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体感幻覚 [レビー小体型認知症]

体感幻覚
 

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第189回『奇異な症状さまざま(その1)―「電気のコード」がヘビに見える』(2011年9月15日公開)
 『心はどこまで脳なんだろうか』(兼本浩祐:医学書院, 東京, 2011)の第7章「同じものが同じであることの奇跡」の冒頭には、以下のような文章があります(一部改変)。
 「ツバメの雛が巣から一度落ちてしまうと、同じ雛を元の巣に戻しても親鳥はもうそれを自分の子どもとは認識できずにもう一度巣から追い出したりします。自分の子どものように最大の愛着の対象になるものであっても、巣から落ちる前の雛と巣から落ちた後の雛が全く別の対象として認識されてしまうといった事態は野生の動物の場合には必ずしも稀ではありません。」

 シリーズ第150回『出そろった4種類の認知症治療薬(4)-珍しい副作用のケースに遭遇』(https://aspara.asahi.com/blog/hyottoshite/entry/SmQmhARVBq)のコメント欄にて、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)では、「重複記憶錯誤」、「幻の同居人」とか「カプグラ症候群(Capgras syndrome)」などの奇異な症状も時折認められます。これらの症状に関しては、後日別の機会に詳しく説明致しますと述べました。今回はこの辺りの話をご紹介したいと思います。

 その前に先ずは、シリーズ第20回『幻視が特徴の認知症とは』(https://aspara.asahi.com/blog/hyottoshite/entry/kUNWJ079qG)を読み返して、DLBの概略に関してざっと復習して頂けると以下の記述がより興味深く感じられるだろうと思います。

 DLBにおける典型的な幻視は、人物や小動物などが家の中に居るというものです。幻視以外にも、電気のコードがヘビに見えたり(錯視)、天井や壁がゆがんで見えたり(変形視)します。そして、幻視に反応した患者さんが床や壁を触って歩く姿もしばしば見られます。
 私の亡父も、「パソコンのモニタの中に石塔(石像)が積み上げられていく」という幻視を訴え、私に「取ってくれ」と訴えました。そして、私が「見えないので取れない」と返事すると、モニタの中に手を突っ込もうとしていました。詳細は、シリーズ第14回(https://aspara.asahi.com/blog/hyottoshite/entry/xLuyvV6JBa)及びシリーズ第157回コメント欄(https://aspara.asahi.com/blog/hyottoshite/entry/r7b57yxe6H)にてご紹介しましたね。
 DLBの幻視では、「せん妄と異なり、繰り返し何度も現れ、出現している際にも明らかな意識障害を伴わず、意識の鮮明な日中にもその詳細を家族や医師に説明することができる」(東晋二,井関栄三:妄想性障害と若年性認知症をどう診分けるか-レビー小体病を中心に-. 精神科治療学 Vol.25 1305-1309 2010)のが特徴です。
 この「石塔(石像)が積み上げられていく」という幻視は、私が現在診療中のアルツハイマー病患者さん(80代前半・男性)も訴えており、父の姿と重ね合わせながら診療しています。
 古来から日本では万物に神が宿ると信じられてきました。太陽や山河と同じように、石や岩も神が宿る場所として崇拝されてきたのです。日本人は「石」に対して独特の崇高な感覚を抱くためこのような幻視が出現しやすいのかも知れませんね。

幻視が訴えるものは
投稿者:ムラタケ 投稿日時:11/09/15 21:51
 素朴な疑問です。 ①食パンの屑が虫に見えるとか、電気コードが蛇に見えるというのは、患者でなくても、状況や心理状態次第で、見間違うことがあるのと、似通っているように思えますが、
 ②存在しない人物や小動物が家の中に居る、というのは全く言葉通りの幻視だと思えます。
 また、③パソコンのモニタの中に石塔(石像)が積み上げられていく、というのは②と同じ全くの幻視とも思えますが、先生が触れておられるように、心の中にある何かが、象徴的に見えているのかな、と想像しました。
 そこで例えば、②については、人物が誰かとか、どういう動物か、どういう関わりがあるのか、といったことを聞いてみることは、治療に関係がない無意味あるいは有害なことなのでしょうか。
 ③については、それを取らなかったら、どういうことになってしまうのか、と聞いてみることも同様です。
 幻視は本人の実体験と考えれば、全体としてどういう体験のなかで、それが見えているのか、もっと詳しく説明したいことが有るのではないだろうか、と気になりました。本旨からずれた疑問でしたら、ごめんなさい。


