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介護休業を利用し、自分で親を介護するのは極力避けるべき [育児休暇 介護休暇]

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語り 141─介護費用がかかるので働かざるをえない 介護と仕事の両立をしないと生活が成り立たない

 働いてるから大変とか、私、ひとつも思ってないですよ。ただ、自分が今、働かざるをえない。家の多額のローンを抱えてます。家内の介護施設を利用さしていただくのに、利用料はかかる、病院代はかかる。そういう形で、やっぱり出るお金のほうが多い。そこへ何もしない私がいれば、いつか生活できない日が来る。だから、働かざるをえない。家内とずっと一緒にいてあげるのがベストであろうけども、働かざるをえない状況で、今、私、介護と仕事の両立に入ってます。
 仕事場の理解を得てるいうのが第一の要因なんですけど、(勤務先で)「こんな人、いらんわ」と言われてしまえば、私は今の会社を辞めざるをえない。たちまち生活はやっぱ厳しい状態になる。
 今でも大変、ちょっと厳しい状況にあるのに、なおかつ厳しい状況に入るので、介護と仕事の両立は、私には自然的に、それをしないとダメな形だったんですよ。だから、私はあえて、介護と仕事の両立が大変やな、とは思ってないです。
                 介護者14(プロフィール:p.602)
 【認知症の語り─本人と家族による200のエピソード. 健康と病いの語りディペックス・ジャパン, 東京, 2016, pp395-396】

私の感想
 仕事を辞めざるを得ないようなケースがあることも承知はしておりますが、やはり仕事は続けた方が望ましいです。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第65回『幼老統合ケア 介護のために離職する人は5年で57万人』(2013年2月26日公開)
 厚生労働省は、認知症患者が住み慣れた環境で暮らし続けられる社会の実現を今後の認知症施策の基本目標として提示しております。
 具体例を挙げれば、「認知症初期集中支援チーム」を地域包括支援センター等に配置し、認知症が疑われる人の家庭を訪問し、生活状況や認知機能等の情報収集や評価を行い適切な診断へと結びつけ、本人・家族への支援を行い、在宅療養が少しでも長く継続できるようにと思案しております。
 しかしながら、介護と仕事の両立は決して簡単なことではありません。2012年10月28日発行週刊ダイヤモンド臨時増刊において、フリーライターの西川敦子さんは「働く人の介護」という原稿を寄せております。抜粋して以下にご紹介します。
 「晩婚化、非婚化が進み、シングルが急増。共働き家庭も増えている。その上、兄弟が少ない、となれば介護負担をもろに背負う確率は男女共に高くなる。
 総務省の『就業構造基本調査』(2007年)によると、介護離職者は2002年10月からの5年間で56万8000人。離職後、無業の状態にある人は40万4000人に上る。『介護失業』は人ごとではない。危機はあなたの足元まで迫っているかもしれないのだ。
 では、ある日突然、親が倒れたら、働く息子や娘はどう対応すべきなのだろうか。
 思い付くのは、会社を長期間休み、介護できる態勢を整えることだが、東京大学大学院情報学環の佐藤博樹教授は『介護休業を利用し、自分で親を介護するのは極力避けるべき』と意外なアドバイスをする。
 1999年に施行された『育児・介護休業法』で定められた介護休業。要介護状態にある家族1人につき通算93日間、仕事を休めることになっている。なお、その間、支給される『介護給付金』は休業前の貸金の40%だ。
 だが、介護の平均期間は55.2カ月間(生命保険文化センター調べ)にも及ぶ。『3カ月間の介護休業を超えて、自ら介護を続けようとすれば、退職しか選択肢がないことになる』(佐藤氏)
 6割減の収入でやりくりした揚げ句、失業。貯金も底を突き、やがて生活保護を受給する─、こんな最悪のシナリオはなんとしても避けたい。
 『だからこそ介護はプロの手に任せるなどし、自らは介護サービスの調整役に徹してほしい』と佐藤氏は言う。
 親が倒れたときは、真っ先に『介護と仕事を両立できる環境づくり』をするべきなのである。」(2012年10月28日発行週刊ダイヤモンド臨時増刊・通巻4454号 pp12-14)
 そもそも、定年後に必要とされる生活資金3,000万円をこの不況の折りに準備できている家庭は稀な存在ではないでしょうか。「貯金も底を突き、やがて生活保護を受給」ということは、近年の日本社会の動向を見ておりますと、いとも簡単に起きてしまうことのように感じられます。
 フィデリティ退職・投資教育研究所が2010年2月に実施した「サラリーマン1万人アンケート」(http://www.fidelity.co.jp/fij/news/pdf/20100413-1.pdf)を見ておりますと、老後難民予備軍の急増が懸念されます。その「サラリーマン1万人アンケート」の結果の一部をご紹介しましょう。
 「現在の公的年金制度では安心できないと考えている人は全体の9割近くいる。それにもかかわらず、老後の生活資金を全く準備していない人が44%もいるのだ。しかも、定年退職後の資産形成を特に何もしていない人が41%に達している。さらに、老後の生活資金準備額が100万円未満(ゼロも含む)の人で、資産形成を特に何もしていない人は84%に上る。」(2012年10月28日発行週刊ダイヤモンド臨時増刊・通巻4454号 pp184-185)
 なお、「定年後に必要とされる生活資金3,000万円」と記載しましたが、この数字は、「サラリーマン1万人アンケート」において、公的年金以外に必要となる退職後の生活資金の総額を聞いたところ、平均で2,989万円であったことに基づく数字です。

NHKスペシャル『私は家族を殺した “介護殺人”当事者たちの告白』 [介護殺人]

「私は家族を殺した “介護殺人”当事者たちの告白」─2
 https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20160703

