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アルツハイマー病─根本治療薬(疾患修飾薬) [アルツハイマー病]

https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/603456106490739
これからのアルツハイマー病治験

 こうして,臨床的に認知症を発症するより前,脳病変があまり進んでいない段階で治療を開始することが技術的に可能となり,AD病態修飾薬の治験はプレクリニカル期にある未発症AD例を対象とするようになった。Fig.4に示すように,その時期は,バイオマーカー所見の進行度から推測して,おそらく認知機能低下を自覚するMCIよりも前である必要があり,それはおそらく認知症発症の10~30年前であろうと考えられている。このことは治験にいくつかの困難を惹起する。プレクリニカル期AD例を標的とした治験において,単に認知機能正常高齢者を対象とし,エンドポイントを「認知症発症」に置くと,そのままでは,おそらく数千人規模の参加者と5~10年にわたる長期の観察期間を必要とすることになる。そこで現実的な対応として,何らかの方法で対象者をプレクリニカル期AD例に絞り込む,あるいは,少なくとも,プレクリニカル期ADの割合が一般的な認知機能正常高齢者よりもかなり高い集団を事前に用意することが求められる。
 現在,Solanezumabを用いて行われている孤発性ADを標的とするA4治験では,PETによるアミロイドイメージングを実施し,陽性者を対象としているが,認知機能正常高齢者におけるアミロイドイメージング陽性者の割合を考慮すると,侵襲・コストの両面で,同様の治験を多数並行して,あるいは繰り返し実施するのは容易なことではない。API(Alzheimer's Prevention Initiative)の優性遺伝性ADの変異キャリア,あるいはApoE4ホモ例を対象とした治験,前述のDIANの延長であるDIAN-TU(trial unit)などでは,慎重な遺伝カウンセリングを含むスキームの構築が求められる。また,治験のエンドポイントを「認知症発症」に置くのではなく,アミロイドイメージングや脳脊髄液バイオマーカーの所見の変化をその代替とすることにより観察期間の短縮を図ることも考えられるが,それが可能かどうかを判断するには,ADNIなどのこれまでに積み重ねてきた厳密な観察研究のさらなる継続が必要である。
 【秋山治彦:アルツハイマー病根本治療薬の開発. BRAIN and NERVE vol.68 463-472 2016】
私の感想
 孤発性ADを標的とするA4治験についてはアピタルにおいても記述しました。以下に再掲致します。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第93回『アルツハイマー病の治療薬 期待される根本治療薬』(2013年3月28日公開)
 Preclinical ADに関しては、現時点では臨床現場での超早期診断を念頭に置いて提唱されているわけではなく、あくまでも臨床治験などの研究で用いることが前提となっています。
 期待された多くの根本治療薬は、臨床試験において実薬群とプラセボ群との間に有意差が認められず治験が不成功に終わっています。根本治療薬の治験が成功しないことの要因として、「多くの研究者が心の中で思っていることの一つは、根本治療薬の投与時期が遅すぎるのではないか」(荒井啓行:序文─先制医療と認知症予防の展望─. 日本臨牀 Vol.69 Suppl8 1-6 2011)という点です。
 初期ADであっても、アミロイドの蓄積と広範な神経細胞死が既に生じており、その段階で根本治療薬を投与しても遅いのではないかという考えに立って、「Preclinical AD」という概念が導入されてきたわけです。
 東京都健康長寿医療センター研究所附属診療所の石井賢二医師は、Preclinical ADの研究を通して、アルツハイマー病の根本的な克服に向けた発症予防・遅延研究が進んでいくという大きな意義を認めつつも、臨床症状が認められなくとも病気(Preclinical AD)に組み入れることの問題点について言及しております(石井賢二:アミロイドイメージングの現状と有用性. 神経内科 Vol.77 597-605 2012)。
 「まず第一に、preclinical ADという言葉が独り歩きすることの倫理的問題である。健常者におけるアミロイド陽性所見が発症のリスクとしての正確な評価が得られていないにもかかわらず、発症が運命づけられているかのように誤解されることは、新しい診断技術が普及する過程で起こりうることである。また、この検査結果が社会的『差別』を生む可能性も指摘されている。保険料が高くなったり、社会的地位から排除されたりする可能性がないとはいえない。リスクとしての評価が定まり、なんらかの発症遅延法が確立されるまでは、みだりに『検診』として用いるべきではないし、結果の開示や取り扱いについても十分な配慮が必要である。
 第二点として、この診断基準のストーリーに乗らない症例を見出して検索することも、病態理解や治療法の開発の上で、重要な意味を持つと考えられる。すなわち、アミロイド陽性所見があっても、神経変性のプロセスが始まらないあるいはきわめて緩徐にしか進行しない例が存在することはすでにある程度知られている。このような症例は、おそらくアミロイド抵抗性の因子を持っていると考えられる。このような抵抗因子の検索も治療予防法の開発に結びつく可能性がある。」
 このような背景もあって、米国核医学分子イメージング学会(SNMMI)と米国アルツハイマー病協会は2013年1月28日、アルツハイマー病の診断技術として注目されているPET(ポジトロン断層法)アミロイドイメージングに関する初めての適正使用指針を発表し(First guidelines published for brain amyloid imaging in Alzheimer's)、米国アルツハイマー協会発行のAlzheimer's & Dementia誌(http://www.alz.org/news_and_events_60578.asp)、The Journal of Nuclear Medicine誌(http://interactive.snm.org/index.cfm?PageID=12318)に掲載しました。
 今回の指針内容を簡単にご紹介しましょう。
 PETアミロイドイメージングはアルツハイマー病の診断に有益な手法となると指摘しつつも、PETアミロイドイメージング実施の前に、必ず医師による認知機能の検査を実施することが重要であることを強調しました。
 その上で、適切な候補者の条件を3つ示しました。
1 説明の付かない記憶機能の問題がある人。記憶、認知機能の標準的テストで障害が認められる人。
2 テストでアルツハイマー病を疑われる人で、診察では典型的なアルツハイマー病に該当しない人。
3 進行性の認知機能の低下がある65歳未満の人
 また、検査の意義のないケースも2つ示しました。
1 患者が65歳以上で標準的なテストによりアルツハイマー病であると明確であるケース(追加的な価値が乏しいため)。
2 無症状の人で、認知機能の訴えがあるが臨床的には障害を認められない人。
 さらに、実施が不適切と考えられる条件として、「認知症の重症度判定、家族歴や危険因子があるだけでの検査、遺伝子検査の代替としての実施、非医学的な理由(保険や法的、雇用)では実施すべきではない」と報告しております。
 最初に述べましたように、「Preclinical ADに関しては、現時点では臨床現場での超早期診断を念頭に置いて提唱されているわけではなく、あくまでも臨床治験などの研究で用いることが前提」となっていることをしっかりと肝に銘じて下さいね。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第94回『アルツハイマー病の治療薬 アルツハイマー病が発症する前に診断される状態がある』(2013年3月29日公開)
 ではいったいアルツハイマー病を発症する何年ほど前に、「Preclinical AD」と診断される可能性があるのでしょうか。
 2012年9月10日発行の日経メディカル2012年9月号特別編集版は、2012年7月にカナダのバンクーバーで開催された国際アルツハイマー病会議(AAIC2012)において、以下のような報告があったと伝えています(友吉由紀子:ここまで分かったアルツハイマー病. 日経メディカル2012年9月号特別編集版 6-10 2012)。
 「Washington UniversityのRandall Bateman氏は、発症年齢が推定できる家族性AD患者のデータを分析し、発症に至るまでの脳病理の変化を時系列で示した。脳内アミロイドベータ(Aβ)の蓄積がPETで確認できるのは発症15年前からである。脳脊髄液Aβ42は、発症の約25年前、非キャリア群に比べて高値を示していたキャリア群の脳脊髄液Aβ42が減少し始め、発症10年前には非キャリア群よりも有意に低値となっている。今回の結果をそのまま遅発性のADに当てはめることはできないが、Aβ蓄積がPETで検出される時期よりももっと早く、約25年前には脳脊髄液を用いて病気の進行をキャッチできる可能性も出てきたわけだ。」(一部改変)

