SSブログ

嗅覚障害 [レビー小体型認知症]

……2014年8月12日 臭覚障害の実験
私の脳で起こったこと.jpg
 臭覚と認知症について調べていて、ピーナッツバターと定規でアルツハイマー病の早期発見をするという研究があることを初めて知った。既にこの春に 『ためしてガッテン』などで紹介していた様子。臭覚低下に左右差があり、左の方が、低下が強いという。
 ピーナッツバターを使ってやってみた。右18cm。左10cm。三叉神経を刺激しないからピーナッツバターが良いのだと書いてある。刺激臭がなければいいのかと思って、味噌でもやってみる。左右差がほとんど出ない。
 疑問は色々ある。レビー小体型の臭覚低下と同じメカニズムなのか? それとも私は、アルツハイマー病を合併しているのか? 短期記憶障害を特に感じないが、近い将来、一気に起こるのか? 私に残された時間はわずかなのか? でも、たとえ記憶障害が起こったとしても、それを補う対策を取れば、自立した生活は続けられるのではないか。記憶障害があっても、思考力や人格が変わらなければ、私は、私のままだ。
 浦上克哉教授は、アロマセラピーで臭覚を刺激することが、認知症の予防になると書いている。刺激することで臭覚は回復するとも。
 私は臭覚にも波がある。右肩下がりではない。回復したと感じる時もある。臭覚の神経もオンになったりオフになったりするのだろうか? わからないことばかり。
 【樋口直美:私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活. ブックマン社, 東京, 2015, pp187-188】

私の感想
 朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」から「嗅覚障害」に関連する記述を拾い出してみました。

3. DLB診断あるいは記憶障害出現以前からみられる症状
 「OnofrjらはDLBと診断される以前に、しばしば身体症状が認められることを報告している。彼らによれば15例の検討から、87%の患者が心気症状を呈した(Onofrj M, Bonanni L, Manzoli L et al:Cohort study on somatoform disorders in Parkinson disease and dementia with Lewy bodies. Neurology Vol.74 1598-1606 2010)。このほか消化器症状をともなう多発性の疼痛は53%、麻痺様症状は40%、感覚異常は27%にみられた。
 Fujishiroらは、記憶障害が出現する以前に見られる症状を検討した(Fujishiro H, Iseki E, Nakamura S et al:Dementia with Lewy bodies: early diagnostic challenges. Psychogeriatrics Vol.13 128-138 2013)。その結果、記憶障害出現前に便秘が76%の患者にみられ、平均9.3±13.8年記憶障害出現に先行したという。このほか、嗅覚障害(44%, 8.7±11.9年)、うつ(24%, 4.8±11.4年)、レム睡眠行動障害(66%, 4.5±10.5年)、起立性めまい(33%, 1.2±6.5年)の順であった。」(水上勝義:DLBの早期診断. Dementia Japan Vol.28 176-181 2014)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第431回『加齢とからだ、加齢と知能─目的遂行に欠かせない作業記憶』(2014年3月12日公開)
メモ5:ワーキングメモリー(ワーキングメモリ)
 ワーキングメモリ(作業記憶・作動記憶)とは、短期記憶の概念を拡大し、課題を遂行するための処理機能の役割を含む概念です。作業中の何かを一時的に覚えておく記憶であり(例:電話をかけるために、電話帳を見て番号を覚える)、主として前頭葉の前頭前野(概ね前頭葉の前半部分)が司っています。
 『ホンマでっか!? TV』の辛口コメントで有名な澤口俊之先生は、「作業記憶は、言語理解はもとより、思考や推論、計画、決断などの多様な認知機能(高次脳機能)の最重要な基礎機能となっている。」(澤口俊之:大脳皮質─作業記憶. Clinical Neuroscience Vol.29 188-191 2011)と指摘しております。
 また、大阪大学大学院人間科学研究科の苧阪満里子教授は、ワーキングメモリについて以下のように述べております(苧阪満里子:ワーキングメモリ. こころの科学 通巻138号 47-51 2008)。
 「ワーキングメモリは目標志向的であり、課題の遂行に必要な情報を一時的に活性化状態で保持するとともに、平行して処理をおこなう機能をもつ。」
 「高齢者はある程度の年齢まで短期記憶は保持されるものの、ワーキングメモリは加齢とともに徐々に低下する。」
 「ワーキングメモリは、社会生活のなかで毎日を無事過ごすのになくてはならないシステムである。火の消し忘れによる台所の火事、運転中の携帯電話(二重課題下)等が引き起こす事故の背景には、ワーキングメモリの機能劣化が潜在しているといっても過言ではない。」
 遂行機能が低下してきますと、いったいどのような状況が生じてくるのでしょうか。住友病院副院長の宇高不可思医師(神経内科)が繁田雅弘医師(首都大学東京)、篠原幸人医師(国家公務員共済組合連合会立川病院神経内科)との鼎談のなかで、分かりやすく解説しておりますので以下にご紹介しましょう(一部改変)。
 「アルツハイマー病において日常生活で気づかされる一番重要な症状は、短期記憶の障害、記銘力の障害、エピソード記憶の障害です。同じことを何度も何度もいう、あるいは質問する、ある用件で電話をして、まったく同じ用件で翌日も同じ人に電話をする。
 記憶以外では、遂行機能の低下があります。ちょっと複雑なことができなくなる、仕事でミスが多い、あるいは今までちゃんとやれていた家事でも間違いが多くなる、料理もそうですが、一つひとつの動作はできても、計画的に材料を買って準備するという遂行機能に障害が起こる。一緒に暮らしている人には、日常生活でちょっと変だなと気づきます。
 それから、意欲の低下。だんだんものぐさになって、今まで自分でやっていたことをやらなくなる。」(繁田雅弘、篠原幸人、宇高不可思:鼎談─本邦の認知症. 成人病と生活習慣病 Vol.43 799-813 2013)

 『バナナ・レディ(前頭側頭型認知症をめぐる19のエピソード)』(Andrew Kertesz著 河村満・監訳 医学書院発行, 東京, 2010)という著書のエピソード16には、「行動を『遂行』するのに必須の脳内の要素は『ワーキングメモリ』であり、言い換えれば、適切な行動を決定するために、直前に起こったことを頭にとどめつつ過去の経験と照らし合わせる過程である。遂行機能はアルツハイマー病や脳卒中など、前頭側頭型認知症(FTD)以外にも多くの神経疾患や精神疾患で障害される。また、健常者でも加齢に伴い遂行機能(エグゼクティブ・ファンクション)は低下する。遂行機能の障害は特異性は低くても、FTDの初期にも感度が高く、最初に現れる症状となりうる。」と記載されております。
 認知症の症候学に詳しい滋賀県立成人病センター老年内科の松田実部長は、論文(松田 実:認知症の症候論. 高次脳機能研究 Vol.29 312-320 2009)において、「MMSEにおける計算の誤りは、計算そのものの誤りではなくworking memoryや注意力の障害と考えられる」と述べています。
 松田実部長の報告によりますと、初期アルツハイマー病におけるMMSEの減点項目は3単語遅延再生、見当識、計算の3項目がほとんどであり、計算の誤りは計算の途中で引く数を保持できずに誤ってしまう場合がほとんどであった(典型例:100から順に7を引く課題では、79まで正解して「9を引くんやったかな?」といった誤り)と報告しています。

Facebookコメント
 久しぶりに日本医師会雑誌の「生涯教育」問題に挑戦してみて下さいね。

【問題2-2】嗅覚障害で正しいのはどれか。1つ選べ。
①嗅覚同定能力は50歳代から低下する。
②原因として最も多いのは頭部外傷である。
③慢性副鼻腔炎では嗅神経の変性は起こらない。
④嗅覚が低下しても味覚が変化することはない。
⑤嗅覚障害はアルツハイマー病の早期症状である

【正解】
 私は⑤を選択しました。

【解説】
 近年、パーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患の発症前に嗅覚障害が出現することが判明し、嗅覚検査がこれらの疾患のバイオマーカーとして用いられるようになっている。中枢性嗅覚障害では、嗅覚自体の低下と共に、その認知能力および識別能力の低下が特徴とされている。
 
嗅覚障害の原因別頻度と特徴
 表に金沢医科大学耳鼻咽喉科嗅覚外来における原因別頻度を示す。最も多いのは慢性副鼻腔炎によるものであり、アレルギー性鼻炎も含めると嗅覚障害患者の半数以上を占めている。次いで感冒罹患後、頭部顔面外傷と続くが、原因不明の嗅覚障害も少なからず存在する。

 嗅覚検査開発のために行われた過去の研究でも、65歳以上で嗅覚が有意に低下することが報告されている。したがって、嗅覚低下で問題になるのは、特定される疾患を除けば65歳以上の高齢者であるといえる。

 嗅覚障害患者が日常生活で最も困っていることは、食品の腐敗に気付かないことであり、それ以外にも、ガス漏れ、煙に気付かないなどの生活面での安全、味覚の変化による食欲の低下、食への関心の低下、調理の不具合も、半数以上の患者が日常の支障と感じている。

【三輪高喜:嗅覚障害の疫学と臨床像. 平成26年3月号・日本医師会雑誌 Vol.142 2623-2626 2014】

Facebookコメント
 「嗅覚低下は必ずしもパーキンソン病に特異的ではなく、関連した神経変性疾患において広く観察されるとの指摘もあり、臨床的にはアルツハイマー病においても強い嗅覚低下がみられることが報告されてきた。しかし、病理学的検討からは嗅覚低下がアルツハイマー病の病理変化の程度には依存せず、むしろ随伴するLewy小体の出現に関連していることが示唆されている。臨床的にも、Lewy小体型認知症との比較においてアルツハイマー病の嗅覚低下はより軽度であることが知られている。」(武田 篤、馬場 徹:パーキンソン病における嗅覚障害と扁桃体. Clinical Neuroscience Vo.32 659-661 2014)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第766回『軽度認知障害? それとも?─料理の味付けが変化』(2015年2月16日公開)
さて、実行機能障害(遂行機能障害)が生じてきますと、目的をもった行動や動作の遂行が困難な状態となり、料理・掃除・仕事・後片付けなどの「段取り」が悪くなります。
 八千代病院(愛知県安城市)神経内科部長の川畑信也医師が軽度アルツハイマー病患者さん72名(MMSEが20点以上に該当)で調査した結果によれば、「軽度アルツハイマー病患者さんにみられる実行機能障害」ベスト5は以下のものでした(川畑信也:物忘れ外来ハンドブック─アルツハイマー病の診断・治療・介護─ 中外医学社, 東京, 2006, pp44-46)。
 1 伝言を正確に書いて伝えられない        :74.6%
 2 余暇活動や趣味に関心がなくなってきた     :63.8%
 3 適切な交通手段をきちんととれない       :57.4%
 4 適切な品物を買って店から戻れない       :51.5%
 5 薬を自分から飲もうとしない          :50.0%
 5 以前行っていた家事をきちんとこなせなくなった :50.0%

 5の「家事」の中で、料理に関する話は、ご家族がよく訴える症状です。
 料理という実行機能は、献立を考え、必要な食材を考え買い物し、調理して味付けを吟味し盛りつけるという多くの過程を必要とします。
 川畑信也医師は、「認知症に罹患している患者さんが作る料理は、以前に比べて味が濃くなってくる、辛くなってくることが多い。これは、患者さんの味覚が鈍麻してくることと記憶障害のために不必要に調味料を加えたり煮込みすぎる傾向からと思われる。以前は多くの種類の料理ができたのにできる料理の数が減ってきたときも危険信号である。この料理の問題は比較的早期から家族が気づく行動の変化といえる。」と指摘しています。
 アルツハイマー病患者さんにおいて料理の味付けが変化する背景には、感覚器の機能低下が絡んでいる可能性もあります。

 東京大学医学部附属病院老年病科・保健健康推進本部の亀山祐美助教は、認知症患者さんにおける感覚器の機能低下について詳細な報告をしております(亀山祐美:感覚器の機能低下と認知症. 医学のあゆみ Vol.239 No.5 388-391 2011)。一部改変して以下にご紹介します。
 「高齢者では老化とともに高周波の音が聞こえにくくなり、50歳くらいからすこしずつ低下しはじめ、65歳以上では約30%が一定の聴力障害を起こしている。当科に『物忘れ精査入院』した99名の患者において、認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)の有無と難聴の有無との関連を解析した。その結果、難聴とBPSDの有無には有意な関連が認められた(BPSDありの群の43名中21名に難聴あり)。とくに物盗られ妄想との関連がみられた。このように、聴覚障害があるとBPSDなどの精神症状を生じやすい。
 視覚障害や聴覚障害は眼鏡・補聴器の装用あるいは手術による治療の可能性もあるが、加齢に伴う嗅覚障害や味覚障害には有効な治療法はなく『年を取ればあたりまえ』と放置されがちである。嗅覚障害が日常生活に与える影響はさして強くないとみなされがちである。しかし、ガス漏れや鍋をこがしても気づかないといった思わぬ事故につながることもあり、看過することはできない。最近では嗅覚障害が認知症早期のサインとして注目されている。
 嗅細胞にニオイ分子がつくと電気信号が起こり、嗅神経から一次中枢である嗅球に伝わる。嗅球で処理された情報は二次中枢である嗅皮質を経て前頭前野に達する。嗅覚に関する情報は扁桃体や海馬などの大脳辺縁系に到達し、最終的な嗅覚の認知は記憶と照合されて認識される。
 認知症患者において味覚障害を訴え拒食になるケースも見受けられ、中枢への味覚伝導の部分の問題も生じると考えられる。」
 上記の記述にありますように、嗅覚は原始的な感覚で中枢経路は他の感覚と違い視床を経由せずに大脳辺縁系に到達します。近年、嗅覚を刺激することで認知症の進行を穏やかにする、一時的に意識を晴明にすることができるという考えから食事前にアロマテラピーを行い、安全な食事介助を行う試みもなされております(正田晨夫:認知症患者の口腔ケア. 精神科 Vol.19 132-140 2011)。
 なお、嗅覚は視床を経由しない唯一の感覚であると考えられてきましたが、視床が関与しているという指摘もあります(岩田 誠、河村 満・編集:脳とアート─感覚と表現の脳科学 医学書院, 東京, 2012, pp71-72)。
 また、東京ふれあい医療生協梶原診療所在宅サポートセンター長の平原佐斗司医師は、「AD(アルツハイマー病)で、どのような感覚器の障害が起こるかは十分明らかにはなっていませんが、一般的には、視覚、ついで聴覚などの系統発生学的に新しい感覚器の機能から低下すると考えられています。」と述べたうえで、「ADでは、味覚や嗅覚、触覚などの原始的な感覚は重度になっても保たれていると推定されています。そのため重度の患者に対しても、ハーブやアロマ、タクティールなどの非薬物療法が有効だと考えられるのです。」と指摘しております(平原佐斗司編著:認知症ステージアプローチ入門─早期診断、BPSDの対応から緩和ケアまで 中央法規, 東京, 2013, p28)。

大脳予備能(brain reserve) [100歳の美しい脳]

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第530回『100歳の美しい脳(その11) たくさん本を読んで、手紙も書いて』(2012年9月19日公開)
 Katzmanによる研究データは、シリーズ第57回『高齢シスターの脳は明せきだった・その1』において紹介しておりますのでご参照下さい。
 大脳予備能(brain reserve)の話は、シリーズ第302回『確実に認知症を予防できる方法はまだない』のコメント欄においてもご紹介しております。