Re:幻視が訴えるものは
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/16 06:39
ムラタケさんへ
 コメント拝見致しました。

> 食パンの屑が虫に見えるとか、電気コードが蛇に見えるというのは、患者でなくても、状況や心理状態次第で、見間違うことがあるのと、似通っているように思えますが、

 確かにそういったことがあるかも知れませんね。私も、愛犬と散歩しているとよく大嫌いな「ヘビ」に遭遇します(幻視です)。愛犬をヘビから守りたいという心理的要因が働くのでしょうね。

> ②については、人物が誰かとか、どういう動物

 動物に関しては、小動物が多いです。
 人物に関しては、多くの場合が、「子ども」あるいは「亡くなっているはずの母親」です。「過去への遊出」ですね。一番「大切な人」が見えることが多いようですね。

> 先生が触れておられるように、心の中にある何か

 私の父の場合には、父の体力落ちてきたときに、私が何かの機会に「アンコール・ワット」の話をしたことがあったようで、父はパソコンで「アンコール・ワット」について調べていたようで、どうもそのこととパソコンの中の石塔がリンクしているような様子でした。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第190回『奇異な症状さまざま(その2)―叱責する妻や子どもが別人に』(2011年9月16日公開)
 レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)では、「幻視以外の幻覚として幻聴や体感幻覚が出現することもあるが、頻度は高くない」ことが報告されています(Iseki E:Psychiatric symptoms typical of patients with dementia with Lewy bodies. Acta Neuropsychiatr Vol.14 237-241 2002)。
 「幻聴」は、統合失調症において有名な症状ですね。統合失調症では、幻聴が多くみられますが幻視は稀です。いずれにしても、幻聴を認めるから統合失調症であると短絡的に判断をしてはいけないわけです。
 では「体感幻覚」ってどんな症状でしょうか。具体例を挙げて説明しましょう。「頭・胸・肩に虫がたまっている」とか「頭から虫が流れる」などと訴え、「むずむず足症候群」の様相を呈したりします。むずむず足症候群だと思ってそのまま経過観察していたら、実はレビー小体型認知症だったということもありますから診断面において要注意ですね。

 シリーズ第20回において、夜間睡眠中に叫んだり大きな声で寝言を繰り返す症状がレビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)を発症する数年前から予兆として認められるケースもあり注意する必要があると説明しました。私自身もかなり寝言が激しいようですから、「ひょっとして前兆?」と少々心配しております。

 メディカルケアコート・クリニック(横浜市青葉区)の小阪憲司院長(横浜市立大学名誉教授)は、「認知症は治らない疾患と思われがちだが、DLBは早期に発見して適切に治療すれば、長期にわたって症状をコントロールできる」、「DLBのパーキンソン症状は、動作緩慢や筋肉のこわばり、小さい歩幅をきっかけに発見されることが多く、『手の震え』は比較的少ない」(日経メディカル 2011年8月号 28-29)とその特徴について言及しています。

 シリーズ第35回『「嫁が盗った!」「どなたさんでしたっけねえ?」(その1)』(https://aspara.asahi.com/blog/hyottoshite/entry/9oBLU0L6CR)においては、「人物誤認」の話題に触れました。今回のテーマと関連が深い部分を再掲しますね。
 介護者が大きなショックを受けることとして、物盗られ妄想で自分が犯人扱いされることと、人物誤認、弄便(ろうべん)があります。
 何十年も連れ添ったのに、「どなたさんでしたっけねえ?」と言われるショックはたいへん大きなものです。家族の誤認は、レビー小体型認知症で最も多いことが指摘されています。特に、怒った後で「人物誤認」は起こりやすいことが指摘されています。認知症の症候学に詳しい滋賀県立成人病センター老年内科の松田実部長は、論文(松田実:認知症の症候論. 高次脳機能研究 Vol.29 312-320 2009)において、「自分を注意叱責する配偶者や息子のみが別人になる例がある」(http://www.jstage.jst.go.jp/article/hbfr/29/3/312/_pdf/-char/ja/)ことを紹介し、患者さんに、怒られている相手を家族以外の別人にしたいという心理的機序が働き、誤認が起きやすくなるのではないかと推察しています。そしてこの場合は、誤認の対象者が対応を変えるだけで症状は軽減することが多いと松田実部長は指摘しています。

