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体感幻覚 [レビー小体型認知症]

体感幻覚
 

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第189回『奇異な症状さまざま(その1)―「電気のコード」がヘビに見える』(2011年9月15日公開)
 『心はどこまで脳なんだろうか』(兼本浩祐:医学書院, 東京, 2011)の第7章「同じものが同じであることの奇跡」の冒頭には、以下のような文章があります(一部改変)。
 「ツバメの雛が巣から一度落ちてしまうと、同じ雛を元の巣に戻しても親鳥はもうそれを自分の子どもとは認識できずにもう一度巣から追い出したりします。自分の子どものように最大の愛着の対象になるものであっても、巣から落ちる前の雛と巣から落ちた後の雛が全く別の対象として認識されてしまうといった事態は野生の動物の場合には必ずしも稀ではありません。」

 シリーズ第150回『出そろった4種類の認知症治療薬(4)-珍しい副作用のケースに遭遇』(https://aspara.asahi.com/blog/hyottoshite/entry/SmQmhARVBq)のコメント欄にて、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)では、「重複記憶錯誤」、「幻の同居人」とか「カプグラ症候群(Capgras syndrome)」などの奇異な症状も時折認められます。これらの症状に関しては、後日別の機会に詳しく説明致しますと述べました。今回はこの辺りの話をご紹介したいと思います。

 その前に先ずは、シリーズ第20回『幻視が特徴の認知症とは』(https://aspara.asahi.com/blog/hyottoshite/entry/kUNWJ079qG)を読み返して、DLBの概略に関してざっと復習して頂けると以下の記述がより興味深く感じられるだろうと思います。

 DLBにおける典型的な幻視は、人物や小動物などが家の中に居るというものです。幻視以外にも、電気のコードがヘビに見えたり(錯視)、天井や壁がゆがんで見えたり(変形視)します。そして、幻視に反応した患者さんが床や壁を触って歩く姿もしばしば見られます。
 私の亡父も、「パソコンのモニタの中に石塔(石像)が積み上げられていく」という幻視を訴え、私に「取ってくれ」と訴えました。そして、私が「見えないので取れない」と返事すると、モニタの中に手を突っ込もうとしていました。詳細は、シリーズ第14回(https://aspara.asahi.com/blog/hyottoshite/entry/xLuyvV6JBa)及びシリーズ第157回コメント欄(https://aspara.asahi.com/blog/hyottoshite/entry/r7b57yxe6H)にてご紹介しましたね。
 DLBの幻視では、「せん妄と異なり、繰り返し何度も現れ、出現している際にも明らかな意識障害を伴わず、意識の鮮明な日中にもその詳細を家族や医師に説明することができる」(東晋二,井関栄三:妄想性障害と若年性認知症をどう診分けるか-レビー小体病を中心に-. 精神科治療学 Vol.25 1305-1309 2010)のが特徴です。
 この「石塔(石像)が積み上げられていく」という幻視は、私が現在診療中のアルツハイマー病患者さん(80代前半・男性)も訴えており、父の姿と重ね合わせながら診療しています。
 古来から日本では万物に神が宿ると信じられてきました。太陽や山河と同じように、石や岩も神が宿る場所として崇拝されてきたのです。日本人は「石」に対して独特の崇高な感覚を抱くためこのような幻視が出現しやすいのかも知れませんね。

幻視が訴えるものは
投稿者:ムラタケ 投稿日時:11/09/15 21:51
 素朴な疑問です。 ①食パンの屑が虫に見えるとか、電気コードが蛇に見えるというのは、患者でなくても、状況や心理状態次第で、見間違うことがあるのと、似通っているように思えますが、
 ②存在しない人物や小動物が家の中に居る、というのは全く言葉通りの幻視だと思えます。
 また、③パソコンのモニタの中に石塔(石像)が積み上げられていく、というのは②と同じ全くの幻視とも思えますが、先生が触れておられるように、心の中にある何かが、象徴的に見えているのかな、と想像しました。
 そこで例えば、②については、人物が誰かとか、どういう動物か、どういう関わりがあるのか、といったことを聞いてみることは、治療に関係がない無意味あるいは有害なことなのでしょうか。
 ③については、それを取らなかったら、どういうことになってしまうのか、と聞いてみることも同様です。
 幻視は本人の実体験と考えれば、全体としてどういう体験のなかで、それが見えているのか、もっと詳しく説明したいことが有るのではないだろうか、と気になりました。本旨からずれた疑問でしたら、ごめんなさい。


Re:幻視が訴えるものは
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/16 06:39
ムラタケさんへ
 コメント拝見致しました。

> 食パンの屑が虫に見えるとか、電気コードが蛇に見えるというのは、患者でなくても、状況や心理状態次第で、見間違うことがあるのと、似通っているように思えますが、

 確かにそういったことがあるかも知れませんね。私も、愛犬と散歩しているとよく大嫌いな「ヘビ」に遭遇します(幻視です)。愛犬をヘビから守りたいという心理的要因が働くのでしょうね。

> ②については、人物が誰かとか、どういう動物

 動物に関しては、小動物が多いです。
 人物に関しては、多くの場合が、「子ども」あるいは「亡くなっているはずの母親」です。「過去への遊出」ですね。一番「大切な人」が見えることが多いようですね。

> 先生が触れておられるように、心の中にある何か

 私の父の場合には、父の体力落ちてきたときに、私が何かの機会に「アンコール・ワット」の話をしたことがあったようで、父はパソコンで「アンコール・ワット」について調べていたようで、どうもそのこととパソコンの中の石塔がリンクしているような様子でした。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第190回『奇異な症状さまざま(その2)―叱責する妻や子どもが別人に』(2011年9月16日公開)
 レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)では、「幻視以外の幻覚として幻聴や体感幻覚が出現することもあるが、頻度は高くない」ことが報告されています(Iseki E:Psychiatric symptoms typical of patients with dementia with Lewy bodies. Acta Neuropsychiatr Vol.14 237-241 2002)。
 「幻聴」は、統合失調症において有名な症状ですね。統合失調症では、幻聴が多くみられますが幻視は稀です。いずれにしても、幻聴を認めるから統合失調症であると短絡的に判断をしてはいけないわけです。
 では「体感幻覚」ってどんな症状でしょうか。具体例を挙げて説明しましょう。「頭・胸・肩に虫がたまっている」とか「頭から虫が流れる」などと訴え、「むずむず足症候群」の様相を呈したりします。むずむず足症候群だと思ってそのまま経過観察していたら、実はレビー小体型認知症だったということもありますから診断面において要注意ですね。

 シリーズ第20回において、夜間睡眠中に叫んだり大きな声で寝言を繰り返す症状がレビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)を発症する数年前から予兆として認められるケースもあり注意する必要があると説明しました。私自身もかなり寝言が激しいようですから、「ひょっとして前兆?」と少々心配しております。

 メディカルケアコート・クリニック(横浜市青葉区)の小阪憲司院長(横浜市立大学名誉教授)は、「認知症は治らない疾患と思われがちだが、DLBは早期に発見して適切に治療すれば、長期にわたって症状をコントロールできる」、「DLBのパーキンソン症状は、動作緩慢や筋肉のこわばり、小さい歩幅をきっかけに発見されることが多く、『手の震え』は比較的少ない」(日経メディカル 2011年8月号 28-29)とその特徴について言及しています。

 シリーズ第35回『「嫁が盗った!」「どなたさんでしたっけねえ?」(その1)』(https://aspara.asahi.com/blog/hyottoshite/entry/9oBLU0L6CR)においては、「人物誤認」の話題に触れました。今回のテーマと関連が深い部分を再掲しますね。
 介護者が大きなショックを受けることとして、物盗られ妄想で自分が犯人扱いされることと、人物誤認、弄便(ろうべん)があります。
 何十年も連れ添ったのに、「どなたさんでしたっけねえ?」と言われるショックはたいへん大きなものです。家族の誤認は、レビー小体型認知症で最も多いことが指摘されています。特に、怒った後で「人物誤認」は起こりやすいことが指摘されています。認知症の症候学に詳しい滋賀県立成人病センター老年内科の松田実部長は、論文(松田実:認知症の症候論. 高次脳機能研究 Vol.29 312-320 2009)において、「自分を注意叱責する配偶者や息子のみが別人になる例がある」(http://www.jstage.jst.go.jp/article/hbfr/29/3/312/_pdf/-char/ja/)ことを紹介し、患者さんに、怒られている相手を家族以外の別人にしたいという心理的機序が働き、誤認が起きやすくなるのではないかと推察しています。そしてこの場合は、誤認の対象者が対応を変えるだけで症状は軽減することが多いと松田実部長は指摘しています。

叱られることは否定されること
投稿者:ムラタケ 投稿日時:11/09/16 12:00
 「叱責する妻や子どもが別人に」を聞いて、過去に経験した疑問の答えが解りました。
 交通事故から寝たきり、そして認知症になった義母が、月に一度程度しか見舞いに行かない私を、名指しで呼ぶ一方、介護に携わる実子たちを「どなたさんですか」と言って、嘆かれていたのです。
 当時の実子たちの結論は、よく叱られているから、わざと知らないふりをしているのだろう、ということでした。


Re:叱られることは否定されること
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/16 12:28
ムラタケさんへ
 実体験をで経験されていたようですね。
 認知症の人の心の中は、複雑な想いで交錯しているんですよね。


人物誤認から離婚!?
投稿者:音とリズム 投稿日時:11/09/16 12:30
 人物誤認に触れてあったので、これを書いています。
 昨日、CNNという放送局のニュースを観ていたら「こんな失言があった」と報道。その報道とは--キリスト教徒のためのテレビ局の番組で、視聴者が、「友人の妻はアルツハイマー病になり、夫を夫と認識できなくなり、それを嘆き、友人は他の女性と交際を始めた」と発言。その発言に対して、番組の創始者ロバートソン氏がこのように述べたのです。「友達にこう伝えたい。冷たいと思われるかもしれないが、あなたの奥さんはあなたの知っている奥さんではもうないのだから、離婚して初めからやり直しなさい。でも、ちゃんと奥さんの身の回りの世話ができる人をつける事を忘れないように。」

 「他の女性との交際をやめて、アルツハイマー病の妻の支えになって!」と言うべきなのに、キリスト教の指導者のような人が、怒り、悲しくなる発言ですよね。

 もちろんこれは倫理に反する失言としてCNNで紹介されていました。


Re:失言
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/16 17:01
音とリズムさんへ
 「失言」と言うよりも、ドライな割り切りができる方なのかな・・って感じました。
 ですから、失言ではなく、本人としては、率直な感情を述べたのではないでしょうか。
 ご本人(ロバートソン氏)は、謝罪されていないのではないですか?