 やはり「介護殺人」と男性介護者の特徴(=つらいことを決して他人には言わず、苦しくてもぐっとがまんし、自分の胸にしまう傾向)には、何らかの因果関係がありそうな印象を受けてしまいます。
 北村立医師が話されている「1対1というのは、夫婦でも子どもであっても煮詰まりやすい関係にあって、つながりが強いから、看たい気持ちも強いけど、排他的になって孤立しやすい」という言葉や、虐待を「介護殺人」の予兆と捉え、一人の男性介護者にほとんど依存している介護事例においては、予兆を見逃さないように留意する必要があるのかな・・。でも、介護殺人の「予兆」を見逃さないことってかなり困難な課題のように感じます。
 2016年7月3日に放送されましたNHKスペシャル『私は家族を殺した “介護殺人”当事者たちの告白』を13分の動画に編集しました(https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/videos/vb.100004790640447/605501069619576/?type=2&theater)のでご覧下さい。
 
朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第346回『介護と高齢者虐待─介護する息子の虐待が少なくない』(2013年12月17日公開)
 家族形態の多様化などにより、夫や息子など男性が主たる介護者となるケースが増えています。「認知症の人と家族の会」が実施している会員アンケート調査によれば(勝田登志子:認知症の人と家族の実情、そして願い. 月刊保団連 No.1066 24-29 2011)、男性介護者の割合は、1981年には8.2%でしたが、1991年には13.5%、1999年には18.6%、2010年になると31.7%まで増加しております。
 男性介護者が抱える諸問題については、「ひょっとして認知症? Part1─オトコの介護者の苦悩(第403~418回)」などにおいて詳しくお話しましたね。
 そして、シリーズ第269回『高齢者虐待の実像(その1) 多い息子から親への高齢者虐待』においてご紹介しましたように、「『高齢者虐待防止・支援法』の制定に先立って実施された平成十六年『家庭における高齢者虐待に関する調査』報告によると、最も多かったのは息子から親への虐待で、次いで嫁、娘、夫からの虐待であった。『高齢者虐待防止・支援法』施行後の平成十八年度・十九年度の『高齢者虐待防止・支援法』に基づく対応状況等に関する調査結果で最も多かったのは、やはり息子から親への虐待で、次いで夫、娘、嫁からの虐待であった。そして前記、三調査のいずれにおいても、虐待を受けていた高齢者は、圧倒的に女性で、約七割から八割を占める。」(梅崎薫:地域での虐待防止ネットワーク. 現代のエスプリ通巻507号 ぎょうせい発行, 東京, 2009, pp95-105)という現状があります。
 女性介護者は、苦しいこと、しんどいことを友人や知人にぶちまけ、ストレスを発散する傾向にあります。一方、男性介護者は、つらいことを決して他人には言わず、苦しくてもぐっとがまんし、自分の胸にしまう傾向があります。打ち明けてしまえば、わが家の内情がわかってしまう。そして、つつましい介護生活に土足で踏み込まれるような気がする。SOSを発したとしても冷たく突き放されてしまうかもしれない。その恐れが心のどこかにあるから、誰にも打ち明けない(『オトコの介護を生きるあなたへ─男性介護者100万人へのメッセージ』 男性介護者と支援者の全国ネットワーク[編著] クリエイツかもがわ発行, 京都, 2010, pp40-43)傾向があるのです。
 こうした男性介護者の特徴を理解し、さりげなく支えていくことが求められるのです。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第347回『介護と高齢者虐待─壮絶な介護をサポートする』(2013年12月18日公開)
 シリーズ第159回『認知症のケア 向精神薬の使用は慎重に』におきまして、石川県立高松病院副院長の北村立医師が「1対1というのは、夫婦でも子どもであっても煮詰まりやすい関係にあって、つながりが強いから、看たい気持ちも強いけど、排他的になって孤立しやすい」と指摘していることをご紹介しましたね。
 以下にご紹介する居宅介護支援事業所「ほっとからすやまケアサポートセンター」の佐藤智子所長(介護支援専門員・認知症ケア専門士)からの報告も、こうした煮詰まりやすい関係の中で不幸にして生じてしまった虐待事例と言えます。
 多職種が連携し、慎重かつ集中的な粘り強い訪問を展開することにより、次第に虐待が解消されていった貴重な事例報告(佐藤智子:〝抱え込み〟による壮絶介護の末「身体的虐待」に至った事例─ケアマネジャーの立場から. 訪問看護と介護 Vol.18 464-467 2013)を以下にご紹介します。なお虐待が絡む問題であり、個人情報保護には特に留意する必要がありますので、差し障りのない範囲で事実関係に改変を加えてご紹介致します。
【事例】
 患者:80歳代女性でアルツハイマー型認知症と診断されている。2人暮らし(次男と同居)。長男は海外に住んでおり、介護に全く関われない状況である。
 主たる介護者(次男):未婚。母の施設入所を希望しておらず、受診を忌避する傾向がある。
 副介護者(長女):隣町に在住しており介護には協力的である。しかし、主たる介護者への遠慮もあって、積極的には関わりにくい状況がある。
【経過】
 主たる介護者である次男の仕事は極めて多忙であり、平日の昼間は患者は独居状態で過ごしている。
 排泄・食事(食べ物を冷蔵庫から取り出し、自分で温めたりすることは可能)・歩行は自立しているものの入浴には一部介助が必要であり、要介護1と認定されている。
 早朝から夜遅くまで1人でテレビを観たり新聞を読んだりして過ごしており、孤立した生活を送っている。
 デイサービスの導入により比較的穏やかに過ごしていたが、骨折を転機として認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)が悪化し、本人の状態が急速に変化するなかで、主たる介護者と副介護者の関係も悪化してしまい、平日昼間の外来受診に支障を来すようになった。
 デイサービスの際に、患者さんの頬に「青あざ」があることに職員が気づき、ケアマネジャーが自宅訪問したところ、母親の自立を願い何とかトイレで排泄させようと必死になっている介護者の姿とともに、近所まで聞こえるほどの大声で母親を怒鳴っている様子が観察された。
 何とか受診を促して診察を受けた際、打撲痕などの存在より医師が「身体的虐待」と判断し、高齢者虐待防止法に基づき地域包括支援センターへの「通報」を病院から行った。
 その後も受診を忌避するためBPSDへの対応は困難を極め、介護サービス事業所の負担は極めて大きかった。しかし、訪問介護スタッフを中心とした多職種による、慎重かつ集中的な粘り強い訪問により、次男の介護負担が軽減されてからは、本人の身体状態やBPSDも安定化し、虐待行為も次第に消失していった。今では、訪問介護スタッフと笑顔で言葉を交わす次男の姿が見られている。
 高度認知症となっているものの、手厚い訪問看護で褥瘡もなく、穏やかな日々を過ごしている。

