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アルツハイマー病─根本治療薬(疾患修飾薬) [アルツハイマー病]

https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/603456106490739
これからのアルツハイマー病治験

 こうして,臨床的に認知症を発症するより前,脳病変があまり進んでいない段階で治療を開始することが技術的に可能となり,AD病態修飾薬の治験はプレクリニカル期にある未発症AD例を対象とするようになった。Fig.4に示すように,その時期は,バイオマーカー所見の進行度から推測して,おそらく認知機能低下を自覚するMCIよりも前である必要があり,それはおそらく認知症発症の10~30年前であろうと考えられている。このことは治験にいくつかの困難を惹起する。プレクリニカル期AD例を標的とした治験において,単に認知機能正常高齢者を対象とし,エンドポイントを「認知症発症」に置くと,そのままでは,おそらく数千人規模の参加者と5~10年にわたる長期の観察期間を必要とすることになる。そこで現実的な対応として,何らかの方法で対象者をプレクリニカル期AD例に絞り込む,あるいは,少なくとも,プレクリニカル期ADの割合が一般的な認知機能正常高齢者よりもかなり高い集団を事前に用意することが求められる。
 現在,Solanezumabを用いて行われている孤発性ADを標的とするA4治験では,PETによるアミロイドイメージングを実施し,陽性者を対象としているが,認知機能正常高齢者におけるアミロイドイメージング陽性者の割合を考慮すると,侵襲・コストの両面で,同様の治験を多数並行して,あるいは繰り返し実施するのは容易なことではない。API(Alzheimer's Prevention Initiative)の優性遺伝性ADの変異キャリア,あるいはApoE4ホモ例を対象とした治験,前述のDIANの延長であるDIAN-TU(trial unit)などでは,慎重な遺伝カウンセリングを含むスキームの構築が求められる。また,治験のエンドポイントを「認知症発症」に置くのではなく,アミロイドイメージングや脳脊髄液バイオマーカーの所見の変化をその代替とすることにより観察期間の短縮を図ることも考えられるが,それが可能かどうかを判断するには,ADNIなどのこれまでに積み重ねてきた厳密な観察研究のさらなる継続が必要である。
 【秋山治彦:アルツハイマー病根本治療薬の開発. BRAIN and NERVE vol.68 463-472 2016】
私の感想
 孤発性ADを標的とするA4治験についてはアピタルにおいても記述しました。以下に再掲致します。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第93回『アルツハイマー病の治療薬 期待される根本治療薬』(2013年3月28日公開)
 Preclinical ADに関しては、現時点では臨床現場での超早期診断を念頭に置いて提唱されているわけではなく、あくまでも臨床治験などの研究で用いることが前提となっています。
 期待された多くの根本治療薬は、臨床試験において実薬群とプラセボ群との間に有意差が認められず治験が不成功に終わっています。根本治療薬の治験が成功しないことの要因として、「多くの研究者が心の中で思っていることの一つは、根本治療薬の投与時期が遅すぎるのではないか」(荒井啓行:序文─先制医療と認知症予防の展望─. 日本臨牀 Vol.69 Suppl8 1-6 2011)という点です。
 初期ADであっても、アミロイドの蓄積と広範な神経細胞死が既に生じており、その段階で根本治療薬を投与しても遅いのではないかという考えに立って、「Preclinical AD」という概念が導入されてきたわけです。
 東京都健康長寿医療センター研究所附属診療所の石井賢二医師は、Preclinical ADの研究を通して、アルツハイマー病の根本的な克服に向けた発症予防・遅延研究が進んでいくという大きな意義を認めつつも、臨床症状が認められなくとも病気(Preclinical AD)に組み入れることの問題点について言及しております(石井賢二:アミロイドイメージングの現状と有用性. 神経内科 Vol.77 597-605 2012)。
 「まず第一に、preclinical ADという言葉が独り歩きすることの倫理的問題である。健常者におけるアミロイド陽性所見が発症のリスクとしての正確な評価が得られていないにもかかわらず、発症が運命づけられているかのように誤解されることは、新しい診断技術が普及する過程で起こりうることである。また、この検査結果が社会的『差別』を生む可能性も指摘されている。保険料が高くなったり、社会的地位から排除されたりする可能性がないとはいえない。リスクとしての評価が定まり、なんらかの発症遅延法が確立されるまでは、みだりに『検診』として用いるべきではないし、結果の開示や取り扱いについても十分な配慮が必要である。
 第二点として、この診断基準のストーリーに乗らない症例を見出して検索することも、病態理解や治療法の開発の上で、重要な意味を持つと考えられる。すなわち、アミロイド陽性所見があっても、神経変性のプロセスが始まらないあるいはきわめて緩徐にしか進行しない例が存在することはすでにある程度知られている。このような症例は、おそらくアミロイド抵抗性の因子を持っていると考えられる。このような抵抗因子の検索も治療予防法の開発に結びつく可能性がある。」
 このような背景もあって、米国核医学分子イメージング学会(SNMMI)と米国アルツハイマー病協会は2013年1月28日、アルツハイマー病の診断技術として注目されているPET(ポジトロン断層法)アミロイドイメージングに関する初めての適正使用指針を発表し(First guidelines published for brain amyloid imaging in Alzheimer's)、米国アルツハイマー協会発行のAlzheimer's & Dementia誌(http://www.alz.org/news_and_events_60578.asp)、The Journal of Nuclear Medicine誌(http://interactive.snm.org/index.cfm?PageID=12318)に掲載しました。
 今回の指針内容を簡単にご紹介しましょう。
 PETアミロイドイメージングはアルツハイマー病の診断に有益な手法となると指摘しつつも、PETアミロイドイメージング実施の前に、必ず医師による認知機能の検査を実施することが重要であることを強調しました。
 その上で、適切な候補者の条件を3つ示しました。
1 説明の付かない記憶機能の問題がある人。記憶、認知機能の標準的テストで障害が認められる人。
2 テストでアルツハイマー病を疑われる人で、診察では典型的なアルツハイマー病に該当しない人。
3 進行性の認知機能の低下がある65歳未満の人
 また、検査の意義のないケースも2つ示しました。
1 患者が65歳以上で標準的なテストによりアルツハイマー病であると明確であるケース(追加的な価値が乏しいため)。
2 無症状の人で、認知機能の訴えがあるが臨床的には障害を認められない人。
 さらに、実施が不適切と考えられる条件として、「認知症の重症度判定、家族歴や危険因子があるだけでの検査、遺伝子検査の代替としての実施、非医学的な理由(保険や法的、雇用)では実施すべきではない」と報告しております。
 最初に述べましたように、「Preclinical ADに関しては、現時点では臨床現場での超早期診断を念頭に置いて提唱されているわけではなく、あくまでも臨床治験などの研究で用いることが前提」となっていることをしっかりと肝に銘じて下さいね。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第94回『アルツハイマー病の治療薬 アルツハイマー病が発症する前に診断される状態がある』(2013年3月29日公開)
 ではいったいアルツハイマー病を発症する何年ほど前に、「Preclinical AD」と診断される可能性があるのでしょうか。
 2012年9月10日発行の日経メディカル2012年9月号特別編集版は、2012年7月にカナダのバンクーバーで開催された国際アルツハイマー病会議(AAIC2012)において、以下のような報告があったと伝えています(友吉由紀子:ここまで分かったアルツハイマー病. 日経メディカル2012年9月号特別編集版 6-10 2012)。
 「Washington UniversityのRandall Bateman氏は、発症年齢が推定できる家族性AD患者のデータを分析し、発症に至るまでの脳病理の変化を時系列で示した。脳内アミロイドベータ(Aβ)の蓄積がPETで確認できるのは発症15年前からである。脳脊髄液Aβ42は、発症の約25年前、非キャリア群に比べて高値を示していたキャリア群の脳脊髄液Aβ42が減少し始め、発症10年前には非キャリア群よりも有意に低値となっている。今回の結果をそのまま遅発性のADに当てはめることはできないが、Aβ蓄積がPETで検出される時期よりももっと早く、約25年前には脳脊髄液を用いて病気の進行をキャッチできる可能性も出てきたわけだ。」(一部改変)

 アセチルコリンは、AD患者の脳内で低下している神経伝達物質の一つです。アセチルコリンエステラーゼとは、アセチルコリンを分解する酵素です。アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)は、アセチルコリンエステラーゼの働きを阻害するため、結果として、脳内のアセチルコリンが分解されにくくなります。それにより脳が活性化していくのです。ADの治療には、このアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(AChEI)が主として用いられています。しかし、これは対症療法であり、病気の進行を根本的に食い止める根治療法ではありません。
 アセチルコリンの作用については、クリスティーン・ブライデンさんが著書のなかで分かりやすく解説しておりますので以下にご紹介しましょう(一部改変)。
 「アセチルコリンは脳内の化学伝達物質で、ニューロンの働きを活性化し、ニューロン間の伝達を促すものだ。基本的に脳の中のアセチルコリンが多いほど、受信状態はよくなる。アルツハイマー病などの認知症ではアセチルコリンが不足しがちになるため、脳の働きが遅くなり、頭の中は『霧の中』にいるような感じになる。」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p15)
 クリスティーンさんは、1995年に46歳の若さでアルツハイマー病と診断され、1995年10月より当時発売されていたアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(AChEI)であるタクリン(1993年に発売開始となった世界初のアルツハイマー病治療薬:肝機能障害の副作用が強く、日本では臨床治験が実施されていません)の服薬を始めました。クリスティーンさんは、その効果について「それから数か月すると、私の頭は霧が晴れたようになり、診断によるトラウマとなんとか向き合う余裕が出てきた」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p113)と述べています。
 その後、クリスティーンさんは、1998年に前頭側頭型認知症と再診断されております。
 なお、国立病院機構菊池病院の室伏君士名誉院長は、「アルツハイマー病の老化の脳変性過程とは異なる前頭側頭葉変性症へのAChEIの投与については、BPSD(認知症の行動・心理症状)が悪化することも多いと指摘されており留意すべきであろう」(一部改変)と注意を呼びかけています(木村武実:BPSD─症例から学ぶ治療戦略 フジメディカル出版, 大阪, 2012, p3)。

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DIAN(Dominantly Inherited Alzheimer Network)【嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013】:
 「DIANとはdominantly inherited Alzheimer networkの略であり、大意としては優性遺伝性のアルツハイマー病の両親を持つ子どもたちを対象としたネットワークである。すなわち本研究では彼らに発症前段階からネットワークに登録してもらい、種々のバイオマーカーを計測し、発症までの時間とそれらのバイオマーカーを比較検討したものである。その結果、遺伝性アルツハイマー病患者の発症30年前からのバイオマーカーの変化が明らかとなった。現在はそれらのバイオマーカーの変化が孤発性アルツハイマー病の患者の脳内においても同様に起こっているのではないかと推測されている。
 本研究を主導するのはワシントン大学のモリス教授であり、米国国内で7つの施設のほか、英国、オーストラリア、ドイツの施設を加え、合計12の研究機関が参加している。
 このネットワークの対象となる患者は、優性遺伝性の家族性アルツハイマー病を起こす遺伝子変異を持つ親の成人した子どもである(エントリー基準では18歳以上)。参加したときに種々の検査を受け、以後3年ごとに検査を継続して受けてもらうこととなっている。今回発表されたのは2009~2011年に研究参加時に行われる最初の検査を終了した128名の結果である。遺伝子変異の内訳は、PSEN1に変異を有する家系が40家系、PSEN2変異が3家系、APP変異は8家系であった。88名がいずれかの遺伝子変異を有するキャリアであり、40名は遺伝子変異を有さない非キャリアであった。キャリアのうちほぼ半数が無症状であった。
 髄液検査におけるキャリア群の特徴として、タウのレベルは症状が出現すると予想される15年前から増加し始め、一方、Aβ42の濃度は症状が出現すると予想されるときまで経過とともに低下した。しかしAβ42濃度の推移で注目すべきは、当初はむしろ高値を示し、約20年前の時点で見かけ上正常化し、その後さらに低下していることである。この『高値』はAPI研究でも認められている。
 本論文(Bateman RJ, Xiong C, Benzinger TL et al:Clinical and biomarker changes in dominantly inherited Alzheimer's disease. N Engl J Med Vol.367 795-804 2012)の発表後もDIAN研究への登録者は増加し、2012年秋の時点で290人が参加している。そのうち215人は無症候であるという。将来は400例の登録を目標としているという。なお、本論文発表以降、DIAN研究は当初の観察研究から、新たな薬剤介入研究へと進められることが決められた。」(一部改変)

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 「基本的にDIANは観察研究であるが、治験であるDIAN-TTU(またはDIAN-TU)とは連続・融合した活動である。

5.6 DIAN Neuropathology Coreの活動(Dr. Cairns)
 DIAN研究に参加されている被験者が亡くなったときの剖検検索を担当する。現在までに、12例の剖検が行われている。12例の中で、アルツハイマー病の病理所見に加え、レビー小体病理を合併する症例が少なくない。興味深いことに、それらの症例において生前、パーキンソン徴候は認められていないことが多い。剖検はADNIと同じプロトコールで行われる。DIAN研究の参加登録者(被験者)のうち85%の方から剖検の生前同意が得られており、病理検索の重要性についても十分認識されていることがうかがえる。」(森 啓、東海林幹夫、池田将樹、池内 健、岩坪 威、嶋田裕之:Dominantly Inherited Alzheimer's Network(DIAN)研究について. Dementia Japan Vol.28 116-126 2014)

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 アミロイドベータ(Aβ)の採血検査が実用化するのでしょうか?
 今まで報告されているのは髄液検査の有用性なのですが…・

アルツハイマー、血液一滴で診断 愛知の研究チーム開発(2014年1月22日付朝日新聞・社会面)
 http://apital.asahi.com/article/news/2014012200002.html

P.S.
血液バイオマーカー
 「ここまで主として、髄液バイオマーカーについて述べてきたが、血液バイオマーカーは髄液よりも非侵襲的で簡便であるという利点がある。しかし、血液中の種々の分子がどの程度直接的にAD脳の病理変化と関連があるのかがほとんどわかっていないために、ADの血液バイオマーカーの探索は主に髄液での有用性が報告されているAβあるいはtau関連バイオマーカーを血液中で検討することから始まっている。しかし、血漿中のバイオマーカーに関しては報告によって結果に矛盾点があり、いまだ確定的なものとはいいがたい。」(徳田隆彦:アルツハイマー病の新診断基準とバイオマーカー. 内科 Vol.109 834-839 2012)

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 2014年1月19日に放送されましたNHKスペシャル「アルツハイマー病をくい止めろ!」(http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0119/)におきましては、DIAN(ダイアン)研究の詳細も紹介されましたね。
 アミロイドβの沈着は、アルツハイマー病発症の25年も前!(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/AD25Y.jpg)であることも分かりやすく紹介されました。
 そして番組においては、アルツハイマー病予防として「運動」の重要性が強調されました。非常に興味深い番組でした。