他の女性との交際をやめてアルツハイマー病の妻の支えになって!
投稿者:梨木 投稿日時:11/09/16 18:01
 コメントと言うより問題提起です。
 「他の女性との交際」が、競馬・読書会・ダンスクラブなどだったらどうですか。
 やめないことで元気をもらって、病気の妻を支え続けていられるのかもしれません。

 「離婚して初めからやりなおしなさい」は確かに失言ですね。
 関わっている全員の尊厳を傷つけていると感じます。
 女性との交際がセクシャルなものも含んでいるのか、その交際で妻の介護がなおざりになっているのか、全てわからないなかで、「それでも良いんじゃないの」と思っているキリスト信者の私がいます。

 疲れた心には暖かい笑顔が勇気をそそいでくれるかも…encourageという言葉が大好きです。


ドライな割り切り
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/16 19:01
梨木さんへ
 私が「失言ではなく・・」と直感的に感じるのは、おそらく、欧米人特有のドライな思想が絡んでいるのではないかと思うからです。

 シリーズ第18回&32回で紹介しましたように、日本と欧米のアルツハイマー病終末期への対応はかなり異なります。その点に関して私は以下のように述べておりますね。
 「日本では、経管栄養はごくあたり前に実施されています。しかし欧米では、口から食べられなくなった高齢者に対して、経管栄養で延命させることは少ないのが現状です。特にスウェーデンとオーストラリアでは、経管栄養はほとんど行われていない状況です。
 欧米と日本における終末期の対応の違いには、古代ギリシア人やローマ人の思想も絡んでいるようです。『ただ生きるだけが重要なことでなく、よく生きることがより大切だと考え、この世が苦痛に満ちたものならこの世から去ったほうがましだ』(日医雑誌 Vol.126 833-845 2001)という思想的背景です。」

>  「離婚して初めからやりなおしなさい」は確かに失言ですね。

 もしかすると、ロバートソン氏の真意は、「離婚して、(もう一度奥さんと結婚し)初めからやりなおしなさい」という示唆的発言だったのでは・・。

お詫び:タイトル字数オーバーで引用マークが入りませんでした。
投稿者:梨木 投稿日時:11/09/16 19:31
 すみません。上記の理由で論旨がわかりにくくなっていると思います。
一言でいうと、大変な介護(または困難)を担うため、ある共有しあえる楽しみを支えにしている人を、私達が非難できるのだろうかという問い。そういう生き方は好きじゃない、というのは自由です。


本日は返信が遅くなります。
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/17 06:00
 本日は、日本老年医学会・東海地方支部のシンポジウム『認知症の終末期、胃瘻をどうする?』(http://www.kktcs.co.jp/jgsmember/secure/chapter/detail.aspx?target=4)が開催されます。私は最初から最後まで聴いてくるつもりですので、帰りが遅くなります。
 この医学会、聴取も可能だと思いますので、興味があって是非聴きたいという方は、事前に学会事務局にご確認下さい。

 シリーズ第172回『介護者にアンケート実施!』にてご紹介した調査結果も報告します。学会での初公開となります。
 外来通院中という早い段階での終末期医療に対する啓蒙という今回の取り組みは、事前指示書の普及が進まない、間際になってどうしよう・どうしようと悩む日本の終末期医療の現状を一歩でも二歩でも前進させる取り組みになるものと私は考えております。
 この調査結果、論文投稿しておりましたが、昨晩「採択通知」が届きましたことをご報告致します。


論議を呼ぶ発言2(私は失言だと思う)
投稿者:音とリズム 投稿日時:11/09/17 05:38
 この相談者の内容に一つ重要な事をカッコで付け加えるとこうです。(注:私が最初に観たCNNで報道されなかった)

 「友人の妻はアルツハイマー病になり、夫を夫と認識できなくなり、(妻をそんな病気で苦しませる神を腹立たしく思い)、それを嘆き、友人は他の女性と交際を始めた。」

 それに、ロバートソン氏がどう答えたかは、前に書き込みましたが、その続きがまだあり、ロバートソン氏の発言に対し、もう一人の番組のホストが、「でも、それは、死ぬ時まで、よい時も悪い時も一緒に添い遂げるという結婚の誓いに反するのじゃないのかな?」という問いに、ロバートソン氏は、「アルツハイマー病は、一種の死に値するから、この場合離婚は正当だ。」と締めくくりました。

 私が思うには、キリスト教信者は「神を貴び」、「浮気は罪」であり、ロバートソン氏の個人の解釈でADは「死」という観点から、離婚して他の女性と第二の人生を、とアドバイスしたのでしょうね。勿論本人真面目に答えてます。他社の番組からの問い合わせには、今のとこのノーコメントのようです。

 Googleなどで、「700 club host advises man to divorce his wife suffering from Alzheimer」で調べるとたくさん情報がでてくると思います。

注:私の日本語が今ひとつ怪しげなところ、ご理解下さい。


Re:論議を呼ぶ発言2
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/17 06:26
音とリズムさんへ
 詳しいご報告ありがとうございました。
 発言の前後関係・背景なども分かり、理解が深まりました。

 やはり「失言」ではなく、ロバートソン氏は確信しているのだと感じます。
 それは、ロバートソン氏の「アルツハイマー病は、一種の死に値するから、この場合離婚は正当だ。」という発言に表れています。

 ただ、確信しているのだとしても、「アルツハイマー病は、一種の死に値する」という表現は訂正・謝罪して欲しいです。

「首下がり症候群」 「Pisa症候群」 [レビー小体型認知症]

「首下がり症候群」 「Pisa症候群」
キャプチャ.JPG
 レビー小体型認知症(DLB)では、Pisa症候群を呈する場合が多いのではないかという指摘もされています。
 

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第150回『出そろった4種類の認知症治療薬(4) 珍しい副作用のケースに遭遇』(2011年8月6日公開)
 私が最近経験した極めて稀な副作用の一例をご紹介しましょう(以下、個人情報の特定を防ぐために事実関係に若干の改変を加えています)。
 患者さんは、80代後半の女性です。
【既往歴】
 高血圧症にて月1回、近くの病院で投薬加療中。
【主訴】
 物忘れ
【認知機能検査】
 改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R):26/30
 リバーミード行動記憶検査(日本版/RBMT)
  標準プロフィール点(24点満点):6/24
  スクリーニング点(12点満点):1/12
 ※アルツハイマー病では、標準プロフィール点が5点以下、スクリーニング点が1点以下まで低下することが多いです。

 記憶障害以外に、息子がもう一人家の中にいるような誤認や昨年死んだ犬が今も生きているような言動も確認されましたので、軽度アルツハイマー型認知症と診断し、2010年11月よりドネペジル(商品名:アリセプト)を開始しました。
 2011年6月の診察の際にご家族から、「この2~3か月ほど、首の前屈が目立ってきました」という訴えがあり、「ひょっとして副作用?」と疑い、ドネペジルを中止してみることにしました。
 と言いますのは、非常に稀な副作用ですが、「首下がり」に関する文献をごく最近、医学書店で立ち読みした記憶がかすかにあり、頸部前屈(首下がり症候群)という珍しい副作用をふと思い出したのです。
 私は物忘れがかなり多い方です。特に楽しかった飲み会におけるある時点以降の記憶はほとんど飛んでしまう方です。もし私に「タイムマシンのような記憶力」(メモ参照)があったら記載されていた雑誌を思い起こしてすぐに調べられるのにと残念に思いました。2011年春先の「神経内科」雑誌だったようにおぼろげには記憶していましたので、榊原白鳳病院神経内科医師に相談しました。するとすぐに掲載雑誌を持ってきてくれました。

メモ:タイムマシンのような記憶力
 ソニー・コンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーの茂木健一郎博士が書かれた著書には、「超記憶症候群」のリック・バロンさんの詳細が紹介されています(奇跡の脳の物語-キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳. 廣済堂新書, 東京, 2011, pp99-117)。
 リック・バロンさんは、世界でたった四人しかいないとされる超記憶症候群の一人だそうです。
 著書によれば、超記憶症候群とは、「通常、時間ととともに薄れてゆく幼い頃に体験した出来事などを、細部に至るまですべて正確に覚えている能力」と言われています。
 リックは、「十三歳から現在にいたるまで、およそ四十年以上にわたって、自分に起きた出来事を正確に記憶している」そうです。

 皆さん、リックの家にないものって分かりますか?

 「リックの家には、カレンダーも、電話帳も本もメモ用紙もない」そうです。一度見たものはすべて覚えてしまうため、そのような類のものは必要ないようです。
 メモ魔の私にとっては、羨ましい限りの才能です。毎晩意識が遠のくまで深酒をして、おそらく海馬が萎縮して記憶力が低下している私にとっては・・。


重複記憶錯誤
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/06 12:40
 このケースの診断は、「軽度アルツハイマー型認知症」と記載しておりますが、実は、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)も疑わしい状況です。
 DLBの概略は、シリーズ第20回『幻視が特徴の認知症とは』にて復習して下さいね。
 さて本例のどこが「DLBらしさ」かというと、「息子がもう一人家の中にいるような誤認」という部分です。この症状は、専門的には「重複記憶錯誤」と呼ばれます。

 DLBでは他にも、「幻の同居人」とか「カプグラ症候群(Capgras syndrome)」などの奇異な症状も時折認められます。これらの症状に関しては、後日また別の機会に詳しく説明致します。


超記憶症候群
投稿者:シャトー 投稿日時:11/08/06 18:17
 稗田阿礼もそうだったのでしょうか。


Re:超記憶症候群
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/07 05:13
シャトーさんへ
 かなり古い時代の方ですから、詳細な記録は残っていないのでは・・。
 まともな回答になっていなくて申し訳ないです。


認知症の治療に疎い私に教えて下さい
投稿者:音とリズム 投稿日時:11/08/07 03:46
 この方の認知症治療の目標は何になるのですか? 治療薬によって、正しい記憶をよみがえらせる事? それともそれ以上の進行を阻止する事? 自分にあった治療薬を探すのも大変ですが、治療薬を用いると家族が決断する時も大変ですよね。

 私もメモ魔ですが、メモするの大好き。メモするのは、自分の記憶が頼りにならないからですが、メモする過程に新たな学習の喜びがあります。


認知症治療の目標
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/07 05:14
音とリズムさんへ
 コメント拝見しました。
 とっても重要な質問だと思います。「認知症治療の意義」に関しては、以前から議論されている話題です。
 シリーズ第83回『早期診断・早期治療が重要である理由』において、「認知症診療において早期診断・早期治療が重要であるのは、端的に言えば『認知症の進行を遅らせることができるから』です。」と私は述べております。
 さらにもっと早期の段階(=軽度認知障害;MCI)で受診することの意義に関しても、シリーズ第4回『認知症検診の誕生秘話』のコメント(=『今、受診することの意義』)において、「正確な診断のために」と説明しました。
 幻視に対して不安を感じておられる方でしたら、それに対するケアの指導なども認知症外来では求められます。
 軽度から重度に至るまで共通の治療目標は、「家族が穏やかに介護していけるように」という視点ではないかと私は考えています。

 また、「治療の意義」を論ずるうえでは、「費用対効果」の問題を考える必要が出てきます。
 認知症の進行を遅らせることは、「一時的でわずかな認知機能の改善に過ぎないのなら、認知症による問題行動に振り回されてきた介護者にとっては、その辛いプロセスを長く続けることになってしまう」という指摘もされております。そのような意見に対して、真摯に耳を傾けることも必要だと思います。
 「費用対効果」の問題は、また改めて詳しくお話させて頂きます。


ありがとうございます
投稿者:音とリズム 投稿日時:11/08/07 13:12
 Dr. 笠間、わかりやすく説明していただきありがとうございます。最近ブログを読み始めたので過去に書かれたリポートは拝見していませんでした。失礼しました。
 認知症の進行を遅らせることと、その引き換えに介護が長期化する事のジレンマは重要な問題ですね。また、費用の事も重要な問題です。「費用対効果」のお話し楽しみにしています。また、どんどん進む高齢化社会で、ますます多くなる認知症の患者さんの研究をなさり、我々の医療に貢献くださりありがとうございます。



朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第151回『出そろった4種類の認知症治療薬(5)―首が下がる』
 論文には、「ドネペジルによる首下がりの報告は見当たらない。しかし、ドネペジル中止後数日で首下がりは改善し始め、2週間後にはほぼ消失、歩行も正常になった。」(根来清:神経内科 Vol.74 319-320 2011)と記載されています(一部改変)。
 相談した神経内科医師がジストニアの権威で論文(『ジストニア:内科的治療』 BRAIN MEDICAL Vol.20 265-270 2008 など)も多数書かれている医師でしたので、「首下がり」と「頸部ジストニア(痙性斜頸)」に関する専門的な意見もお伺いすることができました。
 著作権の関係で、「神経内科」雑誌に載っている印象的な図(写真)を提示できないのが残念です。しかし、ネット上でもこれに関する1件の論文(http://neurology-jp.org/Journal/public_pdf/050030147.pdf)を閲覧することができます。論文のFig.1を一度見ておいていただくと、印象深く記憶に残すことができると思います。
 論文中に、「Pisa症候群」という文字が出てきますね。Pisa症候群(体幹ジストニア)とは、抗精神病薬によって引き起こされる副作用(錐体外路系副作用)の一つとされており、1972年にはじめて報告されました。患者さんの体幹は、一側に強直的・持続的に屈曲し、あたかも「ピサの斜塔」を連想させることが命名の由来となっています。
 レビー小体型認知症(DLB)では、Pisa症候群を呈する場合が多いのではないかという指摘もされています
 今回経験した80代後半の女性は、DLBの特徴的な症状は認めておりません。また、服薬している薬剤はドネペジルだけでした。ただ、シリーズ第35回『嫁が盗った! どなたさんでしたっけねえ?(その1)』で述べましたように、家族の誤認は、DLBで最も多いことが指摘されていますので、「息子がもう一人家の中にいるような誤認」は、ひょっとするとDLBに関連した症状かも知れません。
 中止して2週間後の再診時には頸部前屈はやや改善傾向となっており、1カ月後の再診時には頸部前屈はさらにもう少し改善を認めており、本人が首が下がることに留意していると首が下がらない状態にはなりました。ただ症状の消失には至っておりませんので、ドネペジルの副作用としての「首下がり症候群」であったと決定づける根拠には欠ける状況です。しばらく経過をみて治療方針を再考していく予定です。
 首が極度に前屈していくことは、患者さんにとってはかなり辛い症状ですので、早期に気づき対処することは重要ですね。

印象深く脳裏に刻み込まれている事例のその後―TV妄想(テレビ妄想)を呈した進行していないDLB? AD? [レビー小体型認知症]

印象深く脳裏に刻み込まれている事例のその後―進行していないDLB? AD?

