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初めての入院 【早田雅美:認知症 それがどうした! ロハスメディア, 東京, 2015 pp45-51】 [認知症 それがどうした!]

早田さん著書.JPG
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/629847390518277

初めての入院
(冒頭省略)
 私は途方に暮れ、当時、病院巡りのあても尽きて、たまたまかかっていた近くの精神科の主治医に電話しました。「こうこうこういう状況で……」と状況を説明していると、どうにもこうにも泣きたくなってきました。「パパ、どうしてこうなっちゃったの」と、そればかり頭に浮かんできました。父の憮然とした表情をよく覚えています。父も嫌な思いをしていたのだと思います。
 その次の徘徊の時、私が主治医に電話して「もう疲れました」とこぼすと、主治医は「S病院に知ってる先生がいます。紹介するから、病院が開く時間までタクシーに乗って回ってて」と指示をくれました。S病院というのは、県内で最も大きな精神科の専門病院でした。
 …(中略)…
 診察は、あっけなく終わりました。紹介を受けた担当の医師は、立派な風貌でした。「それでは今日はこちらでお預かりしますから、明日また来てください」と私を家に帰しました。それが父にとって、認知症での初めての入院でした。

痩せ細る父
 その晩、私は「良い方向に考えよう。きっと良くしてくれるだろう」と自分に言い聞かせていました。そして翌日、再度病院に出向いた私が案内されたのは、長い廊下の先の、暗くて陰鬱な一角でした。
 「ここからが認知症の病棟です」
 排泄物とそれを消毒するための薬剤とが入り混じり、中和された、認知症病棟独特の臭いが充満していました。その先をさらに進むと父の病室があり、案内してくれた医師はガチャガチャとその鍵を外してドアを開けました。8畳一間の空間に、せんべい布団が敷いてあり、片隅におまるが一つ、窓にはカーテンがかかっていて、鉄格子がはまっている。それこそ監獄のような部屋でした。せんべい布団の上では、父が不自然に大きないびきをかいて眠っています。
 初めての入院.jpg
 私が「パパ」と呼びかけても、異常なまでのいびきにかき消され、まったく反応を見せません。私が抱え上げると、かっと目を見開いたものの、焦点が合わないどころか、瞳があっちとそっちを向いたまま動かず、体も硬直したままです。よく見ると、手の親指の付け根から肘まで、紫色に染まったようなあざになっています
 「どうしたんですか」と私が医師に尋ねると、「家に返してくれ、と興奮されたので」とのこと。父は「出してくれ」と、私や母の名前を叫びながら、腕が紫色に腫れるまで、一晩中ドアや壁を叩き続けたのです。私の頭には「これは医療と言っていいのか、こんなの医療じゃないんじゃないか」という疑問が浮かんでいました。その時に父を連れて帰ればよかったのです。しかし当時の私に、その判断はできませんでした。「良くなるんでしょうか」と尋ねた私に、医師は慣れた様子で「お薬がなくなれば、落ち着かれると思いますよ」と答えました。
 結局、父はそのままS病院に半年入院していました。お見舞いに行くと、父はベッドに体を固定されているか、車いすにべルトで固定されているか、必ずどちらかの状態でした。父は見る間に痩せていきました。
 そうして半年近くたったある日、病院から1本の電話が入り、「お父様のバイタルの数値が非常に下がっています。いつ何があってもおかしくない状態です」と言うのです。要するに「死ぬかも」と言うわけです。
 「少しでも良くなるかもと期待して預けたのに、元気に歩いていた父が、こんなに痩せ細って生死の境を彷徨っているなんて、どういうことでしょうか」。納得のいかない私に医師は、「息子さん、認知症は治りません。でも、ご家族には生活があるんでしょう。そのためにこちらもお預かりしているんです。でも、我々は家族のようにはできません。限られた予算の中でやっていますから、行動を制限させていただくことも当然あります。それに、こういう病院に預けるというのは、ご家族の選択があってのことですよね」と言い切りました。
 これで私はようやく目が覚めたのです。「ここにこのまま置いておいたら取り返しのつかないことになる」。すぐに退院の手続きをしました。
 なお、精神科病院がどこでも同じというわけではありません。後に認知症啓発のNPOを設立したことをきっかけに知り合った都立松沢病院の齋藤正彦院長は、認知症を患ってから他界されたお母様が生前書き残されていた日記を院長室の引き出しにしまっていらっしやるそうです。認知症の方がどのような気持ちで毎日を暮らしているのか、時折その日記を読み返しては、お母様にはして差し上げられなかったことを患者さんに実践するように、患者さん一人ひとりに寄り添った医療を実践されています。
 【早田雅美:認知症 それがどうした! ロハスメディア, 東京, 2015 pp45-51】