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 「米国オクラホマ州グローブ。湖に面した人口約6600人の町で暮らすブレント・ホイットニーさん(34)は2011年、32歳で家族性アルツハイマー病の遺伝子検査を受けた。検査結果は『陽性』。電話口でそう告げられ、職場の外で泣き崩れた。
 病因となる遺伝子を持つ人は、親が認知症になった時期とはぼ同じ年齢で発症するとされている。ブレントさんの祖母が発症後、亡くなったのは55歳。父は48歳で発症、55歳で亡くなった。そこから数えれば、症状が出るまでに自分に残された時間はほぼ15年……。ブレントさんには自分の血をひく13歳の息子と11歳の娘がいる。『残された時間で家族のために何かできるのか、そればかり考えるようになりました』
 …(中略)…
 ブレントさんの叔父、ダグラス・ホイットニーさん(63)は当時10歳だった。皆、なぜ親戚の多くが若くして脳の病気になるのか分からなかった。この時は、誰かがいなくなってしまう前に全員で写真を撮ろうとした気がする」と振り返る。この後多くの人が発症、再び全員で集まることはなかった。
 重い運命も影響して疎遠になりつつあった親族は、家族性アルツハイマー病に焦点をあてたDIAN研究のことを伝え合い、再び連絡を取り始めている。
 ブレントさんに研究参加を呼び掛けたのもダグラスさんだ。13年夏には、数十人の親族で集まる予定だという。
 こうした家族の協力について、DIAN研究を統括するワシントン大のジョン・モリス教授(65)は『DIANに参加する極めてまれな家族たちが、研究者にとって非常に力強い存在となっている』と強調する。「アルツハイマーは複雑な病気だ。研究を始めて30年間、何度も落胆を味わってきたが、今最もやりがいがある時期を迎えている』と力を込めた。」(読売新聞「認知症」取材班:認知症 明日へのヒント─800万人時代を共に生きる 中央公論新社, 東京, 2014, pp42-46)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第95回『アルツハイマー病の治療薬 アルツハイマー病根本治療薬の姿』(2013年3月30日公開)
 アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(AChEI)が対症療法であるのに対して、ADに対する疾患修飾性治療(disease modifying therapy;DMT)は、疾患の病態進行の本質的な過程に作用することにより、神経細胞の変性あるいは神経細胞死を遅延させ、結果的に臨床症状の進行を抑える治療法であり、「根本的治療法」となりうるものです。
 以前は、「根本治療薬」という表現が用いられることが多かったのですが近年では、「疾患修飾薬」(disease-modifying drug)という用語が用いられるようになってきました。
 その理由をファイザー株式会社クリニカルリサーチ統括部神経疾患領域部の藤本陽子部長が以下のように説明しております。
 「根本治療薬と対をなす治療薬として症候改善薬がある。現在、ADの治療薬として承認されている薬剤はいずれも症候改善薬である。症候改善薬は、失われた神経機能を補うことにより認知症の臨床症状を改善させる。一方、根本治療薬は疾患の病態進行を遅延させた結果として臨床症状の進行を抑えるものであり、症候改善薬のように薬剤投与後に臨床症状が改善することは通常は期待できない。根本治療薬という語源から、病気を根本的に治す特効薬がイメージされるため過度な期待をもたれてしまいがちだが、実際は服用開始後に効果を実感することすら難しい。したがって最近では、根本治療薬に代わって疾患修飾薬という用語が汎用される傾向にある」(藤本陽子:現在開発されているアルツハイマー病の根本治療薬について教えて下さい. 治療 Vol.93 1910-1912 2011)。
 先に述べましたように、期待された多くの根本治療薬(疾患修飾薬)は、臨床試験において実薬群とプラセボ群との間に有意差が認められず治験が不成功に終わっています。根本治療薬の治験が成功しない要因として、「多くの研究者が心の中で思っていることの一つは、根本治療薬の投与時期が遅すぎるのではないか」(荒井啓行:序文─先制医療と認知症予防の展望─. 日本臨牀 Vol.69 Suppl8 1-6 2011)という指摘もされていましたね。
 治験の不成功が続くなか、やっと見えてきた一筋の光明について筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学の朝田隆教授が報告しております。以下に抜粋してご紹介しましょう(一部改変)。
 「米国の製薬メーカーEli Lilly社から、Aβ抗体であるソラネズマブを用い、軽度から中等度AD患者を対象とした2つの二重盲検プラセボ対照第Ⅲ相試験EXPEDITIONの結果が発表された(https://investor.lilly.com/releasedetail.cfm?releaseid=711933)。それによると、認知機能と日常生活機能といういずれの主要評価項目においても効果を認めなかった。
 しかし、両方の治験に参加した対象をプールしたデータに基づいてなされた2次解析では、軽度から中等度AD患者全体の認知機能低下について、統計学的に有意な防御効果を認めた。さらに軽度のAD(MMSEで20~26点と定義)患者のサブグループにおける2次解析でも、やはり有意な認知機能への効果(34%の進行抑制)が認められたが、中等度のAD患者では認められなかった。
 なおEli Lilly社から、2012年12月にプレスリリースが発表された。その内容は米国、カナダ、欧州規制当局との協議の結果、新たな第Ⅲ相追加試験を実施することを決定したというものである。より早期のADを対象に、ソラネズマブの有効性を確認する治験が世界規模でなされるものと予想される。」(朝田 隆:臨床医学の展望2013─神経病学. 日本医事新報No.4636 80-85 2013)
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 2013年11月8日~10日に松本市において開催されます第32回日本認知症学会学術集会のプログラム・抄録集が2013年10月12日に郵送されてきました。
 その中に「ソラネズマブ」に関する演題がありましたので以下にご紹介しましょう(並木千尋、藤越慎治、Eric Siemers et al:抗アミロイドβ抗体Solanezumabの臨床試験結果─日本人被験者での結果─ Dementia Japan Vol.27 518 2013)。
【目的】
 solanezumab(SLZ)はアルツハイマー型認知症(AD)の治療薬として開発中のヒト化抗Aβモノクローナル抗体である。軽度から中等度のAD患者を対象に2つの大規模国際共同第3相プラセボ対照二重盲検比較試験EXPEDITION1、2試験を実施し、日本人被験者の副次解析をしたので、その結果を報告する。
【方法】
 両試験は、軽度から中等度のAD患者を対象に計16か国で実施した。診断にはNINCDS/ADRDA criteriaを用い、MMSE16~26点の患者を対象とした。被験者はSolanezumab400mg又はプラセボのいずれかに割り付けられ4週間に1回、18カ月の投与を受けた。認知機能症状の評価にはADAS-cog、日常生活機能の評価にはADCS-ADLを用いた。本試験はGCPに基づき患者への倫理面での配慮は十分に行った。
【成績】
 両試験には合計2,042例(軽度1,322例)の被験者が無作為に割り付けられ、日本人被験者は181例(軽度126例)であった。両試験において認知機能及び日常生活機能に関する主要評価項目は達成できなかったが、事前に規定した副次解析である両試験の併合解析では、全被験者及び軽度の被験者においてプラセボ群に比べ統計学的に有意な認知機能低下の進行抑制が示された。日本人集団でも全体集団と概ね同様の結果が得られた。安全性は良好であった。
【結論】
 EXPEDITION1、2試験における有効性及び安全性データについて日本人部分集団の結果を示し、全体集団の結果と比較する。

P.S.(講演内容より)
 EXP1は北南米と日本、EXP2はEUと日本を含めたアジアを主な対象に、国際共同第3相プラセボ対照二重盲検比較試験として、計16カ国で行われました。
 副次解析においてMMSEが20~26点と軽度のAD患者では、SLZ群で有意な認知機能の低下抑制効果が認められました(P=0.008)。
 なお、今回の試験で主要評価項目を達成できなかったことから、臨床症状に加え、アミロイドPETにより脳内にAβの集積が確認できた軽度AD患者に対象を限定した、新たな国際共同第3相試験が開始されました。

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 「Solanezumab(ソラネズマブ)はAβの中央部分に相当する第13~28番残基にエピトープを有し、Aβオリゴマ一に親和性が高い。2つの大きなphaseⅢ試験(EXPEDITION1/2)では合計2,000名以上の軽度~中等度AD患者を対象としたが、いずれも主要エンドポイントを満たせなかった。しかし、軽度AD群の併合データでの副次解析では偽薬群と比べてわずかながら有意な認知機能低下抑制が示唆され、軽度AD群を対象とした再度のphaseⅢ試験が計画されている。投与群では11C-PiB-PETでのAβ蓄積、MRIでの全脳や海馬の萎縮、CSF中のリン酸化tauなどのバイオマーカーに有意な変化はなかったが、血漿Aβ増加を認めた。有害事象としてARIA(amyloid-related imaging abnormalities)は観察されなかったが、1%程度に狭心症を認めた。」(宮川統爾、岩坪 威、富田泰輔:アルツハイマー病に対する根本治療薬. 医学のあゆみ Vol.247 493-497 2013)

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アルツハイマー病治療薬候補のsolanezumabとbapineuzumab、いずれも第Ⅲ相試験で臨床的な有効性を示されず【Medical Tribune Vol.47, No.6 3 2014.2.6】

 アルツハイマー病(AD)治療薬候補のアミロイドβに対するヒト化モノクローナル抗体薬であるsolanezumabとbapineuzumabの第Ⅲ相試験の結果がそれぞれN Engl J Med(2014年1月23日オンライン版)に同時に掲載された。いずれも軽症~中等症のAD患者を対象とした試験であったが、認知機能などの主要評価項目の有意な改善は認められなかった。

~Solanezumab第Ⅲ相試験~ 認知機能とADL改善せず
有意差ないが、軽症ADへのベネフィットを示唆
 Solanezumabの試験結果を報告したのは、米・Baylor College of MedicineのRachelle S. Doody氏ら。同薬の有効性はEXPEDITIONlおよびEXPEDITION2の2件のプラセボ対照ランダム化比較試験で検討された。しかし、主要評価項目である認知機能と日常生活動作(ADL)の改善は達成できなかった。
 EXPEDITION2で軽症AD患者に限定して解析した結果も、solanezumab群とプラセボ群におけるADAS-cog14の変化量の差は-1.7点(95%CI:-3.5~0.1点、P=0.06)、中等症AD患者では-1.5点(同:-4.1~1.1点、P=0.26)で、有意ではなかった。安全性については、両試験の統合データを解析した結果、アミロイド関連の異常画像所見発生率は、浮腫がsolanezumab群で0.9%、プラセボ群で0.4%(P=0.27)であった他、出血がsolanezumab群で4.9%、プラセボ群で5.6%(P=0.49)であった。

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 アルツハイマー病(AD)治療薬候補のsolanezumabの第Ⅲ相試験の結果がN Engl J Med(2014年1月23日オンライン版)に掲載されました(http://www.nejm.jp/abstract/vol370.p311)。


ソラネズマブはアルツハイマー病治験薬となるのか、専用の診断薬でのフェーズⅢが開始に
 https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20130718/169662/
 米Dow Jones社は2013年7月16日、米Eli Lilly社が開発を進めるアルツハイマー病の治験薬候補のソラネズマブの臨床試験の患者組み入れ基準を変更したと報じた。Eli Lilly社は2012年8月、ソラネズマブの日本を含む国際共同フェーズⅢの結果、主要評価項目を達成できなかったことを公表している。このことから、新たな臨床試験では組み入れの患者を選別して、成功確率を高めることが狙いとみられる。

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Solanezumab
 Solanezumabの治験もphaseⅢの結果プライマリーエンドポイントではプラセボとの間に臨床効果の有意差は見られなかったが、ADAS-cog14を用いた軽症例の二次解析ではMMSEの変化に有意差が見られ、実薬群の経過が有意に良かった。しかし、プラセボ群が80週後にMMSEのスコアが2.8低下したのに対し実薬群では2.1でありその差はわずかである。バイオマーカーでは実薬群で血漿free Aβ40の有意な増加、髄液free Aβ40の有意な減少、total Aβ40,total Aβ42の有意な増加が実薬群で見られた。本抗体は軽症例に限ったことではあるが、Aβを標的とする治療の有効性を示した初めての例であり、アミロイドを標的とする治療の妥当性を支持している。
【田平 武:アルツハイマー病に対する免疫療法の展望. 臨牀と研究 Vol.91 929-934】

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 「Solanezumabは,終了した2つの大規模な治験(EXPEDITION1および2)の結果から軽度AD(MMSEが20~26点)に対象を絞って治験(EXPEDITION3,NCTO1900665,18カ月投与,2,100例)を再開している。」(中村 祐:認知症は完治できるのか?―現在の治療薬の限界. 実験 治療 No.712 56-61 2014)

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第228回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─予防的治療薬を与える大規模な研究』(2013年8月15日公開)
 アルツハイマー病の原因遺伝子を保有するキャリアに対して、未発症の段階から早期介入または予防的治療薬投与を試みる大規模な研究が進められており、東北大学加齢医学研究所老年医学分野の荒井啓行教授がその概略について言及しております(岩坪 威、荒井啓行、井原康夫:座談会─アルツハイマー病. Current Therapy Vol.30 360-368 2012)。その概要と今後の展望についてご紹介し本稿を閉じたいと思います。
 「Alzheimer's Prevention Initiative(API)による臨床研究は、南米のコロンビアにあるアンティオキアという町を舞台にした介入研究の計画です。そこに、あるファウンダー(創始者)から発したと思われるPS-1遺伝子変異の非常に大きな家系があります。その家系の現存者1,235名のうち、480名がミューテーション(変異)をもちながら、まだ発症していないキャリアであり、ミューテーション陽性者の平均発症年齢は48歳であることがわかっています。このキャリアの方を対象に、おそらく20代、30代あたりから、疾患修飾薬による治療を脳脊髄液のAβやアミロイドPETなどのバイオマーカーを用いて追跡しながら行うのです。つまり、アミロイドの蓄積を一度リセットし、アミロイドの全くない脳に戻したときに、はたして発症年齢をどれだけ遅らせることができるかを検討する壮大な研究計画です。」(一部改変)
 筑波大学臨床医学系精神医学の朝田隆教授はこの研究について、「Alzheimer's Prevention Initiativeによる臨床研究では、ADを早期に発症する希少な遺伝子変異をもつ大家族で、Genentech社による治療薬crenezumabの効果が試されています。ここでは300名の未発症に人において、従来は避けられなかった認知機能低下に歯止めをかけられるか否か、また発症を遅くすることができるか否かが、5年間の追跡調査により調べられます(Miller G:Alzheimer's research. Stopping Alzheimer's before it starts. Science Vol.337 790-792 2012)。」(朝田 隆:アルツハイマー病の発症予防法の開発. からだの科学通巻278号 161-165 2013)と述べております。
 そして、APIの他にも、DIAN(Dominantly Inherited Alzheimer Network)、A4(Anti-Amyloid Treatment in Asymptomatic AD Trial)といった研究組織が有望な検討を模索しております(http://211.144.68.84:9998/91keshi/Public/File/41/337-6096/pdf/790.full.pdf)。
 DIANは、既知3タイプのAD原因遺伝子によって生じる早発性ADを研究するために2008年に設立された組織です。
 なお、A4の研究対象は、70歳以上でPETによるアミロイドイメージングにて陽性であるが認知機能は正常な人(preclinical AD)であり、Aβを減少させることにより後続する神経細胞死へと至る流れに歯止めをかけられるか否かを検証することを主目的としており、DIANとは異なり、遺伝性ではない弧発性のアルツハイマー病の病理進行に注目して治療介入を目指すものです
 なお、A4研究(http://www.alzforum.org/new/detail.asp?id=3379)におきましては、シリーズ第189回『アルツハイマー病を治す薬への道─アルツハイマー病は3型糖尿病』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013070500006.html)のコメント欄およびシリーズ第95回『アルツハイマー病の治療薬─アルツハイマー病根本治療薬の姿』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013032900005.html)においてご紹介しましたsolanezumab(ソラネズマブ)の効果が試されます。

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 「米国は、『2025年までに効果的な予防と治療法の開発を達成する』と国家的に取り組むことを明確に打ち出した。NIA(National Institute for Aging)が主導して、ADGCとADNIが受け皿となってADSP(Alzheimer's Disease Sequencing Project=https://www.niagads.org/adsp)が進行している。家族性AD100家系以上を対象とした全ゲノムシークエンス並びにAD5,000人とその対照群5,000人の全エクソーム解析が、2013年3月に開始され2015年12月に終了する。これらのプロジェクトは、研究成果を共有して効率的な解析を推進すること基本としている。日本も先導的にこれらの国際共同研究に早く参加しなければ、またしても後手にまわり、単に日本人のデータを提供する隷属研究に陥るであろう。」(桑野良三、月江珠緒:アルツハイマー病診断における遺伝子・バイオマーカーの意義. Dementia Japan Vol.27 334-343 2013)

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A4研究:
 「抗アミロイド抗体による加療により、3年後にバイオマーカーにどのような変化が生じるかを検討するのがA4研究である。すなわち上流にあるアミロイド蓄積を抗体療法によって減らすことにより、下流にある神経細胞死や認知機能低下を予防できないか検討する試験である。」(嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013)

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 「APIは、南米コロンビアに住む地域住民に多く認められるPSEN1遺伝子にE280A変異を有する早発型家族性アルツハイマー病(early onset familial Alzheimer disease;EOFAD)患者を対象にAβ抗体であるcrenezumabによる抗体療法の効果を検証する試験である。
 本家系は25年以上前にコロンビアのアンティオキア大学のLoperaらにより発見されたもので、現在5,000人以上が北コロンビアの山岳地帯に住んでいる。本家系の症状の特徴は早発であるということを除けば、記憶障害で発症することなど、全体的な症状は孤発性のアルツハイマー病とよく似ている。平均発症年齢は47歳である。本家系の多くのキャリアは30代前半で、他に症状がなくても記憶障害を捉えることができるという。本研究では認知機能検査で異常がないと確認された30歳以上のキャリアが試験にリクルートされる。本家系では30歳以上のキャリアなら、既に脳内にはアミロイドの沈着が認められる。
 昨年末、本家系の中で未発症である18~26歳の20人においてDIAN研究と同様のバイオマーカーの比較研究を行った結果が発表された(文献20, 21)。その結果、髄液のAβ42はDIAN研究(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013032800005.html)と同様に、遺伝子変異を有するキャリアにおいて当初有意な上昇が認められた。頭部MRIでは既に頭頂部および頭頂側頭部の灰白質に萎縮が認められ、fMRIでは海馬の活性化と両側の後部帯状回の非活性化が認められた(文献20)。
 また、同時に発表されたアミロイドPET研究では、20~56歳を対象として、遺伝子変異を有するキャリア11人(認知症4人、MCI7人)、未発症キャリア19人、非キャリア20人のアミロイド蓄積量を比較している。その結果、非キャリア群に比べ、未発症キャリア群は有意に蓄積量が多いことが認められた。さらに、3群のデータから、アミロイド蓄積量が発症前から経年的に増加し、プラトーに達した後MCI、認知症へと進行していくことが示された(文献21)。」(嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013)