 アセチルコリンは、AD患者の脳内で低下している神経伝達物質の一つです。アセチルコリンエステラーゼとは、アセチルコリンを分解する酵素です。アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)は、アセチルコリンエステラーゼの働きを阻害するため、結果として、脳内のアセチルコリンが分解されにくくなります。それにより脳が活性化していくのです。ADの治療には、このアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(AChEI)が主として用いられています。しかし、これは対症療法であり、病気の進行を根本的に食い止める根治療法ではありません。
 アセチルコリンの作用については、クリスティーン・ブライデンさんが著書のなかで分かりやすく解説しておりますので以下にご紹介しましょう(一部改変)。
 「アセチルコリンは脳内の化学伝達物質で、ニューロンの働きを活性化し、ニューロン間の伝達を促すものだ。基本的に脳の中のアセチルコリンが多いほど、受信状態はよくなる。アルツハイマー病などの認知症ではアセチルコリンが不足しがちになるため、脳の働きが遅くなり、頭の中は『霧の中』にいるような感じになる。」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p15)
 クリスティーンさんは、1995年に46歳の若さでアルツハイマー病と診断され、1995年10月より当時発売されていたアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(AChEI)であるタクリン(1993年に発売開始となった世界初のアルツハイマー病治療薬:肝機能障害の副作用が強く、日本では臨床治験が実施されていません)の服薬を始めました。クリスティーンさんは、その効果について「それから数か月すると、私の頭は霧が晴れたようになり、診断によるトラウマとなんとか向き合う余裕が出てきた」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p113)と述べています。
 その後、クリスティーンさんは、1998年に前頭側頭型認知症と再診断されております。
 なお、国立病院機構菊池病院の室伏君士名誉院長は、「アルツハイマー病の老化の脳変性過程とは異なる前頭側頭葉変性症へのAChEIの投与については、BPSD(認知症の行動・心理症状)が悪化することも多いと指摘されており留意すべきであろう」(一部改変)と注意を呼びかけています(木村武実:BPSD─症例から学ぶ治療戦略 フジメディカル出版, 大阪, 2012, p3)。