 読まれていかがでしたか。個人情報保護の都合上、細部にわたる生々しい紹介はできませんでしたが、壮絶な介護の様子を窺い知ることができましたね。
 虐待を未然に防ぐためにも、BPSDへの対応そしてきめ細やかな家族ケアが重要となることがよくご理解頂けたのではないでしょうか。

あら、まったく大丈夫そうじゃない症候群 [認知症ケア]

「私は家族を殺した “介護殺人”当事者たちの告白」─1
 https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20160703

 24%って何の数字か分かりますか?
 介護の当事者にしか分からない辛さを如実に表す言葉、『あら、まったく大丈夫そうじゃない症候群』を覚えてますか?
 番組の中でもナレーションが流れましたよね。「家族が何人居ても介護者は一人だけです」って・・。
 介護殺人の「予兆」を見逃さないことってかなり困難な課題のように感じます。75%において介護サービスは導入されており、決して孤立していたわけではないと思うのですが・・。
 特養入所基準「要介護3以上」の壁(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160702-00000003-mai-soci)が改めて浮き彫りになりましたね。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第144回『認知症のケア 「あら、まったく大丈夫そうじゃない症候群」』(2013年5月18日公開)
 若年性アルツハイマー病の夫を介護したアメリカ人女性のジョアン・コーニグ・コステさんが書かれた本においては、「介護することに対して周囲の理解が得られない」ことについて言及されています。『あら、まったく大丈夫そうじゃない症候群』と名付けられた状況を以下にご紹介しましょう(ジョアン・コーニグ・コステ:アルツハイマーのための新しいケア─語られなかった言葉を探して 阿保順子監訳 誠信書房, 東京, 2007, pp213-216)。
 「友人や家族といえども、彼らの行動があなたにとって良いことばかりとは限りません。私がよく見かける一つの特徴は、『あら、まったく大丈夫そうじゃない症候群』と名付けた状況です。友人や親戚などは彼らの見たいところだけを見るため、あなたがどれだけ厳しい状況にあるかといったことに関しては理解できないことが多いのです。一人のケアパートナーが、マーガレットという女性について話してくれたことがあります。彼女は、アルツハイマー病を患っている従兄と一時間半ほどの時間を過ごし、帰り際に『彼、元気そうだわね』と言ったそうです。しかし、マーガレットは従兄に話をさせる機会すら与えなかったといいます。彼は確かに『元気そう』に見えました。それは、マーガレットが来る二十分前に、その日の三度目の着替えを済ませておいたからなのです。こうした訪問の最後に、訪問者がケアパートナーを振り返り、基本的な質問をすることがあるでしょう。『いったい、(患者と一緒にいることの)何が大変なの』と。
 こうした状況は、親がアルツハイマー病を患い、成人している子どものうちの一人がケアパートナーとなっている場合によく起こります。忙しいか遠くに住んでいてなかなか会いに来られなかった他の兄弟が、その大変な状況にようやく立ち会わされたとき、彼らは必ずこう言うのです。『こんなに長い間、あなたがどうやって乗り越えてきたのか、想像もできないわ』。そうなれば、彼らはとても役立つ助っ人となるでしょう。先に述べた誤解は、彼らがあなたの立場に立たない限りはどうしようもないのです。アルツハイマー病患者が、親戚と2~3日、一緒に生活をすることもできるでしょう。また親戚の人たちが、あなたが仕事か何かでいない間の面倒をみることもできるでしょう。
 しかし多くの場合、人びとは否定や拒絶することでのみ、アルツハイマー病患者に対処しようとするのです。このような訪問者には、あまり来てもらわないほうが得策です。」(一部改変)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第145回『認知症のケア 介護者を支えるという大切なこと』(2013年5月19日公開)
 飯能老年病センターの黒澤尚(くろさわひさし)名誉院長(日本医科大学名誉教授)は、介護者を支えることの重要性について語っています。一部改変して以下にご紹介しましょう。
 「お嫁さんは苦労しているわりには評価されていない。やって当たり前だと思われている。他の家族から非難の対象となっていることが多い。わかってもらえていない。嫁に行った娘からはたまにそれも数時間しか見ていないのに、簡単に『ぼけていない』と言われる。それどころか介護の仕方が悪いと陰口を言われている。夫も任せたと言って逃げている、などなど。
 そこで、お嫁さんの不満や愚痴を聞くようにする(話しやすいようにする)。不満もあれば、十分介護できていないという罪の意識をもっているお嫁さんもいる。状況に応じて、以下のように話をしている。
 みな精一杯それなりに努力しているのだとその努力を認めてほめる。実際には、お嫁さん、あるいは妻に『これまで、よく頑張りました。これからは少し手を抜きましょう。手を抜くことで申し訳ないと思わなくていいんですよ。私の指示ですから』と告げる。そして、これまでの頑張りに対して、私が『頑張りましたで賞』を差し上げます、と表彰状を渡す真似をする。ここで、同伴の介護者(お嫁さん)の1/3くらいの人は涙。ティッシュを渡しながら、『この診察室ではいくら泣いてもよい。ここから出たらもう泣かないのよ』と約束させる。そして、同伴の夫の様子を見ながら『旦那に“ありがとう”と言ってもらったことがあるか』と同伴の妻に開く。多くは『ない』と答える。『ない』と言われた夫には『ここで“ありがとう”を言ってしまいましょう』と勧める。『ありがとう』が出る人もいる。出ると、お嫁さん(妻)はさらに涙ぐんでしまう。同様に『婆ちゃん、お嫁さんにありがとうでしょ』と勧めると、お婆ちゃんの『いつも世話になって…』でお嫁さんは涙ぐんでしまう。お金や物品ではなく感謝の言葉なのだが、夫からはそれがなかなか出ない。」(黒澤 尚:認知症をめぐる臨床的な諸問題─高度(重度)認知症にも目を向けよう─. 老年精神医学雑誌 Vol.23 1208-1217 2012)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第737回『分かる言葉で伝え、支持する―遠距離、地域に委ねる決意』(2015年1月18日公開)
 最後に、このシリーズのテーマからは少々外れますが、「遠距離介護」の問題について触れたいと思います。
 松本診療所ものわすれクリニックの松本一生院長(元大阪人間科学大学教授)は、遠距離にも関わらずケアがうまく続けられた事例のポイントについて以下のように言及しております(朝田 隆編集:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか 医学書院, 東京, 2011, pp145-146)。
 「まず、遠距離でのケアには人手がかかる。たとえ距離が離れていなくても在宅で認知症の人がケアを受ける際、介護者に過重な負担がかかりすぎないようにするためには、最低でも2.5人の人手を要するものである。まして遠距離であれば、遠くから来る介護者、近くに住む介護者が協力し合わなければケアは行き詰まりやすい。
 しかし、遠距離でしかも本人の近くに住む介護者の人手が全くないような場合にもケアがそれなりにうまく続けられるコツがあった。それは介護者が遠距離にいるという事実を認め、『自分にできることには限界がある』と悟って、足りないぶんを本人の住む地域の支援者に任せることができた場合である。
 筆者がこれまでに支援した遠距離介護のなかには、介護者がニューヨークに移り住んで30年になり、日本にいる父親が80歳でアルツハイマー型認知症になっているというケースもある。その際、介護者である息子は自分の仕事の関係でどうしてもニューヨークを離れることができない事実から目をそらさなかった。父親もこの歳でニューヨークに呼び寄せるわけにはいかない。そこでその息子は、日本の父親が生活している地域で医療、介護保険のサービスをできるだけ活用して、自分ではできないことを見極めて、支援者に委ねる決意を固めたのである。息子は筆者に言った。『こうして遠方にいると、自分にはできることに限りがあると自覚し、家族ほどではないが家族に準じて私が信頼感をもつことができる父親の近くの専門家にお任せすることで心の整理ができました。』
 息子が遠距離をおしてでも自分だけでケアすることは不可能であっただろう。むしろ他人に任せることができて初めて心にゆとりができたのである。このような場合、家族ではないが家族に準じて信頼感をもつことができる支援者をもつことで、その父と息子は拡大家族ネットワークを作りあげたのである。」