 今回ご紹介するケースは、アスパラクラブ&アピタルで少しだけご紹介したことがある患者さんです。

 まずはその原稿を再掲致しますのでお読み下さいね。
 

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第61回『避難所でがんばっている認知症の人・家族等への支援ガイド』
 2011年3月11日に起きた東日本大震災は、我が国にとって未曽有のものです。
 亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、家族を失われた方の察するに余りある悲嘆に言葉もございません。被災地の一刻も早い復興を願っております。

 少しずつ復旧活動は進んでいますが、何かと不便な避難所での生活は、まだまだ当面続くと思います。
 認知症患者さんのケアでは、できる限り環境変化は避けるのが無難であり、やむをえない転居などの場合でも、徐々に変えていく工夫をすることが理想です。
 今回の震災では、急な環境変化と避難所生活でのストレスも相まって、夜中に大声で「家に帰る」と叫ぶ認知症患者さんもいると報道されています。

 介護者の心理状態が認知症患者さんの問題行動に影響を及ぼすことはよく知られています。食べることさえ不充分な避難生活のなかで「ケア」に配慮するのは非常に困難な課題であるとは思いますが、「認知症介護研究・研修東京センター」のサイトには「避難所でがんばっている認知症の人・家族等への支援ガイド」(http://itsu-doko.net/support_refugees/index.html)が公開されました。

 2011年3月21日に放送されたNHK教育「福祉ネットワーク」(20:00~20:30放送)には、認知症介護研究・研修東京センターの永田久美子主任研究主幹が出演され、以下の4点を強調されました。
1 ざわめきのストレスから守る工夫を
2 力をぬいて、ゆったりと少しずつ
3 今の状況をわかりやすく伝えよう
4 体を動かしたり、リフレッシュを一緒に

 具体的には、可能であれば、奥まったところや出入り口から離れた所などを本人と家族らの居場所として確保することです。
 あわただしい雰囲気や口調は、本人を混乱させます。ゆったりとした言葉かけで接することが求められます。
 避難していることすら理解困難な認知症患者さんもおられると思います。なじみの人がメモなどを活用して、今の状況をわかりやすく説明して下さい。
 じっとしたままだと、筋力の低下や血流の滞りを招きますので、時々体を動かすようにしましょう。


介護者の負担
投稿者:あぽろ 投稿日時:11/03/22 12:57
 認知症と行かずとも高齢者が多くいらっしゃいますと皆が声を大きくして話さないといけませんから、静かにおとなしく座っても居られないとお察しします。
 補聴器を忘れてらっしゃる方も多いので、または避難所の騒がしさに補聴器をわざと外していらっしゃる方も多いと思います。
 認知症を発症していらっしゃるご本人も然る事ながら介護をしてらっしゃるご家族はオムツ換え一つにしても、排泄物のそそうにしても臭いので大変な気遣いと思います。
 悲しいかな赤ちゃんであれば寛容な周りの方も、ご老人となるとそうでも無い場合も多いのです。
 私も自分の介護の経験から心配しております。


被災地以外でも
投稿者:tatakauhitokobu 投稿日時:11/03/27 12:04
 被災地での落ち着かない環境や、大きな環境の変化は認知症の方や自閉症の方などに大きな影響を与えていると思います。普段であれば寛容になれる人でも、自身の置かれている環境の悪さからストレスが溜まり、そういった方々の落ち着かない行動や言動に余計ストレスを感じてしまい、さらにそれが弱い立場の人間に返ってくるという悪循環にはまってしまっていないか心配です。
 私は介護士をしていていますが、停電の影響が認知症の方々に出てきているのをどうにか出来ないか、と悩んでいます。停電は同じ市内でも必ずする区域とまったくしない区域とがあります。特に夜の停電は認知症の方をパニックに陥らせます。停電の間中、家中の電気のスイッチをパチパチやり、こんなところは私の家じゃない、帰りたい、と不穏になりそれを抱えるご家族にも戸惑いがあります。
 被災地の方を思えばなんだそれくらい、と言う方もいらっしゃるかもしれませんが、当事者は大変な思いをしています。
 便利な世の中になったけれど不便がもたらす問題がたくさんあるのだと痛感しています。


Re:停電
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/03/27 13:00
 tatakauhitokobuさん、コメントありがとうございました。
 ご指摘の通りですね。私は、被災地の認知症患者さんのケア面を懸念しておりましたが、計画停電地区の認知症患者さんの不安については考えが及びませんでした。
 アルツハイマー病においては、「夕暮れ症候群」という名前が付けられているように、夕方になって薄暗くなってくると「不安」から「家に帰ります」と言ったりすることはよく知られています。
 夕暮れ症候群の対策は、部屋を明るくすることが主な対策ですが、それが不可能となりますね。
 なかなか良い対策はないかも知れませんが、笑顔で接して、なるべく不安を取り除きましょうね。

P.S
 「認知症になると他人の表情から気持ちを読み取る能力が低下します。しかし、『笑顔』つまり『相手が幸せか、幸せでないか』を読み取る能力は最後まで衰えないことがわかってきました」『NHKためしてガッテン』(主婦と生活社発行 Vol.10春号 34 2011)。


ありがとうございます
投稿者:tatakauhitokobu 投稿日時:11/03/29 8:38
 笠間様、早速のお返事ありがとうございます。
 投稿した認知症の方の場合、ご家族の努力が大変素晴らしく停電の夜は工夫を重ね、なんとかひどいパニックにならずに過ごせているようです。
 それ以外の方でも連日続く被災地のニュースを観て不穏になる方がいらっしゃいます。
 私のいる地域でも震度5弱の揺れを観測しました。ご家族の不安とメディアから流されるたくさんの映像で何か不安なものを感じ取り、落ち着かない様子です。
 先日、久しぶりに落ち着いていらっしゃると思ったらその日は高校野球を観戦していたのでした。
 私はデイケア勤務ですが、ご利用者様がいる間は不謹慎にならないよう配慮しながら、笑顔になれる環境づくりに努めたいと考えています。
 P.S.以下の内容、実感としてあります。


認知症になっても使命感は残っている!
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/04/1 15:31
 私が診療中の患者さんに、元・自衛官の方がおられます。
 定年退職後何十年と経過しておりますが、まだ「現役」のつもりでおられます。
 地震・津波のTV映像を観て、「こんなことしてられない。早く現地に行かなければ!」と興奮状態で話をされるため、ニュースを観せられないようです。
 幸いすぐに忘れてくれるようですが、興奮がおさまるまで介護者の方は苦慮します。

 シリーズ第16回で「知的機能は衰えても感情は生きている!」ことをご紹介しましたが、感情と結びついた記憶は、認知症患者さんにおいても鮮明に残りやすいことが指摘されています。
 そして、認知症患者さんの方がむしろ感情が過敏であるという報告さえされています(『NHKためしてガッテン』 主婦と生活社発行 Vol.10春号 28 2011)。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第32回『認知症の代表的疾患─レビー小体型認知症 家族に「どなたさんでしたか?』(2013年1月15日公開)
 「誤認」もDLBの代表的な兆候です。何十年も連れ添ったのに、「どなたさんでしたっけねえ?」と言われるショックはたいへん大きなものです。
 家族の誤認は、レビー小体型認知症で最も多いことが指摘されています。特に、怒った後で「人物誤認」は起こりやすいことが指摘されています。認知症の症候学に詳しい滋賀県立成人病センター老年内科の松田実部長は、論文(松田 実:認知症の症候論. 高次脳機能研究 Vol.29 312-320 2009)において、「自分を注意叱責する配偶者や息子のみが別人になる例がある」ことを紹介し、患者さんに、怒られている相手を家族以外の別人にしたいという心理的機序が働き、誤認が起きやすくなるのではないかと推察しています。そしてこの場合は、誤認の対象者が対応を変える(叱らない介護)だけで症状は軽減することが多いと松田実部長は指摘しています。
 人物誤認に関しては、知人を知らない人だと訴える単純な人物誤認だけでなく、「私の夫が別の人に入れ替わった」と訴えるカプグラ症候群(Capgras syndrome)も稀ではありません。
 また、人物や場所が複数存在すると訴える重複記憶錯誤が認められることもあり、「私の夫がもう一人いる」、「私の家がもう一つ別の場所に建っている」などと訴えます。重複記憶錯誤の責任病巣は明確にはされておりませんが、右半球損傷や前頭葉損傷のケースで出現するという報告があります(加藤元一郎:記憶錯誤. こころの科学 通巻138号 78-84 2008)。

 テレビに映った怖いシーンを現実のものと誤認する兆候は「TV妄想(テレビ妄想)」と呼ばれます。
 私が診療している患者さんの中には、東日本大震災の地震・津波のTV映像を観て、「こんなことしてられない。早く現地に行かなければ!」と興奮状態で話し、奥さんが制止しようとすると、振り切って出て行こうとするため暴力行為に及んでしまうという元・自衛官の患者さんもおられます。
 熊本大学医学部附属病院神経精神科の橋本衛講師らは、レビー小体型認知症(DLB)において認められる妄想に関する報告(橋本 衛、池田 学:レビー小体型認知症のBPSDの特徴と治療. Dementia Japan Vol.26 82-88 2012)の中で、「替え玉妄想」「わが家ではない妄想」「テレビ妄想」は、一般的には「誤認妄想」に分類されると述べております。

 国立病院機構菊池病院のホームページ(http://www.kikuchi-nhp.jp/)には、レビー小体型認知症(http://www.kikuchi-nhp.jp/pdf/rebi-syotai201206.pdf)のケアのポイントを記載したパンフレットがアップロードされておりますのでご参照下さい。


 さて、この患者さんのその後の経過を調査してみました。
 なぜ調査できたかと言いますと、介護保険の主治医意見書の記載(更新)のために、時々私の外来を再診されるからです。

【患者】
 初診時年齢:80歳
 性別:男性
 主訴:もの忘れ、暴力
 家族歴:明かな精神疾患の家族歴なし

【生活歴
 元自衛官
 妻と二人暮らし

【現病歴】
 平成21年頃、物忘れにて発症。近くの精神科クリニックにて通院治療。
 平成22年1月以降、近くのデイサービスの利用が始まった。しかし、施設内徘徊、帰宅願望、デイサービス利用拒否が目立ち、継続利用困難となりデイサービスの勧めで、平成23年3月に榊原白鳳病院を初診。
 日常生活動作は自立しているものの、要介護度は「2」で認定されている。

【初診時所見】
症状:
1)物忘れ:この2年間の間に徐々に進行している
2)妻が注意すると大声を出して暴力
3)妻へのシャドーイングあり
4)妻を亡くなった母と思い込み、妻に対しては「よその人」と言ったりすることがある
5)軽度の易転倒性

