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100歳の美しい脳 [認知症予防]

認知症予防へ大型調査
 精神・神経センター
 生活習慣、まず8000人

 認知症予防に役立てるため、40歳以上の健康な人にインターネットで登録してもらい、定期的なアンケートを通じて発症に関わる生活習慣のリスクを探る研究を始めると国立精神・神経医療研究センターなどが22日、発表した。
 本年度は8千人、5年間で数万人の登録を計画しており、患者ではない人を対象とした初の大規模研究。7月5日からホームページで登録を受け付ける。
 認知症の多くは、長期間かけて軽度認知障害などを経て発症し、予防や超早期の発見が課題。食事や運動などの生活習慣が発症に関わる可能性も指摘されている。
 希望者は氏名や性別、学歴などの基本情報を登録し、病歴や睡眠、食生活、日常の認知機能などに関する約160項目のアンケートに答える。その後、電話で単語の記憶を確かめる検査も受ける。アンケートと検査は半年ごとに繰り返す。
 研究チームは大量に集めたデータを分析。記憶力の低下につながる生活習慣の要因を調べ、発症の予防に役立てることを目指す。
 登録者には、認知症に関する最新の医療などの情報が提供され、希望すれば開発中の治療薬や予防薬の治験に参加するための案内も届く。
 【2016.6.23日付日本経済新聞・社会】

私の感想
 朝日新聞は、このニュースに関して以下のように伝えております。
 
 登録システムを使うことで、例えば、運動プログラムに参加する人としない人に分けて認知機能の変化を長期間追跡するといった大規模な比較研究が可能になるという。
 アルツハイマー病の治療薬を開発するための臨床試験(治験)への活用も想定。
アルツ八イマl病は今後急増することが予想されているが、症状が進むと根本的に治酪できる薬が今のところない。′欧米では、発症前や軽度認知障害(MCI)、発症早期の各段階で治験が進んでおり、日本でも取り組む必要があるという。
 希望者は登録サイト(iroop.jp)から軒し込む。 (瀬川茂子)

 すごく短い登録アドレスですね。
 jp除くと5文字とは。確かにこれだけの入力でウェブサイト(http://iroop.jp/WWW)にリンクしました。

 研究の意義は感じるのです・・。
 どうせ大掛かりな検討をするのなら、あの歴史的成果(「20歳代前半という、非常に若い時期の言語能力、特に文章作成能力を調べることで、約60年後の認知症の発症を予想できる」?!)の検証もして欲しいものですね。


第526回 ■100歳の美しい脳(その7) 若い時の文章作成能力が将来を決める
 東北大学加齢医学研究所脳科学研究部門老年医学分野の古川勝敏准教授は、前述のJAMAの論文(Vol.275 528-532 1996)について以下のように解説しています(古川勝敏:Nun研究 日本臨牀 Vol.69 Suppl8 607-610 2011)。
 「この論文では『93人の修道女を調査し、20歳代前半で書かれた自叙伝における“grammatical complexity:文法の複雑さ”と“idea density:意味密度”が、晩年期(70-90歳代)の“認知機能”、および“アルツハイマー病の発症”と有意な相関がある』という結果を報告している。すなわち20歳代前半という、非常に若い時期の言語能力、特に文章作成能力を調べることで、約60年後の認知症の発症を予想できるという驚愕に値する知見である。年齢、教育歴を補正し、認知症のスクリーニング検査であるMini-Mental State Examination(MMSE)が低値になるリスクについて調べた場合、言語能力の低値者の高値者に対するオッズ比は30.8と極めて高い値を示していた。ちなみに文法の複雑さと意味密度を比較した場合は意味密度の方が認知機能低下に対する相関が強いようである。」
 オッズ比については、下記メモ3をご参照下さい。

メモ3:オッズ比
 オッズ比とは、オッズ(Odds)の比のことです。
 ある事象の起きる確率(P)と起きない確率(1-P)の比であるP/(1-P)がオッズです。
 例えば、ある事象が起きる確率が80%(0.8)だったとすると、事象の起きない確率は20%(1-0.8)であり、オッズは、0.8/(1-0.8)すなわち4です。これは起きる確率は、起きない確率の4倍であることを意味します。
 オッズ比は、ある条件におけるオッズと別の条件におけるオッズの比です。
 例えば、投薬群において、事象の起きる確率が50%(0.5)だとすると、起きない確率は50%(1-0.5)となりますのでオッズは1です。
 非投薬群において、事象の起きる確率が80%(0.8)だとすると、起きない確率は20%(1-0.8)となります。オッズは4です(0.8/0.2)。
 事象が起きる確率は、投薬群のオッズが1、非投薬群のオッズが4です。このときの比がオッズ比になります。つまり、投薬群に対して非投薬群のオッズは4倍(オッズ比:4)になり、非投薬群のほうが投薬群よりも4倍事象が起きやすいことになります。
 このように、オッズ比が1より大きい時は、疾患に罹りやすいことを意味します。逆に、オッズ比が1より小さい時は、疾患に罹りにくいことを意味します。