 高教育歴がアルツハイマー病(AD)の症状発現に対する防御効果を有するということは、取りも直さず、高教育歴はADの「発症遅延」に関連するということになりますね。実際にそのような報告もされております(Roe CM et al:Cerebrospinal fluid biomarkers, education, brain volume, and future cognition. Arch Neurol Vol.68 1145-1151 2011)。この論文は、ネット上においても閲覧可能です(http://archneur.jamanetwork.com/article.aspx?volume=68&issue=9&page=1145)。
 このように、認知予備能力(cognitive reserve;CR)が高い人ではADの発症が遅れることになります。
 しかしながら、教育レベルや読み書きのレベルが高いと、いったんADになったときには進行が速いことが知られております。例えば、「若年発症、高教育歴、高血圧合併例では進行が速い」(Hirofumi Sakurai, Haruo Hanyu et al:Vascular risk factors and progression in Alzheimer's disease. Geriatrics and Gerontology International Vol.11 211-214 2011)という報告がされております。
 2012年7月12日に三重県津市で開催された認知症学術講演会において、東京医科大学病院老年病科の羽生春夫教授が上記報告に関するスライドを提示され、「高教育歴は発症を遅らせるが、発症した時点では既に病理病変はかなり進行しているため、いったん発症するとその進行は速い。」と説明されました。

 2012年8月3日付『やさしい医学リポート』において坪野吉孝先生は、「『生きる目的』が強い高齢者では、アルツハイマー病に特徴的な脳の病理学的変化が進んでいても、物忘れなどの認知機能の低下が少ない」ということが報告されている論文をご紹介されましたね。
 私もこの論文には強い関心を持ちました。「人生に大きな目標をもっている人は、目標の少ない人に比べて、認知力低下の速度が30%遅かった。」と記載されていたことがとても印象に残っています。
 シリーズ第58回『高齢シスターの脳は明せきだった(その2)』において私は、「生きがい尺度の高得点者は、低得点者よりもアルツハイマー病を発症せずにすむ可能性がおよそ2.4倍高かった」(Patricia AB et al:Effect of a Purpose in Life on Risk of Incident Alzheimer Disease and Mild Cognitive Impairment in Community-Dwelling Older Persons. Arch General Psychiatry Vol.67 304-310 2010)というデータもご紹介しております。この論文はウェブサイト(http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=210648)において閲覧可能です。
 高齢者の生きがいを高めるために介入を加えることは、認知症予防にも繋がるわけですから、しっかりと取り組む必要がある課題ですね。

 群馬大学大学院保健学研究科の山口晴保教授は著書の中で、「教育歴」に関する重要な提言をされております。山口晴保教授の言葉を最後にご紹介して『ひょっとして認知症?』をひとまず閉じたいと思います。
 「教育歴については、いくつかの疫学研究で、教育歴が長いほど認知症リスクが低減することが知られています。例えば、中年期の肥満や高血圧のリスクを示したスウェーデンの疫学研究では、教育歴が1年長くなるごとに認知症のリスクが0.86倍と少し低くなることを示しています。ただ、例えば、教育歴が短いほど肥満の割合が高いとか、健康への配慮が少ないなど、背景にある別の因子が関与しているのかもしれません。教育歴は過去のことですから、こんなことを今さら言われても…となってしまいます。筆者の言いたいことは、教育歴の短い人ほどたくさん本を読んで下さい、手紙を書いて下さいということです。教育歴の長い方が認知症になりにくいのは、認知機能が比較的高いところから落ちていくので低くなるまでに時間がかかると解釈されます。はじめの位置が比較的低いほうにあると思われる方は、年々落ちていくスピードを緩める努力が必要です。それには、たくさん本を読んで知識を増やし、新しいことにどんどん挑戦して能力を伸ばすことが大切だと思います。」(認知症予防 ─読めば納得! 脳を守るライフスタイルの秘訣─ 協同医書出版社発行, 東京, 2010, p192)


人生、大きな目標が必要
投稿者:きらきら星 投稿日時:12/09/19 10:49
 高い目的意識。
 誰もが、認知症にはなりたくないですよね。
 「発明」して、「特許」をとることを目標にしたいですね。
 一挙両得(笑)今、言い出したところです。

 今後、コメントは表示されなくなっても、先生には届くのでしょうか。
 それなら、いいですね。


Re:人生、大きな目標が必要
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/09/19 11:59
きらきら星さんへ
 小さな目標であっても、達成に向けて努力し続けるという気持ちが大切なんだと思います。
 私自身も、小さな目標を掲げて達成に向けて頑張っているつもりです。

> 今後、コメントは表示されなくなっても、先生には届くのでしょうか。

 この点に関してはよく分かりません。
 いずれにしても、今回のシリーズで『ひょっとして認知症? Part1』は終了しましたが、『ひょっとして認知症? Part2』がいずれ開始されますので、その時には活発なコメントをお待ちしております。


エンザイムBACE2
投稿者:フーニ 投稿日時:12/09/20 09:58
 話題が逸れますが、Mayo Clinic の研究者達はアルツハイマーに対するエンザイムBACE2を見付けたと今月17日に発表しました。
 BACE2はベータアミロイドを破壊すると言う事です。これでアルツハイマーの治療が出来る様に成ると良いですね。
 興味のある方はこれがリンクです。
 http://www.mayoclinic.org/news2012-jax/7087.html
 又は
 http://www.molecularneurodegeneration.com/content


Re:エンザイムBACE2
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/09/20 10:56
フーニさんへ
 専門的な情報ありがとうございました。

 「BACE」については今までこのブログでご紹介したことがありませんので、簡単に解説しておきます。
 アルツハイマー病の主原因とされるAβ(アミロイドβタンパク)は、アミノ酸が40~42個程度つながったペプチドであり、β及びγセクレターゼの働きによりアミロイドβ前駆体タンパク質(Amyloid beta protein precursor;APP)から切り出されます。
 APPの大部分は、αセクレターゼによって切断されアミロイドβタンパク産生に至りません。しかしながら、βセクレターゼ及びγセクレターゼによって切断されると37~43アミノ酸のAβが産生されます。
 βセクレターゼの代表は、BACE1(β-site APP-cleaving enzyme1)です。BACEに関する詳細は、ウェブサイト(http://www.tmig.or.jp/J_TMIG/genome300/BACE.html)などをご参照下さい。
 γセクレターゼ阻害剤・βセクレターゼ阻害剤という薬剤は、アルツハイマー病の根本的な治療、すなわち疾患修飾治療(disease-modifying therapy;DMT)の候補の1つとして期待されています。


いつもコメントをありがとうございました
投稿者:ミーたん 投稿日時:12/09/22 04:06
 お忙しいのに精力的にブログを更新され、いつも丁寧に応えていただき本当に頭が下がります。たくさんの事を教えていただきました。私自身半分認知症状態での2年半でしたが、脳に良い刺激を与えていただきました。笠間先生はいつお休みになられているのかと心配になってしまいますが、どうぞお体を大切になさって、これからもいろいろ貴重な情報を教えてください。
 誰か他の人の為に少しでも役に立ちたいと行動できる生き方が、結局は一番自分の為になっているのかもしれないと思うこのごろです。

Part2でもコメントをお待ちしております
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/09/22 07:21
ミーたんさんへ
 ミーたんさんからの初コメントは、第306回(ノセボ効果)でしたね。
 その後、「フェルラ酸」(第464回)、「命の期限を何をもって決めるのか?」(第468回)、「日本人の宗教観」(第494回)など印象的なご質問をいくつか頂きました。

 満足な回答になっていなかったかも知れませんが、私に分かる範囲で回答させて頂きました。
 『ひょっとして認知症? Part2』が開始されましたら、またコメントをお待ちしております。


小さな目標
投稿者:まるタン 投稿日時:12/09/22 10:24
笠間先生へ
 いつも必ず返信してくださる事を、なかば期待して(私の場合)
 拙いコメントにも丁寧に答えていただき本当に感謝感激です。

 ブログに出会ってから日常生活に大きな変化があっても冷静に対処することができるようになりました。
 まだまだこれからも続きそうですが、パート2を追いかけながら元気に、私なりの小さな目標にむけて愛犬とガンバリます。

 先生もお身体大事になるべく長~~くブログが続きますように・・と期待しております。
 ここまで、ありがとううございました。


Re:小さな目標
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/09/22 14:47
まるタンさんへ
 お彼岸でしたのでお墓参りに行っており返信が遅くなってしまいました。

 まるタンさんこそ、多くのコメントを頂き、ありがとうございました。
 Part1でのまるタンさんの総コメント数は、数えてみたら66回でした。間違いなくトップ3に入っているはずです。
 やはり「愛犬」「サッカー」という共通の話題に関心が強かったのが大きいのでしょうね。
 今は、Part2に向けての充電中です。

P.S
 時々「誤字」のある、あわてん坊のまるタンさんのコメントが何とも言えず暖かみがあり素敵に感じています。


また、パート2でお会いします
投稿者:音とリズム 投稿日時:12/09/26 08:57
 パート1終了ご苦労様でした。パート2でもまたお世話になります。それまで、心身共にご自愛ください。
 まるタンさんも無理せずお元気でお過ごしください。


Re:また、パート2でお会いします
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/09/26 09:46
音とリズムさんへ
 パート1では多くのコメントをお寄せ頂きありがとうございました。
 パート2での再会を楽しみにしております。

 パート2では、「アメリカの認知症ケアの動向 認知症になり英語を忘れる」(タイトル未定)という原稿もご紹介する予定です。


愛着障害
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/09/26 09:54
 充電期間中ですので、久しぶりに、認知症とは無関係の本を読んでいます。
 今読んでいるのは、精神科医で作家の岡田尊司先生が書かれた『愛着障害』です。
 私が興味深く感じた記述をごく一部ご紹介しましょう。

 「新生児のときから、すでに愛着の形成は始まっているが、まだそれは原初的な段階にある。生後六か月くらいまでであれば、母親を少しずつ見分けられるようになってはいるものの、母親が他の人に変わっても、あまり大きな混乱は起きない。新しい母親に速やかになじんでいく。ただし、この段階でも、母親が交替すると、対人関係や社会性の発達に影響が及ぶこともわかっている。結ばれ始めた愛着がダメージを受けると考えられる。
 六か月を過ぎるころから、子どもは母親をはっきりと見分け始める。ちょうど、人見知りが始まるころだ。それは、愛着が本格的に形成され始めたことを意味している。生後六か月から一歳半くらいまでが、愛着形成にとって、もっとも重要な時期とされる。この『臨界期』と呼ばれる時期を過ぎると、愛着形成はスムーズにはいかなくなる。実際、二歳を過ぎて養子になった子が、養母になかなか懐こうとしないということはよくある。また、臨界期に母親から離されたり、養育者が交替したりすると、愛着が傷を受けやすいのである。」(岡田尊司:愛着障害─子ども時代を引きずる人々 光文社, 東京, 2011, pp24-25)


認知症からの回復
投稿者:梨木 投稿日時:12/09/26 21:50
 パート1最後の内容が希望あるもので嬉しいです。
 先程NHKの「ためしてガッテン」見終わったばかりで、明るい気持ちになっています。テーマはアルツハイマー新予防と回復プロジェクト。

 認知症の方への取り組みについては、いろいろ読んだことありましたが、せいぜい現状維持・悪化予防・周辺症状の軽減と受け止めていました。でもこれは古い認識だったみたいです。
 料理(創造的作業)と短時間の昼寝と運動で、医師もびっくりする程の記憶健常状態への回復…すばらしい!(16人/18人)

 予防はやはり(前にこのブログでも読んだ気がしますが)糖尿病が関係していましたね。生活習慣病なら、自分の努力で少し変えられる気がします。運動嫌いの私でも、やらなきゃ!って気になりました。

P.S.
 「認知症になり英語を忘れる」って、母語を忘れるということなら、どこの国でも同じなのではないですか。それとも移民のお話なのかと思ったり。いずれ又。

認知症の中核症状に関する理解を深めましょう─記憶記銘障害 [認知症]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第6回『認知症の中核症状に関する理解を深めましょう─記憶記銘障害』(2012年12月17日公開)
 順次、以上5領域の症状について解説していきましょう。
 まず最初は記銘記憶障害です。物忘れには、良性健忘(老化による物忘れ)と悪性健忘(認知症による物忘れ)があります。両者はいったいどのように違うのでしょうか? 端的に言えば、部分的な物忘れか、全般的な物忘れかという違いです。
 例えば、旅行に行ってきたとします。1~2か所の訪問場所を思い出せないのが「老化による物忘れ」で、旅行に行ったことすら忘れてしまうのが「認知症による物忘れ」ということになります。
 両者の違いを以下にまとめます。

良性健忘(老化による物忘れ)
 電話の要件を忘れる
 昨晩、何を食べたか思い出せない
 物をしまった場所を忘れる
 忘れっぽくなったという自覚があり、メモなどの対策をとる
 ヒントを与えられると思い出せる
 時間や場所などの見当がつく

悪性健忘(認知症による物忘れ)
 電話があったことさえ忘れる
 食事をしたこと自体を忘れる
 物を整理したこと自体を忘れる
 物忘れの自覚に欠けることが多く、また、メモをつけても活用できない
 ヒントを与えられても思い出せない
 時間や場所などの見当がつかない
 新しい出来事を記憶できない

 見当識(けんとうしき)障害とは、人や周囲の状況、時間、場所など自分自身が置かれている状況などが正しく認識できない状態です。
 ところで、「物忘れ」って誰にでもありますよね。私も30歳を過ぎた頃から、よく知っている人の名前が出てこないという症状が増えてきました。若干、普通の人よりも早く症状が出現しているようです。おそらく毎晩大量に飲むアルコールが影響しているのだろうと察していますがなかなかやめられません。意志が弱いのでしょうね。

Facebookコメント
認知機能障害と認知症の違い:
 「認知機能とは、意欲、注意、再認(recognition)、行為、記憶、情動、言語、判断、実行など、モジュール構造をなすさまざまな並列的能力の集合体を指す用語であり、それらはすべて、一次的には大脳、特に大脳皮質によって営まれている機能である。大脳基底核や、視床、あるいは小脳なども認知機能に深く関与してはいるが、認知機能において主役を務めるのは、なんといっても大脳皮質である。…(中略)…注意しなくてはならないのは、大脳皮質の機能障害というものは、必ずしも大脳皮質の一次性器質病変の存在を意味するものではないということである。また、認知機能障害というものは、必ずしもデメンチア(dementia:認知症)を意味するものではないということも、重要なポイントである。
 デメンチアといわれる病態は、単に認知機能障害があるというだけのことではなく、先にあげた認知機能を形成するさまざまなモジュールの能力の全般的な障害によって、それまで果たすことができていた社会的な役割を果たすことができなくなった状態のことである。
 たとえば、右半球の大きな脳梗塞によって、顕著な左半側空間無視という認知機能障害を生じても、通常それだけでデメンチアに陥ることはない。また、左大脳半球梗塞によって重度のウェルニッケ失語を生じた場合、重度の認知機能障害があるということはできるが、それだけでデメンチアが生じるわけではない。
 デメンチア患者では、しばしば健忘症がその臨床像の中心となることが多い。健忘症もまた明らかな認知機能障害ではあるが、健忘症だけではデメンチアとはいわない。単純ヘルペス脳炎後遺症において、数分前の出来事はまったく覚えていないというようなきわめて高度の健忘を生じた患者においても、知識に基づく判断はまったく正常であり、高度な計算問題や、幾何学の問題を容易に解いてしまうようなことはまれではない。」(シリーズ総編集/辻 省次 専門編集/河村 満 著/岩田 誠:アクチュアル脳・神経疾患の臨床─認知症・神経心理学的アプローチ 中山書店, 東京, 2012, pp2-7)【一部改変】

認知症になっても“役割”を持ちたい [認知症]

