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認知症の遺伝子検査 [アルツハイマー病]

認知症の遺伝子検査

 若年認知症の方より時折、「遺伝子検査」を受けた方が良いかどうかを質問されることがあります。
 アピタルでそれに関して言及しておりますので以下にご紹介致します。
 結論から言いますと、「家族性と判明しても治療法がない」(朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第225回)ということになります。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第222回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─90歳まで生きたら2人に1人』(2013年8月9日公開)
 メールで送信されてくる質問に、以下のような相談内容が時折あります。
 「母が70代でアルツハイマー病を発症しました。自分もなるのでは…と心配です。物忘れが少しあります。早めに検査を受ける方が良いのでしょうか?」(40代女性)

 早めに検査する方がよいのかどうかについてお話する前に、まずは認知症の有病率について考えてみましょう。
 筑波大学附属病院・副病院長で筑波大学大学院人間総合科学研究科病態制御医学専攻神経病態医学分野(臨床医学系神経内科)の玉岡晃教授は、「本邦における65歳以上の高齢者における認知症の有病率は3.8~11.0%と報告されている」(玉岡 晃:認知症疾患ガイドライン─最新の現状─ Geriat Med Vol.49 749-754 2011)と述べています。
 この報告にもありますように、ごく最近まで「認知症の有病率(65歳以上)は、4~8%」(認知症テキストブック 中外医学社, 東京, 2008, pp12-13)と考えられてきました。
 しかし、2013年6月1日付朝日新聞1面トップニュースにおいて、最新の認知症高齢者推計値が発表されました。
 65歳以上の高齢者のうち認知症の人は推計15%であり、85歳以上では4割を超えることが報告されております。高齢化社会の加速により、認知症の発症率は年々増加しているのが現状です。
 認知症の最大のリスクは、「加齢」です。超高齢社会においては、認知症は「ありふれた疾患」の一つになっているのが現状なのです。