参考文献:
20)Reiman EM,Quiroz YT,Fleisher AS et al:Brain imaging and fluid biomarker analysis in young aduls at genetic risk for autosomal dominant Alzheimer's disease in the presenilin 1 E280A kindred: a case-control study. Lancet Neurol Vol.11 1048-1056 2012
21)Fleisher AS,Chen K,Quiroz YT et al:Florbetapir PET analysis of amyloid-beta deposition in the presenilin 1 E280A autosomal dominant Alzheimer's disease kindred: a cross-sectional study. Lancet Neurol Vol.11 1057-1065 2012

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 DIAN(Dominantly Inherited Alzheimer Network)研究の詳細について記述した論文(嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013)をシリーズ第94回『アルツハイマー病の治療薬 アルツハイマー病が発症する前に診断される状態がある』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013032800005.html)のコメント欄において紹介しておりますのでご参照下さい。
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 「遺伝的な要因で発症する『家族性アルツハイマー病』の人たちが国内にどれだけいるか、実態調査を厚生労働省の研究チームが2013年11月から始める。結果をもとにまだ症状のない家族性の人に薬を使って発症を防ぐ試みにつなげたい考えだ。」(http://apital.asahi.com/article/news/2013110700017.html

認知症の遺伝子検査 [アルツハイマー病]

認知症の遺伝子検査

 若年認知症の方より時折、「遺伝子検査」を受けた方が良いかどうかを質問されることがあります。
 アピタルでそれに関して言及しておりますので以下にご紹介致します。
 結論から言いますと、「家族性と判明しても治療法がない」(朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第225回)ということになります。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第222回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─90歳まで生きたら2人に1人』(2013年8月9日公開)
 メールで送信されてくる質問に、以下のような相談内容が時折あります。
 「母が70代でアルツハイマー病を発症しました。自分もなるのでは…と心配です。物忘れが少しあります。早めに検査を受ける方が良いのでしょうか?」(40代女性)

 早めに検査する方がよいのかどうかについてお話する前に、まずは認知症の有病率について考えてみましょう。
 筑波大学附属病院・副病院長で筑波大学大学院人間総合科学研究科病態制御医学専攻神経病態医学分野(臨床医学系神経内科)の玉岡晃教授は、「本邦における65歳以上の高齢者における認知症の有病率は3.8~11.0%と報告されている」(玉岡 晃:認知症疾患ガイドライン─最新の現状─ Geriat Med Vol.49 749-754 2011)と述べています。
 この報告にもありますように、ごく最近まで「認知症の有病率(65歳以上)は、4~8%」(認知症テキストブック 中外医学社, 東京, 2008, pp12-13)と考えられてきました。
 しかし、2013年6月1日付朝日新聞1面トップニュースにおいて、最新の認知症高齢者推計値が発表されました。
 65歳以上の高齢者のうち認知症の人は推計15%であり、85歳以上では4割を超えることが報告されております。高齢化社会の加速により、認知症の発症率は年々増加しているのが現状です。
 認知症の最大のリスクは、「加齢」です。超高齢社会においては、認知症は「ありふれた疾患」の一つになっているのが現状なのです。

 エスポアール出雲クリニック(島根県)の高橋幸男院長は、認知症高齢者の方には以下のようなお話をしているそうです(一部改変)。
 「はじめに、『年をとったらもの忘れが多くなる』という一般的な話を筆者自身の体験談を交えてひとしきりする。そして『認知症は、年をとったら誰でもなり得る病気』と話す。認知症になった有名人(故レーガン元大統領など)の話をしながら、『高齢社会になって認知症になる人は多い』。実際に、『90歳まで生きたら2人に1人』とか『100歳で70%以上』などと伝える」。同伴した家族にも『あなたも明日はわが身』と話す。こうした認識は、昔は皆が持っていた共通感覚であり、認知症高齢者に安堵感を生み出す。認知症の告知でもあるが、それまで、表情を硬くし物忘れや認知症を否定しようとしていた高齢者も多少表情が和んでくる。」(高橋幸男:認知症をいかに本人と家族に伝えるか. 治療 Vol.89 2994-3000 2007)
 「90歳まで生きたら2人に1人」という記述を読まれて有病率の高さに驚かれた方も多いのではないでしょうか。
 不安を煽らないように少なめの数字を採択することも時と場合によっては必要かも知れません。しかし、認知症に対する「対策」をより一層推進するために、多めの数字も隠さずに周知徹底していくことも大切なことだと思います。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第223回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─「ありふれた疾患」であり「明日はわが身」』(2013年8月10日公開)
 鳥取大学医学部脳神経医科学講座脳神経内科学分野の中島健二教授は、「わが国の65歳以上の方の認知症の有病率は、人口の急速な高齢化に伴い年々増加しており、1990年代後半から2000年代にかけ8%を上回る報告がなされ、最近では10%を超える報告もあります。有病率が上昇した背景には、人口の高齢化のほか、認知症に対する一般の注目度が高まり、早期に医療機関を受診する方が増加したことなども一因と考えられます。」と指摘しております(中島健二 他:座談会─高齢者のアルツハイマー型認知症治療における課題と展望. Geriat Med Vol.49 815-824 2011)。
 実は、2009~2010年度に認知症の有病率等に関する調査が小自治体中心に実施されております(朝田 隆:認知症の実態把握に向けた総合的研究. 厚生労働科学研究費補助金[長寿科学総合研究事業]総合研究報告書、2011)。2011年8月に発行されましたメディカル朝日(Medical ASAHI 2011 August 19-20)は、このデータを以下のように紹介しております(一部改変)。
 「筑波大学臨床医学系精神医学の朝田隆教授らは、最近全国7カ所(宮城県栗原市、茨城県利根町、愛知県大府市、島根県海士町、大分県杵築市、佐賀県伊万里市黒川町、新潟県上越市)で、65歳以上住民を対象として晩発性認知症の疫学を調査した。訪問調査員と専門医による診察を基本としてMRIによる撮像を実施する3次調査も行うことで高い精度の診断と評価を目指した。…(中略)…2008年の日本の人口に準拠して推定された65歳以上の住民における認知症有病率は12.4~19.6%(平均で14.4%)であった。…(中略)…認知症有病率は65~69歳以降、5歳刻みにほぼ倍増し、85~89歳では3人に1人の割合になっていくことが分かった。」
 前述のデータにおいては、95~99歳の認知症有病率は77.7%となっております。認知症はまさに「ありふれた疾患」であり「明日はわが身」と捉え、認知症介護者の気持ちに共感しながら対応を模索していくことが喫緊の課題なのです。調査においては、100~104歳の認知症有病率に関しては報告されておりませんでしたので直接朝田隆教授にお伺いしたところ、朝田隆教授の印象としては、「100~104歳の認知症有病率は少ないだろう」とのご意見でした。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第224回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─百寿者の脳は元気!』(2013年8月11日公開)
 David Snowdon(米国の神経病理学者)の著書『100歳の美しい脳』(デヴィッド・スノウドン著, 藤井留美訳, DHC, 2004)には有名なナンスタディの詳細が記載されており、そのp276には「アルツハイマー病は年齢とともに増加し、頂点(95歳?)に達したあとで減少に転じる」という記載があります。
 すなわち、95歳頃まで認知症の発症を予防することができれば、認知症に打ち勝てるのではないかとも考えられているのです。
 実際に百寿者の脳病理所見においては、アルツハイマー病変はさほど多くないことも報告されているのです。
 「筆者の勤務する高齢者専門病院(浴風会病院)で、1984年以降に病理解剖させていただいた方がたのうち、百寿者32名(男性2名、女性30名、平均年齢101.5歳)の脳を調査しました。その結果、アルツハイマー病の可能性が高い(ブラーク・ステージ5以上)と判定されたのは7例(21.9%)、境界域(ステージ3~4)が21例(65.6%)、正常加齢範囲内(ステージ2以下)が4例(12.5%)でした。全体的な傾向として、記憶と関連する部位(海馬およびその周辺)にはアルツハイマー病に匹敵する多量のNFTが認められますが、前頭葉など高度の認知機能を司る部位には少量にとどまっていました。100歳に達しても、もの忘れを生じる程度の変化は現れるものの、典型的なアルツハイマー病と診断できるほどの病変は容易には生じないという印象でした。アルツハイマー病はあくまでも病的な状態であって、生理的な老化過程の延長とは一線を画していると考えたほうがよさそうです。」(伊藤嘉憲:100歳以上になれば、ほとんどの人はアルツハイマー病になりますか? からだの科学通巻278号 46 2013)

 NFTについても説明しておきます。シリーズ第181回『アルツハイマー病を治す薬への道 神経原線維変化をターゲットすれば?』において、「多くの神経病理学者が以前から主張するように、アミロイド蓄積のみでは認知機能は正常である。これは、アミロイドポジトロン断層撮影(PET)の導入により、Alzheimer Disease Neuroimaging Initiative(ADNI)でも実証された。正常高齢者の30~50%がすでにアミロイドPET陽性である! ヒトでは認知機能低下は、アミロイド蓄積(老人斑)ではなく、神経細胞脱落の程度および神経原線維変化の密度と相関する。アミロイド→神経原線維変化の因果関係は存在するが、その連鎖は強くなく緩やかである、ということなのであろう。ということは、認知機能低下に直接的な原因である、神経原線維変化形成のみをターゲットとした治療法がありうるということでもある(井原康夫:アルツハイマー病における未解決の問題点. 最新医学 Vol.66・9月増刊号 2079-2085 2011)」という内容の論文をご紹介しましたね。ここで登場した「神経原線維変化」がneurofibrillary tangle(NFT)なのです。

 アルツハイマー病は、高齢になればなるほど認知症全体に占める割合が増加します。デンマークのオーデンス大学の調査では、80~84歳に発症する認知症の約90%がアルツハイマー病でした。
 ですから、両親のどちらかがアルツハイマー病であるというケースは決して稀ではないのです。
 さて、このシリーズの冒頭でご紹介した40代女性の方は、アルツハイマー病の遺伝を心配してメールを送ってこられたようです。

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 神経原線維変化がなぜ起きるのかは解明されていませんが、いくつかわかっていることがあります。
 まず、神経原線維変化の前段階である悪いタウタンパク質は、嗅内野の手前の青斑核という部分に最初に溜まるということです。3歳児の脳の青斑核にも悪いタウタンパク質は見つかっており、20歳くらいの人でも半数には見られるといいます。
 嗅内野に神経原線維変化が生じても、まだ認知機能は正常に保たれています。しかし海馬から大脳辺縁系へと神経原線維変化が広がって、それぞれの部位に障害が生じると、日々の出来事の前後関係がわからなくなったり、海馬に一時的に保存した記憶を引き出すことができなくなったりします。
 さらに神経原線維変化が大脳新皮質へと広がれば、情報を分析・判断したり、長期記憶を保存したりする部分にも障害が生じます。ここまで進んだ方は、明確にアルツハイマー病と診断される段階にあると言えます。
 「嗅内野というところに神経原線維変化が生じるとボケる」と早合点した方もいらっしやるかもしれません。
 しかし、神経原線維変化というのは誰にでも現れるものであり、嗅内野にできることは、正常な老化だと言えます。
 加齢に伴う神経原線維変化の広がりについてドイツの解剖学者であるブラーク博士らが3508人を対象にして調べた結果では、嗅内野に神経原線維変化が生じる「ブラークステージⅠ、Ⅱ」の段階には、30代前半で約2割、60代前半なら約6割、75歳では約7割の人が達していることがわかります。なお、神経原線維変化がさらに広がってボケを発症する段階にある「ブラークステージⅢ、Ⅵ」の人は75歳で約2割いますから、両方を合わせると、75歳では9割の人の嗅内野に神経原線維変化があるということです。
【髙島明彦:淋しい人はボケる─認知症になる心理と習慣 幻冬舎, 東京, 2014, pp68-72】


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第225回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─家族性と判明しても治療法がない』(2013年8月12日公開)
 家族性のアルツハイマー病って多いのでしょうか?

 64歳までに発症するものを初老期認知症と呼んでいます。そして遺伝子変異が原因となって発症する浸透率の高い家族性アルツハイマー病(遺伝性アルツハイマー病)は、基本的にはすべて早発型(60歳ないし65歳以前に発症)です(認知症テキストブック 中外医学社, 東京, 2008, p234)。
 では家族性アルツハイマー病の頻度はどの程度なのでしょうか。
 アルツハイマー病の約95%は老年期(65歳以降)に発症しており、初老期発症のアルツハイマー病は、人口10万人あたり20人程度です。そして初老期発症のアルツハイマー病のうちの約10%が家族性アルツハイマー病です。
 すなわち家族性アルツハイマー病は、アルツハイマー病全体の約5%程度である初老期発症アルツハイマー病の約10%に過ぎないわけですから、極めて稀な疾患と考えられますね。
 遺伝性の強い家族性アルツハイマー病は、世界中で百数十家系と報告されています(一宮洋介:認知症の臨床─最新治療戦略と症例 メディカル・サイエンス・インターナショナル, 東京, 2013, p23)。家族性アルツハイマー病の代表は、「プレセニリン1(presenilin 1;PS1)」という遺伝子変異によるもので、多くは30~50歳代で発症します。
 もう理解して頂けたとは思いますが、相談メールを送ってこられた女性のお母さんがアルツハイマー病を発症したのは70歳代です。初老期発症ではありませんので、家族性アルツハイマー病ということは基本的には考えられないわけですね。

 ではもし親のアルツハイマー病発症年齢が30~50歳代であった場合には、遺伝子検査を受けた方が良いのでしょうか?  アルツハイマー病の遺伝子検査を希望される方に対しては、十分なカウンセリングが必要です。そして、以下のような説明がなされ十分に理解してもらうことが不可欠です。 1 アルツハイマー病の大半は、家族性ではなく弧発性に発症すること 2 アルツハイマー病の原因遺伝子が、すべて解析されたわけではないこと 3 家族性であることが判明しても、今のところ治療法がないこと

 きちんと説明すれば、アルツハイマー病の遺伝子検査を希望される方は概ね皆無なのですが、調べたいという意思に揺らぎがないのでしたら、信州大学医学部附属病院など「遺伝性神経疾患に対する遺伝子診断と遺伝カウンセリング」に応じている医療機関もありますのでお問い合わせ下さい(http://wwwhp.md.shinshu-u.ac.jp/patient/calendar_saishin.php)。
 繰り返しますが、上記3の「家族性であることが判明しても、今のところ治療法がないこと」という点は十分にご理解下さいね。

 神戸大学医学部附属病院・認知症疾患医療センターの山本泰司講師(精神科神経科)がアルツハイマー病の遺伝子診断に関して記述しているサイト(http://www.senshiniryo.net/column_a/23/index.html)におきましては、遺伝子診断の検査の対象に関して以下のように記載されています。
 「検査の対象となるのは、問診や認知機能検査、脳の画像診断などからアルツハイマー病と診断され、しかも発症年齢が若く、両親・兄弟や叔父・叔母など3親等以内に複数の患者が認められるケースとなります。」

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 「家族性アルツハイマー病が、アルツハイマー病の原因を解明する上で、最も重要な鍵となることは言うまでもない。家族性アルツハイマー病の課題は多岐にわたる。まず、患者の多くは早期発症型であるため、一家の大黒柱や家事の中心となる人の発病による家庭生活への影響は計り知れず、その困難さは、このような限られた誌面では語り尽くせない。そのうえ遺伝病という拭いようのない重圧と不安、苦しみの深刻さが加わるわけで、この難病を言葉で表すことは不可能である。アルツハイマー病の中でも最も困難な状況である家族性アルツハイマー病に手を差し延べることができれば、アルツハイマー病における医療上の問題を解決するための大きな一歩を踏み出せることになる。家族性アルツハイマー病は、症例数が少ない故に重要性が低いということは決してなく、むしろ家族性アルツハイマー病に正面から取り組むことで、99%以上を占める孤発性アルツハイマー病の対策への真の道が開けてくると言っても過言ではない。
 昨年2012年にThe New England Journal of Medicineに発表されたDIAN研究は早期発症型家族性アルツハイマー病の未発症者を対象とした初めての多施設共同臨床研究である。研究方式としては比較的小規模での横断的研究であるが、各家系の遺伝的背景の均質性で補填することで、同一被験者(群)を長期間解析する縦断的研究の要素を組み入れることに成功した点で画期的な発想を持つ臨床研究である。早期診断、早期治療介入が理想的と考えられている一般的な孤発性アルツハイマー病治療において、発症時期を予測できることは容易ではなく、発症時期を高い確度で推定可能な家族性アルツハイマー病での薬剤介入臨床試験は極めて重要な鍵となる知見を与えてくれることが期待される。DIAN研究によって、発症がまさにスタートするタイミングで治験薬剤を効率よく投与することは、医療費と薬剤身体負荷、そして薬剤有効性のあらゆる面でプラスに作用するばかりではなく、発病を食い止める臨床試験の質の向上にとっても重要である。」(森 啓、東海林幹夫、池田将樹、池内 健、岩坪 威、嶋田裕之:Dominantly Inherited Alzheimer's Network(DIAN)研究について. Dementia Japan Vol.28 116-126 2014)