認知症になっても“役割”を持ちたい

 2015年12月14日に報道されましたNHK・総合『わたしが伝えたいこと~認知症の人からのメッセージ~』の第1部におきましては、それぞれの「絶望体験」が語られた一方で、役割を持つことで活き活きと過ごすことができるようになった当事者の方、そしてその方たちを支えるデイサービス「DAYS BLG!」(東京 町田市)の取り組み(活動)も紹介されました。
 非常に重要な視点が語られております。
 7月9日はアスト津におきまして当事者の方をお招きしての「RUN伴」主催の講演会が開催されますが、『わたしが伝えたいこと~認知症の人からのメッセージ~』の第1部のような構成になると良いですね。
 司会進行を務められるのは、樋口直美さんです。樋口さんもそのような構成を考えておられるかも知れませんね。私も万一の時(樋口さんの本を読んで頂けると分かりますように突然の体調不良が起こりうるご病気ですので、そうした万一の事態)に備えて司会者の横に座り必要があればアシストする予定です。基本的にすべて樋口さんが司会進行されますので私はお飾りみたいな感じです。樋口さんの卓越した司会進行技術を盗んでやろうかと狙ってますよ!(笑)

 さて、以前私が執筆担当しておりました朝日新聞社アピタルの医療ブログ「ひょっとして認知症?」におきまして、デイサービス「DAYS BLG!」の活動をご紹介したことがありますので以下に再掲致します。
 
朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第754回『第754回 認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)―(上)初めての国家戦略』(2015年2月4日公開)
 認知症の人への支援を強化する初の「国家戦略」である認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)が2015年1月27日に公表(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000072246.html)されました。
 その概略は、アピタルにおいても2015年1月27日に伝えられております。内容を詳しく知りたい方は、厚生労働省のウェブサイトの資料1(http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-12304500-Roukenkyoku-Ninchishougyakutaiboushitaisakusuishinshitsu/01_1.pdf)および資料2(http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-12304500-Roukenkyoku-Ninchishougyakutaiboushitaisakusuishinshitsu/02_1.pdf)にてお読み頂けます。厚生労働省のウェブサイトの資料1においては、新しい取り組みが「新」と表示されております。政府発表資料は読み解くのが難しいと感じられる方には、その要点を分かりやすく解説しているウェブサイト(http://tokuteikenshin-hokensidou.jp/news/2015/004069.php)もありますのでご参照下さい。

 2012年9月5日に公表された旧オレンジプラン(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002j8dh-att/2r9852000002j8ey.pdf)においては、シリーズ第203回「認知症と長寿社会(笑顔のままで)―認知症患者が入院を断られる現状」のFacebookコメント(2013年11月21日 17:45)においても記述(後述します)しておりますように多くの課題がありました。
 さて、今回発表されました「認知症施策推進総合戦略」(新オレンジプラン)によって今までの認知症施策の問題点はいったいどの程度解消されるのでしょうか。
 私が現実に困っている3つの問題からこの「認知症施策推進総合戦略」(新オレンジプラン)について考えてみたいと思います。

 1点目は、「認知症の行動・心理症状」(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)に対する対応に関して述べましょう。
 シリーズ第437回「患者の心の中を探る―上手なケアだけでは解決できないことがある」においてご紹介しましたように、「認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)やせん妄を呈する入院患者の場合、幻覚や抑うつ、不安などの心理症状に対しては薬物療法は比較的有効であるが、暴力や暴言、ルート抜去、大声、徘徊などの行動症状に対しての有効性は低い(内海久美子、白坂和彦:総合病院におけるBPSDへの対応と課題. 老年精神医学雑誌 Vol.18 1325-1332 2007)」という現状があり、一般病院での対応には限界があります。特に困窮するのが点滴の自己抜去という問題です。
 点滴の自己抜去が目立つ患者さんの場合には、一般病院では対応が困難なこともあり入院を断られるケースが多いのも現状です。点滴の自己抜去の問題に関しては、シリーズ第310回「死を覚悟・治療や食事を拒む─手を焼く点滴の自己抜去」において対応等についても紹介しております。
 こうしたBPSDへの対応に関しては、前述の資料2の「行動・心理症状(BPSD)や身体合併症等への適切な対応─循環型の仕組みの構築」(9頁)においては以下のように記述されております。
 「介護現場の能力を高め、介護で対応できる範囲を拡げるためには、精神科や老年科等の専門科による、医療の専門性を活かした介護サービス事業者等 への後方支援と司令塔機能が重要であり、その質の向上と効率化を図ってい く。具体的には、精神科病院等が介護事業所等と連携する、あるいは地域の ネットワークに加わり、介護職員や家族、認知症の専門科ではない一般診療 科の医師等からの相談に専門的な助言を行ったり、通院や往診(通院困難な 場合)等により適切な診断・治療を行ったりすることが必要である。」
 BPSDが目立ち一般病院への入院が困難な事例に関して、精神科病院あるいは在宅医療がどう関与していくのか非常に大きな課題が突きつけられているのが現状であり、今後の大きな課題となっております。

Facebookコメント
外来に通院できなくなった患者を自然に在宅に導き、最期を支える
 静岡県浜松市の医療法人社団心は、2つのクリニックを有する。あらゆる世代の患者が訪れる「坂の上ファミリークリニック」と、19床の有床診療所で、高齢の患者が多い「坂の上在宅医療支援医院」だ。ファミリークリニックは、厚生労働省が定める在宅療養支援診療所として、外来のほか訪問診療も行っている。
 日々の診療は朝8時から始まる。8時半のカンファレンスで、外来の予定や、訪問診療をする患者について話し合う。理事長の小野宏志氏をはじめ、勤務医、外来の看護師、訪問着講師、ケアマネジャー、訪問入浴、ヘルパー、医療事務も顔をそろえ、情報を共有する場だ。その後、おのおのが外来か訪問診療に出掛ける。担当割は、曜日や時間帯により異なる。常勤医5人、非常勤医9人で診療している。
 取材時、小野氏はまず車で5分の有床診に向かった。入院患者を回診するためだ。
 「どうですか。夜は眠れましたか」
 病室を回り、穏やかに声をかけて診察する風景は、通常の病院とさほど変わらない。国内の有床診は、一時期、件数が減少していたが、いわゆる2025年問題を前に、その役割が見直されている。
 「在宅の患者の症状が悪化した時、認知症があると大病院には入院できないことがあります。有床診はそうした際の受け皿です。簡単な急性期疾患のほか、がんの緩和ケア、レスパイトの入院も受け入れています」
【RECRUIT DOCTOR'S CAREER 2015年2月号(第35巻第2号)通巻408号 8-11 2015】

Facebookコメント
 今回のシリーズは、アピタル編集長より「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」が公表されましたので、何か笠間さんが感じるところを書かれませんかとの提案を受けてお届けする臨時原稿です。
 時を同じくして、NHK・EテレのハートネットTVにおいても認知症の話題が取り上げられており、2月3日の放送(http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/calendar/2015-02/03.html)では、日本認知症ワーキンググループ(https://www.facebook.com/ninchisyotoujisyanokai)という団体が設立されたことと、2014年7月に開催されました“認知症当事者研究・勉強会”での様子などが伝えられました。放送では、「(認知症当事者研究・勉強会において)認知症の人たちが口々に語ったのは、空白の期間の経験でした。初期の段階で診断されても、支援する体制がなく“早期診断・早期絶望”というべき厳しい現実があるというのです。」というナレーションが流れました。
 「早期絶望」とならないためには、若年性認知症の就労支援という課題の克服が極めて重要なんだろうと思います。しかし、現実に稼働している自治体はまだまだ少ないのが現状ですね。
 そんな中、今朝(2015.2.4)の中日新聞紙面におきましては、東京都町田市のデイサービス施設「DAYS BLG!(デイズ ビーエルジー)」が通所者が取り組むプログラムに有償ボランティア活動を積極的に取り入れている様子が伝えられましたね。記事内容の一部を以下にご紹介しましょう。非常に良い記事内容ですので、是非とも全文読まれることをお勧め致します。
 「(冒頭省略) 開設は2012年。理事長の前田隆行さん(38)が以前働いていた施設で、認知症の人たちから『働きたい』『社会の役に立ちたい』という希望を耳にしたことがきっかけだった。(中略) 介護保険サービスの中で、謝礼を伴う有償ボランティアが認められていなかったため、前田さんは厚労省に要望。最低賃金を下回るという条件で有償のボランティアが認められた。(中略) 自動車販売会社の洗車や、青果問屋からはタマネギの皮むきのほか、学童保育での子どもの遊び相手などの有償ボランティア活動を含め、午前と午後にそれぞれ三、四カ所の活動先を確保している。この中から、一日の通所者約十人が自分でやりたいことを選ぶ。ボランティア中の事故などを防ぐため、派遣先には必ず職員も同行する。(以下省略) 【佐橋 大】」

認知機能・覚醒度の変動のメカニズム 「意識」と「こころの理論」 [脳科学]

Part4 レビー小体型認知症の病理と病態生理
2-4 認知機能・覚醒度の変動のメカニズム

 覚醒や睡眠の調節には脳幹から上行する2つの主要な経路が存在する(図表2-5=https://www.facebook.com/photo.php?fbid=596655130504170&set=a.530169687152715.1073741826.100004790640447&type=3&theater)。第1は脚橋被蓋核・外背側被蓋核から視床へ投射する経路であり、第2は複数の脳幹モノアミン作動性ニューロン(青班核、縫線核、腹側中脳水道周囲灰白質、結節乳頭核)から前脳基底核、視床下部を経て前頭葉など大脳皮質へ投射する経路である。前者では、脚橋被蓋核・外背側被蓋核が、後者では前脳基底核ニューロンがアセチルコリン作動性であるが、DLBではADよりもアセチルコリン作動性ニューロン障害が強いことが知られている。したがって、DLBの覚醒度や注意力の障害には、これらアセチルコリン投射系の機能不全が関与している可能性がある。薬理学的には、コリンエステラーゼ阻害剤による治療によってDLBの認知機能の変動は改善することが示されている。
 しかし、機能解剖学的研究では必ずしも上述した仮説は証明されていない。安静時fMRIによる検討では、右半球における前頭葉─頭頂葉間の機能的結合の低下と認知機能の変動が関連することが示されている。SPECTによる検討では、特定の脳血流パターン(DLB cognitive motor pattern;小脳・基底核・補足運動野の血流高値、頭頂側頭葉の血流低値)と認知機能変動が相関することが示されているう。ただし、後者の研究では同じ脳血流パターンが認知機能障害、運動障害、注意機能障害とも相関しており、認知機能の変動に特異的というよりもDLBの臨床症状全般との関連をみている可能性もある。さらに同研究では、視床や中脳と認知機能の変動の相関はみられていない。したがって、DLBにおける認知機能・覚醒度の変動のメカニズム解明には、さらなる研究成果が待たれるところである。
【編/小阪憲司、著/長濱康弘:レビー小体型認知症の診断と治療─臨床医のためのオールカラー実践ガイド. harunosora, 川崎, 2014, pp199-201】

私の感想
 血圧(https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/596590583843958?pnref=story)と、ドパミン&アセチルコリン(https://www.facebook.com/photo.php?fbid=596564853846531&set=a.530169687152715.1073741826.100004790640447&type=3&theater)が絡みあって、認知機能の変動が起きるのではないかと現状では推察しております。

 「意識」と「心」は別問題です。
 「こころの理論」って興味深い分野ですよ。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第12回『認知症の診断─もの忘れ検診』(2012年12月26日公開)
 認知症の診断はどのようにして行われているのでしょうか。私が勤務する榊原白鳳病院の「もの忘れ検診」を例にとって説明しましょう。
 ところで、認知症の検診は、私が1996年7月9日に国内で初めて開設したものです。当初専門誌に投稿(笠間 睦:痴ほう専門ドックの開設. 脳神経 Vol.49 195 1997)した際には、「痴ほう専門ドック」と名付けていました。
 2004年12月24日、「痴呆」という呼称が「認知症」に改称されたのを契機に、「痴ほう専門ドック」を「もの忘れ検診」に改称しました。 (以下省略)

Facebookコメント
社会的認知能力―人や社会との適切なかかわり
 社会において適切な行動をとり、ほかの人がどのように感じているかを読み取る能力を社会的認知能力social cognitionと呼ぶ。人の表情をみてその感情を読み取る(感情の認識recognition of emotions)、人のこころの動きの一般的なルール(こころの理論theory of mind)を理解する能力である。障害されると、社会から受け入れられる範囲を超えた不適切な態度をとることになり、友人や家族の反対を無視する行動や安全を無視した決断など、社会的な基準に適さない行動がみられる。
 認知症(DSM-5)では、社会から受け入れられる範囲を越えた態度をとる。衣服、政治、宗教、性的な会話などで皆に関心がない話題にこだわる、友人や家族の反対を無視する行動、安全を無視した決断(気候や社会的状況に不適切なもの)など、社会的な基準に鈍感な行動がみられる。
 軽度認知障害(DSM-5)では、行動や態度の微妙な変化、しばしばパーソナリティ変化とされるもの、たとえば社会的にしてはいけないことに気づくとか、ひとの表情をみて察するとかということが障害される。また、共感が乏しくなるとか、過度に内向き、外向きとなるとかといったことが、ときどきみられる。あるいは微妙なアパシーや不穏などもみられる。
 社会的認知能力は次のように評価される(DSM-5)。
●情動の認識recognition of emotions:
 強い情動を示している顔の絵をみてそれを理解する。
●心の理論theory of mind:ひとのこころや経験の状況を推し量る能力。写真をみせて、このカバンをなくした女の子はどこを探したらよいか、とか、この男の子はどうして悲しんでいるのか? といった質問をする。
【三好功峰:認知症─正しい理解と診断技法 中山書店, 東京, 2014, pp35-36】

Facebookコメント
こころの理論
 この年齢の子どもたちの特徴の一つは、子どもたちだけの間で自由に遊ぶことが可能になることだ。また、他者の気持ちをうかがえることも一つの特徴になっている。こうした特徴は、プレマックとウッドロウにより提唱された「こころの理論」として研究が進んでいる。
 そこで、こころの理論の特徴的なテストである、誤信念課題を実施してもらった。このテストでは、図6-5(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/GoSinnennKadai.jpg)のように、場面に登場する人物の一人が、この場面でどのように思っているのかを、子どもたちに推量してもらうのである。その結果、正答率は、4歳児では約30%、5歳児は約60%であったが、6歳児では80%に上昇した。4歳の頃は他者のこころを推察することが難しいようであるが、6歳になるとそれがほぼ可能になることを示している。
【苧阪満里子:もの忘れの脳科学 講談社, 東京, 2014, pp153-154】

Facebookコメント
 通常、脳の老化は前頭前野から始まります。
 前頭前野には、神経細胞の細胞体が集まった「灰白質」という部分と、そこから伸びる神経線維が集まっている「白質」という部分があります。この白質は加齢とともに薄くなっていくことがわかっているのですが、これにはミエリンの減少を伴います。
 神経細胞の間で信号を伝え合う軸索の被膜部分がなくなることで、信号がうまく伝わらなくなり、神経細胞が死んでいってしまうわけです。
 このような白質の変化が起きるのは、加齢によって脳の血流が落ちることが原因だと見られています。
 …(中略)…
 高齢者が「物忘れ」をするようになる理由は、前頭前野に加齢とともに起きる変化によって説明できるのです。
 一方、年を取ると、海馬にも老化が起きます。正確に言うと、海馬の入り口にあたる「嗅内野」から障害が発生し始めて、海馬に広がっていくのです。
 海馬は記憶をつかさどる部位としてよく知られており、数週間から数カ月にわたって記憶を保持し、その後、一生残るような長期記憶をつくる役割を持っています。ちなみに、海馬でつくられた長期記憶を保持するのは、大脳皮質の側頭連合野です。
【髙島明彦:淋しい人はボケる─認知症になる心理と習慣 幻冬舎, 東京, 2014, pp64-65】

