や廊下など本人が居る場所を明るくすることで解消することがあります。
(4)脳因性の徘徊
 山口晴保教授はこのタイプの徘徊を「周徊」(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013012800006.html)と位置づけています。前頭側頭型認知症で認められるものが代表であり、行動を共にして、安心できるようにする対応が求められます。
(5)「帰る」「行く」に基づく徘徊
 女性の「家に帰ってご飯の用意をしなければ」とか、男性の「(かつての)職場へ行く」といった理由で起きる徘徊です。夕暮れ時に起こりやすい傾向があります。このような行動が入院・入所している方に認められると「帰宅願望」と呼ばれたりします。

 (1)の「徘徊ではない徘徊(迷子)」の病態は、「道順障害」ですね。
 千葉県立保健医療大学健康科学部リハビリテーション学科の高橋伸佳教授は、アルツハイマー病患者が道に迷う病態として、「少なくとも初期には『道順障害』的な要素が大きいようだ」(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, pp152-153)と述べております。道順障害は、シリーズ第9回『認知症の中核症状に関する理解を深めましょう─視空間機能障害』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2012121800010.html)においてご紹介しましたように、視空間失認の一型です。
 以上ご紹介しました(1)~(5)の他には、(2)の「反応性の徘徊」と共通した作用機序を持っておりますが、家族あるいはよく知っている人の顔が見えなくなると不安になって徘徊に至るという病態もあります。「つきまとい」が認められる方においてよく観察されるタイプの徘徊ですね。

⑤朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第249回『みまもりキーホルダー─プライドを持っていた時に戻りたい』(2013年9月6日公開)
 小澤勲医師(故人)は前述の「帰る」「行く」に基づく徘徊に関連して、「彼らは、『今・ここ』で暮らしていることを何となく居住まいが悪いと感じていて、かつてこころ安らかに過ごし、プライドをもって生きていた時代に戻りたいのだろう。彼らの現在(いま)が生き生きと過ごせる時間になれば、あるいはどんなに失敗しても、『大丈夫、そのままでいいんだよ』と受けいれられるのなら、過去への遊出は影を潜める。」と述べておられます。
 では、こうした目的を持った徘徊は、いったいどの程度の頻度なのでしょうか? 少々古いデータではありますがとても興味深い研究報告がありますので以下にご紹介しましょう(一部改変)。
 「フセインが1982年に行った研究は、徘徊が任意の行動ではないことを示す証拠を提供しています。ある施設で一定期間3名の徘徊者の経路を調べた結果、立ちどまったところの59%が誰か人がいるところ、またはグループが集まっているところで、29%が外が眺められる窓があるところ、5%が孤立した椅子でした。こうして3名の『有名な徘徊者』による徘徊のうち93%は、論理的な目的地があるように見受けられました。この徘徊行動の嗜好は実際に私たちに何かを伝えようとしているのかが問題となります。言葉ではもはや伝えられない何かを伝えようとする試みなのでしょうか。『無目的な徘徊』について話題にすることは、その人の徘徊には定まった目的がないという私たちの判断が含まれています。
 マクレガーとベルは、次のように論じています(McGregor I, Bell J:Buzzing with life, energy and drive. Journal of Dementia Care Vol.2 21 1994)。
 本当の意味で『無目的な徘徊』が起きるのは、落ち着いている時だけです。認知症がある人が目的もなく歩き出すというのは稀なことです。彼らはいつも、どこか特定の場所に行こうと心配しており、それには、独自のきちんとした理由があるのです。例えば、子どもたちが学校から帰ってくるのでお茶を淹れるために家に行かなければいけないと思っていたり、病気の親の面倒をみなければいけないと思っているのかもしれません…。」(マルコム・ゴールドスミス:私の声が聞こえますか─認知症がある人とのコミュニケーションの可能性を探る 高橋誠一/監訳 寺田真理子/訳 雲母書房, 東京, 2008, pp248-249)
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