 DIAN(Dominantly Inherited Alzheimer's Network)研究の詳細について記述した論文(嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013)をシリーズ第94回『アルツハイマー病の治療薬 アルツハイマー病が発症する前に診断される状態がある』のコメント欄において紹介しておりますのでご参照下さい。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第226回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─家族性アルツハイマー病の定義』(2013年8月13日公開)
 ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%84%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%BC%E5%9E%8B%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E7%97%87)を読みますと、「家族性アルツハイマー病では、原因遺伝子としては4種類が知られており、21番染色体のアミロイド前駆体蛋白遺伝子、14番染色体のプレセニリン1遺伝子、1番染色体のプレセニリン2遺伝子、19番染色体のアポリポ蛋白E遺伝子のいずれかが変異を起こすと家族性アルツハイマー病が発症する。」と記載されております。
 しかしながら専門的には、特定の遺伝子変異を持つことによりアルツハイマー病をほぼ100%発病する原因遺伝子によるものを家族性アルツハイマー病と呼んでおり、第21染色体上のアミロイド前駆体タンパク遺伝子(APP)、第14染色体上のプレセニリン1遺伝子(PS1)、第1染色体上のプレセニリン2遺伝子(PS2)の3つが原因遺伝子として知られています(認知症テキストブック 中外医学社, 東京, 2008, p234)。なお、家族性アルツハイマー病(遺伝性アルツハイマー病)は、基本的にはすべて早発型(60歳ないし65歳以前に発症)ですと先程述べておりますが、プレセニリン2遺伝子によるものは若干発症年齢が高いことも知られております(http://www.jfnm.or.jp/nl/news05/news5hp4-10.pdf)。プレセニリン2遺伝子によるものは頻度的には少なく、「Presenilin-1の変異では若年発症アルツハイマー病の30~70%、presenilin-2では5%以下で、APP変異は10~15%」(編集/朝田 隆 著/山田達夫:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか医学書院, 東京, 2011, pp3-4)といわれています。
 シリーズ第81回『アルツハイマー病の予防 DHAが効く人もいるけど、別の問題も』のメモ2において述べましたように、アポリポ蛋白E4(遺伝子型はε4=イプシロン4)は、AD発症の危険性を高める感受性遺伝子であり、アルツハイマー病(AD)最大の危険因子と考えられていましたね。
 少しだけ要点を復習しておきましょうね(山田達夫:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか医学書院, 東京, 2011, pp3-4)。
 「singleε4ではε3/ε3を基準にした場合3.2倍、ε4/ε4では11.6倍発症率が高まるといわれる。しかし、ApoEは遺伝的素因の50%程度を説明しているにすぎず、それ以外の遺伝的危険因子の解析が進行している。」
 50%ではなく、もっと少ないという意見もあります。新潟大学脳研究所附属生命科学リソース研究センター(http://www.bri.niigata-u.ac.jp/~idenshi/)遺伝子機能解析学の桑野良三教授らは、「孤立性ADの遺伝的リスクとしてApoEε4が民族を超えて認められています。しかし、ApoEε4遺伝型で説明できるのは20%程度とされ、残るリスク遺伝子の探索が精力的に行われています。」(温 雅楠、桑野良三:アルツハイマー病と遺伝. からだの科学通巻278号 8 2013)と報告しています。

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 Medical Tribuneの2013年8月15日号(Vol.46 No.33 p2)において、「ADの家族歴ある者で高い無症候性の脳内プラーク蓄積リスク─家族歴ない者と比べリスクが2倍以上」(http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2013/M46330022/)というニュースが伝えられました。極めて重要な報告でありますので、以下に抜粋してご紹介しましょう。
 「デューク大学(ダーラム)精神医学・内科学のP. Murali Doraiswamy教授らは、第1度親族にアルツハイマー病(AD)患者がいると、こうした家族歴がない者と比べADに関連した無症候性の脳内プラーク蓄積リスクが2倍以上高まることが分かったとPLoS One(2013;8:e60747)に発表した。
 家族歴は遅発性ADの危険因子と予測因子であることが既に知られており、第1度親族(父母・兄弟姉妹)にAD患者がいる場合の発症リスクは2~4倍になることが複数の研究で示唆されている。第1度親族間の遺伝子共有は約50%とされている。ADの遺伝因子のうち約50%は、APOE遺伝子型や一般的な遺伝的変異が占めているが、他の遺伝的原因はまだ解明されていない。
 研究責任者のDoraiswamy教授は『今回の研究では、家族歴は陽性だが、それ以外は正常か軽度の物忘れがあるだけの人でも、無症候性のアミロイドプラーク蓄積が起こるかどうかを検討した』と述べている。
 同教授と同大学神経科学部門の研究生であるErika J. Lampert博士らは、バイオマーカーを用いてAD進行の定義を検討している全米研究Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiativeの一環として、さまざまなレベルの認知機能障害患者と認知機能正常者を含む成人257例(55〜89歳)のデータを分析。年齢、性、AD家族歴などのデータを収集した。家族歴陽性は、親か兄弟姉妹のいずれかにAD患者がいる者と定義した。次に、こうした情報を、認知機能評価やAPOE遺伝子型解析、MRIによる海馬容積の測定、脳脊髄液中の3種類の病理学的マーカー〔アミロイドβ(Aβ)42、総タウ蛋白(t-tau)、t-tau/Aβ42比〕などの生物学的検査結果と照合した。
 家族歴のある者では、予想通りADリスクと早期発症リスクの上昇に関連するAPOE遺伝子の発現が亢進していた。さらに、家族歴のある者では、家族歴のない者との生物学的な差が他にも見られたことから、まだ発見されていない遺伝的因子が認知症発症前のAD進行に影響を与えている可能性が示唆された。家族歴陽性の健康人の約半数は、脳脊髄液測定に基づく前臨床的ADの基準を満たしたが、家族歴のない者でこの基準を満たしたのは約20%のみだった。」


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第227回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─危険因子の有無を調べても……』(2013年8月14日公開)
 プレセニリン1(presenilin 1;PS1)といった家族性アルツハイマー病の原因遺伝子ではないものの、危険因子(アポリポ蛋白E4)の有無を調べて欲しいと希望される方は、私の外来にもちょくちょく来られます。
 シリーズ第12回『認知症の診断─もの忘れ検診』において、私が1996年7月9日に国内で初めて開設した「認知症の検診」についてご紹介しましたね(笠間 睦:痴ほう専門ドックの開設. 脳神経 Vol.49 195 1997)。この「痴ほう専門ドック」において実施していた検査項目の1つには、実はアポリポ蛋白E4の採血検査も含まれておりました。
 しかし今は、「アポリポ蛋白E4の保有が分かっても、今のところ治療法がないこと」をきちんと説明し検査は実施しておりません。
 現在においても、アポリポ蛋白Eのフェノタイプ(http://www.sms.co.jp/reference/detail.php?PHPSESSID=1b39391eb0cd02366cc6e6f6ce9868cf&pos=28&s=1532&PHPSESSID=1b39391eb0cd02366cc6e6f6ce9868cf)を調べているいる医療機関は多数あります。しかしながらその目的は、家族性脂質異常症の精査目的(http://www.mh.nagasaki-u.ac.jp/kensa/news/225.pdf)であり、アルツハイマー病の危険因子をチェックする目的で実施されているわけではありません。
 ApoEには主にE2、E3、E4の3つの表現型があり、E2/E2はLDL受容体への結合能が著しく低下しておりⅢ型家族性脂質異常症を呈する可能性があります(蔵野 信、木下 誠:アポリポ蛋白とリポ蛋白分画. medicina Vol.50 978-981 2013)。Ⅲ型家族性脂質異常症については、ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%82%E8%B3%AA%E7%95%B0%E5%B8%B8%E7%97%87)などをご参照下さい。
 日本医学会が2011年2月に発表した「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」(http://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.pdf)においては、「被検者の診断結果が血縁者の健康管理に役立ち、その情報なしには有効な予防や治療に結びつけることができないと考えられる場合には、血縁者等に開示することも考慮される。その際、被検者本人の同意を得たのちに血縁者等に開示することが原則である。例外的に、被検者の同意が得られない状況下であっても血縁者の不利益を防止する観点から血縁者等への結果開示を考慮する場合がありうる。この場合の血縁者等への開示については、担当する医師の単独の判断ではなく、当該医療機関の倫理委員会に諮るなどの対応が必要である。」と規定されており、個人の遺伝情報の開示にあたっては各医療機関の倫理委員会などでの協議も必要となります。
 2013年6月14日号の週刊ポスト(通巻2233号)では、「医療最前線─ここまでわかった・ボケる遺伝子」という特集が組まれましたね。タイトル誘われついつい買ってしまいました。不安を煽るだけではなく、きちんと情報開示のことに踏み込んで記載しておりました。その部分を以下にご紹介しましょう。
 「アポE4とアルツハイマー病の発症リスクの相関関係は強い。そのため、検査結果の告知には、十分な配慮がなされている。多くの病院や検査機関では、検査対象者にその結果を知る重要性をきちんと伝え、同意が得られた場合のみ結果を示す。」(週刊ポスト通巻第2233号, 142-146, 2013)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第228回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─予防的治療薬を与える大規模な研究』(2013年8月15日公開)
 アルツハイマー病の原因遺伝子を保有するキャリアに対して、未発症の段階から早期介入または予防的治療薬投与を試みる大規模な研究が進められており、東北大学加齢医学研究所老年医学分野の荒井啓行教授がその概略について言及しております(岩坪 威、荒井啓行、井原康夫:座談会─アルツハイマー病. Current Therapy Vol.30 360-368 2012)。その概要と今後の展望についてご紹介し本稿を閉じたいと思います。
 「Alzheimer's Prevention Initiative(API)による臨床研究は、南米のコロンビアにあるアンティオキアという町を舞台にした介入研究の計画です。そこに、あるファウンダー(創始者)から発したと思われるPS-1遺伝子変異の非常に大きな家系があります。その家系の現存者1,235名のうち、480名がミューテーション(変異)をもちながら、まだ発症していないキャリアであり、ミューテーション陽性者の平均発症年齢は48歳であることがわかっています。このキャリアの方を対象に、おそらく20代、30代あたりから、疾患修飾薬による治療を脳脊髄液のAβやアミロイドPETなどのバイオマーカーを用いて追跡しながら行うのです。つまり、アミロイドの蓄積を一度リセットし、アミロイドの全くない脳に戻したときに、はたして発症年齢をどれだけ遅らせることができるかを検討する壮大な研究計画です。」(一部改変)
 筑波大学臨床医学系精神医学の朝田隆教授はこの研究について、「Alzheimer's Prevention Initiativeによる臨床研究では、ADを早期に発症する希少な遺伝子変異をもつ大家族で、Genentech社による治療薬crenezumabの効果が試されています。ここでは300名の未発症に人において、従来は避けられなかった認知機能低下に歯止めをかけられるか否か、また発症を遅くすることができるか否かが、5年間の追跡調査により調べられます(Miller G:Alzheimer's research. Stopping Alzheimer's before it starts. Science Vol.337 790-792 2012)。」(朝田 隆:アルツハイマー病の発症予防法の開発. からだの科学通巻278号 161-165 2013)と述べております。
 そして、APIの他にも、DIAN(Dominantly Inherited Alzheimer Network)、A4(Anti-Amyloid Treatment in Asymptomatic AD Trial)といった研究組織が有望な検討を模索しております(http://211.144.68.84:9998/91keshi/Public/File/41/337-6096/pdf/790.full.pdf)。
 DIANは、既知3タイプのAD原因遺伝子によって生じる早発性ADを研究するために2008年に設立された組織です。
 なお、A4の研究対象は、70歳以上でPETによるアミロイドイメージングにて陽性であるが認知機能は正常な人(preclinical AD)であり、Aβを減少させることにより後続する神経細胞死へと至る流れに歯止めをかけられるか否かを検証することを主目的としており、DIANとは異なり、遺伝性ではない弧発性のアルツハイマー病の病理進行に注目して治療介入を目指すものです。
 なお、A4研究(http://www.alzforum.org/new/detail.asp?id=3379)におきましては、シリーズ第189回『アルツハイマー病を治す薬への道─アルツハイマー病は3型糖尿病』のコメント欄およびシリーズ第95回『アルツハイマー病の治療薬─アルツハイマー病根本治療薬の姿』においてご紹介しましたsolanezumab(ソラネズマブ)の効果が試されます。

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 「米国は、『2025年までに効果的な予防と治療法の開発を達成する』と国家的に取り組むことを明確に打ち出した。NIA(National Institute for Aging)が主導して、ADGCとADNIが受け皿となってADSP(Alzheimer's Disease Sequencing Project=https://www.niagads.org/adsp)が進行している。家族性AD100家系以上を対象とした全ゲノムシークエンス並びにAD5,000人とその対照群5,000人の全エクソーム解析が、2013年3月に開始され2015年12月に終了する。これらのプロジェクトは、研究成果を共有して効率的な解析を推進すること基本としている。日本も先導的にこれらの国際共同研究に早く参加しなければ、またしても後手にまわり、単に日本人のデータを提供する隷属研究に陥るであろう。」(桑野良三、月江珠緒:アルツハイマー病診断における遺伝子・バイオマーカーの意義. Dementia Japan Vol.27 334-343 2013)

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A4研究:
 「抗アミロイド抗体による加療により、3年後にバイオマーカーにどのような変化が生じるかを検討するのがA4研究である。すなわち上流にあるアミロイド蓄積を抗体療法によって減らすことにより、下流にある神経細胞死や認知機能低下を予防できないか検討する試験である。」(嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013)

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 「APIは、南米コロンビアに住む地域住民に多く認められるPSEN1遺伝子にE280A変異を有する早発型家族性アルツハイマー病(early onset familial Alzheimer disease;EOFAD)患者を対象にAβ抗体であるcrenezumabによる抗体療法の効果を検証する試験である。
 本家系は25年以上前にコロンビアのアンティオキア大学のLoperaらにより発見されたもので、現在5,000人以上が北コロンビアの山岳地帯に住んでいる。本家系の症状の特徴は早発であるということを除けば、記憶障害で発症することなど、全体的な症状は孤発性のアルツハイマー病とよく似ている。平均発症年齢は47歳である。本家系の多くのキャリアは30代前半で、他に症状がなくても記憶障害を捉えることができるという。本研究では認知機能検査で異常がないと確認された30歳以上のキャリアが試験にリクルートされる。本家系では30歳以上のキャリアなら、既に脳内にはアミロイドの沈着が認められる。
 昨年末、本家系の中で未発症である18~26歳の20人においてDIAN研究と同様のバイオマーカーの比較研究を行った結果が発表された(文献20, 21)。その結果、髄液のAβ42はDIAN研究と同様に、遺伝子変異を有するキャリアにおいて当初有意な上昇が認められた。頭部MRIでは既に頭頂部および頭頂側頭部の灰白質に萎縮が認められ、fMRIでは海馬の活性化と両側の後部帯状回の非活性化が認められた(文献20)。
 また、同時に発表されたアミロイドPET研究では、20~56歳を対象として、遺伝子変異を有するキャリア11人(認知症4人、MCI7人)、未発症キャリア19人、非キャリア20人のアミロイド蓄積量を比較している。その結果、非キャリア群に比べ、未発症キャリア群は有意に蓄積量が多いことが認められた。さらに、3群のデータから、アミロイド蓄積量が発症前から経年的に増加し、プラトーに達した後MCI、認知症へと進行していくことが示された(文献21)。」(嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013)

参考文献:
20)Reiman EM,Quiroz YT,Fleisher AS et al:Brain imaging and fluid biomarker analysis in young aduls at genetic risk for autosomal dominant Alzheimer's disease in the presenilin 1 E280A kindred: a case-control study. Lancet Neurol Vol.11 1048-1056 2012
21)Fleisher AS,Chen K,Quiroz YT et al:Florbetapir PET analysis of amyloid-beta deposition in the presenilin 1 E280A autosomal dominant Alzheimer's disease kindred: a cross-sectional study. Lancet Neurol Vol.11 1057-1065 2012

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 DIAN(Dominantly Inherited Alzheimer Network)研究の詳細について記述した論文(嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013)をシリーズ第94回『アルツハイマー病の治療薬 アルツハイマー病が発症する前に診断される状態がある』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013032800005.html)のコメント欄において紹介しておりますのでご参照下さい。

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 「遺伝的な要因で発症する『家族性アルツハイマー病』の人たちが国内にどれだけいるか、実態調査を厚生労働省の研究チームが2013年11月から始める。結果をもとにまだ症状のない家族性の人に薬を使って発症を防ぐ試みにつなげたい考えだ。」

改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R) [アルツハイマー病]