第527回 ■100歳の美しい脳(その8) 病気発症のリスク情報は諸刃の剣
 群馬大学大学院保健学研究科の山口晴保教授は、著書(認知症予防 ─読めば納得! 脳を守るライフスタイルの秘訣─ 協同医書出版社発行, 東京, 2010, p28)の中で、リスク比とオッズ比に関して分かりやすく解説しております。以下にご紹介します。
 「コホート研究では、一定の住民集団(コホート)を長期間にわたり追跡・観察して、その間に病気を発症した方と発症しなかった方の因子を比較します。具体例で説明しましょう。ある町に住む1,000名の高齢者集団を、10年間経過観察します。そして、この10年間の調査期間中にアルツハイマー病を発症した方と発症しなかった方で、調査項目(血圧、食事や運動、内服薬、歯の数、肥満など)にどのような差があるかを検討します。例えば、運動をしていた方ではアルツハイマー病が4%に発症し、運動をしなかった方では12%に発症したとすると、運動でアルツハイマー病のリスクが4/12=1/3(0.33)に低下するとわかります(リスク比0.33となります)。このように、コホート研究は、調査を開始した時点の生活状況と、スタートから未来に向かう調査期間中の発病との関係を研究するので、前向き研究といわれます。コホート研究は信頼性が高いのですが、観察期間中の発病をみるので、5年とか10年先にならないと結果が出ないという難点があります。
 一方、症例対照研究(ケースコントロール研究)は、例えば、ある病院の外来で診療を受けているアルツハイマー病の患者100名と、年齢や性別などを一致させた健常な対照群100名を選び、両群の間で過去の生活歴などを比較します。すると、例えば、魚の摂取量が多いとアルツハイマー病のリスクが減るといったような結果が出てきます。症例対照研究では、リスクの程度がオッズ比で示されます。症例対照研究は過去の状況(ライフスタイル)を調べるので、後ろ向き研究といわれます。利点は短時間で結果が出ることです。」

 東北大学加齢医学研究所脳科学研究部門老年医学分野の古川勝敏准教授は、前述のJAMAの論文(Vol.275 528-532 1996)の後日談も紹介しています(古川勝敏:Nun研究 日本臨牀 Vol.69 Suppl8 607-610 2011)。
 「この論文の発表後、若い頃の文章能力で晩年のアルツハイマー病の発症を予測できるということで、Dr.Snowdonのところには各方面から種々の問い合わせが殺到した。例えば保険会社から『アルツハイマー病になりやすいかどうかを調べるために、ペンと紙で文章を書かせる検査を標準化してほしい』という依頼があったようである。彼はもちろんその依頼を断ったが、彼は遺伝子情報も含むこうした疾病発症リスクの情報は『諸刃の剣』だと警告する。それらの情報は我々の行く先を照らしてくれる明りであろうが、ひとつ使い方を間違えれば我々の生活を真っ暗にすることもあるのだ、と彼は訴える。」


第528回 ■100歳の美しい脳(その9) ♪ 火曜生まれはおしとやか
 シスター・ドロシー(86歳)が、20歳のとき(1928年)に書いた自伝を以下にご紹介します。
 「教会に行くたびに、私は殉教を願って祈りました。教会に日参し、聖心に気持ちを捧げていれば、イエスの御心は私の願いを快く聞きいれてくださると思います。修道女になることは、一種の殉教なのですから。」(David Snowdon:100歳の美しい脳 藤井留美訳 DHC, 2004, p137)
 「シスター・ドロシーは1997年11月3日、89歳でこの世を去った。死因は心臓病だった。精神検査を何度受けても、知的機能にまったく問題は見られず、看護師たちの話によると、死んだ当日も頭ははっきりしていたという。彼女の脳を解剖したところ、海馬にほんのわずかな神経原線維変化が見られたものの、新皮質には皆無だった。シスター・ドロシーが、最期まで言葉の力を保ちつづけ、そこからさまざまな喜びを得ていたと知って、私はとてもうれしかった。」(David Snowdon:100歳の美しい脳 藤井留美訳 DHC, 2004, p156)
 余談になりますが、京都大学名誉教授の久保田競先生は、「文章を書く行為は、脳の記憶の中枢を担う海馬や前頭前野の活性化に役立つ」ことを紹介し(夢21 わかさ出版 p35-36 2011年5月号)、「未来日記」を書くことを勧めておられます。