叱られることは否定されること
投稿者:ムラタケ 投稿日時:11/09/16 12:00
 「叱責する妻や子どもが別人に」を聞いて、過去に経験した疑問の答えが解りました。
 交通事故から寝たきり、そして認知症になった義母が、月に一度程度しか見舞いに行かない私を、名指しで呼ぶ一方、介護に携わる実子たちを「どなたさんですか」と言って、嘆かれていたのです。
 当時の実子たちの結論は、よく叱られているから、わざと知らないふりをしているのだろう、ということでした。


Re:叱られることは否定されること
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/16 12:28
ムラタケさんへ
 実体験をで経験されていたようですね。
 認知症の人の心の中は、複雑な想いで交錯しているんですよね。


人物誤認から離婚!?
投稿者:音とリズム 投稿日時:11/09/16 12:30
 人物誤認に触れてあったので、これを書いています。
 昨日、CNNという放送局のニュースを観ていたら「こんな失言があった」と報道。その報道とは--キリスト教徒のためのテレビ局の番組で、視聴者が、「友人の妻はアルツハイマー病になり、夫を夫と認識できなくなり、それを嘆き、友人は他の女性と交際を始めた」と発言。その発言に対して、番組の創始者ロバートソン氏がこのように述べたのです。「友達にこう伝えたい。冷たいと思われるかもしれないが、あなたの奥さんはあなたの知っている奥さんではもうないのだから、離婚して初めからやり直しなさい。でも、ちゃんと奥さんの身の回りの世話ができる人をつける事を忘れないように。」

 「他の女性との交際をやめて、アルツハイマー病の妻の支えになって!」と言うべきなのに、キリスト教の指導者のような人が、怒り、悲しくなる発言ですよね。

 もちろんこれは倫理に反する失言としてCNNで紹介されていました。


Re:失言
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/16 17:01
音とリズムさんへ
 「失言」と言うよりも、ドライな割り切りができる方なのかな・・って感じました。
 ですから、失言ではなく、本人としては、率直な感情を述べたのではないでしょうか。
 ご本人(ロバートソン氏)は、謝罪されていないのではないですか?


他の女性との交際をやめてアルツハイマー病の妻の支えになって!
投稿者:梨木 投稿日時:11/09/16 18:01
 コメントと言うより問題提起です。
 「他の女性との交際」が、競馬・読書会・ダンスクラブなどだったらどうですか。
 やめないことで元気をもらって、病気の妻を支え続けていられるのかもしれません。

 「離婚して初めからやりなおしなさい」は確かに失言ですね。
 関わっている全員の尊厳を傷つけていると感じます。
 女性との交際がセクシャルなものも含んでいるのか、その交際で妻の介護がなおざりになっているのか、全てわからないなかで、「それでも良いんじゃないの」と思っているキリスト信者の私がいます。

 疲れた心には暖かい笑顔が勇気をそそいでくれるかも…encourageという言葉が大好きです。


ドライな割り切り
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/16 19:01
梨木さんへ
 私が「失言ではなく・・」と直感的に感じるのは、おそらく、欧米人特有のドライな思想が絡んでいるのではないかと思うからです。

 シリーズ第18回&32回で紹介しましたように、日本と欧米のアルツハイマー病終末期への対応はかなり異なります。その点に関して私は以下のように述べておりますね。
 「日本では、経管栄養はごくあたり前に実施されています。しかし欧米では、口から食べられなくなった高齢者に対して、経管栄養で延命させることは少ないのが現状です。特にスウェーデンとオーストラリアでは、経管栄養はほとんど行われていない状況です。
 欧米と日本における終末期の対応の違いには、古代ギリシア人やローマ人の思想も絡んでいるようです。『ただ生きるだけが重要なことでなく、よく生きることがより大切だと考え、この世が苦痛に満ちたものならこの世から去ったほうがましだ』(日医雑誌 Vol.126 833-845 2001)という思想的背景です。」