語り 014
認知症の語り.jpg
 心療内科のある市立病院に行って、MRIとか脳波とかの検査をして、若年性アルツハイマーだと言われました。海馬〔脳の大脳辺縁系の一部〕の萎縮が見られるって。そのときは、「中期ぐらいです」って言われたんですが、私たちも受け止めることができなくって。「うそだろう」というところもあり、若年性アルツハイマー専門の外来があることを友だちから聞いて、そこでセカンドオピニオン的な形で診ていただいたら、「初期」って言われました。
 長谷川式っていう筆記のテストの点数が、テストをしたのは2か月しか違わないのに、結果が全然違っていて、市立病院では16点だったんですが、専門外来では23点だったんですよ。市立病院は先生が外来の患者を診るお部屋の中の、ワサワサした環境の中で、時計とか見せながらやっていたんですけど、専門外来ではちゃんとしたお部屋があって、こぎれいでゆっくりした環境の中でやらしてもらえるんです。だからそういう環境の違いで、病院の診断も違うんだなって、すごくわかりました。
 市立病院だと、家族の気持ちを聞く余裕がないんですよ。問診して、お薬をくれるだけでいっぱいいっぱい。専門外来では最初は20分ぐらい話を聞いてくれる。なので、今は2つの病院を使い分けています。
                    介護者03(プロフィール:p.599)
 【認知症の語り─本人と家族による200のエピソード. 健康と病いの語りディペックス・ジャパン, 東京, 2016, pp39-40】

私の感想
 よくあるパターンですね。
 でも、「中期」と言われたり、「初期」と言われたら、戸惑ってしまいますよね。

 アピタルより、関連事項を以下に記載いたします。
 第13回の中で私は「私自身の経験では、初期アルツハイマー病の患者さんで初回のHDS-Rが27点であった方を経験しております。」と述べておりますが、最近では、HDS-R満点の初期アルツハイマー病の方も数多く経験しております。
 ですから、本当の「初期」診断には、改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)では「限界」があることを知っておくべきです。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第13回『認知症の診断─認知機能の検査』(2012年12月27日公開)
 簡便に認知機能や記憶力を測定できる認知機能検査として、日本国内ではMMSE(Mini-Mental State Examination)と改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)が普及しております。
 近年は、HDS-RよりもMMSEが多用される傾向にあります。しかしHDS-Rの方が、1)記憶を重視し、2)被験者の負担が少なく、3)教育歴の影響を受けにくいので、日常臨床ではMMSEよりもHDS-Rの方が有用という意見もあります(山口晴保:認知症の正しい理解と包括的医療・ケアのポイント 協同医書出版社, 東京, 2010, p225)。

 認知機能検査の数値に関しては、今後このブログで何度も紹介する指標になると思いますので、この機会に説明しておきます。
 改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)は、認知症のスクリーニングテストとしてわが国で開発されたもので30点満点です。
 実際にHDS-Rを行ってみましょう。
 その前に、HDS-R実施にあたっての注意事項を、詳しく解説しているサイト(http://ninchisyoucareplus.com/plus/pdf/070421%E5%8A%A0%E8%97%A4%E6%8A%84%E9%8C%B2.pdf)がありますので、このサイトを開いて検査用紙(p13)をプリントアウトして下さい。
 質問は全部で9項目あります。

 1. 年齢(記憶)
 2. 時間の見当識
 3. 場所の見当識
 4. 3単語の即時再生(記銘)
 5. 引き算(計算力と注意力)
 6. 数字の逆唱(記憶と注意力)
 7. 3単語の遅延再生(想起)
 8. 5物品想起
 9. 野菜の名前(言語の流暢性)

 質問1の年齢に関する質問に関しては、2年までの誤差は正解とします。
 実はこの質問だけでも、アルツハイマー病かな?と疑わせるような回答内容があります。それは、例えば「大正13年生まれやから、何歳なのか先生考えたら分かるでしょう」というような回答をした場合です。自分の年齢は忘れてしまっても、生年月日は何度も繰り返し刻み込まれた記憶ですので覚えており、その場を取り繕うため、上記のような返事をするのです。

 さてHDS-Rの結果判定に際して、鍵を握る設問の一つが質問7です。
 質問4で覚えてもらった三つの言葉を、もう一度言ってもらうものです。これは遅延再生(Delayed Recall)の障害をチェックするものです。アルツハイマー病患者さんでは遅延再生が顕著に障害されますので、他の設問に正答してもこの設問だけが回答できないというケースも多く、初期のアルツハイマー病を見逃さないために最も注目すべき項目です。

 質問8の実施にあたっては、事前に相互に関係のない5つの物品を用意し隠しておく必要があります。例えば、以下のものをご用意下さい。
 時計 歯ブラシ スプーン 鍵 鉛筆

 質問9は、「知っている野菜の名前をできるだけ多く言って下さい。」という設問です。いくつ言えましたか? 採点上の注意点として、野菜の名前が重複した場合は、採点に加えません。途中で詰り約10秒待っても出ない場合はそこでテストは終了します。採点は5個までは0点で、以後6個=1点、7個=2点、8個=3点、9個=4点、10個=5点となります。この設問は、「言葉の流暢性」をチェックしております。
 前頭葉の機能が低下してくると、野菜の名前がスラスラと出てこなくなります。

 HDS-Rは30点満点であり、20点以下は「認知症の疑い」と判定されます。
 では21点以上獲得できれば認知症の心配はないのでしょうか? 私自身の経験では、初期アルツハイマー病の患者さんで初回のHDS-Rが27点であった方を経験しております。検査の点数には教育歴(学校等で学んだ年数)なども影響しますので、21/20点というラインで杓子定規に判定することはできないのです。
 また逆に、20点以下ならば安易に「認知症の疑い」と判断することも慎む必要があります。八千代病院(愛知県安城市)神経内科部長の川畑信也医師は、「著者が開設している『物忘れ外来』で健常者と診断された161人のHDS-Rの得点分布をみると、30歳代から50歳代までの年齢層では全員が21点以上を獲得しているが、60歳代では10.0%、認知症の好発年齢となる70歳代では16.3%、80歳代では14.3%が20点以下であった。」(一部改変)と報告し(川畑信也:物忘れ外来ハンドブック─アルツハイマー病の診断・治療・介護─ 中外医学社, 東京, 2006, pp70-73)、HDS-Rの結果を解釈する際に留意すべき点であると指摘しています。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第14回『認知症の診断─素人判断は難しい』(2012年12月28日公開)
 素人判断は、難しいわけですね?

 はい! 確かに、素人判断は危険です!!
 ですから、物忘れが気になるおじいちゃん・おばあちゃんに対してテストを実施してみることは構いませんが、あくまでも一つの目安として捉えて下さいね。

 医療機関においては、認知症が疑わしい状況であるならば、認知機能検査を1回きりで終わらせるのではなく、時間を置いて再検査します。
 それは、アルツハイマー病では、HDS-Rが年間2.5点悪化し、MMSEでは病期全期間で年間に2.2点(ただし、軽度~中等度の時期では、年間3.4点)悪化していくことが知られているからです。進行の有無をきちんと確認することは、アルツハイマー病であるかどうか正しく判定する上で欠かせません。

 得点による重症度分類は行わない(http://ninchisyoucareplus.com/plus/pdf/070421%E5%8A%A0%E8%97%A4%E6%8A%84%E9%8C%B2.pdf)ことになっております。しかしながら、各重症度別のHDS-R平均得点の目安も報告されています。
 非認知症: 24.27±3.91
 軽度  : 19.10±5.04
 中等度 : 15.43±3.68
 やや高度: 10.73±5.40
 非常に高度: 4.04±2.62

 大まかな目安として、中等度の認知機能低下(HDS-R≧16点)やや高度の認知機能低下(15≧HDS-R>10点)高度の認知機能低下(10点≧HDS-R)と覚えておいて下さい。
 なお、認知機能検査が何点以下なら「意思能力の欠如」という明確な規定を定めることは困難です。それは、検査の点数には教育歴などが影響しますし、問題となる法律行為(意思表示)の内容によって、必要とされる意思能力は異なるという背景があるからです。

 MMSEは30点満点の認知機能検査で、目安として、9点以下は高度アルツハイマー病、10~19点が中等度アルツハイマー病、20~23点が軽度(初期)アルツハイマー病、24点以上は軽度認知障害(MCI)ないし正常と判定されます。
 すなわち、30点満点を獲得してもMCIと評価される場合もあり得るということになります。

 リバーミード行動記憶検査(日本版/RBMT)は、国際的にも評価の高い記憶障害の判定・診断のための検査です。
 特徴は、単語を覚えるなどの机上のテストではなく、日常生活をシミュレーションして、記憶を使っている場面場面を想定して検査することです。
 RBMTには、標準プロフィール点とスクリーニング点という2つの指標があり、検査の所要時間は約30分です。
 標準プロフィール点(24点満点、22点以上は正常)は、日常生活上の行動の把握や治療効果などを評価できます。数点しか獲得できない場合には新しい情報の学習はかなり困難であり、病棟内では迷子となる危険性があります。訓練スケジュールを記憶しているレベルは、10点以上とされています。
 スクリーニング点(12点満点)は、全般的な記憶機能の指標となります。
 アルツハイマー病の前段階とされる軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)では、標準プロフィール点が15点以下、スクリーニング点が5点以下となることが多いです。
 アルツハイマー病では、標準プロフィール点が5点以下、スクリーニング点が1点以下まで低下してきます。

 私の検討した結果では、HDS-Rが26点辺りまで低下してきますと、RBMTが基準点以下に低下していることが多く、「初期アルツハイマー病」と診断される可能性が出てきます
 認知症が専門ではない医師の場合には、HDS-Rが26点も獲得できればそれだけで「異常なし」と判断してしまい、精密検査を実施しないことも多いですので診断医の力量には留意する必要があります。

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 MMSE(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%88%E6%A4%9C%E6%9F%BB)における3単語(「桜」・「猫」・「電車」)の想起について:
 「直後再生は主に注意課題遅延再生は記憶課題である。」(吉益晴夫:神経心理学的検査. 日本医師会雑誌・生涯教育シリーズ85 神経・精神疾患診療マニュアル Vol.142・特別号(2) S58-59 2013)

J-CATIA [アルツハイマー病]

BPSDへの抗精神病薬開始で死亡率2.5倍【JSPN112】
 世界初・日本発の大規模前向き研究J-CATIAの成績
 【日本精神神経学会2016年6月15日 (水)配信 https://www.m3.com/clinical/news/433047
 
 日本人のアルツハイマー型認知症(AD)患者約1万例を対象に高齢者の認知症周辺症状(BPSD)への抗精神病薬と死亡の影響を検討した、初の前向き観察研究J-CATIAの成績が最近報告された。「1万例を対象とした前向き検討は世界でも初」と話す研究グループの順天堂大学精神医学講座教授の新井平伊氏。千葉県で開催の第112回日本精神神経学会学術集会(JSPN112、2016年6月2-4日)シンポジウムで、同試験の主な結果と実地臨床でのフィードバックを解説した。観察研究のため因果関係は不明だが、同試験では、抗精神病薬を新規投与された群で非投与群に比べ、試験開始から11週以降の死亡リスクが約2.5倍上昇していたなどの成績が示された。

当局が警告を発出も、適応外使用が普及
 BPSDに対する非定型抗精神病薬、あるいは定型抗精神病薬の使用で死亡リスクが高まるとして、FDA(米国食品医薬品局)や厚生労働省が警告や適応外使用に関する注意喚起を発出している。警告の根拠とされているのは、2005年頃から海外で相次いだ複数のランダム化比較試験(RCT)のメタ解析(JAMA 2005; 294: 1934-1943)や後ろ向き観察研究(N Engl J Med 2005; 353: 2335-2341)など。こうした警告以降も抗精神病薬の代替薬が存在しないため、日本でも多くの精神科医や非専門医がBPSDに対し抗精神病薬を使用している現状がある。日本国内で抗精神病薬のBPSDへの適応拡大の是非を検討するためには、日本人での安全性データが不可欠であることからJ-CATIAが実現した。

主な結果(1)抗精神病薬使用群の6割超が半年以上の使用歴
 同試験では国内357の医療機関から、日本人AD患者1万79例を登録(女性69%、平均年齢81歳)。登録時点で抗精神病薬の使用群(4977例)と非使用群(5102例)に分け、ベースラインから10週、24週の死亡率などを比較した。新井氏によると、登録の時点で抗精神病薬の使用歴が6カ月以上の割合が使用群の63.7%を占め、次いで3-6カ月以内が15.5%、1-3カ月以内が13.3%、1カ月以内が7.3%だった。使用薬剤は非定型抗精神病薬ではクエチアピン、リスペリドン、オランザピン、定型抗精神病薬ではチアプリド、スルピリドが上位を占めた。全体解析では使用群、非使用群の試験開始から24週までの平均死亡率は3.4%、3%で有意差はなく、補正後のオッズ比にも差はなかった。抗精神病薬の使用期間ごとの死亡率でも非使用群との有意な差はなかった。

主な結果(2)新規使用群、非使用群の11週以降の死亡率9.4% vs. 1.9%
 一方、新井氏が特筆すべき結果として紹介したのが、同試験登録から新たに抗精神病薬を開始した85例の群における成績。同群において、試験開始から10週時点ではゼロであった死亡率が、11-24週時点には9.4%と非使用群の1.9%に比べ有意に上昇。同期間における死亡の補正後オッズ比も2.53(95%信頼区間1.04-6.14)と有意に上昇していた。死因別の検討では、特に使用群でのみ増加している死因はなく、肺炎や老衰が主だった。
 同試験結果の解釈で注意すべき点として新井氏は(1)画像検査による脳血管性認知症の除外が不十分、(2)多数の施設が参加したものの、対象者選択の施設間バイアスが排除できていない、(3)併用薬の影響が除外できない、(4)BPSDそのものによる死亡リスク上昇の要因が除外できない――の4つを挙げた。

「やむを得ず新規使用の場合も10週間程度に」
 「2005年の各国当局の警告から11年が経過し、医療・介護レベルは向上している。しかし、現時点でもなお、BPSDに対する抗精神病薬の新規投与が日本人においても死亡リスクを高めることが改めて示された」と新井氏。実地臨床へのフィードバックとして「抗精神病薬による死亡リスクには今も十分な配慮が必要で、非薬物療法や抗精神病薬以外の治療を優先すべき」と述べた。特にやむを得ず新規に投与を開始する場合には「10週間ほどの短期間が望ましく、減量・中止を常に考慮すべき」との考えを示した。
 一方、既に6カ月以上抗精神病薬を使用している人については、「同試験登録時に使用群の6割以上が半年以上の使用歴があったことから、この方たちは初期のリスクの時期を超えたサバイバーと解釈できる」と新井氏。新規投与の場合に比べ、安全性は担保されていると考えられるが「それぞれの患者での同薬使用の意味やリスクベネフィットを十分検討のうえ減量すべき」と結論付けた。

私の感想
 遂に「J-CATIA」の結果が出たようです。
 私は今朝、m3.comのサイトから情報を入手しました。著作権の問題がありますので、この情報のご利用には十分に注意して下さい(最小限の引用に留めて下さいね)。拡散はしない方が良いです。近いうちに間違いなく各紙が報道するニュースだと思いますのでそれまでお待ち下さいね。
 ポイントは、「抗精神病薬を新規投与された群で非投与群に比べ、試験開始から11週以降の死亡リスクが約2.5倍上昇していた」の部分です。