 さてその後、1999年になって自伝への関心が二人の研究者(デボラ・ダナー、ウォレス・フリーセン)の検討によって再び高まりました。180名の修道女が平均22歳で書いた自伝を詳細に分析したところ、「前向きな感情表現」の豊富さは、60年以上先に健在であるかどうかをはっきりと予見していたのです。
 以下にご紹介しますのは、自伝にポジティブな表現をちりばめており最も長寿グループに属していたシスター・ジュネヴィーヴが書いた自伝の冒頭です。

 「生まれて最初に見たのが火曜日正午の光だったという話を聞いて、すぐ頭に浮かんだのは、生まれた曜日で将来がわかるという古い童謡でした。その童謡はこんな風に歌っています。
 月曜生まれの子どもは色白になり、
 火曜生まれはおしとやか─
 物心ついたときから修道女になることを夢見ていたなどと、もっともらしいことは書きたくありませんが、少なくともそれは私にとって良い励みとなり、めざすべき理想でもありました。」

 さて皆さん、このシスター・ジュネヴィーヴの自伝のどの部分が「前向きな感情表現」なのか分かりますか? 今すぐに知りたい方は、『100歳の美しい脳』の第11章(感謝の思い)をお読み下さいね。正解はp243に記載されています。
 とは言いましても、超人気図書である『100歳の美しい脳』を入手されることはなかなか困難だと思われます。
 『ひょっとして認知症?』Part1はまもなく終了致しますが、『ひょっとして認知症?』Part2のなかで正解をきちんとお伝えしたいと思っております。今しばらくお待ち下さいね。


第529回 ■100歳の美しい脳(その10) 高い教育が認知症を防ぐか
 高い教育水準がアルツハイマー型認知症を予防するのかどうかは未解明の大きな研究テーマです。
 アルツハイマー型認知症と教育の関係についての議論をまとめた論文があります。論文は、東京慈恵会医科大学精神医学講座の品川俊一郎医師と首都大学東京健康福祉学部の繁田雅弘教授の共著です(品川俊一郎、繁田雅弘:アルツハイマー型痴呆と教育 老年精神医学雑誌 Vol.16 461-465 2005)。一部改変して以下にご紹介します。
 「疫学調査を中心として、アルツハイマー型認知症(AD)と教育についての報告は数多い。教育水準が低いとADの発症率や有病率が高くなるという報告が多い一方、関連に懐疑的なものもある。このような不一致の背景には、認知機能検査の得点が教育水準の影響を受けるといったスクリーニングの問題や、教育水準は単に教育年数という単一因子のみならず、その後の職業や社会経済状況、ライフスタイルに関連するといった交絡因子の問題が存在する。
 交絡因子が大きい場合、教育歴そのものの影響を議論することが困難なことも問題になる。たとえば高い教育を受けた者は仕事や生活でより高い認知機能を行使していると考えられ、それらが複合的に作用して認知症発症の危険をさげているとも考えられる。
 見解の一致をみていないなかで、比較的信頼性の高いデータとして、オランダのRotterdam study、デンマークのOdense研究、フランスのPAQUID、イギリスのMRC-ALPHAといったコホート研究をメタアナリシスで解析したEURODEM(European Studies of Dementia)研究がある。これによると、教育歴が低いほうがADになりやすく、8年以下の教育歴の人は、11年以上の人の約2倍の相対危険率をもったという。性別と教育歴との関連で比較すると、とくに女性においてその差が強くなり、女性においては相対危険率が4.5倍となったという。低学歴はとくに女性においてADの発症リスクを有意に高くするとした結論であった。
 教育歴との交絡因子の問題に対して、職業や社会経済状況、生活環境がほぼ均一であると考えられる修道女をフィールドとして用いた調査もある。Snowdonらは修道女を対象とした調査で、若年での言語能力が老年期の認知機能や認知症発症に影響していると報告した。この結果は、教育水準が環境要因による影響を受けず、ADの危険因子であることを支持している。
 教育歴がAD発症に影響する機序として広く受け入れられている意見は、高い教育歴を有するものは知的な刺激により大脳シナプスの密度が増加し、神経ネットワークが密になり、ADの症状発現に対する防御効果を有するようになるのではないかというものである。Katzmanはこの予防効果を強調して大脳予備能(brain reserve)という概念を提唱した。これは、たとえADの病理変化による神経細胞死が起こっても、予備能の容量が大きければ臨床的な認知症が顕在化しにくく、高い教育歴が認知症発症の閾値を高くするという考え方である。」