 エスポアール出雲クリニック(島根県)の高橋幸男院長は、認知症高齢者の方には以下のようなお話をしているそうです(一部改変)。
 「はじめに、『年をとったらもの忘れが多くなる』という一般的な話を筆者自身の体験談を交えてひとしきりする。そして『認知症は、年をとったら誰でもなり得る病気』と話す。認知症になった有名人(故レーガン元大統領など)の話をしながら、『高齢社会になって認知症になる人は多い』。実際に、『90歳まで生きたら2人に1人』とか『100歳で70%以上』などと伝える」。同伴した家族にも『あなたも明日はわが身』と話す。こうした認識は、昔は皆が持っていた共通感覚であり、認知症高齢者に安堵感を生み出す。認知症の告知でもあるが、それまで、表情を硬くし物忘れや認知症を否定しようとしていた高齢者も多少表情が和んでくる。」(高橋幸男:認知症をいかに本人と家族に伝えるか. 治療 Vol.89 2994-3000 2007)
 「90歳まで生きたら2人に1人」という記述を読まれて有病率の高さに驚かれた方も多いのではないでしょうか。
 不安を煽らないように少なめの数字を採択することも時と場合によっては必要かも知れません。しかし、認知症に対する「対策」をより一層推進するために、多めの数字も隠さずに周知徹底していくことも大切なことだと思います。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第223回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─「ありふれた疾患」であり「明日はわが身」』(2013年8月10日公開)
 鳥取大学医学部脳神経医科学講座脳神経内科学分野の中島健二教授は、「わが国の65歳以上の方の認知症の有病率は、人口の急速な高齢化に伴い年々増加しており、1990年代後半から2000年代にかけ8%を上回る報告がなされ、最近では10%を超える報告もあります。有病率が上昇した背景には、人口の高齢化のほか、認知症に対する一般の注目度が高まり、早期に医療機関を受診する方が増加したことなども一因と考えられます。」と指摘しております(中島健二 他:座談会─高齢者のアルツハイマー型認知症治療における課題と展望. Geriat Med Vol.49 815-824 2011)。
 実は、2009~2010年度に認知症の有病率等に関する調査が小自治体中心に実施されております(朝田 隆:認知症の実態把握に向けた総合的研究. 厚生労働科学研究費補助金[長寿科学総合研究事業]総合研究報告書、2011)。2011年8月に発行されましたメディカル朝日(Medical ASAHI 2011 August 19-20)は、このデータを以下のように紹介しております(一部改変)。
 「筑波大学臨床医学系精神医学の朝田隆教授らは、最近全国7カ所(宮城県栗原市、茨城県利根町、愛知県大府市、島根県海士町、大分県杵築市、佐賀県伊万里市黒川町、新潟県上越市)で、65歳以上住民を対象として晩発性認知症の疫学を調査した。訪問調査員と専門医による診察を基本としてMRIによる撮像を実施する3次調査も行うことで高い精度の診断と評価を目指した。…(中略)…2008年の日本の人口に準拠して推定された65歳以上の住民における認知症有病率は12.4~19.6%(平均で14.4%)であった。…(中略)…認知症有病率は65~69歳以降、5歳刻みにほぼ倍増し、85~89歳では3人に1人の割合になっていくことが分かった。」
 前述のデータにおいては、95~99歳の認知症有病率は77.7%となっております。認知症はまさに「ありふれた疾患」であり「明日はわが身」と捉え、認知症介護者の気持ちに共感しながら対応を模索していくことが喫緊の課題なのです。調査においては、100~104歳の認知症有病率に関しては報告されておりませんでしたので直接朝田隆教授にお伺いしたところ、朝田隆教授の印象としては、「100~104歳の認知症有病率は少ないだろう」とのご意見でした。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第224回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─百寿者の脳は元気!』(2013年8月11日公開)
 David Snowdon(米国の神経病理学者)の著書『100歳の美しい脳』(デヴィッド・スノウドン著, 藤井留美訳, DHC, 2004)には有名なナンスタディの詳細が記載されており、そのp276には「アルツハイマー病は年齢とともに増加し、頂点(95歳?)に達したあとで減少に転じる」という記載があります。
 すなわち、95歳頃まで認知症の発症を予防することができれば、認知症に打ち勝てるのではないかとも考えられているのです。
 実際に百寿者の脳病理所見においては、アルツハイマー病変はさほど多くないことも報告されているのです。
 「筆者の勤務する高齢者専門病院(浴風会病院)で、1984年以降に病理解剖させていただいた方がたのうち、百寿者32名(男性2名、女性30名、平均年齢101.5歳)の脳を調査しました。その結果、アルツハイマー病の可能性が高い(ブラーク・ステージ5以上)と判定されたのは7例(21.9%)、境界域(ステージ3~4)が21例(65.6%)、正常加齢範囲内(ステージ2以下)が4例(12.5%)でした。全体的な傾向として、記憶と関連する部位(海馬およびその周辺)にはアルツハイマー病に匹敵する多量のNFTが認められますが、前頭葉など高度の認知機能を司る部位には少量にとどまっていました。100歳に達しても、もの忘れを生じる程度の変化は現れるものの、典型的なアルツハイマー病と診断できるほどの病変は容易には生じないという印象でした。アルツハイマー病はあくまでも病的な状態であって、生理的な老化過程の延長とは一線を画していると考えたほうがよさそうです。」(伊藤嘉憲:100歳以上になれば、ほとんどの人はアルツハイマー病になりますか? からだの科学通巻278号 46 2013)

 NFTについても説明しておきます。シリーズ第181回『アルツハイマー病を治す薬への道 神経原線維変化をターゲットすれば?』において、「多くの神経病理学者が以前から主張するように、アミロイド蓄積のみでは認知機能は正常である。これは、アミロイドポジトロン断層撮影(PET)の導入により、Alzheimer Disease Neuroimaging Initiative(ADNI)でも実証された。正常高齢者の30~50%がすでにアミロイドPET陽性である! ヒトでは認知機能低下は、アミロイド蓄積(老人斑)ではなく、神経細胞脱落の程度および神経原線維変化の密度と相関する。アミロイド→神経原線維変化の因果関係は存在するが、その連鎖は強くなく緩やかである、ということなのであろう。ということは、認知機能低下に直接的な原因である、神経原線維変化形成のみをターゲットとした治療法がありうるということでもある(井原康夫:アルツハイマー病における未解決の問題点. 最新医学 Vol.66・9月増刊号 2079-2085 2011)」という内容の論文をご紹介しましたね。ここで登場した「神経原線維変化」がneurofibrillary tangle(NFT)なのです。