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DIAN(Dominantly Inherited Alzheimer Network)【嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013】:
 「DIANとはdominantly inherited Alzheimer networkの略であり、大意としては優性遺伝性のアルツハイマー病の両親を持つ子どもたちを対象としたネットワークである。すなわち本研究では彼らに発症前段階からネットワークに登録してもらい、種々のバイオマーカーを計測し、発症までの時間とそれらのバイオマーカーを比較検討したものである。その結果、遺伝性アルツハイマー病患者の発症30年前からのバイオマーカーの変化が明らかとなった。現在はそれらのバイオマーカーの変化が孤発性アルツハイマー病の患者の脳内においても同様に起こっているのではないかと推測されている。
 本研究を主導するのはワシントン大学のモリス教授であり、米国国内で7つの施設のほか、英国、オーストラリア、ドイツの施設を加え、合計12の研究機関が参加している。
 このネットワークの対象となる患者は、優性遺伝性の家族性アルツハイマー病を起こす遺伝子変異を持つ親の成人した子どもである(エントリー基準では18歳以上)。参加したときに種々の検査を受け、以後3年ごとに検査を継続して受けてもらうこととなっている。今回発表されたのは2009~2011年に研究参加時に行われる最初の検査を終了した128名の結果である。遺伝子変異の内訳は、PSEN1に変異を有する家系が40家系、PSEN2変異が3家系、APP変異は8家系であった。88名がいずれかの遺伝子変異を有するキャリアであり、40名は遺伝子変異を有さない非キャリアであった。キャリアのうちほぼ半数が無症状であった。
 髄液検査におけるキャリア群の特徴として、タウのレベルは症状が出現すると予想される15年前から増加し始め、一方、Aβ42の濃度は症状が出現すると予想されるときまで経過とともに低下した。しかしAβ42濃度の推移で注目すべきは、当初はむしろ高値を示し、約20年前の時点で見かけ上正常化し、その後さらに低下していることである。この『高値』はAPI研究でも認められている。
 本論文(Bateman RJ, Xiong C, Benzinger TL et al:Clinical and biomarker changes in dominantly inherited Alzheimer's disease. N Engl J Med Vol.367 795-804 2012)の発表後もDIAN研究への登録者は増加し、2012年秋の時点で290人が参加している。そのうち215人は無症候であるという。将来は400例の登録を目標としているという。なお、本論文発表以降、DIAN研究は当初の観察研究から、新たな薬剤介入研究へと進められることが決められた。」(一部改変)

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 「基本的にDIANは観察研究であるが、治験であるDIAN-TTU(またはDIAN-TU)とは連続・融合した活動である。

5.6 DIAN Neuropathology Coreの活動(Dr. Cairns)
 DIAN研究に参加されている被験者が亡くなったときの剖検検索を担当する。現在までに、12例の剖検が行われている。12例の中で、アルツハイマー病の病理所見に加え、レビー小体病理を合併する症例が少なくない。興味深いことに、それらの症例において生前、パーキンソン徴候は認められていないことが多い。剖検はADNIと同じプロトコールで行われる。DIAN研究の参加登録者(被験者)のうち85%の方から剖検の生前同意が得られており、病理検索の重要性についても十分認識されていることがうかがえる。」(森 啓、東海林幹夫、池田将樹、池内 健、岩坪 威、嶋田裕之:Dominantly Inherited Alzheimer's Network(DIAN)研究について. Dementia Japan Vol.28 116-126 2014)

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 アミロイドベータ(Aβ)の採血検査が実用化するのでしょうか?
 今まで報告されているのは髄液検査の有用性なのですが…・

アルツハイマー、血液一滴で診断 愛知の研究チーム開発(2014年1月22日付朝日新聞・社会面)
 http://apital.asahi.com/article/news/2014012200002.html