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第462回『患者の声が聞こえていますか?─もっと聞いてほしいを受け止めて』(2014年4月12日公開)
 認知症においては、失語が徐々に目立ってきますのでやがて意思疎通に支障を来してきます。
 ところで皆さん、以前ご紹介しました二つのエピソードは強く印象に残っておられるのではないでしょうか。
 一つ目のエピソードは、シリーズ第220回『認知症と長寿社会(笑顔のままで)─感情を伴った記憶は残っている』において紹介しましたデボラ・ダナー(感情を専門とする心理学者)にまつわる話です。
 ダナーが最高の幸福に包まれた思い出話をしたところ、数年前から寝たきりで言葉をめったに口にしなかった重度アルツハイマー病の人が「誰も話を聞いてくれんから、話をせんのだ」とダナーに話したというエピソードですね。
 二つ目は、シリーズ第218回『認知症と長寿社会(笑顔のままで)─問いかけや訴えを傾聴する』において紹介しました一人の認知症女性患者さんの初診日のエピソードです。
 介護者であるご主人が、「何で自分の思っていることをちゃんと伝えてくれないのか?」と指摘した際にその女性の口から出てきた言葉は、「だってあなたが私の話を遮るじゃない! もっと聞いて欲しいのに…。だから喋らなくなるのよ。」でしたね。
 この2つのエピソードに共通することは、介護者が本人の話をきちんと聞かなかったために本人が話すことをやめてしまったという状況です。
 茨城県立医療大学保健医療学部看護学科の北川公子教授は、「繰り返したずねられると、周囲の人は、認知症の人を避ける、あるいは受け流すような応対をしやすい。このような対応は認知症の人の不安や焦燥感、疎外感を助長し、認知症の人はますます繰り返しの問いかけをするようになり、やがて失望して話しかけることそのものをやめてしまう、という悪循環に陥りかねない。短い時間でも、1人ひとりの問いかけや訴えを『傾聴』し、その内容を書き残したり、いっしょに作業をするなどして、認知症の人の記憶力や所在なさを補う必要がある。」(認知症ケア基本テキスト─BPSDの理解と対応 ワールドプランニング, 東京, 2011, p48)と指摘しております。
 大阪市社会福祉研修・情報センターの沖田裕子スーパーバイザーは、「本人交流会を特別養護老人ホームとかグループホームでやってみたことがあるが、施設の方も『こんなにしゃべれるとは思わなかった』とびっくりしていました。聞かれないからいつも喋っていないだけで聞き続けているとお話して下さるんですよね。高齢の認知症患者さんにおいても本人の思いを聞き出すことが大切!」と語っておられます。

Facebookコメント
 楽しみな先生(=認知症学会専門医ではないのですが[←資格が多すぎて更新が困難なので]、私よりもずっと奥深く認知症基礎領域に携わっておられます)が榊原白鳳病院に常勤として赴任されてきました。
 お昼休みに(=食事をたべながら)、認知症&BPSD関連の話題についてお話しておりましたら、扁桃体(Amygdala:アミグダラ)の話題から波及して「『物盗られ妄想』と『心の理論』との関わり」という話題にまで話が展開(飛躍)してしまいました。
 あまりにも話が面白すぎて、食事が喉を通りませんでした(笑)。

P.S.
 今から職場での上映会『ジストニア』に出席します。

Facebookコメント
 「感情を伴う出来事の記憶は覚えやすいことはわれわれでもよく経験することで、情動による記憶の増強効果と呼ばれている。この情動喚起によるエピソード記憶の増強効果には扁桃体が関与することが知られているが、エピソード記憶が著明に障害されるADにおいてもこの増強効果が残っていることが複数の研究で明らかになっている。ただし、この増強効果の程度は患者によって異なり、扁桃体の萎縮が軽度のAD患者ほど、この増強効果がより維持されている可能性が示唆されている。
 …(中略)…
 Nakatsukaら(Nakatsuka M, Meguro K, Tsuboi H et al. Content of delusional thoughts in Alzheimer's disease and assessment of content-specific brain dysfunctions with BEHAVE-AD-FW and SPECT. Int Psychogeriatr Vol.25 939-948 2013)はADの妄想と扁桃体との関連を検討した。27例の妄想を有するAD患者と、この27例とMMSEで認知機能障害の程度をマッチさせた、妄想を有しない27例のADとの間で脳血流を比較し、さらに妄想の内容と局所脳血流との関連を調べた。その結果、右扁桃体の脳血流低下と『(自分の家にいるにもかかわらず)自分の家ではない』と感じる妄想との間に有意な関連を認めた。右扁桃体の機能低下により不安や恐怖が高まり、自分の今いる家が安心できる場所でないと感じる。患者の言う家とは『安心できる場所』の表象であると著者らは解釈している。」(數井裕光、吉山顕次、武田雅俊:アルツハイマー病における扁桃体萎縮と症候. Clinical Neuroscience Vo.32 662-664 2014)

認知症と精神科医療 [認知症]

認知症と精神科医療

 私は精神科医ではありません。ですから、認知症における精神科入院医療の実態はあまり詳しく知りません。
 認知症の人におきましてBPSDが顕著となって介護が行き詰まったときに、精神神経科に入院を依頼することがあります。ただ、その後どうなったかを知ることは極めて稀です。
 しかしながら噂としては、寝かしつけられ薬漬けにされ、寝たきりになって・・という話は時折耳に入ってきます。ただそれが、一部なのか、大多数なのか例外的なのかその辺りがよく分からないんです。
 石川県立高松病院副院長の北村立(きたむら たつる)医師(精神科医)の活動をTVで拝見しておりますと、精神科入院医療の重要性を感じ取ることができます。
 一方、私の担当する榊原白鳳病院3F療養病床(ベット数:59)にも、精神科での治療を終えた認知症患者さんが何名か入院されております。たくさんの向精神薬が管から注入されています。それでも奇声を上げられております。在宅や施設での受け入れが困難な方がおられるのもまた一つの事実なんだと思います。やめたくてもやめられない向精神薬があるのも現実の姿です。
 精神科医療(認知症の入院医療)の暗部の部分は私には分かりかねますが、明るい部分は時折報道されます。
 以前、アピタルで記載した北村立医師などの活動を以下に振り返ってみたいと思います。
 

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第159回『認知症のケア 向精神薬の使用は慎重に』(2013年6月2日公開)
 抗精神病薬も含めて向精神薬(メモ4参照)は、認知症治療の中では基本的には必然性のない薬です。近年では、抗精神病薬については安易な使用は控えるよう警鐘が鳴らされております。
 しかしながら、かかりつけ医や認知症専門医に対する調査では、通院中の認知症患者さんの実に95%以上に何らかの向精神薬が用いられている(繁田雅弘編 角 徳文著:実践・認知症診療─認知症の人と家族・介護者を支える説明 医薬ジャーナル, 大阪, 2013, pp85-89)ことが指摘されております。
 BPSDが目立つ患者さんを、安易に精神科病院に医療保護入院させずに地域で支えていくことは、もの忘れ外来に課せられた大きな責務であると私は考えております。したがって、認知症診療の第一線に立つ医師には、抗精神病薬をうまく使いこなす知識と経験が求められることになります。介護者のケアにも配慮しつつ、患者さんのQOL(生活の質)を損なわないよう、抗精神病薬の使用を最小限に留めようという姿勢が基本原則となります。
 2013年3月20日放送のハートネットTV『シリーズ認知症 “わたし”から始まる(1)―日本・脱病院の模索―』(http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/calendar/2013-03/20.html)においては、石川県立高松病院副院長の北村立(きたむら たつる)医師(精神科医)らが調査した再入院の現状についても報道されました。
 再入院した人の半数(50%)は、一人暮らしか二人世帯であり、さらにその4割が誰も頼る人がなく地域から孤立している状況であることが分かったそうです。北村立医師はこの状況について、「1対1というのは、夫婦でも子どもであっても煮詰まりやすい関係にあって、つながりが強いから、看たい気持ちも強いけど、排他的になって孤立していく」と解説しておりました。
 さらに再入院した人のうち、本来は治療の必要ない人が1割含まれたいたそうです。その主因は、「介護保険と本人の希望のずれ」であったそうです。例えば、「本人にとっては(施設で)することがないから『帰る』と言っているのに、それが施設側からすると、『帰宅願望が強い』となってBPSD扱いされてしまっている」と北村立医師は指摘しておりました。

メモ4:向精神薬
 向精神薬とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称であり、抗精神病薬、抗不安薬、抗うつ薬などが含まれます。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第178回『深刻化する認知症患者の長期入院 退院に向けてケア会議』(2013年6月21日公開)
 では、精神科病院における長期入院の解消に成果をあげている取り組みについてご紹介しましょう。
 2012年11月22日放送のクローズアップ現代(http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3278.html)では、「“帰れない”認知症高齢者 急増する精神科入院」と題して、増え続ける認知症高齢者の精神科病院への入院をどう解消するのかが大きな課題として取り上げられました。
 放送された内容で私が強く印象に残ったのは、石川県立高松病院副院長の北村立(きたむら たつる)医師(精神科医)らの取り組みです。
 北村立医師らは、4年前から退院を促すための様々な取り組みを始めているそうです。まず取り組んだことは、家族や介護施設が抱えている退院後の不安を解消するための退院に向けてのケア会議でした。ケア会議では、家族や介護施設の担当者が集まり、退院後の過ごし方について話し合われます。その中で北村立医師は、「(退院してみて)うまくいかなかったら、また入院すればいいんだし…。やってみないことには分からんから」と話しておりました。
 その他に北村立医師が取り組んでいることが、「早期治療」と「BPSDの予防」です。早期治療とは、医師自ら介護施設に出向き、認知症の行動・心理症状(BPSD)がひどくなる前に治療に取り組むものです。BPSDの予防とは、認知症と診断後に病院のスタッフが患者さんの自宅を訪問し、関係者に集まってもらいBPSDの原因を探りアドバイスする取り組みです。
 当日の番組コメンテーターを務めた敦賀温泉病院・玉井顯院長(精神科医)は、北村立医師らの取り組みを見て、認知症はチーム医療が一番大切であるがそれを実践していることが素晴らしく、生活の場を実際に見ているのでBPSDの原因が分かり対処方法を家族に伝えられるし、精神科病院は「最後の砦」なのでいつでも再入院できますよと保証する(バックアップ体制をしっかりする)ことで家族が安心し長く在宅で過ごすことができるのではないかと高く評価しておりました。
 北村立医師らの取り組みは、2013年3月1日付朝日新聞「認知症とわたしたち」においても取り上げられました。記事においては、「入院期間をなるべく短くしようと、病院は4年前から、家やグループホームヘ訪問看護を始めた。症状がひどくなったときには再入院させ、落ち着けばまた家へ帰す。抗精神病薬や睡眠薬などは最小限に抑える。患者の活動量が落ちれば看護は楽だが、寝たきりになって家へ帰れなくなる恐れもある。最近は、患者の半分近くは2カ月以内で退院できるようになった。」とその成果も報道されました。

Facebookコメント
 2013年6月15日に放送されましたNHK・Eテレ/チョイスでは、「もし認知症とわかったら」(http://www.nhk.or.jp/kenko/choice/archives/2013/06/0615.html)に関連するチョイスがいくつか示されました。
 私が一番印象に残ったのが、若狭町福祉課地域包括支援センターの髙島久美子さんらが取り組んでいる試みです。
 髙島さんは、若狭町に住む65歳以上の人を年1回訪ねており、戸別訪問により認知症の早期発見に努めております。さらに、家族だけではなくご近所の方に対しても認知症ケアについてアドバイスし、認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)を未然に防止することに精力的に取り組まれておりました。
 若狭町では、これらの取り組みによって、認知症患者の入院数(平成24年人口比)が福井県の周辺自治体の約5分の1であったという成果をあげているそうです(嶺南認知症疾患医療センター調べ)。
 町ぐるみで認知症対策に取り組むことにより、BPSDを未然に防止し精神科病院への入院を減らした具体的な事例と言えますね。

Facebookコメント
 事例を紹介しよう。90歳の母親を60代後半の娘さんが一人で介護していたケースである。娘さんが急性の心筋梗塞で入院することなり、その日から誰が母親の介護をするかが問題となった。関与していた初期集中支援チームは、残された母親にはほとんど清神症状がないのに、なんと認知症疾患医療センターの民間精神科病院に入院させて、支援終了としてしまったのである。地域の介護施設でショートステイをつなげたり、工夫次第でいくらでも地域生活を継続できていたかも知れないケースである。
 精神科病院は「地域にとって困った存在」を強力に引き寄せ、入院させてしまうことでその存在を目の前から消し去ってくれる。地域で対人的支援を行っている人にとっては大変に便利な施設である。とりあえず「困った人」を引き受けてくれて、問題が解決してしまうので、一回利用すると癖になってしまう。 しかし利用したことによる副作用は極めて大きく、こうした「便利な施設」が地域にあるために、「工夫すれば地域で支えることができる人」がみな精神科病棟に吸い込まれてしまうことにもなりかねない。こうした「便利な施設」があると地域で対人支援を行っている人々が支援方法を工夫することがなくなるので、多様な人を地域で支える仕組みが育たないのである。
 結局、現在の日本では精神科病床が過剰に存在しているために地域力が育たず、いつまでたっても精神障害者を地域で支えられない状態がつくられてしまっているのである。
 さらに、この精神科病院の吸引力のために、私たちは普通に生活していると精神障害がある人と接する機会が奪われてしまい、国民全体の精神障害に関する理解も深まらないのだ。いわば、過剰な精神科病床の存在のために大きな社会的損失が生じているのである。真の共生社会の実現のためには、精神科病床は適正数まで強制的に減少させる必要があると考えられる。
 病床削減の方法としては、厚生労働省の審議会「長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策に係る検討会」で検討されていた「病床転換型居住系施設」は極めて問題の大きい、危険な施策である(厚生労働省:長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策に係る検討会 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000almx.html#shingi141270)。単なる看板の書き換えに終わってしまう可能性が高いことと、日本と同じような精神科医療状況にあるベルギーで、似たような施策を行い、20年以上の社会実験の末に完全に失敗に終わったからである。
【上野秀樹:認知症の人の支援─初期集中支援チームと精神科医療供給体制. 公衆衛生 Vol.78 683-688 2014】


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第179回『深刻化する認知症患者の長期入院 専門病院と介護老人施設の連携をスムーズに』(2013年6月22日公開)
 最後に、石川県立高松病院副院長の北村立医師が論文で報告している理念をご紹介して本稿を閉じたいと思います(一部改変)。
 「在宅や介護老人施設などで対応困難なBPSDが発生した場合、可及的速やかに対応でき、かつ人権擁護の観点から法律的な裏づけがあるのは精神科病院しかないと思われる。したがってBPSDの救急対応も精神科病院の大きな役割として強調されるべきである。
 石川県立高松病院ではBPSDに対する救急・急性期治療の重要性を認識し、早くからそれを実践してきている。具体的には認知症医療においても365日24時間の入院体制を合言葉に、『必要なときに即入院できる』体制を作り上げてきた。
 さて、今後爆発的な増加が予想される認知症の人をできるかぎり地域でみていくためには、BPSDの24時間の対応体制の整備が必要なのは明らかであるが、わが国にはそのような報告は筆者らの知る限りない。
 当院のような365日24時間受け入れ可能な精神科専門医療機関が地域にあれば、多少重症のケースであっても、介護老人施設でぎりぎりまで対応できる可能性が示されている。施設が困ったときにただちに対応すれば信頼が得られ、状態が安定すれば短期間で元の施設に受け入れてもらうことが可能となり、専門病院と介護老人施設の連携がスムーズとなる。
 成人の精神科医療と同様、高齢者に認められる急性一過性の激しい精神症状は、適切に対応すれば容易に消退するものであり、これこそが精神科における認知症急性期医療の重要性を示すものである。また、筆者らの臨床経験からいえば、家族の心配や介護負担感を増やさないようにするには、初診時から365日24時間いつでも受け入れることをあらかじめ保証することが重要である。家族が困ったときにすぐ対応すれば、介護者は余裕をもって介護に当たることが可能であり、近年問題となっている介護者のメンタルヘルスを保つうえでもきわめて有益と考える。」(北村 立 他:石川県立高松病院における認知症高齢者の時間外入院について. 老年精神医学雑誌 Vol.23 1246-1251 2012)