私の感想
 とてつもなくリアル! 文字から「独特の臭い」を感じてしまいました。

> その時に父を連れて帰ればよかったのです。

 連日の徘徊で疲れ切った早田雅美さんを責めることはできないと思います。
 医療・ケアの質をもっと高める必要があるのです。

 この本は凄い! ハッキリ言って問題作です。認知症診療の暗部をあぶり出している作品ですね。
 この本、なぜあまりメディアで取りあげられないのか不思議ですね。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第171回『深刻化する認知症患者の長期入院 本当のBPSDと〝ニセBPSD〟』(2013年6月14日公開)
 2012年1月12日、日本人初のパーソンセンタードケア認定トレーナーである「いまいせ心療センター」の水野裕(みずのゆたか)認知症センター長が講演(第6回中勢認知症集談会)のために三重県津市に来られました。その際にとっても印象深いお話をされておりました。
 家では認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)が目立つのに、外来診療の場においては穏やかというようなケースのBPSDに関しては、水野裕先生は「本当のBPSD」とは捉えていないそうです。そしてこのようなケースでは、「ご家族に対してBPSDの原因について説明しにくいが、家族関係にまで踏み込んだ指導が必要になってきます。」と指摘されておりました。すなわち、「本当に認知症の進行によって起きてきたBPSDなのかどうか?(家族が叱ったために誘発されたBPSDではないのか)」を見極める必要があると言及されておりました。
 水野裕先生は、「本当のBPSD」の頻度についても言及しております。
 「BPSDとは、いつでもどこでも誰に対しても、奇声を発したり、怒ったり、暴れたり、走り回ったりする場合に初めて診断されるものです。当センターに定期的に通院している認知症の人は月約600名いますが、そのうちBPSDと診断され入院する人は2~3名と非常にまれです。そして、当センターにBPSDだと紹介されてくる認知症の人の多くは、“ニセBPSD”です。…(中略)…例えば、ある人は、家族とスタッフだけが話し始めると大声を上げて騒いでいたのですが、それは耳が遠くて会話がよく聞こえないことで不安になり怒っていたことが分かりました。そこで、家族とスタッフが話すときも、その人を交えて大きな声で話すようにしたところ、怒らなくなりました。
 また、徘徊して困るといわれていたある人は、眼鏡が合わずよく見えないために、しばしば錯覚を起こして不安が高まり、徘徊していたのでした。眼鏡を作り直したところ、周囲がはっきり見えるようになり、錯覚や不安もなくなり、落ち着きました。」(水野 裕:認知症ケアへの私の思い. Together創刊号 23-24 2012)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第172回『深刻化する認知症患者の長期入院 入院先でBPSDを見極める手法』(2013年6月15日公開)
 国立長寿医療研究センター内科総合診療部長の遠藤英俊先生も対応困難なBPSDの頻度について言及しております(http://www.de-hon.ne.jp/digital/bin/product.asp?sku=2000003287250101600P)。
 「われわれのもの忘れセンターでも病床が30床あり、年間400名の患者さんを診ていますが、当センターで重度のBPSDが原因で診られない患者さんが約20名(5%)いらっしゃいます。こういった場合は、精神科の専門病院にお願いしています。われわれ内科では限界があることも事実です。」(認知症診療における地域連携と早期診断・早期対応に向けて─リバスチグミンの有効性と期待を含めて─. Geriat Med Vol.51 83-93 2013)
 水野裕先生は三重県津市での講演において、BPSDで入院された方に対しては、実際にどの程度のBPSDが出現するのか見極めるために、先ずは抗精神病薬をすべて中止してみて、正確な病状を観察することも大切だと指摘されておりました。
 精神科病院に入院すると、ややもすれば多くの抗精神病薬が処方されてしまい、日常生活動作(Activities of Daily Living;ADL)が低下してしまいがちな傾向が目立つ中で、水野裕先生の実践している治療方針は、非常に有益な取り組みと言えるのではないでしょうか。