 アルツハイマー病は、高齢になればなるほど認知症全体に占める割合が増加します。デンマークのオーデンス大学の調査では、80~84歳に発症する認知症の約90%がアルツハイマー病でした。
 ですから、両親のどちらかがアルツハイマー病であるというケースは決して稀ではないのです。
 さて、このシリーズの冒頭でご紹介した40代女性の方は、アルツハイマー病の遺伝を心配してメールを送ってこられたようです。

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 神経原線維変化がなぜ起きるのかは解明されていませんが、いくつかわかっていることがあります。
 まず、神経原線維変化の前段階である悪いタウタンパク質は、嗅内野の手前の青斑核という部分に最初に溜まるということです。3歳児の脳の青斑核にも悪いタウタンパク質は見つかっており、20歳くらいの人でも半数には見られるといいます。
 嗅内野に神経原線維変化が生じても、まだ認知機能は正常に保たれています。しかし海馬から大脳辺縁系へと神経原線維変化が広がって、それぞれの部位に障害が生じると、日々の出来事の前後関係がわからなくなったり、海馬に一時的に保存した記憶を引き出すことができなくなったりします。
 さらに神経原線維変化が大脳新皮質へと広がれば、情報を分析・判断したり、長期記憶を保存したりする部分にも障害が生じます。ここまで進んだ方は、明確にアルツハイマー病と診断される段階にあると言えます。
 「嗅内野というところに神経原線維変化が生じるとボケる」と早合点した方もいらっしやるかもしれません。
 しかし、神経原線維変化というのは誰にでも現れるものであり、嗅内野にできることは、正常な老化だと言えます。
 加齢に伴う神経原線維変化の広がりについてドイツの解剖学者であるブラーク博士らが3508人を対象にして調べた結果では、嗅内野に神経原線維変化が生じる「ブラークステージⅠ、Ⅱ」の段階には、30代前半で約2割、60代前半なら約6割、75歳では約7割の人が達していることがわかります。なお、神経原線維変化がさらに広がってボケを発症する段階にある「ブラークステージⅢ、Ⅵ」の人は75歳で約2割いますから、両方を合わせると、75歳では9割の人の嗅内野に神経原線維変化があるということです。
【髙島明彦:淋しい人はボケる─認知症になる心理と習慣 幻冬舎, 東京, 2014, pp68-72】


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第225回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─家族性と判明しても治療法がない』(2013年8月12日公開)
 家族性のアルツハイマー病って多いのでしょうか?

 64歳までに発症するものを初老期認知症と呼んでいます。そして遺伝子変異が原因となって発症する浸透率の高い家族性アルツハイマー病(遺伝性アルツハイマー病)は、基本的にはすべて早発型(60歳ないし65歳以前に発症)です(認知症テキストブック 中外医学社, 東京, 2008, p234)。
 では家族性アルツハイマー病の頻度はどの程度なのでしょうか。
 アルツハイマー病の約95%は老年期(65歳以降)に発症しており、初老期発症のアルツハイマー病は、人口10万人あたり20人程度です。そして初老期発症のアルツハイマー病のうちの約10%が家族性アルツハイマー病です。
 すなわち家族性アルツハイマー病は、アルツハイマー病全体の約5%程度である初老期発症アルツハイマー病の約10%に過ぎないわけですから、極めて稀な疾患と考えられますね。
 遺伝性の強い家族性アルツハイマー病は、世界中で百数十家系と報告されています(一宮洋介:認知症の臨床─最新治療戦略と症例 メディカル・サイエンス・インターナショナル, 東京, 2013, p23)。家族性アルツハイマー病の代表は、「プレセニリン1(presenilin 1;PS1)」という遺伝子変異によるもので、多くは30~50歳代で発症します。
 もう理解して頂けたとは思いますが、相談メールを送ってこられた女性のお母さんがアルツハイマー病を発症したのは70歳代です。初老期発症ではありませんので、家族性アルツハイマー病ということは基本的には考えられないわけですね。