アルコール関連認知症 [アルコール]

アルコール関連認知症

 たくさん飲まれる方には耳の痛い話題かも知れませんが、自戒の意味も込めて(?)、関連情報をお届けします。


Case3 毎晩日本酒8合を飲酒する男性―年相応のもの忘れを心配しすぎ?
【患者データ】
初診時年齢:
 69歳.
現年齢:
 71歳.
性別:
 男性.
家族歴:
 2人兄弟の第2子,28歳で結姫.子ども男子2人,それぞれ結嬉して家庭を持っている.妻と2人暮らし.家系内に明確な精神疾患の負因はないが,父親は職をよく変わる人だったという.母方の従妹でパーキンソン病で亡くなったと言われている者が2人いる.
主訴:
 もの忘れを訴えて受診した脳神経外科から紹介されて受診.
【生活歴、生育歴】
 N市生まれ.商業高校卒業後寿司店で修行し,寿司職人となって働く.30歳で独立してN市で寿司屋を開業し,弟子を育て,支店を出すなど繁盛した.60歳時,老後を温暖な土地で過ごしたいと考えA市へ転居し,そば屋を開店させ現荏も続けている.
【飲酒歴】
 初飲は高卒後,耐性が高かった.20歳代では3升/日の飲酒量だったが,最近は弱くなって8合/日に減っている.日中飲酒はない.夕食時に飲酒をする他に,夜中に 目覚めて飲酒することがある.身体依存を疑わせる所見はなかった.
【現病歴】
 20年前から,高血圧でかかりつけ医から投薬を受けている.
 X-4年前に,もの忘れを訴えてA病院脳神経外科を受診した.HDS-Rでは正常範囲内であった.CT,MRl,SPECT検査では軽度の血管の狭窄と血流低下を認めたが,ADを疑わせる所見や脳梗塞などの目立った所見は認めなかった.そのため経過観察することになった.
 X年になって,もの忘れがひどくなり,食事したことを忘れたり,日付がわからなくなるなどして日常生活に支障を及ぼすほどになったと訴えて,A病院脳神経外科を受診した.しかし,本人の訴えに一致する所見に欠けるという理由で,当科へ紹介された.
【初診時所見】
 表情は自然で,対人接触は円滑で快活によくしゃべる.しかし本人は,人の話を聞いた先から忘れてしまう,固有名詞を忘れてしまう,人と行き会ったときに名前を忘れてしまっている,などと述べた.妻は,自分と夫は同じくらいのもの忘れで問題ないと思うと述べた.
【検査所見】
 HDS-Rでは29/30(見当識-1),MMSEでは27/30(遅延再生-3),レーヴン色彩マトッリクスでは35/36と,認知症水準に至っていなかった.自覚的なもの忘れと客観的な評価との間に乖離が認められた.
【初期診断】
 大酒家が初診の4年前から記銘力低下が自覚され認知症を心配して受診してきたが,日常生活に支障を及ぼす程度ではなかった.スクリーニングテストで認知症水準になく,紹介元で認知症を疑う所見がないのに物忘れを強く訴えたことから,神経症圏の認知症恐怖症と考えた.
【本症例のまとめ】
 毎晩8合飲酒の大酒家で,臨床的にはMCI水準の認知症.
 初診時は,自覚される物忘れの程度とスクリーニングテストの結果との間に乖離が見られたこと,紹介元で認知症を否定しているため精査しないで神経症圏,認知症恐怖症と誤診した.
 詳細検査の結果,TMT,Stroop Testの時間延長が前頭葉機能低下を示唆した.
 記憶検査は正常であったが,脳血流測定では頭頂部,後部帯状回,楔前部などで血流低下があり,初期ADと考えられた.
 前頭葉機能低下や左内側前頭前野の血流低下など,アルコール性認知症に見られる所見を伴っていた.
 断酒と抗認知症薬で2年4か月経過してMCIの進行は見られず,記憶力が回復してきていると述べている.
【アルコール性認知症とは?】
 アルコールが関連していると思われる認知症を,一次性か二次性かの議論を避けて,一括りにしてアルコール関連認知症(alcoholic-related dementia;ARD)ととらえる考え方もある.ウェルニッケーコルサコフ症候群をあえてアルコール性認知症と呼び換えては言わないことを考えると,ARDとアルコール性認知症は臨床的にはほぼ同義と考えてよいだろう.ARDでは抽象能力や短期記憶などに障害がみられるのに対し,ADでは再認や記憶想起や喚語などに障害が強い点で認知症の病態に相違がある.また,ARDは断酒を継続するかぎり認知症の進行は起きないという点も大きな相違点がある.ARDを提案したOslinが自身のARD診断基準の信頼性を検討している.その際,2年間同じナーシングホームで過ごしたARDとADの経時的変化をMMSEでみると,ARDでは進行が見られないのに対して,ADでは明らかに病勢が進行していた.physical self-maintenance scale(PSMS)でみた身体機能も2年間にADでは低下が認められたが,ARDでは低下がなかった.認知症の予後を考えると,ARDは断酒するだけで病勢が停止ないし改善するという利点があることになる.
【大量飲酒=アルコール依存症?】
 アルコールは依存性を有する中枢抑制薬であり,反復摂取することで耐性獲得とアルコールの強化作用によって脳内に依存の機構が型作られる.その型作られる速度は個体差が大きい.大量,長期であっても生来アルコール耐性の高かった症例3では,8合/晩酌が長年月続いていたが依存徴候が見当たらなかったことからアルコール依存症と言えない.しかし8合は通常の晩酌とは言えない大量であることから,アルコール乱用とした.これに反し,症例1は目立って多い摂取量ではなかったが,病的飲酒パターンからアルコール依存症と判断できた.飲酒量の多寡でアルコール依存症か否かを判断しないようにしたい.
【原則は「断酒」】
 アルコールが他の認知症の促進因子や修飾因子になるので,いかなる認知症であっても飲酒を禁じるのが原則である.80歳を過ぎた高齢者の家族の中には「楽しみ」を奪うことはかわいそうだという心情を持つ者も少なくない.
 断酒することで,アルコールによる認知症の症状抑制,促進している部分が改善することは認知症の経過によい影響を及ぼすことを伝え,断酒の方針を明確にすることが治療者に求められる.
 【編/朝田 隆 著/小宮山徳太郎、朝田 隆:誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別 医学書院, 東京, 2013, p131-139】

私の感想:
 長々とご紹介しましたが、結局、「飲酒量の多寡でアルコール依存症か否かを判断しないようにしたい」という部分だけ言いたかったのでこの事例をご紹介致しました。
 それともう1点、8合/晩酌(20歳代では3升/日の飲酒量)というとてつもない大量飲酒であっても、69歳まで飲んでもMCI(軽度認知障害)のレベルにとどまり、しかも断酒によって記憶が改善するんだ!と分かると自信になりますよね。
 齋藤さん、お互い飲み過ぎには気をつけましょうね。でもこの事例、ちょっと勇気づけられますよね。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第50回『その他の認知症―アルコール関連認知症』(2013年2月11日公開)
⑦アルコール関連認知症
 長期に多量の飲酒を続けることにより認知症を発症することがあり、それをアルコール関連認知症と呼んでいます。
 厚生労働省研究班の2008年の報告によれば、若年性認知症の原因疾患としては、脳血管性認知症(VaD)が最多で39.8%、次いでアルツハイマー型認知症(AD)の25.4%、以下、頭部外傷後遺症(7.7%)、前頭側頭葉変性症(3.7%)、アルコール関連認知症(3.3%)と続きます(池嶋千秋、朝田 隆:若年性認知症はどのくらいの患者数になるのか? 精神科治療学 Vol.25 1281-1287 2010)。
 厚生労働省のウェブサイト上の報告(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/03/h0319-2.html)では、上記論文と若干数値が異なっており、アルコール性認知症(3.5%)と記載されております。

 ところで、アルコール性認知症という診断名は、現代の主な診断基準には存在しておりません(松下幸生:アルコール性認知症とコルサコフ症候群. 日本臨牀 Vol.69 Suppl10 170-175 2011)。
 それは、動物実験ではアルコールの神経毒性を示唆する結果が報告されているものの、ヒトにおいて認知症の直接原因になるという証拠は得られておらず、未解決の問題だからです。そういった背景もあり、アルコール関連認知症という別の基準が提唱されています。

 ウェルニッケ脳症(Wernicke脳症)は、ビタミンB1(チアミン)の欠乏によって生じ、外眼筋麻痺、運動失調、意識障害を三主徴とする急性脳症です。ただし、意識障害のみを示す場合もあります。
 ウェルニッケ脳症は、ビタミンB1の欠乏だけでも発症します。しかし、アルコールの多飲やインスタント食品の偏食による栄養の偏りなども発症の引き金となります。
 コルサコフ症候群(Korsakoff症候群)は、アルコール依存症例に合併し、Wernicke脳症後に生じることが多いため、Wernicke-Korsakoff症候群と言われることもあります。

Facebookコメント
 「Korsakoff症候群は、アルコール乱用者のWernicke脳症のほぼ80%に続発し、即時記憶が強く障害される一方で、古いエピソード記憶は比較的保たれる。著明な前向性および逆行性健忘とアパシーが特徴的であり、最近の記憶の欠失に関連した作話症を時に認める。注意力や社会的礼節は保たれており、特に違和感なく通常の会話も成立するため、一見正常に見えることもある。」(池田賢一、髙嶋 博:栄養障害(ビタミン欠乏など)に関連する認知障害. Modern Physician Vol.33 27-29 2013)

Facebookコメント
 私は、毎晩欠かさずにしっかりと晩酌をしておりますが、アルコール乱用者ではないと思います。
 因みに、胃ろうの患者さんが晩酌をすることもあるようです。
 仙台往診クリニックの川島孝一郎院長によると、「仙台往診クリニックで診療している在宅患者の中には、胃瘻から栄養を取りながら脱脂綿で少しずつ日本酒を口に運び、毎日晩酌をする終末期の患者さんが少なくない」(2013年2月10日発行日経メディカルNo.543 51-59)そうです。
P.S.
 胃ろうの患者さんでも、必要な栄養は胃瘻より摂取し、ごく少量のお楽しみ程度に「経口摂取」をされるという方は結構多いですよ。その辺りが、胃ろうの持つ大きな意義ではないでしょうか(=栄養管理をしたうえで、「お楽しみ」として好きなものをほんの少しだけ味わう!)。
 延命目的の胃ろうと栄養管理目的の胃ろうは、きちんと分けて議論する必要があります。

Facebookコメント
 興味深い事実もご紹介しましょう。
①アルコールは神経新生を阻害する(He J, Nixon K, Shetty AK et al:Chronic alcohol exposure reduces hippocampal neurogenesis and dendritic growth of newborn neurons. Eur J Neurosci Vol.21 2711-2720 2005)。
②断酒によりアルコールによって阻害されていた神経新生過程が再開することになり脳体積の回復や認知機能の改善をもたらす(Crews FT, Nixon K:Mechanism of neurodeneration and regeneration in alcoholism. Alcohol Alcohol Vo.44 115-127 2009)。
③アルコール関連認知症(alcoholic-related dementia;ARD)は、断酒を継続するかぎり認知症の進行は起きないという点で、ARDとADは大きな相違点がある。
【編集/朝田 隆 著/小宮山徳太郎:誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別 医学書院, 東京, 2013, pp125-139】

Facebookコメント
 「典型的で重度のコルサコフ症候群の患者であっても、健忘は、エピソード記憶に選択的であるため、意味記憶や手続き記憶は保たれている。そのため、会話は通常どおり可能で、英語の和訳や調理など、病前に獲得した知識や能力には大きな問題がない。少し話をしただけでは記憶障害の存在はわからないであろう。」(吉益晴夫:記憶. 精神科 Vol.23 147-151 2013)

Facebookコメント
 「臨床検査については、血中VB1(正常値20~50mg/ml)の低下を認める。ただし、血中VB1は測定に時間を要し、日常的に検査される項目でないため、VBlを検査するという認識を持つことが重要である。血中VB1値は血液脳関門のため、脳での値を必ずしも反映しておらず、血中VB1が正常範囲内でもWernicke脳症を発症する可能性があり注意が必要である。」
【上野亜佐子、米田 誠:Wernicke脳症に伴うdementia. 神経内科 Vol.80 95-100 2014】

Facebookコメント
 「世界的な約四八万人、三〇年間の調査を集計した結果では、適量のアルコール(一日二二グラム。ビールは大瓶一本、日本酒は一合)は二型糖尿病を男性は一三%、女性は四〇%防ぎますが、飲みすぎると(一日六〇グラム以上。ビール大瓶三本、日本酒三合以上)逆効果になることがわかりました。酒は『百薬の長』なのでしょうか。最近、このくらいの量のアルコールを飲む人は、動脈硬化にもなりにくいという調査結果が報告されていますから、適量のアルコールを飲んで、健康に暮らしている人は動脈硬化が起こりにくく、その結果、認知症にもなりにくいということなのでしょう。」(中谷一泰:ストップ!認知症 しくみがわかれば予防ができる! 西村書店, 東京, 2014, pp59-60)

Facebookコメント
 「最近マスコミなどでも話題の塩麹(しおこうじ)は、麹に水と塩を加えて発酵させたものです。味は、旨み成分をたっぷり含んだ塩のようなもので、どんな食材、料理にも使え、食材の旨みを引き出してくれます。このようなことから、『魔法の万能調味料』とも呼ばれています。
 また、味だけでなく、幅広い効能も発揮します。
 塩麹からは、発酵の過程でビタミンB1、B2、B6、ビオチン(ビタミンH)、ナイアシン、パントテン酸、イノシトールといったビタミン類が生み出されます。これらには、細胞の新陳代謝を高めたり、栄養素の分解を促進したりする働きがありますから、非常に高い疲労回復効果が期待できるのです。」(白澤卓二:食べ物を変えれば認知症は防げる 宝島社, 東京, 2014, pp59-60)

Facebookコメント
7. 飲酒と認知
 まず、飲酒頻度と認知症の関係はApoE ε4の有無により異なる。ε4を有さない場合は月に1回程度の飲酒群において認知症の発症率は最低であるが、ε4を有する場合には飲酒頻度が増えるに従い認知症発症が増加した(Anttila et al., 2004)。
 飲酒量に関しては少量から中等量が認知機能には良いとされている。少量~中等量の飲酒が65歳以上の日系アメリカ人男性(Bond et al., 2001)と白人(Bond et al., 2003)における良好な認知機能と関連することが示された。禁酒者に比べて、数ドリンク(ドリンク数に関しては下記)の飲酒者は認知機能低下が40%少なく、この傾向はApoE ε4陽性者において強かったという(Carmelli et al., 1999)。55~88歳の男性733名と女性1,053名を対象にして飲酒量と認知機能8領域(言語性記憶、記銘、視空間構成、視覚記銘、注意、抽象化、概念形成)にて評価したところ、2~4ドリンクを飲酒する女性と4~8ドリンクを飲酒する男性にて認知機能が良好であった(Elias et al., 1999)。欧米では“one drink”はアルコール換算で約15gであり、適切な飲酒量は1~4drink程度、アルコール換算量で14~52gとされている(Elias et al., 1999)。本邦では“one drink”をアルコール量10gとすることが多い。これに従うと、適切な飲酒量はビール(アルコール含量5%)では欧米280~1,040ml、本邦190~700ml、ワイン(10%)では欧米140~520ml、本邦90~350ml、日本酒(14%)では欧米100~370ml、本邦70~250ml程度となる。