P.S.
血液バイオマーカー
 「ここまで主として、髄液バイオマーカーについて述べてきたが、血液バイオマーカーは髄液よりも非侵襲的で簡便であるという利点がある。しかし、血液中の種々の分子がどの程度直接的にAD脳の病理変化と関連があるのかがほとんどわかっていないために、ADの血液バイオマーカーの探索は主に髄液での有用性が報告されているAβあるいはtau関連バイオマーカーを血液中で検討することから始まっている。しかし、血漿中のバイオマーカーに関しては報告によって結果に矛盾点があり、いまだ確定的なものとはいいがたい。」(徳田隆彦:アルツハイマー病の新診断基準とバイオマーカー. 内科 Vol.109 834-839 2012)

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 2014年1月19日に放送されましたNHKスペシャル「アルツハイマー病をくい止めろ!」(http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0119/)におきましては、DIAN(ダイアン)研究の詳細も紹介されましたね。
 アミロイドβの沈着は、アルツハイマー病発症の25年も前!(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/AD25Y.jpg)であることも分かりやすく紹介されました。
 そして番組においては、アルツハイマー病予防として「運動」の重要性が強調されました。非常に興味深い番組でした。

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 「米国オクラホマ州グローブ。湖に面した人口約6600人の町で暮らすブレント・ホイットニーさん(34)は2011年、32歳で家族性アルツハイマー病の遺伝子検査を受けた。検査結果は『陽性』。電話口でそう告げられ、職場の外で泣き崩れた。
 病因となる遺伝子を持つ人は、親が認知症になった時期とはぼ同じ年齢で発症するとされている。ブレントさんの祖母が発症後、亡くなったのは55歳。父は48歳で発症、55歳で亡くなった。そこから数えれば、症状が出るまでに自分に残された時間はほぼ15年……。ブレントさんには自分の血をひく13歳の息子と11歳の娘がいる。『残された時間で家族のために何かできるのか、そればかり考えるようになりました』
 …(中略)…
 ブレントさんの叔父、ダグラス・ホイットニーさん(63)は当時10歳だった。皆、なぜ親戚の多くが若くして脳の病気になるのか分からなかった。この時は、誰かがいなくなってしまう前に全員で写真を撮ろうとした気がする」と振り返る。この後多くの人が発症、再び全員で集まることはなかった。
 重い運命も影響して疎遠になりつつあった親族は、家族性アルツハイマー病に焦点をあてたDIAN研究のことを伝え合い、再び連絡を取り始めている。
 ブレントさんに研究参加を呼び掛けたのもダグラスさんだ。13年夏には、数十人の親族で集まる予定だという。
 こうした家族の協力について、DIAN研究を統括するワシントン大のジョン・モリス教授(65)は『DIANに参加する極めてまれな家族たちが、研究者にとって非常に力強い存在となっている』と強調する。「アルツハイマーは複雑な病気だ。研究を始めて30年間、何度も落胆を味わってきたが、今最もやりがいがある時期を迎えている』と力を込めた。」(読売新聞「認知症」取材班:認知症 明日へのヒント─800万人時代を共に生きる 中央公論新社, 東京, 2014, pp42-46)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第95回『アルツハイマー病の治療薬 アルツハイマー病根本治療薬の姿』(2013年3月30日公開)
 アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(AChEI)が対症療法であるのに対して、ADに対する疾患修飾性治療(disease modifying therapy;DMT)は、疾患の病態進行の本質的な過程に作用することにより、神経細胞の変性あるいは神経細胞死を遅延させ、結果的に臨床症状の進行を抑える治療法であり、「根本的治療法」となりうるものです。
 以前は、「根本治療薬」という表現が用いられることが多かったのですが近年では、「疾患修飾薬」(disease-modifying drug)という用語が用いられるようになってきました。
 その理由をファイザー株式会社クリニカルリサーチ統括部神経疾患領域部の藤本陽子部長が以下のように説明しております。
 「根本治療薬と対をなす治療薬として症候改善薬がある。現在、ADの治療薬として承認されている薬剤はいずれも症候改善薬である。症候改善薬は、失われた神経機能を補うことにより認知症の臨床症状を改善させる。一方、根本治療薬は疾患の病態進行を遅延させた結果として臨床症状の進行を抑えるものであり、症候改善薬のように薬剤投与後に臨床症状が改善することは通常は期待できない。根本治療薬という語源から、病気を根本的に治す特効薬がイメージされるため過度な期待をもたれてしまいがちだが、実際は服用開始後に効果を実感することすら難しい。したがって最近では、根本治療薬に代わって疾患修飾薬という用語が汎用される傾向にある」(藤本陽子:現在開発されているアルツハイマー病の根本治療薬について教えて下さい. 治療 Vol.93 1910-1912 2011)。
 先に述べましたように、期待された多くの根本治療薬(疾患修飾薬)は、臨床試験において実薬群とプラセボ群との間に有意差が認められず治験が不成功に終わっています。根本治療薬の治験が成功しない要因として、「多くの研究者が心の中で思っていることの一つは、根本治療薬の投与時期が遅すぎるのではないか」(荒井啓行:序文─先制医療と認知症予防の展望─. 日本臨牀 Vol.69 Suppl8 1-6 2011)という指摘もされていましたね。
 治験の不成功が続くなか、やっと見えてきた一筋の光明について筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学の朝田隆教授が報告しております。以下に抜粋してご紹介しましょう(一部改変)。
 「米国の製薬メーカーEli Lilly社から、Aβ抗体であるソラネズマブを用い、軽度から中等度AD患者を対象とした2つの二重盲検プラセボ対照第Ⅲ相試験EXPEDITIONの結果が発表された(https://investor.lilly.com/releasedetail.cfm?releaseid=711933)。それによると、認知機能と日常生活機能といういずれの主要評価項目においても効果を認めなかった。
 しかし、両方の治験に参加した対象をプールしたデータに基づいてなされた2次解析では、軽度から中等度AD患者全体の認知機能低下について、統計学的に有意な防御効果を認めた。さらに軽度のAD(MMSEで20~26点と定義)患者のサブグループにおける2次解析でも、やはり有意な認知機能への効果(34%の進行抑制)が認められたが、中等度のAD患者では認められなかった。
 なおEli Lilly社から、2012年12月にプレスリリースが発表された。その内容は米国、カナダ、欧州規制当局との協議の結果、新たな第Ⅲ相追加試験を実施することを決定したというものである。より早期のADを対象に、ソラネズマブの有効性を確認する治験が世界規模でなされるものと予想される。」(朝田 隆:臨床医学の展望2013─神経病学. 日本医事新報No.4636 80-85 2013)
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 2013年11月8日~10日に松本市において開催されます第32回日本認知症学会学術集会のプログラム・抄録集が2013年10月12日に郵送されてきました。
 その中に「ソラネズマブ」に関する演題がありましたので以下にご紹介しましょう(並木千尋、藤越慎治、Eric Siemers et al:抗アミロイドβ抗体Solanezumabの臨床試験結果─日本人被験者での結果─ Dementia Japan Vol.27 518 2013)。
【目的】
 solanezumab(SLZ)はアルツハイマー型認知症(AD)の治療薬として開発中のヒト化抗Aβモノクローナル抗体である。軽度から中等度のAD患者を対象に2つの大規模国際共同第3相プラセボ対照二重盲検比較試験EXPEDITION1、2試験を実施し、日本人被験者の副次解析をしたので、その結果を報告する。
【方法】
 両試験は、軽度から中等度のAD患者を対象に計16か国で実施した。診断にはNINCDS/ADRDA criteriaを用い、MMSE16~26点の患者を対象とした。被験者はSolanezumab400mg又はプラセボのいずれかに割り付けられ4週間に1回、18カ月の投与を受けた。認知機能症状の評価にはADAS-cog、日常生活機能の評価にはADCS-ADLを用いた。本試験はGCPに基づき患者への倫理面での配慮は十分に行った。
【成績】
 両試験には合計2,042例(軽度1,322例)の被験者が無作為に割り付けられ、日本人被験者は181例(軽度126例)であった。両試験において認知機能及び日常生活機能に関する主要評価項目は達成できなかったが、事前に規定した副次解析である両試験の併合解析では、全被験者及び軽度の被験者においてプラセボ群に比べ統計学的に有意な認知機能低下の進行抑制が示された。日本人集団でも全体集団と概ね同様の結果が得られた。安全性は良好であった。
【結論】
 EXPEDITION1、2試験における有効性及び安全性データについて日本人部分集団の結果を示し、全体集団の結果と比較する。