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第807回『感情に配慮したケアを─(最終回)診察室ではメモをどうぞ』 [ひょっとして認知症?]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第807回『感情に配慮したケアを─(最終回)診察室ではメモをどうぞ』(2015年3月29日公開)
 認知症に関する知識が何もない暗闇の中では、「情報」という一筋の光はひときわ大きな力を発揮します。私自身、患者さん・ご家族の「正確な医療情報を知りたい」という気持ちをごくごく自然に共感できますので、医療情報公開というライフワークに精力的に取り組んできました。
 医療情報普及のためには、インターネットは極めて大きな力を発揮します。因みに、日本初のホームページ(HP)は、1992年9月30日に茨城県つくば市にある文部省高エネルギー物理学研究所計算科学センターの森田洋平博士によって発信されたそうです(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9C%80%E5%88%9D%E3%81%AE%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8)。
 私がHPを開設したのは、その4年後の1996年6月23日です。1996年8月23日付朝日新聞・家庭面においては、「インターネットで気軽に痴ほう症診断」というタイトルで私のHPが写真入りで紹介されました。
 私は当時、自身のHPにおいて、いくつかの簡易認知機能検査をご家族が実施できるように分かりやすく解説して紹介しており、斬新な試みとして注目を集めました。その目的は、医療機関を受診したがらない患者さんのご家族に使ってもらい、それをきっかけとして早期の受診に繋がればと願い試みたことです。何度も述べておりますように、認知機能検査の結果を自己判断することは危険ですので、最終的には医療機関を受診しきちんと診断を受けることが大切です。
 ネットを活用して医療について分かりやすく情報提供していくことは非常に大切なことだと私は考えております。そして、診療現場において大切なことは、医師が話しやすい雰囲気を醸し出すことです。以前にも述べましたように、診察の最後に確認すべき「大切なひと言」、それはきっと「ご質問はないですか?」のひと言なのではないかと私は思っています。
 私が皆さんにお勧めすることは、診察室で「メモを取る」ことです。メモを自宅で読み返してみて疑問点が出てきたら、インターネットを活用して調べるのです。そして次回診察の折に質問して、自分自身の理解が間違っていないかどうかを確認し、病気に関する理解を深めていくのです。もし担当医師の電子メールアドレスを知っていれば、メールで質問することも可能でしょう。私も、担当患者さんの介護者の方より時折、電子メールにて相談を受けます。
 ご家族にメールのアドレスを伝えて、スムーズに情報交換していこうという試みを実践している医師は極めて稀ではありますが、洛和会京都新薬開発支援センター(http://www.rakuwa.or.jp/chiken/index.html)の中村重信所長(元・広島大学大学院脳神経内科教授)も実践されているようです。そのことが論文においても紹介されておりますので、以下にご紹介します。
 「患者さんの目の前では家族の方も言いにくいことがあるでしょうから、私は家族の方とメールアドレスを交換してメールでやりとりをしています」(中村重信:ガランタミンの1年の使用経験. Geriat Med Vol.50 611-620 2012)。