 ではもし親のアルツハイマー病発症年齢が30~50歳代であった場合には、遺伝子検査を受けた方が良いのでしょうか?  アルツハイマー病の遺伝子検査を希望される方に対しては、十分なカウンセリングが必要です。そして、以下のような説明がなされ十分に理解してもらうことが不可欠です。 1 アルツハイマー病の大半は、家族性ではなく弧発性に発症すること 2 アルツハイマー病の原因遺伝子が、すべて解析されたわけではないこと 3 家族性であることが判明しても、今のところ治療法がないこと

 きちんと説明すれば、アルツハイマー病の遺伝子検査を希望される方は概ね皆無なのですが、調べたいという意思に揺らぎがないのでしたら、信州大学医学部附属病院など「遺伝性神経疾患に対する遺伝子診断と遺伝カウンセリング」に応じている医療機関もありますのでお問い合わせ下さい(http://wwwhp.md.shinshu-u.ac.jp/patient/calendar_saishin.php)。
 繰り返しますが、上記3の「家族性であることが判明しても、今のところ治療法がないこと」という点は十分にご理解下さいね。

 神戸大学医学部附属病院・認知症疾患医療センターの山本泰司講師(精神科神経科)がアルツハイマー病の遺伝子診断に関して記述しているサイト(http://www.senshiniryo.net/column_a/23/index.html)におきましては、遺伝子診断の検査の対象に関して以下のように記載されています。
 「検査の対象となるのは、問診や認知機能検査、脳の画像診断などからアルツハイマー病と診断され、しかも発症年齢が若く、両親・兄弟や叔父・叔母など3親等以内に複数の患者が認められるケースとなります。」

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 「家族性アルツハイマー病が、アルツハイマー病の原因を解明する上で、最も重要な鍵となることは言うまでもない。家族性アルツハイマー病の課題は多岐にわたる。まず、患者の多くは早期発症型であるため、一家の大黒柱や家事の中心となる人の発病による家庭生活への影響は計り知れず、その困難さは、このような限られた誌面では語り尽くせない。そのうえ遺伝病という拭いようのない重圧と不安、苦しみの深刻さが加わるわけで、この難病を言葉で表すことは不可能である。アルツハイマー病の中でも最も困難な状況である家族性アルツハイマー病に手を差し延べることができれば、アルツハイマー病における医療上の問題を解決するための大きな一歩を踏み出せることになる。家族性アルツハイマー病は、症例数が少ない故に重要性が低いということは決してなく、むしろ家族性アルツハイマー病に正面から取り組むことで、99%以上を占める孤発性アルツハイマー病の対策への真の道が開けてくると言っても過言ではない。
 昨年2012年にThe New England Journal of Medicineに発表されたDIAN研究は早期発症型家族性アルツハイマー病の未発症者を対象とした初めての多施設共同臨床研究である。研究方式としては比較的小規模での横断的研究であるが、各家系の遺伝的背景の均質性で補填することで、同一被験者(群)を長期間解析する縦断的研究の要素を組み入れることに成功した点で画期的な発想を持つ臨床研究である。早期診断、早期治療介入が理想的と考えられている一般的な孤発性アルツハイマー病治療において、発症時期を予測できることは容易ではなく、発症時期を高い確度で推定可能な家族性アルツハイマー病での薬剤介入臨床試験は極めて重要な鍵となる知見を与えてくれることが期待される。DIAN研究によって、発症がまさにスタートするタイミングで治験薬剤を効率よく投与することは、医療費と薬剤身体負荷、そして薬剤有効性のあらゆる面でプラスに作用するばかりではなく、発病を食い止める臨床試験の質の向上にとっても重要である。」(森 啓、東海林幹夫、池田将樹、池内 健、岩坪 威、嶋田裕之:Dominantly Inherited Alzheimer's Network(DIAN)研究について. Dementia Japan Vol.28 116-126 2014)