13. 限界と問題点
 以上に述べた方法論を実診療の場面において応用しようとする場合、具体的な血圧や血糖のコントロールレベルが示されていないこと、食事、運動、認知トレーニングを受け入れる許容範囲が個人により大きく異なる可能性があること、推薦される飲酒量の範囲が広いことなどが、今後も引き続き検討されるべき問題点であると思われる。
【福井俊哉:日常生活における認知障害の予防法. Dementia Japan Vol.28 319-328 2014】

リバスチグミンとドネペジルの差異 [レビー小体型認知症]

リバスチグミンとドネペジルの差異―私のスライドより

 図表1-1「薬物に関する根拠の現状」【編/小阪憲司、著/森 悦朗:レビー小体型認知症の診断と治療─臨床医のためのオールカラー実践ガイド. harunosora, 川崎, 2014, p111】におきまして、認知機能障害に対する根拠として、DLBにおいてはドネペジルが「4(=有効:2つ以上の高品位のRCTで効果が示され、他に矛盾した知見がない)」でリバスチグミンが「2(=可能性あり:RCTの部分的・事後的解析、あるいは低品位のRCTで示唆されている)」、一方PDDではドネペジルが「2」でリバスチグミンが「4」と記載されております。
 これは不思議ですよね。病理学的にも症候学的にも共通した病態であるにも関わらず治療効果に差異が出てくるということは・・。
 だとすれば、ドネペジルとリバスチグミンの作用機序の違いが影響しているとしか考えられません。
 発売された当初は、ドネペジルとリバスチグミンとガランタミンの違いについて医学雑誌、講演会でよく話題として提供されました。
 最近では、3者の違いについて触れられることはほとんど無くなりました。それは、細かな違いこそあれ大きな違いは無いだろう・・というコンセンサスが得られてきたからではないでしょうか。
 しかし、薬剤過敏の目立つレビー小体型認知症(DLB)の治療におきましては、その“細かな違い”が病状に大きく影響しうるかも知れないということを忘れてはいけないのかも知れません
 そこで、DLBにおいて比較的治療効果が高いのではないかと指摘されてきたリバスチグミンと、従来からの治療薬で現在DLBに対して唯一保険適用(http://kaigo123.net/rebi-chiryo/)を有しているアリセプトの差異について考察するため、私のスライド集に忘備録としてしまい込んであった文献を抜き出してみました。
 この中に、何らかのヒントが隠されているとは思うのですが、現状ではまだ推測の域を出ておりません。


AChE3剤の作用機序の違い.jpg
 【高齢者のアルツハイマー型認知症治療における課題と展望. Geriat Med Vol.49 815-824 2011】

3剤の違い1.jpg
【池田篤平、山田正仁:アルツハイマー病新薬の使い分け方. 医学のあゆみ Vol.239 No.5 407-412 2011】
 

 アルツハイマー病、とくにBuChEによるアセチルコリン分解が主体となった進行例でもリバスチグミンは有用である可能性が期待されている。
 【岩手医科大学神経内科高橋智准教授:抗ChE-I剤とメマンチンの現状. Modern Physician Vol.30 1139-1143 2010】



 AChEは主に神経細胞に発現するが、BuChEは神経細胞のほか、グリア細胞にも発現するのが特徴である。ADでは進行に伴って、神経細胞の変性・脱落が起こりAChE活性は低下するが、一方でグリア細胞は増生し、BuChE活性が上昇する。そこにリバスチグミンのBuChE阻害作用が働くことで、シナプス間隙のACh濃度を上昇させることができる。
 【下濱 俊:Geriat Med Vol.49 819 2011】



 ドネペジル・ガランタミンで消化器症状が出現したら、消化器症状の頻度が少ないリバスチグミン・パッチに変更を検討できる。
 【繁田雅弘:Medical Practice Vol.29 799-802 2012】



 リバスチグミンはAChEといったん結合すると分離するまで長時間かかるため、偽非可逆性ChE阻害薬と言われ、最高血中濃度までの時間は0.5~2時間と短いが10時間程度の持続性ChE阻害作用を有する
 【和田健二、中島健二:Alzheimer病の治療薬-総論. 神経内科 Vol.76 113-119 2012】



 Bullockらは中等度AD患者994名についてプラセボ対照試験を行い,リバスチグミンとドネペジル塩酸塩の効果を比較したところ,NPI-10の下位項目にはいずれも有意差は認められなかった【Bullock R, et al. :Rivastigmine and donepezil treatment in moderate to moderately-severe Alzheimer’s disease over a 2-year period. Curr Med Res Opin. Vol.21 1317-1327 2005】
しかし,患者を75歳末満と75歳以上の2群に分けて再検討したところ,75歳末満の群では,不安,無為,脱抑制,睡眠,食欲,妄想の下位項目について,リバスチグミンがドネペジル塩酸塩よりも有意な効果が認められた【Bullock R, et al. :Effect of age on response to rivastigmine or donepezil in patients with Alzheimer’s disease. Curr Med Res Opin. Vol.22 483-494 2006】
 【朝田 隆、木之下 徹:『認知症の薬物療法』 新興医学出版社 2011 p38】




 Chee-Iのうちrivastigmineは、DLBにおける不安や意欲低下に対して効果的だったという報告(McKeith I et al:Efficacy of rivastigmine in dementia with Lewy bodies: a randomised, double-blind, placebo-controlled international study. Lancet Vol.356 2031-2036 2000)があるため、本邦でも使用経験の蓄積が待たれる。
 【熊谷 亮、一宮洋介、新井平伊:認知症の診断と治療における精神科的アプローチの特性. Dementia Japan Vol.26 164-170 2012】



順天堂大学大学院精神行動科学・新井平伊教授
 「海外の報告では、ドネペジル効果不十分例におけるリバスチグミンパッチへの反応率が約70%であった(Figiel GS:Prim Care Companion J Clin Psychiatry. Vol.10 291-298 2008)とされているため、効果不十分であった患者への切り替え投与も今後検討すべきでしょう。」
 【認知症治療における新規薬剤への期待. 2011年11月10日付日経メディカル第528号 113-116】



 G1-subtypeのAChEは海馬、扁桃体などのAD病変が強く認められる部位に強く発現し、リバスチグミンは他のAChE阻害薬に比べて、G1-subtypeのAChEへの選択性が高い。ADCS-ADL(Alzheimer’s Disease Cooperative Study Activities of Daily Living)スコアを用いた日常生活活動能力では、「入浴」、「買い物」、「何かを書き留める」、「最近の出来事を話す」などの点で有意な改善が報告されている(Alva G et al:Efficacy of rivastigmine transdermal patch on activities of daily living:item responder analyses. Int J Geriatr Psychiatry Vol.26 356-363 2011)。
 【門司 晃:リバスチグミンの臨床. MEDICINAL Vol.2 56-62 2012】



 DLBの治療は容易ではありません。薬物療法として、McKeithらは、AD治療薬であるアセチルコリンエステラーゼ阻害薬のなかでは、リバスチグミンがより効果的と報告(McKeith IG et al:Diagnosis and management of dementia with Lewy bodies:third report of the DLB consortium. Neurology Vol.65 1863-1872 2005)しています。レビー小体型認知症を命名したMckeithらは、レビー小体型認知症では、リバスチグミン投与群はプラセボ群に比べてアパシー、不安、妄想、幻視の有意な改善がみられ、レビー小体型認知症のBPSDにおけるリバスチグミンの有用性を報告(McKeith IG et al:Efficacy of rivastigmine in dementia with Lewy bodies:a randomized, double-blind, placebo-controlled international study. Lancet Vol.356 2031-2036 2000)しています。
 【木村武実:BPSD─症例から学ぶ治療戦略 フジメディカル出版, 大阪, 2012, pp29,107】



 著者は、保険適応外であるが、パーキンソン病に伴う認知症(Parkinson’s disease with dementia;PDD)あるいはレビー小体型認知症の患者さんに、しばしばイクセロン・リバスタッチを使用している。幻覚などの精神症状が著しく改善・消失する事例が少なくない
 【川畑信也:臨床医へ贈る抗認知症薬・向精神薬の使い方 中外医学社, 東京, 2012, pp40-41】



リバスチグミン18mg=ドネペジル9.4mg
 リバスチグミンは、最大容量18mgがドネペジル9.4mgに相当し(Bullock R, Touchon J, Bergman H et al:Rivastigmine and donepezil treatment in moderate to moderately-severe Alzheimer‘s disease over a 2-year period. Curr Med Res Opin 2005 Vol.21 1317-1327)、さらにパッチ剤となったため、高容量の投与も可能である。
 ドネペジルの項でも述べたが、実際、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤は高容量必要であることが示唆されており、その点でリバスチグミンパッチは有効である。
 【工藤 喬、武田雅俊:認知症の新しい薬物療法. 精神科 Vol.22 418-423 2013】



 進行したADでは、BuChEを抑制する方がより効果がある可能性がある。
Rainaらのメタ解析では9試験(2,164症例)が検討され、認知機能や全般的臨床症状で有意な改善を認めている【Raina P et al:Effectiveness of cholinesterase inhibitors and memantine for treating dementia:evidence review for a clinical practice guideline. Ann Intern Med Vol.148 379-397 2008】。
 しかし、高度ADに対する効果についてのメタ解析では、2試験のみが評価対象となり、その効果は限定的であると報告【Birks J et al:Rivastigmine for Alzheimer’s disease. Cochrane Detabase Syst Rev, 2009;CD001191】、さらなる検討が必要である。
【浜口 毅、山田正仁:認知症の薬物療法─認知症の中核症状に着目した治療薬の使用方法と注意点. Geriat Med Vol.51 39-45 2013】



リバスチグミン─BuChを介する効果か?
 BuChは、記憶を司る海馬や喜怒哀楽に関与する扁桃体に多く発現するため、易怒性、易刺激性、無気力(アパシー)などに効果的である。
 【吉岩あおい:認知症治療薬の特性─認知症の人のために、介護者の負担軽減に根ざした治療─. 第14回日本認知症ケア学会プログラム・抄録集, pp30-31 2013=特別講演2】



Six-month, placebo-controlled randomized controlled trials (RCTs) of the cholinesterase inhibitor rivastigmine have indicated modest but significant benefits in cognition, function, global outcome and neuropsychiatric symptoms in both PDD and DLB. (コリンエステラーゼ阻害剤リバスチグミンの6カ月のプラセボ対照無作為化試験では、認知、機能、全般的な臨床アウトカム、神経精神徴候においてPDDとDLBのいずれにおいても大きくはないものの有意な効果が示されている。)
 他のコリンエステラーゼ阻害剤のRCTによるエビデンスについては結論が得られていない。最近のPDD/DLB患者を対象としたメマンチンのRCTでは、全般的な臨床アウトカム、なかでも睡眠障害に対して明確な有効性が得られている。抗精神病薬の感受性リスクが高いので、抗精神病薬の投与は避けるべきである。PDD/DLB患者のかなりの割合でレボドパに対して反応するが、特に幻視などの神経精神徴候を増悪させる傾向があるため、抗パーキンソン病薬投与の際にはケアの必要がある(Ballard C, Kahn Z, Corbett A:Treatment of Dementia with Lewy Bodies and Parkinson's Disease Dementia. Drugs Aging Vol.28 769-777 2011)。
 【山本泰司:最近のジャーナルから. 認知症の最新医療 Vol.3 102 2013】




ユマニチュード(Humanitude) [認知症ケア]

ユマニチュード(Humanitude)
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/videos/vb.100004790640447/595811383921878/?type=2&theater

 私の保存ビデオの中でも最高傑作の一つ、「2014年5月10日放送のTBS『報道特集』」をご紹介します! シェアしたくなるとは思うのですが、著作権の関係がありますので、こっそりと教えて下さいね(「拡散」希望しません)。
 講演会の際にこのVTRをご紹介しますと、涙される方が沢山おられます。
 ユマニチュードの概略が解説されておりますので、「ユマニチュードの基本」を勉強するには好材料であると思っています。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第463回『患者の声が聞こえていますか?─正面から長い時間をかけて近くで話しかける』(2014年4月13日公開)
 なお、「学習された無力感」について、とても興味深い指摘がされております。
 「ルビンスキは、『学習された無力感』という状態について説明しています。これは、出来事や結果が自分の反応に関係なく起きていると認識し、それ以上どんな行動をとっても無意味だと結論を出した時に起きるものです。『認知症がある人は、自分が反応しても無意味だと思うと、反応するのをやめてしまいます』(Rau MT:Impact on families. A chapter in Lubinski, 1991, p142)。そうすると、その人に関わる重要な人たちは、その人が直接反応を示せることや能力をもって対応することを期待しなくなり、依存という悪循環が助長され、その人はさらに力を奪われることになってしまいます。」(マルコム・ゴールドスミス:私の声が聞こえますか─認知症がある人とのコミュニケーションの可能性を探る 高橋誠一/監訳 寺田真理子/訳 雲母書房, 東京, 2008, p133)
 東京都健康長寿医療センター研究所・福祉と生活ケア研究チームの伊東美緒研究員は、フランスのイブ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティの2人が創設した「ユマニチュード(Humanitude)」の研修を受けた際の衝撃を以下のように回顧しておられます。
 「この研修を受け、施設を訪問しているときを振り返ってみると、例えば、静かに寝ている人に対してはわざわざ声をかけることをしないなどの態度がさらに彼らを自分の穀に閉じ込めているのだということに気づき、相当なショックを受けました。
 特に、ジネスト氏が『上から(威圧的に)、短い時間(かかわりを避ける)見下ろされたとしても、見ないよりはずっといい。なぜなら注意を向けられているから』と言われたときには、私は見下すよりもひどい態度をとっていたのか…と愕然としました。」(伊東美緒:多くの認知症ケア理論が存在するにもかかわらずなぜユマニチュードが必要か. 看護管理 Vol.23 922-926 2013)
 そして伊東美緒研究員は、「見つめることの技術」について以下のように言及しております(伊東美緒、本田美和子:ユマニチュードのケアメソッド. 看護管理 Vol.23 914-921 2013)。
 「『短い声かけ』と『短い視線の投げかけ』を行なっただけでは、認知症の人は認識できていないことがあります。私たちとしては伝えたつもりでも、相手からは気づかれていない状況に陥ってしまっているのです。つまり、看護師として何度も声かけをしているつもりでも、相手が認識できる声かけになっていなければ、無視していることと同じことになってしまいます。
 そして、寝たきり、もしくは座りきりにされている認知症の人たちは、自分に目が向けられず、話しかけてもらえない環境に長い間放置され、自分の殻に閉じこもるようになります。なぜなら、見てもらえない、話しかけてもらえない状況は、存在そのものを否定されることであり、人間にとっては最も耐え難いことだからです。
 認知症が進行している人に話しかけるときには、水平に、正面から、長い時間をかけて、相手の顔から20cmくらいの距離で話しかけることを推奨しています。
 優しさを伝える視線の技術
1. 垂直ではなく水平に
2. 斜めからではなく正面から
3. 一瞬ではなくある程度の時間
4. 遠くからではなく近くから」