身体所見:
 明かなパーキンソニズムは認めず

改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R):
 9/30

CT提示:
 海馬および頭頂葉の萎縮を認める

【初期診断】
 アルツハイマー型認知症
【経過】
初診時(東日本大震災前):
 ドネペジル(3mg)&抑肝散(2.5g1包)を処方

初診から2週間後(東日本大震災後):
 妻の話:抑肝散を服用すると興奮症状が悪化します。
 具体的には、東日本大震災の地震・津波のTV映像を観て、「こんなことしてられない。早く現地に行かなければ!」と興奮状態で話し、奥さんが制止しようとすると、振り切って出て行こうとするため暴力行為(=奥様の首を絞めた)に及んでしまうということが3回もあった。
 抑肝散をリスペリドン0.5mgに変更とした。

初診から4週間後:
 リスペリドンにて暴力行為がやや軽快した。
 リスペリドンを0.5mg → 1mgに増量した。

初診から4か月後:
 また奥様の首を絞めるようになってきた。
 患者さんの兄弟も、奥様のことを思い、施設入所に同意した。
 リスペリドンを1.5mgに増量した。

初診から5か月後:
 暴力行為は軽快した。
 診療を嫌がって診察室に入ろうとしない。

初診から6か月後:
 毎月、月末になると興奮症状が目立つと施設から奥様に話があった。
 メマンチン(5mg)を開始。

初診から6か月1週間後:
 妻の話:メマンチンで物盗られ妄想と易怒性が目立つようになった。
 この日は、どうしても診察室に入ろうとしない状況であった。
 デイサービスでも「限界」と言われており、また家族の同意もあり、精神神経科病院への入院を前提として紹介状を記載した。
 メマンチンは中止とした。

初診から8か月後:
 妻の話:結局、本人が可哀想だったので精神神経科には受診しなかったと。ケアマネからはグループホーム入所を勧められていると。

 …その後、受診が中断した…

初診から1年後:
 要介護「3」
 妻の話:この4か月全く薬は飲ませていないとのこと。
 「認定調査の人に、『鏡』と言われた」と。どういうことか?と聞くと、「奥さんがニコニコするようになったから本人も落ち着いたのだ」と言われたとの話であった。
 この時点で、暴言・暴力は完全に消失していることが確認された。
 改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R):9/30と初診時と不変。

初診から2年後:
 主治医意見書の記載のため来院。
 その後も落ち着いた状態が続いていることが確認された。
 治療していないにも関わらず、改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)は、9/30→14/30と進行しないどころか改善している状況であった。

初診から4年後:
 主治医意見書の記載のため来院。
 その後も落ち着いた状態が続いている。
 改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R):12/30と比較的良好に保たれていた。ただ、怖いテレビを観るとうなされる症状は残っているとの妻の話であった。
 妻の話:「私が怒らなければ、暴言も無く穏やかです。」
 現在84歳。要介護度は「1」です。

まとめ
 詳細な検査は実施できておらず、この症例がアルツハイマー型認知症なのかレビー小体型認知症なのかは不明です。
 ただ、薬剤過敏、「TV妄想(テレビ妄想)」からはレビー小体型認知症が疑わしいですし、CT所見はアルツハイマー型認知症を示唆しております。両者の混合型というのが臨床診断になるかと思います。
 いずれにしても、「進行していない」珍しい事例でしたのでご紹介致しました。

誤診を本人に伝える勇気 [レビー小体型認知症]

誤診を本人に伝える勇気(うつ病→DLB)

 TV出演なども多いですので、元筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学教授の朝田隆先生をご存じの方も多いと思います。
朝田教授.JPG
 「名医の中の名医」という先生であり、私にとっては陰の恩師でもあります。
 その朝田先生、どういう経緯なのかは存じ上げておりませんが(定年退職かな)、現在は「メモリークリニックお茶の水」(http://memory-cl.jp/)にて診療されております。
 その朝田先生が教授時代に編集を務められた本でこれまた名書中の名書と思われる凄い内容の本があります。その本の名前は、『誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別』です。
 以前私が執筆担当しておりました朝日新聞社アピタルの医療ブログ「ひょっとして認知症?」・第359~360回「それって本当に認知症?」において、本の内容についてご紹介したことがありますので先ずは以下に再掲(一部改変)致します。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第359回『それって本当に認知症?─「誤診症例から学ぶ」』(2013年12月30日公開)
 細田益宏医師および古田光医師の報告にみられるように、精神疾患と認知症の鑑別が非常に難しいケースは歴然と存在します。私も精神神経科(メモ4参照)での臨床経験がありませんので、精神疾患と認知症の鑑別に難渋するケースがあるのは紛れもない事実です。
 私のような精神疾患の診療を苦手とする認知症専門医にとって非常に有益な本が出版されております。その著書名は、『誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別』です。
 この著書の編集を担当した筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学の朝田隆教授が序文において非常に印象的なことを述べておられますので一部改変して以下にご紹介しましょう(朝田 隆編集:誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別 医学書院, 東京, 2013, ppvii-viii)。
 「医学雑誌『精神医学』には、ケースレポートのみならず『私のカルテから』という人気の高い投稿カテゴリーもある。系続的な臨床研究にはないレアケースの報告や、ある種の精神疾患に思いがけない薬剤が効果を奏したという内容の論文が寄せられる。そのような論文の中には、若い精神科医が筆頭著者になった誤診例や危うく誤診しそうになったケースの報告も少なくない。数年来、同誌の編集委員を務めさせていただく中でこうした諸ケースには、どうも共通するものがありそうだと感じるようになっていた。
 少なからぬ精神科の教授たちが、若い精神科医は神経学的所見を取らなくなっていると指摘されるのを聞くことがあるが、そのようなことがこうした例の背景にあるのかもしれない。
 私は認知症を専門にしているが、患者さんの団体などから認知症に絡んで精神科医療に対する意見やコメントを受けることも少なくない。その中で何度も言われて強く記憶に残るものがある。若年性認知症の診断に関して『当初うつ病と診断されて2年通った後に、実はアルツハイマー病ですと言われました。
この年月をどうしてくれるの?』というものである。
 以上のような現実があるだけに、好むと好まざるとにかかわらず、多くの精神科医には器質性精神疾患・症状性精神疾患と機能性精神疾患を鑑別する能力が求められる。
 東日本大震災以降、がぜん注目されているものに失敗学がある。その根本は『失敗にはいくつかのパターンがある』という考えである。老年期精神疾患の鑑別の難しさと重要性を学ぶには、正統的な教科書スタイルというよりも痛恨の誤診症例を振り返って、失敗に至るパターンを学習することが効果的ではなかろうかと考えた。以上のような思いがあって本書を企画した。
 本書の題名には敢えて『誤診症例』という言葉を用いた。その理由を、偉大な先達の言葉を拝借してここに説明しておきたい。
 『誤診という言葉はかなりどぎつい響きをもっている。医者はみなこの言葉をはなはだしく忌み嫌う。学会報告でも“貴重な一例”とか“診断に困難をきたした症例”という演題はあっても、“誤診例”という報告はまず見当たらない。(中略)医者の間ではこの言葉をもう少し使ってもよいのではないか。あるいはその意味の取違いがないようにしておくとよい。(中略)診断とは必要なあらゆることを知り尽くそうとする終わりのない努力である』(山下 格:誤診のおこるとき─早まった了解を中心として. 精神科選書3, 診療新社, 1997)」

メモ4:精神神経科
 「最近になってわが国でも厚生労働省により、神経精神科とか精神神経科という標榜科名が廃止」(朝田 隆編集:誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別 医学書院, 東京, 2013, p2)されております。詳細はウェブサイト(http://www.med.or.jp/nichinews/n200305l.html)などでご覧頂けます。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第360回『それって本当に認知症?─「普通のうつとは違う!」と感じたら』(2013年12月31日公開)
 さて、それでは、『誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別』の各論─第1章において、まず最初に症例提示されている精神疾患と認知症の鑑別に難渋した事例を一部改変してご紹介しましょう。
【症例】
 60歳代中頃・男性
【病歴】
 X年、抑うつ気分、意欲低下、食欲低下が出現。精神科にてうつ病と診断され抗うつ薬が処方された。抑うつは、当初は多少改善したものの次第に効果は乏しくなり、約4年後に入院となった。
【検査所見】
 MMSE:30点満点であり、注意・記憶・見当識に障害を認めなかった。
 頭部MRI:軽度の多発性脳梗塞を認める以外には明らかな所見はなかった。
【治療経過】
 従来の処方内容と副作用をレビューしたところ、抗精神病薬に対する過敏性だけでなく、抗不安薬・抗うつ薬に対しても過敏性があったことがわかった。
 X+7年にはMMSEは23点、X+8年にはMMSEは20点と認知機能は進行性に低下して認知症といえる状態に至った。種々の精密検査の結果も踏まえ、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)の診断基準でprobable DLBと診断した。

【本症例のまとめ】
 当初はうつ病の診断であったが、精査により初期の認知症(DLB)であることが判明したケースである。振り返ると経過から、当初から嘔気、眠気などSSRIによると思われる副作用がみられていた。けれども認知機能には問題がなかったので、焦燥感が強く、複数の抗うつ薬に対して抵抗性難治性のうつ病と言わざるを得なかった。また、DLBのパーキンソニズムは目立たないことが多く、3主徴は概して初期にはみられない。そのようなケースであったためパーキソニズムというとらえ方ができていなかった。
 このようなうつ病に対して、抗うつ薬や抗精神病薬を増加したくなるのが精神科医の心情であろう。実際に薬剤を増やすと、予想外の副作用が出現したり、自律神経障害としての失神、意識の変動が出現したりすることがある。このように「普通のうつとは違う!」と感じたらDLBとしての精密検査を行ったり、DLBを想定した処方に変えたりする必要がある。老年者に大うつ病は多いが、老年期初発例はそう多くない。このようなケースであるのに、背後に器質的変化があるのではないか? と疑わなかったことも反省点である。
 【編/朝田 隆 著/高橋 晶、朝田 隆:誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別 医学書院, 東京, 2013, p26-47】


うつ病と認知症(DLB)を鑑別するためのポイント
3 陥りやすいピットフォール
(1)薬物療法で予想外の副作用が出やすいDLB
 うつ病の悪化を目の前にすると、精神科医は抗うつ薬など薬剤の追加処方をしがちである。ところがよかれと思って向精神薬を増量させると、DLBではごく少量であっても、嚥下困難、錐体外路障害、眠気、嘔気など予想外の副作用が出現しがちである。場合によっては重症肺炎を併発したり、強いパーキンソン症状も現れ、さらに後遺症が残ることさえある。それだけに副作用の出現しやすさに気づいたら、うつ症状の背後にあるDLBを想起する必要がある
 画像診断に関しては、DLBの脳血流SPECTでは後頭葉の血流低下が有名であるが、これを認めないケースも少なくないことに留意すべきである。なお、MRIについては、DLBに特徴的なパターンは知られていない。
(2)今目の前に現れている症状だけで決めつけない
 さて、本章の症例1における当初の失敗は「不安、焦燥、心気症状が主体」であり、「普通のうつ病」だと診立てたことである。しかも「自殺企図」があるから間違いなくうつ病だろうと考えたのである。いずれも高齢者のうつ病として典型的な症状で、普通の操作的診断のプロセスでいくと、まずはうつ病と考えてしまう。しかし、正しい診断に至るヒントは存在していたのである。すなわち薬物過敏性、わずかながらも錐体外路症状があった。しかも老年期に至って初発したうつ病なのだから、もう一段深く考えるべきであった。医療現場では診断基準のすべてが同時に揃ってみられることはむしろ稀と思ったほうがよいと思う。今はいくつかの症状しかみられないが今後別の症状が出てくるかもしれないと考えるべきであった。実際のところ現在のDLBの診断基準は感度は低く、特異度は高いと言われている。すなわち診断基準でDLBと診断されれば間違いはないが、診断基準を満たさないDLBが多いということも記憶にとどめたい
 なお、自律神経障害がうつ病としか言えないDLBの初期像でもすでに存在するか否かについては今のところ確立していない。しかしこの点への注目は臨床診断上に有用と思われ、留意する必要がある。
 【編/朝田 隆 著/高橋 晶、朝田 隆:誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別 医学書院, 東京, 2013, p37-40】