 NPO法人ささえあい医療人権センターCOML(http://www.coml.gr.jp/)の山口育子理事長は、医療現場にあふれる非常識について以下のように言及しており、インフォームド・コンセントの面においては、医療者から積極的に「メモを取って」と声を掛ける配慮が大切であると指摘しています(山口育子:コミュニケーション、本当に取れていますか? 意外!な患者のキモチ. 月刊保団連2012.5 通巻1098号 11-16)。
 「医療現場のコミュニケーションは非常に特殊です。一般社会と照らし合わせてみると、“非常識”がいっぱいまかり通っています。例えば、一般社会における人間関係の始まりは、あいさつや自己紹介です。しかし、医療現場ではそれらを飛び越えて『今日はどうされましたか?』と本題から入ります。
 さらに、『本日、○○先生は学会にご出席のためいらっしゃらないので、代診の先生が診てくださいます』といった具合に、組織の内部の人間に敬称をつけ、敬語で話すのが医療現場の常識です。一般社会では非常識どころか、あり得ない対応です。しかし、医療者はもちろん、私たち患者も疑問の声をあげるどころか、『そんなものだ』と受け止めてきました。そのような医療界の雰囲気が、患者側の緊張を高めてしまう一因にもなっていたのではないでしょうか。
 とても簡単にできる患者・家族へのサポートとして、説明する場面では、医療者から積極的に『この文書を差しあげますから、どうぞメモを取ってください』『メモが難しければ、大事な部分に○をつけたり、アンダーラインを引いたりしておくと、あとから読み返したときに参考になりますよ』という言葉掛けをしていただきたいのです。医療者が考えている以上に、患者・家族は説明の場面でペンを取り出しメモをすることを躊躇します。実は、とても勇気が必要な行動なのです。しかし、医療者から積極的に勧めてもらえれば、精神的なハードルがぐんとさがります。いますぐ始められる患者・家族へのサポートとして、ぜひともお願いしたいと思っています。」(一部改変)

 私が認知症診療に取り組み初めてからずっと継続している大切な取り組みがあります。それは毎月1回、患者さんおよび介護者の方に、「もの忘れニュース」という一枚の文書を渡していることです。
 第1回のもの忘れニュースは、1998年の1月に配布開始したものであり、それから17年間以上に渡って継続しており、2015年3月号にて通巻207号となっております。
 さて、「ひょっとして認知症?」を執筆担当してから、自身のHPにおいて医療情報を発信することがほとんどなかったため、ホームページは開店休業状態となっておりました。時間に余裕ができましたら、ホームページ等を通して医療に関する情報発信をマイペースで地道に継続し、「医療情報公開」という夢を追って私なりに前向きに歩んでいきたいと思っております。
 患者さん・介護者にとって有益な認知症に関する情報を提供したいと願い、2010年9月28日よりこの「ひょっとして認知症?」のブログ更新に情熱を注いできました。長きに渡り筆者の連載におつき合い頂きましたことを、厚く御礼申し上げます。この辺りでひとまず「ひょっとして認知症?」の連載に幕を下ろしたいと思います。
 読者の皆様の日常的なケア、そして医療関係者の皆様の日常診療のお役に少しでも立つことができたのでしたら、筆者にとって望外の喜びでございます。

アリセプトの休薬期間は? [アルツハイマー病]

アリセプトでまずまず維持されてます(休薬事例のご紹介)
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=604703609699322&set=a.530169687152715.1073741826.100004790640447&type=3&theater

 本日の再診患者さんです。
 70歳代の女性の経過です。
 当初は一人で通院されてました。一時、改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)は30点満点まで回復した事例です。
 H25.12.13~H26.7.1、受診を中断されやや悪化。
 アリセプトを再開し、現在はまずまず維持されています。
 「よろしければ7月9日のD7にお越し下さいね」と声がけしておきました。

 なお、一般的には、アリセプトは休薬するにしても「6週以内で」と指導されることが多いと思いますが、この事例のように7か月休薬してもその後回復するケースはあるようです。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第13回『増えるかな! 認知症の薬』(2010年11月26日公開)
 認知症新薬の一つとして期待されていたガランタミンが承認されそうだという一報が飛び込んできました。
 アルツハイマー病の治療薬は、日本では、ドネペジル(商品名:アリセプト)という薬が唯一の薬剤です。しかし、2010年には、海外で普及している3種類の治療薬(メマンチン、ガランタミン、リバスチグミン)の承認申請がありましたので、2011年には販売開始となる可能性もあります。

 3種類の治療薬の特徴を簡単に述べます。
 ガランタミンはアリセプトより副作用がやや少ないことが期待されております。リバスチグミンはパッチ剤ですので、服用を拒否する傾向がある認知症患者さんには使いやすいタイプとなります。メマンチンは海外では主に中等度~高度の患者さんに用いられており、また、アリセプトとの併用でも有用性が認められています。

 今回は、認知症薬剤の有効率に関してお伝えしたいと思います。

 2001年5月3日付朝日新聞名古屋本社版・声に、「医療を支えるわずかな望み」という題名で以下のような投書がありました。
 「ドネペジルに関しては、須貝佑一先生が1999年11月24日付朝日新聞論壇で指摘しているように、過剰期待は禁物です。私は少数例ながらも著効例があることを報告しました。著効例は、わずか3%に過ぎません。しかしご家族からは、見違えるように良くなったと喜びの声が聞かれています。」
 この投稿者は私です。

 ドネペジルの薬効に関しては、第7回でも紹介しました。お忘れの方もおられると思いますので、少し復習しましょう。
 ドネペジルの効果は、1年程度進行を遅らせることが目的であり、進行を停止できるわけではありません。1年間服用後も飲み続けたほうが進行を緩やかにできるので、副作用がなければ、長期間服用することになります。ただし、すべての人に効果があるわけではなく、3~4割程度の方に有効な薬剤です。
 
 実は、ドネペジルの有効率はもっと高いという報告もあります。
 鳥取大学生体制御学・浦上克哉先生の報告では、改善した症状に関して家族から細かく聞き取り調査をして有効率を算出すると、有効率は48%であったそうです(CLINICIAN vol.54 No.563 1122-1129 2007)。
 詳しいデータをお知りになりたい方は以下をお読み下さい。
 http://www.e-clinician.net/vol54/no563/pdf/sp15_563.pdf

 へぇ~! そうなんだ! 検討方法が違うと有効率も違ってくるんだ! 有効率だけ見ていてもダメなんですね?!