P.S.(講演内容より)
 EXP1は北南米と日本、EXP2はEUと日本を含めたアジアを主な対象に、国際共同第3相プラセボ対照二重盲検比較試験として、計16カ国で行われました。
 副次解析においてMMSEが20~26点と軽度のAD患者では、SLZ群で有意な認知機能の低下抑制効果が認められました(P=0.008)。
 なお、今回の試験で主要評価項目を達成できなかったことから、臨床症状に加え、アミロイドPETにより脳内にAβの集積が確認できた軽度AD患者に対象を限定した、新たな国際共同第3相試験が開始されました。

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 「Solanezumab(ソラネズマブ)はAβの中央部分に相当する第13~28番残基にエピトープを有し、Aβオリゴマ一に親和性が高い。2つの大きなphaseⅢ試験(EXPEDITION1/2)では合計2,000名以上の軽度~中等度AD患者を対象としたが、いずれも主要エンドポイントを満たせなかった。しかし、軽度AD群の併合データでの副次解析では偽薬群と比べてわずかながら有意な認知機能低下抑制が示唆され、軽度AD群を対象とした再度のphaseⅢ試験が計画されている。投与群では11C-PiB-PETでのAβ蓄積、MRIでの全脳や海馬の萎縮、CSF中のリン酸化tauなどのバイオマーカーに有意な変化はなかったが、血漿Aβ増加を認めた。有害事象としてARIA(amyloid-related imaging abnormalities)は観察されなかったが、1%程度に狭心症を認めた。」(宮川統爾、岩坪 威、富田泰輔:アルツハイマー病に対する根本治療薬. 医学のあゆみ Vol.247 493-497 2013)