P.S.
 本年4月23日に開催されましたアルツハイマー病研究会 第17回学術シンポジウム(in グランドプリンスホテル新高輪)のプレナリーセッション1「アルツハイマー病診療のスキルアップを考える-この症例をどう診るか」の第3演題でとても興味深いアンケートが実施されましたね。
 以下にその内容と結果をご紹介しましょう。

※会場での参加者を対象としたアンケート調査-経過中に病名が変化した場合、伝えますか?(トータライザーを使用してのアンケート集計結果)【演者:東京都健康長寿医療センター・金田大太先生】
 初期診断に病名を追加         :301名
 診断名を変更して説明している     :221名
 診断名、変更なく進行に伴う症状と伝える:140名
               計:662(301+221+140)

 この事例は、アルツハイマー病だと初期診断していたがレビー小体型認知症であったというケースの紹介でした。こうした事例はよくあることであり、比較的「診断が間違っていました」とは言いやすい状況であるにも関わらず、「私の初期診断は間違っておりました」と正直に伝える方は221(+301)名という結果でした。140名(140÷662=21.1%)の方は、診断名を訂正しないようです。
 私もごく最近、「軽度アルツハイマー病だと思っておりましたが進行が認められないので神経原線維変化型老年期認知症(SD-NFT)だと思います。ですから、今まで服薬してきました薬は効果が期待できませんので中止してみます」とお伝えしたことがありました。
 薬剤の変更も必要となる診断名の変更は、やはり医師のプライドが邪魔して言いにくいものなのでしょうね・・。

薬剤性せん妄 [レビー小体型認知症]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第671回『転倒防止─風邪薬でも症状』(2014年11月13日公開)
 それでは実際にあった薬剤性せん妄の事例をご紹介しましょう。ごく最近受診された患者さん(93歳女性)は、風邪薬をもらってからボケが急に目立ってきたため、薬を処方してもらったかかりつけ医に相談しました。ところが、「風邪薬でボケることはない」と医師から言われたため、認知症を心配して私の外来を受診されました。
 処方されていた薬は、PL配合顆粒http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/1180107D1131_1_08/)というごく一般的な総合感冒薬です。この薬には実は、「プロメタジンメチレンジサリチル酸塩」という成分が含まれており、これは抗コリン作用を有しております。そのため、緑内障を悪化させたり、下部尿路に閉塞性疾患のある患者さんにおいては排尿困難を悪化させるおそれもあります。
 実は、抗コリン薬は、錯乱・幻覚・せん妄を起こすことがあることで比較的有名な薬でもあります。
 私は、「薬剤による影響も考えられますので、まずは薬を中止して様子をみましょうね」と説明しました。3日後に再診されました患者さんは、すっかり元気になっておられました。ご家族にお伺いしますと、「薬を中止したところ急速に改善し、元に戻った」という経過を辿ったことがわかりました。
 高齢者におきましては、少量の薬でも副作用が発生しやすいですので素人判断には特に注意を要します(http://apital.asahi.com/article/story/2013060500003.html)。特にレビー小体型認知症(DLB)の患者さんにおいては薬剤に対する過敏性が目立ち、風邪薬や抗うつ薬などにより副作用が発生しやすいですので厳重な注意が必要です。
 八千代病院(愛知県安城市)神経内科部長の川畑信也医師も著書において、PL配合顆粒という総合感冒薬によって薬剤性せん妄が誘発された事例を紹介しており(川畑信也:事例で解決! もう迷わない認知症診断 南山堂, 東京, 2013, pp89-93)、PL配合顆粒3.0g分3を服用後にせん妄を生じた事例を複数経験していると述べておられます。
 ちょうどよい機会ですので、精神症状を引き起こすことがある主要な薬剤をご紹介しておきましょう(編集/朝田 隆 著者/池田研二・入谷修司:誤診症例から学ぶ 認知症とその他の疾患の鑑別. 医学書院, 東京, 2013, pp65-66)。
   薬剤             現れやすい精神症状
 ステロイド          躁状態、抑うつ、不安、急性精神病状態
 インターフェロン       躁うつ、幻覚妄想、不安、焦燥
 レセルピン          うつ病
 抗コリン薬          錯乱、幻覚、せん妄
 バルビタール         興奮、幻視、抑うつ、せん妄
 H2ブロッカー(潰瘍治療薬) 不眠、うつ状態、幻覚
 ジギタリス          錯乱、せん妄
 三環系抗うつ薬        幻覚妄想、せん妄、易刺激性
 メチルエフェドリン(咳止め) 幻覚妄想
 ACE阻害薬(降圧薬)      抑うつ、躁状態、不安、幻覚

 今回示した事例のように、急速に進行する認知症患者さんを診察した際には、薬剤性せん妄の可能性を念頭において診療を進める必要があります。

注意機能 レビー小体型認知症の臨床診断基準(改訂版) [レビー小体型認知症]

……2012年10月23日 異常なし(Kさんへの報告メール)

(Kさんへ)
 今日再びⅩ病院に一人で行ってきました。MRI正常(これはレビーの特徴)。心筋シンチにも脳血流(これは撮影直後だったため画像処理が間に合わず、厳密にはわからず)にも異常は出ていないと言われました。「今は、レビーの疑いがあるとしか言えない。今後、3ケ月毎の経過観察。症状が悪化したらすぐ来るように」と言われました(しかし前回の話では、すぐ行っても抑肝散です)。状況証拠は、限りなく黒だけれども、物的証拠がないから断定する訳にはいかないという感じです。
 Ⅹ先生もほとんどレビーだと考えています。幻視がレビー特有の内容であること。知能テストで計算だけができないのは注意力が低下するレビーの特徴だと。
 他に幻視の出る病気とその可能性を質問すると、「統合失調症。アルツハイマー病。共に可能性は極めて低い。橋本脳症でも認知機能低下が起こるがこれも可能性が低い」。
 レビーだとしたらどこで発症したのか、うつ病と診断された時かと質問すると、「そうだと思う。うつ病ではなく、レビーの症状だったと考えられる」と言われました。
 進行を遅らせるために、私にできることは何かと訊くと、「できることはないんです。今まで通りの生活を続けて下さい。家事をし、仕事をし、趣味をし、散歩をし。そういうことを今まで通り、というか、今まで以上にすることです」。
 全身の細胞が、その言葉を跳ね返しました。そのまんまぶつけ返したいと思いました。いえ、Ⅹ先生にではなく、今の認知症医療というものに。死神が、私の真後ろで今にも鎌を振り下ろそうとしているのに、「斬られるまで放っておけ」と言われた気がしました。お陰で元気が出てきました。「自分で進行を止めてやる!」と闘志が湧いてきました
 【樋口直美:私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活. ブックマン社, 東京, 2015, pp34-35】

私の感想
> 前回の話では、すぐ行っても抑肝散です

 なぜ、アリセプト[レジスタードトレードマーク]じゃないの?と不思議に感じられる方がおられるかも知れませんね。
 樋口直美さんが診察を受けられたのは2012年のことです。現在、アリセプト[レジスタードトレードマーク]はアルツハイマー型認知症に保険適用されておりますが、その承認がおりたのは2014年9月でありごく最近のことなのです。

> 知能テストで計算だけができないのは注意力が低下するレビーの特徴だと。

 レビー小体型認知症の診断基準について復習しておきますね。
 「レビー小体型認知症の臨床診断基準(改訂版)」という表に分かりやすくまとめられております。
レビー小体型認知症ー診断基準.jpg
 これらの表を含めて、CLINICIAN vol.63 no.648(2016年4月号)ではレビー小体型認知症に関する特集が組まれております。
 以下において閲覧可能です。
 http://www.eisai.jp/medical/clinician/vol63/no648/

MMSEにおける注意障害(serial-7&3単語)
 MMSEでは注意障害を100から7ずつ順次引き算をするserial-7で評価するが、この課題の欠点は、注意障害と数概念やその操作の障害(狭義の計算障害)のいずれによって失点したのかが鑑別できないことである。
 この点を補うために、正答できなかった段階について、その場で改めて音声提示する(「確認します、93引く7は?」)、文字で提示する、筆算式を提示して筆記で回答させる、という課題を順次追加する方法が有用である。
 また、ADの多数例の検討からは、serial-7の成績に影響を与える要因として、5から3点の範囲では主に分配性注意が、2から0点の範囲では持続性注意や数概念やその操作の障害などがあげられている(工藤由理 他:アルツハイマー病患者の注意障害:Mini-Mental State Examination(MMSE)のSerial 7sに影響を与える要因の検討. 老年精神医学雑誌 Vol.22 1055-1061 2011)。
 【シリーズ総編集/辻 省次 専門編集/河村 満 著/今村 徹:アクチュアル脳・神経疾患の臨床─認知症・神経心理学的アプローチ 中山書店, 東京, 2012, pp199-210】

 MMSE・3単語の想起:直後再生は主に注意課題、遅延再生は記憶課題である。
 【吉益晴夫:神経心理学的検査. 日本医師会雑誌・生涯教育シリーズ85 神経・精神疾患診療マニュアル Vol.142・特別号(2) S58-59 2013】


 なお、注意機能に関してはアピタルにおいてもかなり詳しく記載したテーマです。連載から主な記述を拾い上げてみましょう。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第233回『注目される自動車運転の問題─「注意障害」が運転に与える影響』(2013年8月20日公開)
 なお、「注意障害」が運転能力に及ぼす影響も大きいと思われます。
 筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学の朝田隆教授は、著書の中で認知症の人の運転特性について次のように述べています(朝田 隆編集:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか 医学書院, 東京, 2011, p173)。
 「当初は注意不足や道を忘れたことに起因するトラブルである。あまり知られてないが、運転中にセンターラインに寄っていくという運転パターンは認知症の人では結構あるようである。注意すればしばらくの間は訂正できる。また1車線の道路では本人にとっての仮想センターラインがあるらしい。そこで次第に道路の左に寄っていくため側溝に落ちそうになるという話も家族介護者からよく聞く。」
 センターラインに寄っていく場合も、道路外側に寄っていく場合もあるようですね。私がよく見かけるのは、片側2車線の道路で左車線を走っている車が、右車線にはみ出してくるケースです。そのような時に運転者の方を確認しますと、ほとんどの場合、かなりご高齢の方です。おそらく何らかの認知機能障害と関連しているのではないかと思っております。
 余談ですが、私の運転特性は、片側2車線の道路で右車線を走っていて、左車線に寄り気味になることが多いですね。私の利き目(http://www.cladsetim.com/kikime/)は右眼ですので、それと何か関連があるのかも知れません。また私は、左側の障害物に車をこすってしまうことが多いです。ひょっとすると、無意識のうちに「利き目偏重運転」(http://www.think-sp.com/2012/11/08/tw-kikime/)になっているのかも知れませんね。

 ちょうど良い機会ですので、注意障害についてもう少し詳しくお話しておきましょう。
 注意障害っていったい何でしょうか。主な注意機能には、「持続性注意」「選択的注意」「注意の配分」の3つがあり(藤田郁代、関啓子/編集 大槻美佳/著 標準言語聴覚障害学・高次脳機能障害学 医学書院, 東京, 2009, p134)、いずれも前頭葉が関与する機能とされています。
1 持続性注意
 継時的に注意を持続させる能力。
 関与する部位としては、右前頭葉という報告が多いです。
2 選択的注意
 複数の刺激の中から、目標とする刺激を選択して注意を向ける機能。
 この機能も右前頭葉が関与するとされています。
3 注意の配分
 複数の作業を同時に行う場合に、うまく進めるのに最適な注意の配分を采配する能力。
 言語性の課題では左前頭葉が、非言語性の課題では右前頭葉が関与するとされています。

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 「Sustained attention(持続性注意)とは、注意を一定時間維持することである。この障害によって同じ作業量の処理時間が長くなり、単位時間でこなせる業務量が減る。
 Selective attention(選択性注意)は本来の標的と無関係の外的ノイズ(周囲の会話、聞こえてくるテレビ・ラジオの音声など)や内的ノイズ(自分の心に浮かぶ心配事や関心事など)に気をとられず、本来の標的に注意を向けることを指す。この機能に障害があると不要な刺激にすぐ注意が逸れてしまう。
 Alternating attention(転換性注意)は2つの作業を交互に行うことで、一方の作業中は他方を中断する(例:文書作成中に電話がかかってきたら、ワープロ業務をいったん中断して電話対応のみ行う)。処理プロセスの切り替えが必要となる。
 Divided attention(分配性注意、分割的注意など、ここでは前者)は複数課題を同時進行で行う(先の例では書類作成を続けながら電話対応する)機能である。」(豊倉 穣:注意とその障害. 精神科 Vol.23 152-162 2013)