 DIAN(Dominantly Inherited Alzheimer's Network)研究の詳細について記述した論文(嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013)をシリーズ第94回『アルツハイマー病の治療薬 アルツハイマー病が発症する前に診断される状態がある』のコメント欄において紹介しておりますのでご参照下さい。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第226回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─家族性アルツハイマー病の定義』(2013年8月13日公開)
 ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%84%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%BC%E5%9E%8B%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E7%97%87)を読みますと、「家族性アルツハイマー病では、原因遺伝子としては4種類が知られており、21番染色体のアミロイド前駆体蛋白遺伝子、14番染色体のプレセニリン1遺伝子、1番染色体のプレセニリン2遺伝子、19番染色体のアポリポ蛋白E遺伝子のいずれかが変異を起こすと家族性アルツハイマー病が発症する。」と記載されております。
 しかしながら専門的には、特定の遺伝子変異を持つことによりアルツハイマー病をほぼ100%発病する原因遺伝子によるものを家族性アルツハイマー病と呼んでおり、第21染色体上のアミロイド前駆体タンパク遺伝子(APP)、第14染色体上のプレセニリン1遺伝子(PS1)、第1染色体上のプレセニリン2遺伝子(PS2)の3つが原因遺伝子として知られています(認知症テキストブック 中外医学社, 東京, 2008, p234)。なお、家族性アルツハイマー病(遺伝性アルツハイマー病)は、基本的にはすべて早発型(60歳ないし65歳以前に発症)ですと先程述べておりますが、プレセニリン2遺伝子によるものは若干発症年齢が高いことも知られております(http://www.jfnm.or.jp/nl/news05/news5hp4-10.pdf)。プレセニリン2遺伝子によるものは頻度的には少なく、「Presenilin-1の変異では若年発症アルツハイマー病の30~70%、presenilin-2では5%以下で、APP変異は10~15%」(編集/朝田 隆 著/山田達夫:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか医学書院, 東京, 2011, pp3-4)といわれています。
 シリーズ第81回『アルツハイマー病の予防 DHAが効く人もいるけど、別の問題も』のメモ2において述べましたように、アポリポ蛋白E4(遺伝子型はε4=イプシロン4)は、AD発症の危険性を高める感受性遺伝子であり、アルツハイマー病(AD)最大の危険因子と考えられていましたね。
 少しだけ要点を復習しておきましょうね(山田達夫:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか医学書院, 東京, 2011, pp3-4)。
 「singleε4ではε3/ε3を基準にした場合3.2倍、ε4/ε4では11.6倍発症率が高まるといわれる。しかし、ApoEは遺伝的素因の50%程度を説明しているにすぎず、それ以外の遺伝的危険因子の解析が進行している。」
 50%ではなく、もっと少ないという意見もあります。新潟大学脳研究所附属生命科学リソース研究センター(http://www.bri.niigata-u.ac.jp/~idenshi/)遺伝子機能解析学の桑野良三教授らは、「孤立性ADの遺伝的リスクとしてApoEε4が民族を超えて認められています。しかし、ApoEε4遺伝型で説明できるのは20%程度とされ、残るリスク遺伝子の探索が精力的に行われています。」(温 雅楠、桑野良三:アルツハイマー病と遺伝. からだの科学通巻278号 8 2013)と報告しています。