Facebookコメント
ユマニチュード(Humanitude):
 「ユマニチュードは34年前に創始者であるジネスト先生、マレスコッティ先生の2人によって誕生しました。創始者の2人は、体育学の専門家であり、当初、患者の移動などのケアを通じて腰痛を起こした看護師・介護士向けに、腰痛予防を目的とした講義を望まれて病院へ赴きました。しかし、彼らがそこで目にしたものは、医学・看護学の分野では常識ときれているものの、体育学の目からは必ずしもそうでない、数々の事象でした。
 看護師・介護士の長浦を予防するためには、ケアそのものを変える必要がある、と考えた彼らは、『ケアをする人とは何か』『人とは何か』という命題のもとに地道な経験を積み重ね、知覚・感覚・言語による包括的コミュニケーション法を軸としたケアメソッド、ユマニチュードを作り上げました。」(本田美和子:ユマニチュードとの出会いと日本への導入. 看護管理 Vol.23 910-913 2013)

Facebookコメント
ユマニチュード(Humanitude):
 2014年5月10日に放送されましたTBS「報道特集」http://www.tbs.co.jp/houtoku/onair/20140510_2_1.html#)におきましては、ユマニチュードに関して具体的かつ詳細な報道がなされました。約24分もの時間を割いて詳しく紹介されましたよ。
 番組の冒頭におきましては、65歳になった足立昭一さんの姿が映し出されました。
 次に映し出されたのは、フランスの病院に入院する認知症患者さんが介護者に怒りながら、時には介護者の手を叩きながら整容を受けるシーンです。
 そして、2014年1月11~12日に東京都千代田区で開催されました第2回(平成25年度)「病院職員のための認知症研修会」(http://www.ajha.or.jp/seminar/other/pdf/131114_3.pdf)では、研修者で会場が溢れかえる様子が映し出されました。

 ユマニチュードに関しては、ひょっとして認知症?のシリーズ第463回「患者の声が聞こえていますか?─正面から長い時間をかけて近くで話しかける」においてほんの少しご紹介しましたね。ユマニチュードを開発したのは、フランスのイブ・ジネストさんです。
 私も詳細を知らなかったためほんの少しだけしかご紹介できなかったのですが、TBS「報道特集」でかなり詳しく報道されましたので理解を深めることができました。
 それでは、TBS「報道特集」の放送内容を振り返ってみましょう。
 イブ・ジネストさんが最初に訪れたのは、横浜市の福祉法人・緑成会の特別養護老人ホーム「緑の郷」です。
 ジネストさんは、特養入居者の一人である小野寺忠夫さん(76歳, 脳疾患により右片麻痺)に手を開き、「ヤー」と挨拶をしながら近づきます。そして、「大工をやっていた」と話す男性に対し、「すごい仕事です」と語りかけます。男性の顔に少しずつ笑顔が戻ります。今までほとんど立つこともなかった小野寺さんが支えながらも少しずつ歩き出す様子が放送されました。

 イブ・ジネストさんはユマニチュードについて以下のように語りました。
 「ユマニチュードは、認知症の人との人間関係・“絆”をつくるテクニックなんです。」
 「『私はあなたの友人ですよ、仲間ですよ』と認知症の人に感じてもらうには、“見る”“話す”“触れる”という3つの行動で伝えることが大切なのです。」
 「認知症の人は相手から見られないと“自分は存在しない”と感じ、自分の殻に閉じ籠もってしまいます。私たち介助者が最初にすべきことは、あらゆる手段を使って、彼らが“人間である”と感じさせることなんです。」
 「認知症の人の場合、相手が優しい人かどうかを知性で判断することが難しくなっています。しかし感情の機能は最期を迎える日まで働いています。ですから、ユマニチュードではその優しさを“感情”にうったえるのです。」

 番組においては、“見る”“話す”“触れる”の3つの具体的な手法も紹介されました。
 近づく際にまず留意する点は、“遠い位置から視野に入る”ことです。
見る:
 目線は正面から水平の高さ(=お互いに平等だということを伝える)、近い距離で長い時間見つめる!
話す:
 優しいトーンで、できるだけ前向きな言葉で友好的に語りかける(この時、大袈裟とも思える位の笑顔を作る!)。
 そして、相手の反応をみながら触れる!
触れる:
 触れる時には触れる場所・触れ方に注意することが必要です。

 イブ・ジネストさんが次に訪れたのは、栃木県足利市の足利赤十字病院です。ジネストさんは、そこに入院する近藤政時さん(94歳)の元を訪れます。3年前に妻を亡くしてから認知症を発症した政時さんは、家中のものを壊すなど徐々に感情のコントロールが利かなくなっていきました。
 看護師が3人がかりで政時さんの口腔清拭を試みますが、政時さんは口を開けようとしません。次にユマニチュードのインストラクターが政時さんの口腔ケアを試みます。インストラクターは、部屋に入る際には、たとえ返事がなくとも必ずノックをして入ります。相手に、「テリトリーに入りますよ」という合図をすることを意識しているのです。
 政時さんは身体拘束を受けておりましたが、ジネストさんとインストラクターは拘束を一つひとつ外していきます。ユマニチュードでは原則として“拘束”はしません。拘束は症状を悪化させる危険な行為だと考えているのです。それは、ユマニチュードでは、“動くことは生きることであり、それを制限することは生きることを否定するという考え方がベースにある”からなのです。
 次に、ジネストさんとインストラクターは政時さんを立たせました。ユマニチュードでは“立つ”ことも重視しています。立つことで、筋肉を衰えさせないだけでなく、立つことで他の人と同じ空間に居ることを認識させるのです。そしてそれが人間の尊厳を保つことに繋がるのだそうです。
 こうして人間関係を構築した後にインストラクターが政時さんの口腔ケアを試みますと、あれ程嫌がっていた政時さんがすんなりと口を開けました。そして何と、「さっぱり致しました」と笑顔で返事したのです。
 入院してから寝たきりだった政時さんでしたが、立って歩く姿、そして何年かぶりに笑顔になった父親の姿を見た息子さん(同病院薬剤部職員)の目には涙が浮かんでいました。
 そして驚くべきことに、ジネストさんがその場を離れた後、政時さんは一人で車椅子から立ち上がることができたのです。「ユマニチュードが政時さんの心の扉を開き、本来持っている力を蘇らせた!」とナレーションは締めくくりました。

 番組の最後に、コメンテーターの方は、「ユマニチュードは“優しさを伝える技術”と言われます。その基本となるのが“見る”“話す”“触れる”ことです。
 ただ、簡単そうに見えても150もの技術があり、東京都健康長寿医療センターの本田美和子医師がセンターの中で研修が行えるよう準備を進めている」と述べておられました。

Facebookコメント
売れている本=ユマニチュード入門(医学書院, 2160円)
 「『ユマニチュード』という言葉をご存じだろうか。フランスの体育学者イヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティが開発し、日本の認知症ケアの業界においても、近年、急速に注目されつつある技法である。
 満を持して登場した本書は、ケアの専門書であるにもかかわらず、出版後わずか1カ月間で4万部近く売れたという。介護職のみならず、認知症当事者の家族などが競って購入したのであろう。
 ユマニチユードは、時に〝魔法〟や〝奇蹟〟に例えられる。なにしろ、手に負えない暴力的な人が穏やかになり、拒んでいた食事や入浴を受け入れるようになり、寝たきりだった人が立ち上がって歩き出す、というのだから。
 いささか眉唾と感ずるむきもあろうが、技法の細部を知れば納得できる。『見つめること』『話しかけること』『触れること』『立つこと』を基本として、150以上の具体的な方法論があるのだ。評者は『(立たせるとき)わきを持ち上げない』『(誘導のさい)手首をつかまない』といった工夫に『本物』を実感した。【精神科医・斎藤 環】」(2014年7月20日付朝日新聞・読書)

Facebookコメント
 「病気や障害によって他者に頼らざるをえない状態になった人の場合、この『見る・見られる』という関係はどのようになっていくでしょうか?
 ここで、認知症で寝たきりとなったグレゴリーさんという高齢者を3日間観察して得た結果を紹介します。
 3日間の調査期間中、部屋にやってきた人からの視線の投げかけは、0.5秒未満が9回あっただけでした。ユマニチュードでは、相手を『見る』ためには0.5秒以上のアイコンタクトが必要だとされています。グレゴリーさんの部屋には3日間の合計で、医師が7分間、看護師が12分間それぞれ来訪していましたが、彼らとグレゴリーさんとのアイコンタクトはともに0秒でした。
 つまり、『あなたの存在を認めていますよ』というメッセージを発するための『見る』という行為が、医師からも看護師からも行われていなかった、という結果になりました。人としての存在とその尊厳を確認するための行為──第2の誕生をもたらす『見る』行為──は、グレゴリーさんに対し3日間で一度も実施されていなかったのです。

やってみたユマニチュード
 ユマニチュードのテクニックに『目が合ったら2秒以内に話しかける』というのがあります。そんなことは当たり前だと思われるかもしれないですが、目が合わないと思っていた方と目が合うと、びっくりしてこちらも一瞬固まってしまうんです。
 患者さんの立場になって考えると、ふと気づいたら目の前に人がいて、何も言わずにじっとこちらを見ていたら怖いですよね。攻撃しにきたのかと勘違いされてしまいます。2秒以内に話しかけなければいけないというのは、自分が敵意をもっていないことを相手に示すためなんだ、と知りました。
 そういった一つひとつのテクニックが具体的に構築されているところが、ユマニチュードの優れた点だと思います。」(本田美和子、イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ:ユマニチュード入門 医学書院, 東京, 2014, pp46-47)

Facebookコメント
 2014年7月20日に放送されましたNHKスペシャル・認知症をくい止めろ!(http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20140720)におきまして、ユマニチュードの実践例が紹介されました。

実践例1【花塚綾子さん, 72歳】
 アルツハイマー型認知症と診断してから13年になる。
 平素は声を上げたり突然怒り出したりコミュニケーションを取ることが困難な状況ですが、ユマニチュードを取り入れたところ、声を上げることが少なくなり柔らかい表情になった様子が映し出されました。

実践例2【岡 四平さん, 88歳】
 2年前に脚の骨折をしてから寝たきりの状態。
 イヴ・ジネストさんが訪室してわずか20分後に2年ぶりに歩いた様子が報道されました。

実践例3【久万辰雄さん, 95歳】
 肺炎で入院したことが契機となって認知症が悪化。このままだと寝たきりにならないかと心配されていました。
 しかし、ユマニチュードを入院中から在宅へと継続して実践(妻のかね子さんが家庭で行うための基本を教わって実践)したところ、2か月後には見違えるようによくなり笑顔も取り戻した様子が紹介されました。

 ユマニチュードの基本である「見つめる」「話しかける」「触れる」「寝たきりにしない」についても若干の解説が加えられました。
 「見つめる」際には、遠くから視野に入り正面から見つめます。認知症の人は視界の中心に居る人しか認識できない場合があるためです。
 「話しかける」時には、実況中継をするように話しかけつづけるのがポイントです。
 「触れる」時はやさしく、「つかむ」のではなく動こうという意志を活かして下から「支える」。
 スタジオゲストの本田美和子医師は、車椅子を押す場合には認知症の人の視野から消えてしまいますが、片手で車椅子を押し、もう片方の手を(軽くではなく少し力を加えて)肩において「いるんだよ」というメッセージを伝えましょうとお話されておりました。

Facebookコメント
 ユマニチュード(Humanitude)はイヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティの2人によってつくり出された、知覚・感情・言語による包括的コミュニケーションにもとづいたケアの技法です。この技法は「人とは何か」「ケアをする人とは何か」を問う哲学と、それにもとづく150を超える実践技術から成り立っています。認知症の方や高齢者のみならず、ケアを必要とするすべての人に使える、たいへん汎用性の高いものです。
 体育学の教師だった2人は、1979年に医療施設で働くスタッフの腰痛予防対策の教育と患者のケアへの支援を要請され、医療および介護の分野に足を踏み入れました。その後35年間、ケア実施が困難だと施設の職員に評される人々を対象にケアを行ってきました。
 彼らは体育学の専門家として「生きている者は動く。動くものは生きる」という文化と思想をもって、病院や施設で寝たきりの人や障害のある人たちへのケアの改革に取り組み、「人間は死ぬまで立って生きることができる」ことを提唱しました。
 その経験の中から生まれたケアの技法がユマニチュードです。現在、ユマニチュードの普及活動を行うジネスト─マレスコッティ研究所はフランス国内に11の支部をもち、ドイツ、ベルギー、スイス、カナダなどに海外拠点があります。また2014年には、ヨーロッパ最古の大学のひとつであるポルトガルのコインブラ大学看護学部の正式カリキュラムにユマニチュードは採用されました。
 「ユマニチュード」という言葉は、フランス領マルティニーク島出身の詩人であり政治家であったエメ・セゼールが1940年代に提唱した、植民地に住む黒人が自らの“黒人らしさ”を取り戻そうと開始した活動「ネグリチュード(Négritude)」にその起源をもちます。その後1980年にスイス人作家のフレディ・クロプフェンシュタインが思索に関するエッセイと詩の中で、“人間らしくある”状況を、「ネグリチュード」を踏まえて「ユマニチュード」と命名しました。
 さまざまな機能が低下して他者に依存しなければならない状況になったとしても、最期の日まで尊厳をもって暮らし、その生涯を通じて“人間らしい”存在であり続けることを支えるために、ケアを行う人々がケアの対象者に「あなたのことを、わたしは大切に思っています」というメッセージを常に発信する──つまりその人の“人間らしさ”を尊重し続ける状況こそがユマニチュードの状態であると、イヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティは1995年に定義づけました。これが哲学としてのユマニチュードの誕生です。
【本田美和子、イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ:ユマニチュード入門 医学書院, 東京, 2014, pp4-5】

Facebookコメント
 ベッドで寝たままの清拭では、骨に体重がかかることが少ないため骨は強くならず、関節は固くなり、筋力は衰えます。ベッド上安静は1週間で20%の筋力低下を来たし、5週間では筋力の50%を奪ってしまいます(Thomas E et al:Effects of extended bed rest: immobilization and inactivity. Cuccurullo S(ed). Physical medicine and rehabilitation board review. Demos Medical Publishing;2004)。
 重力のない状態で過ごして地球に帰還した宇宙飛行士は、2週間という短期間であっても20%の筋力を失っているという報告もあります(大島 博、水野 康、川島紫乃:宇宙旅行による骨・筋への影響と宇宙飛行士の運動プログラム. リハビリテーション医学 Vol.43 186-194 2006)。すなわち、本人の骨と筋肉に荷重をかけない「寝たままの清拭」は、回復を目指すというケアの目的にかなっていません。
 フランスのある介護施設では、ユマニチュードによるケアの導入後、ベッドで行う清拭が60%から0%になったという報告がありました。これは、受けるべきケアのレベルを再評価してみたところ、それまでベッドでの清拭を受けていた入居者の全員が実は適切なレベルのケアを受けていなかった、ということを示しています。
【本田美和子、イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ:ユマニチュード入門 医学書院, 東京, 2014, pp17,21-22】

Facebookコメント
ケアの準備
 第2のステップは、ケアについて合意を得るプロセスです。
 所要時間は20秒~3分です。これまでのユマニチュードの実践の経験では、およそ90%は40秒以内で終わっています。つまり、面倒なようでも、とても短い時間しかかかりません。
 ユマニチュードのこの技術を用いることで、攻撃的で破壊的な動作・行動を83%減らせたという報告があります。実際に日本で、日本人のスタッフが実施してみても、この段階ですでに本人の反応が異なることを数多く体験しています。どんなに業務が忙しくても、40秒程度ならその時間を捻出することはそれほど難しくないはずです。

●正面から近づく。
●相手の視線をとらえる。
●目が合ったら2秒以内に話しかける。
 例:「おはようございます! お会いできて嬉しいです。」
●最初から「ケア(仕事)」の話はしない。
●体の「プライベートな部分」にいきなり触れない。
 ここで気をつけておきたいのは、顔は極めてプライベートな領域であることです。
●ユマニチュードの「見る」「触れる」「話す」の技術を使う。
●3分以内に合意がとれなければ、ケアは後にする。
【本田美和子、イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ:ユマニチュード入門 医学書院, 東京, 2014, pp100-113】