Facebookコメント
注意障害を疑う症状・所見(豊倉 穣:注意とその障害. 精神科 Vol.23 152-162 2013)
・物事に注意を集中できない、落ち着きがない
・物事を継続するのに促しが必要
・経過とともに作業の効率が低下する、ミスが目立つようになる
・同じことを何度も聞き返す
・作業が長く続けられない
・騒々しく気が散る場面では作業がはかどらない
・グループでの討論についてゆけない
・反応や応答が遅く、行動や動作がゆっくり
・「すぐ疲れる、眠い、だるい」などの訴え
・活気がなくボーとしている
・すぐ注意が他のものに逸れてしまう
・2つの事柄を同時に処理、実行できない
・不注意によるミスがある
・物事の重要な部分を見落とす

Facebookコメント
作業記憶と並列処理能力は老化の影響を受けやすい
 「並列処理能力とは、1度に2つのことを同時に行う能力のことです。これは、注意をうまく配分することや分割することと同じことを指していると思われます。例えば、電話で話しながらメールを読んだり、会議中に買い物のリストをつくったりすることです。どの年齢であっても、1度に2つのことを行うことは、1度に1つのことを行うよりも難しく感じると思います。並列処理をすることは危険が伴う場合もあるでしょう。例えば、運転中に携帯電話を使うことを想像してみてください。ハンズフリーであろうとなかろうと、携帯電話で話しながら運転した場合、そうでない場合に比べ、事故の確率は4倍になります。これは、飲酒運転と同じくらいリスクがあることを示しています。
 並列処理能力は、年齢を重ねるにつれて顕著に衰えていきます。60歳以上になると、2つの課題を同時にこなすのに、若い人の2倍の時間がかかるようになります。さらに、2人に1人は、2つの課題を同時にはうまくこなすことができなくなります。」(監訳/山中克夫 著/ダグラス・パウエル:脳の老化を防ぐ生活習慣─認知症予防と豊かに老いるヒント 中央法規, 東京, 2014, pp42-45)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第234回『注目される自動車運転の問題─多人数の会話で「誰が何を言ったか」検査』(2013年8月21日公開)
 以上述べました3つの注意機能について、昭和大学横浜市北部病院の福井俊哉教授(神経内科)が詳しく解説しておりますのでご紹介しましょう(一部改変)。
 「持続的注意は、ある一定の間、課題に対して持続的に注意を払い続ける能力を言う。評価には、ターゲットではない多くの刺激の中から、希少なターゲット刺激を見出す際のスピードと正確さをみる課題を用いる。外界からの刺激を受容する感度を保つという点で、alertness(覚醒度)と同様な意味を共有する。
 選択的注意とその切り替えとは、視覚性注意の場合、(1)それまで注意を払っていた空間から注意を外す過程(後部頭頂葉の機能)、(2)新しい空間に注意を転ずる過程(上丘)、(3)新たな指標に注意を固定する過程(視床)から成り立っている。早期のアルツハイマー病(AD)では、注意を指標から離脱させて、新たな指標へ転ずることが障害されている。
 分割注意は二つの意味を有する。一つは単一刺激に関する複数の付帯情報に対して注意を払うこと、他方は複数刺激に対して注意を払うことである。二重課題(dual task)は分割注意を良好に反映する。AD症例が多人数の会話の中で話についていけない現象も、分割注意障害に基づく。多人数の会話を収録したビデオを見て、『誰が何を言ったか』課題も、分割注意障害を検出するために有効な検査法である。分割注意課題において、軽度ADは正常コントロールと同様な反応を示すことから、分割注意障害が明らかになる時期は中等度AD以降と考えられる。」(福井俊哉:アリセプト[レジスタードトレードマーク]の臨床的特徴を再考する─Attentionの観点から. CLINICIAN Vol.60 No.618 381-390 2013)
 なお、ドネペジル(商品名:アリセプト[レジスタードトレードマーク])は注意機能を改善させることから、ドネペジルの自動車運転能力に及ぼす効果についても検討されておりますが、健常高齢者においてはその有用性は確認されておりません。
 「健常高齢者の自動車運転能力に対するドネペジルの効果を検討する目的で、平均72歳の高齢者をランダムに2群に割り付け、ドネペジル5mgまたはプラセボを2週間投与した。投与前後で注意・実行機能、全般的知能、模擬運転能力が検討された。模擬運転能力には、スピード変動、進路のふらつき、突風に対する反応時間、および衝突回数が含まれる。両群間で注意・実行機能と衝突回数には差がなかった。予想に反して、プラセボ群はドネペジル群よりも突風に対して0.5秒早く反応し、進路のふらつきも少ない傾向にあった。この結果から、高齢者の運転を補助する目的でドネペジルを投与する妥当性は支持されなかった。ドネペジル群が低成績を示した理由として、アセチルコリン(Ach)低下のない健常高齢者において、ドネペジルがAch系を亢進させた結果、ドパミン系との均衡を崩して運動機能を低下させた可能性が推測されている(Rapoport MJ, Weaver B, Kiss A et al:The effects of donepezil on computer-simulated driving ability among healthy older adults : a pilot study. J Clin Psychopharmacol Vol.31 587-592 2011)」(福井俊哉:アリセプト[レジスタードトレードマーク]の臨床的特徴を再考する─Attentionの観点から. CLINICIAN Vol.60 No.618 381-390 2013)。
 CLINICIANの上記論文はウェブサイト(http://www.aricept.jp/alzheimer/e-clinician/vol60/no618/pdf/clinician618.pdf)においても閲覧可能です。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第235回『注目される自動車運転の問題─数字の逆唱できますか?』(2013年8月22日公開)
 アルツハイマー病の患者さんでは、注意障害(特にdual taskにおける注意分配能の低下が顕著)を背景とした課題遂行能力の低下が認められます(認知症患者にみられる失語・失認・失行. MEDICAL REHABILITATION No.127 39-44 2011)。
 これらの注意障害は、臨床の現場では、「抹消課題」などの検査で評価されます。抹消課題とは、たくさんの文字や記号の中から、特定の文字や記号のみを選択抹消する検査です(リハビリナース、PT、OT、STのための患者さんの行動から理解する高次脳機能障害 メディカ出版, 大阪, 2010, pp154-163)。
 大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室の武田雅俊教授は、臨床場面で注意機能を簡便に評価する方法について言及しております。
 「注意機能はすべての高次脳機能の基礎となり、記憶や言語機能、視空間認知機能などさまざま高次脳機能に影響を与える。このため、注意障害の有無をみることは重要である。臨床場面で注意機能を評価するには、数唱課題が簡便でよい。数唱には順唱と逆唱とがあり、ともにいくつかの数字を1秒に1数字ずつのスピードで単調に聴覚的に提示して、同じ順序で繰り返させる(順唱)、あるいは逆の順序で繰り返させる(逆唱:例えば2-8-3と教示すれば3-8-2と答えさせる)。少ない桁数から初め、徐々に桁数を増やしていく。順唱が5桁あるいは逆唱3桁ができなければ注意障害があると考えてよいが、逆唱のほうが障害に鋭敏である。」(武田雅俊:Treatable dementia. 綜合臨牀 Vol.60 1869-1874 2011)
 この数字の順唱5桁あるいは逆唱3桁は、最近注目されているモントリオール認知評価検査(Montreal Cognitive Assessment;MoCA)においても、注意機能の課題として採り入れられております(http://www.mocatest.org/pdf_files/test/MoCA-Test-Japanese_2010.pdf)。
 MoCAは、HDS-R(改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト)やMMSE(ミニメンタルテスト)と同様に30点満点で10分以内に実施可能です。実行系の課題も入っており、記憶よりも遂行機能の低下が問題となる血管性認知症(VaD)のみならず、各種原因による軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)の検出に有用とされております。30点満点で、正常値は26点以上です。MoCAは、軽度アルツハイマー型認知症のスクリーニング検査として感度が高く、MoCA25点をカットオフ値とした場合の感度は100%と報告(Nasreddine ZS et al:The Montreal Cognitive Assessment, MoCA: a brief screening tool for mild cognitive impairment. J Am Geriatr Soc 2005;53:695-699)されております。
 日本で幅広く使用されているHDS-Rにも数字の逆唱という課題がありましたね。HDS-Rの作成に携わった東北福祉大学総合福祉学部福祉心理学科の加藤伸司教授は、数字の逆唱に関して、「作業記憶の課題でもある」(http://ninchisyoucareplus.com/plus/pdf/070421%E5%8A%A0%E8%97%A4%E6%8A%84%E9%8C%B2.pdf)と述べています。
 また、Trail Making Test Bが運転成績を予測する(河野直子:認知機能低下と運転適性:一般及び軽度認知障害の高齢運転者を対象とした研究動向. Dementia Japan Vol.27 191-198 2013)ことも指摘されております。トレイルメイキング(Trail Making Test;TMT)に関しては、シリーズ第39回『認知症の代表的疾患─前頭側頭葉変性症 バナナとミルクばかり食べる女性』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013012800007.html)のメモ2をご参照下さいね。
 なお余談ではありますが、メマンチン(商品名:メマリー[レジスタードトレードマーク])の中核症状に対する効果としては、中等度から高度のアルツハイマー型認知症患者432例の検討(国内第Ⅲ相試験-IE3501)において、注意、実行、視空間能力、言語(名前を書く、曜日、文章理解、会話理解、物品呼称および自由会話などで評価)の4つの領域で有意な改善を認めております(http://www.info.pmda.go.jp/go/interview/1/430574_1190018F1023_1_me5_1F.pdf)。詳細は、pdfファイルの20~23頁を参照下さい。ここでいう注意機能は、桁数範囲、聴力範囲、視覚範囲にて評価されております。
 先にご紹介しましたMoCAは、多領域の認知機能(注意機能、集中力、実行機能、記憶、言語、視空間認知、概念的思考、計算、見当識)について、約10分という短い時間で評価することが可能であり、メマンチンによる中核症状に対する効果の判定などにも幅広く活用できると私は考えています(笠間 睦:メマンチンによるアルツハイマー病の中核症状に対する効果判定の試み─MoCA-Jを用いて─. Geriatric Medicine Vol.51 723-727 2013)。

私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活―本文冒頭 [レビー小体型認知症]

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『私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活』・本文の出だし

……2012年9月23日 発症
 9月19日、動く虫の幻視を見た。その瞬間、悪夢が現実になったと直感した。幻視は、去年の春にも見た(歩く虫。人)。その後はなかったので、目の錯覚と思おうとしていた。でも錯覚にしては、リアル過ぎた。幻視について調べ、レビー小体型認知症を強く疑うきっかけになった。
 調べれば調べるほど、症状が当てはまる。8年前のうつ病の診断、抗うつ剤でひどい副作用が出たこと、悪夢を見て叫ぶこと、様々な自律神経症状(橋本病のせいだと思っていた)。パーキンソン症状はないが、あちこちにこわばりを感じる。
 若年性レビー小体型認知症の情報は、ネット上にもない。『第二の認知症』にあったのが、唯一の症例。急激に進行して、衰弱して、10年で亡くなっている。初診から6年後、47才で。
 恐い? 恐くはない。やり残したこともない。私は、十分に家庭の幸せを味わった。
 失うものはほとんどない。責任のある仕事もない。子供達も成人した。
 生きることは苦しいことだ。死ぬことは恐くない。ただ淋しい。
 子供達を見守っていくことができなくなることが淋しい。夫の描いていたのどかな老後の夢を壊すことが苦しい。オムツをするようになることが辛い。夫にも子供にもさせたくないし、できないとも思う。
 50代で入れる施設もないだろう。ボランティアを募集しようか。
 【樋口直美:私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活. ブックマン社, 東京, 2015, pp10-11】

私の感想
 「悪夢を見て叫ぶこと」は、レム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder;RBD)と呼ばれる症状です。
 実はこの症状、私にもあります。「RBDが、DLB発症の数年前から予兆として認められるケースもある」ことを専門医である私は知っていますので少しだけ心配してしまいますが、本当に少しだけしか心配しないのです。
 だって私、毎晩浴びるように飲んでいるから、どう考えても確率的には、レビー小体型認知症を心配するよりも、肝硬変を心配する方が正しい心配方法ですよね。
 しかも「医者の不養生」を自慢していてガン検診も受けていない。もう数年、胃・大腸などのガン検診を受けていません。

 まあそんな余談はさておき、以前アピタルに寄稿した「レム睡眠行動障害」に関する記述を以下にご紹介しましょう。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第30回『認知症の代表的疾患─レビー小体型認知症 歯切れの悪い回答をした理由』(2013年1月13日公開)
 そうなのか! 薬を投与して無理して幻視を消さなくても良いのか!
 じゃあ、幻視以外にはどんな症状が特徴なの?