 また水野裕先生は、「多くの精神神経科医は、あまり認知症を診たがらない」ことも問題点の一つだと指摘されました。
 飯能老年病センターの黒澤尚(くろさわひさし)名誉院長(日本医科大学名誉教授)が書かれた著書(黒澤 尚:もの申す! 重度認知症の治療現場から 「精神科医ドクターHK」の挑戦(4) へるす出版, 東京, 2009)のカバーには以下の記載があります。
 「最近になって認知症は『病気である』と一般に認められるようになってきた。認知症は、国際疾病分類でも精神保健福祉法でも精神疾患と定義されている。それならば、精神科医はもっと積極的に認知症の診断・治療に当たるべきではないのか、と著者は主張する。」
 そして黒澤尚医師は、精神科医が認知症の診療を避ける傾向がある理由に関しても言及しております。
 「『認知症はねぇ』と認知症を避けている精神科医がいるのも事実である。こうした精神科医は、認知症は治らない、認知症は脳の病気だから身体病ではないか、身体合併症も有しており、認知症に併発するせん妄は身体病ではないか、精神科医になったのは身体病を診たくないからであって、身体病は身体科医が診ればよい、などと認知症を避ける理由をあげる。」(黒澤 尚:もの申す! 重度認知症の治療現場から 「精神科医ドクターHK」の挑戦(4) へるす出版, 東京, 2009, p17)。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第173回『深刻化する認知症患者の長期入院 抗精神病薬に頼らない認知症ケア』(2013年6月16日公開)
 2013年2月6日付朝日新聞「認知症とわたしたち」においては、2013年1月29日に東京都内で開催された「認知症国家戦略に関する国際政策シンポジウム」(主催:東京都医学総合研究所)の様子が報道されました。
 シンポジウムにおいては、認知症の人が、その人らしく生きていけるよう地域で支えていくためには何が必要なのか、6カ国(イギリス、フランス、オーストラリア、デンマーク、オランダ、日本)の政策担当者や非営利団体の幹部、経済学者らが参加して活発な議論が交わされたようです。
 「本人だけでなく、介護者のケアも必要だ」との意見も相次ぎ、オーストラリアの保健高齢化省の担当者は、「認知症の人が自宅で生活を続けるには、本人だけでなく介護者である家族に対し、カウンセリングや休養などのケアが欠かせない」と話したそうです。
 「認知症国家戦略に関する国際政策シンポジウム」においては、抗精神病薬に頼らない認知症ケアについても話し合われたようです。朝日新聞は2013年2月15日付社説・記者有論において、6カ国における抗精神病薬使用状況の違いについて以下のように報道しております。
 「抗精神病薬は、不安や興奮が激しいときに使われる。たとえ認知症でも、生活に満足していたら強い不安は出ないし、興奮状態にもならない。環境とケアが良ければ本人は穏やかに暮らし、抗精神病薬の出番はぐっと減る。
 フランスでは、認知症患者での使用率が2007年の16.9%から2011年の15.4%へ着実に下がってきた。
 英国での減少ぶりはもっと劇的だ。全国の医療機関を対象にした監査結果は、2006年の17.1%から2011年の6.8%へ激減している。『認知症への抗精神病薬の効果は限定的なのに副作用で1%程度が死ぬ』という報告書が出たことが大きく影響したという。
 オーストラリア、デンマーク、オランダとシンポジウムで発表したどの国も『抗精神病薬に頼らないケアを目指していた。見事に同じ方向だった』と、事務局を務めた西田淳志・東京都医学総合研究所主任研究員はいう。
 では日本はというと、そもそも薬がどれだけ使われているかのデータがない。『どんな薬を使うかは医者の裁量』という意識が強く、実態調査ができないと言われる。」(高橋真理子:認知症への対応─抗精神病薬に頼るな)
 「認知症国家戦略に関する国際政策シンポジウム」においては、精神科病院への入院に関する報告もなされております。
 「先日東京で開かれた認知症政策に関する国際会議でも、『向精神薬(メモ2参照)を減らす』(イギリス)、『精神科への転科・転院は1%と少ない』(フランス)、『認知症の人の入院はない』(オランダ)、『行動心理症状を持つ人の精神科による治療はほとんど外来での治療』(デンマーク)、『精神科病院への入院を防ぐ』(オーストラリア)という報告が相次いだ。」(2013年3月15日付朝日新聞・オピニオン─中村秀一の現場から考える社会保障)