 そう! だから医療情報を判断することは難しいんだ!

 笠間先生の「著効」ってどんな方なんですか?

 私は、投薬開始3か月時点で、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)が4点以上改善した症例を有効例として、HDS-Rの点数の改善に加えてご家族の印象としても著しく改善した場合を「著効例」としています。
 ドネペジルが非常によく効く方というのは、いったいどのような経過を辿るのか、簡単にご紹介します。

 81歳の女性は、1995年より認知症の症状が出現しました。1999年には家族の顔さえも分からなくなっていました。物盗られ妄想・徘徊・尿失禁なども出現し、2000年11月1日初めて私の外来を受診されました。初診時の改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)は30点満点中の10点でした。
 ご存じのように、介護保険制度は2000年4月に制度開始になりました。この方は制度が始まってまもなく認定されており、要介護判定は5段階中4番目に重い要介護4でした。
 ドネペジル開始後、話が理解できるようになったと家族より喜びの声が聞かれ、また徘徊も消失しました。投薬開始後3か月目のHDS-Rは、15点まで改善していました。しかし、2001年9月に、ご家族の体調不良で通院困難となり、家族の判断でドネペジルを中断したところ、症状はいっきに悪化しHDS-Rは8点まで低下しました。

 講演会やメール相談で、時折質問を受けることの一つに、「アリセプトはいつまで続けるのでしょうか?」という質問があります。

 この質問に対しては、私は次のように回答しております。
 「ドネペジルは、認知機能の低下を3~5年間抑制し続けると考えられています。可能でしたら服薬を継続した方が良いと思います。しかし、継続が困難でしたら一度中断してみて、症状の悪化がないことを確認すれば、中止を検討されても良いと思います。」

 えっ?! いったん開始した認知症薬剤が中止できることもあるの?

 はい! 手術などで薬が服用できず、中止せざるを得ない場合もありますからね!
 でも紹介したケースのように、中止するといっきに症状が悪化するケースもありますから、素人判断で中止することはやめて下さいね。

 では、再開するのであればいつまでに再開すれば問題ないのでしょうか。
 この点に関して、金沢大学大学院医学系研究科脳老化・神経病態学(神経内科)の山田正仁教授は、「6週以上の休薬では進行抑制効果そのものが消失する可能性がある」と指摘しています(日本医事新報 No.4410 69-73 2008)。最近では、可能であれば休薬期間は3週間以内にとどめるべきという意見もありますので、その辺りを目安に判断して下さいね。 

 アルツハイマー病は確かに不治の病です。しかし、私自身この3%という数字には支えられています。高齢だからと簡単に諦めずに、治療の道を模索して下さいね。

メモ: 改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)
 HDS-Rは、認知症のスクリーニングテストとしてわが国で開発されたもので30点満点です。


通院介助のヘルパー
投稿者:梨木 投稿日時:10/11/26 17:58
 著効のあった方がヘルパーと通院・服薬出来ていれば、ご本人様はもとよりご家族の介護負担も軽減されたのでは、と残念に思いました。

 その後、介護保険の改定で、医療機関内での付き添いに原則介護ヘルパーは認められなくなりましたが、ヘルパーが一旦帰って又お迎えに行くのも現実的でなく、私の勤務先では、その間自費ヘルパーだけれども割引料金で設定していました。
 ただ、利用者様が医師の説明を理解できない強度の難聴・認知症の場合、その理由を主治医様から書面で証明して頂いて、介護保険で対応できた例もありました。自治体で違うでしょうが。

 今後介護保険もどんどん制限が増え、創設の理念から離れて行くように見えます。
目の前の支出を少し抑えることで、かえって将来のQOLの低下、介護負担増、医療費増などに結びつくのではと心配しています。


Re:通院介助のヘルパー
投稿者:笠間 睦 投稿日時:10/11/26 22:05
梨木さんへ
 この方は、遠方から通院されていた方でした。
 通院を中断する前に、私の方に連絡して頂ければ良かったのですが・・。
 幸いこの患者さんの場合、その後介護者の方の体調が戻り、比較的早い時期に内服を再開できましたので、服薬中止前の状態に近い状況まで回復することが可能でした。
 コメントありがとうございました。


Re:Re:通院介助のヘルパー
投稿者:梨木 投稿日時:10/11/28 10:36
 良かったですね。
 ご家族様の状況が変わった時、ケアマネジャーや地域包括センターにご相談いただくと、手段があることをお伝えしたく書きました。

男性更年期障害―LOH症候群と勃起障害(ED) [LOH症候群]

https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/604375756398774

テストステロン補充療法
(冒頭省略)
 テストステロンと性機能の横断的な研究では,テストステロンの低下程度と発現する症状を検討したものが挙げられる.それによれば,血中テストステロン値の低下につれ,まず性欲の低下,活力の低下,肥満という症状が発現し,さらに低下が進行するとうつ症状,睡眠障害,集中力の低下,糖代謝異常,ほてりが生じ,その後,EDが出現する
 …(中略)…
 LOH症候群に対する治療の第一選択であるテストステロン補充療法により,性欲や早朝勃起を含めた勃起頻度・勃起能が改善することは,これまでに多数報告がある.「加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)診療の手引き」にはテストステロン補充療法における性機能への影響に関するRCTlO編が解説されているが,そのうち8編で何らかの性機能が改善している. (以下省略)
 【辻村 晃:男性更年期障害―LOH症候群と勃起障害(ED). 日本医師会雑誌 第145巻・第2号 269-272 2016】

ミトコンドリア脳筋症 [MELAS]

ミトコンドリア脳筋症(mitochondrial encephalomyopathy)
 古賀靖敏 久留米大学教授・小児科

疾患概念
A 病態
 ミトコンドリア脳筋症はヒトのエネルギー代謝の中核として働く細胞内小器官ミトコンドリアの機能不全により,神経,筋,心臓,腎臓など全身臓器に種々の症状を呈する遺伝性進行性変性疾患である.原因は,エネルギー産生に関与する種々の遺伝子の異常であり,ミトコンドリアDNAもしくは核DNAが関与する.

