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誤診を本人に伝える勇気 [レビー小体型認知症]

誤診を本人に伝える勇気(うつ病→DLB)

 TV出演なども多いですので、元筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学教授の朝田隆先生をご存じの方も多いと思います。
朝田教授.JPG
 「名医の中の名医」という先生であり、私にとっては陰の恩師でもあります。
 その朝田先生、どういう経緯なのかは存じ上げておりませんが(定年退職かな)、現在は「メモリークリニックお茶の水」(http://memory-cl.jp/)にて診療されております。
 その朝田先生が教授時代に編集を務められた本でこれまた名書中の名書と思われる凄い内容の本があります。その本の名前は、『誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別』です。
 以前私が執筆担当しておりました朝日新聞社アピタルの医療ブログ「ひょっとして認知症?」・第359~360回「それって本当に認知症?」において、本の内容についてご紹介したことがありますので先ずは以下に再掲(一部改変)致します。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第359回『それって本当に認知症?─「誤診症例から学ぶ」』(2013年12月30日公開)
 細田益宏医師および古田光医師の報告にみられるように、精神疾患と認知症の鑑別が非常に難しいケースは歴然と存在します。私も精神神経科(メモ4参照)での臨床経験がありませんので、精神疾患と認知症の鑑別に難渋するケースがあるのは紛れもない事実です。
 私のような精神疾患の診療を苦手とする認知症専門医にとって非常に有益な本が出版されております。その著書名は、『誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別』です。
 この著書の編集を担当した筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学の朝田隆教授が序文において非常に印象的なことを述べておられますので一部改変して以下にご紹介しましょう(朝田 隆編集:誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別 医学書院, 東京, 2013, ppvii-viii)。
 「医学雑誌『精神医学』には、ケースレポートのみならず『私のカルテから』という人気の高い投稿カテゴリーもある。系続的な臨床研究にはないレアケースの報告や、ある種の精神疾患に思いがけない薬剤が効果を奏したという内容の論文が寄せられる。そのような論文の中には、若い精神科医が筆頭著者になった誤診例や危うく誤診しそうになったケースの報告も少なくない。数年来、同誌の編集委員を務めさせていただく中でこうした諸ケースには、どうも共通するものがありそうだと感じるようになっていた。
 少なからぬ精神科の教授たちが、若い精神科医は神経学的所見を取らなくなっていると指摘されるのを聞くことがあるが、そのようなことがこうした例の背景にあるのかもしれない。
 私は認知症を専門にしているが、患者さんの団体などから認知症に絡んで精神科医療に対する意見やコメントを受けることも少なくない。その中で何度も言われて強く記憶に残るものがある。若年性認知症の診断に関して『当初うつ病と診断されて2年通った後に、実はアルツハイマー病ですと言われました。
この年月をどうしてくれるの?』というものである。
 以上のような現実があるだけに、好むと好まざるとにかかわらず、多くの精神科医には器質性精神疾患・症状性精神疾患と機能性精神疾患を鑑別する能力が求められる。
 東日本大震災以降、がぜん注目されているものに失敗学がある。その根本は『失敗にはいくつかのパターンがある』という考えである。老年期精神疾患の鑑別の難しさと重要性を学ぶには、正統的な教科書スタイルというよりも痛恨の誤診症例を振り返って、失敗に至るパターンを学習することが効果的ではなかろうかと考えた。以上のような思いがあって本書を企画した。
 本書の題名には敢えて『誤診症例』という言葉を用いた。その理由を、偉大な先達の言葉を拝借してここに説明しておきたい。
 『誤診という言葉はかなりどぎつい響きをもっている。医者はみなこの言葉をはなはだしく忌み嫌う。学会報告でも“貴重な一例”とか“診断に困難をきたした症例”という演題はあっても、“誤診例”という報告はまず見当たらない。(中略)医者の間ではこの言葉をもう少し使ってもよいのではないか。あるいはその意味の取違いがないようにしておくとよい。(中略)診断とは必要なあらゆることを知り尽くそうとする終わりのない努力である』(山下 格:誤診のおこるとき─早まった了解を中心として. 精神科選書3, 診療新社, 1997)」

メモ4:精神神経科
 「最近になってわが国でも厚生労働省により、神経精神科とか精神神経科という標榜科名が廃止」(朝田 隆編集:誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別 医学書院, 東京, 2013, p2)されております。詳細はウェブサイト(http://www.med.or.jp/nichinews/n200305l.html)などでご覧頂けます。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第360回『それって本当に認知症?─「普通のうつとは違う!」と感じたら』(2013年12月31日公開)
 さて、それでは、『誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別』の各論─第1章において、まず最初に症例提示されている精神疾患と認知症の鑑別に難渋した事例を一部改変してご紹介しましょう。
【症例】
 60歳代中頃・男性
【病歴】
 X年、抑うつ気分、意欲低下、食欲低下が出現。精神科にてうつ病と診断され抗うつ薬が処方された。抑うつは、当初は多少改善したものの次第に効果は乏しくなり、約4年後に入院となった。
【検査所見】
 MMSE:30点満点であり、注意・記憶・見当識に障害を認めなかった。
 頭部MRI:軽度の多発性脳梗塞を認める以外には明らかな所見はなかった。
【治療経過】
 従来の処方内容と副作用をレビューしたところ、抗精神病薬に対する過敏性だけでなく、抗不安薬・抗うつ薬に対しても過敏性があったことがわかった。
 X+7年にはMMSEは23点、X+8年にはMMSEは20点と認知機能は進行性に低下して認知症といえる状態に至った。種々の精密検査の結果も踏まえ、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)の診断基準でprobable DLBと診断した。