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アルツハイマー病治療薬候補のsolanezumabとbapineuzumab、いずれも第Ⅲ相試験で臨床的な有効性を示されず【Medical Tribune Vol.47, No.6 3 2014.2.6】

 アルツハイマー病(AD)治療薬候補のアミロイドβに対するヒト化モノクローナル抗体薬であるsolanezumabとbapineuzumabの第Ⅲ相試験の結果がそれぞれN Engl J Med(2014年1月23日オンライン版)に同時に掲載された。いずれも軽症~中等症のAD患者を対象とした試験であったが、認知機能などの主要評価項目の有意な改善は認められなかった。

~Solanezumab第Ⅲ相試験~ 認知機能とADL改善せず
有意差ないが、軽症ADへのベネフィットを示唆
 Solanezumabの試験結果を報告したのは、米・Baylor College of MedicineのRachelle S. Doody氏ら。同薬の有効性はEXPEDITIONlおよびEXPEDITION2の2件のプラセボ対照ランダム化比較試験で検討された。しかし、主要評価項目である認知機能と日常生活動作(ADL)の改善は達成できなかった。
 EXPEDITION2で軽症AD患者に限定して解析した結果も、solanezumab群とプラセボ群におけるADAS-cog14の変化量の差は-1.7点(95%CI:-3.5~0.1点、P=0.06)、中等症AD患者では-1.5点(同:-4.1~1.1点、P=0.26)で、有意ではなかった。安全性については、両試験の統合データを解析した結果、アミロイド関連の異常画像所見発生率は、浮腫がsolanezumab群で0.9%、プラセボ群で0.4%(P=0.27)であった他、出血がsolanezumab群で4.9%、プラセボ群で5.6%(P=0.49)であった。

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 アルツハイマー病(AD)治療薬候補のsolanezumabの第Ⅲ相試験の結果がN Engl J Med(2014年1月23日オンライン版)に掲載されました(http://www.nejm.jp/abstract/vol370.p311)。


ソラネズマブはアルツハイマー病治験薬となるのか、専用の診断薬でのフェーズⅢが開始に
 https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20130718/169662/
 米Dow Jones社は2013年7月16日、米Eli Lilly社が開発を進めるアルツハイマー病の治験薬候補のソラネズマブの臨床試験の患者組み入れ基準を変更したと報じた。Eli Lilly社は2012年8月、ソラネズマブの日本を含む国際共同フェーズⅢの結果、主要評価項目を達成できなかったことを公表している。このことから、新たな臨床試験では組み入れの患者を選別して、成功確率を高めることが狙いとみられる。

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Solanezumab
 Solanezumabの治験もphaseⅢの結果プライマリーエンドポイントではプラセボとの間に臨床効果の有意差は見られなかったが、ADAS-cog14を用いた軽症例の二次解析ではMMSEの変化に有意差が見られ、実薬群の経過が有意に良かった。しかし、プラセボ群が80週後にMMSEのスコアが2.8低下したのに対し実薬群では2.1でありその差はわずかである。バイオマーカーでは実薬群で血漿free Aβ40の有意な増加、髄液free Aβ40の有意な減少、total Aβ40,total Aβ42の有意な増加が実薬群で見られた。本抗体は軽症例に限ったことではあるが、Aβを標的とする治療の有効性を示した初めての例であり、アミロイドを標的とする治療の妥当性を支持している。
【田平 武:アルツハイマー病に対する免疫療法の展望. 臨牀と研究 Vol.91 929-934】

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 「Solanezumabは,終了した2つの大規模な治験(EXPEDITION1および2)の結果から軽度AD(MMSEが20~26点)に対象を絞って治験(EXPEDITION3,NCTO1900665,18カ月投与,2,100例)を再開している。」(中村 祐:認知症は完治できるのか?―現在の治療薬の限界. 実験 治療 No.712 56-61 2014)

