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印象深く脳裏に刻み込まれている事例のその後―TV妄想(テレビ妄想)を呈した進行していないDLB? AD? [レビー小体型認知症]

印象深く脳裏に刻み込まれている事例のその後―進行していないDLB? AD?

 今回ご紹介するケースは、アスパラクラブ&アピタルで少しだけご紹介したことがある患者さんです。

 まずはその原稿を再掲致しますのでお読み下さいね。
 

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第61回『避難所でがんばっている認知症の人・家族等への支援ガイド』
 2011年3月11日に起きた東日本大震災は、我が国にとって未曽有のものです。
 亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、家族を失われた方の察するに余りある悲嘆に言葉もございません。被災地の一刻も早い復興を願っております。

 少しずつ復旧活動は進んでいますが、何かと不便な避難所での生活は、まだまだ当面続くと思います。
 認知症患者さんのケアでは、できる限り環境変化は避けるのが無難であり、やむをえない転居などの場合でも、徐々に変えていく工夫をすることが理想です。
 今回の震災では、急な環境変化と避難所生活でのストレスも相まって、夜中に大声で「家に帰る」と叫ぶ認知症患者さんもいると報道されています。

 介護者の心理状態が認知症患者さんの問題行動に影響を及ぼすことはよく知られています。食べることさえ不充分な避難生活のなかで「ケア」に配慮するのは非常に困難な課題であるとは思いますが、「認知症介護研究・研修東京センター」のサイトには「避難所でがんばっている認知症の人・家族等への支援ガイド」(http://itsu-doko.net/support_refugees/index.html)が公開されました。

 2011年3月21日に放送されたNHK教育「福祉ネットワーク」(20:00~20:30放送)には、認知症介護研究・研修東京センターの永田久美子主任研究主幹が出演され、以下の4点を強調されました。
1 ざわめきのストレスから守る工夫を
2 力をぬいて、ゆったりと少しずつ
3 今の状況をわかりやすく伝えよう
4 体を動かしたり、リフレッシュを一緒に

 具体的には、可能であれば、奥まったところや出入り口から離れた所などを本人と家族らの居場所として確保することです。
 あわただしい雰囲気や口調は、本人を混乱させます。ゆったりとした言葉かけで接することが求められます。
 避難していることすら理解困難な認知症患者さんもおられると思います。なじみの人がメモなどを活用して、今の状況をわかりやすく説明して下さい。
 じっとしたままだと、筋力の低下や血流の滞りを招きますので、時々体を動かすようにしましょう。


介護者の負担
投稿者:あぽろ 投稿日時:11/03/22 12:57
 認知症と行かずとも高齢者が多くいらっしゃいますと皆が声を大きくして話さないといけませんから、静かにおとなしく座っても居られないとお察しします。
 補聴器を忘れてらっしゃる方も多いので、または避難所の騒がしさに補聴器をわざと外していらっしゃる方も多いと思います。
 認知症を発症していらっしゃるご本人も然る事ながら介護をしてらっしゃるご家族はオムツ換え一つにしても、排泄物のそそうにしても臭いので大変な気遣いと思います。
 悲しいかな赤ちゃんであれば寛容な周りの方も、ご老人となるとそうでも無い場合も多いのです。
 私も自分の介護の経験から心配しております。


被災地以外でも
投稿者:tatakauhitokobu 投稿日時:11/03/27 12:04
 被災地での落ち着かない環境や、大きな環境の変化は認知症の方や自閉症の方などに大きな影響を与えていると思います。普段であれば寛容になれる人でも、自身の置かれている環境の悪さからストレスが溜まり、そういった方々の落ち着かない行動や言動に余計ストレスを感じてしまい、さらにそれが弱い立場の人間に返ってくるという悪循環にはまってしまっていないか心配です。
 私は介護士をしていていますが、停電の影響が認知症の方々に出てきているのをどうにか出来ないか、と悩んでいます。停電は同じ市内でも必ずする区域とまったくしない区域とがあります。特に夜の停電は認知症の方をパニックに陥らせます。停電の間中、家中の電気のスイッチをパチパチやり、こんなところは私の家じゃない、帰りたい、と不穏になりそれを抱えるご家族にも戸惑いがあります。
 被災地の方を思えばなんだそれくらい、と言う方もいらっしゃるかもしれませんが、当事者は大変な思いをしています。
 便利な世の中になったけれど不便がもたらす問題がたくさんあるのだと痛感しています。


Re:停電
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/03/27 13:00
 tatakauhitokobuさん、コメントありがとうございました。
 ご指摘の通りですね。私は、被災地の認知症患者さんのケア面を懸念しておりましたが、計画停電地区の認知症患者さんの不安については考えが及びませんでした。
 アルツハイマー病においては、「夕暮れ症候群」という名前が付けられているように、夕方になって薄暗くなってくると「不安」から「家に帰ります」と言ったりすることはよく知られています。
 夕暮れ症候群の対策は、部屋を明るくすることが主な対策ですが、それが不可能となりますね。
 なかなか良い対策はないかも知れませんが、笑顔で接して、なるべく不安を取り除きましょうね。