 抗精神病薬のなかの非定型抗精神病薬は、副作用が比較的少ないことから認知症診療の現場において比較的よく用いられてきました。
 しかしながら、その使用により死亡率が1.6~1.7倍高くなるとして2005年にFDAが警告を発しております。
 そのような背景もあり、米国ではこの系統の薬剤は脳卒中の発生率が高いとして、アルツハイマー病に対しては禁忌(遠藤英俊:認知症の薬物療法の実際とその効果. 日本医師会雑誌 第141巻・第3号 555-559 2012)となっております。
 今回発表されましたJ-CATIAの結果によりますと、1.6~1.7倍よりも更に高い2.5倍という結果でしたので、今後、非定型抗精神病薬の使用に際してはより慎重な姿勢が求められることになりそうですね。
 以下に、「1.6~1.7倍」を紹介したアピタルの原稿を再掲致します。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第438回『患者の心の中を探る―やはり抗精神薬は慎重に』(2014年3月19日公開)
 安易な抗精神病薬の使用は死亡率を高めるという報告もありますので、慎重な姿勢で薬物療法に臨む必要があります。具体的な数字としては、シリーズ第173回『深刻化する認知症患者の長期入院─抗精神病薬に頼らない認知症ケア』のコメント欄においてご紹介しました「1.6~1.7倍」という数字が有名です。
 しかしながら、2013年6月6日付朝日新聞において報道されましたように、日本老年精神医学会が2012年10月から、65歳以上のアルツハイマー型認知症で、抗精神病薬を使っている5千人と使っていない5千人で、10週後と6カ月後の時点での死亡率・脳血管障害の発生率を調査したところ、10週後においては、死亡率は薬を使っている人は0.88%(使っていない人:1.0%)、脳血管障害発生率は薬を使っている人は0.3%(使っていない人:0.5%)であり、ほぼ変わらなかったという結果でした。調査を実施した新井平伊順天堂大教授は、「最近は、より慎重に抗精神病薬が使われるようになっている。使う場合には、よく理解した専門医のもとで、なるべく短期間で、最小限にする必要がある」と話しております。この「最小限の使用にとどめる」という部分が非常に重要なポイントです。
 なお、認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)に対する薬物療法のガイドラインが2013年7月12日に厚生労働省研究班によってまとめられており、厚生労働省のホームページにおいて『かかりつけ医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン』(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000036k0c-att/2r98520000036k1t.pdf)として公開されております。
 もっと詳しくBPSDに対する対応について学びたい方には、『BPSD初期対応ガイドライン』(服部英幸編集 ライフ・サイエンス, 東京, 2012)がお勧めです。2千円と安価でありながら内容盛り沢山の著書です。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第103回『アルツハイマー病の治療薬 副作用すくなく使いやすいメマンチン』(2013年4月7日公開)
 また、メマンチンは、「認知機能を損なうことなくBPSDに効果を示す」(藤本健一:メマンチン. 日本臨牀 Vol.69 Suppl10 41-46 2011)ことから認知症診療の現場で注目されており、うまく使いこなせばとても有益な薬剤となります。すなわち、日常生活動作(Activities of Daily Living;ADL)を保持しつつアルツハイマー型認知症に伴う行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)に効果が期待できるのです。
 抗精神病薬のなかの非定型抗精神病薬は、副作用が比較的少ないことから認知症診療の現場において比較的よく用いられてきました。しかしながら、その使用により死亡率が1.6~1.7倍高くなるとして2005年にFDAが警告を発しております。そのような背景もあり、米国ではこの系統の薬剤は脳卒中の発生率が高いとして、アルツハイマー病に対しては禁忌となっています(遠藤英俊:認知症の薬物療法の実際とその効果. 日本医師会雑誌 第141巻・第3号 555-559 2012)。
 副作用そしてADL保持という観点から考えると、高齢者のBPSDに対しては、抗精神病薬よりも認知機能の改善効果も期待されるメマンチンの方が望ましいと私は考えています。
 私は、ご家族から一番困っている症状をお聞きし、それが記憶障害という中核症状ではなく、興奮/攻撃性、妄想、易刺激性/情緒不安定といったBPSDであった場合には、メマンチンをアセチルコリンエステラーゼ阻害薬に先行して使用するようにしております。
 独立行政法人国立長寿医療研究センター病院の鳥羽研二院長は、第13回日本認知症ケア学会の特別講演J(抄録集)において、「介護ニーズでもっとも重要なものは『周辺症状』である。」(鳥羽研二:認知症に対する包括的アプローチ─非薬物療法の重要性─. 日本認知症ケア学会誌 Vol.11 47 2012)と述べています。すなわち、認知症患者さんの在宅介護を継続していくためには、BPSDに対する包括的アプローチが非常に重要な鍵を握るのです。
 メマンチンの主な副作用としては、めまい、便秘、頭痛、傾眠、血圧上昇などであり、副作用は少なく使いやすい薬剤である思われます。
 日中に傾眠傾向が認められる場合には、服薬時間を「夕食後」に変更すると、日中の傾眠という問題が解消する場合もあります。メマンチンのTmax(服薬後最大血中濃度に達する時間)は5~6時間ですので、副作用が出現するのも主に5~6時間後であるということを応用した服薬方法になるわけです。メマンチンの夕食後服薬により、継続中であった睡眠薬の服用が不要となった方も私は複数経験しております。
 私は、2011年6月から2012年4月までにメマンチンを投与した連続23例(年齢:64歳から93歳)において、認知症の中核症状・周辺症状に対するメマンチンの有効性について検討し、第31回日本認知症学会学術集会において発表しました(2012年10月27日、つくば国際会議場)。そして、BPSDに対する高い有効性だけではなく、4例において中核症状の改善が認められたことを論文にて報告しております(笠間 睦:認知症診療におけるメマンチンの位置づけ─自験23例の検討結果. Progress in Medicine Vol.33 311-315 2013)。この論文内容につきましては、また後日改めまして詳しくご紹介したいと思います。

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 「FDAは、高齢の認知症患者における行動障害を対象として、非定型抗精神病薬(オランザピン、アリピプラノール、リスペリドン、クエチアピン)を投与した17件のプラセボ対照比較試験5106例を解析し、非定型抗精神病薬を投与した場合、死亡率がプラセボと比較して1.6~1.7倍高いと結論(FDA Talk paper 2005.)」【平原佐斗司編著:認知症ステージアプローチ入門─早期診断、BPSDの対応から緩和ケアまで 中央法規, 東京, 2013, p236】

認知症早期診断の「3つの意義」 [アルツハイマー病]

認知症早期診断の「3つの意義」

 樋口直美様より「BPSDは、病気だけで起こるのではなく、環境(ストレスをかける不適切な対応・ケアなど)が引き金になるのではないでしょうか? 病気であっても、あたたかい人間関係の中で安心して、役割を持って、笑って生活していてもBPSDが、同じ%で起こると思われるでしょうか? 私は、限りなくゼロに近づくと考えていますが、間違っていますか?」というご質問を受けました。
 私は、「昨日受診された患者さんのご家族が、『家でBPSD(易怒性)がひどくって・・』と話されましたので、私は以下のように返事しました。
 この診察室ではまったくBPSDの様子が確認できませんので、言いにくいことですが、ご自宅での『対応』が大きな要因ではないかと私は思います。」とお返事致しました。
 

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第76回『軽度認知障害 進行がとてもゆっくりなケース』(2013年3月10日公開)
 アルツハイマー病(AD)の経過は、「緩やかな発症と持続的な認知障害の進行」により特徴づけられており、進行が確認されない場合にはアルツハイマー病という診断そのものが疑わしいことになります。
 進行が非常にゆっくりである場合には、神経原線維変化型老年(期)認知症(senile dementia of the neurofibrillary tangle type;SD-NFT)なども念頭に置く必要があります。
 ちょっと難解な用語が並びますが、アルツハイマー病の根本的な治療を理解するためにはどうしても必要な知識になりますのでお付き合い下さいね。
 SD-NFTは、神経原線維変化型認知症の一つの亜型です。神経原線維変化型認知症は、神経原線維変化が病変の主座を占める認知症の総称です。
 SD-NFTは、辺縁系神経原線維変化認知症(limbic neurofibrillary tangle dementia;LNTD)とも呼ばれています。主に後期高齢者に物忘れで発症し、軽度認知障害を経て認知症に至りますが進行がゆっくりで、認知機能障害も比較的軽く、人格レベルも割合保たれるという特徴があります。CT所見では、海馬領域の限局性萎縮が特徴的です。病理所見では、海馬領域に限局した無数の神経原線維変化が見られ、老人斑がほとんどないことでADと区別されます。
 SD-NFTは、すべてのMCIがADに至るわけではないということに関する理解を深めるうえで重要な疾患概念となります。
 ADでは、アミロイドβというタンパク質が脳内に過剰に蓄積することが引き金となって神経細胞死が起き、認知症を発症すると考えられております。PET検査を実施すれば、そのアミロイドβを検出することが可能ですので、アルツハイマー病の超早期診断(発症前も含めて)および鑑別診断という観点からPET診断の重要性が指摘されています。
 SD-NFT、嗜銀顆粒性認知症(argyrophilic grain dementia;AGD)といった疾患は、ADと症状が似かよっており、ADと誤診されているケースが多いのが現状です。症状は非常によく似ていてもADとは発症機序が異なり、アミロイドβは関与しておりません。
 したがって、現在、臨床試験が実施されておりその登場が待ち望まれているアミロイドβをターゲットにした根本的な治療薬は、SD-NFT、AGDといった疾患では効果が期待できないことになります。ですから、新薬の有効性を正しく評価するためにも、より正確な診断が求められる時代に入ってきているのです。
 東京都健康長寿医療センター研究所附属診療所の石井賢二診療所長は、「AGDは、連続剖検例の検討から、高齢者の認知症の背景病理として、ADやDLB(レビー小体型認知症)に次ぐ頻度があることが報告されている。日常診療の中ではADと誤診されることが多い。経過が緩徐で生活機能障害は比較的軽度にとどまることが多いので、ADと鑑別できれば患者や家族にとって有益であると考える。」(石井賢二:認知症の診断─認知症の画像診断. 医薬ジャーナル Vol.48 1973-1977 2012)と述べています。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第77回『軽度認知障害 自分のボケ予防が役に立つケース』(2013年3月11日公開)
 東北大学加齢医学研究所老年医学分野の荒井啓行教授は、第125回日本医学会シンポジウムにおいて、「東北大学老年内科におけるもの忘れ専門外来における経験から、医療機関を受診するMCI患者の約70%は進行性に認知機能が低下し、脳脊髄液タウ値が高く、アルツハイマー病(AD)の前駆段階と思われ、実際MCIからADへの年間転化率は約15%であった(progressive MCI,進行型MCI)。一方、他の30%は認知機能障害に進行がみられず、脳脊髄液タウ値が正常範囲内で、MRIにおいて脳室周囲白質病変が比較的高度であった(stable MCI,非進行型MCI)」と報告しています(荒井啓行:軽度認知機能障害と痴呆症の早期診断. 日本医師会雑誌 第133巻第2号 275 2005)。
 この非進行型MCIとはいったいどういう病態なのでしょうか? 実は、MCIと診断されたものの進行が乏しいケースの中には、辺縁系神経原線維変化認知症(limbic neurofibrillary tangle dementia;LNTD)や海馬硬化性認知症(hippocampal sclerosis dementia;HSD)などの疾患が含まれているのではないかと指摘されています。
 診断技術の進歩とともに、これらの疾患が正確にAD前段階としての軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)から除外されるようになっていけば、MCIの中に占める「非進行型MCI」の割合は、30%よりも減少していくと考えられるわけですね。

 では、MCIと診断されると、進行していく一方なのでしょうか。
 ここで注目したい数字が「リバート率(リバージョン率)」という指標です。
 筑波大学臨床医学系精神医学教授の朝田隆先生は、「一旦はMCIと診断されても後日の評価で知的に正常と判定されることをリバージョンといい、そのような個人をリバーターと言う。…(中略)…従来の報告ではリバート率は14~44%とかなり多い(Manly JJ et al:Frequency and course of mild cognitive impairment in a multiethnic community. Ann Neurol Vol.63 494-506 2008)。とくに地域研究におけるMCI は複合的な集団とされ、この傾向が強い。この問題は今後のMCI研究における重要課題と思われる。」と報告しています(朝田 隆:軽度認知障害. 認知神経科学 Vol.11 252-257 2009)。
 認知症介護研究・研修東京センター研究部長であり浴風会病院診療部長の須貝佑一医師は、浴風会病院の患者さんでリバージョンした方たちから、聞き取り調査を実施したそうです。  その結果、「そうした方たちは皆さん、健康維持やボケ予防のためになんらかの取り組みをしていました。たとえば、ボケ予防のために定年後から英会話や物理学の勉強を始めたとか、体力づくりのために山登りをもう10年も続けているとか、あるいはパソコン教室に通って自分のブログまで開設しましたとか…。」ということが分かったそうです(須貝佑一:朝夕15分 死ぬまでボケない頭をつくる! すばる舎, 東京, 2012, pp32-34)。

 さて皆さん、認知症早期診断の意義って何だと思われますか?
 実は3つの大きな意義があります。
1 早期診断・早期治療により、アルツハイマー病の進行をなるべく遅らせる
2 治療可能な認知症を見逃さない
3 初期のうちに、適切な認知症ケアの方法を指導し、「認知症の行動・心理症状」(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)の発生を未然に防ぐ
 この3点、どれも非常に重要な意義を持っています。中でも3番目のBPSDの予防という目的はあまり知られていない大きな意義ですので、しっかりと啓蒙していくことが必要だと感じています。

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認知症 受診まで9ヵ月半
 「本人が拒否」多く
 民間調査:診断への不安 背景に

 家族に物忘れなどの異変が表れ、認知症を疑いながら、医療機関を受診するまでに平均で9カ月半かかっていることが16日、「認知症の人と家族の会」 (京都市)などのアンケートで分かった。本人が受診を拒否したのが主な理由で、診断を受けることへの不安が背景にあるとみられる。
 認知症にはさまざまな原因があり、患者が最も多いアルツハイマー型認知症は投薬で症状の進行を抑えられる。他にも早期診断で治療可能なものがあり、カウンセリングや医療体制の整備が課題といえそうだ。
 アンケートは、製薬会社の日本イーライリリー(神戸市)が同会と共同で実施。昨年9月に会員に質問票を郵送し、465人が回答した。
 家族が異変に気付いてから、患者本人が受診するまでの期間は「6カ月以上」が46.7%だった。中には「5年以上」(2.8%)、「3年以上、5年未満」(6.7%)など、長期間におよぶケースもあり、全体の平均は9.5カ月だった。
 6カ月以上と答えた人に時間がかかった理由(複数回答)を尋ねると、「本人が病院に行きたがらなかった」が38.7%で最も多かった。「年齢によるものだと思っていた」(33.6%)、「本人に受診を言い出せなかった」(21.2%)が続き、家族が判断に迷ったり、本人を説得できなかったりする実態も浮き彫りになった。
 【2014年9月17日付日本経済新聞・社会 42面】

メマンチンの効果 [アルツハイマー病]

【m3クイズ】
 AD(アルツハイマー病)へのメマンチンで有意な効果が得られる項目は?

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 簡単な問題だと思いますが、意外と正解率が低いな・・。
 メマンチンの効果についてきちんと理解していない医師はまだまだ多いんだな・・。第一三共は啓発活動にもっと力を入れないといけないんでしょうね・・。頑張れ~!

アメリカ国立衛生研究所(NIH)─認知症予防法 味付けが変わる [アルツハイマー病]

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第9回『認知症に4つの危険因子』(2010年11月9日公開)
 第29回日本認知症学会学術集会が、名古屋駅に近い「ウインクあいち」で、2010年11月5日から7日まで開催されました。
 私も、5日と6日の2日間参加しました。

 会長講演(柳澤勝彦先生)においては、認知機能が終生保たれる高齢者の病理学的な特徴が報告されました。
 アルツハイマー病を発症した高学歴の患者さんでは、しばしば高度の病理学的所見が確認される(=病変が高度になるまで、アルツハイマー病を発症しない)ことから、教育によって脳の予備能力を高めておくことが重要性であると述べられました。
 そして、幼児期に脳を鍛えることが、認知症予防に繋がる可能性に関しても、示唆されました。
 
 今回のシンポジウムの目玉の一つが、「EBMに基づいた認知症予防」であり、荒井啓行先生、植木彰先生、朝田隆先生、目黒謙一先生、山田達夫先生がシンポジストとして講演されました。

 体重減少は認知症発症の2~4年前から始まり、進行とともに明らかになる傾向があるそうです。特に、女性ではその傾向が目立つようです。

 今のところ、サプリメントでアルツハイマー病予防に有効なものはないそうです。しかし、地中海式食事(魚、野菜・果物、穀類、線維食品、ワインを中心とした食事)は、アルツハイマー病予防という観点から注目されております。ただし、日本人は欧米人に比して魚の摂取量がはるかに多く、乳製品や肉の摂取量がはるかに少ないため、誤って高齢者に乳製品や肉の摂取を極端に制限しないように指導することが重要であると報告されました。

 ごく最近、アメリカ国立衛生研究所(NIH)から、「認知症予防法」が発表されたことが報告されました。

 下記に、今回発表された「認知症予防法」を列記します。
  1 運動の習慣
  2 果実と野菜の多い健康的な食事
  3 人と付き合う、知的刺激を受ける
  4 2型糖尿病の治療
  5 高血圧症と脂質異常症の治療
  6 適正体重の維持
  7 禁煙

 「精神的不活発」「身体的不活発」「頭部外傷」「歯の喪失」の4つの危険因子が重なると、アルツハイマー病の危険度は、934.5倍となるというデータも紹介されました。

 講演を聴いていまして、疑問に感じた部分がありましたので質問してきました。

質問
 「味付けが変わる」という症状は、家族が気づくアルツハイマー病の初期症状として多々見受けられる症状の一つであり私も注目しています。これは、「調味料の分量の記憶障害」による症状なのか、あるいは「味覚障害」として起きている症状なのか機序は解明されているのでしょうか?
回答
 時間がなかったので講演では触れませんでしたが、ちょうど今それに関する研究を、耳鼻咽喉科と共同で実施している最中です。

ひょっとして認知症? 車を・・ [アルツハイマー病]