 電気のコードがヘビに見えたり(錯視)、天井や壁がゆがんで見えたり(変形視)します。花瓶を子どもと勘違いして、花瓶に話しかけたりします。

 レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)では、「幻視以外の幻覚として幻聴や体感幻覚が出現することもあるが、頻度は高くない」ことが報告されています(Iseki E et al:Psychiatric symptoms typical of patients with dementia with Lewy bodies─similarity to those of levodopa-induced psychosis. Acta Neuropsychiatr Vol.14 237-241 2002)。
 「幻聴」は、統合失調症において有名な症状ですね。統合失調症では、幻聴が多くみられますが幻視は稀です。いずれにしても、幻聴を認めるから統合失調症であると短絡的に判断をしてはいけないわけです。
 では「体感幻覚」ってどんな症状でしょうか。具体例を挙げて説明しましょう。「頭・胸・肩に虫がたまっている」とか「頭から虫が流れる」などと訴え、「むずむず足症候群」の様相を呈したりします。むずむず足症候群だと思ってそのまま経過観察していたら、実はレビー小体型認知症だったということもありますから診断面において注意を要しますね。

 レム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder;RBD)においては、夢内容(悪夢が多い)に興奮して、激しい寝言(奇声・大声)、手を振り上げる・脚で蹴る(壁などを叩いて手を怪我してしまったり、無意識の中で隣で寝ている配偶者を殴ってしまう)、周囲の状況が分からないまま立ち上がったり歩き出すといった行動障害が認められます。RBDが、DLB発症の数年前から予兆として認められるケースもあります
 私は学生時代にサッカー部に所属しておりました。今でも時折サッカーの夢を見ます。何と言っても最悪なのがシュートするシーンの夢ですね。シュートした途端に、寝室の壁を蹴ってしまいます。添い寝している愛犬を蹴ってしまったこともありました。それ以来わが家の愛犬リッキー君は、冬になると掛け布団と掛け毛布の間に入って、私の脚を避けて眠るようになりました。私は夜中の寝言も激しいようですし、RBDではないかと心配しています。
 津市で2012年6月14日に開催されました医師会後援の住民健康講座の質疑応答時間において、ある女性の方から、「私の主人もRBDがあるようで、笠間先生の講演をお聴きし、主人を受診させるべきかどうか迷いだしました。どうすればよいのでしょうか?」と質問を受けたことがあります。この質問には、ちょっと返事に困ってしまいました。私は、「自分自身もRBDではないかと懸念していることをお伝えし、どうしてもご心配でしたら受診され、確認することになりますが…」とお返事しました。しかし、何とも歯切れの悪い回答になってしまいました。それは私自身が葛藤する部分でもあるからです。RBDであることが確認されたとしても、レビー小体型認知症(DLB)などの疾患に移行するのかどうかなんて予測困難であるし、仮に予測できたとしてもDLBへの移行を予防する手段があるわけじゃないんだから…。
 この女性の方からの質問に対する回答として、現状ではベストであろうと思われる返事について金沢大学大学院医学系研究科脳老化・神経病態学(神経内科)の山田正仁教授が言及されておりますので、一部改変して以下にご紹介しましょう。
 「最近では一般の方でも『RBDみたいな症状があるから自分はDLBではないか』と訴えて神経内科に来院される方がいます。おそらくDLBを含むレビー小体病の初発病変の局在や、その後の進行形式・速度には大きなバリエーションがあり、それに対応して睡眠障害、うつ、パーキンソン症状、嗅覚異常、認知症などの様々な症状で発症し、さらに症状が出現した後、進行していく場合ばかりでなく、進行していかない場合もあります。現在われわれの知っているDLBは氷山の一角であり、自然経過のバリエーションがわかってくるのはもう少し先ではないかと思っています。」(山田正仁 他:座談会─認知症の早期発見・薬物治療・生活上の障害への対策. Geriatric Medicine Vol.50 977-985 2012)
 現状では、自然経過が詳しく解析されていないようですので、あまり過度に心配するのは控えておいた方が良さそうですね。

 なお、RBDに対して、転落防止の目的で4点柵を施すと、ベッド柵に脚をぶつけ骨折するケースもありますので、ベッド柵にタオルを巻くなどの工夫も必要となります。
 RBDは、睡眠からの覚醒とともに消失します。起こされるとすぐに覚醒し、夢の内容を再生できることが多いです。RBDが睡眠中のてんかん発作と誤診される場合があります。しかし、てんかんと違い、行動を内省できるのがRBDの特徴です。

認知障害の進行が止まっているレビー小体型認知症(probable DLB) [レビー小体型認知症]

症例 食事摂取困難と足底の不快感を主訴に来院した 78歳, 男性(probable DLB)

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【画像検査に関するコメント】
 DLBでは脳MRIに特異的な変化がないことが特徴であるが,本例のように全般性脳萎縮・側脳室下角・体部拡大,第三脳室拡大などを示し,一見PSPにおける脳形態的特徴に類似する場合があることに注意を要する.一方,本例のSPECT所見は,前の症例と同様に前頭葉眼窩面・外側面・帯状回と両側側頭葉極における取り込み低下が主体であり,視覚野(後頭葉)や視覚連合野(頭頂後頭葉)の取り込みがないことが特徴である.一般的に,DLBにおける幻視は一次視覚野と視覚連合野(後部側頭葉・頭頂葉・後頭葉外側)における代謝不均衡が原因であるとする考え方がある[Imamuraら 1999].一方,体系的な幻視は扁桃核と海馬傍回のレビー小体密度の高さと,病早期から出現する幻視は海馬傍回と下側頭回のレビー小体密度と有意の関連があることなどから,側頭葉のレビー小体密度が幻視に最も関連するという考え方もある[Hardingら 2002].本例では繰り返し出現する明らかな幻視があるが,頭頂後頭葉には取り込み低下を認めなかったこと,一方で両側側頭葉には取り込み低下を認めたことから,側頭葉病変が幻視に関わっている可能性が考えられる.
【その後の経過】
 初診後約2年にわたり経過観察中であるが,ドネペジル塩酸塩の開始により,幻視は速やかに消失して再発は見ていない.また,認知障害の進行は止まっている.一方,ドネペジル投与とは関連なしに,しだいに右優位に振戦と筋強鋼が出現.診断がpossible DLBからprobable DLBとなった.
 【福井俊哉:症例から学ぶ戦略的認知症診断・改訂2版. 南山堂, 東京, 2011, pp214-216】

私の感想
 レビー小体型認知症は「進行性疾患」とわれわれ専門医は洗脳されてしまっており、進行が確認されないと、ともすれば「誤診」ではないかと指摘する声が上がります。しかし、あの理論派の福井俊哉先生(http://kkh.ne.jp/013_aisatsu.html)が認知障害の進行が止まっている事例を専門書で報告しているとなるとその言葉の持つ意味は重いですよね。

私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活 [レビー小体型認知症]

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『私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活』─「はじめに」
 「認知症」って、いったい何でしょう? もし「認知症」と診断されたら、その日から何が変わるでしょう? 「認知症」と診断された人の脳内では、何が起こり、本人は、それをどう感じているでしょう? 進行する一方と告げられた絶望は、どのように変化していくでしょう?
 この本は、これらを記録した私の日記です。病気に気づいてから講演に踏み出すまでの2年4ケ月の中から抜粋しています(編集者と話し合い、敢えて、他者のアドバイスも手も一切入れず、推敲のすべてと校正のほとんどを自分一人でしています)。
 病気になって初めてわかったことは、数多くあります。過去の「認知症の常識」は、私の中で次々と覆されていきました。例えば「若年性レビー小体型認知症は、進行が早く、余命は短い」。最初に自分の病気について知り得た唯一の情報です。鵜呑みにした私は、今、読み返すと不思議に思うほど深刻に死と向き合っていました。
 約2年間治療を続けている今、ほとんどの症状は消え、認知機能検査(MMSE)は、満点に回復しています。一時期は、単純な計算もできませんでしたが、その時にもこの病気について書かれた研究論文は、読めました。料理に苦労するようになっても、思考力の低下だけは、感じませんでした。
 今、「認知症」という言葉は、病気の種類も進行の度合いも無視して、十把一絡げに病名のように使われています。病気の種類によって、症状も治療もケアの注意点も違いますが、ほとんど無視されています。「認知症」は、深く誤解された言葉だと私は思います。それは、「認知症」と診断された誰をも絶望させ、悪化させ、混乱させます。
 認知症とは、本当は、どういう状態なのか。人間の脳とは、何なのか。脳の機能にはどんなものがあり、病気によって障害されるとどうなるのか…。まだまだ未知の部分が多い脳の世界を垣間見るために、この本が役立てばと思います

 急速に変わりつつあるとはいえ、レビー小体型認知症は、まだ知名度の低い病気です。私は、内科、眼科、整形外科で「レビー…? どういう字を書きますか?」と訊かれました。
 では、230ページの症状集を見て下さい。「これだ!父は、アルツハイマーじやない!」と気づく方が、少なからず現れます。正しく診断されていないだけで、実際には、認知症の約5人に1人がレビー小体型だと専門医は言います。生前にうつ病、パーキンソン病と誤診されていた人気俳優、ロビン・ウィリアムズもレビー小体型認知症でした。
 私も41才でうつ病と誤診され、約6年間、誤った薬物治療を受けました。自分でこの病気を疑い、文献を読み漁り始めたのが、49才。この病気について書かれたものは、活字でもウエブサイトでも片っ端から何でも読みました。この病気の家族会と連絡を取り、介護家族の方々から更に詳しい情報を得ました。
 50才の秋、専門医を受診しましたが、診断され、治療が始まったのは、翌年の夏。抗うつ剤で劇的に悪化した日から、丸9年という歳月がかかりました。
 しかしこれは、私にだけ偶然起きたことではありません。誤診や処方薬による悪化で苦しんでいる方が少なくないことを、この病気について調べ続けた4年間に知りました。
 過去の主治医達への恨みなどありません。ただ、こうした医療に対して、多くの疑問と憤りがあります。一刻も早い改善を痛切に願います
 …(中略)…
 もし誰もが、正しく病気や障害を理解し、誰にでも話すことができ、それを自然に受け入れられる社会なら、病気や障害は、障害でなくなります。私は、認知症を巡る今の問題の多くは、病気そのものが原因ではなく、人災のように感じています。
 今、診断された本人たちを含め、ありとあらゆる分野のたくさんの方々が、認知症になっても笑顔で歩き続けることのできる道をつくり続けていらっしやいます。そんなお一人おひとりの姿を見ると、深い感動と感謝で涙が出てきます。無数の方々が、長年にわたってひとつひとつ石を積み上げ、今、大きな道ができつつあります。私も先輩たちが切り開いて下さった道があったからこそ、ここまで歩いてくることができました。何のキャリアもない、頼りにならない私でも、今、その工事の末端に加わり、汗を流してひとつの石を置けることを心の底からうれしく、幸せに思います