>  「離婚して初めからやりなおしなさい」は確かに失言ですね。

 もしかすると、ロバートソン氏の真意は、「離婚して、(もう一度奥さんと結婚し)初めからやりなおしなさい」という示唆的発言だったのでは・・。

お詫び:タイトル字数オーバーで引用マークが入りませんでした。
投稿者:梨木 投稿日時:11/09/16 19:31
 すみません。上記の理由で論旨がわかりにくくなっていると思います。
一言でいうと、大変な介護(または困難)を担うため、ある共有しあえる楽しみを支えにしている人を、私達が非難できるのだろうかという問い。そういう生き方は好きじゃない、というのは自由です。


本日は返信が遅くなります。
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/17 06:00
 本日は、日本老年医学会・東海地方支部のシンポジウム『認知症の終末期、胃瘻をどうする?』(http://www.kktcs.co.jp/jgsmember/secure/chapter/detail.aspx?target=4)が開催されます。私は最初から最後まで聴いてくるつもりですので、帰りが遅くなります。
 この医学会、聴取も可能だと思いますので、興味があって是非聴きたいという方は、事前に学会事務局にご確認下さい。

 シリーズ第172回『介護者にアンケート実施!』にてご紹介した調査結果も報告します。学会での初公開となります。
 外来通院中という早い段階での終末期医療に対する啓蒙という今回の取り組みは、事前指示書の普及が進まない、間際になってどうしよう・どうしようと悩む日本の終末期医療の現状を一歩でも二歩でも前進させる取り組みになるものと私は考えております。
 この調査結果、論文投稿しておりましたが、昨晩「採択通知」が届きましたことをご報告致します。


論議を呼ぶ発言2(私は失言だと思う)
投稿者:音とリズム 投稿日時:11/09/17 05:38
 この相談者の内容に一つ重要な事をカッコで付け加えるとこうです。(注:私が最初に観たCNNで報道されなかった)

 「友人の妻はアルツハイマー病になり、夫を夫と認識できなくなり、(妻をそんな病気で苦しませる神を腹立たしく思い)、それを嘆き、友人は他の女性と交際を始めた。」

 それに、ロバートソン氏がどう答えたかは、前に書き込みましたが、その続きがまだあり、ロバートソン氏の発言に対し、もう一人の番組のホストが、「でも、それは、死ぬ時まで、よい時も悪い時も一緒に添い遂げるという結婚の誓いに反するのじゃないのかな?」という問いに、ロバートソン氏は、「アルツハイマー病は、一種の死に値するから、この場合離婚は正当だ。」と締めくくりました。

 私が思うには、キリスト教信者は「神を貴び」、「浮気は罪」であり、ロバートソン氏の個人の解釈でADは「死」という観点から、離婚して他の女性と第二の人生を、とアドバイスしたのでしょうね。勿論本人真面目に答えてます。他社の番組からの問い合わせには、今のとこのノーコメントのようです。

 Googleなどで、「700 club host advises man to divorce his wife suffering from Alzheimer」で調べるとたくさん情報がでてくると思います。

注:私の日本語が今ひとつ怪しげなところ、ご理解下さい。


Re:論議を呼ぶ発言2
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/17 06:26
音とリズムさんへ
 詳しいご報告ありがとうございました。
 発言の前後関係・背景なども分かり、理解が深まりました。

 やはり「失言」ではなく、ロバートソン氏は確信しているのだと感じます。
 それは、ロバートソン氏の「アルツハイマー病は、一種の死に値するから、この場合離婚は正当だ。」という発言に表れています。

 ただ、確信しているのだとしても、「アルツハイマー病は、一種の死に値する」という表現は訂正・謝罪して欲しいです。

「首下がり症候群」 「Pisa症候群」 [レビー小体型認知症]

「首下がり症候群」 「Pisa症候群」
キャプチャ.JPG
 レビー小体型認知症(DLB)では、Pisa症候群を呈する場合が多いのではないかという指摘もされています。
 

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第150回『出そろった4種類の認知症治療薬(4) 珍しい副作用のケースに遭遇』(2011年8月6日公開)
 私が最近経験した極めて稀な副作用の一例をご紹介しましょう(以下、個人情報の特定を防ぐために事実関係に若干の改変を加えています)。
 患者さんは、80代後半の女性です。
【既往歴】
 高血圧症にて月1回、近くの病院で投薬加療中。
【主訴】
 物忘れ
【認知機能検査】
 改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R):26/30
 リバーミード行動記憶検査(日本版/RBMT)
  標準プロフィール点(24点満点):6/24
  スクリーニング点(12点満点):1/12
 ※アルツハイマー病では、標準プロフィール点が5点以下、スクリーニング点が1点以下まで低下することが多いです。