ひょっとして認知症? 車を・・

 医師の間で都市伝説のように語られる有名な話があります。
 「専門医は、その専門分野の病気を患って亡くなることが多い。」というものです。
 どう考えたって「都市伝説」としか思えないのですが、実は私は、「認知症」を心配してます。ただでさえアルコール摂取量が多いので、アルコールの脳に及ぼす影響も加わる危険性が高いからです。
 折しも今日、車を和菓子屋の駐車場から出すときに、ちゃんと後方をミラーで見ていたにも関わらず、電柱を支えるために斜めに張ってある支柱のようなものにぶつけてしまい、車の後ろのバンパーが少しへこんでしまいました。
 やっちまった!
 それにしても変だな・・。ちゃんと見ていたはずなのに・・。
 見ていると思っていたのに見えていない?? ひょっとして認知症?
 そう、認知症の初期症状として「視空間機能障害」(従来は「失認」・「失行」と呼ばれていた)がありましたね。
 そのことを、以前私が連載しておりました朝日新聞社アピタルの医療ブログ「ひょっとして認知症?」第140回におきまして亡父の事例紹介という形で語っております。以下にご紹介いたします。
朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第140回『認知症のケア 誤字・脱字の増加からみる心配』(2013年5月14日公開)
 私事になりますが、私の亡父(2010年10月21日永眠・87歳)は、2009年頃より、「水の出しっ放し」「火のつけっ放し」などが目立つようになりました。亡くなる半年程前からは認知機能障害も目立ってきたため、私自身も介護者としての立場を経験することになりました。
 それでも2010年春まではパソコンでインターネットも楽しんでおりました。父は難聴が強く電話での会話のやり取りが困難でしたので、パソコンの電子メールは私と父との重要なコミュニケーション手段でもありました。
 父は薬剤師でしたので医学領域への関心も高く、認知症に関する重要な論文を見つけると、私にメールで連絡してくれることもしばしばでした。2010年5月23日に父と最後に交わした電子メールのタイトルは、「n認知症」です。余分な「n」が入っています。誤字・脱字も増えてきたことを私は気にかけていました。
 しかし初夏に入ってくるとパソコンの操作そのものが怪しくなり、「パソコンに石像(石塔)が積み上げられていく」と訴えることも出てきました。自分自身の操作能力の低下でしたのにパソコンの故障と父は思い込み、私を通してパソコンの修理を頼んできました。そこで私は、パソコンの修理を依頼したふりをしておりました。しかし父は、「修理がなかなか来ない」と言って、お隣の電気店に行き「修理の手紙を出して下さい」と頼みに行ってしまいました。「私への不信感」が芽生え始めていたのでしょうか…。
 お隣の方の機転により手紙は父には内緒でこっそり返却されましたが、父の病状をご近所の方には伝えておりませんでしたので、さぞかしお隣の方は驚かれたことと思います。
 また2010年春、父は車の接触事故を同じ日に2回も起こしました。視空間機能・判断力の低下などが事故という形になって表れてきたのです。運転は危険と判断し、父と相談のうえで、父が17年間愛用したカローラの廃車処分をすることにしました。
 車は、2010年夏の暑い日、父が昼寝をしている最中に持って行かれました。
 昼寝から覚めて、車が無くなっていることに気づいた父は、「車に最後のお別れをしたかったのに!」と非常に残念がっておりました。父も納得して廃車を決めたので、わざわざ昼寝の最中に起こすこともないだろうと軽率に考えてしまったことを私はとっても後悔しました。
 故・小澤勲先生の「老人にとって、物には人生が詰まっているのである。単なる物ではない。」という言葉が重く胸に響いた瞬間でした。

 父の介護の最中、2010年9月28日に『ひょっとして認知症? Part1』の連載をスタートしました。しかし長きに渡って、私は父の認知機能低下について読者の皆さんにお伝えすることができませんでした。
 2010年12月1日の『ひょっとして認知症? Part1』第14回ブログ『叱ってはいけない!』においては以下のようなことも書きました。
 認知症の介護で一番困ることの一つに、患者さんがあることに「こだわり続ける」ということが挙げられると思います。こだわってそこから抜け出せず、周囲が説明し説得したり否定したりすればするほど、逆にこだわり続けるという特徴があり介護者は困り果てます。例えば、こんな介護相談事例がありました。

患者 「パソコンの中に石像が積み重ねられている。あれを取ってくれ!」
介護者 パソコンを起動して、モニタの中に石像がないことを指摘する。
患者 「今は、石像は見えないが、あるんや! 取ってくれ!」
介護者 「見えないものを取りようがないやんか!」と声を荒げてしまう。
患者 「パソコンの会社に、修理依頼の手紙を書いてくれ!」
介護者 「分かった。書くわ…!」

 認知症の妄想に対する介護の基本は、否定や訂正をすると自分の体験が信じてもらえない不安感や怒りにより妄想が悪化し、興奮・混乱を引き起こすことが多いため、「否定もせず肯定もしない態度」で接することです。

 お分かりのように、上記で登場した「介護者」とは、私自身です。当時は、相談が寄せられた事例紹介のような形でブログで紹介しております

Facebookコメント
 エスポアール出雲クリニックの高橋先生が、2013年の老年精神医学雑誌12月号の「巻頭言」で素晴らしいご意見を述べておられますのでご紹介したいと思います。
 高橋幸男先生の主な業績の一つは、シリーズ第148回「認知症のケア─怒っていい」といわれれば怒らなくなる」のFacebookコメントにおいてご紹介しましたね。以下に再掲しましょう。
 2013年5月17日に放送されましたNHKニュースウオッチ9においては、「叱らないケア」の重要性について分かりやすく報道されました。
 番組の中で高橋幸男院長は、以下のようなことを述べておられましたね。
 「認知症の人は、言葉の内容を理解する力が低下しているため、介護者の真剣な表情や口調が認知症の人にとってストレスになる。介護者からの『励まし』は認知症の本人にとっては「叱られている」と受けとめられ、介護者の『愛』が逆に妄想や混乱を生む要因となることがある。」
 この叱らない介護によって、「7割以上で改善がみられた」と番組は締め括っておりました。

【高橋幸男:認知症の人の「寄る辺なさ」に寄り添う精神科医療. 老年精神医学雑誌 Vol.24 1222-1223】
 認知症医療における精神科の役割としては、認知症の行動・心理症状(BPSD)への対応が最も重要であろう。最近は、抗認知症薬の対BPSD効果を謳う報告がにぎやかであるが、精神科らしい対応はどうあればよいのだろうか。
 いうまでもなく、BPSDは身体の不調などを原因とする場合もあるが、多くは認知症の人と周囲の状況との関係性で発生するものである。私たちの経験(著しいBPSDをもつ認知症者を対象とする“重度認知症患者デイケア”を20年間行ってきた)では、BPSDは、家庭では困難が大きくても、デイケアではほとんどの場合問題にならなかった。つまりBPSDの多くは、介護者などの身近な人との間で顕在化しやすい。たとえば認知症の妄想は、ほとんどの場合、家族などの親密な人をめぐって出現する。あるいは興奮し暴力の対象になるのも身近にいる人である。そういう人がデイケアでは別人のように穏やかになるのである。もちろんよい医療・ケアがなされているからでもある(抗認知症薬が登場する前からの経験であり、抗認知症薬の効果ではない)。
 そうであるならば、BPSDへの精神科らしい対応は、認知症の人がどのような思いで暮らしているのか、身近な人など周囲の人との間でどのような事態が起こっているのかなどについて知る必要があるだろう。認知症の人の思いを知ることができれば、BPSDへの対応の道筋がみえてくるはずである。
 そのような思いもあり、筆者は認知症の人の言葉(つぶやきや手記)に注目してきた。記録された多くの言葉から導かれたことは、認知症の経過にはほとんどの事例に共通する社会心理的な特徴があり、BPSDの発現に至る仕組みがあることであった。以下、簡単に述べてみたい。

認知症になりゆく社会心理的経過“からくり”
 ほとんどの認知症の人たちは、中核症状の進行を嘆き、不安や戸惑いを感じている。落ち込み、自信をなくす人も珍しくない。しかし認知症の人たちがそれ以上につらく不安に感じていることは、認知症を病むことによって自分と地域や家庭など、周囲の人たちとの関係性が、認知症になる前とは違った状況になることである。多くの認知症の人は思い悩んでいる。
 実際に、認知症になりゆく過程は、周囲の会話についていけず、友人や家族などの身近な人とのさりげなく温かい会話が減り、一人取り残された感じをもつようになる。友人や近所の人との付き合いがなくなるが、家族のなかにいても孤立感・孤独感が日々募り、気がつくと愛しい家族に囲まれていても寄る辺ない状態になっている。公私とも役割を奪われ、居場所も失いやすい。
 つながりをなくし、寄る辺ない認知症の人を周囲は理解していない。むしろ本人にとってはつらい対応をしてしまう。多くの場合、身近な人は中核症状を黙って受け入れられない。「違うでしょ」「こうするんでしょ」などと励まし・願望を込めて指摘をしてしまう。認知症の人は、BPSD発現よりかなり前からそれらの指摘を「叱られている」と受け止めるが、周囲には「叱っている」意識はない。
 時間が経つにつれて、本人よりも介護している側が苛立ちやすく、多くの介護者は、眉間に皺を寄せて励ます(叱る)ようになる。認知症の人は、寄る辺ない状態で、(怖い顔で)叱られ続けることになるが、しだいに追い込まれて、限界を超えたときにBPSDを示すようになる。BPSDが発現すると家族も戸惑い、叱責してしまい、BPSDはさらに悪化するという悪循環に陥る。結果的に介護者も疲れ果て、うつ状態になることも珍しくない。
 このような社会心理的経過を、私たちは“からくり”と呼んでいるが、認知症の種類や、家族関係の善し悪しを問わず“からくり”にはだれもがはまりやすい。どのようなBPSDにつながりやすいかは、性差、性格、家族関係などを知ることである程度予想もつく。
 BPSDは寄る辺ない認知症の人の叫びであるが、“からくり”を確かめることで、BPSDの成り立ちや症状の意味を理解しやすく、BPSDの対応についての道筋がつき、本人も家族も安心することが多い。
 BPSDを軽くするためにも、本人と家族とともに対処法を話し合う意味は大きい。それは、認知症の人の寄る辺なさを知って、いかに寄り添うかということでもある。身近な人とのつながりを取り戻すために、周囲の人がコミュニケーションを図ることと、励ましの指摘は減らすことが重要なのである。
 認知症は脳の病であるが対人関係の病でもある。BPSDに対する精神科らしい対応は、認知症の精神病理などの研究・実践がもっとなされてもよいと思うのだが、どうだろうか。

アミロイドPETイメージング [アルツハイマー病]

脳ドック.jpg
脳ドックの実際―認知症への対応
3.アミロイドPETイメージング
 アミロイドPETイメージングは,脳アミロイドβ蓄積の検索として有用な手法であり,特にアルツハイマー病の診断あるいは除外に有益である.アルツハイマー型認知症は発症の約20年前から脳内のアミロイドβ蓄積が始まるとされており(図),発症前段階でのアミロイドβ蓄積の有無の評価も可能である.一方,健常高齢者でアミロイドPETが陽性となる率は15~20%程度と推察されるため,本検査の意義としてより重要なのは認知機能障害があった場合アミロイドPETが陰性であればアルツハイマー病は否定的であるという点である.
 本検査で注意すべき点としては,現時点では発症前に蓄積を捉えられたとしてもアルツハイマー型認知症への移行阻止の手立てがないということであり,したがって無症候者への検査施行には慎重になるべきである.本検査に関しては,厚生労働省研究班・日本核医学会・日本認知症学会・日本神経学会が2015年に合同で「アミロイドPETイメージング剤合成装置の適正使用ガイドライン」を発表している(厚生労働省研究班「アミロイドイメージングを用いたアルツハイマー病発症リスク予測法の実用化に関する多施設臨床研究」,日本核医学会,日本認知症学会,日本神経学会,編.アミロイドPETイメージング剤合成装置の適正使用ガイドライン.2015).これによれば,適切な使用例として,「臨床的に認知症があり,その背景病理としてアルツハイマー病の可能性が支持,または除外される(アルツハイマー病の病理診断に相当する密度の老人斑が存在するか否かがわかる)と診療上有益である場合に適応が考慮される」としている.また,本検査の不適切な使用例として,「無症候者に対するアルツハイマー病の発症前診断」,「自覚的な物忘れ等を訴えるが客観的には認知機能障害を認めない場合」等が明記されており,脳ドックでの施行は基本的には望ましくないと考えられる.
 そもそも本検査を実施可能な施設はまだ限られているのが現状であるが,今後の普及が見込まれる.将来的には,発症前のアミロイドβ蓄積段階での有効な治療介入が可能になれば,脳ドックの一環としても有用な検査にはなり得る.
 【土田剛行、岩田 淳:脳ドックの実際―認知症への対応. Clinical Neuroscience Vol.34 432-434 2016】

私の感想
 アミロイドPETの日米の適正使用指針について、以下にまとめておきます。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第93回『アルツハイマー病の治療薬 期待される根本治療薬』(2013年3月28日公開)
 Preclinical ADに関しては、現時点では臨床現場での超早期診断を念頭に置いて提唱されているわけではなく、あくまでも臨床治験などの研究で用いることが前提となっています。
 期待された多くの根本治療薬は、臨床試験において実薬群とプラセボ群との間に有意差が認められず治験が不成功に終わっています。根本治療薬の治験が成功しないことの要因として、「多くの研究者が心の中で思っていることの一つは、根本治療薬の投与時期が遅すぎるのではないか」(荒井啓行:序文─先制医療と認知症予防の展望─. 日本臨牀 Vol.69 Suppl8 1-6 2011)という点です。
 初期ADであっても、アミロイドの蓄積と広範な神経細胞死が既に生じており、その段階で根本治療薬を投与しても遅いのではないかという考えに立って、「Preclinical AD」という概念が導入されてきたわけです。
 東京都健康長寿医療センター研究所附属診療所の石井賢二医師は、Preclinical ADの研究を通して、アルツハイマー病の根本的な克服に向けた発症予防・遅延研究が進んでいくという大きな意義を認めつつも、臨床症状が認められなくとも病気(Preclinical AD)に組み入れることの問題点について言及しております(石井賢二:アミロイドイメージングの現状と有用性. 神経内科 Vol.77 597-605 2012)。
 「まず第一に、preclinical ADという言葉が独り歩きすることの倫理的問題である。健常者におけるアミロイド陽性所見が発症のリスクとしての正確な評価が得られていないにもかかわらず、発症が運命づけられているかのように誤解されることは、新しい診断技術が普及する過程で起こりうることである。また、この検査結果が社会的『差別』を生む可能性も指摘されている。保険料が高くなったり、社会的地位から排除されたりする可能性がないとはいえない。リスクとしての評価が定まり、なんらかの発症遅延法が確立されるまでは、みだりに『検診』として用いるべきではないし、結果の開示や取り扱いについても十分な配慮が必要である。
 第二点として、この診断基準のストーリーに乗らない症例を見出して検索することも、病態理解や治療法の開発の上で、重要な意味を持つと考えられる。すなわち、アミロイド陽性所見があっても、神経変性のプロセスが始まらないあるいはきわめて緩徐にしか進行しない例が存在することはすでにある程度知られている。このような症例は、おそらくアミロイド抵抗性の因子を持っていると考えられる。このような抵抗因子の検索も治療予防法の開発に結びつく可能性がある。」
 このような背景もあって、米国核医学分子イメージング学会(SNMMI)と米国アルツハイマー病協会は2013年1月28日、アルツハイマー病の診断技術として注目されているPET(ポジトロン断層法)アミロイドイメージングに関する初めての適正使用指針を発表し(First guidelines published for brain amyloid imaging in Alzheimer's)、米国アルツハイマー協会発行のAlzheimer's & Dementia誌(http://www.alz.org/news_and_events_60578.asp)、The Journal of Nuclear Medicine誌(http://interactive.snm.org/index.cfm?PageID=12318)に掲載しました。
 今回の指針内容を簡単にご紹介しましょう。
 PETアミロイドイメージングはアルツハイマー病の診断に有益な手法となると指摘しつつも、PETアミロイドイメージング実施の前に、必ず医師による認知機能の検査を実施することが重要であることを強調しました。
 その上で、適切な候補者の条件を3つ示しました。
1 説明の付かない記憶機能の問題がある人。記憶、認知機能の標準的テストで障害が認められる人。
2 テストでアルツハイマー病を疑われる人で、診察では典型的なアルツハイマー病に該当しない人。
3 進行性の認知機能の低下がある65歳未満の人
 また、検査の意義のないケースも2つ示しました。
1 患者が65歳以上で標準的なテストによりアルツハイマー病であると明確であるケース(追加的な価値が乏しいため)。
2 無症状の人で、認知機能の訴えがあるが臨床的には障害を認められない人。
 さらに、実施が不適切と考えられる条件として、「認知症の重症度判定、家族歴や危険因子があるだけでの検査、遺伝子検査の代替としての実施、非医学的な理由(保険や法的、雇用)では実施すべきではない」と報告しております。