メモ2:向精神薬
 向精神薬とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称であり、抗精神病薬、抗不安薬、抗うつ薬などが含まれます。

書評:『樋口直美:私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活. ブックマン社, 東京, 2015』 [レビー小体型認知症]

私の脳で起こったこと.jpg
初夏に読んだ樋口直美さんの本の書評を書きました。

タイトル:
 認知症専門医にこそお勧めの本だと感じました。

本文:
 まず最初に、著書の「はじめに」を一部改変して以下にご紹介します。

 「急速に変わりつつあるとはいえ、レビー小体型認知症は、まだ知名度の低い病気です。私は、内科、眼科、整形外科で『レビー…? どういう字を書きますか?』と訊かれました。
 正しく診断されていないだけで、実際には、認知症の約5人に1人がレビー小体型だと専門医は言います。生前にうつ病、パーキンソン病と誤診されていた人気俳優、ロビン・ウィリアムズもレビー小体型認知症でした。
 私も41才でうつ病と誤診され、約6年間、誤った薬物治療を受けました。自分でこの病気を疑い、文献を読み漁り始めたのが、49才。
 50才の秋、専門医に診断され、治療が始まったのは、翌年の夏。抗うつ剤で劇的に悪化した日から、丸9年という歳月がかかりました。」

 私は、日本認知症学会の専門医(指導医)です。
 詳細な記述を読み、私自身も非常に勉強になりました。

 多くの方が、「著者は、本当にレビー小体型認知症?」と疑問に感じることは当然のことだと思います。
 この辺りを説明するのは少し専門的な話をする必要があります。
 近年では呼称が、レビー小体型認知症(dementia with Lewy body:DLB)、認知症を伴うパーキンソン病(Parkinson's disease with dementia:PDD)さらにはパーキンソン病も含め,病理学的な観点からレビー小体病(LBD:Lewy body disease)、あるいはα-synucleinopathyといった包括的な呼称へと変化しつつあるのです。

 もう1点だけ専門的な話をさせて頂きます。
 「DLBを含むレビー小体病の初発病変の局在や、その後の進行形式・速度には大きなバリエーションがあり、さらに症状が出現した後、進行していく場合ばかりでなく、進行していかない場合もあります。現在われわれの知っているDLBは氷山の一角であり、自然経過のバリエーションがわかってくるのはもう少し先ではないかと思っています。」(山田正仁 他:座談会─認知症の早期発見・薬物治療・生活上の障害への対策. Geriatric Medicine Vol.50 977-985 2012)

 発症早期の何らかの対策が認知症への進展を食い止めたことが想定されます。これは、同じ病気を抱える方にとって大きな希望となります。
 私自身は、著書を読み進めながら専門誌を読み漁り、おそらく認知症への進展を食い止めた鍵は、腸内フローラないしはミトコンドリア機能の改善が鍵を握っていたのではないかと推察しております。
 まだ明確には証明されていない仮説ではありますが、「腸内フローラ悪化 → ミトコンドリア機能低下 → レビー小体病」という発症機序を想定している研究者もおられます。
 その仮説が正しければ、腸内フローラを改善する生活習慣、ないしはミトコンドリアの機能を向上させる試みなどに大きな期待が寄せられます。

 著者の樋口直美さんは、今でも、突然の認知機能の変動(「意識障害」とご本人はお話されております)と自律神経症状(血圧の変動など)、視空間認知機能障害、時間感覚の低下(https://note.mu/hiiguchinaomi/n/n8da1f271f912)などで苦慮され生活障害を抱えておられます。そのことは、今年7月に講演会でご一緒する機会があり、ご本人から直接お伺いしました。
 レビー小体型認知症(DLB)に関する正しい情報が普及することを願ってやみません。
 著書を隅々まで読み、私自身“目から鱗”のような情報がありました。DLBを発症する15年も前に「薬剤に対する過敏」が既に起きているなんて到底信じがたい話でした。まずは認知症学会の専門医が率先して正しい知識を身につけることが必要であると深く反省させられました


もっと詳しく勉強したい方は↓
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/628261997343483?pnref=story
 「腸内フローラ悪化 → ミトコンドリア機能低下 → レビー小体病」の根拠となる論文などを紹介しております。

まとめ
 http://akasama.blog.so-net.ne.jp/2016-05-29-1

アルツハイマー病(AD)発症率の低下との関連が認められた介入法は次のうちどれか? [認知症予防]

アルツハイマー病発症率低下と関連が認められた介入法は? 【m3クイズ】

問題
 調整済みおよび未調整モデルのいずれにおいても、アルツハイマー病(AD)発症率の低下との関連が認められた介入法は次のうちどれか。【「SmartestDoc米国版」より出題】

A 2年間の運動療法

B 複数のサプリメントを3年間摂取(n-3多価不飽和脂肪酸、イチョウ葉エキス、リコピン含有カプセルを摂取)