第530回 ■100歳の美しい脳(その11) たくさん本を読んで、手紙も書いて
 Katzmanによる研究データは、シリーズ第57回『高齢シスターの脳は明せきだった・その1』において紹介しておりますのでご参照下さい。
 大脳予備能(brain reserve)の話は、シリーズ第302回『確実に認知症を予防できる方法はまだない』のコメント欄においてもご紹介しております。

 高教育歴がアルツハイマー病(AD)の症状発現に対する防御効果を有するということは、取りも直さず、高教育歴はADの「発症遅延」に関連するということになりますね。実際にそのような報告もされております(Roe CM et al:Cerebrospinal fluid biomarkers, education, brain volume, and future cognition. Arch Neurol Vol.68 1145-1151 2011)。この論文は、ネット上においても閲覧可能です(http://archneur.jamanetwork.com/article.aspx?volume=68&issue=9&page=1145)。
 このように、認知予備能力(cognitive reserve;CR)が高い人ではADの発症が遅れることになります。
 しかしながら、教育レベルや読み書きのレベルが高いと、いったんADになったときには進行が速いことが知られております。例えば、「若年発症、高教育歴、高血圧合併例では進行が速い」(Hirofumi Sakurai, Haruo Hanyu et al:Vascular risk factors and progression in Alzheimer's disease. Geriatrics and Gerontology International Vol.11 211-214 2011)という報告がされております。
 2012年7月12日に三重県津市で開催された認知症学術講演会において、東京医科大学病院老年病科の羽生春夫教授が上記報告に関するスライドを提示され、「高教育歴は発症を遅らせるが、発症した時点では既に病理病変はかなり進行しているため、いったん発症するとその進行は速い。」と説明されました。

 2012年8月3日付『やさしい医学リポート』において坪野吉孝先生は、「『生きる目的』が強い高齢者では、アルツハイマー病に特徴的な脳の病理学的変化が進んでいても、物忘れなどの認知機能の低下が少ない」ということが報告されている論文をご紹介されましたね。
 私もこの論文には強い関心を持ちました。「人生に大きな目標をもっている人は、目標の少ない人に比べて、認知力低下の速度が30%遅かった。」と記載されていたことがとても印象に残っています。
 シリーズ第58回『高齢シスターの脳は明せきだった(その2)』において私は、「生きがい尺度の高得点者は、低得点者よりもアルツハイマー病を発症せずにすむ可能性がおよそ2.4倍高かった」(Patricia AB et al:Effect of a Purpose in Life on Risk of Incident Alzheimer Disease and Mild Cognitive Impairment in Community-Dwelling Older Persons. Arch General Psychiatry Vol.67 304-310 2010)というデータもご紹介しております。この論文はウェブサイト(http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=210648)において閲覧可能です。
 高齢者の生きがいを高めるために介入を加えることは、認知症予防にも繋がるわけですから、しっかりと取り組む必要がある課題ですね。

 群馬大学大学院保健学研究科の山口晴保教授は著書の中で、「教育歴」に関する重要な提言をされております。山口晴保教授の言葉を最後にご紹介して『ひょっとして認知症?』をひとまず閉じたいと思います。
 「教育歴については、いくつかの疫学研究で、教育歴が長いほど認知症リスクが低減することが知られています。例えば、中年期の肥満や高血圧のリスクを示したスウェーデンの疫学研究では、教育歴が1年長くなるごとに認知症のリスクが0.86倍と少し低くなることを示しています。ただ、例えば、教育歴が短いほど肥満の割合が高いとか、健康への配慮が少ないなど、背景にある別の因子が関与しているのかもしれません。教育歴は過去のことですから、こんなことを今さら言われても…となってしまいます。筆者の言いたいことは、教育歴の短い人ほどたくさん本を読んで下さい、手紙を書いて下さいということです。教育歴の長い方が認知症になりにくいのは、認知機能が比較的高いところから落ちていくので低くなるまでに時間がかかると解釈されます。はじめの位置が比較的低いほうにあると思われる方は、年々落ちていくスピードを緩める努力が必要です。それには、たくさん本を読んで知識を増やし、新しいことにどんどん挑戦して能力を伸ばすことが大切だと思います。」(認知症予防 ─読めば納得! 脳を守るライフスタイルの秘訣─ 協同医書出版社発行, 東京, 2010, p192)

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