 書籍化に当たっては、抜粋した日記を更に大量に削らなければならず、私に力を与えて下さった多くの方々についての記述を割愛しました。ここに、皆さんへの感謝を込めます。私を見つけて下さった優れた編集者、小宮亜里さんにも。
  2015年初夏 樋口直美
 【樋口直美:私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活. ブックマン社, 東京, 2015, pp2-5】

私の感想
 「はじめに」には往々にして筆者の主張が込められておりますので、大胆に、ほぼ全文をご紹介させて頂きました。本文に関しましては、著作権の関係もありますので、最小限の「引用・抜粋」に留めて私の感想を書いていきたいなぁと思っております。

 藤野武彦先生(九州大学名誉教授、医学博士)は、巻末の解説「セレンディピティ─この日記が語る世界」において以下のように語っておられます。
 本書の特徴は、孤独と絶望の渦中にありながら、まさに題名の如く「私の脳で起こったこと」を実にクールな観察と卓越した文章力で表現されている事である。従って講演の中で著者が「私は認知症ではありません」と述べておられるのは当然と言えば当然である。医師を含めて多くの人が抱いている誤った認知症のイメージ、「知性も人格も失う」「理解不能の言動で周囲を困らせる」「自分が自分でなくなる」「脳細胞が死滅し続け、進行性で回復はない」等々をこれほど木端微塵に打ち破った文章は、これまでにあっただろうか。無論、ここに描かれているのは認知症の中のレビー小体型認知症に限るものであり、また、一個人の記録に過ぎないと思われるかもしれない。しかし医学の中では、秀でたケースレポートは多数例での実証の前提をなすものであり、その一例が臨床研究の大きな要となって来たのは疑いない。
 この超一級のケースレポートは、まず「診断」という面から我々医師への痛烈な頂門の一針となっている。文中にあるように、当初「うつ病」と診断され、約6年間続けられた抗うつ剤で体調不全が続き、それを止めたら改善したという経過である。当初の診断は、どの医師でも困難であったかもしれないが、薬を投与した後の症状の変化に医師が敏感であれば、結果から診断を正す事(治療的診断)は可能かもしれない。これはどの専門分野でも、専門医であるが故に陥りやすい構造的欠陥ではあるが、医師は常に襟を正して、「この人の病気の実態を自分はまだ理解していないかもしれない」という不安定な立場を辛くてもいつも持ち続ける事しか解決策はないのであろう。巨大なストレスの渦中にある医師にとって、たとえそれが過酷な要求であるとしても。
 【樋口直美:私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活. ブックマン社, 東京, 2015, pp252-253】


 レビー小体型認知症が当初「うつ病」と誤診されてしまいやすいことについては、私も以前執筆担当しておりましたアピタルにおいて警鐘を鳴らしたことがありますので、その原稿を以下にご紹介したいと思います。
朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第360回『それって本当に認知症?─「普通のうつとは違う!」と感じたら』(2013年12月31日公開)
 さて、それでは、『誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別』の各論─第1章において、まず最初に症例提示されている精神疾患と認知症の鑑別に難渋した事例を一部改変してご紹介しましょう。
【症例】
 60歳代中頃・男性
【病歴】
 X年、抑うつ気分、意欲低下、食欲低下が出現。精神科にてうつ病と診断され抗うつ薬が処方された。抑うつは、当初は多少改善したものの次第に効果は乏しくなり、約4年後に入院となった。
【検査所見】
 MMSE(メモ5参照):30点満点であり、注意・記憶・見当識に障害を認めなかった。
 頭部MRI:軽度の多発性脳梗塞を認める以外には明らかな所見はなかった。
【治療経過】
 従来の処方内容と副作用をレビューしたところ、抗精神病薬に対する過敏性だけでなく、抗不安薬・抗うつ薬に対しても過敏性があったことがわかった。
 X+7年にはMMSEは23点、X+8年にはMMSEは20点と認知機能は進行性に低下して認知症といえる状態に至った。種々の精密検査の結果も踏まえ、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)と診断した。

メモ5:MMSE
 MMSE(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%88%E6%A4%9C%E6%9F%BB)に関しては、シリーズ第13回『認知症の診断─認知機能の検査』、シリーズ第14回『認知症の診断─素人判断は難しい』をご参照下さい。

 DLBについては、シリーズ第29回『認知症の代表的疾患─レビー小体型認知症 何と言っても「幻視」が特徴的なレビー小体型』をご参照下さいね。
 なお、DLBにおいては、初診時に幻視、幻聴、妄想、誤認妄想、うつ病を有する頻度がアルツハイマー病に比べて高いことは、シリーズ第31回『認知症の代表的疾患─レビー小体型認知症 もの忘れを自覚することの多いレビー小体型』においてお話しましたね。
 筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学の朝田隆教授は、「『普通のうつとは違う!』と感じたら、DLBとしての精密検査を行ったり、DLBを想定した処方に変えたりする必要がある。老年者に大うつ病(メモ6参照)は多いが、老年期初発例はそう多くない。」(朝田 隆編集:誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別 医学書院, 東京, 2013, p29)と警鐘を鳴らしております。

メモ6:大うつ病(major depression)
 大うつ病(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%A4%E7%97%85)に関しては、ウィキペディアなどをご参照下さいね。
 また、製薬会社のウェブサイト(http://www.astellas.com/jp/health/healthcare/depression/basicinformation01.html)などにおいても分かりやすく解説されております。


書評:『樋口直美:私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活. ブックマン社, 東京, 2015』
 http://akasama.blog.so-net.ne.jp/2016-08-25
 タイトル
 認知症専門医にこそお勧めの本だと感じました。

本文
 まず最初に、著書の「はじめに」を一部改変して以下にご紹介します。

 「急速に変わりつつあるとはいえ、レビー小体型認知症は、まだ知名度の低い病気です。私は、内科、眼科、整形外科で『レビー…? どういう字を書きますか?』と訊かれました。
 正しく診断されていないだけで、実際には、認知症の約5人に1人がレビー小体型だと専門医は言います。生前にうつ病、パーキンソン病と誤診されていた人気俳優、ロビン・ウィリアムズもレビー小体型認知症でした。
 私も41才でうつ病と誤診され、約6年間、誤った薬物治療を受けました。自分でこの病気を疑い、文献を読み漁り始めたのが、49才。
 50才の秋、専門医に診断され、治療が始まったのは、翌年の夏。抗うつ剤で劇的に悪化した日から、丸9年という歳月がかかりました。」

 私は、日本認知症学会の専門医(指導医)です。
 詳細な記述を読み、私自身も非常に勉強になりました

 多くの方が、「著者は、本当にレビー小体型認知症?」と疑問に感じることは当然のことだと思います。
 この辺りを説明するのは少し専門的な話をする必要があります。
 近年では呼称が、レビー小体型認知症(dementia with Lewy body:DLB)、認知症を伴うパーキンソン病(Parkinson's disease with dementia:PDD)さらにはパーキンソン病も含め,病理学的な観点からレビー小体病(LBD:Lewy body disease)、あるいはα-synucleinopathyといった包括的な呼称へと変化しつつあるのです。

 もう1点だけ専門的な話をさせて頂きます。
 「DLBを含むレビー小体病の初発病変の局在や、その後の進行形式・速度には大きなバリエーションがあり、さらに症状が出現した後、進行していく場合ばかりでなく、進行していかない場合もあります。現在われわれの知っているDLBは氷山の一角であり、自然経過のバリエーションがわかってくるのはもう少し先ではないかと思っています。」(山田正仁 他:座談会─認知症の早期発見・薬物治療・生活上の障害への対策. Geriatric Medicine Vol.50 977-985 2012)

 発症早期の何らかの対策が認知症への進展を食い止めたことが想定されます。これは、同じ病気を抱える方にとって大きな希望となります。
 私自身は、著書を読み進めながら専門誌を読み漁り、おそらく認知症への進展を食い止めた鍵は、腸内フローラないしはミトコンドリア機能の改善が鍵を握っていたのではないかと推察しております。
 まだ明確には証明されていない仮説ではありますが、「腸内フローラ悪化 → ミトコンドリア機能低下 → レビー小体病」という発症機序を想定している研究者もおられます。
 その仮説が正しければ、腸内フローラを改善する生活習慣、ないしはミトコンドリアの機能を向上させる試みなどに大きな期待が寄せられます。

 著者の樋口直美さんは、今でも、突然の認知機能の変動(「意識障害」とご本人はお話されております)と自律神経症状(血圧の変動など)、視空間認知機能障害、時間感覚の低下(https://note.mu/hiiguchinaomi/n/n8da1f271f912)などで苦慮され生活障害を抱えておられます。そのことは、2016年7月に講演会でご一緒する機会があり、ご本人から直接お伺いしました。
 レビー小体型認知症(DLB)に関する正しい情報が普及することを願ってやみません。
 著書を隅々まで読み、私自身“目から鱗”のような情報がありました。DLBを発症する15年も前に「薬剤に対する過敏」が既に起きているなんて到底信じがたい話でしたまずは認知症学会の専門医が率先して正しい知識を身につけることが必要であると深く反省させられました

急速進行性認知症 [レビー小体型認知症]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第672回『転倒防止─急速に進むプリオン病』(2014年11月14日公開)
 さて、急速に進行する「急速進行性認知症」(rapidly progressive dementia;RPD)の存在も知られております(Geschwind MD, Shu H, Haman A et al:Rapidly progressive dementia. Ann Neurol Vol.64 97-108 2008)。RPDの代表的疾患は、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)です。この論文の要旨は、ウェブサイト(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18668637)においても閲覧可能です。
 かなり専門的な話にはなりますが概要をご紹介しておきます。
 2001年8月から2007年9月までにカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)に紹介されたプリオン病(代表は、CJD)または急速進行性認知症が疑われた症例は178例あったそうです。
 その原因は、「62%(111例)がプリオン病であった。プリオン病以外の疾患では神経変性疾患が26例(14.6%)と最も多く、自己免疫疾患が15例(8.4%)、感染性疾患が4例(2.2%)。…(中略)…神経変性疾患では、大脳皮質基底核変性症(CBD)8例、前頭側頭型認知症(FTD)7例、アルツハイマー病(AD)5例、レビー小体型認知症(DLB)4例、進行性核上性麻痺(PSP)2例」(浜口 毅、山田正仁:急速進行性認知症の鑑別診断. 最新医学 Vol.68 842-851 2013)という内訳であったそうです。
 なお、神経変性疾患以外の原因により「急速進行性認知症」を来す原因疾患としては以下のa~dのような原因疾患が挙げられます(シリーズ総編集/辻 省次 専門編集/河村 満 著/石原健司、中野今治:アクチュアル脳・神経疾患の臨床─認知症・神経心理学的アプローチ 中山書店, 東京, 2012, pp391-394)。
a)傍腫瘍性神経症候群あるいは自己免疫疾患としての脳炎または脳症:橋本脳症、電位依存性Kチャンネル抗体陽性辺縁系脳炎、Hu抗体陽性辺縁系脳炎など
b)感染症:AIDS白質脳症、進行性多巣性白質脳症など
c)腫瘍:中枢神経原発悪性リンパ腫、脳原発悪性腫瘍
d)てんかん:非痙攣性てんかん重積状態
 「傍腫瘍性神経症候群」についてはシリーズ第53回『その他の認知症 治療可能な認知症―甲状腺機能低下症』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013013100010.html)のコメント欄をご参照下さい。
 なお、体重減少も急速な認知機能低下の危険因子であることが報告されております(荒木 厚:認知症と栄養障害. Geriatric Medicine Vol.51 826-832 2013)。
 「414名のprobable ADの地域住民の15カ月の追跡調査では、AD(アルツハイマー病)発症後最初の1年で4%以上の体重減少があると急速な認知機能低下(6カ月でMMSEが3点以上の低下)が起こることがわかっている(Soto ME, Secher M, Gillette-Guyonnet S et al:Weight loss and rapid cognitive decline in community-dwelling patients with Alzheimer's disease. J Alzheimers Dis Vol.28 647-654 2012)。体重減少があった患者は体重減少がない患者と比べて、認知機能低下のハザード比は1.5(95%CI=1.04~2.17)であり、体重減少はADになってからも急速な認知機能低下の危険因子であるといえる。」(一部改変)

リンク元
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/590347884468228
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