 記憶障害以外に、息子がもう一人家の中にいるような誤認や昨年死んだ犬が今も生きているような言動も確認されましたので、軽度アルツハイマー型認知症と診断し、2010年11月よりドネペジル(商品名:アリセプト)を開始しました。
 2011年6月の診察の際にご家族から、「この2~3か月ほど、首の前屈が目立ってきました」という訴えがあり、「ひょっとして副作用?」と疑い、ドネペジルを中止してみることにしました。
 と言いますのは、非常に稀な副作用ですが、「首下がり」に関する文献をごく最近、医学書店で立ち読みした記憶がかすかにあり、頸部前屈(首下がり症候群)という珍しい副作用をふと思い出したのです。
 私は物忘れがかなり多い方です。特に楽しかった飲み会におけるある時点以降の記憶はほとんど飛んでしまう方です。もし私に「タイムマシンのような記憶力」(メモ参照)があったら記載されていた雑誌を思い起こしてすぐに調べられるのにと残念に思いました。2011年春先の「神経内科」雑誌だったようにおぼろげには記憶していましたので、榊原白鳳病院神経内科医師に相談しました。するとすぐに掲載雑誌を持ってきてくれました。

メモ:タイムマシンのような記憶力
 ソニー・コンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーの茂木健一郎博士が書かれた著書には、「超記憶症候群」のリック・バロンさんの詳細が紹介されています(奇跡の脳の物語-キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳. 廣済堂新書, 東京, 2011, pp99-117)。
 リック・バロンさんは、世界でたった四人しかいないとされる超記憶症候群の一人だそうです。
 著書によれば、超記憶症候群とは、「通常、時間ととともに薄れてゆく幼い頃に体験した出来事などを、細部に至るまですべて正確に覚えている能力」と言われています。
 リックは、「十三歳から現在にいたるまで、およそ四十年以上にわたって、自分に起きた出来事を正確に記憶している」そうです。

 皆さん、リックの家にないものって分かりますか?

 「リックの家には、カレンダーも、電話帳も本もメモ用紙もない」そうです。一度見たものはすべて覚えてしまうため、そのような類のものは必要ないようです。
 メモ魔の私にとっては、羨ましい限りの才能です。毎晩意識が遠のくまで深酒をして、おそらく海馬が萎縮して記憶力が低下している私にとっては・・。


重複記憶錯誤
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/06 12:40
 このケースの診断は、「軽度アルツハイマー型認知症」と記載しておりますが、実は、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)も疑わしい状況です。
 DLBの概略は、シリーズ第20回『幻視が特徴の認知症とは』にて復習して下さいね。
 さて本例のどこが「DLBらしさ」かというと、「息子がもう一人家の中にいるような誤認」という部分です。この症状は、専門的には「重複記憶錯誤」と呼ばれます。

 DLBでは他にも、「幻の同居人」とか「カプグラ症候群(Capgras syndrome)」などの奇異な症状も時折認められます。これらの症状に関しては、後日また別の機会に詳しく説明致します。


超記憶症候群
投稿者:シャトー 投稿日時:11/08/06 18:17
 稗田阿礼もそうだったのでしょうか。


Re:超記憶症候群
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/07 05:13
シャトーさんへ
 かなり古い時代の方ですから、詳細な記録は残っていないのでは・・。
 まともな回答になっていなくて申し訳ないです。


認知症の治療に疎い私に教えて下さい
投稿者:音とリズム 投稿日時:11/08/07 03:46
 この方の認知症治療の目標は何になるのですか? 治療薬によって、正しい記憶をよみがえらせる事? それともそれ以上の進行を阻止する事? 自分にあった治療薬を探すのも大変ですが、治療薬を用いると家族が決断する時も大変ですよね。