B 経過・予後
 エネルギー産生系の残存活性が低いほど,低齢かつ重症型(多臓器不全)で発症し,軽症であれば成人期に臓器障害で発症すると考えられるが,加齢とともに多臓器症状は進行し,慢性進行性変性疾患の経過をとる.

症候
 2002年の厚生労働科学研究班の疫学調査により明らかにされた疾患頻度による3大病型を示す.
A メラス(mitochondrial myopathy,encephalopathy, lactic acidosis and stroke-like episodes:MELAS)
 40歳以前に,頭痛,嘔吐,痙攣,視野異常,四肢の運動麻痺,意識障害などで発症する脳卒中様発作を特徴とする.急性期の頭部画像では,脳卒中と類似した異常所見を呈するが,主な脳動脈の血管支配領域に一致せず,また,異常領域が経過とともに拡大したり消失したりする.病初期は,脳卒中様発作に伴う上記症状も可逆的であるが,発作を繰り返すうちに,明らかな後遺症として残り,最終的には梗塞様領域の脳は萎縮する.合併症に,片頭痛,易疲労性,筋力低下,るい痩,感音性難聴,外斜視,眼瞼下垂,神経症,肥大型心筋症,WPW症候群などの心伝導異常,デ=トーニ・ドゥブレ・ファンコニ症候群de Toni-Debre-Fanconi syndrome,糖尿病,低身長,甲状腺機能低下症などの多内分泌疾患を伴うことも多い.患者の80%でミトコンドリアDNAのA3243G変異を認める.時間的・空間的にこのような脳卒中様発作を繰り返し,最終的には脳血管性認知症類似の経過で寝たきりもしくは多臓器不全で死亡する.日本のMELASコホート研究では,平均死亡年齢は,小児型で15歳2か月,成人型で40歳である。

B 力ーンズ・セイヤー症候群(Kearns-Sayre syndrome;KSS)/慢性進行性外 眼筋麻痺(chronic progressive external ophthalmoplegia;PEO)
 20歳以前の発症,網膜色素変性症,外眼筋麻痺の3徴に加えて,心伝導ブロックや100mg/dL以上の高蛋白髄液症,小脳失調のうち少なくとも1つが診られればカーンズ・セイヤー症候群と診断できる.
 …(中略)…

C リー脳症(Leigh encephalomyelopathy)
 幼少期(多くは2歳未満)から発症する精神運動発達遅滞,退行,食事摂取障害,痙攣,呼吸の異常,眼運動異常などを特徴とし,心,筋,腎,肝などの多臓器の症状を示す重症型である. (以下省略)
 【編/水澤英洋、鈴木則宏、梶 龍兒、吉良潤一、神田 隆、齊藤延人 著/古賀靖敏:今日の神経疾患治療指針・第2版, 医学書院, 東京, 2013, pp791-797】

シロスタゾールとアミロイドβ [シロスタゾール]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第72回『軽度認知障害 物忘れがひどくなったら』(2013年3月6日公開)
 年度が替わる前にお伝えしたい話題がありましたので復習シリーズをいったんお休みしておりましたが、再び復習シリーズを再開したいと思います。
 復習シリーズのテーマも残すところあと5つです。5つのテーマとは、「軽度認知障害」「アルツハイマー病の予防」「アルツハイマー病の治療薬」「認知症終末期への対応」「認知症のケア」です。

 今回は、軽度認知障害についてお話したいと思います。
 アルツハイマー病(AD)の進行を観察していますと、認知症ではないものの、知的レベルの落ち方は正常老化とは言えない時期が、アルツハイマー病と診断が確定する数年前から認められるケースが多いことが分かってきました。この時期が、軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)と呼ばれる時期で、アルツハイマー病の早期診断という観点からたいへん注目されています。
 独立行政法人国立長寿医療研究センター病院の鳥羽研二院長は、老年医学雑誌の特集「認知症治療の最前線─包括的ケアを踏まえた新しい治療戦略─」の序文において、MCIの頻度について以下のように述べております。
 「長寿科学研究朝田班による認知症高齢者の実態調査の結果は、国民を震撼させる結果であった。高齢者の14.4%が認知症であるという罹患率は、高齢者人口に当てはめると400万人を超え、予備軍である軽度認知障害(MCI)も同数存在することが初めて明らかになった。
 この結果は、認知症が新たな『国民病』であることを明確に示している。」(鳥羽研二:認知症治療の最前線─包括的ケアを踏まえた新しい治療戦略─ 序文. Geriat Med Vol.51 5-6 2013)

 それではまず、軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)の診断基準についてご紹介しましょう。
1)物忘れがひどいという自覚症状があり、他の人からもそれが指摘されている
2)記憶検査で年齢に比し異常な記憶力低下
3)全般的な認知機能は正常
4)運転や家計などの日常生活の能力は保たれている