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第228回『親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─予防的治療薬を与える大規模な研究』(2013年8月15日公開)
 アルツハイマー病の原因遺伝子を保有するキャリアに対して、未発症の段階から早期介入または予防的治療薬投与を試みる大規模な研究が進められており、東北大学加齢医学研究所老年医学分野の荒井啓行教授がその概略について言及しております(岩坪 威、荒井啓行、井原康夫:座談会─アルツハイマー病. Current Therapy Vol.30 360-368 2012)。その概要と今後の展望についてご紹介し本稿を閉じたいと思います。
 「Alzheimer's Prevention Initiative(API)による臨床研究は、南米のコロンビアにあるアンティオキアという町を舞台にした介入研究の計画です。そこに、あるファウンダー(創始者)から発したと思われるPS-1遺伝子変異の非常に大きな家系があります。その家系の現存者1,235名のうち、480名がミューテーション(変異)をもちながら、まだ発症していないキャリアであり、ミューテーション陽性者の平均発症年齢は48歳であることがわかっています。このキャリアの方を対象に、おそらく20代、30代あたりから、疾患修飾薬による治療を脳脊髄液のAβやアミロイドPETなどのバイオマーカーを用いて追跡しながら行うのです。つまり、アミロイドの蓄積を一度リセットし、アミロイドの全くない脳に戻したときに、はたして発症年齢をどれだけ遅らせることができるかを検討する壮大な研究計画です。」(一部改変)
 筑波大学臨床医学系精神医学の朝田隆教授はこの研究について、「Alzheimer's Prevention Initiativeによる臨床研究では、ADを早期に発症する希少な遺伝子変異をもつ大家族で、Genentech社による治療薬crenezumabの効果が試されています。ここでは300名の未発症に人において、従来は避けられなかった認知機能低下に歯止めをかけられるか否か、また発症を遅くすることができるか否かが、5年間の追跡調査により調べられます(Miller G:Alzheimer's research. Stopping Alzheimer's before it starts. Science Vol.337 790-792 2012)。」(朝田 隆:アルツハイマー病の発症予防法の開発. からだの科学通巻278号 161-165 2013)と述べております。
 そして、APIの他にも、DIAN(Dominantly Inherited Alzheimer Network)、A4(Anti-Amyloid Treatment in Asymptomatic AD Trial)といった研究組織が有望な検討を模索しております(http://211.144.68.84:9998/91keshi/Public/File/41/337-6096/pdf/790.full.pdf)。
 DIANは、既知3タイプのAD原因遺伝子によって生じる早発性ADを研究するために2008年に設立された組織です。
 なお、A4の研究対象は、70歳以上でPETによるアミロイドイメージングにて陽性であるが認知機能は正常な人(preclinical AD)であり、Aβを減少させることにより後続する神経細胞死へと至る流れに歯止めをかけられるか否かを検証することを主目的としており、DIANとは異なり、遺伝性ではない弧発性のアルツハイマー病の病理進行に注目して治療介入を目指すものです
 なお、A4研究(http://www.alzforum.org/new/detail.asp?id=3379)におきましては、シリーズ第189回『アルツハイマー病を治す薬への道─アルツハイマー病は3型糖尿病』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013070500006.html)のコメント欄およびシリーズ第95回『アルツハイマー病の治療薬─アルツハイマー病根本治療薬の姿』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013032900005.html)においてご紹介しましたsolanezumab(ソラネズマブ)の効果が試されます。

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 「米国は、『2025年までに効果的な予防と治療法の開発を達成する』と国家的に取り組むことを明確に打ち出した。NIA(National Institute for Aging)が主導して、ADGCとADNIが受け皿となってADSP(Alzheimer's Disease Sequencing Project=https://www.niagads.org/adsp)が進行している。家族性AD100家系以上を対象とした全ゲノムシークエンス並びにAD5,000人とその対照群5,000人の全エクソーム解析が、2013年3月に開始され2015年12月に終了する。これらのプロジェクトは、研究成果を共有して効率的な解析を推進すること基本としている。日本も先導的にこれらの国際共同研究に早く参加しなければ、またしても後手にまわり、単に日本人のデータを提供する隷属研究に陥るであろう。」(桑野良三、月江珠緒:アルツハイマー病診断における遺伝子・バイオマーカーの意義. Dementia Japan Vol.27 334-343 2013)

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A4研究:
 「抗アミロイド抗体による加療により、3年後にバイオマーカーにどのような変化が生じるかを検討するのがA4研究である。すなわち上流にあるアミロイド蓄積を抗体療法によって減らすことにより、下流にある神経細胞死や認知機能低下を予防できないか検討する試験である。」(嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013)