C どちらも正しい


正解
 クイズ正解.JPG

急速進行性認知症 [認知症]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第672回『転倒防止─急速に進むプリオン病』(2014年11月14日公開)
 さて、急速に進行する「急速進行性認知症」(rapidly progressive dementia;RPD)の存在も知られております(Geschwind MD, Shu H, Haman A et al:Rapidly progressive dementia. Ann Neurol Vol.64 97-108 2008)。RPDの代表的疾患は、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)です。この論文の要旨は、ウェブサイト(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18668637)においても閲覧可能です。
 かなり専門的な話にはなりますが概要をご紹介しておきます。
 2001年8月から2007年9月までにカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)に紹介されたプリオン病(代表は、CJD)または急速進行性認知症が疑われた症例は178例あったそうです。
 その原因は、「62%(111例)がプリオン病であった。プリオン病以外の疾患では神経変性疾患が26例(14.6%)と最も多く、自己免疫疾患が15例(8.4%)、感染性疾患が4例(2.2%)。…(中略)…神経変性疾患では、大脳皮質基底核変性症(CBD)8例、前頭側頭型認知症(FTD)7例、アルツハイマー病(AD)5例、レビー小体型認知症(DLB)4例、進行性核上性麻痺(PSP)2例」(浜口 毅、山田正仁:急速進行性認知症の鑑別診断. 最新医学 Vol.68 842-851 2013)という内訳であったそうです。
 なお、神経変性疾患以外の原因により「急速進行性認知症」を来す原因疾患としては以下のa~dのような原因疾患が挙げられます(シリーズ総編集/辻 省次 専門編集/河村 満 著/石原健司、中野今治:アクチュアル脳・神経疾患の臨床─認知症・神経心理学的アプローチ 中山書店, 東京, 2012, pp391-394)。
a)傍腫瘍性神経症候群あるいは自己免疫疾患としての脳炎または脳症:橋本脳症、電位依存性Kチャンネル抗体陽性辺縁系脳炎、Hu抗体陽性辺縁系脳炎など
b)感染症:AIDS白質脳症、進行性多巣性白質脳症など
c)腫瘍:中枢神経原発悪性リンパ腫、脳原発悪性腫瘍
d)てんかん:非痙攣性てんかん重積状態
 「傍腫瘍性神経症候群」についてはシリーズ第53回『その他の認知症 治療可能な認知症―甲状腺機能低下症』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013013100010.html)のコメント欄をご参照下さい。
 なお、体重減少も急速な認知機能低下の危険因子であることが報告されております(荒木 厚:認知症と栄養障害. Geriatric Medicine Vol.51 826-832 2013)。
 「414名のprobable ADの地域住民の15カ月の追跡調査では、AD(アルツハイマー病)発症後最初の1年で4%以上の体重減少があると急速な認知機能低下(6カ月でMMSEが3点以上の低下)が起こることがわかっている(Soto ME, Secher M, Gillette-Guyonnet S et al:Weight loss and rapid cognitive decline in community-dwelling patients with Alzheimer's disease. J Alzheimers Dis Vol.28 647-654 2012)。体重減少があった患者は体重減少がない患者と比べて、認知機能低下のハザード比は1.5(95%CI=1.04~2.17)であり、体重減少はADになってからも急速な認知機能低下の危険因子であるといえる。」(一部改変)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第48回『その他の認知症 クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)』(2013年2月9日公開)
⑤クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)
 クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt Jakob disease;CJD)と聞いてもピンとこない方がほとんどでしょうね。
 でも、「狂牛病」・「肉骨粉」・「全頭検査」と聞くと、数年ほど前に米国産牛肉の輸入停止により吉野家の牛丼が食べられなくなった例の一件を思い起こされるのではないでしょうか。
 CJDはプリオン病の一つです。プリオンとは、タンパク質から成る感染性因子です。プリオン病とは、正常なプリオンが何らかの原因により異常なプリオンに変わってしまい、その異常プリオンが脳などの神経組織に蓄積することによって発症する病気です。CJDにおいては、脳は隙間だらけのスポンジ状になってしまいます。
 ウシのプリオン病は、ウシ海綿状脳症(BSE、狂牛病)と呼ばれています。
 プリオン病は、元々はヒツジの伝染病でした。しかし、イギリスではヒツジの脳や肉骨粉をウシの飼料に使用したためウシに感染し、さらに狂牛病に感染したウシをヒトが食べたためヒトに感染してしまいました。
 CJDには4つのタイプがあります。原因不明の「孤発性」、狂牛病のウシを食べて発症する「変異型」、乾燥硬膜の移植によって起きた「医原型」、遺伝による「家族性」の4タイプです。
 最も多いのは、原因不明(特発性)の弧発性CJDです。最も多いと言っても、頻度はおよそ100万人に1人程度で非常に稀な疾患です。発病は50~70歳代が多く、40歳以下での発症は極めて稀です。これに対し変異型CJDは、10~30歳代という若年層で発症することが多いです。これまでに報告された変異型CJDの発症年齢は12~74歳で、平均発症年齢は29歳です。
 弧発性CJDの場合、発症すると認知症が出たり、身体がビクついたりします。一方変異型の場合には、認知症に先立ち手足の痺れ(しびれ)・疼痛などの感覚障害や、抑うつ・不安・無関心・自閉・錯乱などの精神症状が出現します。幸いにして日本国内での変異型CJDの発症は、2005年2月4日に報告された英国滞在歴のある一例だけですので、対策が充分に取られている現状(http://www.mhlw.go.jp/topics/0103/tp0308-1.html#32q1)においては過度に心配する必要はありません。
 弧発性CJDの症状をもう少し詳しく説明しましょう。初期には、倦怠感、ふらつき、物忘れ、視覚異常などの症状だけですので、「ストレス」「うつ状態」などと診断されることもあります。
 やがて、急速に進行する認知症症状とミオクローヌス(メモ1参照)が出現し徐々に寝たきり状態となります。その後、無動無言状態となり、1~2年程度(平均約14か月)で死に至る大変おそろしい疾患です。