Facebookコメント
 私がユマニチュードへの興味を持ち始めたきっかけは、2013年10月、駒沢オリンピック公園の向かいにある国立病院機構東京医療センターを訪ね、総合内科医長の本田美和子先生から話を聞いたことでした。
 その日は、外来棟や入院棟の奥に併設された管理棟の7階、研修医らが生活する寮の中の一部屋をあてがわれた本田先生の執務室に案内されました。
 私は4年ほど前から、NHK総合で放送されている「クローズアップ現代」 (毎週月曜~木曜 午後7時30分から放送)という番組の制作に定期的に携わっており、その時はちょうど、超高齢社会を迎えた日本にどのような変化が起きており、どんな対策を講じる必要があるのかといったテーマを、継続的に取り上げていました。
 その取材の折に、ある大学の研究者から「〝ユマニチュード〟というフランス発のすごい認知症ケア技法がある」と聞き、伝手を頼ってユマニチユードの普及に取り組む本田先生に会い、取材する約束を取りつけたのです。
 取材に先立ち、事前に調べたところでは、ユマニチュードはまだ、日本でほとんど紹介されておらず、看護師のための専門誌で特集されているぐらいで、大手の新聞でも記事はまだわずか。
 テレビに関しては、NHKの「暮らし✧解説」という10分間のスタジオ番組で紹介されただけで、ほとんどないという状態でした。

 この日、本田先生は、ユマニチュードというケア技法の特徴や、それを日本に導入することになった経緯など、この本でもこの後、詳述する様々な興味深い話を聞かせてくれました。
 しかし、この日の取材で最も強く印象に残ったのは、東京医療センターに入院した87歳の認知症の女性をケアする様子を映した映像でした。
 2人の看護師が女性を入浴用のベッドに乗せ、シャワーを浴びせると、女性は「なんでそんなことをするの!」「やめて」「いやーっ!!」と絶叫しています。
 音声だけ聞いていると、まるで女性が拷問されているか、レイプ被害にでもあっているかのような反応ですが、2人の看護師さんたちは、決してその女性を乱暴に扱っているわけではなく、お湯の温度も熱すぎたり、冷たすぎたりしないようきちんと調節していたと言います。
 一人では入浴ができない入院患者である女性を、自分たちがきれいにしてあげようとしているのに予想外の反応を返され、看護師が一体どうしたらいいのか、困惑しきっている表情を浮かべているのです。
 これまでも、介護施設などで認知症の人の取材をしたことは何度かありましたが、改めて、「認知症のケアは、やはり大変だなあ」と感じさせるものでした。

 ところが、次にこの同じ女性に対し、別の日に行われた入浴ケアのシーンを見せられ、驚きました。
 先に見せられた映像では、入浴用のベッドにあおむけに寝かされていた女性が、今度は座った姿勢でシャワーを浴びています。
 対応するのは同じく2人の看護師さんですが、1人は女性の顔を見つめ、話しかけ、もう1人が、シャワーを浴びせているのが最初の映像との違いでした。
 すると、前のビデオでは叫び声を上げていた女性が、「ごめんなさい、騒いでしまって。いつも怖くて怖くて、私、泣いていたの。本当にすいません」と、切々と語り出したのです。
 さらに、「今は気持ちいいですか?」という看護師さんの問いに、「はい。とても気持ちいいです。ありがとうございます」と答えているのです。

 これは、とても衝撃的な映像でした。
 敬語で自分の細やかな感情のありようを切々と訴える様子から、この女性が高い知性を持っていることや、それを培うために積み重ねてきた人生の豊かな歴史が感じられました。
 そして、ただシャワーを浴びせられただけで、まるで拷問を受けているかのように叫び声を上げていた状態は、認知症によって「引き起こされたもの」であることが、はっきり理解することができたのです。
 本田先生の説明によれば、この女性は、ほんの少し前の記憶すら失ってしまうほど認知症の症状が進んでいる状態でした。
 それなのに何日も前に、自分がシャワーの時になぜ叫び声を上げたのかをきちんと覚えていたのです。
【望月 健:ユマニチュード─認知症ケア最前線 KADOKAWA, 東京, 2014, pp14-17】

Facebookコメント
 いかに優しく、穏やかにといっても、前向きな言葉を話し続けるのは、なかなかどうして簡単なことではありません。
 特に相手が返事を返してくれたり、相づちを打ってくれなければなおさらです。
 言葉でメッセージを送れば、通常は相手から言語や、言語でなくとも意味のある返答=「フィードバック」があるものです。それがなければ、「今日は、いい天気ですね」「顔色がいいようですね」と、天気と顔色をほめたら、後は何を話していいのか、結構、行き詰まります。
 そこで、考え出されたのが、「オートフィードバック」というユマニチュードのコミュニケーション技術です。
 コミュニケーションを取るのが難しい相手でも、言葉によるメッセージを送り続けるためのエネルギーを自ら作り出し、補給し続ける方法です。
 基本は体を拭くなど何かケアをする必要がある時に、その行為そのものを言葉にするのです。
 「今日は、○○さんにさっぱりしてもらおうと思って、準備してきました」「とっても暖かくしてあるので、すごく気持ちがいいですよ」「それでは、右手から拭いていってもいいですか?」などと、実況中継のように状況を説明していくのです。
 併せて、「こんなにしっかり腕が上がるのは、すばらしいですね」「協力してくれたので、うまく拭けました」「○○さんも、すごく気持ちよかったのではないですか」などど、相手を快くさせる前向きの言葉を添え、ケアの空間を暖かい言葉で満たしていくのです。
 ある看護師さんは、「人間というのは不思議な生き物で、実際に前向きな言葉を口に出してケアを行うと、それがウソにならないように、どう工夫したら相手が気持ちよく感じるかを考えるようになった」と話していました。
【望月 健:ユマニチュード─認知症ケア最前線 KADOKAWA, 東京, 2014, pp36-38】

Facebookコメント
総合内科病棟の看護師が感じるジレンマ
 クローズアップ現代で紹介した調布東山病院と東京医療センターの2つのケースは、どちらも、認知症の人と絆を結ぶ重要な役割を、ユマニチュードのインストラクターとして、非常に優れた技術を持つ東京医療センターの林紗美看護師(総合内科病棟・副看護師長 はやしさよし)が担っていました。
 美しさに加え、相手の心を溶かすような笑顔は、取材スタッフの間でも、「自分の親にケアが必要になったら、こういう看護師さんにお願いしたいものだ」とか、「あの笑顔は、ユマニチュードを超越している。反則だ」などと、余計なお世話以外の何物でもない議論のタネになるほどでした。
 しかし、取材に先立つ打ち合わせの時などは、患者さんに接する時のあの優しさはどこに行ったのかと思うほど、厳しい指摘を繰り出してきます。
 それらは、自分たちが預かっている患者さんという病やけがを抱えた人たちに、不必要な迷惑はかけさせないという強さとプロ意識を感じさせるもので、とても好感が持てました。
 冗談で、「ユマニチュードで患者さんに対応する時と、随分違いますね」と言ったら、「ふだんは、文句も不満も言いますよ」と言われ、なるほど、ユマニチュードは個人の性格などではなく、技術なのだなあと妙に納得したのを覚えています。

 その林看護師に、どうしても聞きたいことがありました。
 ユマニチュードが、認知症ケアの分野で、優れた威力を発揮する技術であることは、取材を通して、かなり確信を持てました。
 しかし、日本では、人手不足に苦しみ、朝から晩まで多くの仕事を抱え、それでいて十分な賃金を受け取ることができず、苦悩する医療や介護の職場があり、スタッフがいるという現実があります。
 人と正面から向き合うためには、それだけ多くの時間が必要になります。
 本当に、忙しい職場に、ユマニチュードを普及させることはできるのか、現場で働く看護師から、直接、答えを聞きたかったのです。
 その質問に対し、林看護師からこんな答えが返ってきました。
 「確かに最初は、ふだんから忙しいのに、また何か新しいことをやらなければいけないのかと思って、現場にこれ以上、新たな負担をかけるようなことは、もう無理じゃないかなと思っていました。
 けれど、実際にやってみると、状況が理解できず協力が得られない方やケアを拒否する方には4人、5人が集まって、何とかなだめたり、動いてもらおうと一生懸命、力を使ったり。それでも20分、30分かかって、やりたかったケアができないこともあります。
 それが、ユマニチュードをすることで、確かに丁寧にすごく時間をとっているように見えるけれども、結果としては、とてもスムーズに、こちらがやりたかったこともすぐできる。患者さんが一緒に協力してくれるので、その分、自分の体も楽なので、お互い楽に、スムーズに終わらせることができるのです」
【望月 健:ユマニチュード─認知症ケア最前線 KADOKAWA, 東京, 2014, pp86-89】

幻視─フレンチトースト [レビー小体型認知症]

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第187回『NHK番組「認知症と向き合う」を観て(その2) 62歳のある認知症』(2011年9月13日公開)
 9月7日に紹介されたのは62歳の金子智洋さんと、62歳の加藤千賀子さんです。たまたまなのかどうか分かりませんが、今回の「シリーズ認知症と向き合う」で登場した方は皆さん62歳でしたね。
 金子智洋さんは、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)と診断されています。シリーズ第20回『幻視が特徴の認知症とは』にて詳しくご紹介した疾患ですね。
 幻視のある患者さんが幻視に関する自分の考えを述べているシーンが非常に印象的です。金子さんは、「おふくろと節子がつるんで、『それは模様なんだから』というふうに援助してくれようとしているのは分かるんですけども、『こうだ!』ということを押し付けちゃう部分が・・(僕の方がね)。悪いなとは思うんだけれども、でもやっぱりそうはいうものの、このお皿のなかの虫は絶対許さないなと・・」と心境を語ります。
 妻の節子さんは、智洋さんがパンくずを虫と見間違えないように「フレンチトースト」にしました。フレンチトーストが功を奏して虫は随分と出にくくなったようです。
 
 加藤千賀子さんは、前頭側頭型認知症(FTD)と診断されています。シリーズ第22回『ピック病をご存じですか?』にて詳しくご紹介しておりますね。
 当初、軽い記憶障害と「盗聴されている」という妄想がみられ物忘れ外来を受診したところ、「神経精神専門医に行ったほうが良い」と言われます。
 そこで「統合失調症」と診断され、精神病院の閉鎖病棟に入院となり大量の薬が処方されます。
 統合失調症に関しては、シリーズ第173回『妄想性障害(その1)』にて少し触れております。
 夫である勝雄さんが面会に行くと、千賀子さんから「父さん、私がここにいたら病気になっちゃうよ」と言われてしまいます。詳しい経緯は放送では紹介されておりませんが、その後医療機関を転々とし、5人目の医師によってようやくFTDという診断にたどり着きます。
 その後、千賀子さんはデイケアに通うようになりました。当初は集団生活に馴染めずに他の利用者とのトラブルが絶えない状況だったそうです。しかし、施設の横溝和子看護師長が千賀子さんの「文字の美しさ」に気づきます。
 千賀子さんがかつて書道の先生をしていたことを知り、デイケアの誕生会で使う看板を書いてもらうことになります。
 できることが増えて行くにつれて、千賀子さんの症状は次第に落ちついてきます。国立長寿医療研究センター内科総合診療部の遠藤英俊医師は、書道により本人の自信が回復したことが症状の改善に繋がったと分析します。


盗聴されている
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/13 11:19
 「盗聴されている」という訴えがあった場合には、私は先ずはシリーズ173回『妄想性障害(その1)-病的な妄想いろいろ』にてご紹介した「妄想性障害」を診断する際の念頭におくと思います。
 また、年齢が高齢でしたらレビー小体型認知症(DLB)も鑑別診断の中には入れる必要があると思います。

 「軽い記憶障害 , 盗聴されている」→「前頭側頭型認知症(FTD)」は結びつきにくいですね。誤診され5人目の医師でようやく診断がついたのも頷けます。
 しかしながら誤診は誤診。真摯に結果を受けとめる必要があるのでしょうね。

 2010年6月に開催された第25回日本老年精神医学会の抄録に記載されていますように、新潟医療福祉大学大学院医療福祉学研究科保健学専攻言語聴覚学分野の今村徹教授が、「前頭側頭型認知症(Frontotemporal dementia;FTD)では妄想の頻度は低く、幻覚は極めて稀であるとされている。今回我々は被害妄想と幻聴を呈したFTD の一例を報告する。」(http://184.73.219.23/rounen-s/J-senyou/D_gakkai_koenkai/25th/koutou2-1.htm)という症例を報告しています。
 上記の報告によると、73歳女性において実際に認められた症状は、3軒隣の住人に盗聴器を仕掛けられているという被害妄想と、「夜間その家からカラオケの声が聞こえてくる」、「自分の話したことと同じことが聞こえる」という幻聴が初発症状に含まれておりました(今村 徹 他:幻覚、妄想を初発症状に含み前頭側頭型認知症(Frontotemporal dementia;FTD)に一致する臨床症候群を呈した一例. 老年精神医学 Vol.22 595-605 2011)。


本人には実体験
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/13 12:42
 松本診療所ものわすれクリニックの松本一生院長(大阪人間科学大学教授)は、「妄想」に関して以下のようなコメントを述べられています。
 「医学用語として使われる妄想についても認知症の本人にしてみれば、今まさにそのようなことを実体験として感じているのである。たとえその体験が真実ではなく、その人の病的体験であろうとも、本人からすると『今、まさにそのように体験している』と感じているのである。それゆえ周囲の者がその状況だけを見て、『この人は妄想を持っている』と一言で片づけるのではなく、病気のためにその人が体験している世界がどのようなものなのかを考え、そのような世界にいる人ができる限り恐怖や恐れなく過ごせる状況を作ろうと心掛けることが大切である。」(松本一生:認知症の人と家族を支えるということ. 現代のエスプリ通巻507号 ぎょうせい発行, 東京, 2009, pp8-9)


実体験(架空)を尊重する
投稿者:ムラタケ 投稿日時:11/09/13 19:41
「 本人には実体験」という説明を聞いて、そういうことなのだと、納得しました。おかしいとか、間違っていると言われた本人が、怒ったり不信を募らせるのは当然のこと。今は亡き認知症の義父に、厳しい批判の言葉を浴びせたこと、反省しています。ごめんなさい。

ムラタケさんへ
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/13 20:38
 あまり思い出したくない過去を振り返らせてしまったみたいですね。
 認知症ケアへの理解が深まってきたのは、まだここ10年程度のことです。ずっと手探りの状況でした。
 その時代に、「怒った」ことは致し方ないことです。
 私などは、実の父を「叱った」のはまだ昨年のことです。


今日の再放送
投稿者:まるタン 投稿日時:11/09/13 20:00
 足立昭一さんは何度か観ております。
 今日は今まで観たよりも表情が豊かでした。周辺環境がとても良いのでしょう。関わりの工夫と努力のたまものですね。

 明日は義母が入院している病院に嫁二人で行きます。
 どのように話すか、義母の話をどのように聴くか、複数の目で体感してきます。


Re:今日の再放送
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/09/13 20:53
まるタンさんへ

> 今日は今まで観たよりも表情が豊かでした。

 そうですね。
 野菜を売るときの足立昭一さん、本当に活き活きしていましたね。

> 明日は義母が入院している病院に嫁二人で行きます。

 明日の原稿に登場すると思いますが、「今やってみたいこと」を率直にお義母さんに聞いてみることは良いかもしれませんよ。
 本人の気持ちを引き出すには良い質問だと感じています。詳細は、木曜の再放送をお楽しみに。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。