【本症例のまとめ】
 当初はうつ病の診断であったが、精査により初期の認知症(DLB)であることが判明したケースである。振り返ると経過から、当初から嘔気、眠気などSSRIによると思われる副作用がみられていた。けれども認知機能には問題がなかったので、焦燥感が強く、複数の抗うつ薬に対して抵抗性難治性のうつ病と言わざるを得なかった。また、DLBのパーキンソニズムは目立たないことが多く、3主徴は概して初期にはみられない。そのようなケースであったためパーキソニズムというとらえ方ができていなかった。
 このようなうつ病に対して、抗うつ薬や抗精神病薬を増加したくなるのが精神科医の心情であろう。実際に薬剤を増やすと、予想外の副作用が出現したり、自律神経障害としての失神、意識の変動が出現したりすることがある。このように「普通のうつとは違う!」と感じたらDLBとしての精密検査を行ったり、DLBを想定した処方に変えたりする必要がある。老年者に大うつ病は多いが、老年期初発例はそう多くない。このようなケースであるのに、背後に器質的変化があるのではないか? と疑わなかったことも反省点である。
 【編/朝田 隆 著/高橋 晶、朝田 隆:誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別 医学書院, 東京, 2013, p26-47】


うつ病と認知症(DLB)を鑑別するためのポイント
3 陥りやすいピットフォール
(1)薬物療法で予想外の副作用が出やすいDLB
 うつ病の悪化を目の前にすると、精神科医は抗うつ薬など薬剤の追加処方をしがちである。ところがよかれと思って向精神薬を増量させると、DLBではごく少量であっても、嚥下困難、錐体外路障害、眠気、嘔気など予想外の副作用が出現しがちである。場合によっては重症肺炎を併発したり、強いパーキンソン症状も現れ、さらに後遺症が残ることさえある。それだけに副作用の出現しやすさに気づいたら、うつ症状の背後にあるDLBを想起する必要がある
 画像診断に関しては、DLBの脳血流SPECTでは後頭葉の血流低下が有名であるが、これを認めないケースも少なくないことに留意すべきである。なお、MRIについては、DLBに特徴的なパターンは知られていない。
(2)今目の前に現れている症状だけで決めつけない
 さて、本章の症例1における当初の失敗は「不安、焦燥、心気症状が主体」であり、「普通のうつ病」だと診立てたことである。しかも「自殺企図」があるから間違いなくうつ病だろうと考えたのである。いずれも高齢者のうつ病として典型的な症状で、普通の操作的診断のプロセスでいくと、まずはうつ病と考えてしまう。しかし、正しい診断に至るヒントは存在していたのである。すなわち薬物過敏性、わずかながらも錐体外路症状があった。しかも老年期に至って初発したうつ病なのだから、もう一段深く考えるべきであった。医療現場では診断基準のすべてが同時に揃ってみられることはむしろ稀と思ったほうがよいと思う。今はいくつかの症状しかみられないが今後別の症状が出てくるかもしれないと考えるべきであった。実際のところ現在のDLBの診断基準は感度は低く、特異度は高いと言われている。すなわち診断基準でDLBと診断されれば間違いはないが、診断基準を満たさないDLBが多いということも記憶にとどめたい
 なお、自律神経障害がうつ病としか言えないDLBの初期像でもすでに存在するか否かについては今のところ確立していない。しかしこの点への注目は臨床診断上に有用と思われ、留意する必要がある。
 【編/朝田 隆 著/高橋 晶、朝田 隆:誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別 医学書院, 東京, 2013, p37-40】


P.S.
 本年4月23日に開催されましたアルツハイマー病研究会 第17回学術シンポジウム(in グランドプリンスホテル新高輪)のプレナリーセッション1「アルツハイマー病診療のスキルアップを考える-この症例をどう診るか」の第3演題でとても興味深いアンケートが実施されましたね。
 以下にその内容と結果をご紹介しましょう。

※会場での参加者を対象としたアンケート調査-経過中に病名が変化した場合、伝えますか?(トータライザーを使用してのアンケート集計結果)【演者:東京都健康長寿医療センター・金田大太先生】
 初期診断に病名を追加         :301名
 診断名を変更して説明している     :221名
 診断名、変更なく進行に伴う症状と伝える:140名
               計:662(301+221+140)

 この事例は、アルツハイマー病だと初期診断していたがレビー小体型認知症であったというケースの紹介でした。こうした事例はよくあることであり、比較的「診断が間違っていました」とは言いやすい状況であるにも関わらず、「私の初期診断は間違っておりました」と正直に伝える方は221(+301)名という結果でした。140名(140÷662=21.1%)の方は、診断名を訂正しないようです。
 私もごく最近、「軽度アルツハイマー病だと思っておりましたが進行が認められないので神経原線維変化型老年期認知症(SD-NFT)だと思います。ですから、今まで服薬してきました薬は効果が期待できませんので中止してみます」とお伝えしたことがありました。
 薬剤の変更も必要となる診断名の変更は、やはり医師のプライドが邪魔して言いにくいものなのでしょうね・・。

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