メモ1:ミオクローヌス
 筋肉が、急に激しくぴくつくもので、音や光などで誘発されることもあります。健常な人でも眠りかけた時などには、「ビクッ」とするミオクローヌスは時折あります。
 弧発性CJDでは、発症後数か月以内にほとんどのケースでミオクローヌスが認められます。ただし、アルツハイマー病やレビー小体型認知症においてもミオクローヌスが認められることがあります。

 CJDは後頭葉、頭頂葉を好んで障害するために、視覚・視覚認知障害が初発症状となることが多いことが報告されています。
 昭和大学横浜市北部病院の福井俊哉教授は、「視覚・視覚認知障害の他に、着衣失行、構成障害、半側空間無視、失語、失行などが単独に、そして比較的急速に出現するため脳血管障害と間違われることも少なくない」(一部改変)と指摘しています(福井俊哉:症例から学ぶ戦略的認知症診断 南山堂発行, 東京, 2011, pp84-90)。
 CJDについて詳しく勉強されたい方は、以下のサイトなどをお読み下さい。
 難病情報センター・プリオン病(http://www.nanbyou.or.jp/entry/240
 水澤英洋:プリオン病─わが国の現状と最近の進歩─. 臨床神経 Vol.48 861-865 2008(http://www.neurology-jp.org/Journal/public_pdf/048110861.pdf

 「急速に進行する認知症」(rapidly progressive dementia;RPD)についても簡単にご紹介しておきましょう(Geschwind MD et al:Rapidly progressive dementia. Ann Neurol Vol.64 97-108 2008)。Abstractはウェブサイトにおいても閲覧可能です(http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ana.21430/abstract)。
 RPDの代表は、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)であり、他には、アミロイド血管症を伴うアルツハイマー病、レビー小体型認知症なども挙げられています

SED-11Q [アルツハイマー病]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第31回『認知症の代表的疾患─レビー小体型認知症 もの忘れを自覚することの多いレビー小体型』(2013年1月14日公開)

 もの忘れに関しても、DLBにおいては内省できることが多いことが報告されています。
 アルツハイマー病では、初期ですらもの忘れを自覚していないケースが多いです。一方、DLBでは、初期においてはもの忘れを自覚しているケースが多いのです。
 東京医科大学病院老年病科の羽生春夫教授は、疾患別の病識の有無について検討しており、「有意な認知機能障害を認めない老年者コントロールの病識低下度の平均+2標準偏差を超えるものを病識低下ありと定義すると、AD(アルツハイマー病)群の65%、MCI(軽度認知障害)群の34%、DLB(レビー小体型認知症)群の6%、VaD(血管性認知症)群の36%が該当し、AD群が最も多く、DLB群は最も少なかった。」(羽生春夫:老年期認知症患者の病識―生活健忘チェックリストを用い、介護者を対照とした研究―. 日本老年医学会雑誌 Vol.44 No.4 463-469 2007)と報告しております。