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 「APIは、南米コロンビアに住む地域住民に多く認められるPSEN1遺伝子にE280A変異を有する早発型家族性アルツハイマー病(early onset familial Alzheimer disease;EOFAD)患者を対象にAβ抗体であるcrenezumabによる抗体療法の効果を検証する試験である。
 本家系は25年以上前にコロンビアのアンティオキア大学のLoperaらにより発見されたもので、現在5,000人以上が北コロンビアの山岳地帯に住んでいる。本家系の症状の特徴は早発であるということを除けば、記憶障害で発症することなど、全体的な症状は孤発性のアルツハイマー病とよく似ている。平均発症年齢は47歳である。本家系の多くのキャリアは30代前半で、他に症状がなくても記憶障害を捉えることができるという。本研究では認知機能検査で異常がないと確認された30歳以上のキャリアが試験にリクルートされる。本家系では30歳以上のキャリアなら、既に脳内にはアミロイドの沈着が認められる。
 昨年末、本家系の中で未発症である18~26歳の20人においてDIAN研究と同様のバイオマーカーの比較研究を行った結果が発表された(文献20, 21)。その結果、髄液のAβ42はDIAN研究(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013032800005.html)と同様に、遺伝子変異を有するキャリアにおいて当初有意な上昇が認められた。頭部MRIでは既に頭頂部および頭頂側頭部の灰白質に萎縮が認められ、fMRIでは海馬の活性化と両側の後部帯状回の非活性化が認められた(文献20)。
 また、同時に発表されたアミロイドPET研究では、20~56歳を対象として、遺伝子変異を有するキャリア11人(認知症4人、MCI7人)、未発症キャリア19人、非キャリア20人のアミロイド蓄積量を比較している。その結果、非キャリア群に比べ、未発症キャリア群は有意に蓄積量が多いことが認められた。さらに、3群のデータから、アミロイド蓄積量が発症前から経年的に増加し、プラトーに達した後MCI、認知症へと進行していくことが示された(文献21)。」(嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013)

参考文献:
20)Reiman EM,Quiroz YT,Fleisher AS et al:Brain imaging and fluid biomarker analysis in young aduls at genetic risk for autosomal dominant Alzheimer's disease in the presenilin 1 E280A kindred: a case-control study. Lancet Neurol Vol.11 1048-1056 2012
21)Fleisher AS,Chen K,Quiroz YT et al:Florbetapir PET analysis of amyloid-beta deposition in the presenilin 1 E280A autosomal dominant Alzheimer's disease kindred: a cross-sectional study. Lancet Neurol Vol.11 1057-1065 2012

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 DIAN(Dominantly Inherited Alzheimer Network)研究の詳細について記述した論文(嶋田裕之:DIAN研究. BRAIN and NERVE Vol.65 1179-1184 2013)をシリーズ第94回『アルツハイマー病の治療薬 アルツハイマー病が発症する前に診断される状態がある』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013032800005.html)のコメント欄において紹介しておりますのでご参照下さい。
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 「遺伝的な要因で発症する『家族性アルツハイマー病』の人たちが国内にどれだけいるか、実態調査を厚生労働省の研究チームが2013年11月から始める。結果をもとにまだ症状のない家族性の人に薬を使って発症を防ぐ試みにつなげたい考えだ。」(http://apital.asahi.com/article/news/2013110700017.html

ケンブリッジ市の一般開業医に質問紙法で実施した認知症および末期がん患者への告知状況に関する調査 [認知症の告知]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第276回『難しい早期診断と告知─家族には辛い思いをさせたくない』(2013年10月4日公開)
 
 ご本人に対しては辛い告知は控えたいと家族が望む姿勢は、終末期の延命治療において、「自分自身だったら認知症の末期に延命措置は希望しない。しかし、家族には一日でも長く生きていて欲しい」と望む日本人の家族観とどこか共通する部分がありますね。この部分は、日本人の「優しさ」なのだと私は解釈しております。
 辛い告知は控えたいという考えは、かつての早期癌、末期癌告知における告知率の顕著な違いと似かよった問題でもありますね。
 私はかつて、「欧米特にアメリカでは、進行癌であれ、また小児であれ、ほぼ100%の告知率である。しかし日本では、がん告知賛成医師は早期癌で67%(がん告知希望患者86%)、進行がんで16%(同71%)という現状である」という当時の現状を論文において指摘し、カルテ開示にとって支障となる諸問題点について言及したことがあります(笠間 睦:外来カルテ開示に対する反響. 1999年4月17日発行日本医事新報No.3912 時論 73-77 1999)。当時はがんの告知問題が大きな課題でした。しかし、現在は、アルツハイマー病の告知が大きな問題になっています。
 アルツハイマー病の告知に関しては、海外の報告においても賛否両論で意見が分かれている現状が報告されています。
 「ケンブリッジ市の一般開業医に質問紙法で実施した認知症および末期がん患者への告知状況に関する調査では、末期がん患者に対し『必ず』告知しているが27.0%、『しばしば』告知しているが67.6%に対して、認知症患者には『必ず』告知しているが5.0%、『しばしば』告知しているが34.2%であった(Vassilas CA, Donaldson J:Telling the truth;what do general practitioners say to patients with dementia or terminal cancer? British Journal of General practice Vol.48 1081-1082 1998)。このように、認知症患者への告知は、がん患者への告知と比較して開業医が躊跨している現状が分かる。」(今井幸充:認知症の病名告知とインフォームド・コンセント. 日本認知症ケア学会誌 Vol.10 421-428 2012)

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