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 Medical Tribuneの2013年8月15日号(Vol.46 No.33 p2)において、「ADの家族歴ある者で高い無症候性の脳内プラーク蓄積リスク─家族歴ない者と比べリスクが2倍以上」(http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2013/M46330022/)というニュースが伝えられました。極めて重要な報告でありますので、以下に抜粋してご紹介しましょう。
 「デューク大学(ダーラム)精神医学・内科学のP. Murali Doraiswamy教授らは、第1度親族にアルツハイマー病(AD)患者がいると、こうした家族歴がない者と比べADに関連した無症候性の脳内プラーク蓄積リスクが2倍以上高まることが分かったとPLoS One(2013;8:e60747)に発表した。
 家族歴は遅発性ADの危険因子と予測因子であることが既に知られており、第1度親族(父母・兄弟姉妹)にAD患者がいる場合の発症リスクは2~4倍になることが複数の研究で示唆されている。第1度親族間の遺伝子共有は約50%とされている。ADの遺伝因子のうち約50%は、APOE遺伝子型や一般的な遺伝的変異が占めているが、他の遺伝的原因はまだ解明されていない。
 研究責任者のDoraiswamy教授は『今回の研究では、家族歴は陽性だが、それ以外は正常か軽度の物忘れがあるだけの人でも、無症候性のアミロイドプラーク蓄積が起こるかどうかを検討した』と述べている。
 同教授と同大学神経科学部門の研究生であるErika J. Lampert博士らは、バイオマーカーを用いてAD進行の定義を検討している全米研究Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiativeの一環として、さまざまなレベルの認知機能障害患者と認知機能正常者を含む成人257例(55〜89歳)のデータを分析。年齢、性、AD家族歴などのデータを収集した。家族歴陽性は、親か兄弟姉妹のいずれかにAD患者がいる者と定義した。次に、こうした情報を、認知機能評価やAPOE遺伝子型解析、MRIによる海馬容積の測定、脳脊髄液中の3種類の病理学的マーカー〔アミロイドβ(Aβ)42、総タウ蛋白(t-tau)、t-tau/Aβ42比〕などの生物学的検査結果と照合した。
 家族歴のある者では、予想通りADリスクと早期発症リスクの上昇に関連するAPOE遺伝子の発現が亢進していた。さらに、家族歴のある者では、家族歴のない者との生物学的な差が他にも見られたことから、まだ発見されていない遺伝的因子が認知症発症前のAD進行に影響を与えている可能性が示唆された。家族歴陽性の健康人の約半数は、脳脊髄液測定に基づく前臨床的ADの基準を満たしたが、家族歴のない者でこの基準を満たしたのは約20%のみだった。」