メモ:内省
 「記憶、見当識、思考、言葉や数の抽象化機能などは、日常生活を送っていく上でそれぞれがとても大切な機能である。しかし、暮らしのなかでは、これらの機能一つひとつがバラバラに役立っているわけではない。複数の知的道具あるいは要素的知能を組み合わせて使いこなす『何か』がなけれはならないはずである。それを知的主体あるいは知的『私』とよぶことにすると、そこに障害が及ぶのである。だから、認知症を病む人は、いろいろなことができなくなるという以上に、『私が壊れる!』と正しく感じとるのである。
 知的主体などという硬い言葉ではなく、もう少しうまい言葉が見つかればよいのだが、学者も苦労してこの『何か』を『内省能力』(ツット)、『本来の知能』(ヤスパース)、『知的人格』『知的スーパーバイザー』(室伏)などと名づけている。どれもが、個別の、記憶、見当識、言葉、数といった道具的、要素的知能を統括する、より上位の知的機能を何とか言い表そうと苦労しているのである。」(小澤 勲:認知症とは何か 岩波新書出版, 東京, 2005, pp141-143)

 認知症の介護においては、しばしばアパシー(自発性の低下・無関心)の存在が問題となります。
 アパシー(apathy)とは、無気力・無関心・無感動のため、周りがやるようにと促しても、本人は面倒だから、全然動こうとしないし気にもしない状態です。そして、このアパシーの存在ゆえに、認知症がうつ病と誤診されているケースもあります。
 なお、DLBでは、うつ病を有する頻度が比較的高いことも知られております。
 「Ballardら(1999)は病理診断されたDLB、AD各40例を比較し、DLBでは、初診時に幻視、幻聴、妄想、誤認妄想、うつ病を有する頻度がADに比べて高い」と報告しています(長濱康弘:レビー小体型認知症の臨床症候学と病態生理. Dementia Japan Vol.25 145-155 2011)。
 なおこの点に関して筑波大学臨床医学系精神医学の朝田隆教授は、「伝統的な精神科のうつに対する見方では、悲哀感、悲しみをもって『うつ』の本質とし、それに不安ややる気のなさを加えます。DLBの場合、精神科の伝統的なうつというよりは基本的にはアパシーです。周りは困っているが本人は何もしなくて当然とケロッとしているような患者さんが比較的多いですね。」と指摘しています(朝田 隆 et al:座談会─認知症の早期発見・薬物治療・生活上の障害への対策. Geriatric Medicine Vol.50 977-985 2012)。

Facebookコメント
 2014年7月30日にホテルグリーンパーク津において開催されました第16回中勢認知症集談会特別講演会には、群馬大学大学院保健学研究科リハビリテーション学講座の山口晴保教授らが講師として来て下さいました。

 山口晴保先生は、「MCIとADの境界は、『病識の有無』だと思っています」と講演で述べられました。そして、SED-11Q(Symptoms of Early Dementia-11 Questionnaire)を用いた病識の評価に関する検討結果についてご紹介して下さいました。
判断基準
 医療機関においてはSED-11Qが11項目中3項目以上で認知症を強く疑い、地域の認知症スクリーニングでは11項目中4項目以上で受診を勧めるというのが目安だそうです。

SED-11Q【認知症初期症状11項目質問票】
①同じことを何回も話したり、尋ねたりする
②出来事の前後関係がわからなくなった
③服装などの身の回りに無頓着になった
④水道栓やドアを閉め忘れたり、後かたづけがきちんとできなくなった
⑤同時に二つの作業を行うと、一つを忘れる
⑥薬を管理してきちんと内服することができなくなった
⑦以前はてきぱきできた家事や作業に手間取るようになった
⑧計画を立てられなくなった
⑨複雑な話を理解できない
⑩興味が薄れ、意欲がなくなり、趣味活動などを止めてしまった
⑪前よりも怒りっぽくなったり、疑い深くなった

※上記の11項目に関して、ご本人は病識が欠如しているため「該当しない」にチェックを入れるものの家族はそれを感じているため「該当する」にチェックを入れ、その差がMCIにおいては乖離しないものの、軽度AD&中等度ADにおいては有意に乖離(p<0.001)しているそうです。
 そして、「その結果を介護者に見せて、本人の自覚が乏しいことを理解してもらい、叱らないように指導することでBPSDを予防しましょう」と講演会で配布されました資料には記載されておりました。
 詳細は論文をご参照下さい。
 Maki Y, Yamaguchi T, Yamaguchi H:Symptoms of Early Dementia-11 Questionnaire(SED-11Q): A brief informant-based screening for dementia. Dement Geriatr Cogn Disord Extra Vol.3 131-142 2013
 Maki Y, Yamaguchi T, Yamaguchi H:Evaluation of Anosognosia in Alzheimer's Disease Using the Symptoms of Early Dementia-11 Questionnaire(SED-11Q). Dement Geriatr Cogn Disord Extra Vol.3 351-359 2013