P.S
 「認知症になると他人の表情から気持ちを読み取る能力が低下します。しかし、『笑顔』つまり『相手が幸せか、幸せでないか』を読み取る能力は最後まで衰えないことがわかってきました」『NHKためしてガッテン』(主婦と生活社発行 Vol.10春号 34 2011)。


ありがとうございます
投稿者:tatakauhitokobu 投稿日時:11/03/29 8:38
 笠間様、早速のお返事ありがとうございます。
 投稿した認知症の方の場合、ご家族の努力が大変素晴らしく停電の夜は工夫を重ね、なんとかひどいパニックにならずに過ごせているようです。
 それ以外の方でも連日続く被災地のニュースを観て不穏になる方がいらっしゃいます。
 私のいる地域でも震度5弱の揺れを観測しました。ご家族の不安とメディアから流されるたくさんの映像で何か不安なものを感じ取り、落ち着かない様子です。
 先日、久しぶりに落ち着いていらっしゃると思ったらその日は高校野球を観戦していたのでした。
 私はデイケア勤務ですが、ご利用者様がいる間は不謹慎にならないよう配慮しながら、笑顔になれる環境づくりに努めたいと考えています。
 P.S.以下の内容、実感としてあります。


認知症になっても使命感は残っている!
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/04/1 15:31
 私が診療中の患者さんに、元・自衛官の方がおられます。
 定年退職後何十年と経過しておりますが、まだ「現役」のつもりでおられます。
 地震・津波のTV映像を観て、「こんなことしてられない。早く現地に行かなければ!」と興奮状態で話をされるため、ニュースを観せられないようです。
 幸いすぐに忘れてくれるようですが、興奮がおさまるまで介護者の方は苦慮します。

 シリーズ第16回で「知的機能は衰えても感情は生きている!」ことをご紹介しましたが、感情と結びついた記憶は、認知症患者さんにおいても鮮明に残りやすいことが指摘されています。
 そして、認知症患者さんの方がむしろ感情が過敏であるという報告さえされています(『NHKためしてガッテン』 主婦と生活社発行 Vol.10春号 28 2011)。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第32回『認知症の代表的疾患─レビー小体型認知症 家族に「どなたさんでしたか?』(2013年1月15日公開)
 「誤認」もDLBの代表的な兆候です。何十年も連れ添ったのに、「どなたさんでしたっけねえ?」と言われるショックはたいへん大きなものです。
 家族の誤認は、レビー小体型認知症で最も多いことが指摘されています。特に、怒った後で「人物誤認」は起こりやすいことが指摘されています。認知症の症候学に詳しい滋賀県立成人病センター老年内科の松田実部長は、論文(松田 実:認知症の症候論. 高次脳機能研究 Vol.29 312-320 2009)において、「自分を注意叱責する配偶者や息子のみが別人になる例がある」ことを紹介し、患者さんに、怒られている相手を家族以外の別人にしたいという心理的機序が働き、誤認が起きやすくなるのではないかと推察しています。そしてこの場合は、誤認の対象者が対応を変える(叱らない介護)だけで症状は軽減することが多いと松田実部長は指摘しています。
 人物誤認に関しては、知人を知らない人だと訴える単純な人物誤認だけでなく、「私の夫が別の人に入れ替わった」と訴えるカプグラ症候群(Capgras syndrome)も稀ではありません。
 また、人物や場所が複数存在すると訴える重複記憶錯誤が認められることもあり、「私の夫がもう一人いる」、「私の家がもう一つ別の場所に建っている」などと訴えます。重複記憶錯誤の責任病巣は明確にはされておりませんが、右半球損傷や前頭葉損傷のケースで出現するという報告があります(加藤元一郎:記憶錯誤. こころの科学 通巻138号 78-84 2008)。

 テレビに映った怖いシーンを現実のものと誤認する兆候は「TV妄想(テレビ妄想)」と呼ばれます。
 私が診療している患者さんの中には、東日本大震災の地震・津波のTV映像を観て、「こんなことしてられない。早く現地に行かなければ!」と興奮状態で話し、奥さんが制止しようとすると、振り切って出て行こうとするため暴力行為に及んでしまうという元・自衛官の患者さんもおられます。
 熊本大学医学部附属病院神経精神科の橋本衛講師らは、レビー小体型認知症(DLB)において認められる妄想に関する報告(橋本 衛、池田 学:レビー小体型認知症のBPSDの特徴と治療. Dementia Japan Vol.26 82-88 2012)の中で、「替え玉妄想」「わが家ではない妄想」「テレビ妄想」は、一般的には「誤認妄想」に分類されると述べております。