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第227回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─危険因子の有無を調べても……』(2013年8月14日公開)
 プレセニリン1(presenilin 1;PS1)といった家族性アルツハイマー病の原因遺伝子ではないものの、危険因子(アポリポ蛋白E4)の有無を調べて欲しいと希望される方は、私の外来にもちょくちょく来られます。
 シリーズ第12回『認知症の診断─もの忘れ検診』において、私が1996年7月9日に国内で初めて開設した「認知症の検診」についてご紹介しましたね(笠間 睦:痴ほう専門ドックの開設. 脳神経 Vol.49 195 1997)。この「痴ほう専門ドック」において実施していた検査項目の1つには、実はアポリポ蛋白E4の採血検査も含まれておりました。
 しかし今は、「アポリポ蛋白E4の保有が分かっても、今のところ治療法がないこと」をきちんと説明し検査は実施しておりません。
 現在においても、アポリポ蛋白Eのフェノタイプ(http://www.sms.co.jp/reference/detail.php?PHPSESSID=1b39391eb0cd02366cc6e6f6ce9868cf&pos=28&s=1532&PHPSESSID=1b39391eb0cd02366cc6e6f6ce9868cf)を調べているいる医療機関は多数あります。しかしながらその目的は、家族性脂質異常症の精査目的(http://www.mh.nagasaki-u.ac.jp/kensa/news/225.pdf)であり、アルツハイマー病の危険因子をチェックする目的で実施されているわけではありません。
 ApoEには主にE2、E3、E4の3つの表現型があり、E2/E2はLDL受容体への結合能が著しく低下しておりⅢ型家族性脂質異常症を呈する可能性があります(蔵野 信、木下 誠:アポリポ蛋白とリポ蛋白分画. medicina Vol.50 978-981 2013)。Ⅲ型家族性脂質異常症については、ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%82%E8%B3%AA%E7%95%B0%E5%B8%B8%E7%97%87)などをご参照下さい。
 日本医学会が2011年2月に発表した「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」(http://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.pdf)においては、「被検者の診断結果が血縁者の健康管理に役立ち、その情報なしには有効な予防や治療に結びつけることができないと考えられる場合には、血縁者等に開示することも考慮される。その際、被検者本人の同意を得たのちに血縁者等に開示することが原則である。例外的に、被検者の同意が得られない状況下であっても血縁者の不利益を防止する観点から血縁者等への結果開示を考慮する場合がありうる。この場合の血縁者等への開示については、担当する医師の単独の判断ではなく、当該医療機関の倫理委員会に諮るなどの対応が必要である。」と規定されており、個人の遺伝情報の開示にあたっては各医療機関の倫理委員会などでの協議も必要となります。
 2013年6月14日号の週刊ポスト(通巻2233号)では、「医療最前線─ここまでわかった・ボケる遺伝子」という特集が組まれましたね。タイトル誘われついつい買ってしまいました。不安を煽るだけではなく、きちんと情報開示のことに踏み込んで記載しておりました。その部分を以下にご紹介しましょう。
 「アポE4とアルツハイマー病の発症リスクの相関関係は強い。そのため、検査結果の告知には、十分な配慮がなされている。多くの病院や検査機関では、検査対象者にその結果を知る重要性をきちんと伝え、同意が得られた場合のみ結果を示す。」(週刊ポスト通巻第2233号, 142-146, 2013)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第228回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─予防的治療薬を与える大規模な研究』(2013年8月15日公開)
 アルツハイマー病の原因遺伝子を保有するキャリアに対して、未発症の段階から早期介入または予防的治療薬投与を試みる大規模な研究が進められており、東北大学加齢医学研究所老年医学分野の荒井啓行教授がその概略について言及しております(岩坪 威、荒井啓行、井原康夫:座談会─アルツハイマー病. Current Therapy Vol.30 360-368 2012)。その概要と今後の展望についてご紹介し本稿を閉じたいと思います。
 「Alzheimer's Prevention Initiative(API)による臨床研究は、南米のコロンビアにあるアンティオキアという町を舞台にした介入研究の計画です。そこに、あるファウンダー(創始者)から発したと思われるPS-1遺伝子変異の非常に大きな家系があります。その家系の現存者1,235名のうち、480名がミューテーション(変異)をもちながら、まだ発症していないキャリアであり、ミューテーション陽性者の平均発症年齢は48歳であることがわかっています。このキャリアの方を対象に、おそらく20代、30代あたりから、疾患修飾薬による治療を脳脊髄液のAβやアミロイドPETなどのバイオマーカーを用いて追跡しながら行うのです。つまり、アミロイドの蓄積を一度リセットし、アミロイドの全くない脳に戻したときに、はたして発症年齢をどれだけ遅らせることができるかを検討する壮大な研究計画です。」(一部改変)
 筑波大学臨床医学系精神医学の朝田隆教授はこの研究について、「Alzheimer's Prevention Initiativeによる臨床研究では、ADを早期に発症する希少な遺伝子変異をもつ大家族で、Genentech社による治療薬crenezumabの効果が試されています。ここでは300名の未発症に人において、従来は避けられなかった認知機能低下に歯止めをかけられるか否か、また発症を遅くすることができるか否かが、5年間の追跡調査により調べられます(Miller G:Alzheimer's research. Stopping Alzheimer's before it starts. Science Vol.337 790-792 2012)。」(朝田 隆:アルツハイマー病の発症予防法の開発. からだの科学通巻278号 161-165 2013)と述べております。
 そして、APIの他にも、DIAN(Dominantly Inherited Alzheimer Network)、A4(Anti-Amyloid Treatment in Asymptomatic AD Trial)といった研究組織が有望な検討を模索しております(http://211.144.68.84:9998/91keshi/Public/File/41/337-6096/pdf/790.full.pdf)。
 DIANは、既知3タイプのAD原因遺伝子によって生じる早発性ADを研究するために2008年に設立された組織です。
 なお、A4の研究対象は、70歳以上でPETによるアミロイドイメージングにて陽性であるが認知機能は正常な人(preclinical AD)であり、Aβを減少させることにより後続する神経細胞死へと至る流れに歯止めをかけられるか否かを検証することを主目的としており、DIANとは異なり、遺伝性ではない弧発性のアルツハイマー病の病理進行に注目して治療介入を目指すものです。
 なお、A4研究(http://www.alzforum.org/new/detail.asp?id=3379)におきましては、シリーズ第189回『アルツハイマー病を治す薬への道─アルツハイマー病は3型糖尿病』のコメント欄およびシリーズ第95回『アルツハイマー病の治療薬─アルツハイマー病根本治療薬の姿』においてご紹介しましたsolanezumab(ソラネズマブ)の効果が試されます。