P.S.
MCI段階で留まっているのかADに進展したのかを判断する基準は、「生活自立能力」の有無!
 「生活自立能力」については、シリーズ第73回『軽度認知障害─軽度認知障害から認知症への進展』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013030600003.html)をご参照下さい。

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 認知症初期症状11項目質問票(SED-11Q)の評価用紙は山口晴保研究室のホームページ(http://www.orahoo.com/yamaguchi-h/)からダウンロード可能(山口晴保:認知症の本質を知り、リハビリテーションに活かす. MEDICAL REHABILITATION No.164 1-7 2013)。

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 「ところで、認知症の人には『自分は病気である』という自覚はあるのでしょうか?
 この『自分は病気だ』と自覚することを『病識』といいます。医師の中には、認知症の人には『病識がある』という人もいれば、『ない』という人もいます。
 私は『病識は低下している(一部ある)』という考えです。自分はどんな病気でどのような問題が生じているのかといった自覚は乏しくなっていますが、『何だかいつもと違う』という感覚はあると思っています。これを『病感』といいます。」(山口晴保:認知症にならない、負けない生き方 サンマーク出版, 東京, 2014, p53)

落とし穴課題(Pitfall task) [アルツハイマー病]

3-3 落とし穴課題(Pitfall task)

 1枚の画像を見せて、その画像の示す意味(状況)がわかるかどうかをチェックする課題です。
 https://www.facebook.com/photo.php?fbid=617800405056309&set=a.530169687152715.1073741826.100004790640447&type=3&theater

 図1-3に示すイラストを見せ、「何が起こっている?」と質問して、その全体像を捉えられるか(正解は「落とし穴」)、また「(人物を指しながら)真ん中の人は何をしている?」と質問して、登場人物の行動意図を読み取れるか(正解は「落とし穴に落ちるところを想像しながら隠れて見張っている」)という点から、認知症らしさを見抜く簡便な検査です。最初の質問で「落とし穴」と気づけたのは、健常者の65%、MCIの33%、軽度アルツハイマー型認知症の25%、中等度アルツハイマー型認知症の0%でした(文献)。中央の人物については「かくれんぼ」などと答え、右上部の人物については「バンザイ」などと答えるのが、アルツハイマー型認知症の特徴でした。
 【山口晴保:紙とペンでできる認知症診療術―笑顔の生活を支えよう 協同医書出版社, 東京, 2016 pp21-22】

私の感想
 行動意図は、共感できるかどうかをチェックするテストでしょうね。
 「こころの理論」を簡単にチェックしているようですね。

文献
 Yamaguchi T,Maki Y,Yamaguchi H:Pitfall Intention Explanation Task with Clue Questions(Pitfall task):assessment of comprehending other people's behavioral intentions in Alzheimer's disease.Int Psychogeriatr Vol24(12):1919-1926 2012

P.S.
社会的認知能力―人や社会との適切なかかわり
 社会において適切な行動をとり、ほかの人がどのように感じているかを読み取る能力を社会的認知能力social cognitionと呼ぶ。人の表情をみてその感情を読み取る(感情の認識recognition of emotions)、人のこころの動きの一般的なルール(こころの理論theory of mind)を理解する能力である。障害されると、社会から受け入れられる範囲を超えた不適切な態度をとることになり、友人や家族の反対を無視する行動や安全を無視した決断など、社会的な基準に適さない行動がみられる。
 認知症(DSM-5)では、社会から受け入れられる範囲を越えた態度をとる。衣服、政治、宗教、性的な会話などで皆に関心がない話題にこだわる、友人や家族の反対を無視する行動、安全を無視した決断(気候や社会的状況に不適切なもの)など、社会的な基準に鈍感な行動がみられる。
 軽度認知障害(DSM-5)では、行動や態度の微妙な変化、しばしばパーソナリティ変化とされるもの、たとえば社会的にしてはいけないことに気づくとか、ひとの表情をみて察するとかということが障害される。また、共感が乏しくなるとか、過度に内向き、外向きとなるとかといったことが、ときどきみられる。あるいは微妙なアパシーや不穏などもみられる。
 社会的認知能力は次のように評価される(DSM-5)。
●情動の認識recognition of emotions:
 強い情動を示している顔の絵をみてそれを理解する。
心の理論theory of mind:ひとのこころや経験の状況を推し量る能力。写真をみせて、このカバンをなくした女の子はどこを探したらよいか、とか、この男の子はどうして悲しんでいるのか? といった質問をする。
【三好功峰:認知症─正しい理解と診断技法 中山書店, 東京, 2014, pp35-36】


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