 国立病院機構菊池病院のホームページ(http://www.kikuchi-nhp.jp/)には、レビー小体型認知症(http://www.kikuchi-nhp.jp/pdf/rebi-syotai201206.pdf)のケアのポイントを記載したパンフレットがアップロードされておりますのでご参照下さい。


 さて、この患者さんのその後の経過を調査してみました。
 なぜ調査できたかと言いますと、介護保険の主治医意見書の記載(更新)のために、時々私の外来を再診されるからです。

【患者】
 初診時年齢:80歳
 性別:男性
 主訴:もの忘れ、暴力
 家族歴:明かな精神疾患の家族歴なし

【生活歴
 元自衛官
 妻と二人暮らし

【現病歴】
 平成21年頃、物忘れにて発症。近くの精神科クリニックにて通院治療。
 平成22年1月以降、近くのデイサービスの利用が始まった。しかし、施設内徘徊、帰宅願望、デイサービス利用拒否が目立ち、継続利用困難となりデイサービスの勧めで、平成23年3月に榊原白鳳病院を初診。
 日常生活動作は自立しているものの、要介護度は「2」で認定されている。

【初診時所見】
症状:
1)物忘れ:この2年間の間に徐々に進行している
2)妻が注意すると大声を出して暴力
3)妻へのシャドーイングあり
4)妻を亡くなった母と思い込み、妻に対しては「よその人」と言ったりすることがある
5)軽度の易転倒性

身体所見:
 明かなパーキンソニズムは認めず

改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R):
 9/30

CT提示:
 海馬および頭頂葉の萎縮を認める

【初期診断】
 アルツハイマー型認知症
【経過】
初診時(東日本大震災前):
 ドネペジル(3mg)&抑肝散(2.5g1包)を処方

初診から2週間後(東日本大震災後):
 妻の話:抑肝散を服用すると興奮症状が悪化します。
 具体的には、東日本大震災の地震・津波のTV映像を観て、「こんなことしてられない。早く現地に行かなければ!」と興奮状態で話し、奥さんが制止しようとすると、振り切って出て行こうとするため暴力行為(=奥様の首を絞めた)に及んでしまうということが3回もあった。
 抑肝散をリスペリドン0.5mgに変更とした。

初診から4週間後:
 リスペリドンにて暴力行為がやや軽快した。
 リスペリドンを0.5mg → 1mgに増量した。

初診から4か月後:
 また奥様の首を絞めるようになってきた。
 患者さんの兄弟も、奥様のことを思い、施設入所に同意した。
 リスペリドンを1.5mgに増量した。

初診から5か月後:
 暴力行為は軽快した。
 診療を嫌がって診察室に入ろうとしない。

初診から6か月後:
 毎月、月末になると興奮症状が目立つと施設から奥様に話があった。
 メマンチン(5mg)を開始。

初診から6か月1週間後:
 妻の話:メマンチンで物盗られ妄想と易怒性が目立つようになった。
 この日は、どうしても診察室に入ろうとしない状況であった。
 デイサービスでも「限界」と言われており、また家族の同意もあり、精神神経科病院への入院を前提として紹介状を記載した。
 メマンチンは中止とした。

初診から8か月後:
 妻の話:結局、本人が可哀想だったので精神神経科には受診しなかったと。ケアマネからはグループホーム入所を勧められていると。

 …その後、受診が中断した…

初診から1年後:
 要介護「3」
 妻の話:この4か月全く薬は飲ませていないとのこと。
 「認定調査の人に、『鏡』と言われた」と。どういうことか?と聞くと、「奥さんがニコニコするようになったから本人も落ち着いたのだ」と言われたとの話であった。
 この時点で、暴言・暴力は完全に消失していることが確認された。
 改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R):9/30と初診時と不変。

初診から2年後:
 主治医意見書の記載のため来院。
 その後も落ち着いた状態が続いていることが確認された。
 治療していないにも関わらず、改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)は、9/30→14/30と進行しないどころか改善している状況であった。

初診から4年後:
 主治医意見書の記載のため来院。
 その後も落ち着いた状態が続いている。
 改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R):12/30と比較的良好に保たれていた。ただ、怖いテレビを観るとうなされる症状は残っているとの妻の話であった。
 妻の話:「私が怒らなければ、暴言も無く穏やかです。」
 現在84歳。要介護度は「1」です。

まとめ
 詳細な検査は実施できておらず、この症例がアルツハイマー型認知症なのかレビー小体型認知症なのかは不明です。
 ただ、薬剤過敏、「TV妄想(テレビ妄想)」からはレビー小体型認知症が疑わしいですし、CT所見はアルツハイマー型認知症を示唆しております。両者の混合型というのが臨床診断になるかと思います。
 いずれにしても、「進行していない」珍しい事例でしたのでご紹介致しました。

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