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 「米国は、『2025年までに効果的な予防と治療法の開発を達成する』と国家的に取り組むことを明確に打ち出した。NIA(National Institute for Aging)が主導して、ADGCとADNIが受け皿となってADSP(Alzheimer's Disease Sequencing Project=https://www.niagads.org/adsp)が進行している。家族性AD100家系以上を対象とした全ゲノムシークエンス並びにAD5,000人とその対照群5,000人の全エクソーム解析が、2013年3月に開始され2015年12月に終了する。これらのプロジェクトは、研究成果を共有して効率的な解析を推進すること基本としている。日本も先導的にこれらの国際共同研究に早く参加しなければ、またしても後手にまわり、単に日本人のデータを提供する隷属研究に陥るであろう。」(桑野良三、月江珠緒:アルツハイマー病診断における遺伝子・バイオマーカーの意義. Dementia Japan Vol.27 334-343 2013)

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A4研究:
 「抗アミロイド抗体による加療により、3年後にバイオマーカーにどのような変化が生じるかを検討するのがA4研究である。すなわち上流にあるアミロイド蓄積を抗体療法によって減らすことにより、下流にある神経細胞死や認知機能低下を予防できないか検討する試験である。」(嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013)

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 「APIは、南米コロンビアに住む地域住民に多く認められるPSEN1遺伝子にE280A変異を有する早発型家族性アルツハイマー病(early onset familial Alzheimer disease;EOFAD)患者を対象にAβ抗体であるcrenezumabによる抗体療法の効果を検証する試験である。
 本家系は25年以上前にコロンビアのアンティオキア大学のLoperaらにより発見されたもので、現在5,000人以上が北コロンビアの山岳地帯に住んでいる。本家系の症状の特徴は早発であるということを除けば、記憶障害で発症することなど、全体的な症状は孤発性のアルツハイマー病とよく似ている。平均発症年齢は47歳である。本家系の多くのキャリアは30代前半で、他に症状がなくても記憶障害を捉えることができるという。本研究では認知機能検査で異常がないと確認された30歳以上のキャリアが試験にリクルートされる。本家系では30歳以上のキャリアなら、既に脳内にはアミロイドの沈着が認められる。
 昨年末、本家系の中で未発症である18~26歳の20人においてDIAN研究と同様のバイオマーカーの比較研究を行った結果が発表された(文献20, 21)。その結果、髄液のAβ42はDIAN研究と同様に、遺伝子変異を有するキャリアにおいて当初有意な上昇が認められた。頭部MRIでは既に頭頂部および頭頂側頭部の灰白質に萎縮が認められ、fMRIでは海馬の活性化と両側の後部帯状回の非活性化が認められた(文献20)。
 また、同時に発表されたアミロイドPET研究では、20~56歳を対象として、遺伝子変異を有するキャリア11人(認知症4人、MCI7人)、未発症キャリア19人、非キャリア20人のアミロイド蓄積量を比較している。その結果、非キャリア群に比べ、未発症キャリア群は有意に蓄積量が多いことが認められた。さらに、3群のデータから、アミロイド蓄積量が発症前から経年的に増加し、プラトーに達した後MCI、認知症へと進行していくことが示された(文献21)。」(嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013)

参考文献:
20)Reiman EM,Quiroz YT,Fleisher AS et al:Brain imaging and fluid biomarker analysis in young aduls at genetic risk for autosomal dominant Alzheimer's disease in the presenilin 1 E280A kindred: a case-control study. Lancet Neurol Vol.11 1048-1056 2012
21)Fleisher AS,Chen K,Quiroz YT et al:Florbetapir PET analysis of amyloid-beta deposition in the presenilin 1 E280A autosomal dominant Alzheimer's disease kindred: a cross-sectional study. Lancet Neurol Vol.11 1057-1065 2012

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 DIAN(Dominantly Inherited Alzheimer Network)研究の詳細について記述した論文(嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013)をシリーズ第94回『アルツハイマー病の治療薬 アルツハイマー病が発症する前に診断される状態がある』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013032800005.html)のコメント欄において紹介しておりますのでご参照下さい。

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 「遺伝的な要因で発症する『家族性アルツハイマー病』の人たちが国内にどれだけいるか、実態調査を厚生労働省の研究チームが2013年11月から始める。結果をもとにまだ症状のない家族性の人に薬を使って発症を防ぐ試みにつなげたい考えだ。」
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