 私もメモ魔ですが、メモするの大好き。メモするのは、自分の記憶が頼りにならないからですが、メモする過程に新たな学習の喜びがあります。


認知症治療の目標
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/07 05:14
音とリズムさんへ
 コメント拝見しました。
 とっても重要な質問だと思います。「認知症治療の意義」に関しては、以前から議論されている話題です。
 シリーズ第83回『早期診断・早期治療が重要である理由』において、「認知症診療において早期診断・早期治療が重要であるのは、端的に言えば『認知症の進行を遅らせることができるから』です。」と私は述べております。
 さらにもっと早期の段階(=軽度認知障害;MCI)で受診することの意義に関しても、シリーズ第4回『認知症検診の誕生秘話』のコメント(=『今、受診することの意義』)において、「正確な診断のために」と説明しました。
 幻視に対して不安を感じておられる方でしたら、それに対するケアの指導なども認知症外来では求められます。
 軽度から重度に至るまで共通の治療目標は、「家族が穏やかに介護していけるように」という視点ではないかと私は考えています。

 また、「治療の意義」を論ずるうえでは、「費用対効果」の問題を考える必要が出てきます。
 認知症の進行を遅らせることは、「一時的でわずかな認知機能の改善に過ぎないのなら、認知症による問題行動に振り回されてきた介護者にとっては、その辛いプロセスを長く続けることになってしまう」という指摘もされております。そのような意見に対して、真摯に耳を傾けることも必要だと思います。
 「費用対効果」の問題は、また改めて詳しくお話させて頂きます。


ありがとうございます
投稿者:音とリズム 投稿日時:11/08/07 13:12
 Dr. 笠間、わかりやすく説明していただきありがとうございます。最近ブログを読み始めたので過去に書かれたリポートは拝見していませんでした。失礼しました。
 認知症の進行を遅らせることと、その引き換えに介護が長期化する事のジレンマは重要な問題ですね。また、費用の事も重要な問題です。「費用対効果」のお話し楽しみにしています。また、どんどん進む高齢化社会で、ますます多くなる認知症の患者さんの研究をなさり、我々の医療に貢献くださりありがとうございます。



朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第151回『出そろった4種類の認知症治療薬(5)―首が下がる』
 論文には、「ドネペジルによる首下がりの報告は見当たらない。しかし、ドネペジル中止後数日で首下がりは改善し始め、2週間後にはほぼ消失、歩行も正常になった。」(根来清:神経内科 Vol.74 319-320 2011)と記載されています(一部改変)。
 相談した神経内科医師がジストニアの権威で論文(『ジストニア:内科的治療』 BRAIN MEDICAL Vol.20 265-270 2008 など)も多数書かれている医師でしたので、「首下がり」と「頸部ジストニア(痙性斜頸)」に関する専門的な意見もお伺いすることができました。
 著作権の関係で、「神経内科」雑誌に載っている印象的な図(写真)を提示できないのが残念です。しかし、ネット上でもこれに関する1件の論文(http://neurology-jp.org/Journal/public_pdf/050030147.pdf)を閲覧することができます。論文のFig.1を一度見ておいていただくと、印象深く記憶に残すことができると思います。
 論文中に、「Pisa症候群」という文字が出てきますね。Pisa症候群(体幹ジストニア)とは、抗精神病薬によって引き起こされる副作用(錐体外路系副作用)の一つとされており、1972年にはじめて報告されました。患者さんの体幹は、一側に強直的・持続的に屈曲し、あたかも「ピサの斜塔」を連想させることが命名の由来となっています。
 レビー小体型認知症(DLB)では、Pisa症候群を呈する場合が多いのではないかという指摘もされています
 今回経験した80代後半の女性は、DLBの特徴的な症状は認めておりません。また、服薬している薬剤はドネペジルだけでした。ただ、シリーズ第35回『嫁が盗った! どなたさんでしたっけねえ?(その1)』で述べましたように、家族の誤認は、DLBで最も多いことが指摘されていますので、「息子がもう一人家の中にいるような誤認」は、ひょっとするとDLBに関連した症状かも知れません。
 中止して2週間後の再診時には頸部前屈はやや改善傾向となっており、1カ月後の再診時には頸部前屈はさらにもう少し改善を認めており、本人が首が下がることに留意していると首が下がらない状態にはなりました。ただ症状の消失には至っておりませんので、ドネペジルの副作用としての「首下がり症候群」であったと決定づける根拠には欠ける状況です。しばらく経過をみて治療方針を再考していく予定です。
 首が極度に前屈していくことは、患者さんにとってはかなり辛い症状ですので、早期に気づき対処することは重要ですね。

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