 ADの基礎的な研究が進み、根本的な治療法である疾患修飾治療(disease-modifying therapy;DMT)の研究開発も進んでいます。開発中の新しい治療方法の効果を臨床試験で確認するには、ADの発症・進行過程を客観的に評価することが極めて重要な課題でした。
 このような背景があって、2005年より米国においてADNI(Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiative)と命名された臨床観察研究が始まりました。
 ADNI研究では、健常人、軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)、早期ADを対象として、2~3年間、認知機能評価、MRI検査、PET検査、血液・髄液検査などを実施します。
 日本においても2007年に、東京大学大学院神経病理学の岩坪威教授が主任研究者となってJapanese-ADNI(J-ADNI)が発足し、2008年より全国38施設で研究が開始されています。
 J-ADNI(ジェイ・アドニ)における対象者は、60~84歳の健常人150人、MCI300人、早期AD150人で、2~3年の間、半年~1年間隔で診察を受けて上記の検査が実施されます。AD患者からMCI患者へと臨床試験の対象を早めることがADNIの目的であるため、MCIの解析は非常に重要であり対象人数が他よりも多く設定されています。
 日本でのADNI開始は米国よりも遅れましたが、その間にアミロイドPETの整備が進み、J-ADNIにおいてはアミロイドPETが高率に実施(約4割)されていることが大きな特徴となっています。
 これらの研究を通じて、最も信頼性の高い画像診断方法、認知機能検査、血液・髄液バイオマーカーの確定を目指しています。
 ADでは、アミロイドβというタンパク質が脳内に過剰に蓄積することが引き金となって神経細胞死が起き、認知症を発症すると考えられております。PET検査を用いると、そのアミロイドβを検出することが可能ですので、超早期診断(発症前も含めて)としてのPET診断がたいへん注目されています。

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MCIの症状(編集/三村 將・飯干紀代子 著/岡 瑞紀:認知症のコミュニケーション障害─その評価と支援 医歯薬出版, 東京, 2013, pp121-122):
 人や物の名前が出てこない、忘れっぽい、とっさに思い出せない、手帳を見ないと予定がわからない、覚えていられない、新しいことが記憶できない、言いたい単語がみつからない、漢字が書けない、物の置き忘れ・しまい忘れ・探し物が増える、人の話を聞きながら次に話すことを考えるなど複数のことを同時に行うことが難しくなる、複雑な内容になると1回で理解できない、注意をうまく分配できない、集中力が続かない、元気がない、落ち込みやすくなる、傷つきやすくなる、イライラしやすい、だらしなくなる──
 おおむねこのような状態が、日常生活を大きく妨げない程度にみられる。これらは健常者でも時にみられるため、頻度や程度をみながら判断していかねばならない。

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MCI患者の行動(編集/三村 將・飯干紀代子 著/岡 瑞紀:認知症のコミュニケーション障害─その評価と支援 医歯薬出版, 東京, 2013, p122):
・相手に理解してもらおうと繰り返したり、理屈を説明する
・自分の話せる話題に話を持っていく
・躁的防衛をして冗談を言ったりおちゃらけたりする
・「頭が変になった」「年だから」と言い訳する
・怒る
・自己顕示する
・「正常」な状態を必死に守ろうとする
・「昔の自分」にしがみつく
・申し訳なさそうにその場を離れる
・必要最低限のことしか発言しない
・対人交流を避ける
・配偶者や家族を側に置きたがる
 これらのことは、前述の「MCIの症状」がもしも自分の身に起きたら、自分はどうやって生活を乗り切っていこうとするかを少し想像してみると、理解できる行動も多いのではないだろうか。また、どんな行動をとるかは人それぞれで、元々の性格傾向や話し相手との関係性・相性によっても変わることにも納得がいくだろう。

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 「抗血小板薬のシロスタゾールは抗血小板作用や脳血流増加作用のほかにcAMP response element binding protein(CREB)のリン酸化を介して脳内ドパミンの賦活や脳内シグナルの改善をもたらし、PSDやアパシーに有効であることが期待され(三村 將:パーキンソン病の認知機能障害とその対応. 神経心理学 Vol.23 166-175 2007)、さらなる研究が進められている。」(加治芳明、平田幸一:脳卒中後のdepression. 神経内科 Vol.79 57-66 2013)

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 2014年5月19日に放送されましたNHK・Eテレ「きょうの健康」(https://pid.nhk.or.jp/pid04/ProgramIntro/Show.do?pkey=001-20140519-33-06983)では、「メディカルジャーナル―認知症 新発想で挑む」と題して、MCIからアルツハイマー病へ移行を予防する最前線の研究構想について、国立循環器病研究センターの猪原匡史(いはらまさふみ)脳神経内科医長が出演し解説されました。
 国立循環器病研究センター(国循)が2014年2月27日、洲本伊月病院、先端医療振興財団との共同研究により、脳梗塞再発予防薬として広く用いられている抗血小板薬「シロスタゾール」が認知症の進行予防にも有効であることを明らかにしたと発表した(http://news.mynavi.jp/news/2014/02/28/170/)ことを受けての報道となったようです。

 猪原匡史先生がNHK・Eテレ「きょうの健康」において解説されましたポイントを以下に列記致します。
1 ドネペジルを服用しているMMSE 22~26点の軽度認知症の人を、シロスタゾールを服用している群と服用していない2群に分けて検討してみたところ、MMSE低下/年がシロスタゾール無し群では-2.25点/年であったのに、シロスタゾール有り群では-0.5点/年であり80%の進行抑制がみられた。
 猪原匡史先生は、これは、「アミロイドβが血管の壁にたまってくる『脳アミロイド血管症』にシロスタゾールが好影響を与えたものと考えています」と番組の中で語っておられました。
2 ラットの実験においては、脳血流が低下するだけで、海馬の体積が約20%減少することが分かっています。
3 シロスタゾールの主な作用は以下の2点です。
a 脳の血液循環の改善
b 脳の老廃物であるアミロイドβの排出を改善=脳にはリンパ管がなく、血管内を通してだけではなく、血管壁の平滑筋の間を通っても老廃物が流れていく。シロスタゾールの主な副作用として「頭痛」があり、それは血管が広がることに起因するが、その血管への作用により血管壁を通しての老廃物の排出促進ということに繋がるのではないか。
4 以上述べたようなシロスタゾールの作用は進行したアルツハイマー病においては効果が期待しがたく、MCI段階の方に対して臨床試験を実施し、2年間の追跡調査を行って効果を確認したいと考えている。
5 臨床試験は今秋より東京、三重、京都、大阪、神戸、倉敷の医療機関にて実施を検討しております。

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