<認知症>アミロイドPET 発症前診断に賛否、続く議論
 毎日新聞2014年6月6日(金)10時2分配信
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140606-00000016-mai-soci

 アルツハイマー型認知症の早期診断に向けた取り組みが進んでいる。検査技術の進歩で、発症前に脳内の異変が察知できるようになったが、必ず発症するとは限らず、現在は確実な予防法も根本的治療薬もない。このため、不安をあおる可能性があるなどとして、検査の利用を拡大していくかどうかについては慎重な議論が続いている。検査の実際と注意点をまとめた。

◇ガイドライン作成
 アルツハイマー型認知症は、脳内にたんぱく質の一種のアミロイドベータなどが蓄積して神経細胞が死に、認知機能や生活能力が低下する。こうした脳内の変化は、物忘れなどの症状が表面化する前に始まっている。
 現在の技術でも、脳内のアミロイドベータの蓄積状況を画像で診断することは可能だ。ただし現在、医療現場では研究や治験以外の目的で利用できない。将来、認知症を発症する可能性が高いと分かっても、発症を抑えたり根本的に治療したりする薬がなく、症状の進行を遅らせるなどの対処しかできないためだ。
 こうした現状を踏まえ、医療現場での適切な検査技術の利用に向けた取り組みが始まっている。日本神経学会、日本認知症学会、日本核医学会は合同で、どのような場合に画像診断(アミロイドPET)を実施するのが適当かガイドラインをまとめ、一定の基準を示すとともに、検査の有用性を判断したり、画像を診断したりするための資格要件などを定めた。
 ガイドラインでは、アミロイドPETが有用なケースを(1)アルツハイマー型認知症かそれ以外の疾患か区別が難しい場合の鑑別診断(2)若年性認知症の診断…などとし、既に症状が表面化した人を対象としている。
 一方、フォローアップができない▽被験者や家族が結果を受け止められない…など倫理的問題が解決できない場合や、重度▽診断がはっきりしている▽物忘れなどの症状がない--など検査結果がその後の治療に生かせない人への検査は「不適切」とした。
 とりまとめの座長を務めた、東京都健康長寿医療センター研究所の石井賢二研究部長は「画像は診断の決め手になる」とする一方、「根本治療薬がない中で、早期診断によって生活習慣の改善を図り、治療効果や予後改善が期待できるかは今後の検討課題だ。いたずらに不安をあおったり検査結果が不適切に利用されたりすることにもなりかねず、利用には慎重な判断が必要」と指摘する。

アルツハイマー病研究会 第17回学術シンポジウム 第15回日本認知症学会教育セミナー [アルツハイマー病]

アルツハイマー病研究会 第17回学術シンポジウム(in グランドプリンスホテル新高輪)

 本年度は、熊本地震により九州からの参加予定者が来られなかったものの、1,324名の参加で大盛況でした。

プレナリーセッション1・アルツハイマー病診療のスキルアップを考える-この症例をどう診るか
①会場での参加者を対象としたアンケート調査-認知症初期集中支援チームへの参加について(トータライザーを使用してのアンケート集計結果)【演者:砂川市立病院・福田智子先生】
 すでに参加              :60名
 参加したいと思う           :140名
 依頼があれば考えてみたい       :235名
 参加はできないが専門医として協力したい:146名
 あまり参加したいとは思わない     :61名

 私は、「認知症専門医が、施設基準で認知症初期集中支援チームに参加したくても参加できない場合、サポート医を取得する意義はありますか?」と質問しました。



会場での参加者を対象としたアンケート調査-経過中に病名が変化した場合、伝えますか?(トータライザーを使用してのアンケート集計結果)【演者:東京都健康長寿医療センター・金田大太先生】
 初期診断に病名を追加         :301名
 診断名を変更して説明している     :221名
 診断名、変更なく進行に伴う症状と伝える:140名

 この事例は、アルツハイマー病だと初期診断していたがレビー小体型認知症であったというケースの紹介でした。こうした事例は、結構、「診断が間違っていました」とは言いやすいにも関わらず、「私の初期診断は間違っておりました」と正直に伝える方は221(+301)名という結果でした。
 私もごく最近、「軽度アルツハイマー病だと思っておりましたが進行が認められないので神経原線維変化型老年期認知症(SD-NFT)だと思います。ですから、今まで服薬してきました薬は効果が期待できませんので中止してみます」とお伝えしたことがありました。こうした診断名の変更は言いにくいですよね・・。




プレナリーセッション2「Living Well with dementia」
①認知症の人の視点を重視した生活実態調査と施策への反映方法に関する研究【演者:東京都健康長寿医療センター・粟田主一先生】
 この「Living Well with dementia(認知症と共によき人生を生きる)」という言葉には、「『認知症は我々自身のことである』という思いが込められています」と粟田主一先生はご講演でお話されました。
 粟田先生に「告知問題」でご質問したかったのですが質疑応答時間が設定されておらず非常に残念でした。しかし、懇親会で粟田先生と告知問題でじっくりと語り合うことができました。取りあえずその内容についてはちょっと書きにくい内容ですのでマル秘ということで・・。
 
本年度の研究会で最も注目されるセッションであるプレナリーセッション2「Living Well with dementia・希望を探す」(14:30~15:10)が予定を変更して繁田先生の講演前に開催されました。
 この研究会に当事者の方が参加されるのは初めてのことでありとても注目しておりました。そして、私の期待を裏切らない素晴らしい対談が行われました。

水谷佳子さん vs 竹内 裕様
 竹内 裕様は、自分の言葉で相手に伝えられなくなる「怖さ」を語られました。
 竹内裕様とは、懇親会会場でじっくりと語り合いました。そして、Facebookの友達申請もさせて頂きました。とっても明るい方です。
 竹内さんは、「お顔は覚えていてもお名前は忘れると思いますので、Facebookの友達申請の際には、『23日のアルツハイマー病研究会懇親会でお会いしました』とメッセージをお書き添え下さい」とお話されました。浴びるように飲む私のビールを何度も何度も注いで下さって気配りのできる方だなぁ・・と感じました。
 私のFacebookの顔は愛犬の顔だけど、竹内さん、友達リクエスト応じてくれるかな・・。

水谷佳子さん vs 丹野智文様
Q(水谷佳子さん):
 「認知症と診断された後の絶望は?」
A(丹野智文様):
 「(告知を受けた後)インターネットで調べたら、『若年認知症は進行が早く、2年後に寝たきり、10年後に亡くなる』と書いてあって・・。
 これから子どもを学校に行かせることができるかな・・。自分のことよりも家族のことを心配しました。」
Q(水谷佳子さん):
 「何で笑顔を取り戻せたの?」
A(丹野智文様):
 「家族会に行ったら、2年で寝たきりになってないし・・。書いてあること間違ってるんやなぁ~って思えて・・。
 (自分も)2年経ちましたが寝たきりになってないし・・(=現在、丹野智文様は診断後3年が経過)。
 家族会に行ったら、偏見を持たずに普通に接してくれるので、こうした人間関係が構築されるんだったら、認知症が進行してもいいかなぁ・・と思えるようになりました。

 私も、昨年「大うつ病」で苦しんでいたとき、「家族を食べさせる」ことだけには強いこだわりを持ちました。うつ病で仕事に通常の2~3倍も時間がかかっていたので本当に辛かった! 丹野智文さんの気持ち共感できます。

水谷佳子さん vs 吉田美穂様
Q(水谷佳子さん):
 「生と死について」
A(吉田美穂様):
 「『何も考えずに能天気に毎日楽しく生きていけば良いじゃん』って言ってくれる方が多いのですが、『もっと深いところで悩んでいるんだよ!』って伝えたいです。」

③想いを汲むことから聴くことへ【演者:首都大学東京・繁田雅弘先生】
 「積極的にリハビリなどの治療をする方と、あきらめてリハビリをしない人では、予後(進行のスピード)が違うように感じます。FASTの『軽度』の期間が倍くらいなっているような気がします。」
 「病名告知はしてもしなくてもよい」

 繁田雅弘先生に直接質問したいことはありましたが、質疑応答時間がなく残念でした。
 「病名告知はしてもしなくてもよい」:私も敢えて告知にこだわらなくても、本人の気持ちを引き出せればそれで構わないのでは・・と感じておりましたので、繁田先生のこの言葉には共感する部分があります。


トラックセッション(分科会)
 私はトラックセッション2と3を行き来しました。
トラックセッション2:診断学-検査の限界と留意点を考える


認知症診断における機能画像(PET, SPECT)の限界と留意点【演者:近畿大学・石井一成先生】
 MRIのレビー小体型認知症(DLB)の正診率は、60%以下
 脳血流SPECTのDLB正診率は、60~80%
 「SPECTでDLBが疑われても、もっと感度の高いDATscanやMIBG心筋シンチが陰性で、DLBではないと診断するケースは結構あります。」

アミロイド・タウマーカー(画像・生化学)と病理診断との解離例【演者:東京都健康長寿医療センター・村山繁雄先生】
 タウの沈着がアミロイドβの沈着に先行した高齢者タウオパチーの事例
 複合病理があるとマーカーが有用ではないケースが多々出てきます。

 高齢者タウオパチーについてよくまとまっているサイト
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/49/3/49_281/_pdf

 私は村山繁雄先生に、髄液検査&アミロイドPETの適応に関して、お尋ね致しました。
 村山先生は髄液検査の適応に関して、「後で腰痛が起きるとやっかいですから、腰の曲がっている概ね85歳以上の方には留意する必要があるでしょうね・・」と回答されました。
 なお、「進行がゆっくりだからといってアルツハイマー病ではない!(=SD-NFT etc)と安易に決めつけてはいけない。進行が遅いアルツハイマー病もあります。」とコメントして下さいました。

 この後、「トラックセッション3」に移動しました。
認知症に対する先制医療の現状と展望【演者:東京大学・岩田 淳先生】
 preclinical AD(発症前アルツハイマー病)の診断マーカーは、「アミロイドPET」と「髄液Aβ42」の低下。寝たきりの方では髄液Aβ42が随分と下がっていることがありますので判定には注意を要します。
 stable MCIとconverter MCIがアミロイドPETでおよそ判断できる
 preclinical ADと言っても、鋭敏な認知機能検査を経時的に実施していくと、徐々に低下していく様子が捉えられます。

 私の質問に対して岩田 淳先生は、「我々は『偽陽性』という表現は用いておりません。なお、アミロイドPETの感度を上げていけば、偽陽性は減っていくはずです。」と回答されました。

 なるほど、preclinical ADの病態(進行予測)がアミロイドPETを実施することによりおよそ判断できるわけだ!
 この後、再び「トラックセッション2」に戻り総合討論に参加しました。
※トラックセッション2診断学-総合討論


懇親会
 佐藤先生(三重大学)、木之下先生、水谷佳子さん、竹内裕さん、村山繁雄先生、粟田主一先生(挨拶順)とお話させて頂きました。
 その後、齋藤さんとの飲み会に行きました。
 AM3時に起床しましたので、約3時間かけて今回のアルツハイマー病研究会 第17回学術シンポジウムの学会紀をまとめました。

 今日は、AM10時からPM16時までみっちり勉強会(第15回日本認知症学会教育セミナー)に参加です。



第15回日本認知症学会教育セミナー【2016.4.24 10:00~16:00 in 砂防会館別館】
 90分講演×3演題としっかり勉強してきました。
 気にとまった内容をご紹介致します。

①認知症のイメージング検査の進歩【樋口真人】
 頭部打撲はタウの蓄積因子
 ミクログリアの活性化が過度になると悪玉ミクログリアとなる。
 神経炎症により、タウの蓄積が加速する。TSPO-PETにより神経炎症の状況が画像化できるようになってきた。


②アルツハイマー病の病態研究の進展:先天的因子を中心に【池内 健】
 遺伝性アルツハイマー病:1%未満
 80~89歳の健常高齢者の脳内アミロイド陽性率
  =E4陰性:16.0% vs E4陽性:75.0%
 APOEは現在、インターネットでも調べることが可能。

 映画『アリスのままで』:遺伝性アルツハイマー病の主人公、自分が壊れているのを感じてしまう切なさが描かれた映画だそうです。
 予告編はYuuTubeで閲覧可能です。
 https://www.youtube.com/watch?v=0cu794RqOA4


③認知症診療トピックス:BPSDの包括的治療【数井裕光】
 SINPHONI-2(正常圧水頭症に対するシャント効果を、対照群をおき前向きに検証した初の研究):生活の自立度が1段階改善した患者さんの割合は、早期手術群が65%、3か月待機した手術群は5%であった。
 「認知症ちえのわnet」:さまざまなBPSD対応法の奏功確率が公開されている。
 http://orange.ist.osaka-u.ac.jp/

 SINPHONI-2と認知症ケアについて質問させて頂きました。
 「SINPHONI-2では、長期予後(=1年後)としては、歩行障害以外は早期手術群と3か月待期手術群で大きな差はなくなるが、歩行障害のことを考えると、待期のリミットは(=可逆性という面においては)3か月程度がギリギリですかね」と回答して頂けました。
 認知症ケアの面では、BPSDの話が講演の中でありましたので、難題かな・・とは感じつつ以前から疑問に思っていたことを思い切って質問してみました。
 私の質問内容は、「亡くなられた京都大学の小澤先生が『認知症ケアはやさしさがあればできますよ』と言われているのですが、優しさって指導することが難しいですよね。下手に指導したら個人の人格否定になりかねませんし・・。でも『私が優しくないからケアが上手くいかないのかな・・』って悩んでいる介護者・ケアスタッフもおられますので、何か数井先生の感じるところがありましたらアドバイス頂けますと幸いです。」という難しい質問です。何でも知っている数井先生なら答えてくれるかな・・と期待を込めて質問してみました。
 数井先生は、「時間に余裕がないと優しくなれないから、認知症ちえのわnetなどで基礎を身につけ時間に余裕を持って介護していけばその分優しくなれるのではないでしょうか」と回答して下さいました。数井先生、アドバイスありがとうございました。
 以下に、「やさしさがあればできますよ」の引用元を提示致します。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第374回『その人はどう生きたかをきっかけに─ある日、玄関に便があった』(2014年1月14日公開)
 『とにかく外へ出ない、出たがらない人で、人と会うのもお嫌なんですね。外に出ないのだからデイヘの送り出しは難しい。とりあえずヘルパーさんに入ってもらったのですが、居室は椅子がひっくり返ったりして家具が散乱していることがしょっちゅう。トイレはウォシュレットに手をかけてしまうため、水浸しです。そのAさんのところに通ったうちのヘルパーさんの報告を受けていたらこんな話がありました。
 ある日、玄関に便があった。ヘルパーさんは、Aさんに何も言わないでそれを片づけてきたと言うのです。散乱している家具もそうです。ヘルパーさんはそれを元通りにし、水でびしょびしょのトイレは拭いてくる。そうやって淡々と元通りにしていたら、Aさんがだんだん心を開いてくれるようになったというのです。
 ああ、そうなんだ、これって考えてみるとすごいなと思いました。玄関に便があって、それを誰かに詰問されたら、Aさんは自分ではないと言ったり、動揺したりするでしょう。ですが、ヘルパーさんが何も言わないで静かに片づけ、まるで何事もなかったかのように生活が元通りになったら、Aさんにとっては気持ちのなかでゆれがないわけですよね。それは、認知症の人にとっては気持ちの上でとても楽なのだろうなあと思ったのです』

 当初ヘルパーに対して拒否的な態度だったAさんが、あるヘルパーに対しては心を開いていった。その理由を聞いていて気づいたのが、『気持ちのゆれをつくらない介護』だったという。生活基盤が安定すれば、認知症の人も穏やかに暮らせるのではないか、と伊藤さんは考えた。
 頑なだったAさんの心を開いたのは、一人のヘルパーの配慮あるケアだった。しかしこれは多分にそのヘルパーの資質にもよる。では、訪問介護に入るヘルパー全員が『ゆれをつくらない介護』をするにはどうしたらいいか。伊藤さんはこのとき、『一日が何事もなくふつうに過ぎていけるように支援するという最低限のケア』を考えたという。」(小澤 勲、土本亜理子:物語としての痴呆ケア 三輪書店, 東京, 2004, pp266-268)
 実は、伊藤美知さんが通所施設を開くにあたって相談したのが「れんげの里」施設長である柳誠四郎さんでした。そして、その柳さんの紹介で精神科医の小澤勲さん(故人)のもとを訪れた際に、小澤勲先生は伊藤さんに対して、認知症のケアは「やさしさがあればできますよ」(小澤 勲、土本亜理子:物語としての痴呆ケア 三輪書店, 東京, 2004, p260)と話されております。
 伊藤さんはAさんの事例を通して、「小澤先生が最初におっしゃった『やさしさがあればできますよ』という言葉は、もしかしたら、このことかなと思ったんです。ゆれがないように支援するというのは、すごいやさしさなのではないかな、と。こじつけかもしれませんが、そう思ったのです」(小澤 勲、土本亜理子:物語としての痴呆ケア 三輪書店, 東京, 2004, p268)と語っておられます。
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